――リベンジでごつ。
流氷の大将首ば、こん手で取りもす。
先日は流氷によるまさかのジャイアンリサイタルでSAN値直葬不可避の敗北を喫したが、不退転の覚悟で持って相対すれば、あんな物はただの断末魔よ。
カツカツ丁寧に穴をあけてブタのようにバラしてくれるわ。
チェスト流氷。チェスト流氷にごつ。
シンシャとアンタークは「あ、これダメなやつだ」とか言ってたけどアレはただの負け惜しみだ。
昨日の夜に二人揃ってミリオンダウトでボコボコにしてやった事をさもしく恨んでやがるのだ。
初心者相手に盤外戦術フル活用は大人げなさ過ぎにも程があるだろお前と甘えた事を抜かす奴らに、勝負の世界とは何かを教えてやった事を逆恨みするとはなんと器の小さい奴らだ。
最後はカチキレたシンシャとのイカサマ合戦に発展して逆にボコボコにされたけど、アレはイカサマだからノーカン。器用さ最低値のフォスさんにイカサマ合戦しかけるなんて大人げなさ過ぎるにも程がある。しかも二人がかりだぞ。泣くぞ。
ピック仕様のヒールとノコギリ剣は装備済み。
ノコギリ剣はちょいと重いがなんとか降り回せないほどじゃない。あのフザけたジャイアン叩き割るにはむしろこのぐらいが丁度良いってなもんだ。
さあ流氷君。先日の借りを返しに来たぞ。
小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?
「――セット!」
見よ!これこそがフォスフォフィライト必勝の御構え。クラウチングスタートのお姿である!
「……ダメだなこれは。ヘルプ準備入っとく」
「ああ、頼むぞシンシャ」
くっそ、アイツ等もう完全に失敗ムードだ。
見てろよド肝抜いたらぁ!コッチには秘策ってヤツがあるんだよ!
ド肝抜いたらぁっ!!(二回目)
「――ゴーッッ!!」
流氷に向かってダッシュ!――そしてジャンプ!
頂点に着地していざ行かんっ!
「ほあたたたたたたたたたたたぁっっっ!!」
――秘策そのいちっ!いつもより余計に穴を空けております作戦っ!!
アンタークが事前にやって見せたよりも当社比3倍ぐらいの気持ちでヒールピックを落としまくる!
気分は腿上げトレーニングが如し!!
「おお――結構バランス良いじゃないか。穴もしっかり空けてってる」
「……」
カカカカカカッッ!と魂の16連打が流氷の表面に突き刺さる。
ついでにシンシャの怪訝な目線もボクに突き刺さってる。
振り返る。
視界に入る楔の穴は我ながら上手く行ったようで、ビッチリ間隔の詰まった点線が流氷に刻まれている。
――行ける!間髪入れずに秘策そのにっ!
穴の末端で砕くのではなく、ボクはそこからさらに10歩程助走の距離を取った。
アンターク程パワーの無いボクは、この助走距離を破砕パワーに変えるのでごつ!!
八相の構えをさらに大きく振りかぶった独特の構え。薩摩示現流、初太刀決殺の蜻蛉を取る。
――やってたのかって?ただの見様見真似だいっ!
ちなみに示現流は超攻撃脳筋だから、敵の攻撃に備える、つまり防御を意味する『構え』と言う言葉が大嫌いなんだ!だからこれも『蜻蛉に構える』じゃなくて『蜻蛉を取る』って呼ぶんだぜっ!これ豆なっ!
そして流氷に向かって猛ダッシュ!
さあ覚悟は良かか流氷め、こんフォスフォフィライト渾身のチェストばしっかと思い知らせてやう!
受けてみい!新選組局長・近藤勇をして「初太刀は何としてでも外せ」と言わしめた、戦闘民族薩摩の剣!(気分だけ)
「チィィェエエエエエストオオオオオオア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアァァッッッ!!」
裂ぱくの気合を込めた猿叫と共にノコギリ剣を振り下ろす。
助走とついでに跳躍も載せた渾身の一撃は、細かく開けた穴を通してビシビシッと稲妻のような亀裂を入れた。
「――おおっ!?」
「これは……っ!?」
バキィィィィンッッッ!!
そしてついに負荷に耐え切れず、乾いた音を立てて砕け割れる。
全身全霊を込めて撃ち放ったボクはそれゆえに動く事が出来ず、チェストを放った体勢のまま、砕けたそれを視界に映していた。
――流氷は、西の浅瀬を映したような、とても美しい薄荷色だった。
……。
……。
「……ご、誤チェストにごわす……」
こや目当ての流氷じゃなか。
砕けたのはおいどんの腕にごつ。
またにごわすか。
――またにごわすかっ!(二回目)
「……。うん。
……まあ、惜しくはあった、うん。惜しくはあったと思うぞ……うん。
もう一発打ち込めば流氷も割れてたとは思う」
「アンターク。流氷ひとつ割るのに体が2回砕けるのはダメだろう」
「き、厳しいなシンシャ……」
「こいつは褒めると際限なくつけあがるんだから、うかつな事は言わない方が良いぞ」
そんな事無いですよー。
フォスさん褒めれば伸びる子なんですよー。
シンシャはもうちょっと愛をくれても良いと思うんですよー。
刺さってんの。ツンデレのツンがすっげえ刺さってんの。
「お、おのれ流氷め……今はその勝利を噛み締めておくが良い。たとえボクが倒れても、第2第3のフォスが必ずや貴様を……」
「おまえが2人も3人もいたら悪夢その物だろうがバカ。お前は今後一切、流氷割り禁止だ」
(´・ω・`)そんなー
「幸い、そこまで盛大に砕けている訳じゃ無いのが救いだな……ああ、欠片を拾って医務室に戻らなくては……」
「来たばかりなのにトンボ返りか」
「――あ、フォスさん砕けやすいので外出時は糊を常備してます、ハイ」
「……。悲しい周到さだな……」
「なら、処置だけはこの場で出来るな。シンシャ、私が処置するから流氷割りの方は頼む」
「ああ、分かった」
フォスフォフィライト、校内勤務確定の一幕でございました。
@ @ @
体育座りして二人の流氷割りをボケッと眺めている。
それしかする事がないのである。
もはや何もするなとのお達してございます。
くそう、フォスさんは寂しいと死んでしまう事を知らないらしい。
くそう。くそう。
……。
……?
なんか、シンシャの水銀球がスゴいゆっくりしている気がする。
汚染を出さないように気を使ってんだろか?
「シンシャー、シンシャー」
気になったので呼び掛けてみた。
「……うん?」
「シンシャさ、もしかして調子悪い?」
「調子?……ああ、この球の事か」
近くで良く見ると、表面が絶えずぐにぐにと動いている。
ただ、そうなっているのは流氷割りに使っている2つのみで、他の球体はピクリともしていない。
「……どうもな。毒液が凍ってしまうみたいなんだ。作業に使うこの二つだけは絶えず対流させて凍らないようにしてるけど……コッチの6つはもうダメだな」
「へ!?凍る!?」
シンシャが待機中の水銀球に手を伸ばして、表面をコンコンと叩いて見せる。
……そう。コンコンと、叩いている。
「か、完全に固まっておられる……」
「冬に使った事は無かったからな。俺もこうなるのは初めて知った」
――完全に固まっても、一応操作、変形自体はちゃんと出来るそうだ。
しかし、月霊髄液の肝となる『水銀自体の密度を生かし、圧力を利用する』と言う運用方法は出来なくなるらしい。
シンシャの水銀の槍はこの圧力を利用した『流動』によるものだから、固まる事でそれを扱えないとなると凄いハンデを背負う事になる。
「それは……マズいっすね」
っつーか、水銀の融点ってマイナス何十度レベルじゃなかったっけ?詳しい数字は覚えてないけど、ご家庭の冷凍庫程度じゃ全然凍らす事なんて出来ない領域だと思ったんだけど。
……え?じゃあ今、気温はマイナス何十度クラスだって事ぉ!?
冬ってそんなに寒さ厳しくなるの!?ボクの服装、いつもと同じ半袖ブラウスと半ズボンなんですが!?
――意識したら、なんか寒くなってきたような気も……?
「対流し続けるのも、限界はありそうだ。気温がもっと下がったら、圧力を使った運用は全く出来そうにない。……この状態では、どうなるか分からないから、あまり月人とは戦いたくないトコだな」
「ご、ゴメンっ!!この事態は……まったく想定していなかった……っ!」
どうすんだこれ。
シンシャを冬に引き込んだのは、月霊髄液の運用が前提だったのに……っ!
「俺も初めて知った事だから、無理もないと思う。あまり気にしなくて良いよ。
それに……防御力は瞬間的に膜が張れないから随分下がったかもしれないけど、攻撃力はもしかしたら上がったかもしれない」
「……え?」
シンシャが何かを操作するように手を翻した。
完全に凍っていた6つの水銀球がシンシャの背後から解き放たれ、ひゅんっと隊列を作って上空に舞い上がる。
――そして。
ドゴドガドゴドゴドゴドゴガッッッッッ!!!
6つの水銀の隕石がもの凄い勢いで流氷に叩きつけられ、恐ろしい高さまで水柱を上げながら跡形もなく砕け散って行った。
「……へあ?」
空いた口が塞がらなかった。
流氷と共に海の中に沈んで行った水銀が、ゆっくりと海から顔を出して一仕事終えたとでも言いたげに悠々とシンシャの後ろに戻って行く。
……ガンダムハンマーのファンネル版ですか?
「――ここまでカチコチに固まっていれば、散らして汚染するのを防ぐ事に使っていたリソースが大分少なくて済むんだ。むしろ飛散させる方が難しい。水銀の重さはそのままハンマーとして使う事にすれば、汎用性は格段に落ちるけど運用出来ない事もない」
だけど今は、普段のやり方をどこまで維持できるか試す意味で圧力運用を続けるようにしてるんだ――と続けるシンシャがちょっと怖い。
……今の、ボルツや先生ですらヘタすりゃ粉々になるんじゃねぇの?
「実は、冬場は毒液が滲み出てこない事は前々から知ってはいたんだ。大歓迎の事象だったから、そのまま飲み込んで理由を考えてなどはいなかったんだが……こう言う事だったんだな。
――凍ってしまったら、滲み出る事なんて出来る筈が無い」
納得がいったようにシンシャが笑っている。
――結論。
シンシャは宝石の国にて最強。……覚えておくわ。
とりあえず言っとく。
「冬場に水銀が漏れ出る心配がないなら、皆と一緒に冬眠すれば良いのに」
「……ダメだ。冬の入りと出は毒液融けちゃうだろ」
シンシャが皆の輪の中に混じるのは、まだまだ遠いようだ。
@ @ @
大体10日も過ぎると、役割分担がハッキリしてきた。
ボクが学校入り口の雪かきと雪下ろし、校内の掃除。
アンタークとシンシャが流氷割りと外回りだ。
どれもこれも結構な重労働だと思う。
今までこれをアンターク一人でやってたって言うんだから頭が下がる。
月人が来ないのは良いけど、とにかく雪と流氷がウザいのだ。
アンタークの業務内容ブラック過ぎるだろ。来年以降もシフト見直しした方が良いんじゃないの?
「確かに……私も気になってはいた。しかし、アンタークが不要だと言い続けていたのもあってな」
「……先生を独り占めしときたかったんだろうなぁ……」
じゃあ、アンターク外回り中に校内で先生とお喋りしてるボクとか物凄い嫉妬案件なんだろうな。
砕かれちゃうかしらボク。そのうち「死ぬのよ」とか言われてどこかの絶壁から突き落とされて火サス死しちゃうのかしらボク。
「ボクとしては……冬の仕事は思いの外シンシャと相性良いみたいですから、サポートとしてどうでしょうって言いたい所ですけどねぇ」
「そうなるとシンシャの休む時間が無くなるのも気がかりだな。冬場はアドミラビリスも海上に出る事は難しいと聞くのでホットラインが使えない。しかしアマルガム計画はともかく、通信使はシンシャほどの適任が居ない」
「夏も冬もシンシャの適性が高い仕事が待ってる訳ですねぇ……」
シンシャに似合う仕事を探して頭を悩ませていたのが嘘みたいだ。
「――まさかこんな日が来る事になるとは、思ってもいなかったよ」
「GOサインは出せませんやねぇ。今まで無為に過ごしていたんだもの。休む時間が無くなるくらい屁でもないとか思っちゃいそうです」
「フォスのおかげだな」
「いやぁ……事ここに及べば、果たして良い事なのか悪い事なのか――」
ボクはあくまで、シンシャに生きがいを持って欲しかっただけで。
別にシンシャを馬車馬のごとく働かせようとはこれっぽっちも考えていなかった。
「良い事に決まっている」
先生がそう言い切った。
「……特にここ100年は、色んなものが目まぐるしく感じるよ。
――白状しよう。私は、シンシャを救う手を探す事を半ば諦めていた。不老不死の身であるなら、いつか仕事の方から訪れてくれるだろうと……そんな逃げ方をしてしまっていた」
「そんなものでしょう。何せ不老不死だ。100年目を閉じていても許されます」
「私は許せない。その100年の負債を……私には、許せないのだ」
人の世は、100年あれば空も飛べるようになる。
ただ空を飛ぶんじゃない。苦しみから抜け出すために空を飛ぶのだ。希望を知るために空を飛ぶのだ。
……先生は、100年の苦しみを抜け出せなかった事が許せないのだと思う。
なまじ、人の世を知っているからこそ。
「……最近、つくづく思い知った事がある。私に『変化』を促す事は出来ないと言う事だ。
――『人間』が持つ変化の力。築く力。……いつも羨ましいと思っていた」
「……それさえあれば100年目を閉じる事はなかったと考えるのは、ただの被害妄想だと思いますけどね」
「そうだろうか……?」
「そうですよ」
先生の主張を黙殺する。
「隣の芝の方が青いとは良く言ったもんです。先生は、手出しも出来ない所からやってくるフザけた誘拐魔相手に、何千年以上もこの国を持たせ続けて来たじゃあないですか。その耐える力、守る力が無ければボクらはとっくに月人どものペンダントですよ。アドミラビリスみたいに養殖すらされてたかもしれない。
人間たちがその変化の力、築く力を持っていたが為に、何べん国単位で滅びまくったかご存じない訳ではないでしょう?変化を求めて滅んでしまえば本末転倒ですよ」
「……」
――そう言った意味では。
変化を齎し続けてきたボクは、この国を滅ぼす悪性因子なのかもしれないと考えてしまう事もある。
今回のシンシャの件はいい例だ。良かれと思った事が、見方を変えればマイナスに向くことだってある。
極端な解釈ではあるけどね。
――でも。
「特に気の遠くなるほど生きていれば、それだけ後悔も積み重ねたと思います。でもね、先生。後悔と自虐で今まで先生が歩いてきた歴史を塗りつぶすのだけは勘弁してくださいよ。
ボクらも、月に行った子も、みんな先生が大好きなんですから」
結局、そこに帰結する。
変化か停滞かの選択が、後にどう響くかなんて誰にも分かりっこない。
そしてボクは、結果だけを見て過程で得たものを切り捨てるような事は好みじゃない。
それでも、先生の表情は晴れる事はなかった。
「……。それが……私のせいだったとしてもか……?」
……。
ふむ……?
「月人の目的が、先生に何かさせる事だって言うアレですか?」
「……」
「個人的には、判断基準にはなりませんね。
具体的には知らんですけど、『それ』をやると取り返しの付かない何かを失う事ぐらいは察せます。そうでなかったらとっくに『それ』をやってるんでしょうし」
あとは出来ないだけって言うのもあり得るか?もしくは『やる』『やらない』で判断できるほど単純な事でもないのかもしれない。
――なんにしたってだ。
誘拐犯の方が悪いに決まってるじゃないの常識的に考えて。
良く『騙される方が悪い』って論調あるけど、それをほざく事が許されるのは、騙されないように管理すべき立場の人がたまに吐きたくなる愚痴だけだ。
騙した側でそれをほざく様な奴は合法的に倍返しされて良いと思う。
……押し黙った先生に対して、思わず怪訝な目を向けた。
「……先生、まさかとは思いますけど……
先生と月人の間に何かあるって事に、皆残らず感づいている上で先生を許容しているって事、まさか気付いていないとか言いませんよね?」
「……え?」
……。
おいロンズデーライト、なんだ今の「え」は?
焦ったように先生が後を続ける。
「あ、いや……確かに、年長組はそう思ってくれている事は気づいていた。……だが、皆残らず……だったのか?」
「そーですよ」
「モルガや……ジルコンもか?」
「モルガやジルコンもですよ」
「オブシディアンも?」
「オブしーもですよ。……え、あそこまでガバってたのに今更ショック受けちゃってるんすか?」
――いや、確かにみんな『知った上で許容』って言うのは言い過ぎな部分あったよ?
シンシャなんかはどうするべきか見極め中だし、ベニト辺りは『先生が味方である』って事実だけ解っていれば後は妥協で良いやって諦めてる感じだし。
手に入れられる範囲の情報で『なぜ』『どうして』『何を』と言った部分を捏ね回してんのは、多分ユークとペリドットとボクぐらいだ……ってーか、ボクが巻き込んでいるとも言うけど。
いや、スフェンもペリドット経由でそう言う所色々考えてそうではあるなぁ。
ルチルは、医療技術に手いっぱいで判断を後回しにしてる感じかな。あまり興味を示してないとも言う。
「そ……そうか……せめて負担は掛けるまいと思っていたのだが……とうに気付かれていた上に、許容までされてしまっていたのか……」
……うへあ。
ガチで気付いてなかったっスか。
確かに、皆そう言う相談は先生じゃなく仲の良い子に対してやるから、先生が感づく要素が少なかったのは解るけどさぁ……
「……フォス。私は少し本堂に居る。何かあったら直ぐに知らせなさい」
「――アッ、ハイ。ごゆっくりどうぞ」
まるでいつかの焼き増しのように、項垂れながら本堂へ歩いて行く先生でした。
……。
……やっちゃったZE☆
ちなみにこの後、先生の様子に気付いたアンタークに無茶苦茶絞られました。
@ @ @
さらに10日ほど経つと、ボクとシンシャの担当も折り返しを超え、残り1/3程度と言うあたりになる。
発生した仕事と効率的な割り振りを練り、引継ぎの為に資料に起こす作業が増えた。
次の担当はユークとメロン(ウォーターメロン・トルマリン)だ。
引継ぎ先はユーク。ボクの悪筆を何とか解読出来てくれる一人である。
きっとこの引継ぎ資料を見た上で、手直しして清書してくれる事だろう。
ちなみに、メロンの順位は本当はシンシャよりも下だったんだけどね。
ストレスを感じると帯電する特異体質なものだから、負け続けて頬を膨らませた事にビビったベニトが思わず接待ダウトした事による今の順位である。
ベニトェ……いや、それでもアイツ免除組だしな。
運もあったんだろうけど、ネプちーに圧勝できた事をめっちゃ喜んでいた事による揺り返しだったんだろーな。
「――アンタークとしてはさ。どうだった?他の人と仕事するのは」
「うん?……そうだな、このあと何名かコロコロ変わるらしいし、今の印象をそのまま引きずって良いかは分からないが……ずいぶん楽になったよ。お陰でこうやって娯楽にも興じる事が出来る」
「――ダウト」
「おっと残念、スペードのエースだ」
「うーん……」
正攻法(盤外戦術も正攻法に決まってる)でボクに勝てなかった事がよほど悔しかったと見えて、今はシンシャと二人で対戦しながら戦略を研究中。
「……ただ、シンシャが即戦力過ぎたからな。他の者ではおそらく、冬の光の薄さで動くのも相当辛いだろう。交代した最初の内は、恐らく作業量が増えるだろうなと覚悟はしている。
言っておくがフォス、私の評価ではお前も結構動けてる方だ」
「そーお?そりゃあ良かった。ボクとしても二人が凄すぎるから、足手纏いだろーなーと思いながら仕事してたからさ」
「……安心しろ。お前が動けないのは普段からだ」
「いけずぅ」
今日も今日とてシンシャが刺さるわぁ。
「俺としては……ここまで、一度も晴れる日が無かったのが不安ではあるかな。月人と構えたいと言う訳ではないが、俺とフォスがいる段階で一度向こうの出方を見て置きたくはある」
「……アレキのレポートにあった、新型と言う奴か」
「そうだ。今年から、奴らの動きは高度になり始めた」
その辺はボクも同意見。
特に宝石の国にて最強なシンシャはこのまま常駐して貰いたいぐらいなんだよね。
20日付き合って思ったのは、アンタークは搦手への対応には向いてないって事だ。
厳格で、勇敢で、まっすぐで、親切。
だからこそ、目の前の物には素直に対処しようとするだろう。
――彼一人では、王サマ騒動の時のようなアタックをされたら多分出し抜かれると思う。
「……新型を相手にする時、何か気を付ける事はあるか?」
アレキのレポートを見て、アンターク自身も危機感を覚えているのだと思う。
ボクが提示した「月人の3段構えの策」は、今までになかった高度な罠だ。
「いや……俺はすぐに、倒してしまったからな。新型旧型問わず。その視点ではあまり役に立てない」
この中で唯一戦った事のあるシンシャはしゅんころしちゃったしねぇ……
「最初に確認された新型は、霧散クラスの損傷を受けても存続し、モルガとゴーシェを追い詰めて見せた。ヘリオドールの鏃を用いた攻撃による動揺を誘った結果かもしれない。最終的に先生に一撃で倒される事になる。
……二回目に確認された新型は、シンシャが相手にしたものだ。レポート見たと思うけど、3器同時に襲来し、3器とも間を置かずに倒された。後にはサファイアで作られた牙が残った。――シンシャ、具体的にはどう言った攻撃を?」
「ああ……月人のど真ん中に毒液の槍を突き入れて、そのあと正中線に沿って両断した」
「なるほど、流氷割りと同じような感じか」
なんつーか、一撃クリーンヒットすれば霧散する月人に対して殺意の高すぎる攻撃だなぁ……
「……倒す条件は、『大きな損傷』かもしれないな」
アンタークが考察を口にする。
「そうだね。逆に、横に両断するのは危険かもしれない。後、攻撃力の高い武器を持つのも特徴に入れて良い……のかな?」
「そうなると、新型に対して取るべき指針は限られてくるな」
シンシャが人差し指を立てる。
「――基本は速攻。横に裂くのではなく、縦に裂いて一挙動で終わらせる。見た事のない武器を取り出したら、見切って回避に専念するか、逃げる」
「情報が少なすぎる現在ではそれが一番無難か……」
「幸い、シンシャと先生の遠距離一撃必殺であれば結構相性が良い事は判った訳だし。膠着したらこの二人を引っ張り出すのが良さそうだよ」
「……先生は解るが、俺も入るのか……」
冬の見回りどころじゃない。
なんかもう、シンシャが使え過ぎて辛いんですけど。
「しかし、冬ではシンシャも防御力が下がってしまうと聞いたぞ?」
「そうなんだよなぁ……」
「しかも、状況によっては『逃げる』も被害拡大の種になりかねん」
「そぉーなんだよなぁー……」
……基本は速攻。
……ふむ。
「その場しのぎだけどさ。冬場だけなら……いや、布が足りないか……」
「何を思いついた?」
「ギリースーツ」
かの有名なチートスナイパー、シモ=ヘイヘも愛用した寒地仕様のギリースーツ――つっても、白いフード付きマントで良いんだけどね。
それを纏って、月人に発見される確率を減らし……月人に見つかる前に強襲する形ならどうかなって。
その場しのぎの白いフード付きマントなら、不器用仕様のボクだって大きい白い布があれば簡単に作れる。
名付けて、『防御力が弱い?なら、攻撃される前に終わらせれば良いじゃない』作戦。
殺られる前に殺る脳筋プランと言い換えても可。
「大きな布……寝具流用するか?」
「レッドベリルが最大の壁だな。そのギリースーツも凝って作らせないとカチキレられるぞ」
「ボク、説得はヤダ」
「俺だって嫌だ」
「私だって嫌だぞ!?」
後、他の問題もあるんだよね。
体を覆う造りになるから、ただでさえ少ない冬の光がさらに少なくなってしまう訳で。
そんな中でまともに動けるかどうかも要検証。
「ああ、そうか……だからボルツは……」
「へ?」
「あ、いや、すまない、なんでもない。こっちの話だ」
アンターク、なんか心当たりが有ったらしい。
「しかしそれを聞くと、アンタークの冬服はともかく……俺たちのこの夏服は目立って仕方がない気がしてきたな」
「黒だもんね。髪も白や銀じゃないから、きっと雪の中だとスッゴイ目立つよ」
「……なるほど。私は服も髪も雪に溶ける色だ。今まで意識した事が無かったが、こんな効果もあったんだな」
しかしどっちにしろ、対策はレッド通さないと怒られます。
「……先生に許可貰って、レッドだけ叩き起こすか?」
「最適解だと思うけど、なんか情けなくもあるなぁ……」
……ちなみに。
この話を先生に通した所、どちらにしろ今からギリースーツや制服作成は間に合わない為、予備の寝具の急場改造によるフード付きマントを作って対策する事に決定。
――決定した先生の顔は覚悟に満ちておられた。冬眠明けにレッドベリルにしこたま怒られるのである。
心配された遮光問題も、腕と足と顔が出せればボクでもなんとか動けたから、次の担当に回っても何とかなるだろうと思う。
外回りは常にアンタークが付いて2名で行う形とすれば、1着あれば対応できる。
――そして。
冬眠に入って22日目――担当変更まで、あと8日の時。
……空に、晴れ間が覗く日が来た。
フォスの博物誌
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その8「ギリースーツ」
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身を隠すために着用する迷彩服の一種。
主に山間部や草原において、着用者をカモフラージュするために用いる。
ネット上に編み込んだジャケットに、使用地域に合わせた草や枝を張り付けて着ることで、使用者をその風景に溶け込ませ判別し難くさせる事が出来る。
多雪地帯においては雪と同じ色のフード付きマント、またはコートを着用するだけでも同様の効果があり、これもギリースーツと呼ぶ事がある。
当然ながら多雪地帯で草枝を張り付けたギリースーツはその意味をなさないどころか逆に視認性を上げてしまう為、その使用については地域の風景を加味しながら十分に検討する必要がある。
なお弱点として、構造上草木を張り付けるものが多いため総じて燃えやすく、したがって火に弱い。
また、洗濯も難しくその用途から着込んで動き回る事が多くなるため、寿命がどうしても短くなる。