薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第14話「春」

 

春の暖かい光だ。

掛けられた布を透過して、体を駆け抜けていくのが解る。

インクルージョンが喜んでいる。

ポカポカとした良い天気だ。

 

――ポカポカとした良い天気?

 

瞼を開く。

頭まですっぽりと掛けられていた布を取り払うと、着ていた制服ではなく手術衣になっていた。

 

「……はい?」

 

慌てて窓から外を見上げる。

なんか、渡り鳥の群れが隊列組んで青い空を横切っていくのが見えた。

雪とかもまばらに溶けかかり、大地には草原が顔を出してすらいる。

 

――どう見ても春です。

ありがとうございました。

 

待ってええええっっっ!!?

ちょっ、ちょっ……待ってええええっっっ!!?

どうなってんのこれ!?

え、ちょっ、ガチどうなってんのこれ!!?

 

あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ!!?

『ボクは月人相手に大立ち回りしたと思ったら、いつの間にか冬が終わっていた』

な……何を言っているのかわからねーと思うが、ボクも何が起こったのかわからなかった……

頭がどうにかなりそうだった……シーンのカットだとか超展開だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ!

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……!?

 

頭の中でポルポルしながら、必死こいて最後の記憶を反芻する。

 

えーっと……えーっと……

……そう、そうだよ。

人攫いどもがカチコミに来たんだよ。

1匹見たら30匹いるんじゃないの?って言うGを彷彿とさせる量がわらわらとカチコミに来たんだよ。まあ、ジツリキは『じょうじ』なんて足元にも及ばないような雑魚ばっかだったけど。

んでもって、みんな冬眠してたから、ボクはその大部屋の前に陣取って月人を撃退してたんだよ。

そう、そうだ。

で、その最中に手とか足とか砕けまくって……

 

……やっべえええええ!?

応援に来てくれたルチルとボルツに攻撃しちゃったぞボク!?

体失いまくって記憶がすっ飛びまくったもんだから、相手にしているのが誰なのか判らなくなっちゃってたぞ!?ボルツに至っては勢い余って左手破壊しちゃったぞ!?

ど、土下座したら許してくれるかしら……?いざとなったら女神ダイヤに仲裁を頼んで……

 

いやいやいやいや、ちがうちがう。

それよりも、それよりもだ。

 

とにかくあの局面――月人掃討後にボルツとルチルが来てくれてたって事は、ボクはバーサーカー化したとは言え死守に成功したって事だよな。

 

体は治ってる。完璧に治ってる。

多分、あの後ルチルが治してくれたんだと思う。

 

そんで……そのまま、冬眠扱いされた??

 

「え……えと……って事は、冬どうなったんだ……?」

 

ボクまだ引き継ぎしてないぞ!?そりゃ、資料ある程度纏めてたけど!

ちょっと、起きたら誰もいなくなったとか勘弁して欲しいんですが!?

 

情報っ!じょうほぉーうっ!!?

 

 

@ @ @

 

 

「いたあぁーっ!皆いたあぁーっっっ!!」

 

ボクの声にみんなが一斉に振り返る。

どうやら朝礼の最中らしかった。医務室にも先生の部屋にも誰もいないものだからメチャクチャ焦ったボクの心配を返せっ!

 

朝礼のメンツの中にシンシャもいた。冬場と違い、背後に立方体形に展開している八つの水銀球は液状の様相を取り戻している。

春になっても、朝礼は参加してくれているらしい。

 

「フォス!」

「お、目を覚ましたんだな!」

「待ってたよーっ!」

 

……あれ?

何か、みんなの反応が妙に暖かいような……?

春だからかしら?

 

「――え!?ボ、ボルツ、その左腕……っ!?」

 

皆に混ざってボクを見るボルツの左腕が、記憶にある通りの割れ方をしたままになっているのを見て背筋が寒くなった。

まさか……破片を喪失したの!?

 

「うん?ああ……安心しろ。破片は医務室に保管してある。これはただ、治してないだけだ」

 

え……え?

まさかのマゾプレイ……?

春だからかしら?

 

「ふむ。丁度いい……冬の状況を説明しておこう」

 

大混乱の中で、先生が状況をまとめてくれた。

 

 

@ @ @

 

 

――あの時。

カチコミ受けてボクがバーサーカーやってたあの時、僅かに扉が開いていた。

あれは月人が開けた物ではなく、ボクのホイッスルと大きな破裂音――正体は先生の攻撃によるものだったらしいけど、それによって外の騒がしさに気付いたルチルとボルツが開けたものだったらしい。

この二人は冬でもけっこう起きやすい。

ルチルはパパラチアの事が脳裏によぎると、冬眠中でも目覚めてパパラチアの修復を試していると言うし、ボルツは良く寝ぼけて室内を徘徊している。

今回もその関係だったんだと思う。

二人は轟音がした昇降口側に飛び出していき、遊撃する先生と合流して状況を知ったらしい。

そして月人を掃討しつつ武器を確保し、ボクのヘルプに駆け付けてくれた所、欠損しまくってバーサーカー化したボクと交戦した……と。

 

――その節は大変申し訳ございませんでしたぁっ!!

 

土下座ッ!それは謝罪のベストオブベストッ!!

しかしそれよりも上があるッ!!

五体を全て大地に投げ打つ謝罪のキングオブキングッ!!

――土下寝ッッ!!

 

「……なんか、アフォスを見て安心する日が来るとは思いませんでしたねぇ」

 

……あれ?反応が思ってたのと違うんですが。

もしかして焼き土下座の方が良かった?

……え、別に怒ってない?……そお?

ボルツも?その治ってない左腕とか、ボクに対する当て付けだったりとか……え?違う?

 

……聞けば、なんかボクの奮闘でみんなの戦意が天元突破してしまったらしい。

あの時、開いた扉の隙間からボクの戦いの一端を見た石もポツポツいたのだそうな。

まず、ボクと相対したボルツが冬の戦闘員担当を強引にもぎ取り、溢れ出る戦意を余す事無く以降の月人にぶつけていたとか。

ルチルや他の石も何名か覚醒状態になって、例年になく騒がしい冬場になったのだとか。

ユークを始めとした非戦闘員も、ボクが途中まで纏めていた引継ぎ資料を元に冬の改善案やローテその他を試行錯誤して資料を完成させてくれたと聞く。

 

結果、この冬は誰一人欠ける事なく乗り切れたらしい。

むしろ、現れた途端に狂化したボルツに数分で霧散させられる始末だったとか。

この場にアンタークがいないのは、気温の上昇によって体が液化を始める時期になった為、既に夏眠に入ったのだそうな。

ボクによろしく言っておいてくれとの事。

お……おう、そっすか……

 

なんか、みんなの面構えが『言葉でなく心で理解したペッシ』を彷彿とさせるんですが……

『ドドドドドド』とか『ゴゴゴゴゴゴ』とか背景に描き込まれたりしてんじゃないのコレェ?

 

……一方で、当時アンタークとシンシャを襲った月人のガチっぷりも脅威だったらしい。

新旧2器による挟撃だったそうだ。しかも、旧式の方も今までに無い型だったとか。

 

戦法はこうだ。

最初にピンクフローライトを乗せた新式が現れて、一斉掃射を掛けてくる。

それに対応している隙に、背後から旧式が現れて隠密のまま奇襲挟撃。

アンタークはこれに対応できず負傷を許した。

 

……例年の通り、アンターク一人で仕事をしていたら確実に連れて行かれただろう。

月人にとっての誤算は二つ。

一つはその場にはシンシャが同行していた事。

そしてもう一つは、そのシンシャがギリースーツを纏い、雪にカモフラージュしていた事だ。

 

この2器については、カモフラージュを続けたままのシンシャによって水銀球ハンマーの直撃を受けしゅんころされたそうだ。

……ギリースーツを着ていなかったなら、挟撃の対象は脅威度の高いシンシャだった筈。

防御力が激減している冬場のシンシャだとこの対応は難しかっただろう。

ギリースーツ作戦が大当たりした訳だ。……あの時、これを提案出来ていなかったらと思うとゾッとする。

 

1器が新式だと解ったのは撃破後。

ピンクフローライトで作られた武器を残した事から発覚した。

 

――今度の武器は、爆弾だったそうだ。

針と糸がついていて、おそらく石に引っ掛け巻き付けて、身動き出来なくなった所でボン!……と言う用途だったのだろうと分析する。

撃破後に地に落ちた衝撃で爆発していなければ、回収の時に手傷を負った可能性が高かったと。

……もっとも、学校の方から大きな音がしたため、その場では回収を断念して帰還を優先したらしいけれど。

 

……これ、おそらく挟撃の形になったのは、アンタークがうかつに新式の器に乗らなかったからだろうな。

多分向こうとしては新式の器の上におびき寄せ、その爆弾を使って手傷を負わせた上で、もう一方の旧式で奇襲し止めを刺すって言う展開にしたかったんだと思う。

アンタークはすぐ近くにカモフラージュしたシンシャがいたから地上での対応に専念したんだろう。

それを逆に好機と捉えた旧式が、シンシャより先に奇襲をかけた為に位置がバレて勝敗が決した訳か。

旧式の奇襲がシンシャの攻撃後であったならば、おそらく詰みとはいかないまでもかなり危ない状況になっていた可能性がある。

 

「――新式の方は、まるでおびき寄せるように低く飛んでいたからな。少し警戒して出方を見ていたのが幸を成した。まさか背後から2器目の挟撃が来るとまでは読めなかったけどな。

アンタークもアレキのレポートを見ていたから、月人の動きを警戒していたのが大きかった」

 

シンシャが補足してくれる。

……結局、シンシャとアンタークの作戦勝ちだった訳か。

 

「……ちなみに、ボルツのその腕は、なんで今も治していない訳……?」

「ああ。……四肢が捥げて胴体すらも欠けた状態のお前相手に、左手を持っていかれた事にとても感銘を受けてな。僕も左手を封じて仕事をしてみれば、何か見えるものがあるかもしれないと思ってこのままにしてみたんだ」

 

……。

 

……。

 

……こいつバカだ!?

 

「ち、ちなみに成果は……?」

「ムカつくほどに何も無かった!僕が相手をする事になった月人は如何ほどだったと思う?旧式が4器、しかもお前の時のような策は何一つ無い馬鹿の一つ覚えだ!――最早、今となっては嫌がらせしているのだと解釈しているが!」

 

砕けている左手を前に出してプルプルしているボルツ。

……ボクが火をつけてしまったらしい戦意はどうやら、不完全燃焼になりまくっているらしいです。

怖えよ。ボルツさん怖えよ。

 

「でも、フォスが起きたらちゃんと左手治すって約束したんだからね!ちゃんと治しなさいよボルツ!」

「ぐっ……」

 

珍しくダイヤの言葉にタジってるボルツだ。

っつーかやめてボルツさん、そんな目でボク見るのやめて。

ボクが悪いってか。目が覚めたボクが悪いってか。

 

深々と溜息をついて、ボルツが口を開く。

 

「……治すさ、治すとも。たとえダイヤとの約束が無くともな。フォスが目を覚ますなら……フォスから学べばいい事なのだから」

「……はい?」

 

そのままボルツは、ボクに人差し指を突き付けてこう言った。

 

「フォスフォフィライト――僕と戦え!」

 

……。

 

……。

 

「……硬度3半相手に、おまえは何を言っているんだ?」

 

思わずミルコ=クロコップで返したボクは間違っていないと思うんですけども。

え、何?左腕の事やっぱり怒ってるんじゃないのコレ?

公開処刑しようとしてるんですけどこのバトルマニア。

 

「――フォスが目を覚ましたら、話してみようと皆で相談していた事でもあるんだ」

 

意外にもフォローを入れたのは、我らが議長ジェードだった。

 

「フォスの技量はこの冬に証明された。体が最下級に脆くても、戦い方次第では硬度10も相手できると。……その技を、みんなに教えて貰う事は出来ないかなって」

「……雑相手にボロボロにされたボクだよ?ボルツの腕だって、ただのマグレだと思わない?」

「思わん」

 

ボルツが力強く言い切った。

 

「あの時、フォスは僕が誰か分からずに、1合目は雑と同じように対応したな。それで効果がないと見るや、即座に戦い方を切り替えて見せた。2合目で僕の武器と挙動を見切り、髪による斬撃を左手にぶつけたのは間違いなくお前の実力だ」

「……3合目で対応されただろ?攻撃を引かれた事で、逆に隙を作らされた」

「関係ない。そもそもあの3合目、お前のターゲットはルチルに向いていただろうが」

「ええー」

「なにより。――お前の技は、有用だ。ここにいる誰も以上に僕がそう思っている」

 

……。

 

真剣な言葉だ。

あのボルツがここまで言い放っている。しかも他の皆でさえ、その言葉に同意見なようだ。

 

……。

 

……あー、クソ。

無下に出来る筈ないだろ、こんなの……

 

「……ジェード。ボクは、何をすれば良い?」

「稽古をつけて欲しいんだ。剣術と体術。あと……出来れば、兵法も」

 

両手を上げて観念する。

 

「……オーケー、分かった。どれだけ出来るか分からないけど……やれるだけ、やってみるよ」

 

――ありえない事に。

その場の全員から歓声が上がりやがるのだ。

あー、この全員相手する事になるのかぁ……非戦闘員も多分に混じってんぞこれ。

前途多難な行く先に、思わず口元が引きつってしまうボクだった。

 

 

@ @ @

 

 

ヒュッ!と練習用の木刀を振ってみる。

既に何度も確認した過程だけれど、何度振っても手になじむ。それに、この程度の重さだったら振る度に砕けなくても済みそうだ。

オブしーの仕事は完璧だ。いつもと素材が違う筈なのに、この分なら木工も行けるんじゃないの?

 

「そんな事ないよぉー。もぉー、じょーずなんだから!忘れてるみたいだけどフォス、武器の柄や鞘も全部僕が作ってるんだよ?このぐらいなら、いつもの作業の延長だよ」

「いやいやご謙遜を。この重心と強度はちょっと自慢してイイよ。多分スフェンがやっても、この状態まで仕上げてくれるとは思うけれど、それでもかなり時間を要すると思うわ」

「あはは、同感!一応言っとくけど、今回俺、手伝ってないぜ?オブしーは結構、全部自分でやりたい派みたいでさ」

「職人だよねー」

「職人だよなー」

「んモー、照れちゃうじゃーん!」

 

練習用木刀人数分。

一度に全員参加と言うのは見張りが居なくなるからアウトなわけで、このためのシフトが組まれた訳だけどさ。

それでもオブしーはキッチリ全員分の木刀を作って見せたんだよね。

ガチでもう頭が下がります。

 

「――さて、と」

 

木刀を左腰に差すように持ち替えて、ボクは『生徒』の顔を見回した。

最年少のボクに皆が教えを乞おうとしている――改めて考えてみると、とても奇妙な光景だ。

木刀を作って貰う間、どんなことを教えるべきか、ボクはアマルガム計画も博物誌も放り出してうんうん考えてた。

 

「――まず最初に言っとく。出鼻をくじくように聞こえるかもしれないけど聞いて欲しい。

LESSON1は――『妙な期待はするな』だ」

「……え?」

 

あまりに意外な切り口だったのか、どこからか声が漏れた。

それに苦笑して後を続ける。

 

「ボクの剣はほぼ我流だから、剣の基本とかは聞き齧った程度しか教える事が出来ない。そしてそれ以前、この剣は……基本、『対人』を旨としたものだ。『人間』が『人間』をブッた斬る為に研鑽された技が主だけど、ボクらが切っ先を向ける相手は違う筈じゃない?

 

そりゃあ、雑相手なら有効だったよ?でも、器に乗った月人相手の経験はボクには無い。つまり、最終的にボクの教えた技を対月人用に昇華するのは、他でもない皆自身になるんだ。

ボクだって、自分の技にはそれなり程度の自信はある。でもそれ以上に、これまでこの国を守り続けてきた実績のある皆の力を信仰している。

ボクの技を教えた事でそれに囚われて、皆が積み上げてきた実績と力を軽く見るのは許さない。ボクが提供できるのは、あくまで戦いの側面だ。それを飲み込んで対月人に昇華するのは皆なんだ。それを忘れないで欲しい。

 

――LESSON1、『妙な期待はするな』だ。良いね?」

「「「はいっ!!」」」

「――うしっ!それじゃあ、剣の握り方と振り方から始めて行くよ!」

 

 

@ @ @

 

 

――概ね、ボクの指導方針は皆と噛み合っていたように思う。

剣術の基本や体捌きと言った部分は、それまで独学でこの国を守り続けてきた戦闘班が独自に工夫していた内容を見つめなおす部分も多々あったようだ。

 

「――インパクトの瞬間に、手の内を締める……?」

「そう、力を入れるのは斬る瞬間が良い。ああ勿論、すっぽ抜けるほど脱力するのはNGだからね?胸から振った力が伝わっていくイメージかな。

固い物を斬る事を意識して力んじゃダメだ。刃筋がしっかり立っていれば、剣の重みと刃の鋭さで自然に斬れる。刃の入りと出に集中して」

 

時には、それぞれの工夫を披露する機会も得られたりする。

 

「――ふむ、こうか」

「そうそう、しっかり胸で振ってるじゃん!手の内もイイ感じ」

「僕の剣は、入りは軽く薄く、中は自然に、出は慎重に早く引く――そう意識していた。この『手の内』と言うのは面白いな、その辺りが全部盛り込まれている」

「入りは軽く薄く、出は慎重に……か。なるほど、効果はまさにそれだね。特にボルツの得物は結構長かったもんね。出の意識は今までのボルツの感覚をそのまま適用するべきだと思う」

 

人間と宝石では体の構造が違う。

その体の運用方法の食い違いは大きな齟齬を生むのではないかと危惧していた部分も多々あったけれど、思ったほどその齟齬が表に出てくるような感覚は無かった。

 

「はーいこの位置です!焦点はフォスさんじゃなくてペリドットおにーさまに当てよう!」

「っくそ、変顔止めろ!気になって後ろのペリドットに焦点合わせられねぇ!」

「フォーッスフォスフォス!修行が足りんぜモルガ君ッ!月人が変顔戦法してきたら連れてかれちまうぜ?」

「するかバカ!」

「フォス、でもこれだと相対する相手に焦点を合わせないと言う事にならないか?」

「まさしくその通り。『観の目強く、見の目弱く』と言いまして。相手の一点に集中するよりも、こうやって焦点をずらして相手の全体をぼうっと見た方が、かえって反応し易かったりするんだよ」

「……なるほど、覚えあるなそれ」

「さぁー良いかねモルガ君!打ち込むぞ?打ち込むぞ?」

「その笑いを誘う妙な動きをやめろクッソッッ!」

 

最初の訓示が効いたのか、みんな結構素直に、そして囚われ過ぎずに飲み込んで行ってくれる。

何が大切なのか、何を意識すべきかは教えられるまでもなく分かっている。

伊達に若輩でも数百年間、この国を守ってきた訳じゃないと言う事が良く分かる。

 

「――以上が基本の『五行の構え』だね。多分月人戦ではあまり使わないけど、対人戦……剣vs剣だと意味が変わってくる」

「正眼ってなんか、フォスがやるとスッゴイ奇麗だよねぇー」

「お、そお?嬉しい事言ってくれるじゃない。……そうだね、ボクは上段みたいな攻撃的な構えはあまり取った事無いなそう言えば。

それに正眼ってスゴいのよ?ほら、こうやって踏み込んで小手を返すだけで、右にも左にも対応できちゃうのよ。突き付けてそのまま進めばプレッシャー凄いんだぜ?」

「へぇ……全然ブレずに歩くなぁ……」

「――ッ!」

「っとぉッッ!?――ちょっとやめようぜボルツさんっ!それこないだ先生に止められたでしょっ!」

「なるほど、隙も無いしどのタイミングで行っても対応できる訳か……!」

「いやぁ、構えだけの問題なのかなぁー、今の?」

 

ただ約一名、意欲が強すぎて暴走しちゃうのがちょっと困った。いや、ちょっとじゃないな、すげえ困った。

今日は握り方、構え型、振り方、受け方と言う本当に基本的な所で止めておこうと思ったのに、それ以上を教えろと虎視眈々と狙ってくるのだ。

そりゃあ、キミはほとんど覚えのある内容だったんだろうけどさ!

 

「――それだ!その『力を流す剣』を僕は知りたい!」

「当面先だボケェッ!教えて一日目でいきなり奥義行けるかぁっ!」

「ああ、その辺りは理解しよう。――だが無視する!別に教えてくれなくとも構わん、勝手に盗むっ!」

「ちょっ!?おまっ!やめっ!!?――誰かへるぷ!へるーぷっっ!!」

「――観戦」

「かんせーんっ」

「ご、ごめんねぇ、フォス……ボルツずっとソワソワしてたから……」

「結構良い勝負してるよなぁ既に。技量だけならやっぱフォスなのかな?」

「……何と言うか、仕事の予感がしますねぇ……」

「お前ら覚えてろよちくしょぉぉーーッッ!?」

 

なし崩しに戦闘バカとタイマンしなきゃいけなくなるとかノーサンキューにもほどがあるんですが!?

『受け流し』をご所望のようだけどさあ!あれは本来思い通りの場所に流すってものじゃないんだぞコラ!?

しかもお前クラスの奴が警戒しながら打ち込んで来てたら出来る筈ないだろドアホ!

もうこれで我慢しとけと軽く踏み込んで袈裟斬りを掛ける。

それを牽制と取ったボルツが逸らすように弾き、ものっスゴイ笑顔で無防備になったボクの逆袈裟に斬り込んで来て――

ボクはそれを体捌きでかわしつつ、斬り込まれた小手を鋭く斬り上げて、ボルツの木刀を弾き飛ばした。

 

「おおっ!?」

「凄い!フォスが勝った!」

 

ボルツが目を見開いている。

真剣であれば……いや、ボルツは硬度10靭性特級のカーボナードだから切断は無理かもしれないけど、それでも完全に小手が入っていた事は受けて理解できたらしい。

 

「――最初の袈裟斬りが、誘いか」

「そう言う事。それを呼び水にした相手の逆袈裟に合わせて、体を捌きつつ小手を斬り上げる。型は今ので解っただろ?『逆風の太刀』って言う有名な技だよ。くれてやらぁ」

 

「おおぉーっ!」と上がる感嘆の声にちょっぴり優越感するのぐらいは許してね。

本当は今の段階で『誘いの剣』なんて高等なもんを見せたくなかったんだけど、そもそもみんな百戦錬磨だしね。大丈夫、きっと大丈夫。

 

よっしゃ、んじゃあ続きに戻るぞぉと向き直ってみれば、いつの間にか木刀を拾いなおしたボルツが凄いキラッキラした顔で正眼に構えてたりする。

ヘイ……ヘイッ!?満足しておこうよ今ので!?

 

「やはり月人と戦うよりもフォスと戦う方が、僕はより新しく高い場所に行く事が出来る……っ!

もっと!もっとだフォスフォフィライト!お前の技を見せてみろ!!」

「あり得ないんだぜこのくそバカ!?大譲歩したんだからそれで満足しておきなさいよ!?誰かへるぷ!へるーぷ!!」

「――観戦」

「かんせーんっ」

「ご、ごめんねぇ、フォス……ボルツさらに火がついちゃったみたいで……」

「新しい技見れるかな?ボルツには同じ戦法は通じないだろうし……」

「何回目ぐらいで割れますかねぇ」

「お前らほんと覚えてろよちくしょぉぉーーッッ!?」

 

 

――あっ(バキャッ!)

 

 

@ @ @

 

 

――あの野郎、『誘いの剣』を学んだと思ったら、次の瞬間『誘い』の先に斬撃ねじり込んできやがったぞ……

あの連撃技法、音に聞く『燕返し』なんじゃねぇの?ロマサガじゃないんだぞ。何高等技法閃いてくれてんだよあのアホ。

せめてドラゴンとかもっと強そうな奴にやれ。物語序盤のわんわんお相手に乱れ雪月花閃く様な暴挙じゃないのコレ?

 

医務室でルチルに修復を受けながら、思わずボヤいてしまうのだ。

 

「みんな勘違いしてるけどさぁー、身体能力も技量もボルツの方が上ですからね?ボクは付け入る隙に付け入ってるだけだっつーの。フォスフォフィライトはみんなに愛でられるべき非戦闘員だと言う事実を早く思い出して欲しいわ」

「『逆風の太刀』でしたっけ?あんな鮮やかにボルツの剣を弾き飛ばしておいてそのセリフは通りませんねぇ」

 

ちくしょうルチル、止めなかったお前も同罪だぞこのやろー。

ボヤいたら「私にボルツを止められるわけ無いじゃないですか」と返された。

この世の理不尽さに泣けてくる。

 

ピコーンされた燕返しの対応に間に合わず、そこから続く袈裟斬りを流し損ねて直撃を受けてしまったフォスさんです。

フォスフォフィライトって木刀でも割れるのな。初めて知ったわ。

なんなのアイツ。絶対斬鉄とか出来そうなんですケド。

 

「――うん、こんな所でしょう。まあ、今日のお稽古はコレでドクターストップですね」

「たりめーだ!これ以上はイジメだっつーのイジメ!」

 

すっかり不貞腐れたフォスさんですよ。

ダメだボルツは。最初の内は皆と足並み揃えようとした所は評価できるけど、次第に本性出して来やがったし。

 

「ふふ……でも、私は結構楽しかったですよ。今まで無意識に行っていた所を見つめ直すキッカケにもなりました」

「って言うか、ルチルも戦っていた時期あるんだ?」

「ええ、昔はね。……パパラチアとコンビを組んで、戦争に出ていたんですよ」

「……そっかぁ。パパラチアが治ったら、また戦争でるの?」

「いやぁ、考えた事もありませんでしたが……他に医療を任せられる者が居ませんからね。そういう日が来たら、まずは後任の育成でしょうね」

「ぶっちゃけ、ルチルかユーク取られたらこの国詰むもんなぁ……」

「言っときますけど、あなたも結構な位置にいますからね。去年の一連の騒動の中にフォスが居なかったらと思うと……ゾッとします」

 

あー……ユークにも同じ事言われたな。

個人的には結構みんなバイタリティ凄いから、何だかんだで帳尻合わせちゃうような気はしているんだけども。

 

「――所でフォス。今日あなたが言ってたセンテンスですけども」

「うん?」

「LESSON1『妙な期待はするな』ってやつですよ。アレを発展していったらLESSON5『遠回りこそが一番の近道』になるんですか?」

「あぁー……まあ、うん。その通りです……」

 

まーだ覚えてたかこいつは。

何か、「他のLESSONも楽しみになって来ました」と凄くやる気出していらっしゃる。

いや、確かにね。あの一連のLESSONは武を修める上で通用する部分がかなりあるから、流用させて貰おうとは思いましたけどもね。

でもたぶん「お前はこれから『できるわけがない』という台詞を4回だけ言っていい!」はやらんだろーなぁ。

 

立ち上がって軽く腕を回してみる。いつも通り、ルチルの仕事は完璧だ。

お稽古以外にもやるべき仕事は山ほどある。

アマルガム計画、博物誌、そしてシンシャの光通信。

春になったから光通信は結構優先度が高かったりする。

この後はシンシャの塒かなぁ、っと。

 

ルチルが口を開く。

 

「――正直、」

「うん?」

「今回の件で……あなたの『記憶』の元になっている人物への興味がどんどん湧いて来ました」

「……。前も聞いたなぁ、それぇ……」

 

あと、先生とユークにも同じ事を聞かれた事がある。

……ボクの回答はいつも同じだ。

 

「ええ、分かってます。『秘密』なんでしょ?……今の『フォスフォフィライト』としての生き方に、『記憶』のそれを引き摺らせるつもりは全くないから」

「うん。――『記憶』のボクが語るのも辛いほど悲惨だった、って訳じゃあないよ。ただ、ボクは今がとても好きなんだ。ムカつく人攫いはいるけどね」

「今回の武術指南……最初に渋ったのは、『記憶』に依存する部分が多くを占めていたからですか?」

 

……。

 

……ああ、痛い所を突かれちゃうなぁ。

努めて明るく振舞いながら、言葉を返す。

 

「……そうだね。もっとも、言った通りボクの技が対月人に有効かどうか責任を持てなかったという部分も勿論あるけどね。

――ボクは、この通り脆弱だからさぁ。ゆくゆく『記憶』の部分しか求められる所が無くなってしまうと……多分、立ち直れなくなっちゃうかも……なんて、ね」

 

――『宝石に生まれる前の方がよほど良かったんじゃないか?』

……そう言われてしまう状況になるのが、一番堪える。

 

「――ああ、どことなく影があるかなと思ってたら、そんな事ですか」

 

ルチルの手がボクの頭に置かれた。

まるで、先生がそうしてくれているかのように。

 

「あなたは、自分の性格と実績を軽視していますよ。……私が、私たちが、どれほどあなたに救われた事か。

確かにあなたは『記憶』を利用して立ち回っていたに過ぎないのかもしれませんけどね。でも、私たちにとってそんな物は関係ないんです。

私たちを支え続けてくれたのも。脆い身でありながらあの大部屋を死守してくれたのも。全部ここにいるフォスフォフィライトでしょう?

――私たちがフォスに教えを乞おうとしたのはね、フォス。そんなあなたに、憧れたからですよ」

 

……目を閉じる。

一番欲しかった言葉だった。

『記憶』の事を認めた上でそう言ってくれる事が、一番嬉しい言葉だった。

 

「……うん。ありがとう、ルチル兄さん」

「ええ。『記憶』云々は純粋に私の好奇心です。微妙な話題振ってすみませんでした。

――行ってらっしゃい、フォス。シンシャが待っています」

「うん――行ってきます」

 

 

@ @ @

 

 

――結果として。

『フォスフォフィライトの武術指南』はなかなかの好評をもって第1回を終了した。

その為、戦闘のできない体の脆い石が皆に武術を教えると言うこの奇妙な仕事は、今後も続いて行く事になる。

 




フォスの博物誌
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その9「カーボナード」
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多結晶から成るダイヤモンド。ボルツ、ブラックダイヤモンドとも。

モース硬度10だが、単結晶ダイヤモンドと違い劈開が無い為非常に割れにくい。
半面、透明度は無く宝石としては不向きである。

人類史においてはその硬度と靭性から、主に工業用として利用されてきた。
カーボナードを模して人工的にダイヤモンドを生成する事も行われており、こちらは比較的安価で出回っていたようだ。

その高い硬度と靭性は、現実的な物質としては事実上「最硬」の物質であると言える。

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