最近、消防設備士乙6の資格を取得した。どうやらドラム缶に変わる新たな兵装として消化器に注目しているらしい。
追いついた天津風ちゃん
別名ステゴロ天津風ちゃん。スピードを求める余りに主砲や艤装、連装砲くんまで何処かに捨ててしまった。主人を失い野良となった連装砲くんが今、何処で何をしているのか……それは誰も知らない。
山風
提督から貰った木箱(第18話参照)にお菓子を詰めていたら次の日消滅していた。この不可思議な現象に山風は首を傾げる。深海棲艦誕生から数百年、誰も知りえなかったその誕生の秘密に山風ちゃんはたった一人到達しようとしていた!
なお、今回特に出番はない。
「チッ……くず鉄共が。そのまま沈んでいればいいものを……相変わらず相棒の甘っちょろさには反吐がでるぜ」
オレ、浦島太───じゃねぇ、『深海妖精さん』は
まさか俺を捕獲する為にヲ級の奴が動くとは予測していなかった。奴は乙姫とは仲の悪い丙姫の部下だったはずだ。その奴が動いているということは向こうもなりふり構ってねぇということか。
「流石は鉄底英雄の精鋭だね。期待通りだ」
「何が期待通りですか……全部アンタが仕込んだことでしょうに」
俺のケツの下、浜辺に腰を下ろし会話する相棒とクソ大将の会話に耳を向ける。
相棒の言う通りだ。今回のヲ級達の襲撃は明らかにこの大将が一枚噛んでいる。だが解せねぇ。ただの人間であるはずのこいつがどうやって奴らとコンタクトをとったのか、そもそも今回の一件こいつの目的はなんだったのか、そして───こいつはどこまで知っているのか。
思い返せば不自然な点は多々あった。
何故こいつは相棒の元に『浜風』を送りこんだのか。
何故元々こいつの鎮守府にいたはずの『天津風』は行方をくらまし、ヲ級と行動を共にしていたのか。
さらに言えば相棒の監視役として送り込まれてきた『時雨』と『春雨』も元はこいつの鎮守府に籍を置いていたという。
明らかにおかしい。この大将という男を中心に確実に何かしらの思惑が蠢いている。
ただでさえ最近は相棒が提督を辞める等と言い出して計画に狂いが生じているのだ、これ以上のイレギュラーは見過ごせない。
……消しとくか。
□□■
俺が監禁───もとい籍を置かされている鎮守府には幾つかの娯楽施設が存在する。
例えば、映画を楽しむ為のシアタールーム、最新器具完備のトレーニングルーム、TVゲーム等を楽しむ六畳間の和室。どれも日本の海を守る対深海棲艦海軍鎮守府には凡そ不必要なものばかりだ。何故そんなものがあるのかと問われれば何のことはない、ただの俺の反逆でしかない。
俺が軍から退役する為に提示された《鉄底海峡を攻略せよ》という任務を達成しもうかなりの年月が経った、だというのに
そんな不義理な上へのささやかな抵抗がこれらの
そんな経緯で増設&改築された施設の中でも取り分け人気なのは入渠施設、ようは風呂だ。
艦娘といえどもやはり女、風呂好きな奴らが多いらしい。入渠施設には新たに増設した浴槽、露天風呂、サウナ、マッサージ器を設置と特に金をかけているのだから彼女らが入り浸るのも無理はない。
斯く言う俺も風呂は好きだ。
制服という重りを脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿となって湯に足を浸ける。少しづつ体を湯船に沈めていくとそれに比例するかのように身体から疲れが滲みだすのだ。肩まで浸かる頃には口からおっさん臭いうめき声が漏れるのを抑えることは困難になる。
風呂は人類が生み出した英知である。どれだけ過酷な一日を過ごそうと湯に浸かれば立ちどころに癒され翌日の活力とすることができる。
ただし、それが一人での入浴であった場合に限るが───。
時刻は深夜二時、草木も眠る丑三つ時。オーちゃん達との戦闘を終えた俺はその日の汗を流す為風呂場へと向かった。
だが悲しいかな一人ではない。そりゃ俺だって風呂くらい一人で入りたい。だが脱走常習犯である俺を一人で入浴させるほど
「なんでこうなった……」
「それはこっちのセリフよ。なんでわたしが貴方なんかとお風呂に入らなきゃいけないのよ」
湯船に浸かり天井を見上げ呟いた俺の隣からそう無愛想な答えが返ってきた。時雨ではない。奴は今浴槽から5mほど離れた位置にある流し場で髪を洗っているところだ。
では時雨でないのなら俺の隣にいるのは誰なのか?それは数時間前に俺達の敵として現れた艦娘、陽炎型駆逐艦『天津風』その人だった。
「あ?ざけんな。ここはそもそも男風呂だ、女であるお前がここにいるほうが異端なんだよ。わかったらさっさと出て行け」
「嫌よ、今湯船からでたら貴方に裸見られちゃうじゃない!」
俺は天井から右隣へと視線を移す。そこでは天津風が首から上だけを湯から出していた。どうやら湯の中には大量の入浴剤が投入されているのだろう、湯は濃い乳白色に変化しており天津風の身体をすっぽりと覆い隠している。
「自意識過剰か。てめえの貧相な身体になんざ興味ねえよ」
「はあ!?言ってくれるじゃないのよ!貧相かどうか見てみなさいよ!」
そう言って立ち上がろうとする天津風の肩を俺は右腕で押さえつけて制する。なにやらギャーギャー喚いているが全て無視する。
しかし、天津風の身体には興味ないが、こいつが知っているであろう情報には少し興味がある。現状、俺には分からないことが多すぎるのだ。
そもそも何故こいつがこの鎮守府にいるのか、何故艦娘であるはずのこいつがオーちゃんと行動を共にしていたのか、沈んだのだとしたら何故深海化していないのか……聞くべきことはいくらでもある。
「つーか男湯女湯以前になんでお前がここにいんだよ。オーちゃんに捨てられたか?お?」
「違うわよ。この娘に連れてこられたのよ。割と手荒にね」
そう言って天津風は俺が居る方とは反対側を指差した。そこにはいつの間にいたのか春雨ちゃんが頭に手ぬぐいを乗せて乳白色の湯船に浸かっていた。男湯とはいったい……。
「春雨ちゃんがこいつを連れてきたの?」
「です、はい。ドラム缶に閉じ込めて連れ帰りました。元々彼女は私の教え子です、理性があるとはいえ
「え、このままここに置いておくつもりなの?」
「お願いします、はい」
そう言って春雨ちゃんは俺に頭を下げる。うぐぅ……何故だか彼女にそう頼まれると弱い。
「面倒はしっかり春雨がみますから。司令官、お願いします」
「なんだかわたし、犬や猫みたいな扱いね……別にいいけど」
俺は少し考える。特にこれといって天津風を此処に置いておくことに対してデメリットは思い当たらない、強いていえば彼女がスパイだった場合だが正直それも些末だ。さしたる問題ではない。問題はメリットだ、これは案外でかいのではないだろうか?春雨ちゃんは天津風の面倒は自分が見るといった、つまり天津風に時間を割くということだ。それはイコールで俺を監視する時間を減らすということになる。白露型のなかで最も
「春雨ちゃんがそこまで言うのなら俺は構わない。
「私はどっちでも……ただ春雨とは一緒にいたい……けど」
「では決まりですね!はい!」
俺と天津風の返答に春雨ちゃんはひまわりが咲いたかの様な笑みを浮かべた。仮に断っていたならとても悲しそうな表情を浮かべたのだろう。脱走するたびにその悲しそうな顔を見せつけられたが未だなれない。もしかしたら俺はその表情が見たくないから彼女に甘いのかもしれない。
「その代わり天津風、俺の質問にいくつか答えろ」
「いいわ。ただし嘘か本当かの判断はしっかりね」
少し離れたところで時雨がまだシャワーを浴びている音が聞こえていた。
□
それから俺は天津風から話を聞いた。
春雨ちゃんを追いかけ自ら轟沈したこと。海の底で大きなお城を見つけそこでお姫様に助けられたこと。オーちゃんとはそのお姫さまの紹介で出会い、そのまま行動を共にしていたこと。そしてそのお姫様が行方不明になってしまったこと───。
「行方不明───とは言ったけど。本当は分かってるの。もうあの人、
天津風は乳白色の湯船を見つめながらそう言った。その目元には抑えきれなかったのかうっすらと雫が浮かんでいた。
おや?これってもしかして
天津風は鉄底海峡のBOSS『飛行場姫』が死んだと勘違いしている。それも当然だ、そう全員が勘違いするように俺が隠蔽したのだから。奴が生きていると知っているのは俺とあきつ丸だけ、春雨ちゃんや時雨達すら知らないのだ。
「分かってる誰も悪くないって。お姫様ももちろん悪くないけど、お姫様を殺した奴も悪くない。全部……全部この戦争を始めた奴が悪いんだって」
良かった……どうやら俺を恨んでいるわけじゃないらしい。さらに俺がその鉄底海峡を終わらせた提督ということにも気づいていないようだ。
「辛かったのですね……」
ほっと胸を撫で下ろし安堵する俺とは対照的に春雨ちゃんは優しく天津風を抱きしめた。
「そしてごめんなさい。仕方なかったとはいえ春雨達があの海を終わらせてしまって……」
「へ?ちょっと待って」
「なんですか?」
「鉄底海峡を終わらせたのってまさか春雨達なの……?」
「いえ、正しくは違います。春雨達がこの鎮守府に来たのはあの海が終わってからのことです。ですが、そんなのは言い訳です。この鎮守府と春雨、司令官は一心同体、過去の責任も全て私のものです」
「ああうん、いや、そういうのはよくて……。つまりあの海を終わらせたのはこの鎮守府ってことでいいのよね?」
「です、はい」
春雨ちゃんに抱きしめられていた天津風がゆっくりとこちらに振り向く。瞳孔の開いた天津風の目が俺を見つめた。
「みつけた──────」
その瞬間水飛沫が舞い目の前から天津風が消えた。あの時と同じだ、春雨ちゃんが天津風と戦っていた時と。あの時は遠く離れた所から眺めていたからまだ何とか天津風の残像の様なものを目で捉えることができた。だが目の前だとまるで違う、その影すら目で追うことができない。
「死ね」
背後からそう聞こえた。反射的に振り返るといつの間にか天津風はそこにいた。怒りに満ちた表情で俺を睨み、俺の首に手を伸ばす。
だがその手が俺の首にかかることはなかった。
天津風の手が俺の首まで残り数ミリという所でまた天津風の姿が消え、その姿の代わりに細く白い足が天井目掛けて真っ直ぐに伸びていた。
浜風の足だった。いつからこの浴場にいたのか、どうして男湯にいるのか、それら全てのツッコミ所を無視して浜風は突如現れ、その白い足で天津風を天井目掛けて蹴りあげたのだ。そしてそれだけでは終わらない。
「人の男に手を出そうとはいい度胸ですね」
浜風はそう言うと天井から落下してきた天津風の顔面を掴み、そのまま壁に彼女の頭部を叩きつける。それも一度ではなく何度も、何度も。
叩きつけられるうちに初めは浜風のアイアンクローを振りほどこうともがいていた天津風の腕から力が抜けていく。あっ、これやばいやつだ、殺しかねない。浜風がここまで切れているのを見るのは久しぶりだ。数ヶ月前、大将と共にこの鎮守府に来て数年ぶりに俺と再会し腕をへし折ろうとした時と同じかそれ以上のブチ切れっぷりだ。
「止めろ浜風、やり過ぎだ」
「先輩は今は殺されかけていたんですよ?やり過ぎということはないでしょう。」
俺の制止にも耳を貸さずそのまま天津風の頭部を壁に叩きつけ続ける。まずい、天津風がもうピクリとも動いていない。
俺が力ずくで浜風を止めようと動いたその時、もう一本の白い腕が天津風を掴む浜風の腕を掴んだ。
「やめてください……。天津風さんには私がキツく言い聞かせますから」
「春雨さんがそういうなら……」
このやろぉ……。なんで俺の言うことは聞かねぇのに春雨ちゃんの言うことは素直に聞くんだよ。
「……分かってるわよ。貴方は提督でお姫様は深海棲艦、貴方がしたことは間違ってなんていない、それくらい分かってる、理解してる」
浜風のアイアンクローから解放された天津風はそのまま湯船に落下し顔を上げることもなくポツリポツリと独り言のように話し始めた。
「お姫様ってのは飛行場姫のことか」
「そうよ……。鉄底海峡を支配していたお姫様よ……」
「だよな……」
飛行場姫。かの悪夢の海域と呼ばれ俺が『鉄底提督』と呼ばれる所以となったBOSSだ。確かにあそこの飛行場姫はうちのイカれあきつ丸が倒した。そして、その飛行場姫と面識のあった天津風は飛行場姫の仇が俺なのだと勘違いし襲ってきた───どうやらそういうことらしい。
「飛行場姫のことで俺を恨むのはお門違いだぞ」
「分かってるって言ってるでしょ!でも理屈じゃないの!お姫様は他の深海棲艦とは違った!春雨を追って鉄底海峡に沈んだ私を助けてくれた!敵であるはずの私を匿ってくれた!」
涙を流しながら天津風は続ける。
「分かってる……。貴方は提督として職務を全うしただけなんだって……。でも、それでもわたしは……お姫様を殺した貴方がどうしようもなく……憎い……」
「いや、そもそもアイツ死んでねぇし」
「はぁ!?」「はい?」「……」
俺の言葉に時雨、春雨ちゃんはそれぞれ驚愕の声を上げた。浜風は我関せずと言った表情。そして天津風は……
「うそ……」
「嘘じゃねぇよ」
「だって貴方達があの鉄底海峡のボスを見逃す筈がない、見逃す理由がないじゃない」
「さっきお前が言ったろ?アイツは他の深海棲艦とは違うって。だから生かした。なんなら通話でもするか?一応アイツには通信機を渡してるから会話くらいならいつでもできるぞ」
「ほんとう……なの?」
「めんどくせぇな……おい時雨、脱衣所から俺の通信機持ってきてくれよ。私用の方な」
「いいけど……本当にあの飛行場姫が生きてるのかい?だとしたらかなりの大問題なんだけど……」
時雨はぶつくさ言いながらも大人しく俺の指示に従い脱衣所へと向かう。数秒して指示した通り通信機をもって浴場へと帰ってきた。
できればアイツとは話をしたくないのだが……致し方ないらしい。俺は意を決してお姫様に通話をかけた。