逃走中。※前話参照
村雨ちゃん
劇場版『村雨これくしょん』公開!・・・の夢を見たらしい。
裏陽炎型
マジギレ浜風さんに匹敵するやべー奴らの集まり・・・らしい。
とにかく走った、無我夢中に。
幾度となく街並みが変わったような気がしたけどその変化を楽しむ余裕なんてない。ただ、直ぐ後ろには奴らが迫っている様な気がしたから何度も何度も振り返っては誰もいない事を確認した。
日が昇り、日が落ちても走り続けた。走り続ける俺の体温は相当高くなっているのだろう、肩に落ちた雪があっという間に溶けてしまう。
どこまでもどこまでも走り続けろと俺の中のオルガが囁いた。ああ、俺は止まらねえよ。
そう思っていたけど案外早く限界は訪れた。どこまでも走り続けられると思っていた俺の足は突如として動かなくなってしまった。まるで打ち付けられた杭の様に次の一歩を踏み出すことができない。必死になって進もうとするとバランスを崩して顔面からコンクリートに倒れ込んでしまった。気づいていなかっただけで最早限界など疾うに越えていたらしく立ち上がることもできない。
コンクリートは冷たく、俺の背中に積もり始めた雪と共に体温を奪っていく。ああ……ここまでか、せめて飛龍に掛けてやったコートがあればもう少し暖かかったんだがな……。まあ仕方ないか。
「 」
?誰かが俺に話し掛けている様だ。すまない、相手をしてやる体力がないんだ。今はゆっくり眠らせてくれ。
「 」
何度も何度も語りかけてくる声を子守唄に俺はゆっくりと瞼を閉じた。
◇ ◆ ◇
「ここは……」
目を覚ますとそこは見覚えのない一室だった。状況確認の為に部屋をぐるりと見渡す。部屋には俺が横たわっていた敷布団にゴーゴーと熱風を吐き出す電気ストーブがあるくらいだ。部屋の様子から想像するに古いアパートの一室の様だ。
「目ぇ覚めたか」
困惑していると突然男が部屋に入ってきた。恐らく40代中盤だろうが髪を金髪に染め上げやたらテカテカした黒スーツを着ている為、およそ落ち着きというものは感じられない。
「おっさん誰スか?」
「テメエを助けてやった奴をおっさん呼ばわりとはな」
なるほど、体力が尽きて倒れていた俺をこのおっさんが助けてくれたらしい。
「で?お前どうして倒れてた。家は?仕事は?」
「……」
「訳ありか……」
ええ、白露型の少女達に追われてましてね。そう応える訳にもいかず黙っているとおっさんは少し考え込んだ後こう言った。
「お前うちで働くか?」
「……いいんですか?」
この申し出は正直ありがたい。現在俺の所持金は5千円、年始の凍える様な寒さを過ごすには余りにも心もとない。だが下手に銀行で金を下ろせばそこから足がつく恐れがあり使えない、さらに身分を証明できない俺はバイトで日銭を稼ぐことすらできない。だからこのおっさんの申し出は救いの蜘蛛の糸のようにも感じた。
「ああ、ちょうど人手も足りなかったからな」
「助かります。それでその仕事というのは……」
おっさんはドヤ顔を決めながらこう応えた。
「ホストだ」
◇ ◆ ◇
ホストクラブ『May Rain』ここが俺の新しい職場だ。髪の毛を金髪にしスーパーベ○ータ顔負けのトゲトゲヘアーにセット、そしてテッカテカに黒光りするスーツに袖を通し俺は今日も夜の街で女を狙う。
「お姉さん方!May Rainどうっすか!」
つっても俺はただの客引きなんですけどね。
「……」
声をかけてもほとんどが無視されてしまう。年始の寒さと心の冷たさが相まって挫けそうになってしまう。
「あっ!お姉さんホストクラブどうですか!きっと貴方の心をポカポカ温かくしてくれますよ!」
だけど俺はめげない、だって働かないと生きていけないから。
「じーーーーー」
うっ、地雷踏んじまったかもしれねぇ。この女、俺の声掛けに返事することもなくジッと俺を睨みつけてきやがる。よく見れば服装もおかしい、黒っぽいマントにやたらでかい帽子を被っている。いやその帽子デカ過ぎだろう。
「あ、あはは、忙しかったみたいですね。すんません」
ここはさっさと立ち去るのが吉だな。うん。
「待ってください」
「へ?」
「貴方は……指名できますか?」
「へ?俺ですか?」
「はい貴方を」
『ちょっと待ってくださいね』
俺は無線機で店長であるおっさんに連絡をとる。
「店長!客引きしてたら何か俺が指名されたんすけど!どうしたらいいですか?」
『ほーやるじゃねえか。いいぜ連れてきな、そろそろお前にも店に出てもらおうと思ってたしな』
『まじっすか……了解です』
無線機を胸ポケットにしまい黒帽子の女性に向かい直す。
「ようこそMay Rainへ。楽しい夜をお約束します」
◇ ◆ ◇
「良かったんですかVIPルームで、結構値段張りますよ?」
「はい、貴方とゆっくりお話がしたかったので」
複数人の客ならいざ知らず、お一人様でVIPルームとは……もしやこの人は結構な金持ちなのかもしれない、ここは何としてもハートを掴んで俺の常連になってもらわなくては。
「お姉さんのお名前を伺っても?」
「そうですね……ではオーちゃんと呼んでください。貴方のお名前は?」
「……太郎です」
やっぱこの源氏名ダメだろ……クソ店長め適当な名前付けやがって、俺だってもっとキラキラした名前がよかったわ。ラディッツとかな。
「……やっぱり」
「やっぱり?」
「いえ、何でもないの。気にしないで」
「そっすか。お姉さん飲み物は何にします?」
「そうね……じゃあルイ13世を」
「ルイ13世!?いや、あれ値段ヤバイやつですよ!?」
「フフっ、大丈夫です。お金はありますから」
この女……オーちゃんは一体何者なんだ。
結局オーちゃんは閉店時間ギリギリまで延長して俺との時間を楽しんでくれた。デビュー戦としてはなかなか良かったのでは無いかと思う。俺は彼女を見送る為に店の出口まで出る。
「今日は楽しかったです。また来てもいいですか?」
「もちろんですよ。ところでどうして俺なんかを指名してくれたんですか?あんな高いボトルまで……」
「そうですね……何といいますか、凄く懐かしい匂いがしたんです」
「匂い?」
スンスンと着ているスーツの匂いを嗅ぐ。店長からもらった柑橘系の香水の匂いがするだけだ。
「嗅いだってわかりませんよ。きっと私達にしか分からない匂いですから」
「?」
おーちゃんはあれだな。結構不思議ちゃんなタイプなのかもしれない。ファンションも独特だし。
「では私はこれで。楽しい夜をありがとうございました」
徒歩で帰って行くオーちゃんを見送り続ける。段々とオーちゃんの背中が小さくなりとうとう見えなくなるというタイミングで雪が降ってきた。
ひらひらと舞う雪の一つを俺は手の甲で受け止める。数日前にこの冷たい雪に体力を奪われ行き倒れたというのに今ではとても美しく愛おしいモノの様に感じる。
充実しているからだ。気のいい店長にノリはうざいが良い奴らばかりの同僚。それに今日は常連客候補までgetした。なにより提督業とは違い仕事時間外は完全なプライベートが約束されている。……もしかしたらホストとは俺の天職なのかもしれない。最初は少し稼いだらホスト何て直ぐに辞めるつもりだったが続けてみるのも案外悪くない。
未だひらひらと降り続ける粉雪を見ながらそう思った。
◇ ◆ ◇
提督が逃亡してもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。彼がいなくなった鎮守府は阿鼻叫喚……そんな言葉がぴったりの地獄絵図だった。
当然だ。この鎮守府はあの英雄がいたからこそここまで来ることが出来たのだ。彼が居たから戦えた、彼の為だから戦えた、そんな艦娘ばかりなんだ。そもそも彼が逃亡したという事実を知る艦娘は私達白露型だけ、他の艦娘達は彼の身に何か不幸な事が起こったのだと本気で思っているのだからタチが悪い。こんなに女の子達に心配をかける何て罪作りな人だ。
彼が無事なのは分かっている。だけどこのままではこの鎮守府が崩壊してしまう、涼風の精神も崩壊してしまう。だから私は姉妹を集めて会議を開くことにした。
「はい!緊急白露円卓会議始めます!司会進行は私、白露です!」
ぐるりと部屋を見渡す。集まっているのは黒、白、緑、金色の姉妹。
「……時雨、他の皆は?」
「涼風はショックで寝込んでる。他のは多分、鎮守府の外まで探しに行ってるよ」
「春雨はパスポート持って外に行ったぽい」
くっ、何て落ち着きの無い姉妹なんだ、少しは冷静な行動を心がけて欲しい。特に春雨はアクティブが過ぎる、流石にまだ海外を探す段階ではないでしょうに。
「まあいいです。皆さん分かっていると思いますが今回の議題は【どうやって提督をみつけるか】です。海風、提督のクレジットカード及びキャッシュカードの使用履歴は?」
「ダメです。お兄さんは逃亡してから一度もカードの類を使用していません」
「そう……。山風、提督の交友関係は?」
「だめ。浜風にも協力してもらったけど手がかりなし」
「そんな……この季節に大したお金もなく長期間過ごすなんて無理なはずなのに」
「白露、こうなったら形振り構っていられないよ。本当は身内の恥を晒すようで余り使いたくなかったけどそうも言っていられない」
「何か手があるの?」
時雨は口を三日月の様な形にし笑う。我が妹ながら何て邪悪な笑みなんだ。
「指名手配しよう」
◇ ◆ ◇
いつもの様に昼前に起床してコンビニのおむすびに齧り付きながらテレビを付ける。昨晩は飲みすぎたらしく頭に鈍い痛みが未だ残っている。
『かの悪魔の海域、鉄底海峡を攻略に導いた提督が行方不明になったようです。現在艦娘達総出で部隊が編成され昼夜を問わず捜索が続けられています』
「!?」
『提督……一体どうしてこんなことに。うっうっ』
『しれいがんんん、早くがえってきでよおおおお』
『提督、またあたいを置いて行っちゃうの?そんなの嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ』
涙ながらにインタビューを受ける艦娘達の映像が流れる。特に泣きじゃくるうーちゃんの表情に酷く心が痛んだ。ごめんなうーちゃん……うーちゃんだけでも連れてきたかったよ……。涼風はいい加減俺に依存すんのやめろ。
『この様に英雄の身を案じ多くの艦娘達が涙を流しています。こちらが鉄底英雄の写真です、提督の所在に心あたりの有る方がいましたら下記番号までご一報ください』
げっ、デカデカと俺の顔写真を公共の電波で放送しやがった……。これじゃ指名手配と変わらねえじゃねえか、髪型も服装も以前とはまるで違うからそうそうバレる事は無いと思うがこれからはなるべく外に出るのは控えよう。
「おう太郎、今朝は早いな」
「もう今朝なんて時間じゃねえよ」
あれから俺はおっさんのアパートに居候させて貰っている。衣食住と世話になりっぱなしで頭が上がらない。
おっさんは俺と同じ様に冷蔵庫からおむすびを取り出し俺の向かいの椅子に腰掛けた。
「お前を拾って一ヶ月……立派なホストになったな」
「なんだよ急に止めてくれよ照れくさい」
「いや、本当にお前は良くやってるよ。売上ならもうNO.1だ」
「売上だけだよ。それだってオーちゃん・・・黒帽子の客が毎日通ってくれるからだ」
「いいや……お前は凄い奴だ。俺の息子にしたいと思えるほどに」
「おっさん……どうしてそこまで俺の事を……」
おっさんはタバコを一本吹かすと照れくさそうに頬をポリポリと掻いた。
「俺も……お前と同じだったからな」
「俺と同じ?」
「ああ、あれはカゲロウの見える日だった」
「カゲロウ……?まさか!」
裏陽炎型と呼ばれる艦娘がいるという噂を聞いたことがある。奴らは軍にとって邪魔な存在を処分する為に結成された非公式チームなのだとか。処分・・・といっても命を取る訳ではなく奪うのは記憶。方法は不明だが軍にとって都合の悪い記憶を根こそぎ奪っていくのだ。そして記憶を奪われた人間は必ずこう言うらしい「カゲロウを見た」と。
そうか……だからおっさんは俺を助けてくれたのか……同じく艦娘に追われる俺を。
「おっさんも軍から裏切られていたんだな……」
俺はおっさんの境遇に涙した。散々利用されるだけされてこんなのあんまりじゃないか。
「軍?裏切り?何を言っt」
おっさんの言葉を遮って彼を抱きしめる。
「いいんだ!辛い記憶を無理に思い出さなくても!!」
「おっおう?」
「いつまで一緒にいられるかは分からないけど……それまでは 俺がおっさんを守るから!」
それが俺に出来る唯一の恩返しだから。
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「太郎!お前に指名入ってるぞ!」
「オーちゃんですか?何時もより早いような」
「いや、見たこと無い客だ、多分初顔さんだな。VIPルームに通しておいたから使っていいぞ、もちろんサービスだ」
「マジすか先輩!あざっす!」
「おう、その代わり絶対にモノにしろよ」
脱走してから1ヶ月が経った。正直初めはホスト何て仕事は俺に務まるモノじゃ無いと思っていたが案外楽しくやれている。俺の事を息子の様だとまで言ってくれたおっさんの為にも俺はこの街の……鳥取の夜王になると決めたんだ。もっともっと常連を獲得してやる!
自由を手に入れ人生の目標まで出来た俺はやる気に満ち満ちていた。毎日が希望で溢れていて楽しくて仕方がなかったんだ。だから……あいつらの影に気づくことが出来なくて終わりは唐突に訪れた。
「ご指名ありがとうございます。貴女に楽しい夜をお約束します」
VIPルームには3人の女性がいた。全員が黒コートに付属しているフードを深く被っておりその表情は分からない。なんか俺を指名してくれる客はこんなんばっかだな。
「おっと、3名のレディー達の来店でしたか。これは少々私では力不足というもの、応援を呼んできますので少しお待ちを」
「いえ、結構です」
部屋から出ようとした俺のスーツを一番近くにいた客が掴む。その際にちらりとフードから白い髪が溢れた。
「私達は貴方とお話したいんです。他の方は結構です」
「はあ……そうすか?」
それから俺は散々飲まされ歌わされた。しかもその間彼女達は一口もお酒に口をつけないのだ。素面の女性達の相手ができるほど俺のコミュニケーション能力がそれほど高く無い、現に彼女達は俺のトークを聞いてもピクリとも笑わない、正に地獄の様な時間だった。
「あの……そろそろ閉店時間ですので」
「あら、もうそんなお時間ですか。お兄さんと過ごす時間が楽しくてあっと言うまでした」
お兄さん、その言葉を聞いた途端に何故か背筋が凍る様な感覚に襲われた。別におかしな事なんてない、ホストをお兄さん呼び何てよくあることだ。
「ね、ところでさ」
お兄さんと呼んだ方とは反対側に座っていた客が俺の肩を掴んで囁く。
「君ってアフターはOKなの?」
たまにこういう勘違いした客がいるのだ。俺達が提供するのはあくまでこのMay Rain での楽しい一時。だというのにそんなルールをぶち壊しにする輩だ。
「いえ、うちはそういうのNGですんで……」
「え~いいじゃんホテルは取ってるからさ……もちろん鎮守府にね」
突然女達全員がフードを取る。フードの下から現れたのは俺のよく知った顔……時雨・海風・春雨ちゃんだった。
「ほら、早くいくよ。こんな店で働いて……色々聞くことがあるからね」
目の前が真っ暗になる。この店での日常にヒビが入ってくのを確かに感じだ。
「どうして……なんでお前らが!!俺はこの二ヶ月足が着くようなことは何もしていない!バレるはずがないのに!」
「この店の人から良いホストがいるって紹介されたからだよ。ねっ?店長?」
振り向くとそこにはいつの間にかおっさんが立っていた。そんな……まさか
「嘘だろおっさん……俺を騙してたのか……?俺を息子の様に思ってるって言ってくれたじゃないか。なのに……裏切っ」
それ以上先を言うことは出来なかった。
だっておっさんは歯を食いしばり爪が手に食い込んでしまうくらい強く拳を作っている。悔しそうでやりきれないそんな表情を浮かべていた。やめてくれよおっさん……俺はおっさんのそんな顔見たくねえよ……。
おっさんとの思い出がフラッシュバックする。
全てはあの雪の降る夜に拾ってもらったことから始まった。それからホストのいろはを教わった。一緒におにぎりを食べた。銭湯で背中を流した。俺に初めて常連が出来た時に自分の事の様に喜んでくれた。全部……全部大切な思い出だ。
仕方なかったんだよな?こうするしかなかったんだよな?だったら俺はあんたを恨まない。それだけの事を俺にしてくれたから。だけど……またいつか俺がこの店に戻って来た時……その時はまた一緒に……!
「店長これ今回の謝礼です」
「あっどうも」
「こんな店潰れちまえやああああああ!」