趣味はサメ映画鑑賞。
夏鮫ちゃん
イルカ。
秋鮫ちゃん
秋刀魚。
冬鮫ちゃん
しゃけ。
「司令官!一緒にサメ映画を観ましょう!」
季節は夏真っ盛りの八月。肌にまとわりつくような暑さと喧しい蝉の鳴き声がにうんざりしていると、大量のDVDディスクを抱えた春雨ちゃんが執務室へと押しかけてきた。
「まだ観たりないの?こないだデスマーチ(サメ映画20本観終わるまで寝かせません)やったばっかじゃん…」
「もう先月のお話ですよ!一ヶ月の間にサメ映画はどんどん新作が出ているんです!このままだと積みサメ映画になっちゃいます!はい!」
白露型の五番艦にして我が鉄底艦隊最高戦力『駆逐艦 春雨』。彼女は無類のサメ好きだった。自身のペットであるイルカには夏鮫、秋刀魚には秋鮫、鮭には冬鮫といった名前をつけるほどだ。サメの何が彼女をそこまで魅了するのか…それは彼女にしか分からない。
「また今度にしない?今日はそういう気分じゃないし…」
「え…」
俺がそういうと春雨ちゃんは両手いっぱいに抱えていたDVDディスクをぼとぼとと床へ落とし、しゅん…と落ち込んだ表情を見せる。
「そうですよね…司令官は私みたいな髪がピンクになったり真っ白になったりするような変な艦娘とは映画鑑賞なんてしたくないですよね…」
「いや、そういう意味では」
「この前のお正月だってせっかく司令官のお家に遊びに行ったのに私達を置いてホストクラブで働いてましたもんね…春雨と一緒は嫌なんですよね…」
「いや、アレは春雨ちゃんが嫌いとかじゃなくてただ脱走しようと…」
「私みたいに海防艦の娘達から駆逐棲姫と間違われるような艦娘いるだけ迷惑ですよね…」
「もう分かったから!サメ映画観ます!一緒に観させてください!」
そう言った途端、春雨ちゃんの白くなっていた髪はいつものピンク髪に戻り太陽のような笑顔を俺へ向けた。
「本当ですか!?嬉しいです!今から用意しますね!」
春雨ちゃんは執務室の窓を全て閉め、エアコンの電源を入れる。次にいつもランドセルのように背負っているドラム缶を床に置くと、その中からテレビモニター、お菓子、飲み物を取り出しあっという間に場を整えた。
「司令官、用意が出来ました。ここに座ってください」
テレビモニターの前に一枚だけ置かれた座布団を指さす、俺は誘われるがままにそこへ胡座をかいて座った。
「では失礼しますね」
「おう」
春雨ちゃんは胡座をかく俺の脚の上に腰を下ろした。まだ冷房の効いていない室内で春雨ちゃんの体温が直接伝わってきたが不思議と不快感はなかった。
「今日は沢山面白そうなのを持ってきました。まず初めに上映するのはこれです!」
そう言いながら春雨ちゃんは空のパッケージを俺に見せてくれた。パッケージには『シャークネード』とでかでかと書かれたタイトルと共に、イカついサメの姿が描かれたいた。
「へー、サメ映画にしては何だか柔らかな印象のタイトルだね。どんな内容なの?」
「サメが竜巻に乗って陸地まで飛んで来て人々を襲うみたいです!
「ごめん、ぜんっぜん春雨ちゃんがなにを言ってるのか理解できない」
俺は頭を抱えた。今日の春雨ちゃんセレクションもやはり俺の理解できる範疇を大幅に飛び越えているようだ。
「観れば分かりますよ、はい!」
そう言い、春雨ちゃんはうきうきとしながらリモコンの再生ボタンを押した。
〜2時間後〜
「面白かったですね!!」
「いや、やっぱ何一つ意味が分からなかったんだけど」
映画は終始意味がわからずツッコミどころ満載の内容だった。むしろツッコミをして楽しむのがこの映画の見所なのではと錯覚してしまう程だ。
「その訳の分からなさもサメ映画の醍醐味ですよ!でも空飛ぶサメさんは可愛かったですよね!」
「可愛い…?」
「夏鮫も竜巻に乗せたら空を飛べたりするのかな…」
「やめたげて」
□
「次の映画はこれ、『ダブルヘッドシャーク』です!」
「それはどんな映画なの?」
「一つの体に二つの頭を持つサメさんが次々と人々を襲う映画です!見てくださいこのパッケージの鮫!すっっっごく可愛いです!」
〜2時間後〜
「なんでサメ映画のサメって当たり前のように陸地まで攻めてくるんだろうな」
「陸でビチビチするサメさん可愛かったですね!」
「あっ、うんそうだね」
二本目の映画を観終え、俺はかなり疲労していた。B級映画特有の超展開を受け入れることができず毎度毎度心の中でツッコミを入れ続けていたからだ。ここは1度休憩を挟み、体力を回復したたかったが春雨ちゃんは間髪入れずに次のディスクを取り出した。
「次はこちら、『トリプルヘッドシャーク』です!」
「増えてる!?」
「ちなみにファイブヘッドまであります」
正直これ以上はサメ映画を観たくなかった。だけど嬉しそうにサメ映画のパッケージを俺に見せながら映画の解説をしている春雨ちゃんを見ているとその場から逃げ出すこともできず、もう少し付き合ってやるか…と優しく膝に乗る春雨ちゃんの頭を撫でた。
□
「あれ…?」
目を開けると部屋が少し暗くなっていた。窓へと目をやるといつの間にか太陽が傾き夕日となって部屋を照らしていた。
「寝ちまってたのか…」
腕時計を見ると時刻は19時を示していた。最後に時間を確認したのは確か15時だったから約4時間も眠っていたことになる。
「ごめん春雨ちゃん、寝ちゃってたみた…あれ?」
4時間も放置してしまった事を謝罪しようと膝の上に座る春雨ちゃんに声をかけようとする…がスースーと聞こえる寝息に気づいて俺は言葉を引っ込めた。
「珍しいな春雨ちゃんが映画を観ながら寝るなんて…昨日の鹿島先生の件で疲れてたのか?」
滅多に見られない春雨ちゃんの寝顔を眺めていると彼女の身体がブルブルと震えているのに気がついた。確かに冷房を低めに設定してあるので睡眠中の体温が下がっている状態では肌寒さを感じてしまうのかもしれない。
俺はエアコンのリモコンを取りに行くために、一度春雨ちゃんを膝の上から降ろそうとした。だが彼女の両手は皺ができるほどの力で俺のズボンを握り締めており、引き剥がすことはできそうになかった。
「しれいかん…」
引き剥がすのを諦めると春雨ちゃん小さな声で呟き、俺の膝の上で猫のように丸まった。俺は少しでも彼女を温めてやろうと制服を脱ぎ、布団代わりとして春雨ちゃんの体に掛けてあげた。
不意に窓の外からツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。俺は春雨ちゃんの頭を優しく撫でながら夏の終わりを告げる虫の鳴き声に耳を傾ける。
「八月ももう終わりだな…」
鉄底英雄と呼ばれるようになって二度目の夏が終わりを迎えようとしていた。カメとの約束の日まで残り一年、それまでに膝で眠る少女や時雨、他の艦娘達の前から姿を消さなければならない。
別に寂しいとは思わない。確かに彼女達と過ごした時間は楽しいものだったがいずれにせよ別れは来るのだ。今回はそれが少し早いだけ。だから俺は寂しいとは思わない。
だけど────俺が居なくなった鎮守府で彼女達はどんな表情を浮かべるのだろう?そんならしくもないことを考えるとすこしだけ胸が痛んだ。