ついつい山風にちょっかいを出してしまう。
山風
からかわれてばかりなので何時か提督はシバく。
春雨ちゃん
趣味はB級サメ映画鑑賞
夏鮫ちゃん
流石に麻婆春雨にパイナップルはNG。
一二○○快晴、執務室の自席で書類に目を通す振りをしながら状況を整理する。
「ねえ、司令官、ごはん」
大体俺がここに居ること自体がおかしい。妖精が見えるからなんて理由で言葉巧みに連れてきやがって、次の提督が見つかるまでの繋ぎって話だったじゃねえか。それがちょっと手柄あげたからって英雄扱いして辞めさせない。労基違反とかそういう問題ですらないぞ。
白露メンツに至っては上官の俺に折檻とか言ってやりたい放題する始末。
「げしげし」
「山風、なに人の椅子蹴ってんだ」
白露型の幸薄そうな緑……山風が俺にちょっかいをかけてくる。
「むし、すんな」
今日の秘書白露は山風か……勝ったな。山風はちょろい。ざるだ。白露メンバーの中で最も脱走が容易だ。山風の日に逃げないで他の日に逃げる理由がないってレベル。ちなみに一番危険なのは春雨ちゃん。春雨ちゃんの日だけはどんなチャンスがあろうとも脱走しないようにしている。捕まったらシャレにならない。以前はドラム缶の中に次元幽閉されて3日だしてもらえなかった。
「んで、なに」
「一二○○、ごはん食べに行こ」
「俺はここでカップ麺食べるから他のやつ誘いな」
「秘書は一緒にいないとダメ」
いくらちょろ風でも流石にこんなやり方じゃダメだわな。
「それに皆から提督を食堂に連れてきてって頼まれてる」
「あ?何で」
「提督、駆逐艦以外と話とかしないから、皆嫌われてるのかなって不安になってる。食堂にも来ないからコミュニケーションとれないし」
あー何か時雨もそんな事いってたな。
「間宮さんも『私の料理が口に合わないのでしょうか…』ておちこんでた。なんでこないの?」
「飯を食べるときは誰にも邪魔されずなんというか自由で救われてないといけないんだよ……。俺が食堂に行くと何故か皆あつまって来て息苦しいんだよな」
「山風だけなら静かだし一緒でもいいんだけど」
「それは嬉しいけど今日は食堂」
「はいはい、んじゃいくかちょろ風」
「ちょろ風てなに」
◇ ◆ ◇
「連れて…きた」
『『『!?』』』
山風と仲良く手を繋いで食堂にはいると一瞬食堂の時間が凍ったかの様なラグが走る。
『えっえっ山風ちゃん本当につれてこれたの?!』
『加賀さん!?どうしてラーメンの食券を破り捨てているんですか!?』
『間宮さん今日はサンドイッチでお願いします』
『榛名私にも鏡貸してくだサーイ』
『姉様まだ髪が整ってないのでもう少し…』
「提督さーんこっちこっちーーー」
カウンターでラーメンを受け取り席を探そうと振り返ると瑞鶴、翔鶴、瑞鳳の空母組が手を振っていた。
「司令官あそこにしよう。にげちゃだめ」
「いや人の少ないとこで食おうぜ」
「どうせ人のいない席に行っても皆集まってくる」
「さいですか…」
言われて空母組の方に向かう。後ろからぴったりと北上、大井がくっついてきていた。
「提督さんが食堂に来るのほんとに珍しいね!」
五航戦の明るい方である瑞鶴の正面に座る。
「ああ、たまには君たちとコミュニケーションを取らないと、と思ってな」
「ホントですよ、皆提督と話したいのに執務室にこもってばかりなんですから」
この白いのは……確か瑞鶴の姉か。艦娘が多くなりすぎて把握しきれねえ。
「すまない。上官がいては息が詰まると思ってな」
「そんなことないよー。大井っちなんて『以前私が失礼な事をいったから私たちをさけているのでしょうか……』て言ってたし」
「ちょっ北上さん!?」
「そんなことがあったか?まるで記憶にないが」
「ほらー言った通り全然気にしてないでしょ?」
「そっそれなら良かったです……」
げしげし
(んだよ山風足を踏むな)
(私たち白露型とは全然対応が違う。食堂に来なかった理由もさっき言ってたのとも違う)
「提督、先日の南方海域進出作戦の指揮お見事でした!本来なら何度も出撃を繰り返し情報を集める必要がある海域をたった一度で攻略されるなんて!」
こいつは……確か瑞鳳か。卵焼きが大好きだったな。
「当然よ!なんたって私たちの提督さんは【英雄】なんだからね!」
情報は全部相棒の深海妖精さんから事前にもらってたんだけどな。
◇ ◆ ◇
「ごちそうさまでした」
「では私達は先に失礼するよ。呼んでくれてありがとう」
「提督さんまた一緒に食事しようね!他の娘も話したいと思うから」
・・・・・
「山風、冷蔵庫に買い置きのアイスがあるから食べていこう。提督のおごりだ」
食堂には共用の大型冷蔵庫がありそこに各自食品に付箋を貼り名前を書いて保存するようにしている。
数ヶ月前アイスを買い置きしていたのを思い出した。
「ありがとう」
大型冷蔵庫を開けると中から冷気が飛び出してきて気持ちがいい。
その中から自分のアイスを見つけ出す。がその横にあるアイスをみてはたと考える。
【ごーや】付箋にはそう書かれていた。
はーーー。ちょろ風だからな、これでいけるだろ。脱出チャンスだ。
「ほらちょろ風、お前はイチゴチョコ味。俺はミントチョコな」
「ちょろ風てなに。でもありがとう」
嬉しそうにアイスを食べる山風をみながら俺もアイスを食べる。
「信じなくてもいいけどさ。今日は俺逃げないから」
「だからまあ。気楽にいこうぜ」
「……うん」
という具合に警戒心を少しでも緩めることも忘れない。
山風のアイスが半分ほどになったところであいつがくる。
「あーーーーそのアイスごーやのアイスでち!!」
「いや、これはちがっ」
「やっぱり冷蔵庫にもないでち!!楽しみにしてたのにひどいでち」
58に詰め寄られおろおろとする山風を尻目に食堂を去る。だからちょろ風なんだよ。
◇ ◆ ◇
いつもならここで速やかに脱出するんだが今回は違う。いま鎮守府には春雨ちゃんがいるからな狙うなら彼女が遠征に行っているタイミングだ。というわけで相棒の深海妖精さんにつくってもらっていた秘密部屋に身を潜める。ここで時間を稼げば白露メンバーは俺を探しに本土に行くか遠征に行くはずだ。そして奴らがいなくなったタイミングで脱走する。完璧だ。
「さてと、白露メンバーの様子をみるか」
予め部屋に用意しておいたノートPCの電源をいれる。すると画面には鎮守府全体の様子が細かく映し出される。この日の為に防犯カメラをセットしておいたのだ。
山風が涙目で鎮守府を走り回っているのが見える。ハッハッハ見つかるものか!早く時雨、春雨を連れて本土に探しにいけい!!
自分一人では見つけられないと判断した山風は泣きじゃくりながら白露メンバーに助けを求めていた。がどうやら白露覇王である春雨ちゃんが見つからないようだ。何やら春雨ちゃん以外の全員で本土まで探しに行くらしい。
白露全員が抜錨したのを見届ける。山風が号泣していたのを見てちょっと心がチクっとしたが悪いのは俺ではなく辞めさせない軍だと言い聞かせ平静を保ち立ち上がる。今この鎮守府に白露はいない。すなわち敵はいない。
山風が見つけられなかった春雨ちゃんが鎮守府全域にしかけられたカメラにも一度も映らなかったのは気になるが多少のイレギュラーはあるだろう。今なら確実に逃げられる。
……永かった。騙されて着任してはや3年。毎日いやいや執務をしていたがそれも今日で終わり。そう思うと少し悲しい気分になってくる。艦娘達の事は嫌いではなかった。むしろ良い娘たちばかりだった。……きっと俺がいなくなれば涙を流す娘もいるだろう。必死の捜索は続けられるだろう。だけど何時か忘れられる日がくる。
最初のうちはすこしづつ私の事を忘れていくことすら辛いだろう。だけど必ず乗り越えられる日が来るから。だから
「さようなら、みんな。好きだったぜ」
そう言い秘密部屋から立ち去ろうとしたとき。
ガンっ。
薄いステンレスを床に叩きつけたような音と共に目の前が真っ暗になる。
この窮屈で息苦しい、真っ暗な世界を俺は知っている。春雨ちゃんのドラム缶の中だ。
ああそうか。納得だ。防犯カメラに映らないという事はカメラに映らないところにいる。映らないのは艦娘の個々人の部屋だ、だがそれは山風が全て確認していた。
一つだけ例外がある……この部屋だ。
「私も好きですよ司令官。だからさよならはダメです。はい」
俺は覇王の折檻を想像し震えることしかできなかった。