薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第15話「獣」

 

先生が限界を迎えた。

 

皆の戦意がMAXになっていた時、先生も同じく戦意が上がったようではあったけれど。

それでも持って生まれた(?)性質と言うのはどうもならないらしい。

ついに意識を飛ばして学校の柱に頭をぶち当てる状態に至った。

 

「先生には悪い事をしてしまったわ。ボクたちが起きてるのに結構付き合ってくださったから……」

 

ユークが頬に手を当てながら嘆息した。

さすがに夜は寝ていたそうだけど、この冬は結構夜更かしも多かったそうで。

あー……元はと言えばボクのせいでもあるかぁ。

 

ジェードが引き継ぐ。

 

「……で、先生お昼寝シフトに切り替える事にした。手隙の者は全員出る」

「ああ……たまにある長期シフトの方ね」

 

基本的にボクらの対月人ロジックは『各石が月人を見つけ、先生がこれを撃破する』と言うスタンスだけど、先生の長期お昼寝シフトの場合は『各石が月人を見つけ、増援を呼んだ上でこれを撃破する』と言うスタンスに変わる。

増援に出やすいように見回り組も増える。

だから校内の雑務が根こそぎお休みになるんだよね。

ユークとジェードも学校周辺と言う限定的な範囲だけど見回りに参加する。

例外は戦えないボクとアレキ、そして万が一でもケガをしちゃいけないルチルの3名のみだ。

 

……このシフトだと、ボクは完全に要らない子状態になるんだよなぁ。

 

「技量が高いとはいえ、流石にフォスを外回りに出すのはマズいからな……」

「脆い上に足も遅いからね。大丈夫、その辺は弁えてるよ」

 

自嘲気味に苦笑する。

この分野においてボクは完全に役立たずだ。

迂闊に割れて連れて行かれたら目も当てられなくなるしね。

 

「状況了解。しばらくはおとなしくニートしてるよ」

「ああ、すまない……シンシャについては例によって見回りから外れているから、もし光通信の件でシンシャの所に行く場合は声をかけてくれ。私が護衛する」

「うん、ありがとう」

 

二人に手を振って別れた。

 

――さてどうしよう。

このシフトだと本当にやる事がない。……博物誌ぐらいか?でも外出は出来ないから、校内にあるものを適当に羅列するような形になるのよね。

窓から入る日差しを浴びてぐーすか寝こけてやろうかとも思ったけど、冬眠させて貰っちゃった手前、ちょいとばっかり気が引ける。

ルチルのとこは……お昼寝シフトだと急患が出た時に邪魔しそうで悪いしな。

 

――アレキのとこでも行こうかな。

最近の月人情報も纏めてるだろうし、目を通させて貰えないかお願いしてみよう。

 

 

@ @ @

 

 

「アーレッキちゃん、あっそびっましょー?」

 

お約束のセリフを吐きつつアレキの部屋をのぞいてみる。

当の本人は月人の資料の束と睨めっこしていた顔を上げ、なんか可哀相なものを見るような目でボクに視線を向けた。解せぬ。

 

――アレキサンドライト。

硬度8半、碧色の輝く長髪を腰まで靡かせた年長組お姉さん。

いつも月人の研究をしているから月人マニアとあだ名されてる。

大きな声では言えないけれど、「年長組のやべーやつ」と言えば大抵アレキの事を指す。

 

「フォス、あんた……長期お昼寝シフトでやる事無いからってアタシんとこまで遊びに来たぁ?」

「なんだよぉー、塩対応すんなよぉー。ルチルんとこは邪魔したら悪いなぁーって思ったんだよ……

これを機に、最近の月人の資料にも目を通せればって思ってさ。……新式、纏まってる?良かったら見せてくれない?」

「良いけど……あまり情報集まってないわよ?」

 

何せめぼしい新式はいずれもシンシャにしゅんころされてる。そのシンシャでさえ、月人のいでたちをしっかり見ていた訳じゃない。

そう言ってアレキは今まで見ていた紙の束を差し出してくれた。

 

「わぁい、ありがとぉー……」

 

……。

 

一番最初に確認された新式。ヘリオドールの鏃を持った月人。

モルガとゴーシェに上半身を両断されるもそのまま残存。先生に霧散させられる。

 

二番目は王サマ騒動の月人。三器同時に出現し、サファイヤの牙を携える。

他の2器と合わせ、シンシャにほぼ同時に霧散させられる。

 

三番目は冬の月人。大量の雑が学校を襲っているさなか、二器同時に出現。

ピンクフローライトの爆弾を使いアンタークを挟み撃ちにしたが、アンブッシュしていたシンシャに霧散させられる。

 

この紙の束には出現した時期、場所、シチュエーションと言った部分が多く書き込まれていたが、月人の様相についてはほぼ記載がなかった。

情報不足による為だ。

 

「……うん?4器目?」

「あ、ごめん。それは私が考えたオリジナル月人だわ。新式を作るならこんなんかなー、ってさ」

 

返してー、と伸ばされたアレキの手を押し留めて中身を熟読。

 

「5閃型――器は歪円形小型。……思い切ったな、雑なしの単騎か」

 

ボクが真面目に目を通してるのを見て、アレキが伸ばしていた手を降ろす。

 

「……あんたはこう言うオリジナル描いても変な事言わないでくれるから好きよ。ちなみにそれは、今まで危なかったパターンから考えてるの」

「雑は別運用?……うん、描いてあるね」

「私は冬の大立ち回りの時は普通に眠っていたわ。……でも、後から話に聞いて背筋が寒くなった。その時のエピソードが元よ」

「……確かに、これやられるとウチはチョッと弱いな。皆雑なんてほとんど意に介さないほどの実力はあるけど、その展開力をフルに使われて器の上からじゃなく包囲攻撃されたとしたら……かなり厳しい」

 

前々から警告してはいた事柄だけど、月人が雑の使い方を工夫し始めたらこっちも対応を考えないといけなくなる。

月人一器に対して平均した雑の出現数は大体30~40体ほどか。

例えばこれを3チームに分けて、2チームをあらかじめ地上に隠密のまま展開して挟撃、もう1チームで食い破るみたいな運用されたりしたら正直防ぐ方法が思いつかない。

黒点と言う前兆が必ず発生するから、それを頼りに出会いがしらを抑えるやり方でなんとかするしかなさそうだ。

 

「攻撃方法は……爆弾をつけた矢、か」

 

さすがに誰の体を使うかなんて所は書いていないけど、攻撃手段だけとってみれば凶悪の一言だ。

爆破する矢、つまり『記憶』風に言えばRPG-7あたりか。器が歪円形小型なのはこの矢の射角を取る為だろう。

アレキの頭の中にある月人の『効果的な運用方法』が随分ミリタリーじみて来たと思う。

コレはちゅうがくにねんせいが書いた『ぼくのかんがえたかっこういいつきじん』ではなく、アナリストがガチで書いた『宝石の国を落とすための月人』だ。

今までの月人の攻撃オプションが元になっているから、技術的にも実現性がある。

 

「怖いなぁ、アレキちゃんすっげぇ怖いなぁ。こんなのどうやって防げば良いんだよ。既に見た技術だけで構成してコレだよ」

「よー言うわよ。この構想にはね、アンタがたまに口にしていた『やられたら危ない運用』ってヤツも多分に入ってんだからね。

たとえばアンタが裏切ったら、3日経たないうちにこの国から半分の石が消えるわ絶対」

「ひっでー言われよう」

「んでもって、私たちは多分その3日が過ぎてもアンタが裏切った事が分からなかったりすんのよ」

「ひっでー言われよう」

 

硬度3半の超虚弱宝石相手にあんまりな評価だと思うの。

ボクが皆に勝ってる点なんて、このぱっちりカワイ美し過ぎる見た目ぐらいしかないと言うのに。

――え?逆風の太刀?知らない単語ですね。

ホラ、ボクってば箸より重いものとか持ったコト無いですしおすし。

――え?なに?

オブしーにボクの専用刀を作って貰った上で、その事をボルツにチクる?

やめろよ――やめろよ(迫真)

世知辛いこの世の中であってもやって良い事と悪い事があるだろうがごめんなさい許してください何でもしますから。

 

……えぇ?じゃあ、この月人の対応方法を3パターン考案せよ、だってぇ……っ!?

鬼や……アンタ鬼やでぇ……っ!年端も行かないか弱い石をイジメて何が面白いって言うんや――あ、やめようねボルツはやめよう、あいつホント頭おかしいねん。正直武術指南からボルツだけ外したいと思うくらい。

 

ええと?そうだなぁ……爆発物相手だしなぁ。やっぱ基本方針は『殺られる前に殺れ』は鉄板だと思うの。

冬のシンシャと同じ感じでさ。戦闘員を迷彩する方法は結構有効だと思うんだけど、それ以上に遠距離攻撃欲しくなるな。

ダイヤに相談した事あったけど、投石紐を進言してみるかなぁ?

 

それと――精神衛生上大変よろしくないけど、爆弾の矢を掴んで投げ返す……ってのも有効っちゃあ有効か。

接触信管、時限信管、両方考えられるけど……ボルツやダイヤの身体能力なら両方とも対応出来そうな気がするなぁ。

多分相手をする時には雑も攻撃をしてくるだろうから、投げ返しを含めたオフェンス1、ディフェンス2のスリーマンセルを組んでおきたい所だね。

負傷が発生した時も、それが1人であれば残りの2人でリカバリーが出来るかもしれない。

 

後は……やっぱり地の利っスかねぇ。せっかく待ち受ける側なんだしうまく活用したいよねぇ。

爆発を防御できる塹壕とか武器置き場とか、後は雑の展開を狙ったトラップとか。

その辺りは結構工夫の余地あるんじゃないかと思うのよボクは。

 

「あぁー……ごめんフォス、さっきの言葉訂正するわ」

「うん?」

「あんたが裏切ったら、1日でこの国滅ぶと思うわ」

「心外過ぎるんだぜ!?」

 

だいたい、戦争と言う奴は始まるまでの下準備で勝敗が決まるって言われてんねんぞ。たった1日でそんな準備が出来てたまるか。

っつーか、人徳皆無の月人に与するとかどう考えても脅しによる脅迫でしかありえないから、ボクだったら王サマ騒動の時みたいに従ったフリして手駒を揃えた上で、横合いからブン殴って総取り狙うけどね?

 

え……なんですかアレキちゃんそのおめめ。

ぷるぷる、ボクはわるいフォスフォフィライトじゃないよ?

 

「……アンタさぁー、そんだけ戦略眼あるくせに何でユークと一緒に戦略計画担当に納まって無いワケ?……いや、確かに総合顧問って言う今の立ち位置は、これ以上ないと思うぐらい様々な分野でうまく回ってるとは思うけどさ」

「そりゃ、ボクは良くも悪くも『みんなの手伝い』しか出来ない石だからに決まってる。――アレキの言う戦略眼なんてのも買い被りの幻想でしかないよ。専門じゃない事に対して、ちょっぴり『記憶』にある事柄から引用しているに過ぎない」

 

こんなもん、例えばミリタリー系のゲームのひとつふたつやってる奴がいたなら簡単に席を譲る程度の知識しかない。

ボクの『記憶』の専門分野系知識のほとんどは、専門職の人がそれに携わる際に歩んで来ただろう『基盤』と言う奴が含まれていない、所謂虫食いの知識でしかない。

適正すら仮初のモノでしかないのだ。

――そんな奴が専門職に携わったらどうなる?

周りを巻き込んで盛大な、たいそう盛大な自爆をするに決まってる。

『総合顧問』なんて聞こえは良いけどさ……肝心な所の決定を人任せにしている、究極の無責任者と解釈出来るんだぜ?ボクは。

 

――スパァーンッ、と紙束でドタマを叩かれました。

 

「……な、なんだよぉー……」

「いや……私が尊敬してる奴をズタボロに悪く言われたんで、ちょっとムカついた」

 

アレキの表情が目に見えて不機嫌になっている。

思わずボクは息を詰まらせた。

 

「――そりゃあ?いちおー本人の言うコトですし?一定の『理』ってヤツがきっとその言い分には含まれてるんでしょーよ。

でもアンタ、全力だったじゃない。無責任に口出すだけじゃなくて、虫食いの部分に対しても全力だったじゃない。無知のまま放りだすんじゃなく、一緒に並ぼうとしてたじゃない。

『ボクも手伝うよ』『一緒に頑張ろう』……それ系のセリフをどんだけ言って来たかアンタ覚えてる?私も覚えてないけど、少なくとも両手両足じゃあ数えるのに全く足りない事ぐらいは解るわ。

 

――私はね。頑張ってる子が好きなのよ。だから頑張ってる事を卑下するような奴は許せないの。おわかり?」

 

ボクの頭をスパスパ叩き続けながら、アレキが言う。

 

「――ハイ。ごめんなさい」

「よろしい」

 

ボクは、本当に愛されているなぁと思う。

 

300年経っても、そしてこの後何百年経ったとしても、そこは変わらないんだろうなと言う奇妙な確信と嬉しさがある。

だからボクは、そんなこの国が、皆の事が好きだから、もっと皆の役に立ちたいなと思うんだ。

 

――叩かれた頭が何だか嬉しかった。

 

もしボクが月人に与する日が来るとしたら、それはきっと月人の為ではなく、この国の皆の為なんだろうなと思う。

 

 

――ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 

ふと、重く荘厳な鐘の音が響いてきた。

 

「――月人!?……でも、あれ?」

 

アレキが紙束を置いて窓に近寄る。

どうも様子がおかしい。

 

「……今、鐘の音6回鳴った?」

「うん……ボクもそう聞こえた」

 

鐘の音6回。

二種警戒態勢――あんまり聞いたことの無い、所謂『警戒待機』の合図だ。

冬に鳴らそうとしていたように、月人襲来が高い確率で出現することが予想される状況で、それを緊急的に皆に知らせるケースを想定した合図な訳だけど……

先生お昼寝シフトって言う今の状況が、つまりそれのコトなんだよね。

この場合、どう噛み合うんだ?――『待機しろ』と緊急で伝えたかったって事か……?

 

「鳴らし間違えじゃなければ――誰かの策と見て良いかも」

「先生お昼寝シフトだと、殆どのメンバーは校外よ。その状況で『待機』させる意味って何かしらね?

――校内に、誰も入れさせたく無いって事……?」

 

……アレキと目線を重ねる。

思い出すのは冬の一騒動だ。

 

「――先生の許可出てないけど、武器工房に行こうと思う」

「異議無し」

 

早々にボクたちは廊下に飛び出した。

 

 

@ @ @

 

 

オブしーはボク専用の剣を作りたがっていた。

ありがたい事だと思うけど、ボルツが怖かったのでそれは遠慮させてもらった。

それに、ボクが積極的に剣を持たなくてはならない状況は本来避けられるべきだ。たとえ専用剣が出来たとしても、先生はボクを戦争に出す事を良しとしないだろう。

しかし冬と言い今回と言い、どうしても護身用として持っておきたい状況は出てくる物なんだなと痛感する。

 

ボクは冬にも使った一番小さい剣を。

アレキは、適当に余っていた直剣を掴んだ。

 

ボクたちが武器工房に来たのは、月人を索敵する為じゃあない。

校内で月人とエンカウントしても、逃げられるように手数を増やすためだ。

 

「一応確認しておきたいんだけどさ。アレキが非戦闘員なのは、ボクと同じく戦えないからだよね?」

「……そうよ。本当は、月人見るのもダメだって先生に言われてる」

 

――『見るのもダメ』ときたか。月人マニアらしからぬ評価だね。

アレキサンドライトは明瞭劈開があるものの硬度8半。ボクみたいな脆さからの理由じゃなく、戦闘能力はあれど何らかのトラウマを刻まれたからと考えるのが自然だろうか。……うーん、しかしそれなら月人マニアなのはおかしいか?

……ともかく、護身用として武器は持てても使う事を期待してはいけない類なのだと見切るべきだろう。

 

「了解。ボクが前に出るよ。――そうだな、医務室に籠るのが良いかな?あそこならルチルもいるし」

「そうね。……一応、ルチルの分の剣も持って行ってあげようかしら?――大丈夫か。医務室には剣の代わりになるものがわんさかとあるし」

 

ノミとかハンマーとかヤットコとかね。

大工道具もかくやと言うほど医療道具はそのまま危険物だと思う。

そういや王サマがルチルの事を『千の解体具を持つ白い狂気』とか言ってたけど、ボクが食べられちゃってた時になんかあったんですかねぇ?

 

――医務室へ続く廊下で、ふと足を止めた。

自然と右手でアレキを制する形をとる。

 

「――フォス?」

「聞こえた?」

「……?」

 

アレキの返答は疑問の沈黙で終わる。

微かに感じ取ったのは、何か戦闘の様な反響だ。

 

全身を脱力させながら剣の鯉口を切り、柄を正中線まで持ってくる。

意識して重心を整えると、右手をそっと柄に当てた。

抜刀の構えだ。

 

首筋を這いまわるように感じる暴虐の意。

獲物を狙う野生の空気。

――『記憶』の中にあった感覚から経験を引き出す。

 

「この殺気……獣の類か……?」

「は、え……獣?」

 

この国ではありえない相手だろう。中型以上の動物は生まれてついぞ見た事がない。

だから『獣』なんて言うのもみんな単語しか知らないと思う。

これで獣でなかったらフォスさん、ただの赤っ恥だわね。

 

――が、本当に獣であれば脅威だ。

高耐久、高攻撃力、そして素早さと何よりも鋭い感覚。全身上質な筋肉で出来ている獣と言う奴は得てして人間より強い。

飛び道具を以て一方的に攻撃できる状況を作って初めて有利になるのだ。

接近戦で戦う場合、武芸者であっても後れを取る事が多々ある。

今のボクの剣と体で対応できるか――?

 

「――ッ、窓っ!!」

 

気配を追って窓に視線を向けると、何かをガードしたような恰好のまま校内に吹き飛んで行くダイヤと、それを追ってのそりと表れた巨大な姿があった。

 

七つの目。口外に突き出す4つの牙。毛皮で覆われた筋肉質の体と腕輪で装飾された六臂。

黒く輝く手足の爪は、学校の床材と触れる度に硬質な音を奏でている。

背中には後光にも見える輪っか状の毛を携えていた。

「グオォォォ」と漏れる唸りが響く。

 

「つき……じ、ん?」

 

驚愕と疑問が混ざって口から洩れた。

カラーリングは月人その物。しかしその様相が既知のモノとはまるで違う。

あれはまるで――阿修羅のような。

 

「――フォスっ!逃げてえぇぇっっ!!」

 

ダイヤの悲鳴に近い叫びが上がる。

阿修羅のようなその何かは、7つの目をボクに向けると、次のターゲットを決めたとでも言うようにその瞳孔がきゅっと狭まった。

 

「っつぉおおおおおおおあああああぁっっっ!!」

 

――ボルツの奇襲。

裂ぱくの気合と共に振り下ろされた黒刀はしかし、反応した奴の爪によって容易に弾かれた。

続けてヤツがボルツの体を掴もうと手を伸ばすが、ボルツはその手に斬撃を叩きつけてその反作用で離脱する。

5条の黒髪を靡かせ、ボクの近くに着地した。

――情報を要求する。

 

「一応聞くけど――アレは月人!?」

「ああ、2重の黒点から出て来た。見ての通り難敵だ。

ダイヤと挟撃して一度は何とか2つに割ったんだが、霧散するどころか分裂してそれぞれが襲い掛かってきた。戦ってるうちに融合して元の姿に戻ったがな」

「分裂に再生!?何だよそのインチキッ!!」

 

ここにきて鐘6つの意図を悟る。

アレキの新型月人なんて可愛いモンだ。今までの月人とは格が違い過ぎる。

まともにやって勝てそうにないから、皆が居ない校内におびき寄せつつ先生を起こす策だったんだろう。

武器工房はルチルのいる医務室からもアレキやボクの部屋からも遠い。

……エンカウントしないように誘導していたみたいだけど、ボクたちが武器を確保しに来たのが裏目に出た。

 

ボルツが舌打ちする。

その視線の先には、先ほど吹っ飛んできた衝撃によってか、目のあたりが抉れて欠けたダイヤの姿があった。腕にもヒビが入っている。

剣を構えて戦意を示しているけど、このクラスの難敵に目の負傷はマズい。

 

「一応聞くが顧問殿。アレへの対策あるか?」

「マトモにやってられるかよ――先生召喚一択だ」

「だろうな」

 

バトンタッチだ。

言われなくともボクたちの役目を悟る。

ボルツに変わって先生を起こしに行くのだ。

 

「アレキ、本堂に向かうよ!――アレキ?」

「あ……ああ、あああ……っ」

 

アレキは、恐怖とも興奮ともつかないような声をあげながら、膝を折って体を震わせていた。

『見るのもダメ』と言うのは、こう言う事か!

 

「来るぞっ!!」

 

6つの腕を存分に使って、獣の月人が突っ込んでくる。

チラリと横目でアレキを見た。

――見捨てるなんて、ありえないっ!

 

「こっちだ化け物っ!!」

 

そもそも言葉が通じているかどうかも怪しいけど、ヘイトを少しでも稼ぐ為にヘタクソな挑発を行いながら駆け出した。

ともかく射線をアレキから外さないといけない。

――ボルツが並ぶ。

ボクの襟首をとっつかみ、羨ましくなる俊足で月人の攻撃範囲から離脱する。

空振った月人の腕が床を抉った。

 

「……グズめ。意図は買うが、蛮勇は愚か者のやる事だ!」

「蛮勇しか手段がないなら喜んでやってやるさ!」

「――ふん」

 

アイツの目線がアレキから外れる。

ヘイトは何とか稼げたようだ。

 

懐から糊の容器を取り出してボルツに渡す。

 

「これは?……なるほど、目か」

「量は心許ないけど、あんだけ目が密集してるならあるいは、ね」

 

一瞬で意図を悟ってくれた。

この糊を使って目つぶしを掛ける算段だ。

 

「外見からの分析だけど……もしかしたら、素早い動きを捉えるのは苦手かもしれない」

「ほう、根拠は?」

「7つの目だ。数学の問題だよ。――2本の直線は平面上であれば必ず1点で交わるけれど、7本の直線となるとそうは行かない。焦点を合わせる事自体は苦手と見た」

 

人に限らず、多くの動物の目が平行に2つ付いている理由だ。

昆虫のような不動の複眼ならともかく、眼球タイプは『焦点を合わせる』と言うアクションがどうしても必要になる。

1つでは遠近感が無くなり、3つ以上であれば焦点が合わせ難く、上下に2つであれば左右の見通しが悪くなる。

 

「なるほどな。逆に言えば、先天的に『観の目』で見ているとも言えるな……よし、ダイヤ!」

「ほえ?――うわっととっ!?」

 

ボルツが糊の容器をダイヤに投げ渡した。

片目が使えない為か、若干取り落としそうになりながらもダイヤがそれをキャッチする。

 

「援護する!死角から目をつぶせ!」

「――ッ、うんっ!分かったっっ!!」

 

ボルツが左手でボクの剣を奪い、鞘を払った。

大小の二刀流。奇しくもボルツの構えが宮本武蔵をなぞる。

 

「本堂は反対側か――隙を見て駆け抜けろ」

「……アレキを確保したい」

「それは最早蛮勇ではなく無謀の極みだ。……僕とダイヤがどうとでもしてやる!」

 

――正論だった。ボク一人ではアレキを担ぐ事すらできないだろう。

チクショウ、と口の中で忌々しく吐き捨てる。

我が身の脆さに嘆く時間すら、今はない。

 

「――行くぞっ!!」

 

ボルツの号令と共に場が動いた。

 




フォスの博物誌
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その10「アレキサンドライト」
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クリソベリルの変種。
斜方晶系の鉱物で硬度は8半。2方向に明瞭な劈開が存在する。

結晶中に微量な不純物を含み、その影響からか特徴的な変色効果を示す。
具体的には太陽光の下では青緑色、室内光(クラゲなど)の下では赤色に見える。
人類史においては変色が顕著なものは非常に希少で珍しく重宝され、「宝石の王様」と呼ばれる向きもあった。



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