薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第19話「編成」

「――フォス」

 

自室でアマルガム計画の方針を練っていると、不意にユークから声が掛かった。

右手には、少し前にボクがスフェンに話して流行らせた将棋盤が握られている。

遊具の乏しいこの国にあって、じわりじわりと頭角を現し始めているボードゲームだ。

ちなみにチェスや囲碁は無い。そもそもマスの縦横がいくつかだったか覚えてない。

将棋だって、ハチワンダイバーと言うフレーズを覚えていなければ怪しい物だった。

なお、別に王サマのおっぱいを揉みたくはない。

 

「少し、付き合ってくれないかな?」

 

将棋盤をヒラヒラしながらユークが言った。

ボクはしなっと親指を噛んで、

 

「ユークの気持ちは嬉しいんだけど……ゴメンなさいっ。ボク、シンシャの事を裏切れないノッ!」

「んもう。何の事言ってるか分かってるクセに、そーゆー小芝居やらないの」

「サーセンwww」

 

軽く流されてしまいました。

 

「……でもユーク。自分で広めておいて何なんですが……ボク、将棋はクソ弱いよ?」

「うん、ありがとう。じゃあ休憩室に行こっか」

「あれれー、強制連行じゃないっスかユークさん。……いや、行くけどさ」

 

ユークがこう言う手段で攻めてくる事はひっじょーに珍しい。

何か理由があるんだろうなと察して、ペンを置いてホイホイついて行く事にした。

これがボルツ相手だったら速効追い駆けっこ案件である。日頃の行いって大事。超大事。

まあ、追い駆けっこに発展しても勝てた試しがないんですけどね!

先生お昼寝シフトだと逃げ込む先すらないのがツラい。

 

「――相手の考えを読み、戦略を構築する……このゲームを知ってから、その意味を良く考えるようになったよ」

 

歩を進めてユークがしみじみ口にした。

対するボクは、形だけしか知らない四間飛車と穴熊の形を目指して駒を動かす。

本当に形しか知らないものを何となくで動かしているだけである。きっと本業の人がボクを見てたら、イライラのあまりぶん殴られること請け合いだ。

 

「現実が、将棋ほど形がピッチリ決まってれば良かったのにねえ」

「ふふふ。将棋がうまい人ほど、人生の読みは浅そうだものね」

 

深い台詞を吐くなぁオイ。

 

「……ジェードとね。最近将棋を良くやるの。

いろいろ遊んでいると、攻めとか守りとかどのぐらいその効力を発揮してるか、『形』で大体解るようになって来る。でも不思議なもので、ジェードで負けない形をアレキに試してみると、思いもよらなかった所から崩されちゃったりするの。相手ごとに攻め方、守り方がガラッと変わる。

――奥が深いね、将棋って」

 

もう完璧に有段者の台詞吐いてますがなユークさん……

 

「フォスの形は、防御寄りなのかな?……でも、なんて言うか……あまり形を活かせてないみたい」

 

……角で桂馬を取られた。

同角で取り返す事も出来るけど、それをやるとユークの飛車に射線を渡す事になる。

頭の中がこんがらがって、思わず変な笑みがこぼれてしまう。

 

「その『形』に気付いた人間が、将棋の世界には結構いた。……ボクは形だけは聞きかじってたから、マネっこしてるだけでさ。運用方法はからっきしなんだ」

「ああ、なるほど……なんか、いろいろ納得」

 

持ち駒にちらりと視線を向ける。

――悩んだ末に、同角。一手間に合うか微妙だけど、飛車の蹂躙を歩で止める算段を付けた。金銀だけは守れる、と思う。

ユークの返し。

 

「――げ、」

 

飛車の射線ばっかり目が行って、角の死活が甘かった。

さっき取られた香車を指されて角がヤバイ。しかもこれ、逃げたら成られて王が詰む、かも。

すごい酸っぱい顔をしながら、五体投地して待ったをお願いしようか真剣に悩んだ。

でも、一手待って貰っても結局死ぬ気がしてくる。

顔を上げると、あまり芳しくなさげな表情で憂うユークの姿が映った。

 

「ほんと……将棋だったら、先の展開も読めるのにね……」

 

少なくとも、盤面を優勢に進めている奴が浮かべる表情ではなかった。

 

「……何があったの?」

 

ユークの本題はコレなんだなと悟る。

 

「……昨日、月人が三器同時に出現したわ」

「……うん、聞いたよ。三器とも撃退出来たらしいね。新型が混じっていなかったって、ボルツがぼやいてた」

 

又聞きの又聞きになるけど、アレキからも聞いた。

なんでも今回の月人は過去の三器出現とは戦術が異なっていたらしい。

三器出現は今まで数回確認されている。

一器倒すと残りの二器が流星の速さで飛び去り、それを敗走と見て追って行くとそのまま連れ去られてしまう。

少数に分断させてから残った二器で叩くと言う、意味不明な月人にしては比較的納得出来る戦術だ。

――これに掛かった三名の石が、戻って来ていない。

 

対し、今回の月人は逃げる事をしなかった。

 

今回、新型が混じっている事を考慮し、一度に滅する為に一ヶ所に誘導しようとしていた所、誰かが誤って一器倒してしまったと言う。

 

「逃げられてしまう、と思ったけれど……残りの二器は黒い雲の固まりになってその場に留まった。

今まで見てきた月人の反応とは違ったから見に回ったんだけれど……業を煮やしたモルガが黒い雲を切り開こうとして、返り討ちにされた」

「うん。……結局、連れ去られる前に先生が二器を撃滅出来たんだってね」

 

砕けたモルガが医務室に運ばれた時、ボクとダイヤも医務室にいた。

3人でレンズの実験をしていた最中に急患が出たと聞いて、ルチルとダイヤが「フォスはここに居るのに?」と目を丸くしたあの瞬間がショックだった。

てめえら覚えてろよちくそう。

 

「月人のね……考えが、解らないの」

 

それは、前々からボクが目茶苦茶ボヤきまくっている案件だった。

 

「フォスの絡んだ資料を見てるからかしら……月人のやってる事が『ただの遊び』に見えてしまうの。

本気で僕たちを連れ去りたいと言う意思が、考えれば考えるほど希薄になって行く」

「……本気、か」

 

今回の月人。

戦法は確かに納得できるものだが、死んだフリ(?)による待ち伏せをやるとしても後詰めが甘すぎる。

先生の射程内に入っておいて、なぜ硬直を選んだのか。

石を誘って返り討ちをするなら、1器は先生のかく乱に回すなりしてもう1器から目を背けさせるべきだった。

先生の目の前で石を返り討ちにしてたら、そりゃ瞬殺されるに決まってる。

なにがなんでも石を攫ってやろうと言う月人の『本気』は今回も感じられなかった。

 

……ボクがずいぶん前に提示した『やられると不味い運用』。

アレは、分析した月人のリソースの範囲内でボクが『本気』を出して考えた代物だ。

想定される状況、作戦の方向性……そう言った物を2~3日片手間で煮詰めた物が大半を占める。

 

常々、思っていたコトではあった。

いくら人間の記憶を持つとはいえ、専門職でない石の考える事が、100年1000年専門的に考えて来た奴の思考を上回る事何て有り得るのか……?

 

アレキやユークは、ボクが敵に回ったらこの国が滅びるとまで言ってのける。

ボクはその評価を聞く度に懐疑的になる。

確かに、悪辣な新手と言う奴は対応が難しい。二人の評価はそれに由来するものだろう。

しかし、この国にはその新手を力押しで破壊できる人材がある。

先生、ボルツ、シンシャ、ウォーターメロン・トルマリンと言った特殊技能持ちがそれだ。

ゆえに、本気でボクらをぶっこ抜こうと思ったらそれらをどうにかする策が必要になる。

 

月人側は、そんな事解りきっているハズなのだ。

だからこそ本気でボク達を連れ去りたいのなら、年がら年中そう言った事を考え続けているハズなのだ。

それは例えば、過去の月人をすべて纏めて分析し、何閃型だの雑は何体だのと細かく分類しているアレキのように。

天候や大気状態を推測し、出現率を弾き出して、ともすればどこに現れるかすら分析しようと計画を煮詰めてるユークのように。

年がら年中、そう言う事を考えているハズなのだ。

片手間で2~3日で練り上げたボクの『本気』なんて、足元にも及ばないハズなのだ。

 

だからこそ、月人が『本気』であるならば、今頃は月人のトライアルアンドエラーが成熟し、防衛難易度がルナティックなんぞ鼻で笑えるほどに爆上がりして、ボクらは人造人間から逃れる一般市民のごとく身を潜めて生活する事態に陥ってなきゃいけないハズなのである。

 

だが、現状はなんだ?

一体ボクらと月人は同じ事を何千年繰り返してきたんだ……?

 

月人が変わらないからこそ、ボクらはいまだ防衛に成功していると言える。

……だってあいつら、技術的には完全にこの国を置いてけぼりにしてるんだぞ。

技術の差異はそのまま戦力だ。空を飛べるって事だけでどれだけのイニシアチブを取られているのか。

剣や弓で銃火器に勝てる筈がないのだ。

 

――あ、いや、あくまで一般的にはの話なんで。

ロングボウと剣と手榴弾とバグパイプ(!?)と言う時代錯誤装備を駆使し、銃弾吹き荒れる二次大戦で結果を出しちゃった英国のガイキチはカウントしない方向でお願いします。

つーか、アッチにジャック=チャーチルが居たらそれこそこの国はスゴい侵略を受けてる気がするし。

 

「奴らが『本気』を出している部分が、ポクらの誘拐とは別にある……それは、去年浮き上がったね」

 

パチリ、と持ち駒の歩を打った。

角を捨てる決断だった。

本来の想定通り、飛車の射線を止めに行く。

 

「先生に『何か』をさせる事ね。……僕達の誘拐は、ただの手段。

月人の戦略が僕達に真意を知らさない事であったならば……なるほど、今までの行動も納得出来る――」

 

パチン、と角を取るでもなく飛車を進めるでもなく、良く解らない所に歩を打たれる。

 

「――なんて、フォスは考えていたり、する?」

 

しない。

――反射的にそう呟いた。

 

見上げれば、すがるような、試すような、そんなユークの視線。

盤面に視線を戻す。

……誠に申し訳ないけども、この盤上でユークを手こずらせるのはもう無理だと思います。

 

「手段が、フザけ過ぎてるよね。先生に何かさせるのが目的と言う事自体は嘘じゃないのかもしれないけれど……それだけでは無いだろうな、とも思ってる」

「そう。しかもこの目的だと戦略に意味が無さすぎる。先生に『何か』をさせたいと言う意図を隠してその『何か』の施行を期待するって、なにそれって思うもの」

 

飛車が動く。

想定していたルートをガン無視される。

 

「じゃあ本当の目的ってなに……って思ったら、スゴく、スゴく嫌な事が浮かんじゃったの」

 

ユークが、震える手で香車を進めた。

角がついに向こうの手に渡る。

 

「……月人の目的が、読めたの?」

 

銀で香車を仕留める。

向こうに渡ったボクの角が投入された。

此方もさっき取った角を投入して牽制。

 

「……読めない。読めてなんか、無い……合ってる、筈が、無い……っ!」

 

叩きつけられるようにして飛車が戻る。

 

思わずボクは動揺してしまった。

ユークが、こんな決壊寸前まで感情をムキ出しにする所なんて初めて見た。

頼りになる年長組で、おっとりしてて、そのくせ何でも出来て、実は物凄い冷静で……

ボクが一番懐いて憧れていた年長組はパパラチアだったけど、一番頼りに……と言うか、尊敬?していたのはユークレースだったんだ。

ユークならきっとなんとかしてくれる、なんて仙道さんみたいな意識を向けていた。

っと言うか、今もそうだ。

 

ユークは、何が見えてしまったの?

……それを聞くのにもの凄い抵抗感を覚えて、咄嗟に声が出てこなかった。

 

逃げるように盤面に集中する。

 

……

 

……?

 

あれ?

オカシイな……

 

取って取り返された角行は既に盤面に投入済み。

ユークの飛車はさっきからこちらへの攻撃射線に入ってこない。

ボクの持ち駒は、歩の代わりに香車が入ってる。

ちょっと崩れかけてるけれど、僕の穴熊はまだ生きてる。

銀を戻して香車を配置すれば、左辺が弱いけどまだ持ち直せる。

 

「……なんぞこれ……?」

 

妙な気持ち悪さを覚えた。

きっとこれもユークの手の平なんだろーなーと思いながら攻撃に転じてみる。

……あ、攻撃しようとするとイヤらしい所に歩があるなコレ。

さっきの訳の分からない歩打ちはコレの為か。

将棋漫画の主人公か何かですかあなた。

 

角のサポートの為に歩を進めた。

攻撃態勢を整えるまで4手掛かる。

 

ユークの進軍。持ち駒の放出だった。

ボクの歩だった奴が牙を剥いてくる。ターゲットはボクの角だ。

さらに手を進める。裏切った歩が成って"と金"に化けた。

まだ大丈夫。ボクの角が相手の間合いに入ったけれど、ここで動いてもまた同角交換になるだけだ。

あと一手。金の位置をズラして……

 

ユークがまるで生気を消したような顔で駒を動かした。

その表情は、唇を噛み締めて泣いているようにも見える。

訳の解らない手だった。

 

「――え?同角?」

 

ボクの角が、ユークの角に討ち取られた。

……ほんと、何だこれ。

角を取るのは良いけど、そこには香車が控えてる。

ユークの角も死ぬさだめだ。

こんなの、さっきの繰り返しじゃないか。

 

「何やってんのさユーク?これじゃあまるで……」

 

角を落とす為に香車を進めようとして、ピタリとボクの手が止まった。

 

――そうだ。

これじゃあまるで……

 

「……せんにち、て……」

 

自分の口から洩れた台詞に、現実感が感じられない。

手から、香車の駒がポロリと落ちた。

 

月人の意図。

盤上の変化。

意図的に持ち込まれた千日手が意味するのは……?

 

――ユークが、何を言いたいのか解った。

解って、しまった。

 

「……まさかだろ……?」

「……そうよ。合ってる筈、無いじゃない……ただの杞憂に決まってる……っ!」

 

だって、意味がない。

何の意味も無い、ハズなのだ。

 

――でも。

それなら、月人の行動もすべて得心が行ってしまうのも事実で。

先生が、ことある度に「私のせいだ」と自分を責めてしまう事にも納得が行くのも事実で。

 

「否定してよ……」

 

ユークのかすれた声が突き刺さる。

 

「お願いだから……否定する材料を頂戴よ、フォス……っ!!」

 

月人の考えが読めないのではなく……読めてしまった事を否定して欲しかったんだ。

そんな筈無い、そんな筈無いんだと否定する材料を探してみても、それが見つからなかったから。

当たり前だ。

こんな……こんなの、認められる筈がない。

 

「……もし……」

 

一生懸命理由を捻り出してみる。

 

「もし、『それ』が目的だったのなら……敵対するよりも、国交を結んだ方が良い……よ、な?」

 

口にしてみると、穴が見つかった。

 

アドミラビリス属が、月で養殖されてるのだ。

そもそも、アイツらは自分等と対等な知性体を許容できるのか?

……いや、許容するよな?長い目で見れば……そっちの方を、選択する筈だよ、な……?

 

「――僕らの役目が、『敵役』だったら……?」

「……」

 

月のアドミラビリスが、『友好役』ってか……?

はは、エンターテイメントとしては周到と言うべきかオイ?

……アイツら、石を誘拐したらどんな会話してるんだろーな。

「獲ったどー!」みたいなハシャぎ方でもしてるってか。

 

「フザけてる……」

 

取り落とした香車を拾って握りしめる。

 

ユークは、年長組の一人なんだぞ。

ボクなんかの何倍も生きて来たんだぞ……?

だからこそ、一人、また一人と仲間が誘拐されて行くのを奥歯噛み締めて耐えながら、ずっとずっと戦略計画を支えて来たんだ。

 

なのに、何だよそれ……

アイツらはずっとずっと、そんなユークの足掻きを嘲笑いながら見てたって事かよ……っ!?

 

――もし、アイツらの目的が『そう』なのだとしたら。先生をダシにした交渉は望み薄だろう。

新型投入で変化を付けて来たが、この先もきっと状況は変わらない筈だ。

 

なら、ボクらが取れる手段は……?

 

メラメラとボクの中から『怒り』が沸き上がってくる。

ボクの大好きなこの国を、足掻き続けたユークを、一瞥して踏み躙った月人への怒りだ。

沸き上がって来た感情をそのままに、ボクはバシン!と勢い良く香車を玉の前に叩き付けた。

 

「……フォス……?」

 

ユークが呆然としながら顔を上げる。

 

「……ゴメンね、ユーク。ボクには、ユークのその説を否定できる程の材料が浮かばない。むしろ、いろいろ納得出来てしまったんだ。

 

――でも、でもね、ユーク。

手を先に進める方法なら……きっと、ある」

 

この盤面は、ボクの負けだ。

そう言ってボクは立ち上がる。

 

「――っ、やめてっ!?」

 

直後、ユークが悲鳴と共にボクの手を掴んだ。

手袋越しでは無かった為、ボクの手に小さなヒビが入った。

 

半狂乱になってユークが叫んだ。

 

「違う!違うのよ!そんなつもりで言ったんじゃない!そんなつもりで言ったんじゃなかったの!

お願いだから、『それ』はやめて……!

僕が悪かったから……お願いだから……っ!」

 

ユークは、正しくボクの意図を読み取っていた。

捕まれている腕が恐怖でわずかに震えている。

 

――でも。

 

「……ユークは、許せる……?」

 

問い掛ける。

 

この結論に至った時、ユークは絶望と恐怖が先立った。

――ボクは、怒りの方が先立つみたいだ。

 

「ボクには、無理だ」

 

今までユーク達が積み上げて来た物を目の前で蹴り飛ばされた気分だ。

ユークに膝を折らせた。

ずっとユークが頑張っていたのを見てきたボクの目の前で――あろう事か、ボクらに向き合う覚悟も無い月人のクズ共がだ!

 

「望んでない!そんなの僕は望んでないよ!!」

「イヤだね。『ボクが』許せない。――それに、一人でやるつもりも今すぐやるつもりもないよ」

「そもそもフォスがやる事じゃ無いでしょう!?」

「だったらボクがやる事にしてやるさ!――おいボルツ!居るのバレてるぞ!」

 

休憩室の入り口から、苦虫を噛み潰したような顔でボルツが顔を出す。

手には剣が三本――用件はいつもの奴だ。

律儀な事に、ユークとの対局が終わるのを待つつもりだったらしい。

 

「フォス――何の話だ、今のは」

「ちょうど良いや。ボルツ、ちょっと付き合ってよ。――いつもは君のワガママ聞いてるんだから、今日はボクのワガママ聞いてくれても良いだろ?」

 

問いに答えずにブッた斬る。

口にした内容にトゲがブツブツ見える程に、今のボクはカチキレていた。

 

「おい――?」

「なんなら、ユークも来れば良い」

 

ボクにすがり付くユークに視線を落とした。

 

「な……何するつもりなの……?」

「短絡的に動くと思った?何度も言うけど、自分一人でやる気もすぐ行く気も無いよ。

先ずはアイツらの棋風を見極めて、策を練って――それから最高のタイミングで、鼻っ柱にコブシを捻じ込んでやるんだ。

その為に――先生から色々もぎ取らないといけない」

 

すがり付くなら好都合。

逆にユークの手を取って、先生の部屋に歩き出す。

「え、ちょっ……っ!?」と躓きそうになりながら、ユークが小さな悲鳴を上げた。

 

「おい!結局何の話だ!?」

 

ボルツの問いに振り返る。

ボクの目を見たボルツが、小さく息を呑んだのが解った。

 

言い切った。

 

「――逆襲と、報復の話だ」

 

 

@ @ @

 

 

――かくして、ボクは先生と対峙する。

 

右にボルツ、左にユークと言う滅多に無い組み合わせに先生は目を白黒させていた。

第一声を突っ込む。

 

「――戦争に参加させてください」

「……は?」

 

ボルツが間抜けた声を上げた。

これだけだと、先生の回答は決まってる。

 

「……許可できない」

「戦争と言っても、戦闘に参加する意図ではありません。

帯剣こそ護身用として許可頂きたい所ですが、ボクが望んでいるのは戦闘の状況判断、および指示を行う地位です。指揮官、と言う単語でイメージ出来れば良いのですが」

「……ふむ?」

 

もちろん、人間で言う所の指揮官とは運用方法がガラッと変わるだろう。

ボク個人は戦闘に参加することを想定していないし、そもそも戦争未経験の石が指揮を執るのも不安があるだろう。

戦況の分析および戦術方針の提示――それがボクの意図するところだ。

 

そもそも、現在我が国の用兵はツーマンセルによる時間稼ぎが基盤にある。

これは最大戦力である先生をぶつけ被害を押さえる意図による物だが、現実問題、先生の瞑想中や月人の出現位置と言った要素でこれに対応できないケースがある。

さらに前年からは新型の出現や月人側の新たな用兵により、防衛難易度が増加している。

退けた新型の殆どは先生、シンシャと言った特殊能力持ちによるものであり、しろ戦に置いては完全に詰みの状態まで追い詰められる事態になった。

 

この動きに対応できるシステムが要る。

それも、ボルツやシンシャと言った要素に頼らず、先生抜きでも安定して新型に対応できる、そんなシステムだ。

 

腹案はある。

見回り区域をある程度絞り、配布されているホイッスルと試験運用中の光通信言語を組み合わせて連絡のスピードを上げる事。

防衛陣地を作成し、地の利を活用する事。

そして、ある程度の訓練は必要だが、ポジションを明確にした5人小隊で運用する事。

これは分析、指揮を担当するリーダー、足の早い石を選出し遊撃・斥候・時には伝令を受け持つコマンド、月人に対しての火力となるストライカー、ストライカーのサポートおよび護衛を担うスポッター、そして投石紐を用いる等で遠距離攻撃を行うマークスマンの5名で構成する。

可能であれば、リーダーとマークスマンは同じ技能を有するようにして、有事には指揮権を渡せるようにしたい。

 

――とは言いつつも、行きなりこれを運用すると言うのも無理な話だし、そもそも現時点では机上の空論だ。

そこで実験部隊を作りたい。

具体的にはボルツとコンビを組みたい。

 

「はあ!?」

 

ボルツと組んで、既存のチームに入り込む。

既存のチームはそのままストライカーとスポッターとして機能する。

マークスマンはどうにもなら無いのでオミット。

ボクはリーダーを、ボルツはコマンドを担当する。

 

もちろん、言葉通りには機能しないだろう。

ボクは悲しい事にボクなので、ボルツに護衛してもらう事になる筈だ。

この編成は月人の分析、および単純戦力の向上と、3名以上の編成による課題の洗い出しを目的としたい。

 

ボルツはボルツなので、戦術眼なら信頼できる。

個々人の欠点等もあれば、ちゃんと指摘してくれるだろう。

しかしボルツはあまりにもボルツなので、コミュニケーション能力は絶望的だ。

怖い顔で一方的にまくし立て、反感を買ってしまうだろう。

 

「おい……その、理由の所はどうにかなら無いか?」

 

うるせえこの辺については反論できるお口なんぞ持ってねえんだから黙ってろ、だからお前はボルツなんだよ。

 

「待てコラ」

 

そこで、ボクだ。

みんなのアイドルであるフォスフォフィライトちゃん様なら、ボルツしてる所をうまく緩衝出来る。

武術指南でこの辺りの実績も出してるしね。

ボクらのコンビを全既存チームでローテーションする事で 、石全体のスキル向上と共に、3名以上での行動に慣れされる。

 

それに、ボクは頭でっかちは否めないケド引き出しの数はけっこう定評がある。

未確認の新型に対しても効果的な分析や作戦の提示が出来る筈だ。

 

「む……確かに、そこは否定出来ないな。しろ戦での分析と作戦立案は僕も一目置いている。

……あの時、詰みまで追い詰められたのは、僕の失態からだと言って良い」

 

その認識については一言物申したいけどキリ無くなりそうだから置いとくわ。

 

現状、ボルツのコンビであるダイヤはレンズ作成に本腰入れてるから、ボルツの体は余りがちになってる。

たまに出ている遊撃を除けば、の話だけども。

 

そしてボクの方は、光通信言語が試用に乗りはじめたから、優先度の高い案件は少なくなって来ている。

都合を付ける事は比較的容易な筈だ。

 

「……なるほど、一考の価値があるのは認める」

 

先生が渋い顔をしながらそう言った。

これなら押し切れそう――かな?

 

「フォス……さっきの今で、これだけの構想を……?」

「いいや?草案は元々練ってた。アレキのオリ月人に対抗する為にね」

 

基本的な発想はあそこから変わっていないし。

 

考え込んでいた先生が顔を上げる。

 

「ふむ――結論だが、やはり許可できない」

 

無情の一言だった。

 

「な、何でですか!?」

「理由はいくつかある。

 

まず、フォスの述べる5人小隊構想とその前段階の実験部隊については大変良く練られていると思う。

この構想は是非生かしたいが、ただ一点、リーダーをフォスが勤めるのはその防御力から不安が残る。

――ベストを求めるなら、私とボルツが適切だろう」

 

ちょっ……そこ引っ張ってくるの反則だろ!?

 

「第2に……こう言う言い方は子供達を差別するように感じられる為したくないのだが……現実問題として、我が国の運営に深く関わるユークレース、ルチル、そしてフォスフォフィライトの3名が連れ去られる可能性は原則認められない」

「……ファッ!?」

 

思いもよらない第2射だ。

確かに、ユークとルチルが連れ去られたらこの国は詰む、と言う話を医務室でした事がある。

あの時、ルチルはボクも重要な位置にいると指摘してくれたけど、同じような認識を先生が持ってるとは思わなかった。

思わずユークに視線を向けると、深々と頷いて肯定される。

 

「第3に、恐らくその実験部隊は想定通りに機能しないだろう。しろ戦でフォスが優先的に狙われたと言う報告を受けた。

――小隊の中にフォスがいると言う事は、月人に取って大きく意味が変わってくる物と考えられる」

「ぐ……そこは……まあ、確かに」

 

月人は薄荷色がお好き、何て言うチャチな理由じゃない。

ボクはヘイトを集めてしまっているのだ。

……実は『だからこそ』の提案でもあった訳だけど。

 

先生の指摘はまだ続く。

 

「第4に、フォスの総合顧問と言う立ち位置は方々への突発的なサポートが主な為、基本的に体が空いている状態こそが望ましい。

手隙だからとリソースを埋めるような運用をするのは好ましくない」

「……ぐぬぬ」

 

そんなボクの立場と噛み合っているからこその、基本優先度が低い博物誌とアマルガム計画な訳で。

ぐうの音も出ないほどのド正論だ。

 

「第5に」

「ま、まだありますか……」

「――私が、気にくわない」

 

……。

 

……ええぇー……?

 

「そう、感情的な理由だ。

――フォス、お前はこの提案の核心……いや、本当の理由とでも言うべきだろうか。それを、話してはいない。

……故に、許可できない」

「……」

 

先生がまっすぐボクを見つめる。

 

「……い、言い切りますね……」

「お前は大抵、複数の目的をひとつのプロセスに乗せる傾向があるのでな、想像はつく。

そして、他人を煩わせる類いの行動は回避しようとする。まあ大抵は回避しようとして失敗して逆に騒動を振り撒いて終わる訳だが……」

 

……ほっといてけさい。

ボクだって、ルチルに迷惑かけまくってる自覚くらいあるもん。

 

「――今の話、ユークがいる意味は薄かったように思う。

むしろ今の話題でユークを入れるのであれば、お前は会議の場で立案する筈だ。

ユークが参加する真意があるのか……それとも、連れて来ざるを得なかったのか……?」

 

か、勘が良いなあ今日の先生は……

 

 

「――フォスは、月に攻め込もうとしてるんです」

 

 

今まで黙っていたユークが、ボクの真意を暴露した。

先生が目を見開いて硬直する。

 

「なんだと――?そうか、休憩室での会話はそう言う事か!

 

――待て。フォス貴様、よもや戦争に参加してワザと月人に捕まろうとしていたんじゃ無いだろうな!?」

 

激昂したボルツがボクの胸ぐらを掴み上げる。

 

「無いよ――アプローチの方法としては考えていたけどね」

「っ、貴様――ッ!?」

「現状でボクたちが月に行く事を考えるなら、手法は4つだ。

 

1.開いて動かなくなったフリしてワザと捕まる。

2.月人が使っている雲を鹵獲、研究する。

3.何らかの手段で月人に言う事を聞かせる。

4.人間の遺物が都合良く残っている事を期待して、海を浚って宇宙船を発掘する。

 

……いずれも課題が有り過ぎる。個人的には2を期待したい所だけどね。

その為に、月人の隙を見付ける事を期待して戦争に参加したかった。

 

――1を選ばなければならない時は、流石に何らかの策を併用するさ。

さっきの盤面のように、行きなり玉の目の前に香車を叩き付けるような真似をするつもりはないよ。

 

何よりそれじゃあ――この胸クソ悪い筋を書いた奴のツラをボコボコに出来ないだろ?」

 

ボルツを睨み付けて見せる。

ボクの目の中に、軽率以上の何かを見たのだろうか。

ボルツは眉間を歪めてその手を離した。

 

「……何故だフォス。何故いきなりそんな、極端な結論を……?」

 

頭ごなしに否定するよりも、先生は理解しようとしてくれているようだった。

それとも、ボクの『怒り』を感じ取ってくれているのだろうか。

 

「僕の……僕のせいなんです。僕が、フォスに変な相談をしてしまったから……」

「――ユークのせいだって?その自虐的な結論どうにかしろよ!フザけんな!!」

 

気が付けば、ボクは感情的に怒鳴り付けていた。

――ああ、ああそうだ。

ボクの方の理由も先生と同じ――『感情』だ。

 

「――休憩室で言っていた、月人の目的がどうのってやつか。お前達は一体、何に気付いたんだ……?」

 

ボルツの問いに二人して押し黙る。

 

ユークは恐怖で手を震わせた。

ボクは、怒りで手を握りしめた。

 

腸があれば煮えくり返りそうだった。

涙腺があれば泣いてしまいそうだった。

 

――ボクは、それを口にした。

あまりにもフザけた、その理由を。

 

 

 

――ビシリ、と机にヒビの入る音が響いた。

 

「……なんだ……それは……!?なんだそれはァッ!?」

 

ボルツのリアクションはボクと同じく『怒り』の方だった。

握りしめた右手からミシリと音が漏れている。

 

「……筋は……それなら……通る、の、か……」

 

先生の方は果たして『絶望』の方なのだろうか。

ヒビの入った机が割れ、ガランと鈍い音を立てて転がる。

 

「一体……イエロー兄ちゃんに、なんて言えば良いんだ……?」

 

これは年長であればあるほど、ダメージの大きい話だ。

イエローが、アレキがこれを知ったらどうするだろう。

パパラチアが、これを知ったら……!

 

――大嫌いだ。

アイツ等は、ボクらの事を何とも思っていやがらない。

ゲーム感覚でボクらの国を踏み躙っているのだ。

 

「先生……この件、心当たりは……?」

 

ボルツが声を震わせてそう聞いた。

先生は、俯いたままだった。

 

「……あ、る……」

「っ、そんな……それじゃあ……っ!?」

 

ユークの最後の希望が切断される。

 

「なんて事だ……それが本当なら……

 

この状況は……

 

とことん、私のせいか……っ!」

 

ボクの中で溢れ返りそうな激流のような何かが、その一言で限界を迎えた。

 

――バキャアアアアアアッッ!!

 

気付けば、先生の顔に拳を叩きつけていた。

薄荷色の脆い腕が肩の根元まで砕け割れ、結晶の雨が降り注ぐ。

――関係なかった。

一方全くダメージのない先生はしかし、後ずさって腰を落とした。

 

叫ぶ。

 

「フザけんな!フザけんなよ!!立てこの野郎!!前歯全部へし折ってやるっ!!」

「フォ、フォス!?やめてフォス!!」

「放せ!!放せよ!!ユークもだよちくしょおっ!!」

 

叫ぶ。

 

「なんだよっ!!ヘリオが連れてかれた時もそうだ!!

先生も、ユークも、イエローも、モルガも、みんな自分のせいだって言うんだ!!みんなみんな、自分のせいだって言うんだ!!

悪いのはアイツらなのに!ヘリオを砕いて笑いながら連れて行ったのはアイツらなのにっ!!」

 

叫ぶ。

 

「誰も彼もが、連れて行かれた空に向かって謝るんだ!ごめんなさいって、助けられなくてごめんなさいって、ボロボロになりながら謝るんだ!!

――連れて行ったのはアイツらなのに!!」

 

叫ぶ。

 

「なんでみんな、みんな――ボクが大好きな石たちのせいにするんだよおぉ……っ!!」

 

ボクを羽交い絞めするユークの腕の中で、気づけば力無く崩れ落ちていた。

 

腸があれば煮えくり返っていた。

涙腺があれば号泣していた。

砕け散った薄荷色の破片が、床を染め上げていた。

 

許せなかった。

許せなかったんだ。

 

先生たちが護り続けて来たこの国を、護り続けて来たその行動を、当の先生たちが否定する事が。

月人たちのせいで、先生たちの心がボロボロにされて行く事が。

 

たまらなく許せなかったんだ。

 

 

 

「――先生」

 

散乱したボクの欠片を拾い上げて、ボルツが言った。

 

「先ほどのフォスの提案――先生の挙げられた問題点の大半を、一度に解決する方法があります」

 

5条の黒く輝く髪が翻る。

 

「フォスがリーダーを。僕がコマンドを。

――そして、先生がマークスマンをやれば良い。

フォスとユークの推察が正しければ――付け入る隙は、必ずあります」

 

万が一なんて、起こさせない。

ボルツの背中がそう言っている。

 

「どうか」

 

先生は殴られた頬に恐る恐る触れていた。

震える手で、擦るように。

 

「痛い、な……

こんなに痛いのは……嗚呼……

……『二度目』、かな」

 

それは、遥か昔を懐かしむような。

そんな呟き。

 

先生が立ち上がる。

そして何時もの様に、ボクの頭に手を置くのだ。

 

「……フォスに泣かれるのは、堪えるよ」

「……泣いてません」

「そうだな。……泣いていたのは、私の方か」

 

観念したように苦笑する。

 

「フォス……ボルツ……そしてユークにも、別部隊でリーダーを務めて貰う事になるかもしれない。

3人とも――頼めるか」

「「「はい」」」

 

一瞬。

先生は、合掌したような仕草を見せた。

すぐさまそれをほどき、そして両手に視線を落として――

グッ、と両手を握りしめる。

 

その仕草に何の意味があったのかは判らない。

それでも。

 

「――変えるぞ」

 

短く太く呟かれたその宣言が、先生の中で何かが振り切られた事を教えてくれた。

 




フォスの博物誌
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その13「ユークレース」
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単斜晶系の鉱物。
結晶の色は基本的に青色を示すが、非常に薄い青から非常に濃い青に至り、結晶単体で見ると複数の色によって構成される石である。
内包する不純物によっては薄灰や緑と言った色が入る事もある。
硬度は7.5と高めではあるが、完全劈開を持つため非常に割れやすい。

断口は貝状に開き、光沢もガラス質であるため、鉱物としての性質・取り扱いはフォスフォフィライトに似た部分が散見する。

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