薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第03話「ダイヤモンド」

 

先生から逃げて絞られて朝礼参加できませんでした。

シンシャも成果を聞く前に呆れて戻っちゃったみたいだし。

しかしウーム、まさかワシントンの桜の木が最適解だったとは不覚。

 

ルチルにパパっと直して貰った後、とりあえず説得作業に戻るボクです。

初期主要メンバーは既に参加の意思を確認しているから、後は先生から聞いた二人。

レッドとボルツだけなんだよね。

 

昨日は夢に見るほど、この二人の落とし方について考えておりました。

……でね。フォス君は気づいてしまったワケよ。

 

確かにレッドは説得しなきゃイケナイ対象だと思う。主要メンバーに入れなきゃイケナイ人物だと思う。

コッチから頭下げてぜひ加わってくれとお願いしてしかるべきだ。レッドが拒否したら計画凍結はワカる。

 

――だがボルツはどうなのよ?

特に必要な人材じゃない。主要メンバーには適さない。

声は掛けよう。しかし拒否されても計画凍結はあり得ないんじゃなかろうか?

っつーか計画に参加するとしてアイツ何やるんだ?とことん戦闘バカだぞ。

 

そもそもよ?

レッドとボルツは自分から「参加したい」と言っていた訳で、これはつまり参加の意思ありとみなしても良いのではなかろうか。

 

「――そこんトコどう思われますかレッドさんよ」

「知らないわよ。なんで意思確認しなきゃいけない対象にそれ聞くの。……まあ、ボクは参加するけど」

 

レッドベリル。硬度7半。

赤い髪形はいつも試行錯誤していて顔合わせる度に変わってる。

オシャレに命を懸ける服飾担当。

ボクが結構話す人物の一人でもあるけれど、アマルガム計画の事をボクの口から出したのは今が初めてだ。

普段はデザイナーとモデルの仲なんだよね。

 

「えっ、いいの?『――可愛くない服なんて服じゃないんだからぁ!!』とか言うと思ってたけど」

「何言ってんの。可愛い防護服作るに決まってるでしょ」

「……ですよね」

 

どんな時でもレッドはレッドだわ。

デザインに拘りすぎて納入遅れたり、実用性が削れたりするのは勘弁なんだけど、レッドの前でそれはかなり言い難い。

ことファッションと言う一分野において彼女に逆らう事は、例え先生ですら許されない悪夢の所業なのです。

 

「僕にとってはさぁ、この計画ってある種のリベンジなのよね」

「――リベンジ?」

 

良く分からない切り口を作ったレッドにオウム返しすると、「そっ」と苦笑付きで返された。

 

「フォスの生まれる前だったんだけどねぇ。僕も防護服と言う切り口で、シンシャを何とかしようと頑張った時期があったワケなのよ。――その時は成功まで持って行けなかったけどね。

チョッと失敗して、指を少し削る事になったんだけどね。大した被害じゃないって言うのに、シンシャから拒否されちゃってそのままなワケよ」

 

そうやって両手を広げるレッドの指をのぞき込む。

 

「うーん……ごめん、良くわからないや」

「でしょ!?ホンっと大した被害じゃなかったのよ!!メチャクチャ悔しいでしょ!?

――だから、この計画のウワサを聞いた時、リベンジのチャンスだと思ったの。フォスがダメって言っても、僕は先生に直談判してでも参加するからね!!」

 

――なんか、すごくうれしい。

ボク以外にもシンシャを何とかしてあげたいって人はちゃんといたんだと実感した。

 

「こちらこそよろしく、レッド。一緒に計画を成功させよう!」

 

レッドベリルも参加決定。

今日は出だし挫けたけど、それでも成果は上々だ。

 

 

@ @ @

 

 

あとはボルツだけなんだけど……アイツ今日はどこ担当なんだろか。

ダイヤとペアを組んで見回りやっている筈なんだけど、朝礼不参加だったから誰がどこ担当なのか聞いてなかったんだよね。

……昨日散々歩き回って月人に襲われた身、流石にこれ以上長時間一人で出歩くのはちとマズい。

見回り計画を決めているユークレース、もしくはジェード議長ならボルツがどこいるか知ってるだろう。

仕方がないので聞きに行く事にする。

 

「ユークー、ジェードー」

 

あの二人は大抵会議室周辺にいるからね。探すのは容易な方だ。

丁度二人して歩いていたのを呼び止めた。

 

「お、フォス……もう直ったのか」

 

朝礼全力ダッシュで砕けたボクの足を眺めながらジェードが言う。

 

「そこまで盛大にバラバラになった訳ではなかったので……ルチルが30分掛からずに治してくれました。いっつもお世話になるけどさ、最近ルチルのオペ速度爆あがりしている気がするわ」

「――フォスはここのところ毎日治してますからね。欠片見ただけでどのあたりのパーツか解るようになってきた自分がちょっと怖いです」

 

何処からともなくルチルが会話に参加してきた。

手には何故か、トンカチを持っている。

 

「ふふ……お疲れさま、ルチル」

「ありがとうございますユークレース。しかしもう慣れました。フォスの残念っぷりも併せてね」

「――みなさん、もう少し風当たり弱くしてくれても良いのよ?」

「お前は反省しろ」

「……はァーい」

 

さっきの今だと、流石にボクもおとなしくしておく他ないのだ。

 

「――時にさ、ルチル。そのトンカチ一体何なのよ?ノミでも使ってた?」

「ああ、これですか?」

 

目の前にプラプラと掲げた後、おもむろかつ躊躇いなくそれをジェードに振り下ろす。

 

キンッ!!

 

「ひぃっ!?」

 

突如行われるルチルの凶行。あんまりボクが働かしちゃった物だから、ついにノイローゼになってしまったのだろうか。

ジェードは電気ショック浴びたかのように、反響する打撃音をバックにして固まっていた。

ユークなんか、口元を両手で覆って「いつかやると思ってたけどついに……っ!!」と慄いている。

何をやると思ってたんだろう。

 

「な……何をするルチルっ!?」

「失礼、衝撃テストです。100年に1度靭性再調査を行っております。固さを示す硬度は触れば解りますが、割れ難さを示す靭性は結晶構造や劈開など要素が複雑で、慎重に体系化しておりまして。ジェードには高基準値を出す為にご協力頂きたく」

「断る前にやるんじゃない!!」

「ではもう一発行きます」

 

キンッ!!

 

「ひえぇっ!?」

 

この澄んで乾いた高い音が凄くコワい。

……ボクがやられたらボロボロにされちゃうよ。

 

「うん、流石堅牢のジェード。音が違いますね」

「こ――断ろうとするんだったら返答を待って欲しいんだが!?」

「些事でしょう?」

 

ひでえ。

 

「――し、しかしちゃんとした理由があるのであればこのフォスフォフィライト、日頃ルチルにめがっさ迷惑かけまくってるので体を張るのは是非も無し!完全劈開を持つ硬度三半、華々しく散ってやろうじゃねぇか!

さあ来いルチル!ボクは一発小突いただけで死ぬぞオオオ!!」

「あ、覚悟完了しているところ恐縮ですが、あなたは結構です。靭性最下級過ぎて参考になりません」

 

ひでえ。

 

――ってぇーと……?

ボクとジェードの視線がユークレースに注がれる。

 

「ひっ!?……っや、やめて!!僕に乱暴する気でしょう!?エロドウジンみたいに!!エロドウジンみたいに!!」

「――フォス、あなたのおバカ語録を他の者に伝染させるのやめて貰えませんかね。この間もモルガに調査協力をお願いした時、てめえの血は何色だとか何とか言われて気が遠くなりましたよ」

「……(*´ω`*)ハヤル!」

「流行らないし、流行らせませんよ。とりあえずそのムカつくツラやめろ」

 

(´・ω・`)ショボーン

 

「――ああ、ユークレースも結構ですよ。あなたも完全劈開ですから基準値としては不適当ですし」

「ああよかった……僕だと開くの確実だったから物凄くコワかったよ……」

「ジェードにモルガってことは、劈開がない奴をサンプルに集めてるのか。……って事は可哀そうに、ゴーシェもルチルの餌食に……」

「ボルツやジルコンも該当するね。ボルツは……ボルツなら何とかルチルを止めてくれるかも……!」

「――あなた達やっぱり一発行っておきますか?」

「「ごめんなさい!!」」

 

まったく、考察が微妙に合ってるのがイライラしますねとルチルがブチブチ言っている。

くわばらくわばら……

 

「――ケンカ……では、無いようだな」

「あっ、先生」

 

トンカチを構えたルチルに変な誤解をしそうになったのか、奥から歩いてきた先生が声をかけてきた。

 

「はい。多少じゃれていましたがケンカではありません。ルチルが100年に一度の靭性テストを行っていると言う事で、それに協力しておりました」

 

流石ジェード議長。すぐさま報告に移るところが流石。

 

「靭性テストか……なるほど、そう言えば報告を受けていた記憶がある」

「あ、ちゃんと報告入れてたんだ」

「あたりまえでしょう。あなたとは違うんです」

「――ックハッ!?」

 

流石ルチル、正確に抉ってくるぜぇ……っ!

 

「フフ……フォスも反省したようだし、これ以上責める事はない」

 

先生がボクの頭に手を置いてくれた。

あ゛ー、慈悲の御心が染み渡りますだー……

 

「……そーいや、先生はサンプルになるのルチル?先生の劈開とか知らんけども」

「え?」

 

皆の視線がルチルに集まる。

 

「いえ……靭性テストのサンプルとしては情報不足過ぎて不適切です。不適切なんですが……私も少々興味ありますね。

先生、もし差し支えなければ腕を少し叩かせて頂いてもよろしいでしょうか?お時間は取らせません」

「うん?……ああ、もちろん構わない」

 

先生が袈裟の右腕を少したくし上げ、ルチルに差し出した。

脈をとるようにそれを左手で抑え、ルチルのトンカチが2回ほど別々の方向から振り下ろされる。

 

――カッ!カッ!

 

ジェードのそれとは違い音の響きが抑えられたそれは、なんとなく「ギッチギチに詰まった物を叩いた」と言うような印象を受けた。

 

「――ありがとうございました」

「うむ。何か参考になっただろうか」

「はい、大変興味深いデータが取れました。……そうですね、先生にはやはり劈開は無いようですね。それと、この感触は六方晶系でしょうか。硬度もかなり高いですし、やはり先生は別格ですね」

「すごい、叩いただけで解っちゃうんだ?」

「慣れで大体掴めてきますよ」

 

職人さんみたいだなぁ、ホント。

治療の時にもノミ使ったりするし、医師ってよりもイメージはますます職人さんだなぁ。

ボクらの体の構造上、仕方ない所はあるけどさ。

 

「しかし等軸晶系じゃなくて六方晶系かぁ……んで、『金剛』と。

……うん?もしかして先生って、ロンズデーライト(六方晶ダイヤモンド)?」

 

いやいやまさか、ロンズデーライトっつったらSFで出てくるような素材だぞ。

確かに隕石からごく微量発見されてはいた筈だけれど、いくら何でもそんな――って、先生が思いっきり目を見開いていらっしゃる!?

 

「……ア、アカン奴だ!暴いちゃアカン奴だったんだこの情報!!」

「こ、こらフォス!先生はプライベートな情報に踏み込まれるのは苦手でいらっしゃるんだ!もっと自重しろ!!」

「す、すみません。私も興味本位で余計な真似をしてしまいました」

「で、でもほら。きっと誤診ですよ。いくら何でも叩いただけでそんなに情報が分かる訳ないですしっ!」

 

先生の反応から一斉にフォローに回るボクたちを見て、先生がポカンという顔をしてる。

この人凄い顔に出るからめっちゃ解りやすい。

 

「……ジェード……もしかすると……私はこう言った方面で、結構皆から気を使われていたりするのだろうか……?」

「え?あ、いや、その……あ、あはははは」

 

ンもうこの誤魔化しや嘘が苦手な真面目さんめ!

オラ、先生目に見えて落ち込んでんだろーが!

 

「そ、そうか……気を使わせてしまってすまない……それとフォス。私の組成については、なんだ、その……ひみつだ」

「――アッハイ」

 

先生もちょっとガバガバ過ぎィ!!

もうちょっと組成と同じぐらいの固さ保って!?

 

「……ジェード。私は少し本堂に居る。何かあったら直ぐに知らせなさい」

「は、はい!わかりました!ごゆっくりどうぞ!!」

 

なんかショックを受けた様子を隠そうともせずに項垂れながら(もしくは本人的には隠そうとしているのかもだろうけど)本堂へ向かう先生の背中は、少しだけ小さく見えた。

……ちなみに、先生が本堂に向かうと言う事はお昼寝すると言う事と同義だ。

本人は瞑想と言って憚らないけど。

 

((((……フテ寝だアレ……))))

 

なんだかボクはこのとき、皆と心が繋がったような不思議な感覚を覚えた。

 

 

@ @ @

 

 

トンでもない爆弾掘り起こしちゃったけども、微妙になった空気を乗り越えて何とかボルツの担当を聞き出したボクは、少し小走りぎみに切野の湿原に向かった。

昨日みたいに月人に襲われたら堪らないので、早めに戦闘班と合流する必要があるのよね。

 

……しっかしまあ、それにつけても最近の人拐い連中、ちょっと色々おかしいと思うわ。

頻度もそうだけど、ヘリオの事だってそうだ。

――シンシャにしゅんころされたあの連中は、ヘリオの鏃は持ってなかった。

いよいよもって「ワザと返してる」説が濃厚になってきた気がしてならない。

そもそもその前の先生にしゅんころされた奴らだってヘリオの事を除いても変でしょ。――ダメージ入れても霧散しなかったんだぜ?

でもシンシャが相手した方は霧散した。

……なんだ?この違い。

ヘリオを持っているかどうか?ンな筈はない。

欠損ダメージ受けて霧散する仕組みになっているか否かだ。

――霧散しないタイプを新型、霧散するタイプを旧型と呼称するとしてだ。

シンシャ戦で出てきた奴が旧型だったのは何でだ?

ヘリオを持ってた方は実は戦力評価機だった?あのフザけた鏃はあの量であってもテストで済ますレベルだった……?

ならシンシャにのされた方が旧型なのにも納得するけど、そうなると頻度がおかしい。新型の後にブランクを置かずに旧型を送るのが不自然だ。

……月人にもグループがあるのか?

複数グループがボクらを狙ってると仮定したら、どうだろう。今までは暗黙に決まっていた頻度だけど、そのタガが外れたとか。

……一応、こじつけにはなる……のかな?

でも、タガが外れたって事はアイツら、勝負を賭けに来たってこと?

それにしては温くない?そもそも兵力の断続的投入とか今までが既にフザケ過ぎな訳だk

 

「へちんっっ!!」

 

パキッ!

 

「ぐああああああまたスッ転んだし!!っつーか手首割れたクッッソ!外出る度に割れてないかボクは!?」

 

割れ方が綺麗に真っ二つだからボクにも直せるけども!

 

「あらあらフォス、大丈夫?また考え事しながら歩いてたの?」

 

手首の断面を合わせるボクに声が掛かる。

見上げれば、太陽の光をキラキラ反射しながらダイヤが心配そうに覗き込んでいた。

 

ダイヤモンド。誰でも知ってる硬度10。

見た目女神。性格も女神。つまりは女神。

存在が眩しくて時折直視出来ない。

そんなダイヤの担当は戦闘班。強くて綺麗で性格も良いって凄い……凄くない?

 

「おお、ダイヤ様。ご機嫌麗しゅう」

「ふふ、なぁにそれ?」

 

そんな他人行儀だと僕寂しいなぁ、なんて言って起こしてくれるダイヤがマジダイヤだわ。

――あ、手首くっついた。

コレ絶対ダイヤ効果だわ。

 

「……時に、ボルツ見なかった?ボク、ボルツを探してたんだけどさ」

「あら、フォスも?僕もそうなの」

「えええ、なにそれ!?」

 

ボルツとダイヤはペアで見回りをしている。

と言うか、見回り組は不測の事態に備えてツーマンセルが基本だ。

ダイヤが知らないと言う事は、ボルツが勝手に動き回っている事を意味する。

――ちなみにダイヤが勝手をしている線はあり得ない。

何故ならダイヤが白と言えば世の中は全て白なので、間違っているのは常にボルツなのである。

異論は認めない。

 

「何だアイツ、勝手な奴だな!ダイヤを蔑ろにするとは笑止千万。先生にあること無いことチクってくれる!」

「そう言わないで?……ボクが、ボルツに付いて行けてないだけなの」

「付いていけない見回りって何なのさ?」

「あー、うん、まぁ……見回りそのものは、そうなんだけどね?戦闘になると付いていけなくなるの」

「やっぱりボルツが勝手してるんじゃないか!ダイヤをハブにしてたって言い触らしちゃる!」

「あんもう、そんなイジワル言わないで?ほら、この通りよフォス」

 

ボクが割れないように服の上から優しくぎゅうっとしてくるダイヤ。

 

「――仕方ねえ、今回だけだぞ」

「ふふ、ありがとうフォス」

 

クッソこの女神あざといわマジで。

 

「……でもさ。見回りの度に互いに探しているような事になってるなら、ちょっと由々しき事態だよ?一度ボルツにガツンと言った方が良くない?」

「ううん――本当に、僕が付いていけなくなってるだけなの。

ボルツはね、最近ますます強くなっちゃって……見回りも、撃滅も、全部一人で終わらせてしまうから。僕なんか、戦わせて貰えなくなっちゃってる」

 

ボクに回されている手が、すがるように強くなる。

――うん、まあ、「付いて行けない」の意味は解った。

 

「――ダイヤは、戦いたいの?」

 

恐らく違うだろう質問を投げる。

……ダイヤからの返答は無かった。

 

「……でもね、フォス。強くなければダイヤモンドでは無い。だから僕は、ボルツみたいになりたいの」

「その結論はなんだか悲しいよ、ダイヤ。光輝いてこそのダイヤモンドだと思うけどなぁ」

 

確かにボルツは強いけど、それは組成も性格も戦闘に全振りしてるからだ。

ダイヤがボルツみたいになっちゃったら、ボクはきっと悲しすぎて砕けちゃうよ。

 

「――僕にはね。強いボルツがとても輝いて見えるの」

 

悲しそうな目をしてダイヤがその体を離した。

その手が腰に下げた剣にのびる。

 

「それに……強くなければ、フォスだって守れない」

「――ッ!?」

 

ダイヤが剣を抜き放つのと、ダイヤの様相から事態を察した僕が振り返るのはほぼ同時だった。

 

――良く晴れた青い空の中で、月人が後光のように太陽を背にして浮かんでいた。

 

「何だってんだここ最近ッ!?」

「昨日も来たのよね?――まるで勝負を賭けに来たみたい!」

 

なんだ、上司にノルマでも決められたのかコイツら?今月は宝石拉致強化月間だってか!?

ダイヤの後ろに下がりながらホイッスルに思いきり息を吹き込む。

 

ピュイイイイイイイィィィィーーーッ!!

 

……ボルツが近くに居る筈だ。

ボクたち28人の中で最硬にして最強のボルツが。

 

月人の矢が放たれる。

ダイヤの邪魔にならないようにさらに下がりながら、ボクはその戦いを見続ける。

――ここで逃げるのとボルツを待つの、どちらが確度が高いかを計算しつつ。

 

ダイヤの剣が翻る。

ほとんどの宝石たちは、この矢の一斉射撃を叩き落とす事で対処する。

……しかし、ダイヤは別の解を見出したようだった。

 

「――っぃ、せぇッッ!」

 

器用に剣を使い、飛来した矢を月人に向かって跳ね返した。

撃ち放たれた矢の雨は、そのまま天女もどきの体を貫いて行く。

思わずボクの口から感嘆の声が漏れる。

 

「――す、すごいっ!!はね返すなんて!!」

 

ボルツみたいになりたい、とダイヤは言っていた。

だからこそ、新しい戦い方を模索し続けているんだろうと思う。

 

「――ううん……まだよ」

 

ダイヤの言葉通り、月人は依然健在だった。

弓矢だと跳ね返されると思ったのだろうか。各々が投げ槍に持ち替えている。

 

「!?――ダイヤ!その戦い方は凄いけど、ボクたちの体を砕ける程の攻撃を複数一度に跳ね返すのは、剣と腕への負担がかなり大きい筈だよ!連発は危ない!!」

「っ、……フォスもボルツみたいに言うのね……」

 

コンプレックスを刺激されたのか、ダイヤの眉が辛そうに歪む。

――ああもう、ボクの言いたい主眼はそこじゃないんだ!

 

「聞いて!!――その方面でアプローチするのなら、跳ね返すのを一本に絞るか、地に落ちた矢の鏃とかを剣先で引っ掛けるなりして投げ返した方が確度が高い筈だよ!負担も減るし狙いも正確になる!!

月人の雑(ぞう:周りにいる天女もどきの事)は全て倒す必要はないんだ!中枢さえ正確に崩せば終わらせられるッ!!」

「――ッ!?」

 

投げ槍の雨が飛来する。

ボクの言葉を一瞬で汲み取ってくれたダイヤは、跳ね返そうとしていたその構えを切り替えて槍の雨を潜り抜ける。

大地に突き刺さっていく槍はやはり矢よりも威力が高かったようで、はじけ飛んだ土が余波となってボクに飛来した。

 

「うっ……」

 

何とか砕けずに済んではいる。

顔をかばった両腕の間から、ダイヤが勢いよく突っ込んで行く姿が見える。

その先には先ほどはね返すまでもなかった矢が落ちている。

 

「――せぇ、の……っ!!」

 

月人の矢は3股になっている独特なものだ。

その鏃にうまく剣先を引っ掛け、大きく振りかぶったダイヤが月人に向かって狙いをつけた。

 

「いっけえええええぇぇぇぇーーーっっっ!!!」

 

剣のしなりとダイヤの身体能力。

それが、ボクらの体を砕き得る鏃に対して強烈な加速をかけて撃ち出した。

明らかに弓で放たれるよりも威力を乗せられた矢が、趣味の悪い雲の中央で座す月人の喉笛を食い破って空の彼方へ消えていく。

……そして、月人の体が霧散して行った。

 

 

@ @ @

 

 

「うっしゃあ!大当たりぃっ!!」

 

思わず渾身のガッツポーズ。

ダイヤも嬉しかったのか、「やったぁっ!」と胸の前でコブシを並べている。……うん、君のガッツポーズなんかズルいと思うわ。

 

しかし凄いな……アドバイスから試行一発で見事に決めて見せるとは。あの跳ね返す戦法を選ぶ所もそうだけど、ダイヤって相当器用だよね。

そのまま技術職出来ちゃうんじゃないの?

 

「ふふ……なぁんだ。最初っからフォスに相談していれば良かったのね」

 

今までムキになっていたのがバカみたい、とダイヤが笑った。

 

「いやいや、ダイヤの器用さがなせるワザだと思うよ今のはマジで。

……一応コメントしとくけど、今のやり方も欠点目立ってるから注意して。鏃を剣に引っ掛ける時に、どうしても一瞬無防備になってしまうから。そのままはね返すか地に落ちた矢を使うかで駆け引きが必要になる筈だよ」

「うん、ありがとうフォス。……元々はね。どうにかして遠距離から攻撃出来ないかって考えた結論がアレだったの。ボクが遠距離攻撃できれば、ボルツはそのまま近距離でバランスが取れるかな……なんて、ね」

 

なるほど……ボクもそれは何度も考えた。

ボクの場合は結論が投石紐だったんだけど、器用さが最低値のボクは3m先の的にすらマトモに当てる事が出来なくて、護身用で持つにしてもホイッスル持ってた方がマシと言う結論になったんだよね……

何だったらダイヤに投石紐教えてあげようかな?

 

「――ダイヤ!!」

 

ホイッスルの音を聞きつけたのか、ボルツが血相変えて飛び込んで来た。

5つに分かれた黒い長髪が翻る。

 

――ボルツ。彼はブラックダイヤモンドだ。

ダイヤと同じ硬度10。しかし劈開がある為衝撃に弱いダイヤとは違い、多結晶から構成される彼は劈開が無いため靭性が最上級。

つまりもっとも壊れにくい宝石なのだ。

そのせいか戦闘力もずば抜けてる。

……お陰で、性格まで戦闘狂だ。

 

「ボルツ……コッチはもう終わったよ。ボクも結構、やるものでしょう?」

「お前は!――勝手にどっか行ったと思ったら、まさかまたあのヘンな戦い方を試していたのか!?」

「へ、ヘンじゃない……フォスにも相談に乗って貰ったもの。無事に月人も撃破できたし」

 

……わぁお。

どうやらワンマンプレーやってたのはボルツじゃなくてダイヤだったみたい……

いや、でもダイヤは女神だしやっぱ全てにおいてボルツが悪いわ、うん。

 

「――おいそこのグズ!ダイヤに何を吹き込んだ!?」

「ちょっ、ひっどいなぁ……全弾はね返すのは剣も腕も負担が大きくなるから、一発だけはね返すか、落ちた弾を投げた方が良いって言ったんだ」

「なんだと……!?一発だけはね返す事を意識すれば他の弾への対処が疎かになるし、投げる事を選べばどうしても無防備な瞬間が出来上がる!防御力が激減するだろうが!!

貴様はダイヤをバラバラにしたいのかッッ!?」

「ま、待ってボルツ!フォスはその辺りもちゃんと忠告してくれたわ!」

「そもそも、こんな戦い方を模索してどうするって言うんだ!!」

 

他の弾への対処――って所はなかったけどね。

話聞いただけで直に欠点を指摘できる所はまあ、凄いと思うけどさ。

 

「ボルツさぁ……その剣幕ずっと続けてたらどんどん関係が悪化するばかりだよ?」

「なんだと!?」

「ダイヤが何て言ってたと思う?――ボルツが強すぎて戦う事すら出来ない。強くなければダイヤモンドじゃない。ボルツみたいになりたいって、スッゴい思い詰めていたんだぞ!」

「フ、フォス、それは……っ!」

 

ゴメンねダイヤ。

言われたくないとは思うけど、コレは言った方が良い場面だ。

 

「……バカな事を……っ!」

「バカな事じゃ無いさ。ぜーんぶ、君の剣幕がダイヤを追い詰めた結果なんだぞ?」

「――なにを?」

 

懐をあさって計画書のコピーを取り出す。

 

「……アマルガム計画?」

 

その行動が何を示すか解らずに眉を顰めるボルツの横で、ダイヤがその表紙を読み上げた。

 

「ボルツは靭性特級だ。……つまり、ダイヤの為だったんだろ?」

「ぐっ……」

 

ボルツがばつが悪そうに視線を逸らす。

心なしか、その頬は赤く染まっていた。

 

「え……何?この計画がどうしたの?」

「つまりさダイヤ。ボルツはねぇ、ダイヤの事が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでメチャクチャ好きでたまんなくてぇ、ダイヤがちょっとでも傷ついたら発狂しそうになるぐらい好きでぇ」

「お、おおおおおい、口を閉ざせこのグズっ!?」

 

ヤなこった。

 

「特に月人戦とかでヒビが入ったり砕けるダイヤを見るのがスッゴイ嫌なもんだから、だったらダイヤが傷つく前に自分が全部片づければエエやんと言う脳筋極まった結論に達してそれを実行し続けていた訳よ」

「……ボルツ?」

「しし、知らんっ!!全部このグズの言いがかりだっ!!」

 

だったら視線ぐらい合わせてくれませんかねぇ、ボルツさんよぉ?

 

「このアマルガム計画なんだけどさ。詳しい内容はすっ飛ばすけど、成功すると靭性を克服できる可能性があるのよ。……んで、その計画にボルツは参加したがっていたのね。靭性特級のボルツが。

……この状況に至れば、誰の為に参加したがっていたのかもう明白だよねぇー……?」

 

ああ、ニヨニヨが止まりませんなぁ。

きっとすごい邪悪な顔をしているんだろうなぁと自覚しつつ、ダイヤの耳元に口を寄せる。

 

「証拠見せてあげるよダイヤ。さっきボクにしたみたいに、ボルツに抱き着いてみ?……きっと面白いようにフリーズすっから」

「え?……う、うん」

「お、おいグズ何を囁いたんだ今!?おいちょっと待てダイヤ!?何だそのワキワキした手は――っ!?」

 

ああ良いなぁ。生まれてこの方300年、ここまで狼狽するボルツ初めて見るなぁ。

くひひひ、これがいわゆる愉悦って言う奴ですかねぇ?

カメラあればなぁー。もうパシャパシャしまくってたんだけどなァーっ!

 

「……か、かくほー」

「え!?え、え、ええっ!?」

 

カチコチになったボルツが「え」しか言えなくなって――

 

……凄い形相で、ダイヤを突き飛ばした。

 

「――え?」

 

一瞬、「拒絶した?」と思ったけどそうじゃなかった。

ボルツが剣を抜き放っている。

睨みつけたその視線の先に――予兆の、黒点。

 

「……嘘だろ?」

 

今日、2回目なんですが。っつーか、今倒したばっかなんですが。

……口の中で呟いたそのセリフなんぞ知る筈も無く――月人が空に現れた。

 




フォスの博物誌
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その3「ダイヤモンド」
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女神。異論は認めない。

炭素(C)で構成される、地球上でもっとも固いとされる宝石。
しかし4方向に完全劈開を持ち、衝撃には弱い。
等軸晶系の結晶でモース硬度は最硬度の10である。
光の屈折率が高く、理想的なカットが施されると非常に美しい光沢を見せる。

人類史においてはその特性から優れた装飾品としてはもとより、研磨や研削と言った加工機器に利用されていた。

熱を加えると酸化が始まり、空気中の酸素(O2)と結びついて二酸化炭素ガス(CO2)になってしまう為、高温に耐える事は出来ない。

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