降り注ぐ槍の雨の内、ボクらに当たるコースの物だけが唐突に砕け散った。
先生の「破ァッ!」だ。ホント、何度見ても何やってるか解らない。
渦巻く海流にかき回されながら見えたのは、袈裟から解放された先生の右腕が槍の雨に突き出された瞬間だけだ。
顔をかばった腕の内側で王サマが叫ぶ。
『見るの2回目じゃがまったく訳が分からん!ありゃ一体何をしてるんじゃ!?』
「ボクもよく分かんない!寺生まれらしく法力かなんかなんじゃないの!?」
『マジか!?寺生まれ凄いな!』
「軽口叩かないと死ぬのかお前は!?」
剣を抜き放ってジェードがツッコむ。
ちゃんとボケを全部拾ってくれる辺りが流石議長だと思う。
心の内を聞かれたらきっと泣かれる。
「ジェード、撃ち漏らしがあった時だけ頼む」
ボクらに背を向けたまま先生がそう言った。
――第2射。
今度は更に密度の濃い弾幕だ。さしずめ槍の集中豪雨。
先生の行動は変わらなかった。
再びその右腕を振り抜くと、槍がその周りの槍も巻き込んで勢いよく弾け飛んで行く。
……撃ち漏らしは、欠片も無かった。
槍が巻き上げる砂煙の中で、害成すものは欠片も通さぬとばかりに仁王立ちした先生の静かな背中が、凄まじく頼もしく映る。
『……何あれ、カッコ良すぎる。もう宝石で良いからガチで結婚してくんないかしら』
「先生だって、選ぶ権利はあるんだよ?」
『お前色々ヒドいな!?』
ヒドいのはこの状況で求愛できるお前の脳みそだっつーのこのウミウシ。
確かにめちゃクソかっこ良いけども。
……第3射は、こない。
その代わり、金属管で出来たドームにあたこち響かせたような、澄んだ声が聞こえて来た。
<――動くな>
<アドミラビリスの王弟の命が惜しいのならば>
――掛かった!食いついたぞ!!
こうまで簡単に馬脚を現してくれるとは思わなかった。
一歩前に出て声を張り上げる。
「ああ?全然聞き取れねーぞ月人!!人様にモノを伝えたいならきちっとツラ出してはっきり喋れ!!」
――もちろん会話の主導権を握る為のハッタリだ。が、海が荒れてるせいもあって字面そのまま受け取ってるかもしれない。
(――王サマ。月人が王サマに提示した条件は何?)
(!?……宝石を誰か連れて来い、だけじゃ)
(Good!)
小声で王サマに確認を取りながら、海が収まるのを待つ。
ジェードはボクが手で制している。
先生は迎撃態勢を取りながら、とりあえずボクに成り行きを任せてくれるようだ。今ちらっと小さく目配せされた。
はっはっは、責任重大だね。
……大丈夫、解かってるよシンシャ。行って戻ればもう大成功だ。だから、軽くジャンケンするつもりで立ち回ってやるさ。
<……動くなと言ったのだ。アドミラビリスの王弟の命を、我々が握っているのを忘れたか>
律儀に、波がある程度収まるのを待ってからの2声目である。
先ほどよりも声は大きかった。
――知能あり。人質を取るところから社会性を理解できる価値観を持っている。ボクらを素材ではなく知恵と社会性のある生物だと認めている。
使用する言語が一致。もしくは月人側が意図してボクらの言語を使用している。つまり意思疎通可能で、今後口八丁で交渉や揺さぶりができる可能性が大いにあり。
今までは月人側にコンタクトの意思が無かったと言う事か。
並列で月人の情報を分析しながら対応する。
「オウテイ?王サマの弟、アクレアツスさんの事かあ?命っつーのを握ってるって言ってもさぁ!どこにいるかも見えないんだけど!?」
この辺りは不老不死であるボクたちの口から言う事こそに意味がある。死を恐れていないからこそ「命を握っている」と言われても実感がないと思わせる為に。
そして月人側は、会話をしてしまったからこそアクレアツスを殺す訳にはいかなくなった。
うまく行けばボク達をだまくらかしてリターンを増やせる可能性がある、と言う事になるからだ。
……ここからは、宝石側が蒙昧なフリして論点をずらし、向こうの情報を芋ヅルして行く作業だ。
しばしの時を置いて、水面の向こうから縄梯子がスルスルと降りて来た。
<上がってくるが良い……望み通り、顔を合わせてくれよう>
……ふむ。罠の可能性もある……が。
<――ただし、フォスフォフィライト。登ってくるのはお前だけだ>
おいおい舐めてんな。
そっすか。そう言う事ならこっちも無視だな。
(先生、お願いします。登って、話が出来そうになければ雲を壊して全部海に突き落としてください)
(いいのか?)
(王サマは学校の上から落とされても無事だったし、海に落ちれば縮んで正気に戻りました)
(……なるほど)
つまり、月人がアクレアツスを同伴しているなら、暴れるだけで全解決する目があると言う事だ。
先生が縄梯子に手をかける。
焦ったような返答が来た。
<――聞こえなかったか!?登ってくるのはフォスフォフィライトだけだ!!>
「聞こえたよ。だからフォスフォフィライトが登って行こうとしてるんじゃないか」
<見えていないとでも思っているのか!?今縄に手をかけているのは金剛だ!!>
「そうだよ?あー君たちは知らなかったよネ無理もない。教えてあげよう。
――先生のフルネームはね。『フォスフォフィライト=テラウマレ=金剛』ってんだよ」
『「「ぶっふぉ!?」」』
――あら、パンチが効きすぎた。
先生もジェードも王サマもうつむいて肩震わせてら。
横文字部分をちょっと巻舌気味にしたのは不味かっただろか。
(先生、無視してズンズン登っちゃってください)
(わ……わか、った……っ!)
肩を震わせながらもズンズン先生が登って行く。
月人にしてみれば、利益を諦めていないなら取れる手段は一つしかない。
<――良いだろう!全員登ってくるが良い!>
追加で縄梯子が3つ落とされた。
最初っからそうしときゃ良かったんだよダァホめ。
心の中で悪態をつきながら、縄梯子にしっかり手を掛けた。
@ @ @
月人の黒い雲を踏みしめる。
やわらかい土を踏んだ感触、と言う報告を見た事がある。
なるほど、そんな感じだと思う。うまい表現だ。
――しかしこんなんで宇宙に出れるのか?それとも、月人は宇宙空間でも生存できるのだろうか。
ボクらは……光さえあれば、生身で宇宙も行けそうだな。
視線を前に映す。
中々の大歓迎だった。火の付いた長い松明のような棒を遠巻きに突き付けた無数の雑(ぞう:月人の周りにいる天女もどきの事)にズラリと囲まれている。
距離が腰引ける程度に離れているのは、やはり先生を警戒しているからだろうか。
そして月人の後ろには、サザエをシャープかつスタイリッシュにトゲトゲさせたような長くて大きな巻貝が転がされていた。
クジラを固定するように何本かロープが掛けられているが、その巨体を鑑みるとずいぶんと頼りない固定だ。
「……王サマ?」
『アクレアツスじゃ。間違いない』
弟さんって言うから王サマみたいなカタツムリを想像したんだけど、ずいぶんシャープな感じなのね。
そう言えばボルツみたいな攻撃特化って言ってたか。アドミラビリスは貝殻の形も個人差になるようだ。
「――ようやく、まともにお話が出来る状態になった訳か」
あの長い松明は、アクレアツスにも突き付けられている。
<――状況は理解できたな?>
「ああ、アクレアツス本人だって確認も出来たよ。ならばボクらも、自衛以外の武力行使をしない事を約束しよう」
余裕を見せながら口にした。
もとよりそのつもりだったのだ。あたりまえの事をもったいぶって話してだけだったりする。
<――金剛は不要だ。フォスフォフィライトとジェードの二名。その身柄とアクレアツスを交換だ。拒否するならばアクレアツスを殺す>
「違うだろ?まずはあんたらが約束を守るのが筋だ」
まずは舐めた要求をばっさりカット。筋を通す事から始めようか?
<……約束とは?>
「王サマとの約束だよ。『ボクらを連れてくればアクレアツスを開放する』――王サマはその約束を完璧に果たした。次はあんたらが約束を果たせ」
月人が声を荒らげた。
<お前たちがおとなしく我らに下れば返すと言っている!>
……ふうん。どいつもこいつも口が動いていないな。もしかしたら、どこかに籠って喋ってるのかな?
とりあえず、切り口は変えずに対応する。
「わっかんないかなぁ?おたくらが約束を守らない内は信用が無いんだよ。言う通りにして約束を反故にされたらたまらないだろう?そういう相手なのであれば、ボクらも馬鹿正直におとなしく交渉のテーブルに乗る必要なんて無いじゃないか」
<王は約束を果たしていない!お前たちがおとなしく捕まった時点でそれは完了する!>
「そりゃあ違うな月人さんよ。王サマに課せられたのは『誰か宝石を連れてこい』だけだ。実際3人も連れて来てるんだぞ?完璧すぎる仕事だ。
その後の攻撃も捕獲もアンタら自身の仕事だろ。確かにアンタらの攻撃を凌げるメンツが来たのは想定外だったかもしれないけれど、それは単純にアンタらの仕事が無能だっただけで王サマは関係ない。
テメェの失敗を理由に約束を反故にするんじゃないよ」
<屁理屈を!仮にアクレアツスを返せば、お前たちが要求する物はなくなるではないか!>
――ずいぶん感情豊かだな。
しかも馬鹿正直だ。
コッチの誘導に馬鹿正直に乗ってくれるぞ。こいつもしかして、舐めプしすぎて頭脳が間抜けか?
「おいおいおいおいおいおいおいおい、バカ言ってんじゃあないよ。例えアクレアツスを返してもアンタらには交渉カードがわんさかとある筈じゃないか」
<――なんだと?>
「……ヘリオドール」
ボクは静かに突きつける。
「――ラピスラズリにグリーンダイヤ。ルビー、サファイヤ、ピンクトパーズ。枚挙に暇がないほどに、あんたらは交渉カードを持ってる筈だろ。
今までアンタらが攫ってきた、ボクの仲間たちの事だよ」
<……っ!>
――まるで、息の詰まる声を聴いたような沈黙だった。
ボクとしては少し意外な反応だ。宝石で宝石を交渉する……と言うのは、字面だけ見れば意味のない事に思えるけれど、アイツ等が薄荷色の奇麗な宝石が好みなように、攫われた宝石にも優先順位がある筈だ。
先日鏃にして大量に返されたヘリオドールなどその筆頭だと思ったんだけど、この反応は取引材料としての価値すら認めていないように思える。
……立場が違うから故の認識だからか?ヘリオ返すからフォスをくれ、なんて取引は普通に考えつくと思うのだけど。――ボクらがそれに乗るかは別として。
<……金剛が……ッ>
――あん?
<そこの壊れかけた機械が王子の言う事を最初から聞いていれば、このような悠久に等しい時を無為に過ごすことも無かったのだ!!>
――核心来たああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!
月人の口から出た主張に思わず脳内であのAAが流れた気がした。
っくっそ、こいつらおいし過ぎる!先生以上にガバガバだぞ!
ヤバイ、お口歪んでないかしら?ニヤけるのを歯をくいしばって耐えてるんだけどコレ表に出ていないかしらっ!?
「なら、攫った宝石と引き換えに、それも交渉のテーブルに乗せれば良いじゃないか」
<そんな事はとうにやった!>
「それは今と同じ環境だったとでも?このフォスフォフィライトはテーブルに居たのかな?」
<ッ、金剛の庇護にある宝石に何が出来ると言うのだ!>
「出来ると思って無ければ攫った宝石を取引材料にはしないだろ。何焦ってんだよ?」
揺さぶれば揺さぶるだけポロポロキーワードが飛び出てくる。
まるでパチンコのフィーバータイムだ。
向こうの揺さぶりワードも即リフレクしてるから、月人だけが面白いように狼狽えてる。
「……フォス……」
話に自分が出てきた為か、少しおびえたように先生がボクを振り返る。
ボクはそれに軽くウインクを返した。
ご安心ください、先生。そもそもまともにテーブルに着くつもりゼロですから、先生が交渉材料として何かする事はありません。
……まあ、先生の視線にはもうちょっと別の意味があるんだろーけどね。ジェードなんか震えながら先生見てるし。
<お前たち宝石は取引材料とはならない!もしそうであったなら、この状況は作られなかった!>
「それを判断するのはこっちかなぁ。何度も言うけど君らにゃ信用が無い。額面通り受け取る訳にはいかないね。
――人攫いを生業としている正体不明君と、今までボク達を傍で支え続けてくれた先生。どっちを信じてどっちを助けたいと思うかくらい、君等の頭でも出来る勘定だろ?」
月人だけじゃない。皆が目を見開いてボクを見ていた。
その視線に込められた意味の名前を何と呼ぶべきか、ボクは形容できなかったけれど。
……言葉を詰まらせた月人が、最後の手段に出る。
燃え盛る松明の炎を、アクレアツスに押し付けた。
ジュウッ、と肉の焦げる匂いが立ち込める。
アクレアツス!と悲痛な叫びを上げて王サマが身を乗り出した。
<――アクレアツスを殺す>
……ふむ。
ちょっと煽りすぎたかな。
<最後の警告だ。抵抗せずにおとなしく下れ。さもなくばアクレアツスの命はない>
――そして、そろそろ頃合いか。
強引に主張を通す事にしたようだ。
なら、ボクらも強引に行く事にする。
「――わかったわかった。従うよ。そちらに行こう」
「フォスっ!?」
ジェードの悲鳴が聞こえる。
……その反応で正しいけどさ。議長チョッとまじめすぎやしないかい。
ガチで行く訳ないじゃんか。
両手を上げてゆっくり前に進む。先生とすれ違う過程で、小声で伝えておく。
(――隙を見て、攻撃を)
こんなの、アクレアツスから意識を逸らすためのブラフに決まってる。
……決まっているのだけれど。
どうやら、そう言った小細工を弄す必要はどこにもなかったようで。
『い、たい……。……ごは、んの……におい?』
……殻の中から何か聞こえた。
アクレアツスの殻が揺れ動く。
ブチブチと固定されていたロープが千切れてゆく。
『――ごはん!』
「……マジすか」
――それはウミウシと言うにはあまりにも大き過ぎた。
大きく、浅黒く、重く、そして大雑把過ぎた。
……って、ベルセルクしてる場合じゃないな。
いや、顔は可愛いかったねん。
つぶらな瞳にちょこんとした口。ファンシーワールドのキャラクターで通じると思う。
しかしデカかった。
あのデカい貝殻の同質量はあるんじゃなかろうか。
これ、アレですか?
自分が焦がされた時の肉の匂いで覚醒しちゃった感じですか?
月人が慌てて火を押し付けているけど、このサイズ差だとまったく意味をなしてない。
――お前らどの口で<アクレアツスを殺す!>なんてドヤ顔キメてたんですが。アホなの?ボク以上にアフォスなの?
『アクレアツス……』
王サマの呆然とした呟きを背景に、アクレアツスの巨体が唸る。
「まずい!フォス、ジェード!!」
先生がボクたちに覆いかぶさった。
月人の黒い雲に押し付けられながら見たのは、デカい貝殻による広範囲ラリアットである。半径85cmってレベルじゃないぞこれ、誰か巡音ルカに抗議して来い。
火で制しようと無駄な努力をしていた雑達が、紙クズのように跳ね飛ばされて行く。
脳裏に高笑いするムスカ大佐がよぎった気がする。
――雲が崩れた。
先生に庇われたまま、アクレアツスの巨大な体と一緒にボクたちは海に落下して行く。
もう何がなんだか分からない。
目まぐるしく流れている視界の中で、荒れる海の水面を見た。
……そこから先は、ちょっとよく覚えていない。
@ @ @
「……ォス!……フォス!!」
「――んあ?」
ジェードの叫びを聞いて、意識を飛ばしていた事を自覚した。
とは言っても、ボクたち宝石に『気絶』なんてステータスは存在しない。
つまり。
「……ボク、また割れてた?」
「ああ、良かった……目を覚ましたんだな!首が取れていたんだよお前」
「マジか」
ジェードが首を探してくっ付けてくれたらしい。
視線を動かす。どうやらまだ海の中だ。そこまで時間は経っていないと見える。
体を見下ろしてみる。
「……Oh」
防護服の中がベコベコになっておられる。
こりゃあ色々割れてやがるな。防護服が無かったら文字通りバラバラに散って海の藻屑になってたぞ。
ありがとうレッド。そしておめでとうボクの体。今日も元気にノルマ達成だちくせう。
「――フォス」
先生の手の平がそっとボクの頭に置かれた。
「――良くやってくれた。王弟殿は救出され、月人は全て霧散し、みんな無事だ」
「ふっふっふー。後は国交繋いで帰れば総取り完了ですね。情報もわんさか絞れました」
ジェードも先生も特に損傷はないようだった。
王サマも無事だ。
……王サマの隣に、なんか黒い人がいる。
そう言えば、『故郷の近くでは人の姿になる』んだったっけ?
「――やあ。君がアクレアツス?」
『やあ、フォスフォフィライト。アクレアツスだ。……そしてすまないな。危なかった。姉上の制止が無ければその頭、食べてしまう所だった。あんまり美味しそうだったから』
「え、やめてくれないそういう怖いこと言うの。あんたら姉弟揃ってボクの事飴玉か何かだと思ってない?」
よ、っと体を起こす――ではなく、起こそうとして失敗した。
右腕は動くけど左腕が動かない。胸から下も無理だ。
「無理はするな。頭も、糊無しでくっ付けたばかりだ……あまり動かさない方が良い」
先生にそっと横抱きにされる。
御姫様抱っこリターンズである。
今日はどうやら、帰るまではこのままらしい。
『――君が月人と交渉してくれたと聞いた。礼を言うよ』
「最後はアクレアツスに全部持ってかれちゃったけどね。火を押し付けられてたけど、火傷は大丈夫?」
『肥大化していた時に受けた傷だ。もう無いような物さ、問題ない』
アクレアツスが手の甲を見せるように向けた。
……火傷の痕も見当たらない。
『フォス……本当にありがとう。アクレアツスを取り戻した上で誰も失わずに済んだなど、このような奇跡が本当に起こるとは思っていなかった……』
いや、現状を見るに先生呼んだ時点で大分ヌルゲーだったと思うけどね。
雲堕とせば勝ち確だったみたいだし。
『そして、すまなかった……っ!わしは、アクレアツスの為とは言えお前たちを――』
「はいストップ」
――右腕が動く状態でよかった。
王サマの唇に、人差し指を当てられたから。
「――元々、怒ってないって言ったじゃない。その顔は失敗した時に、って言ったんだからさ。大団円のこの場では引っ込めておきなさいよ」
『……しかし、お前の体が砕けてしまった』
「はっは、ジェードみたいな事言ってら。良いんだよどうせパキパキ割れまくってんだから、最終的に治ればよし。今回も特に体の喪失はなかったしね。
……んー、そうだな。悪いと思ってるなら借りに付け込むみたいで申し訳ないけどさ。国交の方よろしくお願いしますよ王サマ?」
どうせその話もしなきゃいけなかったしね。
手をプラプラさせながら軽くそんな要求を出して見る。
……王サマは、困ったように眉尻を落とした。
『――フォス。周りを見てみてくれ』
王サマ様の声は、弱弱しかった。
言われた通り周りに視線を投げてみる。
サンゴのない砂の海底を見回した。
『……なにもないだろう?この地は、月人に根こそぎ奪われてしまった……もう、何も残っておらんのだ。お前たちの国と交友できる国すら、ここには残っていない』
……ああ、王サマ。
残念だけど、それは諦める理由にはならないかな。
「なんだったかな……ああそうだ。
『山は樹を以って茂り、国は人を以って盛んなり』――だったかな。
知ってる?吉田松陰。日本国出身、幕末の長州藩の人で塾の先生だった人の言葉だよ。
人がいるからこそ、国なんだ。
ここに二人いる。このままアドミラビリスが終わるのはボクたちとしても許容できないな」
『……フォス』
ボクらだって28名。国と言える規模じゃない。
だけど、国として何とかやってるんだもの。
「王サマだって、終わるつもりはないでしょう?ボクらもあんまり手が足りてる訳じゃないけれど、出来る範囲で手伝うからさ。
……借りを作りっぱなしと嘆くのであれば、次の次の代あたりでボチボチ返してくれれば良いさ。ねえ、先生?」
「――ええ。私たちには寿命がないからか、気も長い方なのです。それに、私たち以外に知恵あるものがいると言う事実は、私たちにとっても心強い事だ。共に、未来を目指しましょう」
王サマが口元を押さえて震えていた。
『金剛さん……ありがとうございます……っ!』
アドミラビリスの国は、これより宝石の国と共に繁栄して行くのだ。
そんな歴史をボクたちの教科書にも載せて行けるようにしたいと思う。
――国交が繋がる。
これでめでたく総取り、大勝利だ!
@ @ @
中々苦労した道程も、帰りは坂道を下るように楽ちんだった。
砂浜に向かう海流があるため、それに乗って行けば良いと教えて貰ったのだ。
そっかー、緒の浜に流れ着くボクらの同族はこの海流で少しずつ流されて来たんだなとちょっと納得。
「あの……伺って良いですか?」
帰路をたどりながらジェードが口を開く。
「今回の件……王が月人に強要され、我々をおびき寄せていたと言う事実ですが……先生たちは何時気づかれてたんですか?」
事が起こるまで気づけなかった事を恥じているらしい。
ホント、ジェードは真面目さんだなぁ、と思う。
「ふむ……王とは関係ないが、月人の襲来を想定したのはフォスが私を今回のメンバーとして提案した時からだ。その時は監視を警戒しているのだろう、と解釈していた。
王が月人に強要されていると気づいたのは、アドミラビリスが肉の者であると解った時からだ。とはいえ事実として確定はしていなかった為、見に回っていた」
――なるほどね。
アドミラビリスが『肉の者』であるならば、今回の話が出た会議室で国交の話が出来た筈なのに王サマがそれをしていなかった。
王サマはあの時、「故郷が近づけば人型になれると言うのは信憑性が低い為」と説明していたけれど、先生としては違和感を覚えていたって事か。
「じゃあ……フォスは?」
「ボクは王サマを月人が落としたって聞いた時からずっと想定してたかな。だから、海に罠がある前提でこのメンバーを提案したよ。
ちなみに、王サマもボクが気付いていた事に気付いてたと思う。それを想定してメンバーを選んだことも含めてね。
――だから、前日に凄い辛そうに謝られたよ。苦労を掛けてゴメンって」
王サマをエスコートする役目についてから、王サマの目的を暴く事がボクの役目であると理解していたけど――話す内に絆されてた。
月人みたいに嫌な奴じゃないと、そう思ってしまった瞬間にボクの方針は決まってたんだよね。
「――私は、まったくダメですね。この事態を欠片も想定していませんでした」
「それが良いんじゃない」
「……え?」
ヘコむジェードが顔を上げる。
「信じる人。疑う人。見極める人。様々な思惑を持つ人が集まってこそ、色んな事態に対処できるってモンだよ。ジェードがもし疑う方に思考が行ってたら、もしかしたら王サマの反感を買って色々失敗してたかもしれないよ?」
「……そうだろうか」
「そうだとも」
後を引き継いだのは先生だった。
「それに、私も気づくのが遅すぎた。本来ならば、この事態を想定したメンバーの選出や対策と言った事はフォスではなく私が行うべきだった。――反省するのであれば、私もだ。互いに精進せねばならないな」
……ああ……まあ、うん。
そうね……それは、ホントそうよね。言わないけど。
「――しかしフォス。今回、王と随分打ち解けていたように見えたな。接する時間が長かったと言うのもあるが、自分を食べた相手にしては王そのものへの警戒をしていなかったように思う。何か根拠があったのか?」
「……あれ。そこ疑問に思っちゃいます?フォスさん結構そのあたりサバサバした性格だと思ってるんだけどな」
「ああ、それは私も思った。確かにサバサバしている方だが、害らしい害を受けたら結構根に持つかそれをネタに弄り回してるぞお前」
ええー……?
そうかなー、フォスさんスーパーアイドルだからそう言う火サスチックな性格してないと思うんだけどなー。
「まあ……ボクの性格はともかく。確かに仲良くなる理由みたいな物はありましたね。ボクしか王サマの声が聞こえなかった、って言う状況も一つの理由でしたけども。
もっと大きい理由としては――
――王サマも、ボクと同じ『記憶持ち』なんだろうなぁ、って。そう気づいたからですね」
親近感沸いてたんだよなぁ、結局は。
王サマの事を思い出しながらそんな風にひとりごちてみる。
……先生とジェードは、なんか時間が止まったように固まっていた。
フォスの博物誌
--------------------
その5「アドミラビリス」
--------------------
緒の浜の沖、2km程離れた海域に住む軟体生物。
個体ごとに形の異なる貝殻を持ち、砂を食べてこの殻を補強する性質を持つ。
その性質や貝の形状から、巻貝に近しい属の可能性がある。
体長は30cm程のナメクジやウミウシを思わせる体をしているが、個体差によりどこまで差が発生するかは定かではない。
カタツムリなどとは違い、その殻はただの衣に過ぎず、脱着可能である。
高度な知能と社会性を持ち、言語によるコミュニケーションも可能である。
アドミラビリスにはその起源についての伝説が伝えられており、それによると人間が進化の元になっていると解釈できるが真偽は不明。
しかし、上記海域内では人の形に変態する(あるいは海域外では上記のウミウシ型に変態する?)ため、何らかのルーツは持っているようである。
※なお、この変態は明らかに質量保存の法則を超えているため、海域内の海水ないしはその他の要素が人型時の構成物になっている可能性がある。
美しい殻を持つため月人に残らず連れ去られ、月の砂と水により思考を奪われたまま極度に肥大化、養殖されている。
現在、そこから逃げ出した2名が起点となり、国を再興中である。
なお、アドミラビリスの国は宝石の国と一番最初に国交した国でもある。