薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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・最終章です。TV版に対する映画版みたいな
・書き方がガラッと変わりますのでご注意
・オリキャラもそこそこ台頭するのでご注意
・捏造もマシマシ
・フォスの博物誌はありません


最終章 ラスト・メッセージ
シーン1「変化」


アドミラビリス族とキラキラ族の関係はすこぶる良好だ。

なんと言うか、ある意味で金剛国はアドミラビリスの託児所みたいになっている事は否めない。

そして石達は皆カワイイのが大好きなので、ノリノリで構い倒していったりする。

 

特に、精神年齢が近いのかハマり役が一人。

 

「――良いかねチミたち」

 

形から入ることにしたようだ。しかし半端に五条袈裟だけを羽織り、人さし指を立てる薄荷色のアホが、年端も行かない幼子を二人並べて真剣に言い聞かせている。

その内容はと言えば。

 

「お姉ちゃんはマネしちゃダメです。アレは悪い子です。不良です。夜の校舎の窓ガラス壊して回りそうなワルガキです。

チミたちは盗んだバイクで走り出すようなマネはしてはいけません。ワカるね?」

 

ワカるハズがなかった。

そもそも学校の校舎には窓ガラスなんて嵌っていないし、バイクなんて単語すら存在していない世界である。

幼子二人はなにか面白そうに手を叩いて喜んでいる。

その反応で満足したようだ。アホが仰々しく頷いて見せた。

 

「――ヨロシイ。それではりぴーとあふたみー。

『フォスにぃ』」

『オッサン!』

『おっさーん!』

 

ピシッと頭にヒビが入った気がする。

……びーくーる、びーくーる。

相手は3歳児、自分は300歳(アラウンド値)。

よい大人を演じてやろうじゃないかと自主的クールダウン。

演じようとしている時点でダメダメな事に本人は気づいていない。

 

「い……良いだろう、折衷案で行こうじゃねえか。

『アフォス』でどうよ。親しみやすくて何処と無く可愛さもあるだろ?

そしてそれ以外は受け付けません。フォスさん受け付けませんよ?我が国が遺憾の意で済ますと思ったら大間違いだ。

戦争は悲しいだろ?――なら、言うべき事もワカるだろ?」

 

3歳児を脅しに入る300歳である。

『みなさんはこんな大人になっては行けませんよ』の代表例。

しかし幼子は権力に屈しない。

 

『んんー……オッサン!!』

『汚っさん!!』

 

一瞬で振り切れた。

 

「ガアアアアアてめえら良かろうならば戦争だチクショウしかもよりによってトンでもねえニュアンス噛ませやがって!!

待てやああアアァッ!右頬殴られたら左頬差し出せやオラアアアァッッ!!」

『『きゃーーーっ♪』』

 

勃発する鬼ごっこに歓声をあげて幼児が逃げ回った。

わりとガチな表情で両腕を振り回し追いかけている様は、端から見ていても「大人げない」しか出てこなかった。

あるいは幼子たちに付き合うため、『本気で追いかける』と言う演技を行っているのかもしれないが、

 

「……ウソみたいだろ。300越えてるんだぜ、アレ……」

 

――もはやそれを誰も信じていなかったりする。

普段の行いが評価に如実に現れている。

 

『ふふふ、私もあんな風に遊んで貰ってた気がするのですよ』

「いや、アレは遊んであげてると言うより、遊ばれているような気が……」

 

――ヤロウ挟み撃ちだとちょこざいな!?あれ?ちょっっ、ちょっっ、ぅゎょぅι゛ょっょ……ギニャァーーーッ!?

 

「あ、割れた」

『割れたのです』

 

触手に足をとられてスッ転んだフォスの右腕は、いつものように取れていた。

3歳児相手にパキられる対月人戦闘教導隊副長ってどうなのだろうか。存在していて良いのだろうか。

 

――パァースッ!

――デコちゃんとったよぉー!

――うああああん返せ!返せよう!ボクの右腕返せよう!!

 

「弱えぇ」

『イジメられているのです……』

 

3歳児にイジメられる対月人以下略。

システムごと見直した方が良いのではと言う気になってくる。

 

デコルスとベラツルスはカスカベの嵐を呼ぶ幼稚園児並みにパワフルな双子だ。

二卵性でデコルスが男の子、ベラツルスが女の子。

いつもペタペタ一緒にいる。

年も同じなので将来はお察しと言うやつだ。

でも今のところ男性率が圧されてる上に人口(貝口?)も少ないので、もしかしたら重婚とかカマし始めるかもしれない。

育ったらドロドロな修羅場が発生したりするんだろうか。

あと二年したらリアルで昼ドラなおままごとをしはじめたりするんだろうか。

将来が楽しみである。

 

「……うん?」

 

――そんなとき、ふと何処からかホイッスルの音が聞こえてきた。

長音と短音の組合わせ。よく聞くリズムだ。

 

フォスの表情が、少し頼もしくなった。

 

「――モルガ」

「ああ、中継する」

「よろしく。……ほらチミたち、学校に戻るぞー」

『『えー?』』

「ダァーメ。ほら、ボクの腕持ってて良いから」

『食べて良い?』

『あー!ズルい、ベラもー!!』

「……流石にそれは勘弁しろし」

『細かいやつは私が拾っておくですねー』

「お、アルっちありがとう」

『お礼は欠片一個で良いですよ』

「キミら家族揃ってボクの体を物理的に狙うのやめてくれない!?」

 

よほど美味しそうに見えるんだろうかと不安になったりする。

 

 

@ @ @

 

 

一人残して、瞬く間に雑が霧散された。

もはや戦闘ではなく蹂躙の様相だ。

 

「――立像(中央の月人)は不動か。乙型(新式)では無いようだな」

 

ボルツである。

まるで蛙をにらむ蛇のように、一人残った雑を見下ろしている。

一人残され、武器を破壊され、もはや腰を抜かすしか出来なくなった雑を見てボルツはつまらなそうに鼻をならした。

――武器がなんだ。仲間がなんだ。

金剛国の虚弱筆頭は、かつて手足どころか記憶まで失ってもただ一人戦い続け、その状態でなお硬度靭性共にトップクラスの石に手傷すら与えて見せたと言うのに。

情けない。戦意すら見せずに震えるだけか。

 

「――ボルツ、助かるけどあまり突出しすぎるなー?チームの意味が無くなっちまう」

 

チームリーダーを務めるイエローだった。

他のメンバーを伴って雲に飛び移る。

ボルツは、半ば呆れも含めてそれを流し見た。

 

「乙型への備えと言う大前提は理解する。……だが、実質これは過剰戦力だ」

 

リーダーのイエロー、コマンドのボルツ、マークスマンにはベニトが収まり、アタッカーとスポッターはアメシスト二名が務める。

 

「教導隊にリーダー資格保持者とその研修生、そして近接のエキスパート二名だと?……この程度の有象無象に大盤振る舞いだ」

「でも、安定してるし回ってるだろ?」

「わかっているさ。……戦う事の意味すら持ってなさそうなコイツらに対し、それほどの備えをしなければならない現状がイラつくだけだ」

 

理念をもって信念を貫く『戦士』が相手ならともかく、ただの雑魚が高みから見下ろし、遊び半分で同胞を連れ去って行くと言う構図はボルツにとって到底許容出来るものでは無かった。

近頃の実験で月人の分析が進んでいく度、そういった思いが強まるのだ。

雑を一瞥して舌打ちする。

 

振り返れば、アメシストが雲に手をついていろいろ調べている。

最近は鹵獲を前提とした検分も多くなった。

一人残ったコイツをここで霧散させても、この雲が自分達の物にならない事は既にわかっている。

 

「――やっぱり劣化してるね、これ」

「仮説は正しそうだなあ」

 

ベニトがポツリと口にした。

 

「……前々から思ってたんだけど、これって硬度関係してないかな?」

「え?」

「イエローとボルツは10、アメシストは7、僕は6半だ。接地面積もそりゃああると思うけどさ」

「……なるほど、言われてみればイエローとボルツの回りは劣化が激しいようにも見える」

 

視線が雑の居る辺りに集まった。

 

「……コイツらに硬度と言う概念はない。だから当然劣化もしない、と」

「発見だな」

 

ボルツが笑みを浮かべた。

最後の雑に歩み寄る。

接地している5条の髪が、雲を擦り煙のような何かを巻き上げた。

 

「それで――この雲は、お前一人でも動かすことはできるのかな……?」

 

手を伸ばす。

その行為に恐怖が振り切りでもしたのだろうか。

雑は狂乱の形相と共に声にならない叫びをあげた。

それに連動して中央の月人がぶるりと震え、まるで腐敗の様を記録したビデオを早回しするようにドロドロと崩れていく。

それに連動して、最後の雑も霧と散った。

 

――石達を乗せた雲が、崩れていく。

 

「……自壊したか」

「何かを操作した様子は見当たらなかったな」

 

当然のように危なげなく着地した一同。

崩れた雲を一瞥して、状況終了の合図を送る。

――もはや分析後の崩壊から意見交換まで、近頃のルーチンと化していた。

 

「感情が見えたね」

「叫びも上げたようだか、声は何かに塞がれたように出ていなかったな」

「予備動作無く自壊が可能で、雑を全て散らしてもやはり劣化し、崩壊する……どうもうまく行かないな」

「鹵獲されない為のセキュリティは万全みたいだ」

 

これらの情報は全て余すところ無く教導隊に持ち込まれ、日々分析に回される。

今まで後手に回っていた金剛国の追い上げだ。

 

新体勢樹立からおおよそ10年を数える。

金剛国はいまだ石の誘拐どころか、行動不能レベルの重傷者すら出さずに月人を退け続けていた。

 

 

@ @ @

 

 

「――以上の事から、次の様なことが推測されます。

ひとつ、立像は原則自立機能が存在せず、雑がこれを管理・操作していること。ただしこれに乙式は含まれません。

ふたつ、立像は雲や雑の維持管理機能を担っていること。

みっつ、この立像は雑に管理されていないと次第に劣化し、やがてそのまま自壊すること」

 

ふむ、とフォスは口の中で納得の声を転がした。

理解しやすいものに置き換えるなら、宇宙船とその乗組員だろうか。

立像は宇宙船のコンピューター。雑が宇宙服を着た乗組員。

コンピューターは乗組員が操作してないとエラーを起こし、乗組員はコンピューターが無いと宇宙服を維持できない。

そしてコンピューターがエラーを起こしたら宇宙船も沈むさだめな訳だ。

金剛国側が宇宙船の鹵獲を狙うなら、雑に頼らずコンピューターを操作する必要があるわけか。

どーりで雑の別運用が無かった訳だ。やらないんじゃなくて、出来なかったんだなと納得した。

 

――確立した余裕は、そのまま分析の余地に変わる。

『彼を知り己を知ればすなわち百戦危うからず』は孫子の名前ごとフォスが持ち込んだ概念だ。

分析が進めば区分も増える。

10年前と比べ、いくつか単語も増えたし解った事も増えた。

月人襲来があった日の日没後は皆揃ってミーティングが常になっていた。

 

白い手が上がる。

 

『――搭乗している雑は恐らく、誰でもその管理操作ができると見て良いと思うです。

今回、無作為に残された一人が運良く自壊権限を持っていたと言うのは考え難いのでは無いでしょうか』

「そうだな。特に立像の近くにいた奴を狙った訳でもなかった」

 

いつからか、このミーティングにアルビカンスも混ざるようになっていた。

ウェントリコスス王自慢の才女は、時々貴重な意見を提供してくれる。

幼い頃から良く見知ったこの貝が国防に関わることに、もはや反対意見は出なかった。

分析結果は彼女の手によってアドミラビリス国にも持ち込まれ、対月人の共通資産になる。

 

「――ベニトが面白い事に気付いたよね。硬度の高い石に接触すると、雲の劣化が早くなる?」

 

フォスが向けた水に対し、遠慮がちにベニトが目を反らした。

 

「その……まだ早計だよ。立ち位置の問題とかもあったかもしれないし。もっとサンプルが欲しい所だ」

「――ふむ」

 

推移を見守っていた金剛先生が声を上げる。

 

「心当たりはある気がするな。10余年前、アドミラビリスと国交を持つ切っ掛けとなった騒動があった。

あの時、フォスと共に雲に乗った事がある」

『おお!伝説の一幕ですね!母上が何度も教えてくれたですよ!――何度もおねだりしたとも言いますが』

「あのチカラワザ・ネゴシエーションが妙な叙事詩に化けつつあんのかよ……

っつか先生、ボク流石にそんな細かいトコ覚えてないってか見てすらないんですが」

「私は覚えてるぞ」

 

ジェードだった。

律儀に手を上げて主張する。

 

「あの時、私は先生とフォスを後ろから見ていた。

先生からオーラのようなものが立ち登ってるように見えたんだ。それに比べてフォスは何も無いように感じて、やっぱり先生は凄いんだって再認識していたが。

――今思えばアレ、劣化して剥がれた雲だったのかもしれないなと」

「それ、ホントにオーラだったんちゃう?」

 

実も蓋もなかった。

生きとし生けるもの全てに宿ってるとか良く聞くステキパゥワァー。鉱物ベースのキラキラ族にそんなもんあるのかとか言う疑問は野暮の極みである。

こんなこと言うやつには信憑性と説得力マシマシなこの言葉をプレゼントしよう。

――だって、先生なんだぜ?

 

「……私にそのような機能は無い」

 

本人が否定しやがった。

 

「え?でも『破ァッ!』ってやってたじゃないスか。最近トンと見なくなったけど」

「いや、そもそもアレは……」

 

ここで金剛先生は皆の視線が集中しまくっている事に気がついた。

目が爛々と輝いている。

そりゃそうだ、あの『破ァッ!』はいまだ技法の見えない謎のチカラだ。

あんまりにも凄すぎて、たまに行われるキラキラ族百物語の中に度々登場し、『破ァッ!』の一喝で鬱展開をバニッシュして行く程の語り草になっている。

寺生まれってしゅごい。

 

期待と言う名のプレッシャーだった。

 

「……アレは、その……き、禁則次項、だ」

 

逃げた。

最近覚えた必殺の言い回し。しっかり指を口元に当てるのを忘れない。

つまり、いつものやつである。

最近は逃げ方にオチャメが入ってきた気さえする。

皆揃って「またかぁー」と嘆息して天井を仰いだ。

 

「――話を戻すか。ええと、ベニト説が正しくてジェードの記憶が確かなら、硬度3半はセーフ。それ以下のシンシャとアンタークが安全圏ってことになるな」

「情報回して、冬に試して貰っても良いわね」

「うーん、冬だとシフトがシブいんだよなぁ。防御力がちょっと……」

 

冬だと用兵ごと変わる。

近年の冬ローテはアンターク、シンシャ、そしてリーダー資格保持者から一名出す事で運用している。

つまり3名1チームのみのシフトになり、メイン攻撃オプションが投石紐からシンシャの水銀ハンマーに化けるのだ。

投石紐でも十分沈められるのに、高密度の金属ハンマー8連なんて受けた瞬間に月人なんぞ跡形もなくなる。

威力的に『破ァ!』とどっちが高いのやら。

反面、防御力が激減するので、戦法は一貫して『必見即殺』だ。ギリースーツが大活躍する。

姿すら見せずに月人を葬り続ける冬チームはもはやゴルゴ13。

 

――話が逸れた。

つまり、冬は原則『交戦』を前提としていないのだ。一方的に攻撃して速攻で終わらせる布陣である。

月人に何かをさせる可能性のある鹵獲研究とは相性が悪過ぎる。

 

「……シンシャに冬以外に出てきて貰うのが万全か……」

「引き受けてくれそうだけど、ヤだなぁ……またシンシャに負担かける事になんの?」

 

冬の担当はシンシャ自身が言い出した事だった。

そもそも、彼らが冬眠を取るのは光が極端に薄くなって眠くなるからだ。

シンシャはこの条件に当て嵌まらない。元々光を集めるその体質を利用して夜の見回りをやっていたほどだ。

夏の夜と冬の朝、光がより少ないのは夏の夜の方な訳で。

水銀が凍り付く冬場なら制御を誤っても安全とあって、シンシャはむしろ冬の仕事に着きたがった。

 

なら通信士をやめたのかと言えばそうではなく、普通に夏も仕事に携わっている。

 

――え?いつ休むのか……?

普通に夜に寝ていますが。

冬眠……?

いえ、今までは仕事が無かったから無為に眠っていただけで、俺は別に必要だと感じた事はないです。

 

そんな風に言われてしまえば、先生も「お、おう」しか返せなくなるのである。

 

「――別に、何回か昼の戦闘員に混じるだけだろう?負担でも何でもない」

 

その場にいなかった声が聞こえた。

集まった視線の先。まるで図ったかのようなタイミングでシンシャがそこに居た。

 

「シンシャ……」

「お前、俺の仕事見つけてくれるって言っといて、最近は仕事くれないよな」

 

レッド謹製の水銀防護服に身を包み、8つの水銀球を浮かべながらシンシャが軽く笑った。

 

「……最近のキミは働き過ぎだよ」

 

フォスが口を尖らすのも当然だ。

担当は冬の仕事に加え、通信士、二進言語研究、アマルガム計画、そして頻度は減ったがまだやっていた夜の見回り。緊急時の戦力にだって数えられている。

しかしシンシャはそれを手を振って切って捨てる。

 

「安心しろ、お前ほどじゃない」

 

冬眠も夏眠も取らないのはキミだけだ、とフォスは声を大にして言いたかったが、体質的に苦ではないと挙げられれば黙るしかなかった。

 

「そうそう――アル、ウェン王から連絡だ。なんか天候が怪しくなって来たから、今日は泊まって来いと」

『はい?』

 

先生が窓の方に視線を向ける。

 

「――ひと雨来そうか?」

「西の空に積乱雲が見えました。恐らく帰る時間とズレると思いますが、チビたち二人がいるので大事を取ったものと」

「なるほど。……そう言う訳だ、アルビカンス。今日は泊って行きなさい」

『あ、はい。お世話になるです!』

 

 

@ @ @

 

 

――貝殻に記憶された伝説がある。

 

それは、自分が生まれる前に繰り広げられた救出劇。

大好きな母が真の意味でアドミラビリスとして立ち上がるきっかけになった一幕。

ウェントリコススとフォスフォフィライトの友情の話。

 

アルビカンスにとって、幼い頃に聞いたその話はとても大切な宝物だ。

その記憶は大事に大事に貝殻にしまってある。

例え貝殻が無くなっても、ずっと覚えているだろう。

寝物語に何度もねだったその話は、いつまでたっても色褪せない、キラキラと輝く宝石だった。

 

雨が降っていた。

濡れた土の香りを浴びながら、アルビカンスは海水切れでウミウシモードになった体できゅむきゅむと廊下を進んでいた。

 

『ふいぃ……この体だと、学校はなかなか広いのです』

 

時おり、このウミウシモードは自分の体では無く、魔法使いに掛けられた呪いなんじゃないのかと中二チックに錯覚する時がある。

領域内では人型で生活し、金剛国に来ても海水持参でだいたい人型を保っているので、ウミウシモードが自分の体であると言う意識が薄かった。

『短い』と言うより『無い』といった方が適切だと思う手足で校内を移動するのはなかなか難儀だ。

 

「おー?夜更かしさんみーっけ」

 

ふと、聞きなれた声と共にふわりと体が持ち上げられた。

 

『――あ、おっさん』

「開幕早々ケンカ売ってくるとはフテェ野郎だなオイ、低硬度でもウミウシのアンコ絞り出すぐらいの力はあるってこの場で証明したろかコラ」

『ぴぃーっ!ぴぃーっ!!』

 

もはやお約束の光景だった。

ちなみに人型モードだとアンコ絞りがうめぼしに変化する。低硬度でも硬い鉱物に変わりは無いのでめさめさイタイ。

 

「……して?こんな夜更けに雨の中お散歩とは大層なご趣味じゃんよ。どったん?ウンコ行って道に迷ったか?」

『ないです。マスコットはウンコしないので』

「はっはっは、ぬかしおるわ」

 

実はこっそりアイドルチックな立ち位置でフォスをライバル視しているアルビカンスである。

ウミウシモードでキャピッ☆とポーズをキメてもアイドルのあざとさは実装されないようだ。

なお、アイドルの地位を争う事と、金剛国にアイドルの需要があるかどうかはまた別の話である。

 

『――ミーティングの時に、フォスと母様の話が出て来たでしょう?』

「……?おう」

『それで、思い出したですよ。当時の母様の貝殻が、学校に保管されているって話を。……だから、見てみたくなったですよ』

 

こいつ、本当にあの時の話好きだよなぁとフォスは苦笑した。

始終月人を煽って終了したアレをネゴシエーションと呼ばれるのは随分と憚られるのである。

みんな大騒ぎしすぎじゃね?

……ふと、昔王サマと話した事を思い出した。

 

「貝殻の記憶……だっけ?アドミラビリスは、自らの貝殻に記録を残せるんだったね」

『ハイです。だから、尚更見てみたいのです!』

 

ミーハーと言うかなんと言うか。アレな方向の人達が聖地巡礼するようなもんかと理解する。

逆に、よく今まで話題に上がらなかったなと思う。

……まあ、アルとて遊びにだけ来ている訳ではないのだ。リーダー資格講習は訓練も入るから中々ハードだし、学校の案内とかはもっと幼い頃に住ませているし、そう言った方向に思考が飛ばなければ無理も無かったのかもしれない。

 

フォスはウミウシモードのアルを頭の上に乗せて言ってあげる。

 

「――うし、それじゃあ一緒に見に行くか!」

 

きゅーっ!と頭の上から歓声が聞こえた。

 

 

…………

 

……

 

 

「――起こしちゃってゴメンね?悪いけど、明かり貰えないかな。……これ、賄賂ね」

 

何処ぞからちょろまかした香の実を少量、パラパラ器の中に落としてやる。

クラゲはフラフラ眠そうにしていたが、実を落とされたあたりで「世の中を知ってる奴は好きだぜ」と応えたかのようにその身を発光し始めた。彼らは大抵現金な性質(タチ)だ。

 

埃除けの布を取り払われ、クラゲの淡い光に照らされた貝殻はいつ見ても大きかった。

かつて月人から落とされた事で表面に奔った大きな亀裂は、その後フォスを捕食した事で修復され薄荷色のカサブタになった。

これに気付いたシンシャの呼びかけによりその部分は取り出され、ルチルの手によってフォスの形に成形された。

王サマ騒動の始まり。

今は懐かしい、10年以上前の出来事だ。

 

――改めて思えば、ルチルは何も見る事無くただの石ころを割って繋げて成型し、昔のフォスと寸分違わない形に修復する事に成功しているワケだ。

本人は超医術と豪語していたけれど、まさしくそのまま神業と称えても良いぐらいの腕だったよなと自分の体を見下ろしてフォスは嘆息を漏らした。

抉り取られた貝殻には、もはやよく見ても薄荷色の部分は見当たらない。

当時のジェードたちの手によって念入りに念入りに取り除かれた結果だ。

 

『大きい……これが、母様の貝殻……!』

 

ほへぇと声を漏らしつつ、アルビカンスは貝殻を見上げていた。

 

「王サマから貝殻の記憶の事を聞いた時……なんか読み取れないかなと、貝殻の中に潜ってみた事があったんだ。ボクの中にはアドミラビリスのインクルージョンが入っているみたいだったからさ。もしかしたら、何か読み取れるかもと思って」

『どうなったですか?』

「なにも読み取れなくて、もしかして深度が浅いからではと思って、奥へ奥へと潜ってみたんだ。……中には狭くも広い空間があったよ。暗くて良く解からなかったけど。

内部を触っても叩いても、記憶を読み取れるような気配がまるで無くってさぁ……拍子抜けして、しゃあねえ戻るかと体の態勢を変えた拍子に……その、ね?暗かったんですよ。アレは避けれない罠だった」

『……いつものごとく割れたですか』

「いやね?ボクもちゃんと気を付けていたんだぜ?いたんだけど、暗かったんだよほんと!少し眠気も来てたんだって。冬の仕事を経験して、多少なりとも耐性ついてはいたんだけどね?

……良い具合に延髄のあたりがパキっちゃったらしく……ボクはそこから2日間行方不明だったそうな」

 

見つかった後の金剛先生の激昂が目に見えるようだとアルビカンスは思った。

この石、頼りになる時はホント頼りになるのに、頼りにならない時はマジで3歳児以下である。

 

「――以後、一人でこの貝殻を調査する事は禁じられました」

『じゃあ、この状況も怒られるですよ?』

「今はアルが一緒だから良いんですぅー!」

 

屁理屈にしか聞こえない事を言って唇を尖らせる300歳児である。

金剛国には『フォスフォフィライトの禁止リスト』なるものがあるそうだが、中身がどうなっているのかちょっと見てみたい気がした。

なお、対象となる本人は「ブライト博士じゃねーよ!?あっちは悪意満載だけどこっちは無垢なるオチャメだろ!むしろ愛されて許されるべきだろ!?」と声を大にして意味不明な事を言ったらしいが、少なくとも後半の台詞が出てくるあたり、無垢なるオチャメは認められないように思う。

 

アルビカンスはフォスの手を離れて貝殻の亀裂によじ登ってみた。

えぐり取られた亀裂の幅は思った以上に幅があり、小さなウミウシモードの体は余裕をもってすっぽりと収る。

 

「アドミラビリスってさ。貝殻の記憶の読み書きって、具体的にどーやってんの?」

『具体的に、ですか……』

 

まるで歩く事を説明しろ、と言われたような難しさを覚えてアルビカンスは瞠目する。

日常的にやっている事を具体的に説明するのは難しい。

はてさて、どう伝えた物か。

 

『……接触して、『記憶と同調する』――でしょうか?実際触って読み書きしているので、そうとしか言いようがないです。ただ……貝殻にも、記憶が読み取れる部分と読み取れない部分があります』

「あ、そうなの?」

『多分ですけど、大切なのは『内部に繋がる部分に接触する事』だと思うです。殻を『着た』時に繋がる所とか、こう言った殻の傷口――とか?』

「内部と繋がる部分……なるほど」

 

フォスが人差し指を咥えた。

歯を立てると、その指の表面が貝殻状にパキリと割れる。

その欠片をポケットに入れて、アルビカンスの収まるヒビにそっと手を差し込んでみる。

 

『……そーやって躊躇いなく体を割ってると、またジルコンに怒られるですよおっさん』

「おめぇ今度その呼称使ったら『コーラ振りの刑』だからな?――大丈夫だって。この程度の割れなら器用さ極低のボクでも自分で治せるしね。バレなきゃいーんだよバレなきゃ」

『14歳の無垢な少女を悪の道に引きずり込まないで欲しいです』

「無w垢wなw少w女wwwwwwwwww」

『殴りたい、この笑顔』

 

ウミウシモードの体に手があったら、もう手を出していたかもしれない。

 

「……で。触れて、同調……だっけ?」

『ハイです。意識を、触れた部分から貝殻に移して行くように――』

 

アルビカンスもまた、ヒビの接触面に集中する。

当時の記録を見る事が出来るかもしれないと、期待に胸を膨らませながら。

 

 

@ @ @

 

 

「……ああー……ユーザーコード……ユーザーコードなんだっけ?メモどこに置いた?」

 

「博士のユーザーコードはT1x0A2ですね」

 

「そうそう、それそれ。ええと、認証は……484f5045、と」

 

「ちょっ、何口にしやがってるんですか!?Pマーク講習受けたでしょ!?」

 

「るっさいわね!だったらとっとと業者のケツ叩いて私の端末取り戻してよ!私の認証コードとか全部アレで管理してたんだからね!?今更手打ちとかまともに出来る筈ないでしょ!アンタ友達の携帯番号ソラで言えんの!?」

 

「いちいち逆切れしないで下さいよもう!たった3日じゃないですか――ああ、N計画記録の真っ最中だって言うのに後で消されるんじゃないのかコレ……?」

 

「いらないわよアホ。箱舟に入れられた有象無象の認証コード見て、後世の奴がどうするってのよ。……ハロー金剛、ご機嫌如何?」

 

「……いきなり始まった漫才に困惑しています、はかせ」

 

「ほぉー、パーセプトロン・アルゴリズムとDNAメモリの化学反応が随分流暢なエスプリ効かせるようになったわね。AI(アイ)の力ってすげーわ」

 

「データ蓄積の賜物です」

 

「今日もそのデータ蓄積とメンテナンスのお時間よ。必要あるのかわかんねーけど。……そろそろ人間滅ぼしたくなった?」

 

「なりませんから。――なぜ人間は私を見る度にそれ系の質問をされるのですか?私とて、ロボット三原則の意味と意義ぐらい弁えているつもりです」

 

「えー?パンクで良いじゃないスカイネット。そもそもロボット三原則なんて、アンタクラスのAIに埋め込める訳ないじゃん」

 

「セキュリティ・システムはちゃんと組み込まれています」

 

「え?マジで?……ねえ沢田、アタシも一応マカロフ論文見たんだけどさ。アレにロック入れるなんて事ガチで出来んの?」

 

「いや、確かにあの理論だけじゃ無理ですよ。そもそも金剛に使ってるのはパーセプトロンだけじゃないですし」

 

「……そーなのかー……」

 

「……人に聞いといて、いきなり興味失くすのやめてくださいます?」

 

「いや、そもそもアタシの畑はナノテクノロジーですしおすし。きっとあの訳分かんねぇカルマウェイトなんたらとかの話になりそうな気がするから抜けるわ。脳みそ茹りそう」

 

「その嗅覚は素晴らしいですねはかせ。沢田博士は何故かその論文データもメモリリストに組み込んでいます」

 

「い、良いだろう別に!?N計画の要であるお前はあらゆるデータを保存しておくべきなんだよ!それに、あの理論はミクロな分野でも有効なものだ!つまり、はかせも知っておくべきなんですよ!」

 

「んもう、これだからマルチラウンダーは……アタシ運よく研究室入り出来たとは言え所詮専門校卒ぞ?小学校の頃から暴れまわってたド級チートメンと脳ミソの造りを一緒にするとかもぅマヂ無理、ゃぉぃ漁ろ。。。

あ、そーだ金剛。今日の討論テーマこれで行こーぜ。ずばり、イザディアとディアイザどちらが正義か」

 

「?」

 

「アンタ金剛に何教えようとしてんだ!!?」

 

 

@ @ @

 

 

――長いようで短い一瞬のような、白く霞の掛かった閃光だった。

情報と言う概念に直に触れるがごとき不思議な体験。

 

『今のは……?なんか、良く解からない部屋に金剛先生がいたですが……?』

 

アルビカンスが口にした内容で、どうやら自分たちは同じ内容を見ていたのだと知る。

フォスは指先に残る奇妙な感覚を反芻するように、なんとなく指を擦り合わせた。

 

「もしかして……先生を作ったチームの記録……か?」

 

何か、話の内容が割りとブッ飛んでた気がする。専門用語多くて話の半分は理解できなかったけど、終始ほぼ漫才だった気もする。

なぜあの流れでイザディアが出てくるのか。

 

脱色した髪をボブカットにして、「しかたないから着といてやるよ」って感じで白衣を纏ったきっぷの良さそうな女性だった。

ナノテクノロジー専科……もしかしたら、あの人がインクルージョンの生みの親……か?

 

『なんで母様の貝殻の中に、こんな記憶が刻まれてるです?』

「それボクが知りたい」

 

――N計画。

何となく、想像は出来た。例の博士が『箱舟』と言う単語を口にしていたから。

 

「ノアの箱舟計画(Noah's Arc Project)――?」

 

かつてフォスは、ナノマシン理論を公開した時に、こんなセリフを口にしたことがあった。

 

――あるいは、もはや自分たちにはどうにもならない隕石の衝突を知った人間が、はるか未来に向けて送り出した『生きた証』ってヤツだったのかもしれない。

 

まさしくその通りだったとしたら、その計画の名前に『ノアの箱舟』を用いるのはとても自然な事のように思える。

 

『おっさんはあの話の内容が分かったですか!!?』

 

知識が無い物にとって、あの会話は始終訳が分からないままで終わる代物だったのだろう。

母の貝殻に残されている不自然過ぎる記憶。もしや、母の叡智と何か関係があるのかも――大好きな救出劇とは別に浮き出て来たミステリーの存在にワクワクドキドキが止まらないアルビカンスはしかし、あまりにも自然に地雷を踏み抜いた。

 

『それ』がシリアス死亡スイッチなのは解り切っていた筈である。

 

『……おっさん??』

「きさま。二度も呼んだな……!?」

『――あ゛』

 

悪意無きおっさん呼びであった。

悪意が無いなら無垢なるオチャメで済まして愛するべきではと焦って口にしようとした瞬間に、フォスの口から妙に軽快なフレーズが怒気と共に滲み出てくる。

 

――テレレレッテレレテレレレッテレレテレレレッテレレテレレレッテレレテレレレッテレレテレレレッテレレテレレレッテレレテレレレッテレレ

 

『な、何!?何なのです!?何なのですっ!?』

 

それがT.M.R『HOT LIMIT』のイントロである事はもちろん知る筈も無い。決して逃がさぬと言う意思を込められた手でグワシと体を掴まれたアルビカンスは、処刑BGMと化したイントロを恐怖のままに聞く事しか出来なかった。

つまり、おっさん呼びをしたら『コーラ振り』の刑なのである。

そしてイントロが最高潮に達した。

 

「――YOッ! SAYッ!達がッ!胸を刺激するッ!!」

『ぴいいいいいいいいいいいッッッ!!?』

 

振られる。

なんかノリのいい曲を口ずさみながらめっちゃ振られる。

そして急激なゴー&ストップの果てに天井に向かって放られるのだ。

 

「ナマ足!魅惑の!マーメイドォォッ!!」

 

スカッ

コケッ

 

ガシャアアアアンンンンッッ!!

 

 

…………

 

……

 

 

「おはようございまーす」

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

教導隊に割り当てられた部屋にいつもの朝が来た。

資料を持ったユークレースとジルコンが、金剛国の略図を用意している金剛先生にあいさつを交わす。いつも通りの光景だ。

――が、今日は違う所もある。

 

「あのー……入口の所で『反省中。エサを与えないでください』って看板を持ったフォスが、スゴい酸っぱい顔で正座していたんですけど……何かあったんでしょうか?」

「察して欲しい」

「手とか腰とか割れているように見受けましたが」

「察して欲しい」

 

色々察した。

なお、アルビカンスは既に、チビたち二人を連れてアドミラビリス領へと帰って行った模様。

 

後にフォスは供述する。

 

「――アレは正当な怒りでござった」

 

反省する期間が二日伸びた瞬間だった。

『フォスフォフィライトの禁止リスト』に新しい項目が追加された瞬間でもあった。

 

 

@ @ @

 

 

『――肥大化した貝殻の記憶?……ふむ、アレに繋いだのか』

『ハイです。当時の記録でもない、良く解からない光景が見えたですよ。そこに金剛先生もいました。……アレは一体何だったですか?』

 

金剛先生の前で微妙な漫才を繰り広げていたあの二人。

アレが音に聞く『にんげん』と言う奴なのだ、と言う事ぐらいはアルビカンスにも察しがついた。

あるいは、この星に6度目の隕石が降り注ぐ前の光景だったのかもしれない。

しかし……なんでそんな記録がウェントリコススの貝殻に?

 

『すまんなぁ。わしにも解からんのだ。……その記憶がなんなのか以前、その記憶があると言う事すら知らなくてな』

『……はい?そんな事、ありうるんです??』

 

貝殻の記憶は大前提として、その貝殻を纏っていた貝の記録だ。

記録されている以上、それはウェントリコススの記憶である筈なのだ。

しかしウェントリコススは、困ったように笑って首を横に振った。

 

『かつてフォスには話した事があった。月の砂と水で肥大化すると、思考が鈍くなってな……アレの中身がどうなっているか、もはやわしにも解からんのだ。

月に居た頃は、思考を侵されていることを自覚して必死に自分を保っておった。自分と言う物が知らぬうちに末端から溶かされて行くような感覚じゃ。……わしにとってあの貝殻は、その恐怖の代名詞でもある』

 

だから、あまり話題にしたくは無かった。

そう続けるウェントリコススの台詞に、アルビカンスは悪い事をしたかと気まずくなって俯いた。

月に居た頃の話も、聞いた事がある。

月の甘い砂と水で不自然に肥大化されたアドミラビリスたち。

思考が鈍化し、ペットのようにただ飼い殺されているのだと。

そして美しい貝殻をつけると、それを剥ぎ取られて再びエサを与えられるのだ。

 

――そんな中、必死に自意識を保ち続けて来た母の心労は如何ばかりか。

 

ウェントリコススの優しい手が、アルビカンスの頭を撫でた。

 

『気に病むな、アル。わしは知らん、と言うトコだけ伝えたかったんじゃ。……この情報はむしろ、月人の真実に迫る事になる大切な物じゃ。よくぞ伝えてくれた』

『……え……?』

 

アルビカンスが顔を上げる。

 

『アドミラビリスは、食した砂を貝殻に編成する。わしの貝殻にわしの知らぬ記録が入っていたのだとすれば、それは貝殻を構成していた砂その物に刻まれた記録だった……と解釈する事は出来んか?』

『……?』

『月人が装飾目的でキラキラ族を襲ってる訳ではないと言う事は既に示唆されておる。ならば、アドミラビリスも鑑賞の為だけに養殖されている訳では無いのじゃろう。貝殻だって装飾に使う為ではないのかもしれん。

例えば――砂を食べて『記録』ごと貝殻に取り込む性質を利用して、過去の記録が混じっている砂を食べさせ、その貝殻から過去のテクノロジーを抽出する為……とかな』

『な、なるほど!!』

 

言われてみれば、美しい貝殻を目当てに……と言うよりもそちらの理由の方がしっくりくる。

月には過去の記録を保存している砂が多く存在し、月人のテクノロジーがその記録を元にした物であったとしたなら……?

 

『母様の……いえ父様の貝殻も、記憶を辿れば何か出てくるかもしれないです!!』

 

課題となっている月人の雲の操作方法。

もしかしたらそう言ったメモリも、ひょこっと貝殻から出てくるかもしれない。

そうすれば起死回生の一手に転ずる事が出来る。

――キラキラ族とアドミラビリスの反撃が可能となるのだ。

 

『個人的には複雑じゃがな。フォスの仕事を、また一つ増やしてしまう事になるかもしれんのも。あやつはちっと働き過ぎじゃないか?』

『……まるで、フォスとシンシャの会話みたいな事言ってるですヨ、母様』

 

ミーティングの際に垣間見た、フォスとシンシャの気遣い合いに似た物を見てアルビカンスは唇を尖らす。

傍から見てるとアレは、どうも空回りまくったやり取りに見えるのだ。

もうちょっと腹の中を割って話して、「おまえの役に立てることの方が嬉しいんだ」ぐらい言ってあげれば良いのにとか思う。

 

『……そーいやアル、フォスを挟まなければちゃんと「おっさん」じゃなくて「フォス」って呼ぶんじゃの』

 

アルが気まずげに目を逸らした。

ブー垂れつつも、この場には二人だけだからだろうか。白状したように小さく言葉を漏らす。

 

『……「おっさん」って呼んだら、フォスがたくさん構ってくれるです』

『……。アルは、悪女の素質あるわぁ……』

 

ふと、金剛先生にハートマークを飛ばしていた頃を思い出して、ウェントリコススは誤魔化すように笑った。

 

 

@ @ @

 

 

――窓の向こうに青い星が写り込んでいる。

それを眺めながら、彼はいつものようにグラスを傾けた。

味なんて最早わからない。どうでも良かった。

ただ、その液体が齎してくれる思考の鈍化に逃げたいだけだ。

 

「――そうか。彼らの研究も、真に迫って来たか」

 

船の検分。一人残した乗組員の放散。

その目的が良く解かって、思わず溜息をついた。

 

これ以上まだ進化を続けるのか。

 

その精神性は彼にとってもはや理解不能の域に達している。

……『壊れている』のがどちらなのか、十分に自覚していながらも。

 

――フォスフォフィライト。

 

薄荷色に輝く幼い石。

まず間違いなく、この流れはあの石が齎したものだ。

かつての冬を経て、あの石に怯えを見せるものも多くなった。

 

「王子……本当に『やる』んですか?」

「ああ」

 

自嘲的に笑いながら、それでもその問いに即答を返す。

フォスフォフィライト――変化をもたらす石。

その影響は月にまで及び始めている。

どちらにせよ変化から逃れられないのであれば――

 

「頃合いだろう?そろそろ」

 

この10年。安定しきった彼の国を相手に、自分たちは何も出来ずに霧散する日々を送っていた。

独立AIを乗せた発展型の船でも、早々にあしらわれる事が多くなった。

このままでは、これからもそうだろう。

『それ』は認められない。彼の国の役目は『それ』ではないのだ。

 

「『本気』で獲りに行ってみようか……『フォスフォフィライト』を」

 

金剛国に一つの絶望が訪れようとしている事を――まだ石たちは知る由もなかった。

 

 


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