薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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※ 今回は幾つかのショートショートです。かなり遊んでいます。
※ 日常のお話につき、ストーリーは進みません。原作巻末の4コマみたいな感じ。
※ 特殊形式につき、フォスの博物誌はありません。


第17話「日常」

 

■ 光通信会議

 

王サマは生息地周辺の海水があれば、割と長い間人型を保っていられるらしい。

やっぱりあの人型、海水の中にあるインクルージョンを利用しているみたいだね。

だから最近は生息地周辺の海水を持参して貰って、それを会議中にお茶代わりに飲んで貰うスタイルになっている。

いちいちボクが通訳するのはしんどいし、シンシャが海に入るのは汚染が怖いからね。

 

今日の議題は光通信に使う言語について。

そもそも、ボクたちが使っている文字とアドミラビリスが使っている文字が同一の物でなかった為、言語を片方に寄せるのは習得に時間が掛かって不便なのではと言う話から始まった。

王様んトコの文字は、どちらかと言うと楔文字に近い。生息地が海の中だから、何かに書いてもそれが波に揉まれて残らないんだよね。

だから文字に記録するには彫る方式を使ってるんだけど、それには直線的な楔文字の方が都合が良かった訳だ。

 

……文字が違うのに言葉が通じる理由?

こまけぇこたぁいいんだよ!!

 

「――そもそもなぁ。我々が超頑張ってそちらの国の文字を覚えて、通信の際にそれに翻訳して送るとしてもじゃよ?

使用している文字や単語の並びで意味が代わってくるケースが絶対あるに決まっておる。

そうするとじゃ。光通信言語を学ぼうとするとお前たちの文化を学ぶ事が必須になる訳じゃ。これはお前たちがわしらの文字に寄せても同じ問題が発生する」

「ああ、それは俺も思っていた。しかも既存言語に置き換える場合、使用文字数が多いと1文字分の通信負担がどうしても多くなるからな。……いっそ、光通信用の新言語を創設するべきかとずっと悩んでた。

しかしそれをすると、設定していない単語を送る必要が出た場合はどうしても通信が止まってしまうんだよな……」

「単語の作り方にある程度の方向性を持たせれば、新しい単語が出てもニュアンスは伝わるんじゃないかな?動詞はトン・ツー、装飾詞はトン・トン・ツーで始めるとか」

「なるほど、意味分類で法則を作るのか。その方針は良さそうに思うが……それだと固有名詞はどうするんだ?『フォスフォフィライト』とか『ウェントリコスス』とか」

「あー、そっか!その辺考慮すると、どうしても音を表現する必要があるのか!」

「それになー。ニュアンスだけしか伝わらん言語も通信負担は楽そうではあるが、やっぱ伝えられない言葉があるのはもやっとするのう。

やっぱ『シンシャ』と言った固有名詞はもちろんの事、『ツンデレ』とか『萌え』とか『俺の嫁』みたいな微妙なニュアンスのある単語も正しく信号に乗せたい所だな」

「ああーわかるわかる。『大好き』とか『かわいい』とか『結婚する』とか絶対あった方が良いよねシンシャ!」

 

にやにやにやにや。

 

「……。……そうだな……『砕く』とか『串刺しにする』とか『殺す』とかも必要だな……?後は、悲鳴の表現とかか……?」

「――あ、わし急に用事を思い出したんで今日の所は解散でよろしく!」

「そう言えばボクもダイヤにレンズの事相談されているんだった!」

 

――ドスドスドスドスッ!!

 

「……で?」

「「もうしわけございませんでした!!」」

 

※ 光通信の開発はなかなか滞っています。

 

 

 

■ 百物語

 

ボクたち宝石の娯楽は少ない。

ここ数年はボクが『記憶』にあるものを引きずり出して少し増やしているんだけど、そもそもボクの器用さが極低なので、なにか道具が必要なものはペリドットかスフェンに相談しないといけない。

最近、やっと将棋が出来たぐらいだ。

 

ただまあ、何千年の時を過ごすのにあたり石達も何らかの工夫はするようで、ボクが広める前からメジャーなものも結構ある。

『怖い話』なんてのは、もしかしたら最古の娯楽(?)かもしれない。

 

暗い部屋の四隅にクラゲをポツンと置いて、皆で顔を付き合わせて一人ずつ怖い話を披露していくわけだ。

暗いとマトモに起きてられない筈のボクらが、この時だけは皆目が冴えてしまうのが不思議だ。

 

ちなみに、この手の話はゴースト・クォーツの独壇場でもあったりする。

 

「――それでね。だったら「俺が試してやる」って言って、その子が実行しちゃったの。赤い月が出た夜に、その部屋で一夜を過ごして見せたんだって。

……次の日に他の石が見に行ったら……その子の目だけがベッドに置かれてたんだって。

皆総出で探したけれど、体は何処にも見つからなかったの。

――だからその部屋は封鎖されたんだ。誰も入らないように、むしろ誰もその部屋があった事を意識しないように、その部屋の入り口は埋められちゃったんだよ。

 

……それでね。話はコレで終わらないんだ。

この間長期療養所の片隅に、小さな木箱を見つけたんだよ――コレね」

 

ことり、とゴーストがまさかの小道具を取り出す。

古びて、くすんだ色をしていた。

 

「この木箱を見つけた時……先生にさ、聞いてみたんだ。忘れられた部屋について。

しばらく沈黙したあと、僕の頭に手を置いてこう言うんだよ――『ひみつだ』って」

 

そうしてゴーストが蓋を開けると……そこには瞳孔の開いた目玉が二つ、空虚を見つめていた。

 

「ひっ……」

 

やめろよ!やめろよ!?

現物持ってくるなんて卑怯だぞ!?

こんなんチートや!チーターや!

 

「所で……これは僕が長期療養所の入出履歴と図書館に保持されていた日誌を見て気づいちゃった事なんだけど……

この目、一度持ち出された形跡があったんだ。

しかもその次の日に、石が一人行方不明になってるんだよね。

この目の色、わかる?赤色でしょ?……でも、もともとベッドに残ってた目は緑色だったんだ。

そして、持ち出された次の日に行方不明になった石の目は赤色。

――入れ替わってるんだよ。持ち出した次の日に消えた石の目と」

 

ちょっ……おま、それ……っ!?

 

ゴーストが顔をあげて微笑むのだ。

 

「明日は――何色になるかなぁ……?」

 

うあああああぁぁっっっ!?

 

い、いや!?

別に怖くねーし!ぜんっぜん怖くねーし!泣いてねーし!チビってねーし!そもそもそんな機能ついてねーし!

――ダ、ダイヤ、手を握ってあげるね!別にボクが怖いからじゃなくてダイヤが怖そうだから手を握ってあげるね!

 

「ちなみに、行方不明になった石は、持ち出した石とは別の石だったよ」

 

なんでだよおおおおお!?

そこは持ち出した奴だけ行方不明にしとけよおおおおおお!!

明日消えるかもしれない石候補にボクもノミネートしてるって事だろそれぇ!?

所でダイヤ様今日は一緒に寝ませんかお願いします何でもしますからうああああんっ!

 

「ゴ、ゴースト……ほら、フォスが過剰反応してるからその辺にしてあげて……?」

 

ん?今何でもするって言ったよね?

しゃぶれるよ……!ボク、ダイヤのだったら喜んでしゃぶれるよ……!

入れられるのだって構わないYO!

 

「うーん、フォスは毎回とてもおいしい反応してくれるなぁ……話す側としては冥利に尽きるよね」

「ほらー、フォスー。戻って来てー」

 

――んで。

 

「さて、次は僕かぁ……ゴーストの後だとインパクトが心配だよね」

「いらないです。こんな破壊力いらないです」

「あははは。それじゃあ話すね。

 

――皆はさ。僕たちが見ているものが、実は全く別の物なんじゃないかって思った事はない……?

僕たちは本当に『真実』を見ているのか、不安に思った事はない……?

僕はね。見つけちゃったんだ。本当の『真実』と皆の見ている『虚構』に、気づいちゃったんだよ……」

 

ダイヤの真剣な導入に、と思わずゴクリと無い筈の唾を飲んでしまう。

 

「――ねえ、皆。去年のこと覚えてるよね?新しい月人が来始めてから、色んな事が激動した年だったよね……?」

「きょ、去年の事なのぉ……っ?」

「そうだよ。しかもね、思い返してみると……両方ともフォスが関わってる事だったんだよ……」

「え、なになに?」

 

ええええええまってまってまってまって、ピンポイント止めて!ボクにピンポイントするのやめて!

 

「冬が来る前に、皆でトランプしたよね?冬の担当をどうするか決める為に、総当たりミリオンダウト三番勝負。覚えてる?あの時にね……『真実』が『虚構』になっている瞬間を見つけちゃったの……」

 

覚えてるよおおおお、ダイヤが無双してたやつだろおおおおお!?

なんだよ、見えない石とお喋りでもしちゃったのかよおお!?

 

「あの時の最終戦……ボクとフォスの3試合目……」

「ヤダあああああ!止めて止めて止めて止めてボク絡めるの止めて!!」

「あの時、フォスが何も出来ずにバーストしちゃったじゃない?……でも、おかしいの。よくよく考えるとその事実がおかしいの……」

 

なに……なに……っ!?

 

「あの時、僕は最初に3枚出してフォスがそれをパスしたでしょう?で、僕がさらに3枚出して、フォスがダウト失敗して6枚回収でバーストしたんだけど……よくよく考えたら、フォスのパスによって最初の3枚が流れている筈だから、3枚回収で手持ち10枚、つまりギリギリ1枚でバーストを逃れられる筈だったの。

でも不思議な事に、僕も皆もフォスでさえも、13枚バーストで認識してたんだよ……っ!」

 

……。

 

……。

 

……お、おう。

 

「あとね?フォスが海に行く前に、剣を見繕った時があったでしょう?あの時、先生がオブしーに「片刃で三日月状に反っている剣はあるか?」って聞いたの。

オブしーは「そんなヘンテコな剣は作ってない」って言ったんだけど……よく考えたら、ボルツとかパパラチアが使ってる剣が、そんな感じの剣だったの!

でも皆、作り手のオブしーや使い手のボルツでさえも、そんなヘンテコな剣はないって認識して――」

「やめて!?そっち方面に怖い話するのはホントやめて!?

大人はウソつきではないんです!!間違いをするだけなんです!!」

 

※ 大変申し訳ございませんでした。

 

 

 

■ 暴挙

 

その後。

 

「あーもーやめろよもーほんとやめろよクソ……ううう、ダイヤぁ……」

「うふふ、はいはい。今日は一緒に寝てあげるからねー。ふふふ、ボルツとかなんて言うかな」

「じゃ、解散ね。ゴースト、今回はガチでキレッキレだったねー……」

「ふふふ、実はこう言う場が楽しみで、普段いろいろ仕入れてるんだ」

「長期療養所と図書館管理勤務だもんね。ネタには困らなさそうだわ」

「そうだね。――じゃあ僕は、一度医務室に行ってから戻るよ」

「うん……え?どうしたの?どっか開いたの?」

「いや、違うよ?パパラチアの目を返しに行くんだ」

「「「ちょっと待てぇっっ!!!?」」」

 

※ この話が一番怖かったです。

 

 

 

■ もこもこしりーず

 

ダイヤ「ふえええぇ、ズルいよおおお!

僕は筋肉ムキムキの月人しか見て無かったのに!僕もふわふわもこもこ見たかったよおおお!」

レッド「しょーがないなぁダイヤ君は(CVのぶ代)」

 

――みたいな経緯でレッドが『ふわもこしろ君』のぬいぐるみを作ってあげたのが全ての発端だった。

その可愛いぬいぐるみのふわもこっぷりが石達の間で流行ったワケで。

アレキが月人の姿を模したそれにビクビクする一幕がありつつ、概ねそれは好評的に受け入れられた。

 

そして、ボクのイタズラが心が囁いたのである。

 

「レッドさんレッドさん。面白い話があるんですけど乗りませんかな?」

「フォスあんた、わっるい顔してるわねぇ……なになに?お兄さんにちょっと教えてみ?」

 

ちなみにレッドも分類としては愉快犯タイプ。

ボクがイタズラしかける時の顔はよく知っておられます。

この場にストッパーは居なかった。

 

とは言っても、ボクは人を陥れる系のイタズラは大キライです。皆が楽しめるイベントじゃなきゃヤダヤダ。

 

草案はこんな感じ。

 

「まず、皆をデフォルメしたぬいぐるみを作ります」

「ふむふむ」

「次に、そのぬいぐるみをまとめて目立つ所に置いておきます」

「ほうほう」

「そしたら張り紙をおきます。内容はこんな感じ。

『ご自由にお持ち下さい。ただし、お一人様おひとつのみでお願いします。お持ちされた方は、ぬいぐるみのあった場所に名前をお書きください』

――誰がなに選ぶか興味ねえ?」

 

……しばしの沈黙。

 

「フォス……あんた天才か!」

「フォーッスフォスフォスフォス!宇宙の真理に気付いてしまったようだねレッド君ッ!」

 

ボクらはもう、止まれなかった。

――っつっても作業したのはレッドだけどね!

 

せっかく『ふわもこしろ君』の後継作なので、ぬいぐるみはふわもこさせる方針になった。

さすがに宝石のぬいぐるみとなるとその辺り難しいんじゃないのと思ったんだけど、着ている衣装をあざと可愛いふわもこパジャマにする事で見事に解決。

しかも皆の衣装を一つ一つデザインするほどの気合の入れようである。

さすがレッドベリル、欠片も妥協を許さない。

一番凄かったのは28名分のふわもこシリーズをデザイン、生地の用意、制作まるっと含めて1週間で完璧に仕上げて見せた事だと思う。

レッド驚異の技術と生産性。

お美事!お美事にございまする!

 

……え?ただでさえ少なかった筈の布素材を一体どうやって工面したのかって?

こまけぇこたぁいいんだよ!!

 

「素晴らしい出来だ……素晴らしい出来だよ!さっすがレッド、こっち方面は後にも先にも右に出る者はいないな!!」

「あらフォス、宇宙の真理に気付いてしまったようね!」

 

ボクらはもう止まらなかった。

 

――そして、決行!

朝礼の時に通知までしたぜ!

ボクが見ても会心の出来な『ふわもこシリーズ』だ。

正味な話ボクが全部欲しいぐらいの出来だったもの。全部捌けるのに時間は要らんでしょ。

 

どの位置に誰が置いてあったかはこちらでメモって把握している。

しかし台の方には誰が置いてあったかと言う印はしていない。

ただ、ぬいぐるみの下に持って行った石の名前を書き込める紙が貼ってあるだけだ。

 

誰がどのぬいぐるみを持って行ったかは、最初の位置を正確に記憶した者でないと把握は不可能。

なんせ28名分。きちんと記憶しようとしている奴は稀だろう。

覚えるなら、『自分のぬいぐるみが置いてあった場所』が第一になる筈だ。

――つまり。

『自分のぬいぐるみを誰が持って行ったか』だけは、名前を見る事で把握できてしまうのだ!

 

誰だって『自分を誰が持って行ったか』は気になるだろうからなぁ。ぬいぐるみを持って行った後も、何かと理由をつけてこの近くを通りかかるだろうなぁ。

そして自分を持って行った相手を妙に意識してしまい、甘酸っぱいもにょもにょをする事になるのだ!

 

くっくっくっく……このフォスフォフィライトの立てる策は、すべて隙を生じぬ二段構えよ。

 

……とは言えだ。

ウチの石たちは結構みんなあけすけなトコあるしね。

ボクたちが見ている前であっても、結構和気あいあいとしながらぬいぐるみを持って行かれました。

大半がコンビを組んでいる相方を選ぶかなと思ったけれど、2~3名それではつまらないと思って別のぬいぐるみを選んだりすると、ズレが発生して目的のぬいぐるみが無くなり、『なら○○にしようっと!』みたいな感じでどんどん予測不可能になって行く。

 

それでもまあ、ある程度予想通りにはなったけどね。

ダイヤがボルツぬいを抱きしめながら鼻歌歌ってたり、ジェードが先生ぬいを確保して小さくガッツポーズしてたり。ユークはジェードぬいを持って行ったみたいだ。

このイベントには、意外にも先生も参加した。

ボクとレッドは主催者につき一番最後に残ったものをと思っていたのでそれを伝えると、先生は少し悩んでベニトぬいを持って行った。

……余ると思っていたから、と言う理由ではない事を信じたい。

ちなみに、しろのぬいぐるみはもう無いのかと聞いてきました。

ゴメンね先生。ふわもこしろ君はもう完売でごさいます。

 

「……うーん、しかし……意外な所が残りましたなぁ。ボクのぬいぐるみなんか、人気過ぎていの一番に消えると思ったんだけどなぁ。ダイヤが残ってるのも意外。シンシャも残ってるなぁ」

「いや、その辺りは皆が気を使って取らないようにしてるだけだかんね。……ちなみにフォスは誰のが欲しかったの?」

「ボク?レッドかなぁ、一番作りが良かったし。レッドぬいの髪形、デフォルメに合わせて新調してたよね。アレ凄くかわいかった」

「そこ来たかぁ。いやーそんなつもりはなかったんだけど、やっぱ力入っちゃったトコあったものねぇ!残念ながらオブしーに売約済みだけどね」

「ふっふー、じゃあ皆が気を使って残してくれてるって言うなら……有り難くシンシャ貰っちゃおうかな」

「僕は余ったらルチル貰っちゃって良いのかしらね?何気に髪型はアレがいっちばん苦労したのよね。正直言って自信作よアレ」

「わかる!あの線形に流れてる所、うまく表現できてたし。……パパラチアが目覚めてないからどうしても1個余っちゃうんだけど、アレはきっとみんなパパラチアに残してるんだろうなぁ……」

「やっぱそう思う?……まあ、余ったヤツでもみんな自信作だから、ボクとしてはどれでも良いんだけどね」

 

そして予想以上に予想通りなのがボルツとシンシャだった。

 

「ふん。……僕は、別に要らない」

「……朝礼終わったから、俺は戻る」

 

皆の目がある昼の内には絶対に手を出さなかった。

 

どんどん持って行かれるぬいぐるみを目の前にして、すっごいハラハラしてたのはボルツだと思う。なまじ見回りとか理由付けができる分、結構頻繁にぬいぐるみ置き場を通りながら『持っていかれてないか』を凄いチラッチラ見てたね、アレは。

あの姿だけで大成功と言って良いと思うわ。

 

――そして、夜が更ける。

こっからがメインイベントとも言える。

 

「さて……張り込みますかレッドさん」

「応よフォスさん。この瞬間の為に作ったんですもの」

 

ボクらはきっと、スゴい悪い顔をしている。

 

――んで。

 

ぬいぐるみが見える物陰に隠れて、二人して張り込みである。

クラゲはぬいぐるみの方に二つ置いてある。

光は向こうにあるから、完全に暗闇になってるこっちに張り込んでいる事はバレないという寸法よ。

お陰でめっちゃ眠いけどな!

 

わりと、その時が来るのは早かった。

――ボルツである。

 

(来た!ボルツ来たっ!)

(かわいい!めっちゃキョロキョロしてる!)

 

フォーッスフォスフォス、分かりやすい思考回路よのうボルツ君!

誰にも見つからないようにキョロキョロしつつ、しかも「ち、違う……これは余っていたから哀れに思っていただけで、別に欲しかった訳じゃなくて仕方なく……」とか女々しい事をブツブツ呟いていたりする。

あまずっぺええええええ!良いのか数百年以上を過ごしてきた奴がこんなもじもじしたアオハルしてて!

それ余ってるんじゃなくて、皆が君の為に残しておいてくれた奴ですから!

 

そして、予想通りダイヤぬいをそっと手に取ると、その胸元に抱きしめるのだ。

小さな勝ち鬨が聞こえる。

 

「ふふ……やった!」

(ハイ『やった』頂きましたーっ!)

(ああ伝えたい!この感動を皆に伝えたい!!バラバラにされるから言えないけれど!!)

 

こちらも『やった』な感じだった。

ありがとうボルツ君。なんかもう、色々ありがとう。

 

そのままボルツはもう一度周りをキョロキョロと見まわすと、誰にもバレないように体を縮めながら元来た方向へ駆けて行った。

 

……そして、ボクらの視界から外れて数秒。

 

「――なっ、シ、シンシャ!?なぜここにっ!!?」

 

((ブッキングしたあああああぁぁぁっっ!!))

 

大フィーバーである。

何というタイミングで登場してくれるんだシンシャ!!でかしたっ!!

今日一番のハイライトだよこれクッソ!!漏れてないよな!?声漏れてないよな!?

 

「い、いや、これは、ちがくて、その……ちがくて!」

(必死だ!ボルツ超必死だ!)

(戦闘狂の意外な一面!なにあの子もう可愛過ぎっ!)

 

大事に胸に抱えていましたからねダイヤぬい。

もー言い訳出来ませんわ。完全アウトですわ。

 

「~~~~~~」

「そ、そうか……そうか、その。うん。だ、大丈夫だぞ!フォスはちゃんと残っていた。ぼ、僕も言わないから……お前もその、言うなよ!この事は!」

 

んー、シンシャの方も何か言ってるらしいけど、ちょっと聞き取れないなぁ。

テンパったボルツが音量上げてくれてるのは助かる。

どうやら、何らかの取引が成立した模様。

 

「約束したぞ!」

 

足跡が大急ぎで遠ざかって行く。

 

――満点です。100点満点です。

ううん、もう120点あげちゃう。はなまる大満点です。

ありがとうボルツ。なんかもう、色々ありがとう。

 

入れ替わりに、コツコツと近づいてくる足音がある。

 

(……とっとと、シンシャが残ってましたな)

(いやぁ、これ以上のインパクトは難しいと思うけどねぇ)

 

によによしながらシンシャの行動を見守る。

 

シンシャは、案の定ボクのぬいぐるみを選んでそっと胸に抱きかかえた。

そして、置いてあるペンでボクのぬいぐるみがあった所に何か書き込んでいる。

 

(……あれ?もしかして名前書いてる?)

(あら意外。こっそり持ってくモンだと思ったのに)

 

そして、ぬいぐるみを抱きながら――こちらを向いた。

 

……え!?やべっ、見えてるの!?

いや、でもここは向こうからは真っ暗に見える物陰なわけで……

 

コツコツこっちに歩いてきてらっしゃるううぅぅぅ!?

 

「――俺はさ。光を集める体質だから、多少暗くても普通に見えるんだ。まあ、そうでなくても多分いるだろうなとは思ったけど……レッドまで一緒に何やってるんだ……」

 

バレテーラ。

 

「あ……はは……こ、こんばんわシンシャ」

「ぐぐ、ぐーぜんねぇー!」

「いやもう、偶然は通らないから」

 

ですよねー。

 

「……まあ、お前らの事だからこれをネタに大っぴらにからかい倒す様な事はしないと思うけど……悪趣味も程々にしておけよ」

「「はァーい」」

 

その辺りは大丈夫です。

それをやった瞬間にボルツに粉にされますゆえ。

 

「あと……これ」

 

シンシャが、胸に抱いたフォスぬいを差し出してくる。

 

「え……え?まさかの返品?」

「いや、預かっててくれないか?……俺だと、きっと毒液で汚してしまいそうだから。フォスが持って置いて欲しい。

良く出来ているから、汚してしまうのはイヤなんだ」

 

あくまで預けるだけだから……たまに、抱かせてくれよ。

シンシャはそう言って苦笑した。

 

……ぬいぐるみにまでこんな気を使わなきゃいけないのかと、シンシャの心境を想う。

 

「……条件、ひとつ」

「うん?」

 

ボクは受け取りそうになった手を止めて、シンシャを見上げた。

 

「……『毒液』と呼ぶのはやめて欲しい。『水銀』って呼んで欲しい。『毒液』って呼び方は……シンシャを蝕んでいるように聞こえて、嫌いだ」

「……」

 

月霊髄液のアドバイスをしたその時から、ボクは第3者に説明する時を除いて、ずっと『水銀』と言う言葉を使ってきた。

毒でしかないんだと言う呼び方をしたくなかったからだ。

でも、シンシャは自虐の為か習慣からか、ずっと『毒液』と呼んできたように思う。

他ならないシンシャ自身がそう呼び続けるのが、ボクは嫌だった。

 

「……わかった。ぬいぐるみを、まかせるよ」

「――うん。まかされた」

 

フォスぬいを受け取る。

 

「フォス――ありがとう。おやすみ」

「うん――おやすみ、シンシャ」

 

そう言って、シンシャは昇降口の方へ去って行った。

 

 

「……なんかさ。アンタたちってこう、絆みたいな物あるわよね。ボルツのアオハルより2歩ぐらい進んだヤツ」

「わっはっは、大人だろ?……それでも不意打ちしたらシンシャはアオハルしてくれるんだよねぇ」

「アレ、今回の仕掛人とか経緯とか、完全に読み切った上での行動よね絶対」

「そうだと思うよ」

 

最後も最後で、いいモン見れたわとレッドが笑った。

 

「――僕も、シンシャの水銀の事、『毒液』って呼ぶのやめるわ」

「うん……ありがとう、レッド」

 

物陰から出て、シンシャぬいを抱き抱える。

シンシャぬいの座っていた場所にボクの名前を書いた。

 

「じゃ、今日はこれで終わりね。――ありがとうレッド、ボクのイタズラに付き合ってくれて」

「あっはっは。僕もやりがいのある仕事だったし新しいイメージも浮かんできたもの、こっちこそお礼を言うわ。――おやすみ、フォス」

「おやすみ、レッド」

 

 

――その後。

レッドは残っていたゴーストぬいを確保して名前を書き、もう一つ余っていたルチルぬいをパパラチアの入っている箱の中に収めた。

 

フォスぬいとシンシャぬいは、今はボクの部屋で仲良く肩を並べて枕元に座っている。

 

――なお、ボルツがダイヤぬいを持って行った事は、ボクらが言いふらすまでもなく皆にバレていた。

 

 


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