薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第13話「排撃」

 

雪が降り続けている。

今日も冬の空は晴れ間が見えそうにない。

一体どっからこの水分が来てるんだ、って疑いたくなる量の雪が視界を白に染め上げている。

ほんとパネェな、冬場。

 

先日やったばかりの雪降ろしに思いを馳せる。

 

――ごっつ苦労したんすけど。ほんともう、ごっつ苦労したんすけど。

学校の入り口も超必死こいて雪搔きしたんすけど。

 

「また雪降ろししなきゃ……明日までもつかなぁ……?」

 

苦労の結晶がみるみる水の泡になって行くのが悲しいのです。

しかもだぜ?この国、火の使用は超厳重に管理されてるから、ガラス精錬とかも出来ないんだぜ?つまり、学校の窓は全て格子だけだって事。外気スカスカ入りまくるんだぜ?

別に良いんだよ寒いのはさぁー!ボクってば宝石の体ですから!寒さなんてへっちゃらですから!

でも格子の隙間から雪がバカスカ入るせいで掃除が大変なんだよチクショオォォ!

 

「――今日は晴れそうか?フォス」

 

押し寄せる切なさと悲しみに遠い目をしていると、後ろから先生の声がかかるのだ。

 

「……相変わらず、雲の切れ目も見当たりませんね。こりゃあ今日も無理そうかと。先生の見立てはどうでしょう?」

「ふむ……」

 

ゆったりとボクの隣に並んだ先生が、同じく空を見上げて目を細める。

 

「……そうだな。私の見立ても同感だ。……敢えて気になる所があるとすれば、上空の雲の流れが今日はかなり早そうだと言う事ぐらいか」

「雲の流れ……」

 

ボクも目を細めてみるけれど、どこもかしこも真っ白で、全然判別がつかなかった。

この雪の中で良く見えるなぁと思う。

そう言えば、ダイヤも目が良かった気がするなぁ。王サマ騒動の時にそんな一幕があったっけ。

もしかして、屈折率と視力の良さが関係している可能性が……?

 

「もうちょっとで1か月経ちますけど……本当に平均10日も晴れるんですか?」

「1月まるまる雪だった事はざらにあるな。もちろん、冬場の晴れ間が5日に満たない時もあったよ」

「うへあ……」

 

思わず目が遠くなっちゃうよ。

いやあもう、ほんとパネェわ冬場。

 

「逆に、そもそも冬に入るのが大幅に遅れた事もあったな。……確か、1000年ほど前だったと記憶している」

「あら、雪が降らなかったって事ですか?それじゃあ冬眠できませんね」

「あの時は、若い物から順に冬眠に入って年長の者が雪が降るまで粘ってくれていたよ。みんな眠そうな中で、よく頑張ってくれていた」

 

懐かしさに浸るように先生が口角を上げているのを見る。

最近の先生は、心なしかよく微笑んでいる所を見せてくれている気がするんだよね。

やっぱりナノマシン説が効いてるのかな?あの説が流行ってから、たまに先生の事を「ぱぱー」って呼ぶのも流行ってるし。

 

「……そういや、例年はアンタークと先生で冬を回していたんですよね?」

「そうだ」

「ホワイトアウトとか遭遇しなかったんですか?」

「する。かなりザラだ。……そうなったら、視界が戻るまで外出禁止。もし外出中にホワイトアウトしたらその場待機の取り決めだ。2晩アンタークが戻って来なかった事もあった」

「うわ……凍死の恐れがあったら気が気じゃありませんね」

「凍死の恐れがなくとも心配で堪らなかったよ。……それでも、アンタークは無事に戻って来てくれた」

 

極寒の中であればそれだけ硬度が高くなる体質を持つアンターク。

視界がすべて白く染まるホワイトアウトにあっても、これまでずっと仕事をこなし帰り続けて来たんだと思う。

彼に対する先生の信頼の厚さが伺えるセリフだ。

 

「ちなみに、スーパーセルやダウンバーストは?」

「幸いこの地方では観測された事はないな。思えば全期通して、災害級のトルネードや台風が出た記憶もない。6度目の隕石到来で地形が大幅に変化したからだと考えられる」

「月人じゃなくて暴風に石が攫われる事態はなかった訳ですね。そりゃあ良かった」

 

山とかが無いから、空気の流れが一か所にまとまるような現象が起き難いって事なのかな?

でも、遮るものが無ければ逆に空気の勢いは凄い事になりそうだけど……ううん、流石に気象学の基礎知識なんてここで習ったレベルしか知らないしなぁ。

実際に今まで被害が無かったんだから、旨い具合に噛み合ってるんだろうな。

 

――さて、今日も晴れ間が無いならいつも通りのシフトだ。

アンタークとシンシャは外回りと流氷割り、ボクと先生は学校内の仕事。

いつも通りだ。

 

間に合わせギリースーツの評判は意外にも良いらしい。

シンシャが水銀球を前に回して先導すると、粉雪が吹雪く時とか一瞬見失いそうになると言うのはアンタークの言。

それなら、雪の中に伏せればさらに迷彩効果を期待できるだろう。

シンシャは水銀球がどうしても目立つので、それならばと体から少し離して運用する事を試しているそうな。

今まで夜の仕事ばっかりだった反動からか、創意工夫に余念がないシンシャだ。楽しそうで何よりだよ。

ちなみに、今日は迷彩効果を高める為に口布を当てて行ったみたい。水銀球もついに全弾凍っちゃったもんだから、雪をまぶしてこちらも迷彩していると聞いた。

最近、アンタークも何かギリースーツを欲しそうにしている。

ゴメンねアンタークちん、今年は我慢しよう。

これで2着目を作ろうものなら、たとえロンズデーライトを生贄に捧げたとしても、大邪神レッドベリルのお怒りを鎮める事はきっと出来なくなる気がするの。

 

 

@ @ @

 

 

「――あん?」

 

窓から差し込んだ光が急に濃くなったのが気になった。

資料を纏めていた手を止めて窓に近寄る。

 

「……おいおいおいおい」

 

朝、あんなに自己主張激しかった雪と雲が彼方に散り、久方ぶりの太陽が青い空に浮かんでいる。

……アンタークとシンシャは、外回りに出たままだ。

 

マズい。こりゃマズい。

資料を机に放りだし、先生のとこまでダッシュする。

 

「先生……先生っ!!」

 

辿り着いてみると、先生は外出用の黒い外套を引っ張り出して纏っている所だった。

 

「――ああフォス、用件は判っている。急に晴れた事についてだろう」

「はい、そうです。……そうなんですが、先生はどうするおつもりで?」

「アンタークとシンシャを迎えに行ってくる。恐らく流氷割りの現地にいるだろう。なかなか遠い……急がねば」

「いやいやいやいや、学校の守りどうするんですか!?みんな冬眠中ですよ!?」

「――ム……」

 

焦りすぎていたのか、今気づいたと言うような顔で固まる先生だ。

 

「……今まで、途中で晴れた事は?」

「ある。だが、いつも朝の時点で察知出来る天候だったため、近場の見張りシフトに切り替えていた。そうでなくとも晴れる兆候があれば、アンタークはその時点で引き返してくれていたが……」

「……例の、『雲の流れがかなり早い』ってやつですか。今回は本当にいきなり晴れたから――」

「ああ……覚えている限りでは、今回のパターンは前例がない」

 

――クソっ、最初のシフトが戦闘出来ないボクでなければ、先生が出れたのに……っ!

 

「……鐘を鳴らしますか?」

 

手を握りしめながら解決案を出した。

それはシンシャとアンタークへの警鐘であると同時に、その大音量で冬眠中の皆を叩き起こす事を意味している。

あまり取りたくない最後の手段だ。

先生が数巡して決断する。

 

「……やむを得ないか。アンタークはこの天候になった時点で引き返してくれているだろう。フォス、2種配置の警鐘を鳴らしなさい。その後、次の担当であるユークとメロンに校内を任せよう。私も出る」

「わかりました」

 

戦えないものを守りとする訳にはいかない。この選択肢はベター案だ。

――しかし、状況はそんな悠長な事を許してはくれないらしかった。

 

急いで部屋から出た所で、矛のようなものが降り下ろされた。

 

「おおおああぁぁっ!!?」

「フォスっ!!?」

 

反射的に打点の内側に飛び込んで、振り下ろされた勢いそのままに矛を奪い取り、矛先を回転させて斬り上げる。

反射的過ぎて下手人も見ずに挙動を終えてしまった。

 

なんか妙な手ごたえを感じたなと思考が追い付いてきた辺りで、斬り上げた下手人がなんか霧散している事に気付く。

そして、その後ろにはさらに4人ほど――月人の雑がさらに矛を振り上げて迫ってきている。

 

「どえぇぇええぇぇっっ!?」

 

あまりの事態に口から何か変な声が出た。

 

とっさに踏み込んで一番近かった雑の喉元に矛先を瞬間的に突き入れ、体さばきで回り込んで2人目、3人目の首を背後から横薙ぎに撥ね飛ばす。

4人目の袈裟斬りを受け流し、同時に逆袈裟を叩き込んで霧散させた。

負荷のかかった右膝と腰のあたりからピシリと嫌な音が走ったのを自覚する。

 

「侵入されているだと!?いや、それ以前に――大丈夫かフォスっ!!?」

 

先生が泡食って飛び出してきた。

 

「あ……だ、大丈夫です。最初の1撃はちょっとヤバかったですが、その後は『起こり』が見え見えだったんで、普通に対応出来ました」

「そ、そうか……」

 

――あれ?

何か返事をした先生の表情、『安堵した』って言うより『ドン引きしてる』って感じのような……?

 

「――って、こうしちゃいられない!!もう警鐘がどうのって騒ぎじゃない!!冬眠してる皆を見てきます!!」

「っ、ああ、私は遊撃する。――それと、今回ばかりは武器の使用を許可する。オブシディアンの武器工房が近い。必要であれば寄りなさい」

 

先生の視線が矛に向いている。

鹵獲品で良いじゃんと思っていたボクは、先生の視線に引かれて同じく矛を見てみると……

 

「……うわ、何これ!?」

 

何か、矛先がドロドロに崩れている。生理的な嫌悪感に駆られて、思わず矛を投げ捨ててしまった。

……月人の使ったものは、基本的に消えてなくなる。

知ってはいたけど、まじまじ体験した事はなかった。……こういう事だったのかと溶けて行く矛を見て思う。

 

先生の右手が閃いた。

反射的にその向こうに視線を向けると、既に霧散している雑が見える。

苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せて、先生が口を開いた。

 

「――時間がない。頼んだぞ、フォス。……無理だけは……しないでくれ」

 

『頼む』を指す意味が、複数を指している。

 

冬眠に入っている皆を頼むと。

校内の雑の討伐を頼むと。

そして――ボク自身が、連れて行かれないように頼む、と。

 

膝と腰に入ったヒビに、一瞬だけ気を向けた。

先生だってわかってる。……戦いに耐えられないボクに、戦いを任せると言う事がどう言う事なのか。

 

「――I'll be Back, Boss.」

 

アーノルド=シュワルツネッガーを引用してサムズアップと一緒にそう返す。

そしてボクは、そのまま冬眠の大部屋に駆け出した。

 

 

@ @ @

 

 

ピュイイイイイイイイイィィィィィィィッッッ!!

 

ホイッスルを鳴らしながら校内を走る。

月人をおびき寄せる意図と、冬眠中の誰かがこのホイッスルを聞き取って起きてくれる事を期待している。

もっとも、後者はあまり期待できない。ボクたちは光が無いと基本的に起きれないから、みんなを起こすには大部屋に光を入れないと難しいと思う。

 

校内に入り込んだ月人の数は結構まばらなようだ。

恐らく大部分は今、先生が相手してくれている。さっきチラリと窓から昇降口を見てみたら、ものすごい数の雑がひしめいているのが見えた。

今までの傾向から、月人のリソースはそこまで多くないと考えられていたけれど……これを見ると、そうでもないのかもしれないと思えてしまう。

 

――とはいえ、数があるのは所詮雑だけだ。

相対してみたけれども、ほぼ有象無象と言って差支えがないように思える。

 

助かった事がある。

アイツらのあっぱっぱーが技量にまで及んでいた事だ。

インドチックな格好してるから、てっきりカラリパヤットでもやってんのかと思ったけど、攻撃前は隙だらけだわ、隊列は組めないわ、連携はバラバラだわ、ボクの姿を見たら『まっすぐ行ってぶっ飛ばす』しか選択肢にないわ、もう何から何までド素人だコイツら。

お陰で脆さ際立つボクでさえダメージ最小限であしらえる。近距離戦は完全にボクの土俵だった。

一斉に中・遠距離攻撃されたら器用さ極低のボクじゃあ対応しきれないのにバカだよねー、ホントバカだよねー。

 

「――っしょおおあぁっっ!!」

 

気合一発、オブシディアンの黒剣で雑2人の胴をまとめて斬り飛ばした。

 

いくらあっぱっぱーが相手でも、懸念点はさすがにある。何につけても我が身の脆さだ。

……今の一撃で右手のヒビが広がった。まだ振れるけど、同じような2体斬りやるんだったら、剣の重さを支えずに済む袈裟斬りか逆袈裟じゃないと次は割れそうだな、これは……

 

ボクが選んだ剣は、海へ遠征する前に振る機会のあった一番小さなあの剣だ。あの時に帯剣禁止令が出たから、ボクに合う剣は特に作って貰っていない。

この剣、出来はかなり良いんだけど、ボクに合っているかどうかと言う点で言えば『合っていない』。

何とかごまかしごまかし振っているけど、攻撃の度にどっかしら負荷が掛かって悲鳴を上げてるのが自分で分かってしまう。

乱戦対応の際に有効な『斬り返し』を行うと、剣の重さに負けて体にヒビが入るのが特に痛い。そのせいで、斬った月人の体内で衝撃や慣性を全て消費するように気を使って動かなくてはならない。

 

他にもある。足にもそろそろ深刻なレベルのヒビが入ってきている。

剣――って言うか近距離戦と言うのはなべて間合いと呼吸の取り合いだ。急制動が多いから、個人的には上半身よりも下半身の方が負荷の高い使い方をすると思う。――って言うか、ボクの剣質だとそうなってしまう。

 

膝がヤバイ。

ずいぶん前に月人戦の報告忘れて朝礼を脱兎した時と同じヒビの入り方してるわ。ボク砕けそう。

 

――左。槍持ち2名。

 

今度は少し工夫してみる。

左手の鞘を1人の顔面に叩きつけ、もう一人の方に蹴り飛ばす。

もんどりうって二人とも転んだので、そこを剣で刺し仕留めた。

今回は、負担は無し。

……でもダメだ。挙動が多すぎる。これじゃあ足止め受けたのと変わらない。

 

大部屋――早く、みんなが冬眠している大部屋に――っ!

 

浮かぶ焦りを押さえつける。

……大丈夫、アイツ等は大部屋の位置を知っている訳じゃない。

こうやってホイッスルを吹いて自己主張しつつ向かっている限り、ボクより早く辿り着く筈がないのだ。

 

 

――ドオォォオンッッ!!

 

 

「……ッ!?」

 

昇降口方面から破砕音。……なんだ?月人の新兵器か?

いや、立ち止まっている暇はない。再び走り出す。

 

――今の音、下手人が月人であるならその相手は先生以外にあり得ない。

先生の身に何かあった……?いや、たとえ新型を引っ張って来ても先生をどうにかするのは難しい筈だ。

ボクがヘルプに入るのはあり得ないし……なにより、冬眠中の皆の方が優先度が高い。

……家族を天秤にかけるような計算をするしかない自分が嫌になる。

 

入り込んでいる月人は如何ほどだろうか。

長期療養所は大丈夫か?医務室に安置されているパパラチアは……?

一度不安がよぎればそこから後は芋づるだ。

粘りつくような泥に足を絡め取られる気分になる。

 

――正面、3人。

 

「っ、邪魔を、するなぁっっ!!」

 

怒声と共に加速。

タイミングをずらされた雑が慌てて矛を突き出すのに合わせてさらに踏み込み、喉を突き抉った。

剣から手を離し、霧散する雑の矛を奪って一閃。

――っ、3人目が浅い……っ!

さらに矛から手を離し、降り下ろされる矛の内側に飛び込んで一本背負い気味に投げ飛ばす。

意図して脳天から落とすと、ぐしゃりと嫌な音を立てて3人目も霧散した。

左膝に、深刻なヒビ。

……もつか?

 

「関係ない……っ!」

 

剣を回収して更に走る。

ビシビシと足が悲鳴を上げる。

――あと少し!

 

細かい破片が床に落ちる音がする。

無視して前へひた走る。

そして廊下を曲がれば大部屋の扉が――

 

――雑が2人、薄く開いた扉に手を掛けていた。

それを見た瞬間――体を砕かないようにセーブしていた理性が、プチりと切れた音を聞いた気がした。

 

 

「っ、っざけんんああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

その踏み込みでついに左膝から下が砕け割れた。しかし引き換えに、扉に手を掛けていた方の袈裟を丹田まで持っていく。

崩れた体制を無理やり立て直し、力任せに斬り返し。もう一人の首を跳ね飛ばし……その負荷に耐え切れなかった右腕が、肘の辺りから剣と共に吹っ飛んで行った。

 

「みんな……は……?」

 

薄く開いた扉の隙間。

レッド謹製のゴテゴテした寝にくそうな寝間着を着た誰かが、暗がりの中で寝こけているのが見える。

……扉が開いていたのは、なんでだ?

 

わらわらと更に雑が姿を見せ始める。

まったく有り難くないおかわりだ。

舌打ちと共に鈍り始めた思考を回す。

 

――みんなを起こすとしても、この状況はヤバい。

冬場の薄い光の中で、徒手のまま戦える石がどれだけいる?

ボルツとジェードは行けるかもしれない。でも他の皆は?

それに少なくとも、たとえボルツやジェードであっても、起こして戦えるようになるまでには時間が要る筈だ。冬場と言うのはそう言う事だ。

月人のおかわりが来ている。

起こすなら、視界に入ってる奴を皆霧散させてからでないと危険すぎる。

だけど、出来るのか?そもそも――ここにみんなが冬眠していると悟られたら、月人のやって来る勢いも増えてしまうんじゃないのか?

 

……選択肢はない。

心は、決まった。

 

「――この場を、死守する」

 

少なくとも、先生やシンシャが来るまで持たせられればボクの勝ちだ。

指一本とて……触れさせるものかよ!

 

 

@ @ @

 

 

片足が無くなっているから、膝立ちのままで対応した。

踏み込みが思うように行かなくなった事ぐらいは雑にも理解が出来るようで、忌々しい事に降り下ろしよりも薙ぎ払いの攻撃の方が多くなった。

常に見上げ続ける形になるのでやり難い事この上ない。

 

どうしても被弾が多くなる。

左耳から後頭部にかけて、雑の一撃に削り飛ばされる。

――被弾だけでは終わらせない。

そのまま足裏に飛びつくと、重力に引かれて転倒したそいつの喉に、砕けて鋭く尖った右腕を深々と突き入れた。

幸いにも硬度のある体ではないようで、硬度3半のボクの右腕でも鋭利な凶器として機能するようだ。

 

霧散する雑が持っていた矛を左手で確保。――思いっきり薙ぎ払う。

狙うのは足。

全員ボクの視線まで引きずり込む。

バランスを崩した雑たちのほとんどが地面に手をついて武器を手を離し、お粗末な事にさらに何割かが自分の、あるいは味方の矛によって霧散して行く。

お粗末と言う単語すらまだ生ぬるいトンチキさだ。

 

「おあああああぁぁぁッッッ!!!」

 

――2人目。3人目……4人目!

喉を、あるいは眼球を、人間の急所に当たる部分に鋭利な右腕を叩き込み、次々に霧散させていく。

遺体が残らないのは面倒が無くて良い。わずかな時間ではあるが武器も鹵獲できる。上等だ。

 

飛来する振り下ろしによる一撃。

残った右足を横から叩きつけて逸らす。接触した足首から先が砕けて割れた。

――好都合。

矛を思い切り引き寄せて接近。

割れて鋭利になった右足で首を掻き切る。

パクパクと喉を押さえて後ずさっていたそいつは、数秒すると力無く仰向けに倒れこみ霧と化した。

 

おかわりが来る。

 

矛を投げる。当たらない。――構わない。どうせ狙いも付けていない。ただの牽制だ。

牽制と同時に突っ込む。竦んで立ち尽くしていたその心臓を狙って一撃。――みしり、と右腕がさらにきしむ。

2人目。矛を持っている手に飛びついて引きずり落とす。着地の衝撃で左の腰骨に位置する部分が砕け割れた感触がした。――構わない。まだ動ける。

 

頸に膝を叩き込んでへし折り矛を確保、左手のみで3人目を追撃。

袈裟に斬り下ろした代わりに左手が砕けた。――構わない。まだ動ける。

4人目をつぶし、5人目を掻き切り、6人目を崩して7人目と共に霧散させる。

残っていた右足が短くなり、左手も肩から先が無くなった。

――構わない。まだ動ける。

 

おかわりが来る。

 

おかわりが来る。

 

弓が2人。

他の雑を盾にして接近するが、右の腰に被弾を許した。砕け割れる体を尻目に足元に取り付き、転倒させる。

短くなった左足を心臓に突き入れ、もう一方の喉笛を噛み千切る。

顎へのダメージはない。――なんだ、結構いけるじゃないか。

矛が頭部をかすめる。次はお前か?

心臓を抉る。残った矛は最早掴む手が無いので、腕の付け根に引っ掛けてすっぽ抜け前提で振り回してみる。

運の良い事に3人それで持って行けた。

腕の付け根にもヒビが入る。

 

おかわりが来る。

 

おかわりが来る。

 

最早四肢がまともに残っていないが、それでも関係ない。――動ける。戦える!

開いた断面は鋭利な凶器だ。

飛びつき、崩し、正中線のどこかに差し込めばそれで終いだ。

霧散した奴らの先に、さらに奴らの姿がある。

最早何人目かすらも解らなくなる。

 

――考えない。

扉を死守する。それだけあれば良い。

 

おかわりが来る。

 

おかわりが来る。

 

体が砕けて行く。

思考が鈍化して行く。

 

それでもやる事は忘れない。止まる理由にはならない。

ボクはまだ動ける。地を転がり、奴らを引きずり落とし、虚を突いて飛び掛かり、持っている矛先に倒れこませ、飛来する矢からは盾にして。

 

片目が欠け、顎がちぎれ、胴から下が無くなっても、なお……

 

 

――おかわりが、来る。

 

 

「……ぁ、ぁぁぁぁっ、ぁぁぁ――っ!!」

 

最早声も声にならない。

――構わない。叫ぶ時間があれば潰す。怯む時間があれば刺す。

 

固い感触。攻撃に使った左肩の断面が砕けて割れた。

 

「――~~~っっっ!!~~~~~~~っっっ!!!」

 

奴らが何かを叫んでいる。――関係ない。

わずかに残った関節を使って引きずり倒し……倒せない。代わりに体にヒビが入り、欠けた。

 

「~~~~~っ」

 

戦法を変える。

ヤツの武器は数条の黒い帯。薙ぎ払うように飛来する。

体全部を使って受け流し、その左腕に叩きつけてやった。

バキンと音を立ててヤツの左腕が飛んだ。

ボクの頭にもビシリとヒビが入る感触。

 

もう一人が後ずさる。

その挙動は扉に向かっていた。……どこに行くつもりだ?

 

噛り付く。

やらせはしない。

お前らの相手はボクだ。

まだ終わっちゃいない。

どこにも行かせない。

 

こっちを見ろ。

――こっちを、見ろ!

 

こっちを、見ろっ!!!

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁ――っっっっ!!」

 

後ろから攻撃が飛来。

惜しい事にこっちの奴には交差しない軌道。

受け流して、こっちの奴にぶち当ててやる。

体をよじる。

攻撃が、引き戻された。

 

致命的なスキが出来る。

ヤツが右手を振りかぶり――

 

 

――ボクの意識は、そこで途切れた。

 

 

@ @ @

 

 

――この光景を、形容する言葉が思い浮かばない。

戦慄。驚愕。畏怖。尊敬――

きっとどれも正しくて、そのいずれも足りなくて。

 

「――っ、やっと、やっと止まったか、コイツは……っ!!」

 

ボルツが悪態をついた。

振り下ろしたその拳が、心なしか震えている。

 

武器工房から持ってきていた剣に手が触れた。

私は、ここに来てやっと自分がへたり込んでいた事に気が付いた。

 

辺りを見回す。

ドロドロに溶けかかった大量の矛、弓、槍。

そしてそれに負けないほどに散らばった薄荷色の破片。

この広い廊下に、激闘が残した爪跡が広がっていた。

 

「ルチル……大丈夫か?」

「え……ええ……」

 

ボルツの問いに、何とか返せた。

それでも立ち直れているとは言い難い。

 

ボルツの左腕は砕け散っていた。

その左腕を複雑そうな目で見おろした後、彼の視線がフォスに向けられる。

最早、原形が残らないほどに砕かれたフォスの体。

私たちが駆け付けた時には既にまともに五体が残っていなかったが、最後のボルツの一撃が決定的になったようだ。

 

「……グズ……だった筈だ。戦うことなど、出来ない体だった筈だ」

 

ボルツが呟く。

 

「まさか僕が……戦闘と言う点に置いて……防衛と言う点に置いて……お前を、尊敬する日が来るとは思わなかったぞ……っ!」

 

それはまともに戦う手段すらない満身創痍の身になってなお、ボルツの左腕を持っていって見せたフォスへの最大の称賛だった。

 

――フォスは守り切った。

 

手が無くなり、足が無くなり、胴も半分無くなり、顔すら欠け、目を失い、顎すら砕かれても、なお。

記憶がどんどん無くなって行った筈だ。動く事もままならなかった筈だ。

最後は私たちが誰なのかも分からずに牙を向くような状態だった。

そんな状態でも、なお。

 

――どこにも行かせはしない。こっちを見ろ。

 

そう言って足元に取り付くフォスの姿が焼き付いている。

唯一残った右目から放たれた眼光。戦意の欠片も失っていないその覇気を受けて、私はへたり込んだのだ。

あのままへたり込んだままだったら私は……どうなっていたのだろう?

私は硬度6。フォスは硬度3半。

――そんな差なんて、覆されたのではと思った。

 

扉の向こうで数名、この騒ぎで目を覚ましたのだろう。

この光景を見て絶句したままへたり込んでいる石達がいる。

冬場の眠気さえ吹き飛ぶような光景だ。

 

フォスは、最後まで扉を守り続けた。

フォスは、最後まで扉を守り切った。

本当に、最後の最後まで。

 

ああ……わかる。

きっと、彼らも私と同じような気持ちになっているのだと思う。

胸の中から途方もなく大きな何かが、浮かび上がって溢れてくるのだ。

私はこの感情と何と呼ぶのか解らなかった。

 

「――フォス!」

 

先生が駆け込んできた。

纏っている僧衣がボロボロになっている。

一拍遅れて、シンシャとアンタークも飛び込んでくる。

アンタークは左手と顔が右半分、欠けた状態だった。

どこもかしこも激戦だったのだろう。

 

「これは……嘘だろ……フォスっ!連れてかれてしまったのか!?」

「いいえ!!」

 

シンシャの震えた言葉に、気づけば私は叫んでいた。

 

「フォスは……フォスは、守り切りました。誰一人失っていません。自らの体が砕け散っても、なお……っ!」

 

1/4ほどに割れた顔の欠片を手に取った。そこに残った眼は、未だに閉じられていなかった。

未だに、戦う意思を示していた。

 

――私たちを、守るために。

 

「……メロン」

「え……えぇ?」

 

ボルツが扉の向こうに呼び掛ける。

ウォーターメロン・トルマリン。彼もこの騒ぎで起きたらしい。

 

「次の戦闘員担当はお前だったな。――代われ」

「え?で、でも……」

「代 わ れ」

 

ボルツに睨まれて、メロンがこくこくこくと首を縦に振る。

 

「――先生。フォスは役目を果たしました。完全に、完璧に、役目を果たしました。この冬はもう寝かせてやりたいのですが構いませんね?……抜けた穴は、僕が」

「あ、ああ……いや、しかしボルツ、冬眠は……」

「ご心配なく。……寝る気が、失せました。逆に今は、暴れたくて堪らない気分なんです」

 

思わず息を飲んだ。

ボルツの目がギラギラと虚空を睨んでいる。溢れだしそうなほどに、戦意が高まっているのを感じる。

 

「ルチル。眠いかもしれないが、フォスを治してやってくれないか」

「……ええ。ご心配なく。私も寝る気が失せましたよ。あなたの左手も、」

「これは一番最後で良い。アンタークも負傷しているようだ。フォスとアンタークの後で良い。なんなら数週間後でも構わない、無理せずゆっくり治してくれ。

……その間に月人が出ても、支障は出ない。何ら支障は、ない。」

 

――着替えてくる。

そう言って、ボルツがその場を後にする。

 

本当にきっと、手が使えなくても支障はないのだろう。

それを言い切るだけの迫力が今のボルツにはあった。

 

「あ、あの……!今が何日目か分からないけど、僕も冬の担当入るよ!どっちにしろ次の非戦闘員担当だったし……フォスの体も集めてあげなくちゃ」

 

ユークの声を皮切りに、目を覚ましていた石が「俺も!」「僕も手伝わせて!」と声をあげ始める。

誰も彼も、眠る気が根こそぎ吹き飛んでいた。

 

そっと、手の中にあるフォスの欠片を撫でた。

 

――フォス……フォス。

あなたに引っ張られて、この冬は何事もなく終わりそうですよ。

たとえ月人がどのような手を使っても、今の我々を出し抜く事は出来ないでしょう。

この場にいると、そんな確信が持てて来ます。

 

あなたは自分の仕事を果たしました。

次は、私の番です。

待っててください。完全に、完璧に。あなたの体を治しましょう。

ええ、ご心配なく――あなたのおかげで、私も寝る気が失せましたよ。

 

だから今は、ゆっくりお休みください。

春にまた会いましょう。

 

――フォスフォフィライト。

お疲れ様でした。

 

そっと瞼を閉じさせ、立ち上がる。

――まずは、フォスの欠片集めだ。大部屋からわらわら出てくる石達を見て思う。

きっとそれすら、さして時間もかからずに終わるだろう。

 




フォスの博物誌
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白紙
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――春になるまで、お休み。

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