「はあ…信じられないわ」
今日1日で何回このセリフを口にだして、さらにその何倍もの回数を心の中で思ったことか。ルイズはオールド・オスマンの学院長室で話したことを思い返していた。
学院長室へ神妙な顔をして現れたコルベールとルイズ、そして見知らぬ二人を見て、やんごとなきことであると判断したオスマンは、自分の秘書であるミス・ロングビルにお茶を入れてもらってから、学院長室を退室してもらい話の席を設けたのだった。
「ほっほっほ…使い魔の儀式で人間を召喚、さらにその人間につき従うものがいるとは、これは確かに前代未聞の珍事件よのう。」
オスマンは秘書のいないのを良いことに、思う存分パイプをふかしながら薄く笑顔を浮かべている。その余裕ある態度にルイズとコルベールは安心を覚え、銀髪の少女もこの男になら話してもいいだろう、そう思える品格を感じ取れた。もっとも、力までは信頼できるとは思っていないようだったが。
「さて、では君の話を聞こうとしようかね。」
「そうね、さっき聞いたけど、全然わかんないわ。」
代表のオスマンと召喚した当事者であるルイズが、銀髪の女性へ説明を求め、彼女もそれに応える。
「まずは、そうだな。私に名前はない。」
「名前がない? 孤児とか、そういうの?」
名前がない、とはなんとも珍しいことだ。孤児だろうといつか自身で自分の名前をつけるだろうに。と、あくまで人間の範囲の考えを巡らせているルイズ。
「いや、私はそもそも人間ではないのだ。そこにある魔導書、闇の書の管制人格だった者だ。一時気その務めを果たせなくなって、そして今またこうしてもとに戻ることができている。」
「くどくてすまないが、本当にありがとう。」
そういって向けられた笑顔は、先ほど感謝された時までルイズが一度も体験したことのないもので、落ち着いた今にそれを受けてしまたせいか、ぽぽぽ、と音が出るように顔を思わず赤らめた。だが、その前に言われたことを反芻し驚愕の顔色へと変わる。
「え…? 人間じゃない?」
「ああ。我は闇の…いや、夜天の魔導書。かつて各地の偉大な魔導師の技術を蒐集、研究を目的として生み出され、時を経て機能を狂わされて闇の書となり、無限に転生し続け世界を渡り、その度に数多の世界を滅ぼしてきた者だ。」
ルイズだけではなく、コルベールとオスマンさえもが驚愕の表情へと変わる。世界を滅ぼした魔導書。そんな危険なものだなどとは流石に思いもしなかったのだろう。
「な…バカ言わないでよ! 世界を滅ぼしたですって…そんな話、聞いたこともないわよ!?」
お伽噺にしても度が過ぎる。そんな怒りと疑いのまなざしで銀髪の女性、管制人格をにらみつけた。
「残念ながら嘘ではない。この星、もしくはこの世界には現れたことがなかっただけなのだ。ここの世界の空気は、どこか私達のいた世界と違うようだしな。」
「………。」
真顔で言い続ける管制人格に言葉が止まる。だがそんな話、認められない。認めるわけにはいかなかった。なぜならそんなものの主人とやらを召喚したのは、ルイズ自身なのだから。
「証拠はあるの?」
「…申し訳ないが私一人ではそれを証明する手立てがない。ある程度の力の証明はできなくもないが、私自身は簡単に言えば基本的に機能の管理人にすぎないのだ。だが、今はそのことを気にする必要はあるまい。」
「…なぜかな?」
そう尋ねるオスマンに管制人格は左手を差し出した。
「この鎖を見てほしい。これが後に私につけられて、機能障害を起こした原因だ。この私を狂わせた…いわば呪いの鎖の世界を滅ぼし続けるシステム、ナハトヴァールだ。」
管制人格を除いた3人はその手についた禍々しい形のものに目をやった。
「こんな小さなものが…。」
やはり信じられない、という形で管制人格を見続ける3人。
「人々の魔法の力を奪うことで闇の書はページが集まり、闇の書の完成が近づくと私の人格が起動する。完全にページが完成すると、半ば強制的に私が表に出され、更に一定の時が経つとこいつが起動。蒐集した魔法の力を暴走させて私を乗っ取り、無限に世界を侵食して増殖し続けてしまう。壊れた自動防衛システムであるナハトを…私には一時的にしか止めることができない。」
「そしてひとたび暴走が始まれば…何者かに滅ぼされるか、主の魔力を死ぬまで食らいつくすまで動き続ける。そうなる頃にはもうそこに世界は残っていない。暴走したナハトを滅ぼすにもまた同等以上の力が必要で、世界はどちらにしろ消えてしまうのだ。」
管制人格が語るあまりの凄惨さに、ハルケギニアの面々からは言葉が出ない。
「そして、全てを終えればいずこかの世界で新たな主を定めて転生する。ふ…迷惑極まりないだろう? 闇の書の主の宿命は始まったときが終わりの時だ。今回の我が主、八神はやてもあとひと月も持たず、聖夜の夜を終えればあとは死ぬ運命が待っているだけだった。」
一通り循環して世界を滅ぼすシステムの説明を終えた管制人格は、またルイズに顔を向ける。
「だが、それを止めてくれたものがいる。貴女だ、ルイズ。」
「私? どうして…?」
自分は何もしていない。もし本当に世界を滅ぼす力が彼女たちにあるのなら、ゼロである私にそんなものを止められるわけがない。ただ使い魔を召喚して、契約をしただけなのにどうして私が……。
その疑問に応えるべく、管制人格は眠っているはやてを優しく抱き寄せ、彼女の左手をとった。そこには先ほどのコントラクト・サーヴァントで刻まれたルーンがうっすらと光り続けている。
「使い魔の…ルーン?」
「そうだ。私にも信じられないことだが、もはや改造の果てに兵器となって主の魂にくっついている私とナハトを、このルーンは使いこなして制御してくれている。これがある限りは私たちが暴走することはもはやないだろう。お前は世界と私たちを救ってくれたのだ。」
私が、ゼロの私が、世界を…? なんの冗談だろう。
「確かに使い魔となった者には人と話せるようになったり、特殊な力が与えられるって聞いたことがあるけれど…そんな力を持ったルーンなんて聞いたこと――「いや、ある。」」
え? と声のした方を向くと、先ほどの余裕ある笑みを消したオールド・オスマンが居た。その真剣な眼差しと表情は熟達の魔導師そのものであり、放つ声にもどこか重みがある。
「ガンダールヴ」
「ガンダー…ルヴ?」
オスマンが答えを述べ、ルイズが復唱する。
「あのルーンならば…あり得るじゃろう。」
「で、ですがオールド・オスマン! そのルーンの名前は……っ!!」
何かを理解したコルベールが慌ててまくしたてる。
「古代ブリミルの使い魔とされる者の名前ではありませんか! どうしてそれが今、この時代に!?」
ルイズはもう驚き疲れそうなことの連続なのに更に驚かされた。こんどはこの世界、ハルケギニアの伝説が彼女に襲い掛かる。またどうして私がそんな偉大な使い魔を召喚したというのか、と。
「それはワシにもわからんよ。じゃが…もし彼女の言う言葉が真実であるのならばこれで説明がつく。ミスタ・コルベール、すまないが取り急ぎフェニアのライブラリーにて、確認をして来てはくれんか?」
「大至急に!」
そういってコルベールは普段の落ち着いたり、のほほんとした雰囲気もどこへやら。目を見開いて全力で走って部屋を出て行った。
「…こんどはそちらの、そのガンダールヴとやらの説明をしてくれないだろうか? 彼が戻るまでで構わない。」
「いいじゃろう。ガンダールヴとはこの世界でワシら人間に魔法を与えたとされている始祖、ブリミルが使役していた使い魔の一人で、神の左手と伝えられておるのじゃ。そのルーンを左手に持った者はあるゆる武器を使いこなしたと言われている。」
管制人格は納得した。確かにその伝説が本当であるのならば、そして伝説に遜色ない力を持っているのであれば…私たちを受け止めきれるのだろう。
人に作られた身であり、祈る神など管制人格には存在しないが、ブリミルとやらには心の中で感謝を述べた。思わず顔がほころぶ。
しかしその中に逆、笑顔になるどころか不安の色に染まるものがいた。それは信じられないの連続で疲れ切っていたからではなく、賢い彼女…ルイズが一つの問題に気づいてしまったからだ。
「…だとしたら問題です。オールド・オスマン。」
「ふむ? 言ってみるがよい、ミス・ヴァリエール。」
管制人格も問題点が気になるのかルイズの方へ顔を向ける。
「彼女、ヤガミハヤテは私よりおそらく年下です。私が寿命でも、事故でも、何かのきっかけで死んでしまえば……。」
「使い魔のルーンは消え、再びその人の左腕のナハトヴァールが活動を再開してしまいます。」
オスマンは気づいてなかった。そして、その点に気付いた生徒に感心する。管制人格はルーンの寿命について知らなかったが、気に留めてなかった。
「そう、私が話したいのはそういった点についてなのだ。ルイズ、我が主の主よ、頼みがある…。だが、その前に――」
「すまないが、私の不安を潰させてもらう。」
管制人格は光へと戻ると主、八神はやてと吸い込まれていく。突如閃光が迸り、ルイズとオスマンの目がくらむ。目が視界を取り戻すとそこにはやての姿はなく、先ほどよりやや禍々しい衣装へと姿を変えた管制人格が居た。
「…なにをしたのかね? 管制人格とやら。」
「今の話が出た以上、我が主の命が危険にさらされる可能性がある。主を守らせてもらうため、主とユニゾン…簡単に言えば融合させてもらった。」
こともなくそういうが、そんなことができる魔導書なんて聞いたことのないハルキゲニアの人たち。ルイズたちはまた驚きの感情にとらわれることになった。
「せっかく手に入れた幸せなのに…我が主を殺してしまえば済むことだ、となってはたまらないのだ。オールド・オスマン。」
紹介や原因が終わり次のステップへ、そう一歩踏み込んできた管制人格は同時に警戒をしてきたのだ。オスマンの顔も険しさが強くなる。彼自身もこの点にはルイズに言われた後、すぐに気付いていたようだ。
「…全ての世界を憂うのであればそんなことはしないだろう。しかし、この世界だけでいいのならお前たちはそうしないとも言い切れん。」
「助けてくれたことへ感謝はしているが、すまない。私にはまだお前たちを信用することができんのだ。」
そう。はやてさえ殺せば闇の書はどこかへ転生される。ひとまずはそれでハルキゲニアの滅亡の不安は解消されてしまうかもしれないのだ。人間は善の感情だけで動いているわけではない。大の為に小を切り捨てたり、小の満足の為に大義や大局をを捨て去ってしまうことなどざらにある。そうでなければ、ナハトヴァールのようなものはもともと生まれない。
それを理解している管制人格と、万が一の手段の一つとして、今のルイズの発言からそこまで思考をめぐらせたオスマンの間に険悪なムードが漂いはじめる。が、ここでもそれをルイズが解消した。
「アンタ、馬鹿じゃないの?」
ルイズはあきれたような顔で言う。
「今日はさっきからずっとふたりに驚かせてばかりで疲れてたけど、ようやく一息つけた気がするわ。」
「……は?」
先ほどの雰囲気はどこへやら。ぽかんとものすごく間の抜けた顔で管制人格は口を開けていた。どうやらこの管制人格。肝心なところが意外と抜けているのかもしれない。あるいは、主以外に関しては短絡的思考回路なのかもしれない。
「解らないの? アンタ、先手を打つ割には意外とぬけているのね…人間らしい所もあるじゃない。」
「同じ世界に転生しないとは限らないじゃないの、もう。」
あ…と合点が言った管制人格は間抜けな顔から戻らないままだ。
「わかったみたいね。アンタたちのことをまだ全部信じたわけじゃないけれど、もしそんな得体のしれないものがこのハルケギニアのどこかに移ったらどうするのよ?」
「ううん、仮に次に現れる場所がアンタのいう別の次元や、存在しているって言う他の世界だからって、いつかまたここに来ないとは限らないのでしょう? 世界を滅ぼすまで増え続ける破壊をしでかすものを、とてもじゃないけど目の届かない所には置けないわよ。」
学業優秀なルイズのこの発想は正しい。 だが一つ彼女も配慮が足りなかった。
「参った…わしとしたことがそんなことにも気づけなんだとは。耄碌しとったようじゃ。」
「あ、いえ…オールド・オスマンのことを決してバカにしたわけでは!」
そう、管制人格をバカにしたように言うということは、それと同じ、もしくは反対の理由で彼女を警戒していたオスマンをバカにすることに他ならなかったのだから。
その語ルイズは弁解に時間を要し、コルベールが帰ってくるまで話は進まなかった。
アカン、ない脳みそからひねりだしてるせいで単調になってきてる気がします。
本日はこれまで 続きは糖分とってから。
リインは少し八神アインスらしいところがほしいなって思うんです