薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第10話「こんごう」

 

――明るい空に月が浮かんでいる。

下半分だけ見える月だ。その周りに小さな月がぽつぽつ浮かんでいる。

時々、昼の空に月を見る事が出来る日がある。

そんな日は不思議と、今日のように雲が極端に少ない快晴に近い空が多い気がする。

……絶好の、月人日和と言う奴だ。忌々しいけれど。

 

「――フォス」

 

水銀球を浮かべながら、シンシャが廊下の向こうから歩いてきた。

手には先日渡した計画書のコピーを持っている。

 

「ああ、シンシャ……お疲れ」

「ああ、お疲れ。……何かあったのか?」

「いやいや、昼に出てる月を見てただけだよ。……月人が出そうな日だなと、思ってさ」

 

ボクの言葉に釣られて、シンシャも窓の外に視線を向けた。

 

「……不安か。今日は、見張りも少し少なくなるからな」

「参加自由とは言ったけど、ずいぶん興味を惹いたもんだよ」

 

晴れた日は、好きだ。太陽の光もすごい好きだ。

草原で大の字に転がってウトウトするのも好きだ。

――だからこそ、嫌いだ。

そういう日はいつも月人に邪魔されてきてるから。

 

「……行こうか。もうじき時間だ」

「……そうだね」

 

シンシャと肩を並べて会議室へ向かう。

――この晴れた空が、純粋に好きになれるときが来れば良いなといつも思う。

 

 

@ @ @

 

 

集まったメンバーを見回してみる。

かなりの数だ。中々壮観な絵面だと思う。

 

「――しっかしまあ、集まったね。確かに興味あれば参加自由とは言ってあったけれど、オブしー(オブシディアン)とアレキ、ゴーストも入って非戦闘系はコンプリートかぁ」

 

ひのふのみ……と13名。ボクを入れれば半数来たか。

会議室にこんだけ人が集まる事ってそうそうない気がする。

 

「本当はベニトも来たそうにしていたのだが、ダイヤがこっちに来たから遠慮したようだ」

「ベニト……そういや、シンシャの部屋の隣だったっけ。ずっともやもやしてたんだろうね」

 

水銀を制御出来なかったシンシャの隣の部屋を使っているのがベニトだ。

シンシャの水銀は安易に触れればその部位を削り落とすしかなくなる。その為、「毒液はしょうがない事だけど、それでも近くにいるとなんだか落ち着かない」とばつが悪そうに言っていた事があったっけ。

 

「よっしゃ、じゃあ始めます。計画書のコピーは先生と計画に参加するメンバーにしか配ってないから、近くの持ってる人に見せて貰って。ただ、この会は計画の説明会なので、大部分は計画書に沿って説明する事になる。つまり、あまり計画書見る必要ないです。参加組は解っている事を説明する事になるけどご容赦をば。

 

――んじゃ、アマルガム計画の説明をはじめるよ」

 

 

アマルガム計画。

シンシャの毒液、つまりは水銀を有効活用するために計画された。

その目標は――メッキ技術の開発と、それに伴って必要になる様々な余剰技術の開拓だ。

 

計画名のタイトルであるアマルガムとは、水銀を用いた合金の事を指している。

例えば金を水銀に接触させると、金が溶けるように水銀に吸い込まれる。

金アマルガムの完成だ。用いる水銀の量が多ければ常温で液体に、少なければ常温で固体になる。

金アマルガムを紙などで水銀を絞り出してあげれば、硬度の調節が出来るだろう。

 

程よい硬さにした金アマルガムを、薄い酸で洗浄した宝石に厚めにかつ均一に塗布し火にかざすと、水銀が蒸発して金だけが残る。後はヘラなどで残った金を磨いてあげれば、金メッキの完成だ。

つまり、宝石の表面を薄い金属でコーティング出来るようになる。

 

硬度はあるけど劈開があって脆い、なんて鉱石の場合、この表面コーティングを施すことである程度の衝撃の分散や割れの防止を期待する事が出来るかもしれない。

つまり、靭性克服の可能性があるのだ。

 

……もちろん、課題はいくつも存在している。

靭性克服の為に理想的な金属の選定。そもそも水銀を扱うため、安全性を保ったまま施術を施せる技術。インクルージョンへ届く光を塞ぐことになるため、マスキングの研究も行う必要がある。

 

重要なのは、このアマルガム計画は最終的にはこのメッキによって靭性克服を目指してはいるものの、その過程で生まれるだろう様々な余剰技術を開拓する事も主眼に入っていると言う事だ。

水銀の為の防護服、火の扱い方、水銀の保持技術――色んな壁にぶち当たる筈だ。

これらの壁を突破した時、メッキ技術のみならず、様々な分野で応用の利く技術を手にする事が期待できる。

だからこそ目標の「メッキ計画」ではなく、応用を期待して「アマルガム計画」と名付けた。

 

危険が伴う長期計画になる。計画を進めて行く内に明らかになって行く細かい課題を確実にひとつづつクリアして行く作業になるだろう。

 

 

「――っと、以上が計画の目的と目標、および大雑把な概要になります。技術職についてたり分析にたけてる人は、すでに靭性克服以外の使い道がうっすら想像できているかもしれないね。

そいじゃ、質問タイムに移ろうか」

 

バババッと色んな所で右手があがる。

……最初に指す人は決まってた。なんてったって予約されちゃってたしね。

 

「――うん。それじゃあユーク、どうぞ」

「はーい」

 

ニコニコしながらユークが立ち上がった。

 

「これ、概要を聞くだけでもかなりの危険や無茶が思い浮かぶのね。そこで聞きたいんだけど……靭性克服の為のメッキ技術が計画の過程で技術的に不可能と言う事が分かってしまった場合、計画は頓挫してしまうの?」

「うん、真っ先にそこ気になる所だよね。――答えはNo、目標をシフトする事で対応する事を考えてる。名前の通り、アマルガムを用いた技術を開拓したい」

「……なるほどね。目的はあくまでシンシャの為に、か」

 

シンシャが気まずそうに顔をそむけた。

若干頬が赤くなっている。

ダイヤがそれを見て、口元に手を当てたまま目を爛々と輝かせていたりする。

 

「次の質問。何回も実験と失敗を繰り返す事になると思うのだけれど、その検体はどうするつもり?……まさか希望者を募るなんて無茶はしないとは思うのだけど」

「それは技術が進んで、計画のホント最終段階になるね。その時はボクが最初に受けてみたいなーなんて思ってるけど、きっと選定方法などは議論する事になると思う。この計画立案、白状するとボクの靭性をどうにかしたいって思いも多分にあったんだ実は。

……それより前の技術研究段階では、緒の浜に流れ着いた所謂『なりそこない』の結晶を使う事になるね」

「そっか。――聞き捨てならない発言があったけど、とりあえず今は納得しておくね」

「安心しろよユーク。もう首ポロリ事件は俺が絶対に起こさせねーから」

「……その節については大変深く反省しておりますです、ハイ……先生にも念を押されてますんで、勝手に動く事は致しません……」

 

ボクが最初に受けたい、が地雷だったようだ。

ユークとスフェンが笑顔と言う名の圧力を掛けるのである。

 

不器用な身を押して無理に工作しようとしたらうっかり首をポロリしてしまった苦い記憶が蘇る。色々被害も出しちゃったかんなぁあの時。

意識を取り戻した時の皆のあのプレッシャーはもう思い出したくない。

 

「じゃあ最後の質問。技術開発って言うけれど、差し当たって何から手を付けるイメージでいるの?」

「うん。まずは水銀を扱うための環境の確保だね。つまりは防護服の作成、研究場所の確保、汚染のない水銀の長期保存方法の確立かな。……ああ、後は水銀の安全な廃棄方法の確立も」

「思った以上に土台を考えてるのね……解ったわ、ありがとう」

「はい、じゃあ次の人?」

 

ユークの質問は本当に根幹的な事だったため、みんなが真っ先に聞きたい事だったんだと思う。

さっきよりかはいくつか手が下がっていた。

 

「んじゃあ、ペリドットどーぞ」

「ああ、ありがとう。……ちょっと技術的な疑問になる。

アマルガムを一度肌に接触させるのが前提になる訳だが、これはそのまま毒液と直に触れなきゃいけないと言う事を意味している。……そんな状態で、私たちの体はちゃんと機能するのかな?」

 

もっともな質問だ。

アマルガム計画その物は良いけれど、医療に向けた設定目標自体が不適切なんじゃないのと暗にペリドットは言いたい訳だね。

 

「――具体的な所はやってみなければ解らない、と言うしかないけれど、ボクとルチルは高い確率で問題ないだろうと言う意見で一致した」

「ワオ!……って事は、ちゃんとした根拠があるのか」

「ある。――ルチル、頼んで良い?」

「はい、もちろんです」

 

医療系の説明はルチルの方が説得力あるしね。

バトンタッチだ。

 

「まず、シンシャの毒液――水銀を浴びる事による作用についておさらいしましょう。我々宝石の肌は、水銀が接触してしまうと透明度が濁り、光が体内に届かなくなってしまいます。その為、接触面を削り除去するしかありませんでした。

一方で、この計画のメッキはコーティングする場所を選択する事で光が入るように調節する事を想定しています。……つまり、考えるべきは『インクルージョンを水銀が侵食するか否か』と言う点のみになります」

「――ふむ」

「そこでインクルージョンの耐性について考えますが……幾つかの実例を挙げましょう。

まずシンシャ自身です。水銀はシンシャの体から滲み出てくるわけですから、インクルージョンは常に水銀に触れている事になります。しかしシンシャに影響はありません」

「いや、それは……」

「まあ、言いたいことは判りますがお待ちを。

次にフォスです。アドミラビリスに食べられ貝殻の一部にされてもインクルージョンは耐え切っていました」

「――ああ、そっちは納得できるな」

「あとは今見張りに出ているウォーターメロン・トルマリンですね。ストレスがたまると電気がたまる特異体質を攻撃に転用していますが、普通、攻撃に転用出来るほど強い電気を通されたら生物は死にます。微生物なら特に」

 

ちなみに例としては弱いけど、冬担当のアンタークチサイトも挙げて良いと思う。

アンタークチサイトは融解する鉱物で、結晶化する温度が常温以下と言う特異体質だ。

何でもその元素には3割ほど塩素が含まれていると聞く。

微生物にとってはさぞ住みにくい環境だと思う。

 

「個々人の特異な部分を挙げましたが、それにしても『インクルージョンの耐性の高い者が多い』と言う事に気付いて頂けたでしょうか。特異体質と言うものはもっと奇跡的な確率の上でこそ起こる物ですが、わずか28名の中にこれほど入っていれば、いっそ別の仮説が立てられます」

「……もともと、インクルージョンはそう言う物だった――と言う事か?」

「その通り。

――しかし海の底で進化し続けていた生物としては、不要な耐性が多過ぎる。酸素を不要とし、かと言って酸素を受ける事で死ぬ事もない。水銀に耐え、酸にも耐え、電撃にすら耐える。電撃に耐えるなら、おそらく熱にも耐性を示すでしょう。

クマムシと言う過酷な環境でも耐えられる微生物がいるそうですが、それすら乾眠する事で耐え凌いでいるだけで活動できる訳ではないんです。しかしインクルージョンは能力を落とさずに活動して見せました。おまけに光さえあればエネルギーも生み出せると言うオマケつき。

完璧な微生物です……まるで、そう『設計された』かのように」

 

ペリドットが一つの仮説に気付いたようだ。

大きく目を見開いている。

 

「――話は変わりますが、なぜインクルージョンが共生に選んだのが『鉱物』だったんでしょうね?

フォス曰く、他の動物に寄生してその行動を操作する生命体は人類史においていくつも確認されていたそうです。いくつも実例があると言う事はより進化しやすいと言う事だった筈ですが、インクルージョンは結合方法がバラバラな幾種もの鉱物をその宿主として選びました。

――鉱物で殻を作る生物はいても、鉱物がそのまま生物を成すのは我々だけです。」

 

ルチルが口の端を持ち上げながらボクに視線を合わせてくる。

――完全にノッて来たらしい。

ボクも苦笑して後を引き継いだ。

 

「……話をしよう。ボクらのルーツの話だ。……アマルガム計画からは完全に脱線するけど、ちょっと付き合ってほしい」

 

 

――これは、まだ実証されていないひとつの『仮説』の話だ。

 

かつて、この大地には『人間』と呼ばれる生物が繁栄を極めていた。

彼らはボクらと同じ姿をしているが、鉱物ではなく肉を纏って動いていた。

彼らは鳥のように空を飛ぶ事も、クラゲのように発光する事も、海の底で暮らす事も出来なかったが、高い知能と色々な物を作る力に長けていた。

その力で以て空を飛ぶものを作り、発光する物を作り、海の底や空の向こうにさえ住める場所を作れるほどに。

 

この星に6度目の隕石が落ちる頃……あるいはそれよりもっと前に、人間はとても小さな道具を作った。

目に見えないほど小さい道具。

自分と同じ組成の物を複製し、記録し、与えられた命令を群体で遂行する小さな道具。

まるで微生物のような動きをするそれは、あらゆる分野に適したものが作られたが、総称して『ナノマシン』と名付けられた。

 

……時期的には6度目の隕石が落ちる直前、もしくは数十年以内の近い年代だったと予想される。

人間はそのナノマシンの技術を使って、一つの命を作り出した。

設計思想の中には『長い時の中でも壊れない事』が少なくとも入っていたと思われる。

人間の男性に似せて作られたひとつの命……彼らはそれに、『金剛』と言う名前を付けた。

 

 

「――え!?」

 

誰の声だったかは定かではなかった。

みんな一斉に金剛先生に視線を集めた。

――当の金剛先生は、声を出す事も出来ずに固まっていた。

 

「……金剛って言うのは、元は硬度10のダイヤモンドに付けられた名前だった。『壊れない』って言う意味だ。

だから使用されたナノマシンには『自己複製』『行動最適化による保存』『自己修復』と言った保守を行うための機能が多く盛り込まれていたと考えられる。もちろん、その中には記録や知性と言う要素も含まれていた。

――あるいは、もはや自分たちにはどうにもならない隕石の衝突を知った人間が、はるか未来に向けて送り出した『生きた証』ってヤツだったのかもしれない」

 

 

――アドミラビリスの伝説においては『月人は人間の魂が月にたどり着いたもの』として描かれている。

これは、人間たちの一部が隕石衝突前に月へのがれ、その残照が今に至るまで生き続けているのではと解釈する。

ダメージを受けると霧散するようなフザけた性質がある以上、少なくともそのまま人間という訳ではない筈だ。

 

時期的には定かではない。恐らく順番の前後はあるだろうと思う。

人類が隕石により死滅し、最後に一人残された先生は、唯一の陸として残った貧しい砂浜に居を構える。

その中で恐らく、体の欠片が海に放出される……とは言わないまでも、少なくとも長時間海に身を浸すような出来事があったんじゃないかと考えている。

先生を構成していたナノマシンは、それによりわずかに海に放出され、それが幾年の時を掛けて身近にあった鉱物を使い再構成を試み、波に揉まれて分離されを繰り返し、次第に少しずつ少しずつ増殖していった。

資材に乏しかった海の中だ。細菌みたいに一挙増殖とは行かなかったと思う。

 

そんな中で、巻貝の一種がナノマシンの含まれた鉱物を食べて自身に組み込みそのまま進化する、なんてエピソードがあった。

食べたら意識や記憶を継承する、なんてことはあり得ないが、長い時間の中で貝殻として構成される事を選んだナノマシンが、自己補完の一環としてその巻貝の脳に干渉し、最適化させるような事があったかもしれない。

人間が居て、その魂が月に行ったと言う伝説が残っていることから、ある程度の記録がそのナノマシンに保持されていた可能性がある。

もしくは、海の底に沈んでいたわずかな記憶素子や人間の記憶電位を、自分自身と勘違いしたナノマシンが自己保存の為に模倣するような珍事もあったかもしれない。

そうやって互いに共生し、そのうち一つの個として確立した巻貝は、その後の進化の中で安定して行く自らの種を『アドミラビリス』と呼称した。

鉱物とは違い肉体で構成された事から不老不死となる事は叶わなかったが、代を重ねる事で命を後世に繋いでいく道を選んだ。

 

……一方で、そんな劇的な進化を遂げた種族の事はつゆ知らず、素直に鉱物を引き寄せ合成し、せっせせっせと自身を構築していたナノマシンはついに人の形の構成を終えてようやく砂浜に流れ着く。

 

――そこには、孤独に一人残された金剛と言う名の宝石が住んでいた。

 

 

「……末端のナノマシンの挙動なんて先生には知る由もなかっただろう。知ってたら逆にボクが驚く。更に先生自身、ナノマシンの詳細仕様や挙動を知らなかった可能性がすこぶる高い。人間が自身を構成する細胞の詳細を知らなかったように。

――最初に流れ着いたのが誰だったのかは知らない。少なくとも、最年長のイエローでは無かった筈だ。最初はメチャクチャ混乱したと思う。観測機材も何もない陸地だ。ボクらがインクルージョンと呼ぶ微小生物が光を受ける事で生きている、なんて情報を確信するにも長い時間を費やしたと思う。

先生は、得体のしれない目に見えない要素を、人間をベースに進化した微小生物であると判断し、それを教科書に書き残した」

 

――どうですか?と、視線で先生に問いかけてみた。

先生は、相変わらず声も出せずに固まっていた。

余裕そうな表情をしているのはこの話をあらかじめ知っていたルチルとユークだけで、他の皆の表情も先生と似たり寄ったりだ。

 

「――まとめよう」

 

ボクはこの国全部を示すように両腕を広げた。

 

「かつてこの地にいた人間が先生を作った。そしてその先生が、アドミラビリスやボク達を作った。

――ボクたちは、先生の子供で、兄弟だったんだ」

 

ボクたちは、国と言っているけれど、その実家族のように暮らしてる。

だから年長組の事をお兄ちゃんと呼んだりもしている。

 

王サマと海で駄弁ってた時、「人の父親口説くなよ」と口にした事もある。

先生は父親同然じゃないかとボクは言った。

――ボクは、比喩で語ったつもりはなかった。

 

この国にいるのはみんな兄弟で。

先生は、ボクたちを愛で包んでくれるお父さんだ。

 

「……惜しむらくは」

 

苦笑しながら広げた手を下す。

 

「この仮説はまだ実証されていないって事だ。すべての事に辻褄がつくけど、辻褄がつくだけで物証が出ていない。

――だからボクは、物証が見つかるまで黙っとく予定だったんだよ?ルチルがこれ見よがしに振るからさぁー」

「おや心外。あなたもノリノリだったではありませんか。こういう仮説はみんなに披露したくてウズウズするものです」

 

まぁーそうだよね。

この仮説を構築したのが今年の初め。

これまで発見されていた事象がすべて説明出来ちゃったもんだからマジだったらすごくね?ってテンション高かったのを覚えてる。

その後、先生が人間に作られていた事が発覚したりボクのインクルージョンが酸にも耐えたりと学説を肯定する事象がポコポコ出てきたものだからなおさらだった。

物証が出て大発見とあいなったら、学者先生張りに伊達メガネ作って白衣来て盛大にお披露目するつもりが1年持ちませんでしたね。

こんなみんな(ではないけど)集まった機会の上に話を振られたらそりゃ持ちませんわ。

ガマンできへんかったわー。

 

「――私には……」

 

先生の声が震えている。

 

「私には、人間のように泣く機能はない。――しかし、時々無性に目を覆いたくなる時がある。

幾ぶりだろうか……目を覆いたくなるほどに、嬉しいと感じた事は……っ」

 

震えた手で目を覆っている先生に向けて、ニコニコした声で「ぱぱーっ!」「お父さーんっ!」と言う合いの手が入った。

 

「ああ……本当だったら、嬉しいものだな……」

 

恐らくは『記録』を持つ先生がこの反応であるならば、それを否定する材料はないのだと思うのだ。

他は知らないけれど、ボクの中ではもうこの説で確定してたりする。

 

先生に近づいて背中に手を当てた。

 

「……ちなみに。この学説を証明する超重要な役割を担うのは――そこにおわす女神ダイヤにございます!」

「ぱぱーっ……って、ええ?僕?」

 

ノリノリで合いの手入れてたところにいきなり振られたダイヤが、無茶ぶりされた芸人のように慌てている。

 

「その通り!こないだ技師兼業をお願いしたじゃない?開発して貰いたいレンズの技術は、うまく応用するととても小さい物を見る事が出来る顕微鏡と言う道具を作る事が出来る。お願いした時に説明したね?」

「え、う、うん」

「顕微鏡作製に成功したら、インクルージョンを直接観察する事が出来るかもしれない。そうすれば――その外覧や振る舞いから、さっきの学説を証明する事が出来るかもしれないのだ!!」

「「「おおおおっっ!!」」」

「医学も飛躍的に発展しますよ。何せ接合の過程を直に見る事が出来るんですから」

「「「おおおおっっ!!」」」

「ボクたちの希望に続く技術を担う――そう、まさしくダイヤは女神!」

「女神ダイヤ!」

「女神ダイヤだ!!」

「なにとぞー、なにとぞー」

「え、ちょっ、なによこれぇーーっ!?」

「……女神ダイヤ」

「先生までっ!?お願い勘弁してぇーーっ!!あーんもうフォス、覚えてなさいよ!」

「フォーーッッスフォスフォスフォスフォス!!」

「おまえなんだその笑い方キモイ。『アフォスぎ』になってるぞ」

「かっはぁっ!?」

 

シンシャに心臓抉られた。

覚えてろと言った直後にファンネルで堕としに来るとは、さすが女神ダイヤ尊い。

 

「――我儘になってしまうかもしれない。ゆっくりで構わない……頼んでも良いか、ダイヤ」

 

先生がダイヤの肩に手を置いた。

 

「あう、うぅ……はい。ガンバってみます。僕も仮説通りなら嬉しいですから。……でも女神はやめてくださいぃ」

「女神ダイヤ!」

「女神ダイヤっ!!」

「へーんっ、みんながイジメるのーっ!」

 

そりゃ、指つつき合わせながら『ガンバる』とか尊い真似したらこうなりますよダイヤさん。

ダイヤは女神。ハッキリわかんだね。

 

「……うーっしゃ、収集付かなくなるのでこの辺りでペリドットの質問は回答したって事で良いよね。話ぶっ飛ばした元凶が言うのもアレだけど、頭を元に戻そっか。

アマルガム計画について次の質問は――」

 

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 

――おいおい。

 

「……月人か」

「月人だな」

「ホンッと、水差すように来てくれるわぁ……」

 

襲来を叫ぶ鐘の音に、いっそボクが目を覆いたくなった。

 

「――報告!青の森に月人1器!エイティーフォーが対応中!」

 

アメシストが飛び込んで来る。

アメシストは双晶だ。対応しているのがエイティーフォーなら、報告に来たのはサーティースリーか。

 

「わかった、すぐ行こう。――速攻で終わらせる」

「ご一緒します」

「うむ」

 

先生が切り替えるように袈裟の位置を直した。

……なんか、気合がもりもりだ。

 

「あはぁー、パパ張り切ってますねぇー!」

「……パパ?」

「あとで教えてあげるねぇー!行ってらっしゃい!」

 

オブしーの声に首をかしげながら、アメシスト・サーティースリーが駆けて行く。

あわただしく戦闘組が居なくなると、会議室は少しばかり沈黙に包まれた。

 

 

「……月人が来た日は、いつも嫌な不安に襲われるんだけどさ。なんか今日は、それが浮かんでこないや」

「頼もしいよねぇー」

 

――窓から空を眺めてみる。

下半分だけ見えた月が浮かぶ、快晴の空だ。

 

こんな日は好きだ。好きだからこそ、嫌いだったけど……

 

――今日は、『いい気味だ』って感じがした。

 




フォスの博物誌
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その6「アマルガム」
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水銀と他の金属を使って作成する合金の総称。
水銀は他の金属と合金を作りやすい性質があり、更に水銀の混合量を調節する事で液体から個体までその状態を調節する事が出来る。

人類史においてはその古代よりメッキ技術の一端として利用されてきた。
金と水銀を混ぜ合わせアマルガムを作成し、それを対象に塗布して火であぶる事で水銀を蒸発させれば金メッキを施す事が可能になる。

同じような理屈で、金鉱石から金を精製するのにも利用される。

なお、水銀の蒸気は有毒の為、上記作業には危険が伴うと考えられるが、詳しい技術要項については研究中である。
 

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