かつて大将鎮守府と鉄底鎮守府を襲った謎の艦。外見はほぼ軽巡洋艦 球磨だが背にコウモリのような小さな羽を生やしている。
現在は敵か味方か不明。
おーちゃん
提督が脱走しホストクラブに身を潜めていた際に彼に接触した。※20話:提督と雪降る夜とネオン街参照
特徴的な帽子に黒いマントを羽織っている。
大将さん
マジギレ浜風さんを鉄底鎮守府に送り込んだ張本人。目的は不明。
春雨ちゃん
最近のお気に入りはIK〇Aで購入したサメのぬいぐるみ。
「こんな島があったとは知りませんでしたね」
「大将の奴も知らなかったみたいク魔ね。この島を密会の場所に指定したのは春雨のヤローだけど、なんで知ってたのかは知らねーク魔」
私、デビル型軽巡洋艦 悪磨さんの案内でこの島にやってきた空母ヲ級は興味深そうに島を見渡した。
「春雨さん……確か貴方を倒した艦でしたね。興味深い人です」
「いや、負けてねーし。ちょっと急用を思いだしたから帰っただけだし」
「私の命令以上に大切な用事があったのですか?それはそれは……」
「あっいや、嘘ク魔。はい、春雨と浜風にやられて逃げ帰りました」
「よろしい」
このいやに偉そうな空母ヲ級は私にとってのflagship、つまりはボスだ。普段は丁寧な言葉遣いに穏和な態度を取っているが一度怒らせると手がつけられなくなる。
以前、このヲ級に喧嘩を吹っかけた防空棲姫が為す術もなくいたぶられているのを目撃して以来、コイツにだけは逆らうまいと私は心に誓った。
「ところで悪磨さん、約束のお相手の姿が見えないようですが本当にくるんですか?」
「そのはずなんだク魔が……春雨の奴が嘘をつくとも思えないし」
二週間前、私は裏陽炎とかいうワケのわからん奴らから鉄底の提督を取り返す為に春雨の奴に協力した。その時の見返りとして、春雨にとある人物とのアポを取ってくれと要求したのだ。そして今日、春雨の指定したこの島でその人物と落ち合う事になっている。
だが辺りを見渡すも人の姿は見当たらない。
「やっ、お待たせ」
不意に背後から声がした。驚いた私とヲ級が艤装を展開しながらそちらへ振り向くとそこにはヘラヘラと笑いながら手を振る男が立っていた。かつて私が襲った鎮守府のボス、『大将』だ。
つーかありえない、私だけならともかくヲ級の背後を、しかもこの至近距離でとるなんて。私が言うのも何だがこいつ、おかしい。そもそも敵であるはずの私達と会うのに護衛の一人も付けていないというのが逆に不気味だ。
「遅れたのは謝るからさ、そんな怒らないで。ほら艤装しまって」
「……失礼しました」
ヲ級が艤装を解くのにならい私も艤装を解く。
「悪磨さん久しぶりだね。僕の鎮守府を一人で攻めてきた時以来だ」
「私はおめーなんて知らねーク魔」
「んー?ああそうか、そう言えば直接会うの初めてだったね。ボクの方はうちに攻めてきたキミの映像を何度も見てたから旧知のように錯覚してたよ。それで?春雨ちゃんを使ってまでボクを呼び出したのは何でかな?あの時のことを謝りたいとか?」
「ちげーク魔。用があるのはこっち。私のボスだク魔」
そこでようやく大将は私からヲ級へと視線を移す。
「初めまして。ご紹介に預かりました空母ヲ級、今はおーちゃんと名乗らせていただいています。お見知りおきを」
ヲ級はスカートの代わりにマントを摘んで大将にお辞儀をする。様になってはいるが、彼女の本性を知っている私の目にはその所作がなんとも不自然に感じられた。
「ふーんキミが悪磨さんとこのボスなんだ……。それで?おーちゃんさんはボクに何か用があるんでしょ?聞いてあげられるかは分からないけど言う分にはタダだ。言ってごらん」
ヲ級が名乗っているというのに大将の奴は名乗らない。言外に対等な立場ではないぞと私達に言っているのだ。私はヒヤヒヤしながらヲ級の表情を伺う。
ヲ級は笑っていた。大将の態度に怒るでもなくただ笑っていた。その笑みを隠そうともせず大将に自身の要求をつきつける。
「あの
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あれだけ煩わしかった蝉の鳴き声もいつの間にか聞こえなくなり、ブナの木の葉が鮮やかなレンガ色へと変化した初秋の昼下がり……俺は正座させられていた。
「すみませんでした……」
後ろ手に腕を縛られ身動きの取れない俺の背中には夕立がしがみつき、俺の軍服の襟をくっちゃくっちゃと音を立てながらしゃぶっている。背中にまで唾液が浸透してきて不快感を覚えるが、残念ながら今の俺には抵抗する力も権利もなかった。
「…ゲシゲシ」
「痛いっす山風さん……今脚痺れてるので蹴るのは勘弁してもらえないっすか……」
長時間正座させられ、感覚のなくなった足を執拗に蹴り続ける山風。止めるよう訴えても返ってくるのは冷ややかな視線と蹴りだけだ。いままでになくお怒りでいらっしゃる。
だがこの二人の怒りはさほど脅威ではない。本当に恐ろしいのは目の前で笑顔を浮かべながらもその背に鬼の蜃気楼を浮かべる時雨、そしてドラム缶を縦に押しつぶして作った座布団に座りお茶を飲む春雨ちゃんだ。
「鎮守府の皆に催眠術をかけるなんて流石に今回はやりすぎたね」
「はい、反省してます」
「全く、どうせ失敗するって分かってるんだから最初からやらなければいいのに。どうしてそこまでして逃げようとするんだい?」
「それは…言えねぇけど…」
「ほんと、何が気に入らないのか…僕には理解できないよ。確かに提督も可愛そうだとは思うよ?続けたくもない提督業を無理矢理続けさせられてさ、でも仕方ないじゃないか」
時雨はやれやれといった様子で今まで何度となく俺に言い聞かせてきた言葉を口にする。その表情からはいつの間にか怒りがなくなり、背の鬼の蜃気楼もなくなっていた。時雨もなんだかんだといいながら俺を無理矢理海軍に縛り続けることに罪悪感を感じているのかもしれない。
「提督の適性、つまりは妖精を見る才能を持つ人間は少ないんだ。確か今発見されてるのは君と江風を含めて20だっけ?江風はあの事件があったからもう提督への復帰は不可能だとして、そうなると日本には19人しか提督がいないんだ。全然足りてない。そんな中、軍が君を逃がす訳ないじゃないか」
「分かってるっつの……」
「いーや、分かってないよ。そもそも君は自分が深海棲艦に狙われていることを分かってないね。奴らからすれば艦娘を全員沈めるより提督を狙った方が遥かに効率がいいんだ。だからここを出ればまず間違いなく殺される。それが分かってるなら脱走なんてできない筈だよ」
「……」
「はぁ……。春雨、君からもこの分からずやに何か言ってやってよ」
「私ですか?そうですね……」
春雨ちゃんは飲んでいたお茶を床に置くと座布団に座ったまま俺の目を見つめながらいいですか?と言葉を続ける。
「司令官、いつも私が怒って貴方をドラム缶にしまっちゃうのは何故だと思いますか?」
「……?そりゃ俺が脱走するからだろ?」
「ちがいます」
「じゃあなんで…?」
「私を連れて行ってくれないからです」
「春雨!?」
「いいですか司令官!」
春雨ちゃんは驚く時雨をよそに俺に顔を寄せ真剣な表情で瞬きすらせず続ける。
「ぶっちゃけますと私は平和とかどうでもいいです、はい。確かに昔は平和を守る使命感に燃えていましたがこの髪が白く変色するようになったくらいからそんな感情はなくなりました」
「ではそんな私が何故駆逐艦春雨でい続けるのか……それは貴方と一緒にいられるからです。なのに司令官は私をおいてどこかに行こうとする、私は何処へでだって付いていくつもりなのにです。だからいつも怒っています、はい」
衝撃の告白に時雨も、山風も夕立もぽかんと口をあけて何も言えない。俺だってなんと返していいのか分からない、まさか『なら一緒に行こう』なんて言うわけにもいかず無言の時間が流れた。
そんな時幸か不幸か執務室の扉が開けられた。
「貴方達……何をしているんですか?」
入室した浜風は汚いものでも見てしまったかのような表情を浮かべた。現在、俺の背には襟をしゃぶる夕立、腿を蹴り続ける山風、詰め寄る時雨と春雨ちゃん。確かにそういういかがわしい何かをしているようにも見える。
「まったく、次からそういうプレイに興じる際には私にも声を掛けてください。っと、それより先輩、封書が届いてましたよ」
浜風が聞き捨てならない言葉を吐いているがこいつがイカれているのは何時もの事、無視して差し出された封筒を受け取った。
「時雨、中見ていいか?」
「うん、もう足を崩していいよ。お説教はもうお終い。たくっ、貧乏くじを引くのはいつも僕だ……。僕だって提督にお説教なんてしたくないのに……」
差出人は浜風を俺に押し付けた大将の奴だった。正直この時点で嫌な予感がビンビンとした、だが受け取ってしまった以上中を改めない訳にもいかない。俺は嫌々ながら封を切り、中に入っていた手紙に目を通した。どうやら大将から俺への任務指令書のようだ。
『第一次!鉄底&大将鎮守府による合コン作戦を決行せよ!』
直ぐに丸めてゴミ箱に捨てた。何も見なかったことにしよう。