「なぁにをしとるんじゃ、キミは。」
「も、申し訳ありません!」
一通りの話を戻ってきたコルベールに伝え、あらためてハルケギニアの世界のレクチャーを管制人格が受けたまではよかった。しかし、問題はそこからだった。
コルベールがオスマンへ頭を下げている。彼の薄い、というより無になってしまった頭頂に窓からの光が反射して眩しい。ルイズたちはその光の強さに思わず目を細める。
彼はライブラリーに辿り着くと、よほど慌てていたのか持ち出し禁止であるその本、「始祖とその使い魔」をなんと直接持ったままここまで戻ってきたのだ。レクチャーのあとにコルベールは原本を懐から取り出すと、どん…と全員の前に置いた。流石に普段温厚なオスマンからも、これでは雷だって落ちる。
「これが真実ならば…闇の書の話を抜きにしても周りに決して知られてはいけない。そんな話をしとるんじゃぞ…? ことの深刻さを分かっとるのかね? ミスタ・コルベール。」
ネチネチとオスマンがコルベールを攻め立てていると、話が進まないので管制人格が切り出すことにした。
「とりあえず、確認してくれないか?」
「そ、そうですね。そうしましょ? ミスタ・コルベール、オールド・オスマン」
ルイズもそれに続いた。先ほどの緊張感は何処へやら…。世界の滅亡がかかっているかもしれないのに、まるでそんな雰囲気のかけらもない。いかに今は安全と本人たちから言われていたとしても、こんな緩みきった精神ではいつ情報が漏れ出るかもわかったものではない。一同はかるく咳払いをしたり考えや想いを反芻することで、各々を戒め直した。
「では、左手を…おや?」
管制人格、彼女の左手に今あるのは武器の状態となったナハトヴァール。パイルバンカー状のこの形態では手の甲近くまで大きく覆っている上に、彼女の手袋でルーンがまともに見れなかった。ルイズは確信する。やはりこの女は素の状態ではどこか抜けている、と。
「む…そうだったな、すない。今ユニゾンを解除…ぐうぅっ!?」
ユニゾンを解除する直前、管制人格の顔が苦痛にゆがむ。そしてユニゾンが解除されるとそこには、相変わらず意識がないままにひどく疲弊したはやてと、立つことができないほどに消耗し、四つん這いになっている管制人格がそこにはいた。
「どうしたのじゃ!?」
「大丈夫ですか!?」
大人たちは急な事態の悪化に慌てて駆け寄る。
「まさか…暴走!? 抑えていられるんじゃなかったの!?」
ルイズは迫りくる恐怖におののくが、なんとか片手をあげて管制人格が3人を制し暴走を否定する。
彼女の顔は苦痛や疲れこそ訴えていたが、そこに未来への焦りはない。しかし、その顔はそのまま安心や笑顔と言う表情へとも変わらなかった。暗い過去を見るような表情、それでいて自虐めいている後悔のような顔へと変わっていく。
「すまない…これは暴走ではない。だが、おそらくルーンのせいだ。」
やがてどこか悟った目をして管制人格はつぶやいた。
「ふ…。所詮私は未だ闇の書であり、夜天の書には戻れていないということか……。」
しぱらくの沈黙。やがて管制人格が心の落ち着きを完全に取り戻すと、先ほどより具合の良くなった主の方向を見てコルベールに告げる。
「コルベール。もうしばらくすれば我が主も落ち着くだろう。彼女の左手を確認してくれ。」
管制人格はルーンの確認を頼み、呼吸を整えると3人にむかって話し始めた。
「そのルーンはやはりガンダールヴ、そうで間違いないか?」
頷くコルベール。
「そしてそのルーンはあらゆる武器と定義できるものを使いこなす。そうだな?」
「その通りじゃ。現に、ある意味彼女の武器である君が暴走していないことこそ、その証拠となるじゃろう。」
続いてオスマンが正当性を語った。
「そこだ。」
管制人格は指をあげて告げると、そのまま自身の胸へと手を持っていく。
「私はいわば主と融合して戦い、補佐する。そうだな…戦車のような乗り物に近い武器なのだ。」
彼女はおそらく形こそ違えど、この時代にもある兵器に自身を例え説明を続ける。
「それを使いこなすということは…恐らく最適な状態にして使ってしまうのではないか? 現在我が主は眠っておられるのであれば、なおさら無意識に。」
「そりゃ、そうかもしれないけど…。でもそれがどう関係しているのよ? もったいぶってないで教えなさいよ。」
管制人格としては別にもったいぶって話しておらず、順を追って解決しているつもりだったのだが、ルイズは結果を先に聞きたいようだ。
「倒れた主の武器としての闇の書が最適な状態。それはつまり私が表に出されて、ナハトヴァールを携えて暴走せず、思う存分魔力をふるっている時だ。」
「あ。」
さっきの管制人格とは逆に、こんどはルイズが理解して一言だけ告げた。別に間抜けな顔にはなっていなかったが。
管制人格の告げるその状態。それはつまり単に自分の意志でその形になったか、そうでないかの違いだけで暴走状態と同じだ。ナハトヴァールと集めた魔導書の魔力を使うその状態は、たとえ座っているだけでも急速に主の命をすりつぶしていく。放っておくだけで過去に何度も崩壊が始まってしまったほどだ。未だ能力や身体の未発達であるはやてなら、なおさらの事そうなるだろう。
これがもしもナハトヴァールがなく、ただのユニゾンだったのなら。きっとはやてはこんな疲労困憊な状態にはならないだろうし、もしかすれば意識がある時もならないかもしれない。しかし現在のはやては気を失っている。この状態でもし管制人格たちを最適に使用する…というのであればそれはやはり、今までとっていた姿こそが一番使いこなせている状態であり、はやてを媒体に管制人格たちが表に出て行動している状態こそが正しい。
尤も、それはあくまで武器としてである。
「正しく使いこなせているからこそ、間違いである暴走は抑えられる。だが…正しく使っても死に至るというのであれば、それは止めようがないようだ。」
それは闇の書の呪い。たとえ制御で来ていても命をすりつぶして動く形態は、そういうものなのである。武器としての闇の書に要求される生命のエネルギーなどの代替を、ガンダールヴのルーンはすることはできなかったのだ。
「そういうわけだ。情けない話だが…これでは私はお前たちからも我が主をお守りすることは適わん。」
「だがあえて頼む。私の頼みを聞いてはくれないだろうか。」
ルーンの確認と、現在の状況を把握し、さきほどのルイズからの指摘によって、ひとまず早急な主の命の心配がなくなった管制人格はあらためて頭を下げた。
「…言ってみたまえ。」
「このルーンを永続的に管制人格である私。もしくは、転生した闇の書が起動時、新たなる主となった者に即座につける方法を探して欲しい。」
使い魔のルーンを永続的に…そんな話など聞いたことがないとルイズは思った。長き時を生きる龍や幻獣たちを使い魔にしたものでさえ、主が死ねば彼らのルーンは解除されてしまうはずなのだから。
「無理よ、そんなの。それこそ始祖ブリミルの伝説でも聞いたことなんてないわ。」
「やはり…そうか。」
無茶な要求をしている自覚はあったのか、管制人格は断られたことについては気にしていないようだった。
「すまない。この方法は正直実現を期待していなかったのが本音だ。だからできればこちらの件について力を貸してほしい。」
「今度は何よ…。」
ルイズは相も変わらずまわりくどい感じのする、まずはこっちから、というような管制人格の会話にイライラが募り始めた。
「我が主はやてからナハトと、永遠に再生する機能それぞれを分離。もしそれが不可能ならば私ごと主から分離して、破壊してほしい。」
少し緩み切っていた雰囲気が消える。
「闇の書を使いこなせる今だ。少なくとも私ごと分離を試みるのはそう難しいことではないだろう。永遠再生自体もナハトがなければ解析し、絶やすこともきっと不可能ではない。しかし…問題は分離した後なのだ。主の手から離れたナハトを消すことが出来なければ、結局世界は滅びてしまう。」
「だから、正確にはナハトや機能を完全に殺せる。そんな呪文や魔導師…この際兵器でも何でもいい。どうかそれを探してはくれないだろうか? これ程に長い間一つの世界に留まれそうなのは、私が闇の書となってからは始めてなのだ。だからこそ調査をして、準備を進め…探しだし、呪われた魔導書に終わりをくれてやってほしい。」
その顔に迷いはなかった。自分の犠牲さえ厭わず消滅を望む。確固たる意志を持った瞳で管制人格は3人達に頼んだ。
「アンタ…それでいいの?」
「構わん。それで我が主が救われて、分離した後に生を全うできるようになり、世界の滅びが終わるのであれば、私は巻き込まれても安心して逝くことができるだろう。」
さらりと言ってのけた後にわずかながらの憂いと、強い喜びをもつ笑顔で彼女は告げる。
「何よりこの優しい主に見送られるのならば…それはきっと私にとって、その後を生きたとしても超えられない…最上の幸せとなるだろう。」
突然告げられた自殺にも似た宣言に戸惑いながらも、ハルケギニアの面々はその本気の思いを受け止めて、深く頷いたのだった。
「あいわかった。おぬしの願い、確かに聞き届けよう。わしらも今は平気だとしても、いつかまた来るかもしれぬ災厄なぞ野放しにはできんしのう。」
「感謝する。それともう一つ。これは頼みというよりは、そう…私個人のお願いというものなのだが。」
話を終える前に管制人格が最後に…と、お願いをしてきた。
「なんじゃ?まだあるのか。」
「ああ。我が主、はやてには…このことを、私を殺すことになるかもしれないことを言わないでやってほしい。」
その意図が解らない3人へ管制人格は言葉を続ける。
「ずっと…ずっと闇の書の中で起動してから我が主を見続けてきたのだが、主は優しい子なんだ。それこそ自分が死んででも誰かを傷つけるのをためらう。そんな子の我が主にこのことを知られてしまってはまずい。目を覚ましてこれから出会う私にさえ、おそらくは憐れみをかけてしまうだろうからな。そうなって計画が進まなくなってしまってはまずいだろう。」
「なるほどのう…。」
納得している大人たちだったがルイズは内心複雑だった。一生のパートナーとなる使い魔に隠し事なんて…とか、あんたもその主に負けず劣らず、それこそ命を差し出せるほど献身的なんじゃないの…とか。様々な思いが心に渦巻いているが、解決策を今の自分には出すことはできなかったので、心苦しいが黙っていた。
「ひとまず、話はこれまで…おおっと、これ以上の失態はいかんな。こちらも聞いておかねば。」
話が今度こそ終わり、と思ったら次はオスマンに心残りがあったようだ。
「管制人格君、でいいかの? そのナハトヴァールとやら…転生や再生する機能を抑えたり引きはがしたとして、どのくらいのことをすれば消滅させられるのじゃ?」
確かにこれは大切なことだった。相手をどうしたら破壊できるかの目安が解らなければ、作戦の為の人員の確保もなにもあったものではない。しかし、彼らはこの発言を後悔することになる。
「そうだな…」
体内の情報や過去の経験から推測しているのか、しばらくの間考え込んだ後に管制人格は口を開いた。
「山だな。」
「は?」
思いがけない例えにルイズたちは目を丸くする。
「山だ。丁度ここから見えているあの山。できればさらに周りと合わせて山脈を一瞬で更地にする。そのくらいの威力が欲しい。」
窓から見える山へとついと指を向ける管制人格。
そのまま白目をむいて倒れかけるも、なんとかルイズは踏みとどまった。きっ、と睨み直して大きく口をあける。
「無茶苦茶言うんじゃないわよ! そそそ、そんなもの…始祖ブリミルがエルフ達を倒した時のような話じゃないの!」
「不可能ではないということか。」
これで希望が出てきたな。などと言う管制人格に、ルイズは絶対、絶対にやっぱこいつどこか抜けている。そう思った。伝説とはとりわけ誇張されているものである。どこまで出来るかわかったものではない。
それは始祖ブリミルを崇める宗教、ブリミル教の熱心な信徒のルイズでさえ思い浮かぶことだというのに、管制人格には思い浮かんでいない様なのだから。
重たい空気から始まった世界滅亡の話は、今はあまりのスケールに笑うしかないような空気へと変わり、ひとまずは終わった。
ルイズとはやて、そして管制人格達が退室して二人っきりになった部屋で、オスマンはコルベールに問いかける。
「さっきの話、どう思うかね?」
「…とても難しい話ですね。しかし可能であれば今の世代の内にあの世界の脅威、ナハトヴァールは取り除かねばならないと私は考えます。」
オスマンは話を聞きながらパイプを再びふかしはじめる。
「先延ばしにして、伝承が失われるほど経ってから再来されてもかなわんからのう…。」
「その通りです。しかし、そうなると我々が探さねばならないのは…。」
不可能に近い難題を前にして眉間にしわを寄せるコルベール。
「始祖ブリミルが使ったと言われる失われし伝説のペンタゴンの一角…虚無の魔法の担い手、ということか。なんとも夢物語で、わらさえつかむのにも苦労しそうな話じゃわい。」
「こりゃあ…ガンダールヴの再来がどうとかで喜んでいられる場合ではないのう。」
二人は天を仰いだ。
「すまない!車椅子を忘れた!!」
バン! とノックもなく戻ってきた管制人格が彼らの物思いに耽る時間を吹き飛ばした。
だー!解説終わった!目標も出来た!
さーて楽しく動かせるようにこれでなった…はず!