薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第18話「進歩」

 

宝石の国の技術元年と言って良いと思う。

 

アマルガム計画、光信号通信、レンズ作成と色んな分野の技術開発が着手された。

お陰でペリドット&スフェンの技術系おにーさまはてんやわんやの大忙しだ。

ダイヤもクリスタルクォーツを使った大きめの試作レンズを作ってみてから、本格的に乗り出してみたいと言い出してシフトの見直しも行われた。

統計や計算が得意なユークも、レンズによってできる像の仕組みを分析できるかもとレンズ作成に加わり、この国に『レンズ学』と言う新たな学問が立ち上がった。

レッドも水銀をシャットアウトできる生地の研究を始め、ペリドットと頻繁に意見交換をしている。

シンシャは光通信用言語の作成に方向を定めて王サマと顔を突き合わせ、優先度の高い単語の洗い出しを進めていた。

総合顧問についているボクは、それらの全てに関わるので大忙しだ。

誰かが『今まさに激動している』って感じがする、と零したのを聞いた。

 

――ボクが立ち上げた計画以外にも技術が進んでいる分野がある。

ニコニコしているオブしーが差し出して来たそれもそのひとつだ。

 

「……ついにこの日が来てしまったのか……」

 

おぞましい物を見る目で見てしまっているのを自覚する。

自信作に対してそんな態度を取るのは職人としては許せないと思うけど、今回ばかりは許して欲しい。

ボクの、専用刀だった。ボルツ誘引刀とも言う。

武術指南でボクの動きを把握したオブしーが持てる技術を駆使して作った脇差サイズの黒刀だ。

……いや、これは小太刀と言うべきか。

 

「元々はねー、ボルツに注文を受けてから作り始めたのよね」

「は?ボルツが?」

 

何か、とんでもない切り口を入れ始めるオブしーである。

アレか。ボルツの野郎、まさかこんな手を使ってまでボクと真剣勝負したいって言うのか。疫病神か。

 

「僕もフォス用だと思ったんだけど……何か、自分で使いたいみたいよ?」

「……は?ボルツが??」

 

そして妙な切り方をするオブしーである。

なぜに?アイツはもう野太刀クラスの大刀あるじゃん。

武術指南の中で、自分の間合いに疑問でも感じ始めたのか?

基本遠距離から始まる月人戦において威力と間合いのある大太刀は、取り回せる実力があるなら最適解だと思うんだけどな。

小太刀だとご自慢の髪の毛ブレードよりも間合いが短いぞ?

 

「この間の月人戦で、ボルツが大剣と小剣を使ったんだって?それがキッカケになったらしいよ。防御特化の小剣と攻撃特化の大剣を組み合わせれば新しく隙のない戦いが出来そうだって」

 

……マジか。アイツ二天一流目指すつもりかよ。

ますますバーサーカーに磨きが掛かったらどうするつもりだよ。ボクはもう処理しきれねーぞ。

ってか、ボクも既に処理しきれねーぞ。

 

「フォスは、2本を使った戦い方は出来る?」

「ムリムリムリムリ!アレ相当な器用さ要求されるからね実際。手先の器用さっつーより、状況判断力とか切り分けって言う意味の器用さだけどさ。ボクがやったら、増えた選択肢が逆に足かせになっちゃうよ」

 

ボルツは……アイツ、実は状況判断力とか洞察力とかずば抜けてるからなぁ。

結構噛み合うかもしれんね。

 

「まあ、それはともかく……持ってみて?きっと合うと思うんだぁ」

「うぐぐ……まあ、オブしーと刀に罪はないもんなぁ……アイツがキレてるだけで」

 

観念してその小太刀を持ってみた。

ボルツ用と銘打っていても、実はボク用に作ってくれたって事みたい。

まあ、ボクが剣を持つ機会はそうそうない筈だしね。緊急時に手に取る必要が出た時の為に……って事か。

中々いいバランスだ。木刀の作成と武術指南による動きだけで、ボクの欲しいバランスを完全に把握したらしい。ウチの技術屋様方は大抵人間やめてると思う。まあ、人間じゃないけど。

 

抜き放って刀身を検める。

尺は大体50cm強と言った所か。件の小剣よりもやや短い。

反りは浅く、刃紋はないが弊害になりそうな曲がりは見当たらず、刃先は透き通るほど美しい。

柄は、両手で持てるようにする為か多少長く作られている。片手打ちも両手打ちもこの剣なら自在だろう。

 

「これは良いね――ちょっと振ってみるね」

「うん、どうぞどうぞ。多分、これならイケると思うんだ」

 

オブしーからちょっと離れて、納刀。

間合いに障害物がないかどうかを確認してから、拍子を置かずに抜刀した。

 

「――しッ!!」

 

抜き打ちからの斬り返し。

計算された反りから閃く刀身が、空を裂く感触を教えてくれる。

下がり軸を外しながらの上下斬り上げ、斬り下ろし。

前の剣ならこんなストップ&ゴーをやったらヒビが入っていたけれど、この刀なら特に問題は無いようだ。

オブしーが満足したように頷いた。

 

「――うん、やっぱりそうだ。フォスはなんて言うか、体全体で剣を振るから、前の剣のバランスだと遠心力が変な風に掛かって振り回されちゃってたんだね。で、それを押さえつける為に体に負荷が掛かってたんだよ。

だから、重心を少し刀身の方に寄せてみたんだ。少なくとも、コレで振り回される事はないと思うの。

……ただ、剣を振り切らずに、遠心力を使い切ったあたりでピタッと止まるのは変なクセだね。空振った時の斬り返しを想定してるんだろうけど、その動きが一番負担が大きいから、あまり使われるとその剣でも無理が出ちゃうと思うの」

「オブシディアンさん、ちょっと分析力怖すぎませんかねぇ?ボクの技が丸裸にされて行く……いや、別に良いんだけどさ」

 

優れた武器を作るには、優れた武器を使う技が必要だと言う事かい。ボルツ以外にこういう指摘をされるとは思わなかったわ。

 

「ホントはねぇー、鞘の方も丈夫に作ってあげたかったんだけど、それだと荷重オーバーしそうだったのでオミットしたんだよねぇー。フォスの剣って、アレでしょ?きっと鞘も使うんでしょ?」

「……ボク、鞘打ち見せたっけ?」

 

確かに牽制や崩しやフェイクとして、時には不殺の方法として、鞘で攻撃する事もあったケドも。

本来、鞘はそこまで強度が無いから、兵法としてはかなり邪道な戦い方なんだよね。だから意識して見せなかったし教えても無かった筈なんですが。

 

「鞘打ちって言うんだ?特に見た訳じゃなかったけど、立ち回り見てたらなんとなく、そう言う手もあるんだろうなぁって」

 

怖ぇよ。

オブシディアンさん超怖ぇよ。

 

「……ボク、オブしーの戦ってる所は見たこと無いんだけどさ。……もしかして、オブしーって結構強い……?」

「えー?うーん……えへへ、ないしょー」

 

赤アレキの時もそうだったけど、ウチはどうも隠れ強キャラが潜んでいるような気がするんだわね。

昔の刀鍛冶はそのまま剣の達人だったって創作物はよく見るし。

赤アレキの割り増し燕返しの次は、オブしーがニコニコしながら無明三段突きでもブッぱなすのではと疑ってみたり。

 

「やだもー。そんなに睨まなくとも、少なくともボルツよりは弱いに決まってるってば。……だからこそのこの剣なワケだし」

「はい?」

 

ポン、とボクの肩に手が置かれた。

振り向くとそこには、それはもう素晴らしい笑顔を浮かべたボルツさんの姿が。

 

「――良い剣だな、フォス」

「ぎやああああああああ!?でたあああああああ!!?」

 

しかもなんか、大小二本の剣を既に携えていらっしゃるううううう!!?

え、なに!?ボクの持ってるこの剣がボルツのって訳じゃなかったの!?しれっと2本作っちゃってたの!?

 

オブしーがニコニコ笑っている。

 

「うふふ、ごめんねぇフォス。ボルツの依頼は、ボルツとフォスの剣を一本ずつ作る事だったんだ」

「オブシディアンッ!!謀ったなオブシディアンッッッ!!?」

「君は良い石だったけど、僕の創作意欲を掻き立てる君の技がイケなかったんだよ……うふふふ」

「さて、じゃあ行くぞ。『お前の』新しい剣を試すために、この僕、ボルツが相手をしてやろうと言うのだ、フォス」

「エゴだよそれはあッ!!?」

「さーてっと、かんせーんっ!」

「いやあああああああ!!?」

 

 

――【悲報】本日のノルマ達成。

 

 

@ @ @

 

 

「おかしいねん……アイツもう、頭おかしいねん……なんで割れるまでやろうとするの?フォスさんが脆くも美しいベリーか弱い宝石だと言う事をそろそろ素粒子レベルで刻み込むべきだと思うの」

 

そしてお約束の医務室である。

ルチル先生はなんだかんだ言って、ボクのグチ聞きながら治してくれるので好きです。諦めてるとも言うけど。

 

「ボルツ相手に3本取って見せる石を指して『か弱い』は適切じゃありませんねぇ。あなたがやってた構え、教えて頂いた五行の構えの『正眼』とは微妙に違ったように思いますが、なんですかアレ?アレでボルツの手数を抑え込んでいるように見えました」

「『平正眼』つってね、二刀流相手にする時の定石みたいなモンよ。相手の左小手に刃先を突き付けつつ自分は刀身の陰に身を置く構えで、相対的に相手の利き手の射程から最も遠い位置に陣取れるのね。上段や二刀流を相手にする場合、攻撃が来る位置に刀身を置きやすくなるから相性が良いワケよ。

この上で、相手の軸を外しつつ一刀でしか対応できない状況に持ち込むのが、二刀流と戦う時のコツかな」

「普通に対応できる引き出しがあるんですから、やはり『か弱い』とは無縁ですね」

「解せぬ」

 

そりゃあ二刀流を模索、研究し始めた奴相手なら、いくらボルツでも付け入る隙はあったケドさぁ。

こっちは目に見える形で課題を3つも提示してあげたんだから、それで満足して自己鍛錬していなさいよ。

髪の毛まで使って執拗に割りに来るのどうなの?こちとら硬度3半だぞ3半!

 

「あなたの引き出し、全部吐き出させたいんでしょうねぇ」

「吐き出しとるわ!懇切丁寧に武術指南の席で!!」

「新しい事がどんどん増えて行くから、次が待ち遠しいんですよ。かくいう私もそう言う気持ちが結構あります。先日やっと立ち回りの段でLESSON2『筋肉に悟られるな』が出てきたぐらいですし。次は何なんだろうってワクワクしますね」

「言っとくけど、あの『無拍子』の概念はある種の奥義なんだからな!?まさか3週間であのレベルまで吐き出す羽目になるとはこっちも思わなかったわ!」

 

もしかして今回のオブしーの一幕もそれが原因か?

最近はアメシスト両名も目を輝かせて次をおねだりする様になったし。あのね、ボクが教えなくても君たちは十分強いからね?っつーかつい先日まで剣の技量はボルツに次ぐってのが定評だったと思うんですがねアメシストさんや。

なんでいつの間にかボクが剣術の達人で、技量のみであれば宝石の国最強って事になってんの?おかしくねえ??

 

あの武術指南も頭痛の種だよ。予想していた事ではあったけど、みんなパカパカ吸収してくんだもんさ。そのおかげで、予定していなかったペースで次を教えて行く羽目になってる。

コレ、仮にボクがどっかの流派に入ってたら、なんつー教え方してんだって御師匠さん的な人からグーパンチ貰ってる案件なんじゃないの?

しかも高度な事を教えれば教えるほど、その内容は『対月人』じゃなくて『対人』に偏って行くんだぜ?みんなそれで良いって言うけどさ、変な事教えてそれがキッカケで月に連れて行かれましたなんて事にならないように、必死こいて頭捻ってんだぞこっちは。

っつーか、いくら技術元年って言ってもこっち方面の技術も旺盛ってどうなの?

治療の時間が唯一の癒しタイムって現状は絶対おかしい……おかしくない?

 

「――はい、終わりましたよ。やはり剣だと開き方が簡単で楽ですね」

「お、ルチル先生ありがとう!」

 

まあ、練習用の木刀で石にダメージ与えるアホだからな。真剣使えばこうもなる。

 

「ついでに、割れるまでやるのは医師の視点から許容出来ませんとかボルツに一言言っといてくんない?そろそろフォスさんちゅらい」

「って言うかそれ以前に、あなた帯剣許可出てたんですか?今回の件は普通に規則違反だと思うんですが」

 

……。

 

「……あ゛!!?」

「やっぱ許可取った訳じゃなかったんですね」

 

何やってんだボクは!?ボルツが強引に挑んでくるのが日常になり過ぎて普通にスルーしてたぞ!?

今回の件は先生の許可を盾にすれば普通にかわせたじゃん!!うっがあああああああああ!?

 

「言ってよそれ……ルチルもしれっと観戦に回ってるぐらいなら、始まる前に言ってよそれ……」

「いやー、私もボルツvsフォスは結構見るの楽しくてですね。一度使った技はボルツには通じないから、新しい技法が次々出て来ますし。きっと他の皆も同じ考え方してますよ」

「ま、周りが全部敵に回っている……なぜだ……後方支援担当の月下美人フォスフォフィライトさんはどこに行ったんだ……せめて心の中には居させなさいよ……」

 

っつーか、一度使った技が通じなくなる聖闘士ボルツを相手するボクの身にもなってくれませんかね切実に。

ボクの身体能力、言っとくけど青銅聖闘士以下ですからね?青銅聖闘士がアヌビス神握った黄金聖闘士とタイマンやってるんですからね?この異常っぷりに誰か気付いてぷりーず。

経験と駆け引きでどうにかするにも限度があるんだぜ?

 

「ま、どうにか出来ちゃう内は当面このままでしょうね。別に私は構いませんよ?最早あなたを治すのは日常になってますし、アレが見れるなら安いものです」

 

ちくせう、神は死んだ。

ブッダ、アンタはまだ寝てるんですか。え、キリストと一緒に立川ごと隕石で吹っ飛んだ?

 

「あなたも、適当に相手してとっととダウンすれば良いじゃないですか。そうすればボルツの興味から外れますよきっと」

「……対処できる引き出しが残ってる内は出来ないよそんなの。ボルツのみならず、みんなも期待してくれてるんだから」

「――ふふふ。なんと言うか、フォスですよねぇ」

 

見取り稽古の効果までは否定出来ないからな。皆割かし貪欲だから、これだけでも色々吸収してってくれる。

悔しいけどスキルアップの機会としては都合が良かったりしてるから、指南役としては手抜きも出来んわ。

しんどいっス。

 

……ちぇっ。誰かの手伝いって方向じゃなく『ボク自身が必要とされてる』仕事なんだぜ?

テキトーなんか出来るかよ、バカ。

 

「――時にフォス、私もちょっとあなたに用があったんですよ」

「ほえ?」

 

コトリ、とルチルが赤い宝石を置いて見せた。

微かにオレンジの入った赤色。しかしそれだけじゃない。ピンク色の宝石が組み込まれている。

 

「……これ……」

「ええ――完全に『食い込みました』」

 

嬉しそうに口の端を持ち上げるルチルである。

つられて、ボクも同じ表情を浮かべた。

 

「――ナノマシン説の肯定例がさらに出ちゃったかな」

「『原因』の方も信憑性が出て来ましたよ。本当に……本当に、長い回り道でした。

――ありがとう、フォス。それしか言葉が見つかりません」

「そのセリフはちょっと早いぜ、ルチル。それはパパラチアの完治に成功した後だ」

「……はい!」

 

 

@ @ @

 

 

――パパラチア。

 

硬度は9、劈開はなく靭性は準1級。

赤と橙を混ぜたような鮮色を放つ年長組の一人だ。最年長のイエローと同年代になる。

その鉱物特性による身体能力からボルツに次ぐ実力を持ち、ルチルと組んで……と言うか、ルチルが『支えて』戦っていた。

 

長い髪の毛がキラキラ輝いてた。カッコ良くて、何でも知ってて、そしてとても優しかった。

ボクの『記憶』について、一番最初に打ち明けたのもパパラチアだった。

当時『記憶』と言う形ですら認識していなかったボクの拙い話を真摯に聞いてくれた石だった。

 

……彼にはボク同様、先天的な不全があった。

生まれつき、体に幾つかの穴が開いていた。そのせいでずっと眠り続けてしまうのだ。

ルチルがその穴を塞ぐ施術を繰り返して支えていたけれど、起きたと思ってもそのうち必ず眠りについてしまう。

最近は、ずっと動く気配すら見せなかった。

 

医務室には彼が入った箱が安置されている。

等身大の木の箱に入れられて眠り続けるその様はまるで棺桶のようで。

昔はそれを見るととても不安になって、医務室に近寄りたくないとわがまま言ってしまった事もあったっけ。

今はレッドの作った『ふわもこシリーズ』のルチルぬいを抱いて眠っている。

それがまるで手向けのようで、ますます棺桶だな、と今では苦笑できるようになった。

 

――ルチルが木箱の蓋を開けた。

久しぶりに見たパパラチアの姿は、昔から全く変わっていない。

 

「……最後にパパラチアと話したのは……確か、ボクが70ぐらいの頃だったっけ」

「231年前ですね。あの時から、30万回近く彼のパズルに挑み続けて来ました」

 

赤とピンクの宝石が組み合わされた歪な円柱状のオブジェを幾つか、テーブルの上に乗せて行く。

 

「テスト用の1個だけだと思ったけど、パズルピース全部の分を用意していたとは恐れ入ったよ」

「これ1つ作るのに3年掛かりましたからね。1個だけ様子を見てもし成功したら、そこからさらに3年待つ事になる訳ですから……絶対待てないなと思って全てのパーツを用意していたんです」

「お美事にございます」

 

このオブジェは全て、パパラチアの体に空いた穴にぴったりと当て嵌まる形をしている。

ルチルはもはや、何も見ずに無造作にノミを振るうだけでこの形を作り上げる域に達している。

何十万、何百万と繰り返してきた試行がそれを可能な領域に押し上げた。

ルチルの医術はパパラチアの為に上達したんだ。

 

そしてそのオブジェが今、パパラチアの体に差し込まれて行く。

 

「……理論が正しければ、今回の起動確率はかなり高い筈ですが……」

 

……。

 

……。

 

固唾を飲んで見守っていると、変化が現れた。

パパラチアの瞳がゆっくりと開いたのだ。

 

「おお……っ!」

「やったっ……!」

 

パパラチアはパチパチと瞬きをすると、上半身を起こして「ふあ」と大きな伸びをした。

その胸に乗っていたふわもこルチルぬいがコロンと転がる。

 

「――お、可愛いルチルだな!レッドの作か?……俺へのプレゼントと受け取っても良いんだよな?」

 

ルチルぬいを抱き上げてパパラチアが笑う。

何一つ変わっていなかった。

ボクの知っている、パパラチアだ。

ルチルが顔をほころばせる。

 

「――はい。あなたへのプレゼントですよ。今、そのぬいぐるみが流行ってるんです。私もパパラチアのぬいぐるみを持っています」

「ははは、良いなぁ。是非見せてくれよ」

「はい、後ほど」

 

一目見て気に入ったようだ。

ルチルぬいをムギュウと抱きしめて顔を寄せるその姿が絵になっている。

 

「体調はどうですか?」

「いいね!」

「目もちゃんと見えてる?」

「うん?ああ、ちゃんと見えてるぞ?」

「目?何か理論に不安な点が?」

「い、いや……別に何でもないんだよ、うん。聞いてみただけ。あはははは」

 

問題が何も無いならお口チャックしておこう。

ゴーストの奴、ルチル相手に最後までステルスしきったのか……さすがだわ。

 

「……今回は、大分寝てしまっていたようだなあ。10年ぐらい苦労掛けてしまったか?」

「231年だってさ」

「に……っ!?大幅な記録更新だ」

「すべて私が無能なせいです」

「俺の運が悪いせいさ」

「いいえ!私の医術は、あなたの不運を克服する為に磨き続けているのです!未だそれが成らないのは、私が未熟だからに他なりません」

 

ルチルのそのセリフを聞いてパパラチアが困ったように笑った。

 

……そうだよね。

自分のせいで誰かが苦悩しているのを見るのは、つらいんだよね。

 

「……今回のパズルピースは、なんか寄せ木みたいになってるんだな」

 

つらい話題を変えるように、パパラチアが話をずらす。

 

「ええ。見覚えありますか?かつてあなたのパズルピースに使われていた、あなた自身の髪とピンクサファイアを組み合わせた物です」

「なんと。同じパーツは使えなかった筈じゃなかったか……?」

「あなたが眠ってしまう原因に、目途がついたんですよ」

 

パパラチアが大きく目を見開いた。

 

「とんでもない大快挙じゃないか!3000年以上、原因の糸口さえ全く掴めなかったのに!!」

「パパラチア……私は、無能です。今回の施術もテスト的なもので、おそらくそれほどの時間を置かずに再び眠りについてしまう可能性が高いでしょう。

――ですが、あと3回待って貰えますか?

現在、その原因を観察するための技術を開発中です。

次にあなたが目覚める時、その技術を使ってより精度の高いパズルピースが作成されます。その次が課題改良版、その次が本番です。恐らく3回目の手術まで100年掛からないでしょう。

その後はおそらく何回か開く事になるとは思いますが、あなたが眠りにつく様な事は無くなる筈です。

 

――100年後、あなたを皆と同じ体にして見せます」

 

パパラチアの顔を真っすぐ見て言い切るルチルの声には、自信が灯っている。

 

「……231年、か。悔しいなぁ……焦燥するばかりだったルチルが、こんな顔をするようになる時期を寝て過ごしてしまったんだものな」

 

ルチルの頬に手を当てて笑う。

今度は困った笑みじゃない。安心の笑みだ。

ルチルにあったのは焦燥だけじゃなかった。確実に『進んでいる』と言う実感を、この231年の中で掴んで見せたのだ。

 

「待つさ、100年でも1000年でも。優秀な俺の専属医さん。無能だなんてとんでもない。俺が安心して体を全部任せられるのは、ルチルだけだ」

 

完治までのルートが、見えた。

絶望の100年は身を焼くほどの苦痛だろう。

でも希望の100年であるなら……それはきっと、無限の力になるのだ。

 

 

@ @ @

 

 

パパラチアの希望で外に出る。

春の太陽は光がおいしい。草原を撫でる風が花のにおいを運んでくれる。

――こんな日は月人が良くやって来る訳だけど、ここ1週間は珍しくずっと来ていない。

 

「はあ~あ……良い季節だ!」

「そうですね。以前は、確か夏でしたか」

 

体いっぱいに光を浴びて、パパラチアが大きく伸びをする。

手には長い刀が握られていた。

パパラチアの得物は反りの深い長大な刀だ。身長よりも長い太刀を、パパラチアは巧みに振り回す。

昼の護身用としては少々ごつ過ぎる獲物だ。

 

「フォスは戦争出てるのか?」

 

持って来てしまった小太刀を見て、そんな事を聞かれる。

 

「出てないよ。これは護身用。……今の所、護身どころか危険を誘引しているけど」

「……?」

 

おいルチル、顔を背けて笑ってるんじゃあない。

ぷくくって声漏れてんぞ。

 

「ちなみに帯剣許可出てないんですよ」

「ははは、悪い子だ」

「ぐぬぬ」

 

パパラチアの稼働限界が突然来た時に備えて一応帯剣してみたけど裏目に出たか。

ルチルが一緒だし、必要なかったかもしれんね。

 

「――直近、伝えておきたい事はもう伝えました。なので、次は少し難しい話をします」

「うん?」

「あなたの体についてです」

「――おお、確かにそれは興味がある。原因に目処が立ったんだよな。俺はもう、『そういうもんなんだ』って割り切ってたのに」

「ふふふ……きっかけはフォスがやったうっかりミスだったんですよ」

 

おおう、そう言う切り口ではじめますか。

両手をあげながら苦笑する。

 

「――モルガのね。治療を手伝った事があったんだけど、間違えてボク、右足と左足を逆にくっ付けちゃったんだ」

「ははは、災難だったなモルガも。……左右逆にしても、くっ付くモンなんだなぁ」

「まさにそこでした。モルガ曰く、右足の部分についた左足は、左足を動かす感覚で動いたそうなんです。これが大いなるヒントになりました」

「ほう」

 

ボクらの体は鉱物の中にいるインクルージョンが動かしている。

思考するのも、記憶するのも、稼働するのも、全部インクルージョンがやってる。

じゃあインクルージョンを一つだけ鉱物に埋め込んだら、その鉱物は思考し、記憶し、稼働するのかと言うとそういう訳じゃない。

 

「左足は右足にくっつけても左足として動いた……これは、左足に内包しているインクルージョンが『左足の役目』をして居たからに他ならない訳だよ。きっと右手を切り取って左足の付け根にくっつけたら、右手を動かすのと同じ感覚で左足に付けた右手を動かす事が出来ると思う」

「ふむふむ」

「なお、この『役目』はインクルージョンそれぞれに個性があるという訳ではなく、インクルージョン自身がその役割を果たせる機能を持つように自身を配列しているものと推察しています。

イメージし難ければ積み木を思い浮かべてみてください。

全て小さな立方体で規格を統一した積み木でも、複数集めて左足の形に並べれば左足に見えますし、右手の形に並べれば右手に見えます。

インクルージョンは、自分自身を使って鉱物の中で積み木をやってるんです」

「なるほどな」

 

思考も稼働も全部その積み木によってなされている。

……これは、細胞と言う積み木を使い、DNAと言う設計図に沿って自己配列を繰り返している人間を始めとした有機動物と同じ構造と考えて良い。

 

「――さて、ここでクエスチョン。……左足を持ってる人に左足をくっつけようとしたら、何が起こると思う?」

 

パパラチアがキョトンという顔をした。

 

「……あー……言わんとしている事はなんとなく解るが。でもその設問だと結局、別の奴の左足をくっつけるって事になるよな?一人につき左足は一本しかないんだから。

さすがに別の奴の左足は、くっ付かないんじゃないのか」

 

ボクらは体を欠損した時、インクルージョンの含まれていない鉱物を接合する事で回復する。インクルージョンが含まれていると、まともに動かない。

これはずっと昔から言われていた事だった。

だから誰かの体のパーツは流用出来ず、緒の浜で採取した鉱物を使って欠損部位を補うのだ。

 

「非常に素晴らしい着眼点です。

答えとしてはまさにその通りで、そもそも接合しないか、仮に接合しても機能不全を起こしてその部位がマヒ状態になるか、体ごと停止したりする訳です。いわゆる拒絶反応ですね。

――そしてこれが、あなたの体に起こっている現象と言えます。

 

あなたの体は生まれつき穴が開いています。あまり適切な言葉ではありませんが、ある意味であなたは『穴が開いた状態で完成している』と言う状態なんですよ。だから他のパーツを取り込むと、インクルージョンが完全に馴染むまでの間は騙し騙しで動きはしますが、そのうち既に内包している『役割』の一部と競合し、拒絶反応を起こして眠ってしまう。

同じパーツが使えなかったのは、そのパーツにはインクルージョンが馴染んでしまい、拒絶反応を起こすパーツである事があなたの体にバレてしまっていたからですね。

 

砕けた言い方をすると、例えば接合したパーツが左足であるとバレるまでの間だけ、あなたは動く事が出来る訳です」

 

普通はインクルージョンが馴染む、イコール接合すると言う事だからこの説明でも誤解は生まれやすい。

でも、重要点だけ摘まんで理解させようとするとこう言う言い方しかないんだよな。

 

「待って欲しい。それはあくまで、他の奴のパーツを使おうとした場合だろう?緒の浜から持ってきた鉱物にはインクルージョンが含まれていない筈だ」

「その学説が、今では否定されています。ナノマシン説と呼んでますが、こちらについても詳しく話すと脱線が著しい為に割愛します。論文に纏まっているので時間があれば読んでみてください。アレだけでも衝撃を受けますよ。

――さて、肝心の治療アプローチですが。

要は『役割』を持っているインクルージョンが含まれた鉱物を使わなければ良いんです。

ただ、緒の浜に打ち上げられた鉱物は、既に微量の『役割』が内包されている物が殆どです」

「――ストップ。言いたい事が呑み込めて来たぞ……つまり、その『役割』は上書きされたり消去されたりする現象が起こってる訳だな?で、それを人為的に再現させたのがこの寄せ木パズルピースか」

「大正解!!」

 

良かった。

矛盾した説明を先に挙げたから混乱すると思ってたんだけど、ちゃんと汲み取ってくれてたみたいだ。

 

そう……今の説明は矛盾していた。

 

緒の浜の鉱物にもインクルージョンが含まれているなら、そもそもボクらのパーツとして使える筈がないのだ。

『左足を持つ石に左足はくっ付かない』

 

ならパーツとして使えているのは何故かと言うと、緒の浜側のパーツに含まれる『役割』を、ボクらの体側にある『役割』が侵食、再整形しているからだ。

人間で言う所の『代償機能』ってやつと性質が似ている。あっちは元からあるパーツを使って別の役割をさせる訳だけど、ボクらの場合は外から取り込んだパーツを使ってこの機能を実行する事が出来る訳だ。

そしてこの再整形に失敗すると、機能不全を起こしてエラー停止する。

パパラチアはその体の構造の複雑さ故に、この機能の自由度が著しく低いのだ。

 

そこでこの寄せ木パズルピース。

異なる『役割』を持つ宝石同士を接合・互いに侵食させる事で、そのパーツの中に内包されていた『役割』の初期化を誘発したのだ。

さっきの例に照らすなら、左足と右足をそれぞれバラバラにしてごちゃ混ぜに固める事で、何だったのかも良く分からないただの肉塊を作った訳だね。

……なんか例えが猟奇的で嫌だケドも……

 

ただの肉塊に『役割』なんてある訳ない。

だからパパラチアの体にある『役割』と競合しなくなる為、拒絶反応エラーも起こらなくなる……と言う理屈だ。

 

「寄せ木パズルピースを作ってインクルージョンが馴染むまで……つまり、『役割』の初期化を促すまでに3年ほどを要しました。

ただ、それはインクルージョンが馴染んだ事による推定の判断のみであり、おそらく完全に初期化されてはいないでしょう。そのパズルピースの中には恐らく微量の『役割』を担う部分が含まれている筈です。

その為に、あなたは再び眠りにつく事になるでしょう。

初期化された部分が多くあるが故に、パズルピースが侵食される速度も速い筈。医師としての経験から判断するに……遅くとも今夜には、稼働限界を迎えるかと」

 

申し訳なさそうな顔をしているルチルとは対照的に、パパラチアの表情は衝撃と感動で固まっていた。

 

「……十分だ。十分過ぎるよ。

凄いな――いや、本当に凄い。今の論説聞けただけで231年眠っていた元が取れた気分だ。1000年眠ってても同じ気持ちになったと思う。

だって実際――その理論のおかげで、使えなかった筈のパーツを使って動けているんだもんな、俺は。

いや、むしろ既に完全初期化に成功してる可能性すらあるんじゃないのか?」

「希望的観測ですけどね。今のところ目に見えない領域の話なので、私は楽観視できません」

「しかもなんだ、楽観視出来るようにする技術を今開発中で、それは100年でケリがつく見込みがあるんだろう?

――なんと言うか、色んなものが激動しているなあ」

 

ついさっき起きたばかりのパパラチアをして、そのセリフが出てくるんだなぁと今のこの国を想う。

 

「ふふふ……みんなが今まさに感じてる物なんですよ、それは。そしてだいたいフォスが火付け役だったりします。この理論だって、フォスが居なければ構築する事は出来なかったでしょう」

「……フォスが?」

 

パパラチアの視線に、アイドルピースで応えてみる。

ええんやで?ええんやで?

もっとフォスさんを褒めてくれてもええんやで?

むしろ甘やかすべし。

 

――よすよすされました。

 

「231年だもんな。お前ももう、先生にひっついてるだけじゃないもんな。……『自分』は見つけられたか?」

「ふっふー。パパラチアの言う通りだったよ。ボクは、最初から『フォスフォフィライト』だ。最近、特にそう思う」

 

ボクの答えに満足したのか、パパラチアは嬉しそうに目を細めてくれた。

 

「そっかあー……じゃあ俺も『パパにぃ』は卒業かな?ちょっと寂しくもあるなあ」

「ちょっ!?ルチルの前でそれ言っちゃう!!?」

「おやおや、フォスはそんな呼び方してたんですか?興味深いですねぇ、実に興味深いですねぇ?く、くくく」

 

やめて!?

自分の子供の頃を知っている仲の良いお姉さんに、おねしょの思い出を暴露されるが如きこっ恥ず展開やめてっ!?

 

「父親の『パパ』とパパラチアの『パパ』が掛かってたんだろうけどさあ、誰もいない時を目ざとく狙って服のすそ掴んで『パパにぃ』って呼んで来るんだよ。すっっっごい可愛くてさあ!」

「ほうほう?」

「ほぎゃあああああああ!?やめ、やめてえええええええッッ!!?」

 

コブシ握って力説やめてええええ!?

フォスフォフィライトのライフはもうゼロよ!?

おい月人ッ!いつも空気読まずに来襲してんだろ!!出番ですよ!!今まさに出番ですよっ!!?

 

「これ、俺の一押しエピソードなんだけどさ――」

「ほうほう?」

「うわああああああん!?やめろよう!!いたいけな末っ子イジメて何が楽しいんだよう!!」

 

本人、悪気が無いのがさらにタチが悪い。

 

結局、月人も来ない平和な青空の下、ボクは精神ライフをゼロどころかマイナスにされるまでオーバーキルされる羽目になった。

……年長組って怖い。弱みを見せまくってた石相手だと特に。

 

ゴメンね先生、最近ガバ過ぎてロンズデーライト呼ばわりして。

あなたの寡黙さが物凄く有り難い事だったんだと300年経ってようやく気付きました。

だからお願い、助けてぷりーず……

 

 

その後、パパラチアが起きたと言う事で学校の中が明るくなり、皆で思い出話しながらその日を過ごした。

年長組は年少組の恥ずかしい過去を暴露すると言う暴挙を続け、ライフゼロになったボクに対する死体蹴りの後、イエローが『ブイブイ言わせていたころのルチル』を暴露。

そこから次々と話が飛び火し、過去のアルバムをひっくり返すような話がドバドバ出てボクを含めた何名かが恥ずか死んだ。

途中、信じていた筈の先生までもがまさかの参戦。鉄壁の防御を誇った年長組までもが大ダメージを受ける事態に発展する。

年少組同士で暴露話をネタにからかい合戦に移行。その席でボクがボルツのダイヤぬいゲキ可愛エピソードを滑らせてしまい、報復から逃れる為にレッドを売って物理的に脱兎しようとした所、激昂したレッドに確保されると言う一幕があったりなかったりした。

 

パパラチアは、始終笑顔だったように思う。

 

その日、パパラチアは夜まで起きて……皆で床に就いたのを最後に、稼働限界を迎えたようだった。

ルチルぬいを抱きしめながら眠り続けるパパラチアの顔は、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

――今、パパラチアはいつも通り医務室の木箱の中で、ルチルぬいとパパラチアぬいと一緒に、再び目が覚める時を待っている。

 




フォスの博物誌
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その12「パパラチアサファイア」
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コランダムをベースにした、赤と橙を足したような鮮色をした鉱物。
鉱物特性はコランダムに準拠し、硬度は9、靭性は準1級を示す。劈開はない。

コランダムは無色の宝石であるが、内包する元素により色がさまざまに変化し、それに合わせて呼び名も変化する。
赤いルビー、青いサファイアが代表的な変化例で、上述のような色をしたコランダムはパパラチアサファイアと呼ぶ。

パパラチアの色になるものは非常に希少性が高く、人類史においては幻の宝石とされていた。

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