薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第11話「冬」

 

――ミリオンダウトッッ!!

 

それは大富豪とダウトを融合させたトランプゲーム!

戦略が絡むものの結局運の要素が強い大富豪ではあるが、これにダウトのルールを付け加える事で一転、心理戦のゲームに変わる。

 

基本は大富豪と同じだが、プレイヤーはカードを場に出す際、カードの番号を宣告し、裏返しにして出す事が許される。

そのカードが宣告と違うと思ったならば、ダウトの宣言を行うのだ。

 

ダウト成功ならば場に出ているカードがすべて嘘をついたプレイヤーの手札に加わり、ダウト失敗ならダウト宣言したプレイヤーの手札に加わる。

この駆け引きに高度な心理戦が求められるのだ!!

 

――そして今!

最終戦ボクの手札ッッ!!

 

絵札無し!8無し!2も無し!

ブタ!!圧倒的ブタッッ!!

しかも後攻ッッ!!

 

なんで……!この局面でこの手札事故……!

最終戦初手……故意にダウト失敗して手札を回収しても強いカードは見込めない……!

手が進めばダウト失敗はバースト必至……!

 

ぐにゃあ……!

圧倒的ぐにゃあ……!

 

「わぁ、この局面でこれって僕ツイてるかも。いいカードいっぱい来ちゃったよフォス」

 

しかもダイヤ……!のんきな声でなんか言ってるっ……!!

ポーカーフェイスなど不必要!裏出しはほぼダウト誘引のためのブラフ!!

この女神、素で運が強すぎるっ……!!

 

「じゃあ最初はねぇ……はい」

 

初手、『4』の三枚出し……1枚裏は誘引の罠!

3枚は流石に多い……3枚は嘘だろう……初手ならダウトされても被害は最小限……と、思わせながら実は真実……!

この毒牙にかかって討たれた者多数……!

 

「――スルー……!」

 

――フォスフォフィライト、罠に嵌らず。

華麗にもこれをスルー……!

 

しかし3枚に対抗できる手札はない。

止むなくパス。苦渋のパス……!

 

順番がダイヤに戻る。

手札に手を掛けるダイヤ。

 

「良かったあ……じゃあこれ、ドン!」

 

しかし次に出された圧倒的暴挙っ……!

――『7』っっ!!『7』の3枚出し2枚裏っ……!!

 

「なん……だと……っ!?」

 

現在ルール……初期手札7枚……11枚バースト終了……!

ダイヤの手札は残り1枚……つまり、ボクがスルーした瞬間ダイヤが上がりボクの敗北確定……!

しかしダウト失敗してもバーストで敗北確定……!

初手の3枚出しを見逃した事から、ボクに対応出来るカードが無いと見切られた上での戦略っ……!

 

しかし、いくらダイヤでも3枚出し2連……そんなことがあるのかっ……!?

沸き上がる疑問……暗闇の中で探す蜘蛛の糸っ……!

 

「――ッ!?」

 

そして……見つけた光明っ……!

ボクの手札には――2枚の『7』ッ!!

 

「く……く、くくくく……」

 

トランプの同じ数字は4枚まで……!

あり得ない……!あの3枚出しはあり得ない『7』……!

嘘にまみれた虚栄の『7』っ……!

 

「驕り……油断……!しかし敬意を表そう……この局面で豪気な3枚出し2連続っ……!

屈しないっ……!ツキはボクに味方したっ……!」

 

ダウト宣告ではすべての場のカードが裏返される……!

場のカードはダイヤのカード100%……!このダウトでダイヤがバーストする事はないが、故にダイヤの手札が丸裸になる!

それであるなら、目がある……ボクに勝ちの目が出てくる……!

 

そう、ダイヤは女神……堕とす事は許されぬ……!

しかしこの場は堕とす……この場だけは君臨を許さぬっ……!

 

ダイヤの虚栄の衣を剥ぐ……!コレは反逆の刃っ……!

 

「ダウト……!ダウトだっ……!!」

 

ダウト……!

圧倒的ダウト……!これは正義のダウト……!反逆のダウトっ……!

 

「はーい残念。ジョーカーと『7』2枚でしたー」

「うそだああああああああああああああああ!!?」

 

フォスフォフィライト、カードを一枚も出せずバースト。

――再起不能(リタイヤ)

 

おごごごごごごごご……

 

「うわあ、最初の3枚も本物だぁ……最後の一枚なんだったの?」

「ジョーカーだよ、ほら」

「こわぁっ!?」

「何もさせずにしゅんころか……」

 

ダイヤには勝てなかったよ……

 

「はい、そんな訳で結果発表ー。最初の担当はフォスとシンシャでぇーす!」

 

冬担当決定ミリオンダウト総当たり戦。

非戦闘員最下位でござる。

同じく戦闘員最下位のシンシャとペアか。

まあ、安心感は半端ないけどさ。

 

「なんやねん……あのバカヅキなんやねん……」

「それも凄かったけど、それ以上にお前は始終運が無かった気がするな」

「そんな中、革命起こしたりダウト誘引したりで必死に勝ちを拾ってたのよ。ブービー賞として崇め奉られるべき」

「ああ、うん……後ろで見てて戦略は純粋に凄いと思った。……特に盤外戦術とか」

 

しかし如何せん、立ち回りが賢し過ぎた。

このミリオンダウトは勝つと残った相手の手札がそのままプラス点になる訳だけど、ボクの勝ち方だと1枚勝ちとか2枚勝ちぐらいにしかなんなかったしね。

翻って、負けると自分の手札がそのままマイナス点になるから大負けすると負債がヤバイ事になる。

何も出せずに6枚追加バーストしたこの一戦は致命的だったわ。

シンシャもダイヤに同じような負け方して転落しちゃったのよね。ダイヤチート過ぎませんか。

 

「ただまあ、シンシャも初めてにしてはベテラン相手に凄い旨く立ち回ってたよね。凄いと思うわ」

 

いつもは水銀体質を忌諱して引っ込んでしまうシンシャも、この冬のメンツとしては非常に有用だったので無理やり引っ張り込んだ訳で。

ボクとしてはシンシャと一緒に遊べたのでその辺りは結構満足。

 

「おほほほほ――ごらんダイヤ。あれが傷を舐め合う敗者の姿よ」

「ちょっと、可哀そうよ」

「クソがっ!アレキめ覚えてろよ!」

 

非戦闘員2位だからって上から見下ろしやがるコイツ。

この冬お休み確定だからなぁ。

戦闘員1位のダイヤもお休み確定。

この立場の差よ。まるで芸能人格付けチェックのような気分になるわ。

 

「でも組み合わせとしては理想的じゃない。凄く安心して任せられるわ」

「……そういう意味では、こんな決め方で良いの?って感じはするわね」

「ランキングに関係無くテコは入るから問題なし。非戦闘員&総合1位のユークも出勤決まってるしね」

 

ユークVSダイヤは見ものだったな。

大抵すぐに決着がつくミリオンダウトで大接戦してくれてたし。

 

ダイヤが目を輝かせながらシンシャに言う。

 

「シンシャ、頑張ってね。僕応援してるから!」

「うん?……ああ、大丈夫だ。俺はもともと夜でも動けるから、光の少ない冬でもそこまで支障はない筈だ」

「んもう、そうじゃなくてフォスとの事よ。せっかくペアになったんだからガンガン行かなきゃ。――押し倒しちゃえっ!」

「お前は一体何を言ってるんだっ!!?」

「え?ボクシンシャに押し倒されちゃうの?……うん、ちょっと体洗ってくるね……待ってて?」

「タチの悪すぎる悪ノリをやめろ!!いい加減にしないと砕くぞお前っ!?」

 

今日も正常運転です。良きかな良きかな。

 

『――シンシャがフォスを押し倒すと聞いて』

「うあああああああああっっっ!!?」

 

不意に窓からハイひょっこりしたピンク色が出てきた。

 

「――え!?王サマ!?なんで!!?」

『やっほー』

 

しかも人型バージョンである。

脇に特殊な形状をした器を抱えながら暢気に手を振っていた。

あの器は、帰る時にウミウシモードで収まりつつ、海域付近まで先生に投げて貰う時に必要とされる。

 

「え!?王サマって……あのウミウシか!?」

「人型になれるとは聞いてたけど……!」

『うむ!アドミラビリス族の王、ウェントリコススである!!この姿だと言葉もちゃんと解るであろう?

――まあ、わしらの海域から出てしまうとこの姿も長く持たんのだがの。せいぜい数十分でぷりちーサイズに戻ってしまうのじゃ』

「すごーい、ぽよぽよしてる!クラゲみたい!!」

「その胸の水袋なに?こわいねー」

「何!?その服みたいな膜なに!?僕のイメージが凄い掻き立てられるッ!!」

『わっはっは、苦しゅうない苦しゅうない』

 

大人気ですね王サマ。

まあ、みんなの気持ちもわかる。

 

「――しっかし、どうしたのさいきなり?ホットラインの打合せは春だった気がしたけど、もしかしてボク間違えてた?」

『いやいや違う違う。もうそろそろ本格的に冬になるからの、こっちに来れなくなるんで挨拶に来た』

「ほへぇ……アドミラビリスも冬眠するんだ」

『いや、冬眠はせんよ?ただ流氷がわんさか来る時期になるから、単純に海上に出るのは危なくてな』

 

……あー、なるほど。

基本的に海中で完結する種族だものね。

流氷相手にするのは厳しいよね。

 

『『も』って事は、宝石は冬眠するのか?不老不死って言うから意外じゃな』

「ボクら、光を受けて動いてるからね。光の質が低下する冬はあまり動けなくなるから、いつもは冬眠して春を待ってるんだよ。……ただ、今年は月人の動きがちょっと異常だったから、特殊シフトを組んで警戒する予定なのね」

『はーん。……月人か……。すまんな。今の有様では力になれぬ……』

「焦んない焦んない。まあボチボチ頑張りましょうや」

 

冬場はほとんど晴れないから月人襲来が極端に減る。

晴れてない日は『来れない』とボクたちは解釈している。

……だからこそ、なんか本気を出してきてた今年は冬突入前に襲来ラッシュが来ると思っていたんだけど……むしろ例年より少なくなった頻度で気味が悪い。

 

『――時にフォスよ』

「うん?」

『シンシャに押し倒されちゃうらしいが、お前たちやっぱえちぃ事は出来るのかのぅ?www』

「えー、そこ聞いちゃうー?困っちゃうなぁーwww」

「おまえらホントいい加減にしろよ!!?」

 

王サマもそろって平常運転です。

 

 

@ @ @

 

 

「――と、言う訳だ。今年は警戒要員として戦闘員と非戦闘員を一人ずつ、ローテーションで参加させる事になった。最初の二人はシンシャとフォスフォフィライトになる。

アンタークチサイトには、これまで通り冬の作業を継続し続けて貰う。一人負担を掛けるがよろしく頼むぞ」

「そう言う事でしたか。――はい、わかりました。お任せください」

 

ピシリと『気を付け』の姿勢でアンタークが応答する。

 

アンタークチサイト。

硬度はボクより半分低い3。パーソナルカラーは銀白色のハンサムさん。

性格も見た目も宝塚に出て来そうな気がしています。

特筆するべきはその体質。

水と塩素とカルシウムで出来た彼の体は25度以上だと融解するが、それ以下だと人の形を取り寒くなればなるほど強固になる。

冬の仕事のエキスパートだ。

 

「そんなわけで、アンタークちんよろしくねー!冬の仕事も頑張って手伝うよ!」

 

……なんか微妙な顔をされてます。

 

「お前、私より硬度が半分高いのに、私以上にパキポキ砕けていると聞いてるぞ。そんな脆さできつい冬の仕事が出来るのか?」

「――大丈夫だ、問題ない」

 

ドヤァァ……

 

「……その根拠のない自信はどこから来るんだ。不安だ……」

「アフォスの時はそもそも人の話を聞かないからな。一つも当てにしない方が良い」

「ああ、なんかそんな感じがするなアフォス。とりあえずそのムカつくツラやめないか?」

「……さすが冬、風当たりがキビシーっすわぁ……」

 

渡る世間の冷たさがデリケートな身に堪えるぜ。

――でもフォス負けないっ!こんなことでクヨクヨしてたらお天道様に笑われちゃうモンっ!

 

「そのお天道様は今、雲の向こうで休暇取ってるんだが」

「先生、こいつだけうっかり海に沈めませんか?」

「フォスは頼りになる時はホント頼りになるので止めてあげなさい」

 

おまえらおぼえてろよちくせう。

 

 

@ @ @

 

 

光が薄い。

雪はかろうじて止んでるけど、白いブ厚い雲が空を覆ってる。

前は普通に見えるけど体が重い。

――これが冬か。

 

「……大丈夫か?」

「へっへっへ……まだまだフォスさんは空だって飛べるぜいえあぁぁ……」

「……。まあ、こうなるよな」

 

アンタークちんとシンシャたんはケロッとしていらっしゃいます。

ちょっと納得いきませんよ。フォスさん納得いきません。

 

「シンシャは水銀で光を集める体質だから解るけどさぁー……アンタークちんは何故に平然と出来るのよ……」

「慣れとしか言えないな。私だって夜ほど光が薄くなれば眠くなる」

「少ない光でも動けるように、インクルージョンが最適化されてんのかねー……」

 

なんだっけ……量子ドット太陽電池、だったっけ?

理論上、太陽の光をもっとも効率的に受けれる配置ってやつがあるんだよね確か。

あんまり光が少ないとインクルージョンがそういう形に配列しようとするのかも。

ボクらの順番が満了するまでに対応してくれるもんですかねぇ……

 

春になって冬眠から覚めた時、溶け残った雪を結構見た事がある。

それを見て、なんとなく「ふーん、雪降るんだな」ぐらいにしか思って無かったけど、こりゃあとんでもない。

銀世界だ。5~60cmは積もってやがる。しかも、これでまだ序の口なんだとか。

ひと冬で晴れ間が覗くのは平均10日ほど。

まったくアンタークちんには頭が下がるよ。

 

「――ここだ」

 

雪に足を取られながらえっちらおっちら歩くと、今度は雪の平原ではなく氷の岩場が並んでいた。

板状に凍らせた氷に両側から圧力を掛けてへし折ったような様相がずっと向こうまで続いている。

 

「え……これもしかして流氷?全部?」

「そうだ」

「っつーとコレ、海ですかぁ?」

「そうだ」

「うっはぁ、こんななっちゃうの冬って……」

 

シンシャが飛び出した。

ボクらを手で庇いながら盾になるように立ちはだかると、水銀球を半分前方に配置して臨戦態勢を取る。

 

「――大丈夫だシンシャ。あれは月人じゃない」

 

アンタークが制した時点で、やっとボクはシンシャが見ていた物が何なのかに気付いた。

皿のように広い氷の中央に、まるで座すように配置された氷のオブジェ。

 

「え……なに、あれ……月人……?」

「――のように見える、ただの流氷だ」

 

まるで月人の黒点のように頭の位置から八方へ伸びる放射状のツララ。

月人が海に叩きこまれてうっかり凍り付いた、と言われれば信じてしまいそうな形をしている。

……って言うか、え……?本当にただの流氷?

王サマ騒動の時にアクレアツスにラリアットぶち込まれた時の月人のなれの果てとかじゃないの??

 

「ただの流氷が、あんな形になるのか……?」

 

水銀球を定位置に戻しつつ、訝しげにシンシャが眉をひそめてる。

 

「海が凍る時、海底の微小生物を含んでいるとあのような形状になるそうだ」

 

マジかよ。インクルージョンがハッスルして作ったオブジェか。センスねぇな。

 

「ただの流氷だが……一度だけ先生が『罪深き者』と呼んだのが……何故だか忘れられない」

「……罪深き、者……」

 

思わしげなキーワードを口の中で反芻する。

……なんだろう。先生の月人に対しての解釈的なものか?それともインクルージョンに対してだろうか……?

意味深な言葉だと思う。

 

ギィ……ギギィ……ゴォォンンン……ギシギシギシ……

 

流氷同士が波に揉まれてぶつかり砕け、擦れ合わさって不快な音を立てる。

黒板を引っ掻くような生易しい物じゃない。まるで体の中に侵入して来そうな嫌な音だ。

 

「……っ、凄い音だな……」

 

まったくだ。流氷って言うのは、こんなデカくてヒドい音を出す物なのか。

 

「まだだ」

「……え?」

 

アンタークが、睨みつけるように流氷の岩場を見つめている。

 

「これからだ――来るぞ」

 

アンタークからの警告。

その警告から、たっぷり3秒ぐらいの間があった。

 

――それが、来た。

 

 

――ギャアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッッッ!!!

 

 

耳をつんざく様なとか、まるで雷鳴の様なとか、そういう形容詞すら生ぬるい轟音だ。

大音量のハンマーが、空気を貫きボクの体を突き抜けて行く。

辛い。苦しい。助けて――そんな負の感情を圧縮したようなそれに晒されたボクの体は、ビリビリと恐怖するように震えて小さな亀裂を刻み込んだ。

 

(あ……あ、あ、ああああ……っ!!?)

 

振動する空気の中で、耳を押さえて屈み込むシンシャが見える。

向かい風に立ちはばかるように、微動だにせず流氷を睨みつけるアンタークが見える。

 

その轟音が収まってきた辺りで、初めてボクは音の暴力に負けてヘタり込んでいた事に気付いた。

 

「な……ん、だよ、今の……?」

 

……流氷が出した音……?

本当に……?

震える腕を見てみれば、肘から上に小さなヒビが入っているのが分かる。

 

「フォス!……今のでダメージ受けたのか!?」

「む……?」

 

さ……SANチェック入るレベルだったぞ、今の。

心臓が耳元でバクバクしているような気さえする。心臓ないけど。

 

へたり込み固まったまま、なんとかシンシャとアンタークに視線を投げた。

二人の体には、ボクのように亀裂が入ったような様子は見受けられなかった。

 

「あ……あは、は……この中じゃ一番硬度が高いボクだけ、ダメージ入るなんて、ね……」

 

軽口が、いつもの様に出てこない。

 

「……。音は空気の振動、波の伝達だ。流氷からの距離や角度によっては、体が共鳴してダメージを負う事もある。……私も数えるぐらいしかないが。

――待っていろ」

 

脇に抱える剣をすらりと抜く。

アンタークが持つそれは、月人を斬る普通の剣とは違い、のこぎりのようにギザギザした刃を携えていた。

 

「仕事は、これだ。この、大きな流氷同士が擦れ合うときに発生する不快な轟音が皆の眠りを妨げるので――砕く」

 

アンタークが流氷に向かって走り出す。

 

雪の粉を舞い上げて飛び上がり、流氷の頂点に着地すると――アイスピックのように尖った鋭いヒールを使って流氷に次々と穴を空けて行った。

 

――カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ!!

 

氷の頂点から根本まで直線状に空けた穴に向かって振り返り、のこぎり剣を大きく大きく振りかぶって叩き下ろす。

その剣の衝撃はヒールであけた穴を一直線に走り抜け、流氷を砕き崩した。

 

「――っと、まあ……こんな感じだ」

「う、はぁ……」

 

以上終了、とばかりにぼくに振り返るアンタークの後ろで、砕け崩れた流氷が海面を叩き、いくつもの水柱を上げていた。

あんまりあっさりこなしてくれるものだから、開いた口が塞がんない。

 

「――さて、やってみろ……と、言いたいが……流石にその腕のままだと危険か。よほど直撃を受けたようだ……運が無いな」

「運……また運っすかぁ……」

「……?」

 

とりあえずアンタークの疑問に苦笑いで答えておく。

ミリオンダウトでボコボコにされたことは言わない。

……そう言えば、アンタークちんとも遊んだことないなぁ。今日あたり誘ってボクがボコボコにしてやろうか。

クックック……初心者相手なら勝てるっ……!

 

「――シンシャ、お前もやってみるか?」

「ああ……このぐらいなら大丈夫だと思う。ここまで至近距離で、かつ止まった的が相手なら……二つぐらいで十分か」

 

ボクの邪な企みを他所に、シンシャが流氷割りを試す事にしたようだ。

アンタークが剣と靴を差し出してみるが、シンシャがそれを手で制して断った。

近くにあった大きな流氷に無造作に近づく。

 

――水銀球が二つ、シンシャの前に移動する。

少しの間の後、ぱすっ、ぱすんっ!と軽い音と共に流氷に小さな穴が開いた。

 

そして更に間を置いて……

 

――ビシッ……バキャアアアアアッッッ!!!

 

「――おおっ!」

 

流氷の内側から幾つもの銀色のトゲが突き出たかと思うと、そのまま破裂するような様相で流氷が崩れ落ちた。

崩れた流氷の中から、二つの水銀球がゆっくりとシンシャの傍に戻って行く。

 

――どうやら水銀球を中に潜り込ませ、放射状のトゲで中から穴をあけた後、そのまま内側から膨張させて割り崩したようだ。

ボチャボチャと海の中に沈んでいく氷を見て、シンシャが安心したように溜息をつく。

 

「――良かった……どうやら汚さずに終わったな」

 

至近距離で集中する時間をくれるならば、汚染は出さず完全に制御しきれるらしかった。

 

「すごいなシンシャ!これなら即戦力じゃないか……冬の仕事がずいぶん楽になりそうだ。その……毒液の球か?凄い制御力だな」

「あれこそシンシャの至った水銀奥義――月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)!相手は死ぬ」

「え?……ヴぉ?」

「――だから!変な名前で呼ぶのやめろって言ってるだろっ!!」

 

汚染さえ無ければ何でもソツなくこなしてみせるシンシャは、どうやら冬の仕事とも相性は良いらしかった。

うんうん、やっぱ硬度よりも応用力と機転だよね。

 

……ところで、ボクはこの冬、彼らにちゃんとついて行く事は出来るのでしょうか……?

 




フォスの博物誌
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その7「アンタークチサイト」
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3方晶系の針状結晶から成る無色透明の宝石。
硬度は3で、完全劈開を持っている為靭性は低い。
ほぼ水と塩素とカルシウムで構成されており、比重は1.7と宝石としては軽い部類に入る。

摂氏25度程度で融点に達し、室温程度の環境では液状となる。
なお、室温程度で液状となる鉱物は、アンタークチサイトの他には融点が摂氏0度の氷と、融点がマイナス以下である水銀の二つしかなく、性質としては非常に珍しい鉱物である。
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