辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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提督
シリアスは苦手

悪雨
私が悪い子だった時期のお話です。

深海妖精さん
たびたび名前は登場していたが実は今回初登場。










春雨と失くしてしまった返事

 

 

 

 振り返った瞬間、私の目は砲弾を捉えました。砲弾はまっすぐに殿(しんがり)を務める天津風さんに向かっています。天津風さんは気づいていません。

 

 何故だか砲弾のスピードはとても遅いです、新型の兵器でしょうか?しかしこれなら充分に天津風さんを助けられます!

 

 私は急いで天津風さんの元へ向かいます。

 

 あれ?おかしいです。体がちっとも進みません。いえ、進んではいます。ゆっくりとゆっくりと。まるで砲弾のスピードに比例して私の動きも遅くなっている様です。

 

 私は理解しました。砲弾も体も遅くなっている訳ではなく私の意識だけが早くなっているんですね。

 

 あと少しなんです。あと少し。

 

 私は天津風さんに向かって右手を突き出します。砲弾もそこまで来ています。

 

 まにあって!!

 

 

ドン バガン!!!

 

 

「春雨!!」

 

 砲撃を受けた艤装は吹き飛び私は海面に浮くための浮力を無くしてしまいました。ゆっくりゆっくり私は沈んでいきます。そんな中、右を見ると天津風さんが信じられない物を見るような顔で私を見ていました。よかった…間に合いました。はい。

 

 天津風さんの無事を確認して私の体は完全に海中に沈んでしまいます。海中で体は反転し頭から海底に落ちていきます。

 

ガシ!

 

 沈みゆく私の足に何が巻き付きました。これは…時雨姉さんのアンカーですね。

 

「春雨!春雨!」

 

 海面から微かですが声が聞こえます。どうやら姉さんが私を引っ張りあげようとしている様です

 

 私は残った力を振り絞って何とか右腕を動かします。

 

ドン

 

 至近距離で私の砲弾を受けたアンカーの鎖は破壊され、私の体はまた沈み始めます。

 

「春雨…なんで!なんで!」

 

 ダメですよ、姉さん。敵はまだすぐ近くにいます。そんな隙を見せては他の皆さんまでやられてしまいます。

 

「春雨!春雨!返事してよ!」

 

 はい。

 

「春雨!」

 

 はい。

 

「春雨!何処にいるの!」

 

 もう私の声は届いていないようです。私、お返事だけは自信があったんですけどね。

 

「ー雨ーーーーーー!」

 

 もう姉さんの声も聞こえません。

 

 意識も薄くなってきました。ごめんなさい姉さん勝手なことして。他の姉妹のことをよろしくお願いします。はい

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 気づいた時ワタシは一人海の上に立っていました。ここはどこでしょう?ワタシは何故ここにいるのでしょう?何もわかりません。確かワタシは天津風さんを助けて─────

 

「!っ駆逐棲姫!」

 

 突如声が聞こえました。振り向くと4人の艦娘がいます。良かった、迷惑をかける事になりますが姉さん達のいる鎮守府まで道案内をお願いしてみましょう。

 

ドン ドン

 

 え?

 

 4人の艦娘はワタシに向けて砲撃を始めました。

 

「アーーーーー、アーーーー」

 

 止めるよう訴えますが上手く発声できません。

 

 どうしてこんな事をするのですか。

 

 どうしてそんな怖い顔をしているのですか。

 

 ワタシはその場から逃げ出します。

 

 砲撃は続けられ幾つかの弾が私の背中に命中しました。ですがおかしいのです。衝撃は伝わり身体の動きが鈍くなっているのは確かです、ですが痛みを全く感じません。どういうことでしょう?なんにも、なんにもわかりません。

 

 どれくらい逃げたでしょう。振り向くことなく走り続けているといつの間にか砲撃音は聞こえなくなっていました。後ろをみるともう彼女達の姿はありません。

 

 ワタシは安堵のあまりその場に手をつき崩れ落ちました。私が倒れた衝撃で海面は大きく波紋をたてながら荒ぶります。疲れ果てたワタシはじっとその波紋を見て休むことしかできません。だんだんと波紋が収まり海面が元の姿に戻ります。そして完全に元の姿を取り戻した海は太陽の力を借りて私の姿を映し出します。真っ黒な艤装に血色の悪い顔。そう海面に浮かんだのは駆逐棲姫の姿でした。

 

ドン

 

 ワタシは怖くなり海面を砲弾で撃ち付けます。その瞬間に駆逐棲姫の姿は消え去ります、ですが数秒後またワタシの前に姿を現すのです。何度、何度やっつけても彼女は蘇ります。

 

「アーーーー、アーーーー」

 

 上手く言葉を発することもできません。

 

「アーーーー、アーーー!」

 

 悔しくて、辛くて、何より悲しくてワタシは声にならない声を上げ続けます。

 

 声を上げる以外のことは出来なくて、結局ワタシはその場で絶望するしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 どのくらい泣いていたかは分かりませんが泣きながらワタシは考えていました。これからどうするかを。

 

 もう皆さんの元へ帰ることはできません。なのでここでお別れです。

 

 

 

 さよならです。ハイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人で生きて行くと決めてからワタシは一つの孤島を住処にしました。人は誰もいません。ワタシも人ではありませんから。

 

 この島を見つけて1週間が経ちました。住めば都、あまり不自由はありません。強いて言うならそうですね……娯楽がないのでいつも皆の事を思い出してしまうことでしょうか。この島でワタシはいつも泣いています。今だって砂浜に体育座りして泣いています。ハイ。

 

「おまえは……」

 

 おや?後ろから声が聞こえます。この島には誰もいないはずですが。

 

 振り向くと男性が立っていました。黒いアンダーウェアに軍のズボンとかなり着崩した格好です。確かに最近は暑いですがアンダーウェアの上になにか着て欲しいものです。

 

「アーーー、アーーー」

 

 やはりワタシは声を出すことができません。ですがこれでいいです。私の不気味な声を聞いたこのお兄さんは直ぐに立ち去ってくれるでしょう。

 

 なんてワタシの浅はかな目論見は失敗に終わります。

 

「怪我してるな。見せてみろ」

 

 そう言ってお兄さんはワタシの手をとります。あれ?もしかしてワタシが深海棲艦だと分かっていないです?

 

「アーーー、アーーーー!」

 

 ワタシは声を荒げて艤装を展開します。これなら気づくでしょう。

 

「わーってるよ。お前が深海棲艦だってのは。それに元艦娘だってのも」

 

 え……?何故そんな事を知っているのでしょう。艦娘本人であるワタシだって艦娘が沈めば深海棲艦になるなんて事は知りませんでした。いえ、他の誰だって知らないでしょう。だって深海棲艦は喋れない、自分が元艦娘だと伝えられないのですから。

 

「腕、折れてるな。相棒、治せるか?」

 

「ヒトリダカラ時間カカル」

 

 彼の肩には真っ黒な服装に血色の悪い顔をした小人が乗っていました。恐らく深海棲艦側の妖精さんだと思われます。艦娘だった頃は妖精さんを見ることはできなかったので確証はありませんが。

 

「どのくらいの時間かかる?」

 

「100時間」

 

「ゲっまじかよ。まあしゃーないか」

 

 お兄さんはそのまま私の横に胡座を掻いて座ります。距離が近いのでお兄さんの体温が伝わってきます。温かい……温かい。凡そ(およそ)体温というものが無い私の体にお兄さんから伝わる暖かさはとても気持ちの良いものでした。日光とは全く別の心地よさです。

 

「つーわけだからよ。これから100時間よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからお兄さんは毎晩私の元へやってきました。日中はどうやら用事があるとのことです。

 

 今晩もやってきて私の横に座っています。

 

「艦娘だった頃の記憶はあるのか?」

 

「アーー」

 

 ワタシは頷きます。

 

「ほーん」

 

 何故こんな事を聞くのでしょう?そもそもこの人は一体何者なのでしょう?妖精さんを見る事が出来る人は極希にいますが深海妖精が見えるなんて話は聞いたことがありません。

 

「ならこれやるよ」

 

 手渡されたのは大きなスケッチブックにサインペン。

 

「記憶あるなら文字書けるだろ?」

 

 ワタシはサラサラとスケッチブックにサインペンを走らせます。

 

『はい』

 

 お兄さんはニヤリと笑いました。

 

 それから私にとってお兄さんとの時間はとても大切なものとなりました。この時間だけが唯一、私が深海棲艦ではなく人であると錯覚できるからです。

 

 ある日お兄さんはいいました。

 

「なあ、あと1ヶ月くらいしたら俺は今居る場所を離れてここから遠く離れた場所に行く予定なんだ」

 

 ワタシはとてもショックを受けました。お兄さんとの会話がなくなっては人としての自我を保つ自信がありません。

 

 何よりもっともっとお兄さんとお話がしたかったです。

 

「だから、その……付いてくるか?」

 

 嬉しかった。胸から熱い何かがこみ上げて目から溢れました。もう、ここでずっと一人で生きていくしかないと思っていたから。

 

 ワタシは急いでスケッチブックに返事を書こうとします。もちろん『はい』です。

 

 ……だけどスケッチブックを膝に置きサインペンを持ったところで固まってしまいました。

 

 文字が分かりません。『はい』と書けません。

 

 あれ?あれ?おかしいな。えっとえっと。あれ、何でどうして。

 

「やっぱ嫌か?」

 

 ブンブン ワタシは文字を書くのを諦めてジェスチャーでお返事します。

 

「そうか、良かった」

 

 そう言って笑ってくれたお兄さんの顔を見て私も嬉しくなりました。

 

「もう直ぐ怪我も完治だからな。でも艦娘に会うとまずいから怪我が治っても海には出るなよ」

 

 もちろんです。お兄さんが外に連れて行ってくれるまでこの島から出るつもりはありません。

 

 

 

 

 

 

 次の日の夕方、ワタシは一人で考えごとをしていました。お兄さんが来る夜までまだ時間があります。

 

 ワタシはスケッチブックを手に取り文字を書こうとします。やはり書けません。文字の形がわからないのです。ワタシは文字そのものを忘れてしまっていたのです。

 

 ワタシは怖くなりました。

 

 急いで他の記憶を辿ってみます。

 

 お兄さんの事は覚えている。この島に来た日のことも覚えている。初めて深海棲艦になった日も覚えている。どうして深海棲艦になったかも……あれ?

 

 思い出せません。ガタガタと身体が震え始めます。

 

 どうして……!少し前まで思い出せていたのに!

 

 違う!違う!ワタシは深海棲艦なんかじゃない!ワタシは駆逐艦──────

 

 もう自分の名前も思い出せません。

 

 もしかしたらワタシは初めから深海棲艦だったのかもしれません。ワタシが勝手に艦娘だと思い込んでいただけ。だってワタシが艦娘だっと証明するものが何もないのですから。記憶すらないのですから。

 

ドンドン

 

 震えていると海から砲撃の音が聞こえました。見ると艦娘と戦艦棲姫が戦っているのが見えます。

 

 艦娘側は軽巡2隻に駆逐1隻。勝ち目はなくどんどんダメージを負っていきます。既に駆逐艦は大破しています。

 

 ワタシは迷わず艤装を展開し助けに向かいます。深海棲艦と戦えばワタシが艦娘であることの一番の証明になるとそう思ったから。

 

ドンドン

 

 ワタシは戦艦棲姫に砲撃しながら艦娘との間に割って入ります。

 

「アーーーー」

 

 今のうちに逃げてください。ワタシが時間を稼ぎます。そういう思いを込めてワタシは叫びました。

 

ドン

 

 ですが後ろから返ってきたのは砲撃音と私の背に鈍く響く衝撃でした。振り向くと艦娘達は鬼の様な形相を浮かべていました。私が初めて深海棲艦になった時に見た艦娘達と同じ顔です。

 

「駆逐棲姫っ!!!」

 

 ああ、やっぱりそうなんですね。ワタシは深海棲艦なんですね。私が艦娘だと思い込んでいただけ。

 

 こんどは正面からも衝撃がきました。戦艦棲姫からです。

 

「ガーーーーー」

 

 ワタシはその場から逃げ出しました。一体ワタシは何なんでしょう。最初から最後まで何も分かりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか島まで戻った時ワタシの意識は消えかかっていました。戦艦棲姫の砲弾を受けた箇所から少しずつジワジワとワタシの中に何かが侵入してワタシを追い出していくのです。もうワタシの居場所はワタシの中にすらありません。

 

「アーーーー!アーーー!」

 

 このままではワタシは心まで深海棲艦になってしまう。嫌デス、嫌デス。

 

「……何があった」

 

「アーーー、あーーーーー」

 

 ワタシは艤装を解除してお兄さんに訴えます。ワタシを殺して、完全に深海棲艦になる前に。

 

 ワタシの言葉にならない訴えをお兄さんは全て理解してくれました。

 

「ッ──────」

 

 お兄さんは何も言わずに鉄砲を構えます。唇を噛み締め表情は歪んでいます。そんな顔をさせてしまってごめんなさい。

 

 ごめんなさい、お兄さん。ワタシはお兄さんと一緒には行けないようです。約束、守れなくてごめんなさい。そして

 

パン

 

 助けてくれてありがとうございます。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永い、永い夢を見ていた気がします。

 

 目を覚ますと私はベッドの上に寝かされていました。

 

 ここはどこなのでしょう?

 

 体を起こして部屋を見渡します。窓が開いているようでカーテンをはためかせながら気持ちのいい昼下がりの風と日光が部屋を満たしました。

 

 部屋には私が使用しているベッドの他に4つもベッドがあります。どうやらここは医務室の様ですね。

 

 ふと、私のベッドの上に便箋が置いてあるのに気が付きました。

 

『目が覚めたら執務室にこい』

 

 便箋にはそう書かれており、裏には手書きで見取り図が記されています。

 

 私は素直に便箋の指示に従うことにします。ここにいても何が何やらさっぱりですから。

 

 ベッドから降り立ち上がると膝がかくんと曲がりそのまま倒れこんでしまいました。うー、どうやら私が眠っていたのは数時間なんてものではないのかもしれません。今度は気合を入れて立ち上がります、できました!足はぷるぷる震えているものの何とか立てました。

 

 あとはこのまま指定された場所に行くだけですね。幸い見取り図によるとここからそう離れていないようです。階段もありません。

 

 扉を開けて廊下にでます。廊下には誰もいません。私は左手の壁に寄りかかりながらゆっくりと進みます。

 

 しかし、私はどうしてあそこで眠っていたのでしょう?そもそもここはどこなのでしょう?何もわかりません。

 

 ふと左足に切れてしまった小さなアンカーが巻きついているのに気が付きました。これを外せば少しは歩くのが楽になりますね。ワタシはしゃがみ込みアンカーに触れます。

 

 …やっぱりこれを外すのは止めましょう。理由は分かりませんが外したくありません。

 

 私はそのまま進み続けます。あともう少しです。もう部屋の扉は見えています。

 

「   」

 

 声が聞こえました。どうやら私が目指す部屋からの様です。

 

 懐かしい声です。私は震える足に鞭打って歩む速度を速くします。

 

 扉の前についた時には立っているのがやっとでした。さあ、扉を開けましょう。

 

がちゃ

 

 私はそうっと、そうっと、扉を開けて侵入します。中には男性と少女の2人がいます。男性は縛られ天井から吊るされています。二人はまだ私には気づいていません。

 

 …これはどういう状況なのでしょう。

 

 あっ男性が私に気が付きました。男性は私に背を向ける少女に言います。

 

『なあ時雨、賄賂があるんだが』

 

『受け取らないよ』

 

『まぁそう言うな。後ろを見てみろ』

 

 少女がゆっくりとこちらに振り向きます。

 

 少女は黒髪をおさげにして赤い簪を刺しています。私のよく知っている人です。

 

 少女は目に涙を溜めて何度も、何度も私の名前を呼びます。

 

 呼ばれたからにはお返事しないとですね。あの時届かなかった分も一緒にお返事しましょう。

 

 口癖の様になんども口にしていたはずですが随分久しぶりな気がします。上手く言えるといいのですが。

 

 それではせーのでお返事しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

         せーの

 

 

 

 

 

 

      「ただいまです。はい!」

 

 




今回のお話は第4話『時雨と英雄のいる鎮守府』の裏側となりました。
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