薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第21話「二重黒点」

 

そこに浮かんでいたのは、何の変哲もない部屋だった。

 

……いや、訂正。

何の変哲もない部屋は黒い雲に覆われてないし、しかも空中に浮いているとかもありえない。

カーテンが風に揺られてゆっくり靡いているが、そもそもあの窓の向こうが本当に空なのかも怪しい物だ。

 

――と言うか、何故に部屋?

 

「罠だな」

「罠ですね」

「罠だよな」

「罠以外何物でもないな」

 

ボクを含め、全員お顔がチベットスナギツネでござる。

何というかこう、紐を結びつけた棒でカゴを支える超簡易罠の端っこで、含み笑いをしながら紐を手に持っている仕掛人を堂々と目撃してしまったような「なにやってんのコイツ」的な心境でございます。

 

なんですかね?

堂々と二重黒点と言う訳のワカらん演出の上で満を持して登場して置いて、出て来たのがタダの部屋とか何考えてるんですかね?

ボクらが何も考えずアレに飛び込むとかガチで思ってるんですかね?

 

「一応二重黒点ですし……金弾行っときますか?」

 

ジルコンがおずおず進言してきた。

スリングによる投石には基本的にそこら辺の石ころを使っているんだけど、一応高耐久の敵を想定して、水銀よりも比重が高い金の礫(つぶて)を用意している。

最初はこれが通常弾の予定だったんだけど、石ころによる結果が出たので今は奥の手扱いだ。

――あ、金弾はあくまで『金の弾』の略称だから、別に『課金で買った弾』って訳じゃないからね?

あと読み方も『きんだん』だから、決して卑猥な方に読まないように。

 

訳分からない方向に思考がそれつつも、ジルコンの進言に検討しばし。

 

「うーん……ボクならアレで陽動するんだけど、月人だしなぁ……索敵は?」

「今の所アレだけですね。影も無さそうに見えます」

「そうなんだよなぁ……」

 

っつーか、陽動にしたってもうちょい別のモチーフあるだろ。

例えば浚っていった宝石を詰めたカゴとかさあ。やったらやったでカチキレる自信あるけど。

ボクの冷静さを失わせるって意味なら有効な手段だぜ?

 

「――私を、揺さぶりに来たのかもしれないな」

 

部屋を見上げて黙ってた先生がポツリと言った。

皆の視線が先生に集まる。

……先生が、居たたまれないように苦笑した。

 

「かつての、私の部屋に似ている」

「……マジで?」

 

なにそれ。

ちょっとそれ色々意味代わって来るんですけど。

 

なんでそんなプライベートな情報を月人がご存じな訳よ?あいつら実はストーカーかなにか?

――いや、違うか。

この場合疑うべきは……アイツらの中に、先生の縁者が居るって辺り、か……?

おいおい、また先生を抉る案件かよクソが。どっちにしろ月人絶許だな。

 

「うん?そうなると月人が想定してるのって何なんだろ……?先生があそこに一人で向かう事か?対先生用の罠があそこにあるって……?

つまり、先生を確実に行動停止できる何かを……

 

――ッ、そうか、核だなっ!?」

 

「やめなさい。近頃お前の私に対する認識が非常に心外な方向に向かっている」

 

せやな。

もしかしたら酸素なんか結合する隙間もないぐらいの細密結晶構造だもんな。核程度じゃ「今のは痛かったぞ」で済ませかねんもんな。

やっぱ反陽子爆弾ぐらい持ってこないと、先生にダメージ入れることなんて無理なのでは……?(戦慄)

 

「『かく』って言うのは良く解からんが……お前とユークの想定が正しいなら、先生の完全破壊と言う方向は考え難いんじゃないのか?」

 

――ああ、そう言えばそうだったわ。

となると機能停止を誘う何かかしら?

電磁捕獲システムでも積んでんのか?いや、それでどうにかなるのかは知らんけども。

 

ジルコンが口許に拳を当てて考え込んでいる。

 

「――とりあえず、あの部屋に誘い込もうとしているのならば話は簡単。あの部屋に入らずに処理してしまえば良い訳で……いや、しかしここ何回かは僕達、スリングをお披露目しまくってましたね」

「それなー?ああ云う真似をしたらボクたちがどう対応するか、月人側は予想できる筈なんだよなー。それが出来る材料はもう見せてしまってる」

「……しかし、このまま膠着は流石にダメじゃないか?」

「しかも相手は月人です。そのあたり、本当に考えているかどうか……」

 

ほんそれなー?

 

「――僕は別に突っ込んでも構わないぞ?罠だろうと新型だろうと望むところだ」

「ボルツ。気持ちは解るが流石に自重しなさい」

 

ボルツさんが暴走寸前でござる。

 

――とりま、やっとく事はやっときますか。

ホイッスルで連絡を通す。

ここはちと遠いので、天に響けよとばかりに思いっきり息を吹き込んだ。

交戦の連絡は会敵した時点で既に送ってある。

今から送るのは状況の確認だ。

 

『――膠着、新型。状況送れ』

『――中継、了解』

 

今回は学校まで距離がある為、中継を噛ませた通信だ。

悠長にも、敵の動きは全くなかった。

ちなみに中継士はネプチー&ベニトチーム。

ボクの吹いた信号をそっくりそのまま学校に伝えるのが役目だ。

学校での通信士はユークが務める。

 

タイムラグを置いて連絡が返って来てもなお、月人の動く様子はなかった。

 

『―― 一種配置、変化なし』

 

……ふむ。

この間に学校に強襲を掛けてる様子もなし、と。

 

よし。

 

『――了解、現状維持』

『――中継、了解』

 

「オーケイ、総員傾注。

スリングによるアプローチを掛けるが、この攻撃は一度のみ行う。攻撃後、速やかに黄の森に陣地を移動しつつ月人の動きに備えよう。

コマンド(先生)は攻撃後に逆側に展開、潜んで居るだろう月人本体の発見と攻撃に専念。攻撃オプションは任せます。

近接二名(ボルツ、イエロー)は黄の森で視界を切るようにして接近、押し込んで。高火力攻撃、もしくは広範囲攻撃が来た場合は下がって仕切り直して。

ボクらは後方に陣取りながら、引き続き索敵と分析を行う。

今回も情報の収集、及び鹵獲は考えない。

――以上、方針!」

「「「「了解!」」」」

 

――打てば響く部隊になったもんだね。

今更ながら、先生がボクの下に居るって言うのも妙な気分だ。

 

「金弾は?」

「使おう。迷彩を破るだけに留まる可能性が高いけど、温存して不測の事態に陥るのは面白くない」

 

ゲームとかだとエリクサーは使わずに終わる事が多いボクだったけど、現実に直面すると『切札』と言うより『安全マージン』と言う見方に変わるから不思議なモンだ。

その為には、使う事に躊躇いは無かった。

 

「タイミングはジルコンに合わせる」

「了解――行きますッ!」

 

――戦闘開始。

最早この距離であれば充分な命中率を保てるまでに熟練したジルコンの投石が、金の軌跡を描いてひっ飛んだ。

 

 

@ @ @

 

 

光学迷彩の膜が弾け飛ぶ。

細かく細かく千切れた黒い雲の破片が辺りに薄く漂った。

そしてその中心地から、まるで花火のように色とりどりの宝石の欠片がバラまかれる。

――光の山だ。

太陽の光を反射して、キラキラと綺麗な雨を降らせている。

 

「――ル、ビー……?」

 

その中にあった石のひとつに目を止めて、イエローが茫然と立ち竦んだ。

それは、かつてイエローがコンビを組んでいた石の名前だ。

 

反射的に叫んだのは、ジルコンだった。

 

「爆弾ですッ!!離れてくださいイエローッッ!!」

「――あ、」

 

――やばいっ、見とれてたぞクソッ!!

ジルコンの声で我に返った途端、ドムッと弾け飛ぶ衝撃が奔った。

土煙の中にイエローが消える。

 

「「イエローッッ!?」」

 

悲鳴が重なる。

見た限り、相当な威力だ。

まさか――!?

 

絶句して立ち竦む中で、ザシュッと着地の音が二つ。

左半身にヒビの入ったイエローと無傷のボルツだ。

 

「イエロー!」

「い、今のは危なかった……サンキューな、ジルコン。なんで解ったんだ?」

 

今の一瞬で後退していたようだ。

方針を伝えといて良かったよホント……!

イエローの傷は見た目それほど酷くはなかったけれど、ヒビの範囲が広かった。

問われたジルコンが安堵から生返事を返す。

 

「あ、ハイ――ええと、簡単な推論です。

これまで新式は必ず宝石で作った武器を用いてきました。ならばアレも武器の筈ですが、見た目殺傷力があるようには見えませんし、それを用いる月人の姿もありません」

「武器に見えない武器と言ったら消去法で爆弾って訳か……なーるほど、流石だわ」

 

マジでジルコンさん超ファインプレー。

もともと考え方がチョッピリ固いだけで、頭の回転は良い方だからなコイツ。

殻を破るの手伝ってあげたら、すごい勢いで頼れるお兄さんになってる。

 

「助かったよジルコン、ありがとう……!ボクは反応出来てなかったんだ」

「フン……この場に立ってるんだ。グズは言い訳にならないぞフォス」

 

今回ばかりは本当にその通りだ。

 

「返す言葉もないよボルツ。――失態は成功で返す。ボルツ、あの爆破の威力評価が聞きたい」

「威力か。――中距離で受けたが、アレはマトモに食らえば僕も危なそうだ」

 

……靭性特級のカーボナードも戦慄させるか。

あんなサイズなのに、よくもまあそんな威力を乗せられるものだ。

 

「フォ、フォス……っ!あれ、あれはッ!?」

 

ジルコンが泡を食って指をさす。

何事だとその先を見てみれば……何の冗談だろうか、バラまかれた石たちにファンシーな目と手足が生えやがった。

それらが一斉にこっちに視線を向ける。

 

「……おいおい」

 

キラークイーンとハーヴェストの合いの子ってか?

無数の自動追尾爆弾かよ。

シャレになってねえぞオイ!?

 

奴らがゾロゾロと動き出す。

短い手足なので速度はお察しだが、それに反して威力がヤバイ。

 

先生に聞こえるように声を張り上げた。

 

「――方針変更!白の丘方面に陣を移動、死角を消すことを優先する!ただしコマンドに限り変更はなし!」

 

先生の危険度が高くなる。

……少しばかり先生のスペックに頼る事になるけれど。

 

「方針は解るが、逃げるだけか!?」

「いえ、高機動からのリフレクならもしかしたら……!」

「ジルコン正解!――自動追尾は流石になかったけど、範囲爆撃からの強襲と言う発想は既にアレキが提示してくれてんだ!」

「ええ。そしてその対策も既にフォスが提示してくれています!」

 

アレキの考えた『ほうせきのくにをおとすためのさいきょうのつきじん』だ。

アレは既知テクノロジー縛りで作られた物だったから、高所からの無差別爆撃&雑の別運用と言う布陣だったけど、アプローチとしてはこれも変わらない。

ならば、ボクらの方針も既に決まってる。

惜しむらくば防衛陣地はまだ無いけれど、見敵必殺のコマンドとディフェンス出来る布陣は既にある。

実験部隊がちゃんと機能すれば充分押し返せる、まさにこれはボクたちの『最終試験』ってヤツだ。

 

「因果かな、ボルツ――ダイヤがやっていたリフレクをやってもらうよ。

イエローと二人で動き回りながら、目につく欠片を片っ端からあっちの方に弾き飛ばしてくれ」

 

最初に部屋が浮かんでいた方向に指を向けた。

 

「高速で接近して、爆発される前に弾き飛ばして、即離脱。ヒットアンドアウェイの繰り返しさ。

その間に、先生が恐らく構えているだろう『回収役』を見つけて散らせる。

二人が漏らしたやつはジルコンが処理する」

「はい。現状を見るに可能性は低いですが、接触信管の疑いは捨てないでください。

その辺りを見極めるまでは、直接手足で弾くのではなく剣などの道具を使う事をおススメします」

 

これだけ聞いてみればかなりムチャい事言ってるんだけど、そもそもが高速で飛んで来た矢を剣で打ち落とすのがデフォだからなウチの国。

ボルツとイエローなら高機動中でも難なくこなすだろう。

……この国で野球の打線組んだらホームラン連発する気がするわ。全盛期のイチロー伝説とガチで張り合えるんじゃねぇの?

 

「方針了解、っと。どうすりゃ良いんだこんなのって思ったけど、すぐに方策出てくるとかフォスもジルコンも凄いなぁ」

「ふん。……ストップ&ゴーをかなりの負荷で行う事になる。ヒビが入ったその体で耐えられるか?イエロー」

「はっはっは、お兄様を舐めるなよぉー?……なんなら競争でもするかボルツ?」

 

ボルツが不敵に笑うのだ。

 

「――良いな。退屈していた所だったんだ。……ヒビの分のハンデはどれぐらい欲しい?」

「ヒビが『俺のハンデ』さ。確かにボルツは一番強いかもしれないけど……スピードだったらお兄様もこの国トップの自信があるっ!!」

「はっ、後悔するなよっ!」

 

その言葉を合図に、ヒュッと二人の体が掻き消えた。

 

そして。

 

 

――ヒュカカカカカカカッッッ!!

 

 

物凄い勢いで石の欠片が宙を舞い始めた。

弾き飛ばされた破片がまるで花火のように空中で爆破し、火薬の煙と極彩色の花を広げて行く。

 

ボルツとイエローの挙動は、目に留めるのがかなり難しい速度に達していた。

まるでヤムチャにでもなった気分だ。

 

「……ウチの国、何か色々振り切ってねぇ?」

「ええ、あなたも含めてね」

 

即答されたんですけども。

あの、ドラゴンボールやってる輪の中にボクをノミネートさせないでくださいますか。ハチャメチャが押し寄せてくるんですけど。

なんかもう、アイツ等放置で良いんじゃねぇのと頭の片隅で考え始めてしまうのは仕方ない事だと思うの。

 

「フォス、気づいていますか?」

 

ジルコンが聞いた。

 

「うん?――信管の事かな?それとも、宝石じゃないのが混じっている事について?」

 

あの欠片の中に、なんか平べったい●とか▲が混じっているのは気がついていた。

明らかに鉱石ではない、別の素材をベースに成形された代物だ。

それに目と手足が生えてちこちこ走り回ってるのである。

ボク、ああ言うの昔なんかで見た事あるぞ?

ポリンキー……m&ms……うっ、あたまが……!

 

「後者のつもりで言いました。ふむ、信管……なるほど、接触信管にしては爆破タイミングが遅いです。――確かにアレは、それぞれが意思を以て『自爆』しているのかもしれませんね。

ところで宝石じゃないのが混じってる件ですが……アレらだけ、なんか爆破していないように見えませんか?」

「え、ゴメン。そもそも判別できる程見えてないです。……君の動体視力どうなっちゃってんの?」

 

大フィーバーを続けてる二人に弾き飛ばされてから爆破するまでの短い感覚で、それが宝石かそうでないかを判別している事になるんだけど。

ボクには無理です。……そもそもこの位置からあの細かいマイクロ爆弾を判別するのさえ苦労してるっつーのに。

 

「しかしそれが本当なら……アレが『回収役』なのかもしんねーな。単独で月に飛ばれることまで考えるべきか……?」

 

正味、あのサイズでAI積んでて自立移動出来てボルツを砕ける爆薬仕込んでるって時点で信じたくない技術格差なんだよな。これであのまま月までFly Away出来るとかされたらフザけんなと叫ぶ前にSANチェックが入る。

技術チート系の転生者でも味方につけやがったの?とか思ってしまう。

 

「しろの時は、回収役の雑が出なかったんですよね……」

「そこ持ってこられたら確かに不穏に思えて来た。やはり『出来る』前提で考えるべき――いや、ちょっと待て?」

 

●がひとつ、小さな手で黄色い欠片を持って逃げているのを見つける。

持っているのはかなり小さな欠片だ。

アレは……

 

「――イエローの破片……か?」

 

ヒビ入れられたから、微小な破片が出てもおかしくはない。

それをアイツはネコババしようとしている訳で……?

 

最初の破裂の時に周りに漂った細かい雲。

それを器用に足場にして、●はぴょんこぴょんこと高所に跳ねて行く。

そしてイエローの破片を置くと、再度破片を探す為か雲から飛び降りた。

 

――同じものを、ジルコンも見ていたようだった。

 

「――単独による月への帰還の線は薄くなりましたね」

 

せやな。

そんな事が出来るなら、あんなジャンプは必要ない。そのまま飛べばいいだけの話だ。

 

「うん。そしてこの後の戦術も見えた」

 

ハンドサインで遠くにいる先生に状況を確認する。

先生は、未だに月人を見つけられていないようだ。

焦っているようにその旨を知らせてくる。

 

『見つけられていない』――その事実を確認したかった。

 

「――やはり回収役がいるな。しかも今は相当な高所に陣取ってると見た」

「影も見えないほど高所に陣取って、あの●とか▲が集めた石の破片を後で回収しに来る感じですかね?」

「うん。今回はちっとは頭使ってるみたいだ」

 

つまり、ボクらはまず控えているであろう『回収役』を引っ張り出す必要がある訳だね。

 

「みんな!どうやら爆発するのは宝石の欠片だけみたいだ!弾き飛ばすのはそっちを優先してくれ!後、競争だからってあまり黄の森に踏み込むなよ!」

「あいよーっ!」

 

イエローが暢気に手を振って応えてくれる。

 

「――僕らはどうしましょう?空に向かって無差別投石でもやってみますか?」

「いや、高高度に構えてるなら徒労に終わるだろうな。それやるぐらいなら別の方法を取る」

「別の方法?」

「ジルコン、ちょっと手を上げてみてよ。こんな感じに」

 

良くあるハイタッチみたいな感じに手を上げてみる。

なお、この習慣はウチの国では当然生まれていない。やったら割れる。

……いや、たまにアメジストが双晶パワーとか言いながら披露してストレスまき散らしてるか。

 

「?こ、こうですか?」

「そうそう、そんな感じ。そのままね?――ほっ、」

 

そしてボクはそのまま――ジルコンの上げた手に自らの左手を叩きつけた。

バキンっ!と音を立ててボクの左手が砕け散る。

 

「ちょっ、貴方なにをやって――っ!!?」

「フォスっ!?」

 

靭性も硬度もジルコンの方がはるか上だ。

衝撃ってやつは脆い方に流れる。

ボクの体が割れるほどの衝撃でも、ジルコンの体には傷ひとつない。

 

ボクの欠片を見た●とか▲とかがこちらにわらわら向かい始めた。

外野を無視して両手を広げる。

 

「よぉーしよぉーし、このフォスフォフィライトの美しい破片だぞー。キミ等にゃ勿体ないお宝だぞー。咽び泣きながら拾い集めろやこの手抜きデザインどもめ」

「あ、貴方は――ッッ!?なんでいきなり『そういう策』に出やがりますか!?」

 

お、ちゃんとボクのやりたい事を解ってくれたみたいだ。

ほんとジルコンお兄様頼りになるわ。怒鳴りながらもスリングの準備に入ってくれる辺りが素敵。

 

「はっは、いやー最近ボクもほんと突っ立ってるだけになったからさー。――たまには体張らせなさいよ」

「美人薄『体』などと嘯いておいて自分で割ってりゃ世話ありませんよ!持って行かれたらどうするつもりですか!?」

「持ってかれなきゃ安いもんさ。死ななきゃ安いってチップ=ザナフも言ってる。――だから、持ってかれないでね?」

 

人差し指を立てながらウインクひとつ。

先生もみんなもこう言うのに良い顔しないが、必要であるならばこの役はボクがやるべきなのだ。

そう……戦闘力が無く、最も脆いボクが。

 

ジルコンが忌々しげに歯噛みする。

 

「――ッ、貴方は、後でブン殴りますっ!!」

「フォスさん殊更砕けやすいのでお手柔らかにぷりーず」

「ホンっとにこのアホはもうっ!!!」

 

ボクの欠片を持った●や▲がぴょんこぴょんこと、ひとつの雲に群がり始めた。

 

――先ほどから、宝石爆弾の全弾リフレクによりこちら側は何一つ被害を受けていない。

つまり、収入は少なくともそろそろ『見切り』を考える段階と言える。

 

ボクが自ら手を砕いたのを、あるいは見られていたかもしれない。しかし罠だと解っていても、これ以上の収入が見込めずさらに支払う対価が無いのであれば、ある種の賭けにも出たくなるのが人情と言う奴だ。

『その場で策を練り直す頭がない』のであればなおさらにね。

 

ボクは地上の影を探し。

ジルコンは上空を見つめた。

 

……薄く、地上に影が降りる。

 

「――来たっ!」

「行っけええええぇぇっっっ!!!」

 

咆哮と共にジルコンがスリングを振り抜いた。

撃ち放ったのは金弾ではなく通常弾だ。

問題は無かった。

この弾はただ、『当たればいい』だけの攻撃だった。

来る場所とタイミングが解っていれば、たとえ透明でも当てるのはそれほど難しくないだろう。

 

光学迷彩の膜が破け、隠れていた回収役の月人がその姿を露わにされた。

それで十分だった。

 

漂う黒い雲を足場に、高速で駆け抜けた黒い影が一直線に突っ込む。

この状況を心待ちにしていた先生だ。

 

「――シィェエエアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

そして怒号と共に打ち放たれた昇竜拳が、月人の姿を跡形もなく霧散させた。

 

 

@ @ @

 

 

「――ッこんの、大馬鹿者ォォッッッ!!!」

「ふぶえっ、」

 

ジルコンに殴られるまでもなく、一喝でバラバラにされたフォスさんでした。

みんな慣れたもので、ちゃっかり先生の一喝圏内から逃れていたりする。

 

「確かに有効な策だった事は認めよう。――しかし、それでもやってはならない事があるだろうッッ!」

「ご、ごめんなさいぃぃ……」

 

久々の大喝でござる。

 

「お前が悪い」

「自業自得だよまったく!」

「ええ、ほんっとうに!!」

 

悲報、フォスさんの味方はおりませなんだ。

 

「――お前は、今日はこのままだ。ルチルには私から言っておく。しばらく謹慎していなさい」

「ふえーん」

 

いやでも、今日の月人から得られた情報の分析と展開は……必要ないか。ジルコンが居れば大丈夫だろうな。

 

新式の月人も、個々の能力に依存し過ぎないレベルで撃退する事が出来るようになった。

ジルコンも後を任せられるぐらい経験を積んで逞しくなった。

――このチームも解散の時期だ。

 

「……なんか余計な事を考えていませんか貴方は」

 

ドスの効いた声が聞こえる。

ホ、ホント頼もしくなっちゃってまあ……

カワイイ末っ子への愛をもうちょっと押し出してくれても良いのよ?

 

「反省が足りないようですね」

「や、やめりー!揺すらないで、揺すらないでぇッ!?」

 

先生のマントの中でごみ袋の中のゴミのごとくひと纏めにされた状態である。

平衡感覚がね!?

ゆっさゆっさされると平衡感覚がね!?

 

「何が『たまには体張らせなさいよ』ですか。アホですか?そう言えばアホでしたね貴方は。リーダーが偉そうに突っ立ってただけで終われば大成功でしょうが。損害も軽微だったのになんでわざわざルチルの仕事増やすんですか?バカなんですか?そう言えばバカでしたね貴方は」

「あ、ジルコンさん激おこしてらっしゃるコレ!誰かへるぷ!へるーぷ!」

「無視」

「無視一択だな」

「反省しなさい」

「ふええぇぇーん!」

 

待ってジルコンさん待ってお願い、あなたが今持っているのはあくまで先生のマントであって、間違ってもカクテルのシェイカーとかじゃないんですぜ?

 

「確かに膠着が予想される場面でしたよ。もしかしたら、ヒビの入ってたイエローの負担だって長期戦になればバカにならなかったかもしれませんよ?だからと言って真っ先に取った策が自傷とかフザけてるんですか。

どうせアレでしょう。誰かが負傷する必要があるのであれば、その役はもっとも戦闘能力が低くて脆い自分が最適なのだとか凄い短絡的な事考えていたんでしょう?アホ過ぎですか?そう言えばアフォ過ぎでしたね貴方は」

「う、うぐぅ……」

 

図星刺されちゃ、返す言葉もありませんです。

 

「……貴方が広めた将棋でもそうでしょう?リーダーが取られたら、チームは終わりなんです。ちゃんとそのあたり自覚しててくださいよ」

「……い、いや、でもそういう時を想定してマークスマンが」

「反 省 が 足 り な い よ う で す ね!」

「ぎゃあああああああああす!!?」

 

あっ、ちょっ、やめて!?これ以上ガシャガシャされたらフォスさん砕けちゃう!更に砕けちゃう!あ、なんかヤバい所にヒビが入った音したよこれヤバいって、マジでヤバイって、あああああああ

 

――アッ、(パキャッ)

 

 

@ @ @

 

 

「――静かになったな」

「意識保てなくなるレベルで割れたかー……」

「――ふん。殴るのはコレで勘弁してあげます」

 

正直まだ頭に来てはいますが、とりあえずこれで溜飲を下げてあげる事にします。

左手に残った嫌な感触を振り払うように振ってみても、あの後味の悪い感覚は離れてくれません。

――僕の左手が、フォスの左手を砕いた。

その感触が、僕の背筋にツララを突っ込んだような悪寒を齎すのです。

 

――策だったとは言え、僕にあんな事をさせるなんて!!

 

そりゃあ、考え無しでやっていた事ぐらいは、まあ読み取りますよ。

あの時、僕はフォスの右側に立っていました。僕に上げさせた手は左手、フォスがそれに叩きつけたのも左手。

位置的に面倒だった筈の左手を敢えて選んだのは、剣を持つ利き腕を残したかったからと見て良いでしょう。

状況が二転三転したら、このアホは護衛と言う立ち位置も含んでいた筈の僕も前線投入するつもりだったに違いありません。

 

――この実験部隊の中で、僕に『指揮官と衛生兵は絶対に動ける状態を保たなくてはいけない』とか理想論を唱えておきながらこういう真似をしでかすなんて、自分軽視にも程があります!

それを言ったら絶対「動ける状態は保ってた」とか言って言い訳するんでしょうけどね!!

 

「――戦えないのにここに立って、僕たちの中心になっていると言う事がどれだけ凄い事なのか、フォスは全く分かっていない……っ!!」

 

マントの風呂敷を持つ手に思わず力が籠りました。

 

「……コンプレックスを持ってるのは判るけど、確かに傍から見てたらヤキモキしちゃうよなぁ、フォスは」

「ええ、その通りですよイエロー。誰よりも精力的に動いているくせに、このアホは未だに「自分は安全圏から口を出してるだけの卑怯者だ」とかそう言う思考を続けてるに決まってるんです絶対!

――ボクの尊敬している石を軽視されているようで腹が立つ……っ!」

 

僕がどれだけフォスの隣で『成長』を実感できたか。

どれだけフォスの事を凄いと思っているのか。

そのフォスを自分の手で砕く様な羽目になってどれだけショックが大きかったか、こいつは全然解っていないんです。

 

「……自分軽視、だけではないだろうな」

 

前を歩くボルツがポツリと呟きます。

 

「それも無いとは言わないが、あくまで合理的かつ率直的な方法を冷静に執行したと言う部分も大きいだろう。

こいつは『動く』事を諦めてはいないが、自分の体ぐらいなら大したリスクではないと割り切っている節があるな。優先度の高い順から冷たい目で取捨選択して行く……思えば、冬の時もそんな節があったように思う」

「……それも、否定しませんよ」

 

月人の基本は一撃必殺。持久戦は良い事なし。

この実験部隊の戦術基本思想はそれですからね。

押し込めそうなら押し込んだ方が被害が少ないと言うのは僕も納得します。

 

それを実現するにあたり、必要な『心構え』もフォスは教えてくれました。

感情的になれば心に隙ができ、『自分が敵ならどうするか』とか『何をすれば被害を最小限に抑えられるか』と言った事が考え難くなる物なのだとフォスは言っていました。

この感情は『怒り』の他にも『恐怖』や『感嘆』と言ったものも含まれるのだと。

しかし兵は感情がそのまま士気に繋がるから、感情に対して無理解であってもいけない。部隊を指揮する立場の人間は、感情を自覚した上で冷たく考える部分を残さなきゃいけないとフォスは説いていました。

 

……僕は、感情を持つ者にそんな事が出来る筈がないと未だに思っています。

だけどもしかして、左手を自分で砕くなんて暴挙を取れるのはそれを成しているからなのでしょうか?

 

「……先生。人間は、あくまで哺乳動物のひとつで、僕らのように不老不死ではなく、腕が取れるような事があればもはや元に戻らない生き物なんですよね……?」

「――概ね、間違っていない。晩年の人間の技術は失った腕を元に戻す事すら成功したが、それでも元のように動かすための苦痛を伴う訓練と、完治させるための長い時間が必要になる」

「そんな脆い人間であっても、戦争があり、剣の技術を研究していたのでしょう?……彼らは、失う事を恐れていなかったのでしょうか?」

「……」

 

フォスの『そっち方面』の経験は人間の物の筈で。

ならばフォスのあの価値観は、人間から引っ張って来た物なのかもしれないと思うと恐ろしくなります。

先生が俯いたままポツリと言いました。

 

「……人間は、生きているだけで資源を消費する生き物だ。

そんな生き物がかつてはこの星に溢れていた。指導者がそんな生き物を守るためには当然大量の資源を必要とするが、それを賄えなくなった時、資源の奪い合いと言う本質を大義と言う名目で隠して争いが起きた。

――人間の戦争は、私も理解出来ない部分が多い。次の世代の為に、次の次の世代の為にと唱えながら自ら殺して殺されて行く。

少なくとも恐怖はあった筈だ。死にたくないから戦うのだと叫ぶ者もいれば、利益を唱え恐怖を誤魔化し、体に爆弾を巻き付けて自爆を図る者もいた。

……それを感情のある者同士で行うのだからな……」

 

資源不足による争いは、なんとなく理解はできます。

しかし語られる苛烈さを理解する事は到底出来そうにありません。

 

「――フォスは、まだ末っ子だ。だから俺たちがたくさん教えてやらなきゃいけないんだよ。

フォスが自分を蔑ろにするとその分俺たちも悲しくなるんだって、たくさん教えてやらなきゃいけないんだ」

「イエロー……ええ、そうですね。今度は僕が、僕たちがフォスに教える番です」

 

マントをガサガサ揺すって、困った末っ子を想います。

こういった方面は僕以上に頭の固い石ですからね。

この仕事はきっと、かなり手の掛かる物になるでしょう。

 

さて、どこから手を付けはじめましょうか……?

 

 

――余談ですが。

この時の決意がキッカケで、僕は将来フォスに『かあちゃん』と言う非常に不服なアダ名を頂戴する事になります。

 




フォスの博物誌
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その15「爆弾」
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火薬等を用いて爆発を引き起こし、その衝撃や破片で対象を破壊する事を目的とした道具。原則、一回のみの使いきりである。
広義においては物理的な破壊を伴わなくとも、中性子で有機体だけ殺傷したり、高高度で爆破して電子的な機器にダメージを与える目的のものも爆弾と呼ぶ事がある。

人類史においては資材の確保から戦争まで幅広く使用されていた。
もっとも原始的なのは黒色火薬(木炭、硫黄、硝石を粉状にして混ぜ合わせた物)を包んだものに火を付け、急激な燃焼と膨張を起こさせるものである。
その威力は原則、質量に比例する。

月人は新式が出始めた以降から、たびたび我々宝石生物の体を爆弾に仕立てた物を戦争に使用する。
破裂した宝石の破片で破壊を起こす性格の物であるが、具体的にどのような技術を用いて爆弾としているかは明らかになっていない。
 

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