辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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たまーにやってくるシリアス回。


追いつきたかった天津風ちゃん

「で?結局のところ何が目的だったんすか?」

 

「なんのこと?」

 

 二年前、俺が春雨ちゃんと出会った島、仮に『春雨島』と名付ける。その島の砂浜で俺と大将は海で睨み合う二つの艦隊を眺めていた。

 

 天気は晴天、海に立つのは時雨、春雨、浜風、そして三人に向かい合うようにしておーちゃん、悪磨、天津風の三人が艤装を展開して立っている。

 

 今から戦う六人を見つめながら俺は大将に尋ねる。

 

「あの合コンの本当の目的っすよ。わざわざあんな場所選んで、わざと自分を人質にするよう仕向けといて知らないじゃ済まないでしょ」

 

「だよねぇ……ただ現段階ではまだ君に話していいのかどうか……。まぁ秘密だよね」

 

「あんたねぇ……」

 

「そんなことよりほら、演習が始まるよ。君のこれからを決める大事な戦いだ。実際のとこ勝率としては君はどう見てるんだい?」

 

「……まあ、うちの勝ちでしょうね。時雨は何だかんだと優秀な奴でタダでは負けない。浜風も戦艦顔負けの戦闘力、それに加えて今回は切り札も渡してあります。それに何より……春雨ちゃんが負けることはないでしょうし」

 

「へー、信頼してるんだ」

 

「けれど懸念もあります」

 

「懸念?」

 

「あの天津風です。アイツ、多分春雨ちゃんに近い何かでしょ。随分前に行方不明になった天津風がいるとは聞いてましたけど、なんであっち側にいるんですか」

 

「さあね」

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 風速20m、天候晴れ、視界良好。

 

 提督をかけた大事な戦い、僕は海に立ちながら戦闘環境の確認と共に敵艦隊に目を向ける。前方50m先には昨晩お酒を飲み交わしたおーちゃん、悪磨さん、そして『天津風』の艤装を纏う艦娘の姿があった。

 

「春雨……、あの天津風って……」

 

「はい、間違いありません……私が嚮導艦を務めていたあの天津風さんです」

 

「だよね……行方不明になっていた彼女がどうして深海棲艦側に……」

 

 元大将鎮守府の天津風、かつての僕達の後輩だ。あのアイアンボトムサウンドの戦いで春雨が天津風を庇い沈んで以降、行方不明になっていた。その彼女がどういう訳か今、敵として僕達の前に立っている。

 

「時雨姉さん、天津風さんの相手は私に任せて貰えませんか?」

 

「……大丈夫なの?彼女は君の元生徒だからやりづらいんじゃ……」

 

「だからこそです、はい。嚮導艦である私が天津風さんにお説教をしてきます」

 

「……そっか。いいよ分かった、その代わり危なくなったら僕か浜風を呼ぶんだよ。何も一対一で戦う必要はないんだから」

 

「ありがとうございます」

 

「さて、じゃあ浜風、僕達はおーちゃんと悪磨さんの相手だ」

 

「いえ、時雨さん、私も一対一で戦わせてください。悪磨さんにはまだ不覚をとったままですし……それに時雨さんの切り札に巻き込まれたくはありません」

 

「ええ……まぁでも確かにそっちの方がいいかもね。三人での連携練習とか今までしたことないし、春雨や浜風は下手に仲間を意識するよりは個人技で戦った方が強そうだ。うん、分かったよ。なら僕はおーちゃんの相手だね。問題は向こうが乗ってくるかどうかだけど……」

 

ピーーーーーー!!

 

 島の浜辺から妖精さんの笛の音が響いた、演習開始10秒前の合図だ。僕達はそれを聞いてそれぞれ艤装を展開する。浜風は12.7cm連装砲、春雨は小型ドラム缶爆弾、そして僕は提督から貰った12.7cm仕込み傘単装砲を構える。

 

ドンっ

 

 浜辺から46cm砲弾が放たれた、演習開始の合図だ。春雨は左舷に、浜風は右舷に、僕は傘を握りしめて正面のおーちゃんに突撃する。

 

 偶然か必然か、敵も一人一殺の戦略を選んだらしい。天津風は春雨の元へ、悪磨さんは浜風の方へと向かっていった。

 

 僕はおーちゃんの正面10m地点まで接近し航行を緩やかに落とす。おーちゃんは未だに艤装を展開していない。余裕のつもりなのだろうか。

 

「やぁ、おーちゃん昨晩ぶりだね」

 

「はい、先日はあの様な無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした。ですが私達にも理由があるのです。鉄底さんにはどうしても一度深海に来てもらわなくてはなりません」

 

「理由があるのは分かるさ。昨晩、君と食事をして感じた、君達は他の深海棲艦とは違うってことをね。そもそも意思疎通できる深海棲艦に会うのそのものが初めてだけどね」

 

 僕はおーちゃんの周りをグルグル航行しながら攻撃のタイミングを伺う。だけどそんなスキは何処にもない、彼女の背中を取った現在でも攻撃を始めれば直ぐに返り討ちに遭う、そんなイメージが頭を過ぎった。

 

「何故君は僕達の提督を深海に連れて行きたいんだい?」

 

「乙姫様がお怒りなのです」

 

「乙姫……?新種の姫級か何かかい?」

 

「……喋り過ぎました。もういいでしょう、戦いを始めましょう。安心してください、提督さんを深海に連れて行ってもその身の安全だけは私が保障します……最も、もう二度と陸に戻ることはないでしょうが」

 

 

 

□□■

【浜風vs悪磨さん】

 

 

 

「悪磨さん、貴方は一体何を考えているのですか」

 

「なーんにも考えてねーくま」

 

 私の12.7cm連装砲の放つ砲弾を悪磨さんはまるでスケートでもしているかのように、優雅に、腹立たしく躱し続ける。無駄な動作ばかりの彼女の動きを何故か私は捉えることができない。現に今まで放った計十発の砲弾は全て海面へと着弾し水柱を上げている。

 

「質問の仕方を変えましょう」

 

 悪磨さんのペースに乗せられている。そんなことは分かってはいたが私は砲弾と共に、彼女に言葉を放ち続ける。

 

「貴方はどちら側なのですか?」

 

「どちら側でもねーくま。『卑怯なコウモリ』の童話は知ってるだろク魔?イソップのやつク魔」

 

「知っています」

 

 卑怯なコウモリ。有名な童話だ。

 獣であり、鳥でもあるコウモリはその特徴を利用して獣族と鳥族の間で何度も寝返りを繰り返した。その結果としてコウモリは獣からも鳥からも疎まれ仲間から追放されてしまう。裏切りを繰り返したコウモリは太陽の下を飛ぶことは出来なくなり、陽の落ちた夜にだけその姿を現すようになった。

 そんな教訓めいた童話だ。

 

「私は常に面白そうな方につく。今回はたまたまこっちについただけク魔」

 

「ふざけた人ですね」

 

 そんな面白半分で先輩を連れ去られる訳にはいかない。私は連装砲を構え直し連続で四発の砲弾を放った。だがそれも全てギリギリで躱される。

 

「なんつーか、浜風、お前はいつも余裕がねぇク魔。この間もそうだった。案外、私とお前を足して2で割ったらちょうどいいかもしんねーク魔ね」

 

 そう言いながら悪磨さんは左手をお尻の部分、装備スロットNO.1に差し込んだ。ようやく装備を出す気になったようだ。私も気合いを入れ直した……が、彼女がスロット1から取り出したのは装備などではなく、『戦闘糧食』……いわゆる『おむすび』だった。

 

「……何をしているのですか」

 

「ああ?見てわかんねぇク魔か?おむすび食ってるク魔」

 

「そんなこと聞いていません。何故戦闘中におむすびを食べているのかと聞いているのです。それも貴重な装備スロットを潰してまで……!」

 

 艦娘の装備出来る艤装には限りがある。基本的には駆逐や軽巡なら3つ、戦艦なら4つだ。もちろん例外的にスロットの多い艦娘だっているが、それでも装備スロットが貴重なことに変わりはない。そんなスロットに長期任務でもないのに戦闘糧食を装備するなんてことは通常まずありえない。

 

「ちなみにあと2つあるク魔」

 

 悪磨さんはさらに2つのおむすびを取り出し私に見せびらかす。軽巡球磨型のスロットの数は三つ、例外はない。つまり彼女はこの演習において主砲や魚雷を一つも装備せず、おむすびだけを持って抜錨しているということになる。

 

 まるで遠足気分だ。

 

「……付き合い切れません。直ぐに貴方を倒して時雨さんの応援に向かいます」

 

「そー言うなク魔。ほら、おむすび分けてやるからもう少し私と駄べってよーぜ!」

 

 悪磨さんはおむすびのひとつを私に向かって放り投げた。「いりません」、私はそれを連装砲の砲身で弾く--------その瞬間おむすびが爆発した。

 

「アッハハハハ。引っかかったク魔。そのおむすびの具材は爆雷、衝撃を与えたから爆発したんだク魔」

 

───────やられた。

直ぐに損傷レベルを確認する。所詮はおむすびに詰めていた程度の爆薬、大したダメージにはなっていない、せいぜいが小破といったところだ。

だが直接爆発を受けた連装砲の砲身は曲がり、使い物にならなくなってしまっていた。

 

私は連装砲を捨てスロットNO.2から10cm連装高角砲+高射装置をとりだす。

 

「ほー、秋月砲かク魔か 。随分レアな装備貰ってるク魔ね。でも……それもぶっ壊してやるク魔!」

 

 悪磨さんが2つ目のおむすびを私に向かって投擲した。

 

 同じ手はもう食わない、今度は砲弾で撃ち落とす。

 

 飛んでくるおむすびに標準を合わせ高角砲の引き金を引く直前、今度はおむすびが発光した。昼間だというのに目を開けていられない程の輝きに私は視力を奪われる。これは……照明弾!?

 

「おむすびの具材が全部爆雷だなんて誰も言ってねーク魔よッ!!」

 

「くっ!!」

 

 視力を奪われている間に悪磨さんに懐への接近を許してしまった。彼女から放たれた回し蹴りに私の高角砲ははじき飛ばされ海へと沈んでしまう。

 

「おら、もう目は見えるだろ。さっさと最後の装備を、第3スロットから出せク魔。それもぶっ潰して戦えなくしてやるク魔」

 

「……」

 

 悪磨さんの挑発を私は無視する。いや違う、挑発に乗らないのではなく乗れないのだ。なぜならスロットNO.3の装備は主砲でも高角砲でもまして魚雷でもない。戦うための装備ですらない。

 

「なんだ?もう装備はないク魔か?ははーん、秋月砲を装備してたってことはさては最後の装備は13号対空電探ク魔ね?おーちゃんの艦載機対策で持ってきてたんだろーけどお生憎さま、お前は悪磨さんに負けるんク魔!!」

 

 悪磨さんの最後のおむすびが私に向かって投擲された。おむすびは途中で霧散し、中から零式水上偵察機が飛び出す。偵察機はそのまま私に突っ込み、私の胸元で爆発した。───────神風特攻、そう言えば悪磨さんの十八番だった。

 

偵察機の特攻爆発を受けた私の艤装は完全大破、もしも装甲値が数字として視認できていたとすれば既に一といったところだろう。

 

 大破し浮力を維持できない艤装が私の重みに耐えきれず沈んでいく。あと一撃でも攻撃を貰えば完全に轟沈してしまうだろう。

 

 そんなボロボロの私に興味を失ったか悪磨さんは私に背を向けどこかへ去ろうとする。

 

「どこに……いくつもりですか」

 

「天津風のところへ。アイツ一人じゃ春雨の相手はキツイ。手を貸しにいくク魔」

 

「……行かせるわけないでしょう」

 

「はっ、沈みかけのお前に何ができるク魔。恨むなら悪磨さん相手に油断した自分を恨むんク魔ね」

 

 鼻で笑う悪磨さんを私は睨み返す。まだ負けてない、先輩から渡された切り札が残っている。

 

「私の最後の装備……第三スロットに入れていたのは何だと思いますか?」

 

「……まさか女神ク魔か?だとしても無駄ク魔。女神の発動条件は艦娘の轟沈、けど悪磨さんはお前を沈めない、つまり女神は使えないク魔」

 

「女神ではありません」

 

 私は第三スロットからその装備を優しく、潰してしまないよう両の手で包み込むようにして取り出す。

 

「……?何にも持ってないじゃねぇかク魔」

 

「そうですね……私達には見えません、だって今私の手の平にいるのは妖精さん、それも工廠妖精さんですから」

 

 妖精さんは提督適性を持つものにしか視認できない。そもそも戦場に連れてくるものでもない。

 

「工廠妖精……?そんなもの連れてきてどうする気だク魔」

 

 困惑する悪磨さんを傍目に、私は昨晩の先輩との会話を思い返す。

 

 

『艦娘の改装って不思議だよな』

『不思議?何がですか?』

『だってさ改装すると艤装の損傷が完全に回復、燃料や弾薬が補充されてさらに新しい装備まで手に入るんだぜ?』

『その為に必要な材料は工廠妖精さんに渡してるじゃないですか。それを使用しているんじゃないですか?』

『まぁそうなんだけどな。でもさ───────仮に戦場に工廠妖精を連れてって改装をお願いしたらどうなるんだろうな?』

 

 

 先輩は思いつきでこんな発言をしたのだと思う。ただ、私は彼の言葉に酷く説得力を覚えた。だからこの演習の直前、13号対空電探を外し、装備スロット3に工廠妖精さんを装備して貰ったのだ。

 

「妖精さん、お願いします」

 

 私は残った弾薬と燃料を目に見えない妖精さんに差し出し、改装をお願いする。妖精さんを見ることのできない私にはこれから先できることはない。ただ改装して貰えるように願うだけだ。

 

 突如、差し出した燃料と弾薬が消滅した。次いで私の艤装が発光を始める。改装時特有の発光現象……どうやら工廠妖精さんは私の依頼を聞き届けてくれたらしい。

 

 直ぐに発光は収まり、私の新たな装備が現れる。

 

スロットNo.1:10cm連装高角砲

スロットNo.2:13号対空電探改

スロットNo.3:25mm三連装砲機銃

 

装備だけではない、艤装の修繕も完了しているだけでなく、以前よりも出力その物が上がっているのが感じられる。

 

これが私の新たな艤装───────浜風乙改。

 

「さて─────悪磨さん、続きをやりましょうか」

 

「冗談じゃねぇ。おむすびも使い切ったのにパワーアップしたお前となんか戦えるかク魔。降参、降参だク魔」

 

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

【春雨vs追いつきたかった天津風ちゃん】

 

 

 

私は貴方の隣に立ちたかった。

私は貴方と肩を並べたかった。

 

だけど貴方はどうしようもなく速すぎて、私ではどれだけその背を追いかけても追いつくことは出来ない。

 

いつの間にか私は貴方の背を見失っていた。

だけど、貴方の背を見失いはしたけれど、貴方が何処にいるのかだけは知っていた。冷たくて暗い海の底。

 

行きは良い良い帰りは怖い。昔聴いた童謡にこんなフレーズがあったのを思い出した。

 

そこに行くのは簡単だけど一度行けばもう帰って来られない、そんな場所に貴方はいる。

 

私は迷わなかった。貴方がそこ()にいるのは私のせいでもあるのだから、私がそこに行くのは当然だもの。

 

私は迷うことなく帰り道のない道を進んだ。

 

底で私は貴方を探し続けた。

 

だけど……探せど探せど貴方の姿は見当たらない。

 

諦めることなく貴方を探していると私は古ぼけたお城を見つけた。海の底にお城があるなんてまるで昔聞いた童話のようね。カメを助けていない私にはきっとこのお城に入る資格はないのでしょうけど。

 

だけどここに貴方がいるかもしれない。なら中を調べないと。

 

お城の中に貴方はいなかった。だけど代わりにお姫様がいた。お姫様は私に言う。

 

「貴方の探してる人はもうここにはいませんよ。元居た場所に帰ってしまいましたから」

 

───────ああ、やっぱりなのね

分かっていた。どうやったって私では貴方に追いつけない。私がここに来たのなら貴方は向こうへ行ってしまう。私は絶対に追いつけない。

 

涙を流す私にお姫様は言葉を続けた。

 

「今の貴方なら上に返してあげられますよ」

 

お姫様の気遣いを私は断った。

 

私はあの人を追いかけてここまできた。もう戻れなくてもいいと覚悟を決めてここに来た。だけどやっぱり貴方には追いつけない。

 

ならきっと何処まで追いかけても私は貴方に追いつけない。

 

───────だからもう私は貴方を追いかけない。

───────貴方とは反対の方向に走り始めることにするわ。

 

そうすればきっといつか貴方と正面からぶつかれるはずだから。

 

───────だって地球は丸いんだもの。

 

どれだけ時間がかかるのかは分からない。だけどきっと貴方の前に立つ。この暗い海の底では私の大好きな風を感じることも出来ないけど……それでも頑張るから。

 

 

だから待っててよね──────春雨。

 

 

 

■□□

 

 

 

「行方不明になったとは聞いていましたが、まさか深海棲艦の味方になっているとは思いませんでした」

 

 貴方(春雨)はわたしにドラム缶と言葉を投げつける。わたしは高温缶とタービンに負荷がかからないよう少しづつ出力を上げながらギリギリのところでそれを躱す。

 

 一秒前までわたしがいた場所で爆音と共に水柱が上がる。どうやらあのドラム缶の中身は爆薬らしい。装甲を極限まで削り落としたわたしが貰えば恐らく一撃で大破するであろう威力だ。

 

「天津風さん、どうして其方にいるのですか?」

 

「……貴方がそっちにいるからよ」

 

 貴方はドラム缶を投げ続け、わたしはそれを躱し続ける。

 

「……私、何か天津風さんに恨まれるような事をしましたか?」

 

 違う。恨んでなんていない。わたしはただずっと前から貴方の隣に並びたかっただけ。貴方が私のせいで、わたしの目の前で沈んだあの日にそう強く願った。

 

「無視ですか……わかりました。どちらにしても私は天津風さんをやっつけなくてはなりません。お話はその後でしましょう」

 

 春雨が今まで投げていたものとは比べものにならないサイズのドラム缶を海中から取り出す。今まで投げていたのが350mlのジュース缶サイズだとしたら今度のは900KLの準特型タンク程もあろうかというサイズだ。

 

「このサイズの爆弾なら貴方がどれだけ躱すのが上手くても避けきれません。半径20m内は爆風で吹き飛ばされるでしょうから」

 

「……やってみなさいよ」

 

「もちろんです。はい」

 

 一瞬の迷いもなくドラム缶は投擲された。

 

 

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「やりすぎたかもしれません……」

 

 爆発から十秒、貴方はドラム缶の中から外へと姿を現した。どうやら爆発の中、自分が巻き込まれないよう中に身を潜めていたらしい。

 

 私は油断している貴方の背後へと回り込んで思いきり背中を殴り付けた。

 

「うっ……!」

 

 わたしに殴られた貴方は吹き飛ばされ、海面を二度バウンドして体勢を立て直しわたしを睨みつける。

 

「……あの爆発をどうやって凌いだのですか」

 

「躱しただけよ」

 

「不可能です。隠れる場所もどこにも無い、それこそ爆風より早く動くくらいでないと……」

 

「そうよ。爆風より、風よりも早く走ったの」

 

「そんなことが……!」

 

「さっき貴方を背後から殴った時、どうして主砲で撃たなかったと思う?背後から後頭部を主砲で撃てば勝負は決まっていたかもしれないのに。」

 

「……」

 

「答えは簡単よ。わたし、武器を装備してないの。装備してるのは新型高温高圧缶に改良型艦本式タービン×2、武器はこの拳だけ。装甲も連装砲くんも全部置いてきた。─────とにかく速力を上げるために、貴方に追いつく為に!」

 

「くっ!!」

 

 真っ直ぐ貴方に突撃する私に対して貴方は上空に向かってドラム缶を放り投げた。上空約20m程の地点でドラム缶は爆発し、中から黒い液体を辺りに撒き散らす、まるで黒い雨のようだ。

 

 流石のわたしも雨を躱すことは出来ずに黒い液体を浴びてしまう。対象的に貴方はドラム缶を頭から被り黒い液体から身を守っていた。

 

「なによこれ……油?」

 

「アスファルトの原液です、浴びれば直ぐに硬化して動けなくなります。司令官を捕まえる為に私が調合したのですが、アスファルトを液状に保つには100℃以上の高温を維持しなくてはいけません。そんなものを司令官に浴びせる訳にもいかず処分に困っていたのですが……使い道ができてよかったです」

 

 液体を浴びた箇所を見てみる。確かに貴方のいうとおりに大気に晒されたアスファルトは冷やされ、硬化し始めている。このままでは艤装が動かなくなるのも時間の問題だ。

 

「天津風さん、貴方の負けです。降参して私達の所へ帰って来てください。大丈夫悪いようにはしません、司令官には私から話をしてあげますから」

 

「帰るってどこによ……」

 

「ですから私達の所へです」

 

 甘い言葉だ。甘すぎて、甘すぎて、縋り付きたくなるほどに魅力的な言葉。

思えば何時もそうだった。貴方に追いつけないわたしはいつも貴方を見失って、そして最後にはやっぱり貴方に迎えに来てもらっていた。

 

 だけどその結果があのアイアンボトムサウンドでの轟沈だ。わたしを迎えに来た貴方はそのまま沈んでしまい、一人残されたあたしは迷子になってしまった。

 

 もう迎えにきて貰うんじゃダメだ。私が貴方に追いついて、追い越さないと行けない───────。

 

 高圧缶とタービンの出力を最大にする。オーバーヒートを起こした艤装は煙を上げてわたしに限界を伝えると共にその身に熱を帯び始める。そしてその熱は直ぐにアスファルトを溶かし、わたしの体を自由にする。

 

 体を貴方の方向に傾けた。瞬間、今までを遥かに超える速力で艤装はわたしを貴方の目の前へと運んでくれた。

 

「追いついた!!」

 

思い切り握り締めたわたしの拳が、貴方のお腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 


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