薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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第04話「記憶」

 

――すわ、第2戦と思っていたのだ。

今度はボルツもいるし苦戦はしないだろうと少し楽天的に考えもしたけれど、事態は想像の斜め上を行った。

月人の乗った雲が、あさっての方向へスーッと遠のいて行ってしまったのだ。

ボクたちはそれをポカンとしながら見上げている。

 

「無視、した?ダイヤやグズがいるのにか?」

「……顧問さん、どう思う?」

 

いや、ボクも訳が分かんない。

 

「ボルツに恐れをなして逃げてった……だと、ありがたいんだけど。あっちは学校の方だしね」

 

何らかの目的があるだろうな、とは思う。

そしてそれはきっと禄でもない事なんだろうな、とも思う。

 

「あれ……何かしら?後光にしては大きいような……?」

 

ダイヤが月人の雲に何か見つけたようだけど、ボクには良く見えなかった。

ダイヤは視力も女神クラス?

 

「なんにしても、学校の真上だもの。きっと先生が見つけてるわよね」

「――あ」

 

視線がボクに集まった。

 

「悲しいお知らせです……先生、フテ寝中だわ」

「なに?……それは、マズい……!」

 

普通学校の中に戦闘班はいない。

最大戦力が先生だし、有事の際にはユークとジェードが動くからだ。

それに、今まで学校で月人を迎え撃った事例が無かったというのもある。

 

――まさかそのシフトを把握して攻めて来たとでも言うのか?

本当に、ここ最近の月人は動きが異常に過ぎる!

 

「――チッ!」

 

ボルツの行動は早かった。

先ほど抜き放った鞘を引っ掴み、黒い髪を靡かせてあっという間に走り去って行く。

 

「あ、ボルツッ!?」

「フォス、僕たちも行くよ!」

 

そしてボクも瞬く間に横抱きにされました。

靭性が低くてもさすがの最硬ダイヤモンド属。

それが身体能力として反映されているのか、ややボルツに後れながらダイヤが駆ける。

 

景色が見る見るうちに流れて行く。

身体スペックがボクなんかとは全然違う。

ボクが例え足が粉々に砕ける事を覚悟して全速力で駆けても、ここまでの速度にはならないだろう。

しかもこれを、ボクと言う重りを担いだ上で出してるのだ。

 

……さすがに、「サラマンダーより、ずっとはやい!」は自重しておいた。

 

落ちないようにボクもダイヤの首に手を回していると、不吉な事に気が付く。

 

「――あの、ダイヤさん」

「うん?」

「何か……右腕大丈夫ですか?キシキシ言ってる気がするんだけど」

「ふふ……バレちゃうなぁ。でも大丈夫。余裕で持つわ」

 

――ッ!

そうか、一回目のリフレク攻撃の時か!!

負担が掛かると思っていたけど、1回やっただけでダメージが酷い事になってたんだ!

 

「ダイヤ……ッ!」

「大丈夫、本当に心配ないわ。……だって……」

 

あっという間に警鐘を超え、学校の真上に座する月人を望める場所まで辿り着く。

既にボルツは、学校の外壁を足場に月人へ突っ込んでいる所だった。

 

「だって……今回も、何もさせてくれないものね……」

 

ボルツの剣が月人を唐竹割りにしているのが見える。

切なげに嘆息するダイヤの声が、やけにハッキリと聞こえた。

 

 

@ @ @

 

 

――結局、なんだったんだ?

2回連ちゃんで出ておいて、しかも一つはボクらを無視して学校を強襲して、結果はあっけなく霧散。

嫌なことが起こってない筈がないのに、それがない。

訳が分からないのでとりあえずユークに相談しに行ったら、何かでっかい変なのが池の近くに座している。

それを見つめて、ユークとジェードが途方に暮れていた。

 

「ユーク……なに、この……なに?」

 

いや、ホントに何?

なんか大きなヒビが入っている、でっかくて固そうな何か。

……うん?

引いて見ると全体像がなんか、カタツムリの貝殻に似ている、ような……?

 

「ああ、フォス。丁度いい所に。意見を聞かせてくれないか?」

 

声をかけてくるジェードの隣で、ユークが剣の鞘でコツコツそれを叩いていた。

 

「……このデカ物の事?」

「そうなんだ」

 

角度を変えて見てみる。

全体像は大雑把に円形。外周から中央に向かって螺旋を描いている。

象牙色のベースに、中心から外周に向かって薄紅色をした放射状の模様が伸びている。

……見れば見るほどカタツムリの殻だけど、その大きさが尋常じゃない。

 

「どっから湧いて出て来たのさ、こんなの?」

「見てなかったか?――月人が落としたんだよ」

 

「……あ?」

 

殻を触ってみようとしたボクの手が、ジェードの爆弾発言によってピタリと止まった。

 

「ああ、フォス。そう言えば、博物誌編んでいたのよね?この変なのが何なのか調べてくれない?

……フォス?」

 

ユークが暢気にそんな事を言っている。

固まるボクの様子を見て変な勘違いをしたのか、ジェードが声を掛けてくる。

 

「もしかして、これがなんだか知っているのか?」

「……とりあえず、離れましょうよユークにジェード」

 

緊張したボクの声を怪訝に思ったのか、二人が顔を見合わせた。

ボクはと言えば、固まった手を再起動させて軽く拳を作り、殻と思しき物をノックするように叩いてみる。

 

――水分を含む何かが、中に詰まっている様な反響と感触だった。

 

「中身付き……これ、アカン奴だ」

「……うん?何か知っているのであれば教えて欲しいんだが」

「知らない。――でも、月人が落とした上に中身が入ってるってだけで第一級危険物じゃん、むしろなんでそんなにノンキ出来るのさ!?先生叩き起こそうよ先生を!

――ちょっと皆、まだ警戒態勢解かないで!?」

 

やべえ、戦闘班は間合いの外だぞ。

遠目に見えるボルツはダイヤの腕を目ざとく見つけてなんかガヤガヤしてる。

みんな終わったと思ってる……っ!

 

ボクの様相に少しユークがオロオロし始めた。

 

「あ、あの、フォス……なんでそんなに警戒しているの?月人はとっくに霧散したよ?月人が霧散したのに残っているって事は、きっと月の物じゃないんじゃないかな?」

「いやいやいやいや、普通に考えてもトロイの木馬でしょコレ!月人が落として言ったのは不可抗力だったと仰る!?」

「木馬ぁ?これがか?」

 

そうだよね!ゴメンね!通じないよね!!

 

「トロイの木馬ってのはさ、はるか昔にあったとされているトロイア戦争の勝敗を決した1シーンの事で……」

 

――思い返してみれば。

二人への説明の為とは言え、要警戒第一級危険物から目を離したボクはいくらなんでもウカツに過ぎました。

視界がなんだか薄暗くなり、何か大きな物の日陰にいるのだと気づいた時にはジェードが切羽詰まって叫んでいた。

 

「――フォスッッ!!」

 

反射的に、ジェードがボクの腕を引っ張った。

回避させようとしたのだと思う。

しかし脆いボクの体はその急激な負荷に耐えきれず、ジェードに引かれた腕だけがパキンと言う音を残してついていった。

絶望に染まるジェードの表情をバックに見たものは、上から降ってくる半透明でピンク色をした軟体の何か。

 

――視界が、真っ黒に染まる。

 

熱い。痛い。

鈍感な宝石の体なのに、まるで真っ赤に熱した針を全身に刺されているようだ。

体がピクリとも動かない。

手足の先から「ボク」が消えて行くような喪失感に襲われた。

 

……ダメだ。

まだ、死ねない。終われない。

ボクがいなくなったら……シンシャは……

 

(た、すけ……)

 

がむしゃらに手を伸ばそうとしても、もはやその手の感覚が無い。

 

――そこから、ボクの意識は途切れている。

 

 

@ @ @

 

 

……気がつけば、何故か草原に大の字になって寝転がっていた。

 

太陽がさんさんと『僕』の体を照らしている。

視界に入る僕の前髪が、風に撫でられてキラキラと緑色に輝いていた。

それをぼーっと眺めながら、やっぱ僕ってキレイだよなぁー、月人にモテモテな事自体はもう仕方ない事だよなぁーとアホなことを考えてみる。

 

「あ゛ー……太陽がおいしい……」

 

僕のすぐ隣で蕩け切った声が上がる。

互い違いに頭を寄せて大の字に寝ているみたいだ。

 

「……そーだねぇ……」

 

僕もまた蕩け切った声を上げる。

この状況に対する疑問は全然沸かなかった。

押し寄せる眠気にウトウトするぐらいだ。こんな素敵なお天気の中で昼寝なんて、なんとゼイタクなんだろう。

 

「インクルージョンがねぇー……活発になってる筈なのに、不思議と眠くなるんだよねぇー……」

「あー、わかるわぁー……多分それ、『ボク』の時からの名残だと思うわぁー……ボクもウトウトしてるもの……」

 

うにゅ、と口から変な声が漏れつつも視線を横に向けてみる。

宝石とは違う、さらさらとした黒髪が控えめに揺れていた。

黒髪が聞いてくる。

 

「でもひっさびさだよねぇ……しょっちゅう砕けてんのにさぁ、意識飛ばすレベルまで行くのは……前の時はたしか、首がポロリしちゃったんだっけ……?」

「ちょっとぉー、話題としては最悪だと思うんですけどそこんトコどう言う見解よ?……あん時はルチルに大目玉食らっちゃったし、もう思い出したくないんだからさぁ……」

「あははは、ルチルさんには頭上がらないよねぇホント。毎回毎回あんな細かい立体パズル良く出来るなとか思うよ。あれ程の技術持っといて、なんでパパラチアさんを治せないのか不思議で仕方ないわ」

「それなー。最近パパラチアのインクルージョンツンデレ説が僕の一押しになって来てるわ。次点で好きな子ほど虐めちゃう性癖説」

「あっは、ルチルさん報われなさすぎだねそれは」

「ルチルはパパラチア相手だとすっげー献身的に尽くしちゃうタイプだからなぁー……」

 

ゴメンねルチル、ダシにしちゃってと頭の片隅で思いつつ、それでも頭のゆるーい会話をグダグダ続けてみたりするのだ。

 

「……あ゛ー……なんか、だんだん思い出してきた気がしたわ」

「気がしただけっすかフォスさん」

「いやいやそんなことねーよ   さんよ。……でもさ、思い出したは良いけど具体的に何されたん?僕」

 

最後に見たものは砕ける右腕と上から降ってくる半透明でピンクな軟体だぞ。状況把握しろっつー方が無理だと思うワケですよ。

 

「んー……なんかね。モグられたみたいよ?」

「……モグられた?」

「うん。モグモグごっくん」

「うわぁー、マジかぁー……」

 

それいちばんアカン奴じゃん。

思わず両手で顔を覆ってしまう。

オイどーすんだコレ、これで戻れなくなったらシンシャはもちろんの事、僕の腕を捥いじゃった上で助けられなかったジェードとか自殺モンのトラウマ刻んじゃうじゃないかよ。すっごい真面目なんだぞジェード議長は。

ボクら不老不死なんだからSANチェックとかダイレクトにダメージ入るんだぞ。

 

「一体ナニモノよ下手人。やっぱあの殻はカタツムリなわけ?」

「いや、その辺はボクにはどーにも……ただ、復活は出来そうな気はしてる」

「え、マジで?」

「マジマジ。まだインクルージョンは生きてるくさい」

「うはぁ、すげえ根性だな僕のインクルージョン。でもさすがのルチルでも消化されたモンをどうにか出来るのかね?」

「うーん、そのあたり突っ込まれると辛くはあるけども……」

 

っつーか僕ら、結構深刻な話題なのに何でここまでゆっるゆるで会話できんだろ?

お日様のせいか?……お日様のせいか。

 

「……そーいやさ。これを機会に人格交代とか企んじゃったりしないの?おたくは?」

 

まったく危機感持たずに聞いてみる。

なんかこう、サブカルチャー界ではお決まりのストーリー展開じゃん。

ついでにのちの和解とか統合でパワーアップも見込めたりすんだよこのイベント。

 

「あっはっは、バカだなぁ。人格交代も何も、ボクはとっくに君になってるし、君もとっくにボクになってるじゃない。ついでにパワーアップイベントも無いよ」

「なんだよ面白みねーな」

「初期チートと言って頂きたい」

「そんな稚拙設定、ハーメルンとかだと大目玉食らうんじゃないの?」

「それ以上はいけない」

 

やめて。最後だけ真顔になるのやめて。

 

「……でも、気になるんじゃないの?この草原は、僕と君の二人だけだ。

――だから時々、凄く寂しくなる」

 

さあああぁぁぁ、と良い匂いのする風が通り過ぎる。

 

「……いやあ、確かに『ずっと一緒だよ』なんて約束はしたけどさ。流石に人生跨いだら時効でしょ。……君が背負う必要なんてないし、その「寂しさ」はボクだけの物であるべきだよ」

 

なんか、凄い寂しい事をほざき始めるヤツに無言で裏拳を叩き込んだ。

 

――パキッ!

 

「ちょっ、ウッソここでも割れんの手首?ダメだろこういうシチュっつーか空間で割れたら」

「待って、痛い!!なにこれ痛いっ!?欠片が目に入ったっ!!なにこのヒドい攻撃スゴい痛いっ!!取って、取ってえぇっっ!?」

 

向こうは向こうで悲惨な事になってるし。

 

「ちくしょう、ヒドい、あんまりだ。訴訟も辞さないぞボクは……」

「許してヒヤシンス」

「ヒヤシンスやめぇーや!」

 

――あれ?僕ちょっと意識薄れて行ってない?

何というかそう、夢が終わって行くような感覚と言うか……

 

「え、ここでぇ!?復活イベントここでぇ!?ルチルさんどんなマジック使ったのマジで!?っつーかここでぇ!?」

「――あ、なんかもう時間なさそーだから巻きでお願いします。何か言いたい事あったらあと5秒くらいで」

「塩過ぎるっ!!結局ボクの目潰しただけじゃん何それっ!!ああ、クソ、えーっと、えーっと……

 

 

――もう来んなっ!!」

 

 

@ @ @

 

 

パチリと目を開ける。

『ボク』の目に飛び込んで来たのは、あまりにお世話になり過ぎて申し訳なくなるほど見慣れた医務室の天井だ。

視線を周りにずらせば、何やら片づけを行っている皆の姿。

メンツに先生も混じっているとか相当ですぜこれ。

ピンぼけた思考回路のままで、衝動的に口にする。

 

「……必ずしもお約束は出来ませんが、鋭意努力させて頂きます……」

「あ、フォス。意識が戻ったんですね」

 

ボクの呟きを真っ先に拾ったのはルチルだった。

 

「あー……なんか、愉快な夢見てた気がする……」

 

うんせっと体を起こして一息ついた。

全身オペの大手術だったらしい。服が制服ではなく、薄いガウンのような専用の物になっている。

ジェードが血相変えて駆け寄ってきた。

 

「フォスっ!!……すまない、私は……私は……ッッ!!」

 

あーあー、やっぱ変なトラウマ刻んじゃってるじゃんかよ。

ちゃんと直して貰っている右手でジェードをヨスヨスしながらなるべく軽く言ってあげる。

 

「まぁまぁ、気にすんない。美人薄命ならぬ美人薄『体』はフォスフォフィライトさんの宿命なんじゃよ。ここンとこ毎日パキッてるしさ。最終的に治りゃあ良いんだよ治りゃあ」

「治すの私なんですがね、フォス」

「……今回ばかりは許してヒヤシンス」

「どっから出て来たんですかヒヤシンス」

 

うーん、フォスさんとしては「パキッてる」というパワーワードが結構良く出来たと内心思っているのに、誰も突っ込んでくれないのが寂しいですぞ。やっぱネタは被せたらダメだな。

 

「――時にさ」

 

傍に置いてあった、水の張った桶の中に入っている物に視線を向けた。

 

「何、この……なに?」

 

うねうねした何かが水の中に浸かっている。

何と言うか……喩えるなら、ピンク色のウミウシ?

ウミウシとして考えると結構でかい。少なく見積もっても全長30cmはあるぞこれ。

 

ダイヤが合図した。

 

「今よ。さん、はい」

 

『ごめんなさい』

 

ペコリ、とウミウシがお辞儀した。

 

「……はい?」

 

……え、ちょっと、何今の?意味分かんないんだけど。

超展開が続きすぎてちょっと思考回路がショート寸前なんですが。

そんなボクの混乱を背景に、なんか「すごい賢い!」「フォスよりかわいい!」とかいう歓声が聞こえてくる。おいちょっと待て、ボクより可愛いたァ聞き捨てならんぞコラ。

 

……いやいや、違う違う。ソコじゃないだろ。

 

「――あの、誰か状況説明!状況説明をお願いします!流石に訳が分かんない!」

 

あのさ!なんでさぁっ!!

 

 

――ウミウシが喋ってんだよ!!?

 




フォスの博物誌
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白紙
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「――消化されてたんだぞ!?書けるかぁっ!!」

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