辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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提督
毎日の血と汗と涙の弛まぬ鍛錬によって強大な戦闘力を得た。が白露さんに5秒で沈められた。

春雨
提督が捕獲した駆逐棲姫を深海妖精さんに頼んで解体したらなんか出てきた。

不知火
落ち度しかない。

夏鮫ちゃん
麻婆春雨10辛チャレンジ成功。




提督と春雨と交渉の余地

 明朝0400。脱走兵の朝は早い。

 

 洗顔をし、枕元においてある黒と赤が主色のジャージに着替える。基本的に俺の着替えは春雨ちゃんが洗濯・購入してくれている。以前自分でやると申し出たら正座させられて怒られた。内容は覚えていないが妙に反省させられたのだけは印象にある。

 

 ジャージに着替えをすませ自室から出る。

 

 「お?」

 

 いつもなら部屋から出たタイミングで白露十傑の誰かが現れるのだがどこにも見えない。ということは。

 

「監視は五月雨くんか」

 

 俺の監視役はどうやら3交代制を採用しているらしい。

 

 俺が執務を行う8時~17時の秘書艦の時間。17時~24時。24時~8時の時間を白露達でローテーションを組んでいるようだ。

 

 現在の監視だと思われる五月雨くんは基本的に姿を見せない。いや見えない位置にいる。具体的には俺の真後ろにいる。常に俺の死角に回り込み気配を消している為彼女の存在を把握できないが、確実にいる。以前防犯カメラ(2話参照)の映像をチェックしていた際に五月雨くんが常に背後にいたと言う事を知ったときはゾッとした。

 

 しかし脱走さえしなければ基本的に俺に関与してくることはないので白露のなかでは当たり枠だと思っている。

 

 五月雨くんは居ないものとしランニングに向かう。途中、『指揮官の身でありながら肉体の鍛錬を怠らないその姿勢、見習わせて欲しい』とかいう長門や『速さとは一体なんなのか』という何か哲学っぽいことを探求している島風くん、そして『ご指導ご鞭撻』の不知火がついてきた。練度90の島風くんの目標は宇宙最速のバータさんらしい。

 

 

 首筋を張り詰めた冷気が撫でる中、まだ日も昇りきらず霧で覆われた鎮守府の周りを走る。スピードは意識しない、ただただ持久力を求めて走る。脱走には体力が必要だから。

 

 このランニングは白露捕獲班が結成されたのとほぼ同時期に始めたのでもう1年以上になる。毎日行っているが大概誘った訳でもないのに艦娘が付いてくる。白露以外の艦娘は俺の事を純粋に英雄として慕っているからだろう。

 

『ごっ!し!どー!ごっ!べん!た!つー!』

 

 不知火その掛け声呼吸しづらくない?やめたら?

 

 

       ・ ・ ・

 

 

 ランニング後シャワーを浴び執務室の自席にて業務を開始する。

 

かつかつかつ。

 

 扉の向こうから聞こえる軽快な足音で悟る今日の秘書艦。

 

 世界には3人の覇王がいる。

 

覇王十代、覇王龍ズァーク、そして覇王鮫春雨。

 

 執務室の扉が開かれる。

 

「今日の秘書艦は私ですよ、司令官」

 

 今日は脱走おやすみです。

 

  ◇ ◆ ◇

 

 春雨ちゃんは俺の膝に腰掛け書類に目を通し俺が優先的に記入する必要があるものを選別する。俺はその選定された書類にサインをする。春雨ちゃんが膝の上にいる為覆いかぶさる様な態勢になるのは仕方ない。

 

 膝の上に乗られると執務がやりづらいので専用の机と椅子を買ってあげたら無言でドラム缶を使ってすり潰されたのはいい思い出。そのあと丸一日膝から降りてくれなかった。

 

 喉を潤す為机上のお茶に手を伸ばす。春雨ちゃんの手刀で払われる。春雨ちゃんがお茶を持ち俺の口に運ぶ。

 

 こんな具合に春雨dayでは俺の行動はかなり制限されてしまう。

 

「ところで司令官、昨夜は夜遅くまでskypeしてたみたいですけど誰と話してたのですか?こそこそ変なことしてるとまた盗聴器しかけますよ?」

 

「佐世保の提督だよ。もう盗聴器はやめてね」

 

 なんでこの子盗聴するのに堂々と正しい事をしてるみたいな態度がとれるんだ。

 

「来月さ各地の提督で集まって勉強会しようって話されたんだけど参加していい?」

 

「開催地はここですか?」

 

「……佐世保だけど」

 

「ならだめです」

 

「はい……」

 

 このやりとり、母親におもちゃをねだる子供と躾ける母みたいだな。

 

 もちろん俺が佐世保提督と話した内容は勉強会の打ち合わせなどでない。

 

 先日の密談を思い出す。

 

  ◇ ◆ ◇

 

 昨夜、偶然にも自室にて春雨ちゃんの盗聴器を発見した俺は盗聴器を処分し唯一の理解者である佐世保提督に連絡ををとったのだ。

 

「よおよお、佐世保んさんよお。先日お願いした脱走の計画考えてくれたかあ!?」

 

『なんでお前は俺に対してそんな強気なんだよ』

 

「……ストレス溜まってんだよ」

 

『はあ、まいいや』

 

「んで、計画は」

 

『ない、てか無理ゲーだろ』

 

「…やっぱり?」

 

『だけど、だ』

 

『お前の話を聴くかぎり春雨さえ何とかできれば脱走できてた場面もあったんだろ?』

 

「ああ」

 

 確かにそうだ。今までに脱走そのものは成功したことがあった。だけど一度眠り、目を覚ますと何故か春雨ちゃんのドラム缶の中にいるのだ。

 

『だからさ。春雨さえ説得すればいい。10人全員は無理でも1人ならいけるんじゃないか?』

 

  ◇ ◆ ◇

 

 絶対に無駄だとは思うが佐世保の案を一応試してみる。試すだけ試さないともう協力してくれないかもだしな。

 

「はあ……」

 

 麻婆春雨(朝)中「はあ…」

 

 艦隊指揮中「つれえよ…」

 

 麻婆春雨(昼)「もう…だめなのかな」

 

 麻婆春雨(晩)中「うっうっ……」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

「司令官、何か悩みがあるのですか?」

 

今日一日うざったい位に悩みがありますよアピールをした。全てはこの言葉を引き出す為に。てか俺、麻婆春雨しか食わしてもらってないな。そりゃ辛いわ。

 

「いや、ちょっとね」

 

「話してください。司令官の元気がないと私も悲しいです…。泣きそうです」

 

 

「春雨ちゃん……ありがとう。じゃあ聞いてくれるかな」

 

「はい!!」

 

 ここが正念場、ここの交渉ですべてが決まる。

 

「俺さ……提督辞めt

 

「一生悩んでろ」

 

ガンっ!!

 

 頭上からドラム缶が降ってきて俺を閉じ込める。あっという間に暗闇と静寂が俺を襲う。

 な?こうなるんだよ。交渉の余地なんざないんだよ。はい、切り替えて次に活かしましょう。

 

……今回は禁固12時間ってところかな。

 


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