辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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春雨ちゃん
夏サメちゃんの餌は麻婆春雨。

天津風ちゃん
春雨ちゃん大好き。同じくらい飛行場姫も好き。二人の為なら割と何でもする。

山風
玉手箱────それは時間を閉じ込める箱である。かつて箱の中の煙を浴びて老人になったという浦島太郎の逸話から山風ちゃんはそう考えていた。だが違う、玉手箱とは『時を閉じ込める箱』ではなく『時を司る箱』、真に価値があるのは煙ではなく箱そのもの。そう玉手箱とは『小型タイムマシン』だったのだ!
玉手箱の真実を知った山風ちゃんはたった一人物語の深奥へと足を踏み入れる!なお、今回特に出番はない。


海風と天津風の策謀

「いいか、飛行場姫と話はさせてやる。ただしスピーカーモードだ、この場にいる全員に会話の内容は聞かせてもらう。それでもいいか?」

 

「構わないわ」

 

「チッ……」

 

 気が乗らないまま俺は飛行場姫に通話をかける。通信機が待機状態になったのは一瞬だった、直ぐに奴の声が浴場全体に響渡る。

 

『旦那!?』

 

 直ぐに通話を切断した。だが間に合わなかったらしい。目の前の春雨ちゃん、浜風の目は深い黒に沈み時雨は頭を抱えていた。

 

「司令官……?『旦那』ってどういうことですか?」

「先輩……いい加減にしないとほんとうにぶち犯しますよ?」

「提督も男だからね……でもね浮気するのなら最低限僕達にバレないようにしてくれないと……こっちも困るんだよ」

 

 三人はそれぞれ意味の分からないことを虚ろのようにくり返している。浜風はそろそろ大将の所へ送り返す必要がありそうだ。伊号型郵便は人も郵送してくれるのだろうか……。

 

「そういうんじゃねーよ。『旦那』つってもあれだ。商売人が男の客のことをそう呼んだりすることがあるだろ?アレだよアレ」

 

「いえ、今のは明らかに牝の声でした。下の口から声が出てました」

 

「春雨ちゃん、君そういう下ネタ発言する娘じゃなかったよね……」

 

「後で詳しくお話を伺います、はい」

 

 気づけば春雨ちゃんの髪が白みを帯び始めていた。これ以上この会話を続けるのはまずい、俺は会話を断ち切る為に天津風の方へと視線を向ける。

 

「間違いない。お姫様の声、ほんとうに生きてた───」

 

 天津風はボロボロと目から雫を零していた。俺は天津風と飛行場姫の関係性を知らない。たが今の天津風の姿を見れば飛行場姫が彼女に取ってどういった存在なのかは伺い知ることができた。俺はもう一度、通信機を手に取り飛行場姫へと通話をかける。待ち構えていたのだろう、奴は直ぐに通話に応じた。

 

『コホン、先程は失礼しました。旦那とお話出来るのが嬉しく、ついはしたなくも大きな声を上げてしまいました。ええ、もう大丈夫です落ち着いてます。ですのでどうが通話を切らないでください、貴方の嫁に声を聞かせてください』

 

「お前と話をしたいって奴がいる。変わるぞ」

 

『えっ!?ちょっと!』

 

 そう一言だけ告げて俺は天津風に無線機を放った。涙で視界がぼやけていたのだろう、天津風は取りこぼしそうになりながらも何とか無線機をキャッチする。

 

「おひめ……さま?」

 

『────その声は天津風さんですね。そう、良かった。そちら側へ戻られたのですね。春雨さんには追いつけましたか?』

 

「追いつけたかは分からない。けど春雨はわたしの隣にいる、今一緒にお風呂に入ってるの。今はそれで充分────」

 

『そうですか。それは本当に良かった。やはり貴方はそちら側にいるべきです、もう……あのお城へ戻ってはいけませんよ』

 

「うん、お姫様が居ないのならもうあそこに未練はないわ。これからはここで春雨に置いていかれないよう努力する」

 

『そうしてください、そこにいればいつかまた私と会える日もあるかも知れません。────ところで天津風さん、話は変わるのですが貴方今、春雨さんと入浴中とおっしゃいましたか?』

 

「ええ、言ったわ。それがどうかしたの?」

 

『いえ、私の記憶が正しければ天津風さんの声を聞く直前、私の旦那────表島さんの声を聞いた筈なのですが』

 

「表島……?ああ、提督のこと?いるわよ?彼も一緒に入浴してるもの」

 

『………。天津風さん、春雨さん、旦那……もう一人、いえ二人いますね。微かですが息遣いが聞こえます』

 

「よく分かるわね。正解よ」

 

『……天津風さん、すみませんがこの通話、その場の全員に聞こえるようスピーカーモードにしていただくことはできますか?』

 

「へ?ああごめんなさい、言い忘れてたわね。この通話、既にスピーカーモードになってるわよ」

 

『そうですか。では────顔も知らない皆様お初に。私はかつて悪魔の海域と呼ばれた『鉄底海峡』のBOSSを勤めておりました、飛行場姫と申します』

 

 まずい────俺は瞬間的にそう察知した。直ぐにこの通話を切断しなければ。これ以上、飛行場姫に話をさせては面倒なことになる。俺は天津風から通信機を取り返そうと右手を伸ばす─────が俺の手が届くよりも早く飛行場姫はその言葉を捲し立てた。俺はまた間に合わなかった。

 

『単刀直入に言います────そこにいる男は私のだ、手を出せば沈めるぞ』

 

 俺が天津風から通信機を奪い返し通話を切断する頃にはそこまで言わせてしまっていた。

 

「ちょっと!!なんで切るのよ!もっとお姫様と話させなさいよ!」

 

「喧しい!もうそんな状況じゃねぇんだよ!周り見てみろ!」

 

「周り?」

 

 俺は天津風と共に恐る恐る春雨ちゃん達の方へと首を向ける。

 

 そこには鬼がいた。2体の鬼だ。どちらも髪が真っ白な白い鬼。角こそ生えてはいないがその無理矢理に顔に貼り付けたような笑顔はどうしようもなく不気味で恐ろしく、彼女達を鬼と幻視してしまうには充分なものだった。

 

 時雨に助けを求めるように視線を向けるが、時雨は湯船に顔を半分ほど沈め逃げるように俺から視線を逸らした。助け舟は期待できないらしい。

 

「司令官、とりあえずお風呂から上がりましょう。お話は私達の自室でゆっくりと。はい」

 

 

 

 

□□■

 

 

 春雨達がここの提督を引きずるようにして出ていきわたし、天津風は一人浴場に残された。このままここに居てもゆでダコになってしまう。わたしも少し遅れて浴場をあとにした。

 

 脱衣所で春雨が用意してくれていた予備の制服に袖を通し外にでる。廊下に出るとになんだが香ばしい匂いが辺り一帯に充満しているのに気がついた。この匂いは……カレー?

 

 そういえばもう随分と食事を取っていない。最後に食事にありついたのは春雨との戦闘前だからもう丸一日なにも食べていない。ここも鎮守府だというのなら大将の所と同じく食堂があるはずだ。匂いを辿ればわたしもカレーにありつけるかもしれない。わたしは匂いの軌跡を辿るため歩を進めることにした。

 

 食堂へと向かう道すがら、私は先ほどの浴場の一件について考えた。どうやら少しまずいことになっているらしい。

 

 問題なのはここの提督を見る時のあの春雨の顔だ。一目見れば誰でも分かる、春雨は提督に完全に心奪われている。そもそも当たり前のように一緒に入浴している時点でおかしいのだけれど。

 

 しかしまあ、これはいい。春雨だって年頃だ、意中の相手がいることに不思議はない。わたしだけの春雨が奪われたようで少し妬けるが致し方ない。問題はもう一人、お姫様────飛行場姫までどうやら提督に惚の字らしいということだ。

 

 これはまずい、非常にまずい。わたしにとって春雨もお姫様もどちらも同じくらいに大切な人だ。けど、それゆえにどちらの恋路を応援するのかと問われるとわたしは答えることが出来なくなってしまう。

 

 春雨もお姫様も両名とも想い人を諦めるようなタイプでは決してない。このままだと彼女達二人の間に修羅場が発生してしまうのは火を見るより明らかだ。

 

 わたしは二人が争う姿を見たくはない。むしろ逆、三人で仲良くしたいと思っている。その為には二人の修羅場を回避しなくてはならない。 

 

 わたしの手で提督を消してしまう?ダメだ、上手くいったとしても守れなかったという責任から春雨も跡を追いかねない。それに経緯は分からないけどお姫様を匿ってくれていた恩もある。

 

 禍根を残さず春雨とお姫様の両方に提督を諦めさせる方法……。

 

「アイツと他の女をくっつける……」

 

 正直言ってこの方法も確実とは言えない。提督が他の女とくっついたとして春雨達が諦める保証などどこにもないのだから。けど……今は他に方法がない。この案にすがるしかない。

 

 問題は提督と誰をくっつけるのか……だ。

 

 宛がない。当然だ、わたしはまだこの鎮守府に来て数時間しか経っていない、ここにいる人で面識があるのは春雨に提督、それにさっき浴場に居合わせた時雨と浜風とかいう艦娘だけだ。

 

 時雨と浜風ならどうかと考えたが直ぐに首をふってその考えをかき消す。ダメだ、さっきの提督の様子を見るに彼女達は提督に異性として認識されていない。一緒に裸で入浴しているというのに視線が全く彼女達の身体に向けられていなかったのがいい証拠。戦力外だ、使えない。

 

 誰でもいい……他に宛はないものか。

 

「カレーの匂いは……ここからね」

 

 考えが纏まらないままどうやら食堂に到着していたらしい。お腹がすいて考えが纏まらないのかもしれない、取り敢えずお腹に何か入れよう。

 

 食堂の扉を開くとそこは広間になっていた。幾つもの長机に食事を受け取るのであろうカウンター、さらに食券を得るための券売機が置いてある。

 

「誰もいないの?」

 

 食堂には誰もいなかった。厨房の方から水や食器のぶつかる音が聞こえるのでそちらには誰かいるのだろうがこの広間に人影は見当たらない。ふと壁にかけられた時計へと視線を移すと15時30分を示していた。なるほど、今は仕込みの時間なのかもしれない。

 

「天津風さん?」

 

 不意に背後の入口から声が聞こえた。振り返るとそこには短く切り揃えられた綺麗な白髪に見覚えのある制服に身を包んだ艦娘が立っていた。いや、制服だけじゃない。なんとなくその顔にも見覚えがあった。

 

「もしかして……海風?春雨の妹の」

 

「そうです!海風です。春姉さんからお話は伺ってます。行方不明になったと聞いて心配していましたが戻ってこられて本当によかった……。ところでこんなところでどうし……って食堂ですから食事に来たんですよね」

 

「えっ、ええ。少しお腹がすいちゃって。何か食べに来たのだけど仕込み中のようね。出直すわ」

 

「いえ、ちゃんと営業してますよ。というよりここは24時間営業です。遠征なんかで艦娘はそれぞれ生活習慣が異なりますから」

 

「そうなの?それにしてはお客さんが誰もいないようだけど」

 

「おやつ時ですから。皆さん甘味処の方へ行っているのだと思います」

 

 甘味処────そんなものまであるのか。ここは大将のところとは随分様子が違うらしい。

 

「私も先程遠征から帰投しまして。よければご一緒しませんか?」

 

「いいわよ」

 

 特に断る理由もなく海風の申し出を快諾する。春雨の妹と仲良くしておくに越したことはない。

 

 海風に先導されて食券を入手、そのままカレーを手にした私は海風と共に食堂の隅にある席へと腰を降ろした。

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

 行儀よく手を合わせる海風にわたしもつられる。元々、接点があまりないわたし達は特に会話が弾むでもなく黙々とカレーを口に運んだ。食堂にはスプーンと食器のぶつかる音が響くばかりだ。

 

 カレーを食す海風をチラリと盗み見る。やっぱり美人ね。春雨は可愛い系だけど海風は美人系、大人びた顔と落ち着いた雰囲気がきっとそう感じさせるのだろう。

 

 ……この娘を提督にあてがうのはどうだろう?思いつきだったがなかなかに名案な気がした。まあそれにしたって提督に対して彼女に気がなければお話にならないのだけど……。取り敢えず探りは入れてみよう。

 

「海風はここの提督のことどう思っているの?」

 

「提督ですか?そうですね……少し、いえ大分困った方ではありますがそれ以上に頼りになる方ですね。春姉さんともう一度会えたのも、私が海風の艤装を着ける決心をしたのも、あの人がいたからです。提督がいたから今の私がいる……それは間違いありません」

 

 脈ありありじゃないの……。あの男を語る目が完全に春雨と同じだ……。なんならちょっと重いし……。あの男の何処にそんな魅力があるのか、わたしにはさっぱり理解できない。けどそれなら話は早い、この娘を提督にあてがう。上手く行けば春雨とお姫様の修羅場を回避出来るかもしれない。もともとダメで元々、試してみる価値はある。

 

「困った人って言うのは彼が脱走常習犯だから?」

 

「……それ、どうして知っているんですか?この鎮守府内で知っているのは私達姉妹だけの筈なんですが」

 

「春雨に教えてもらったのよ」

 

「春姉さんが……姉さんは随分貴方を信用しているんですね。こう言ってはなんですが一日前まで敵だった貴方を」

 

「春雨に信用して貰えてるのなら嬉しいんだけどね。まあ、春雨も説明するしかなかったんだと思う、状況が状況だったし。それで?困った人って言うのはそういう意味なんでしょ?」

 

「そうですね。白露姉さんや時雨姉さん、特に村雨姉さん何かは色々と不満を持っているみたいですが私は脱走さえ止めて貰えれば他に言うことはありません。理想の男せ────こほん、提督です」

 

「ふーん。それで?どうして彼は脱走するの?」

 

「わかりません。理由は何度か聞いたことがはあるんですが聞くたびに言うことが変わっていて……きっと本当の理由はだれも聞いたことがないのだと思います」

 

 海風は少し寂しそうな表情を浮かべながらそう言った。きっと本当の理由を教えて貰えないこと自体はどうでもよくて、自分を信用して貰えていないことが悔しいとかそんな所だろう。この娘はそういうタイプだ。多分。

 

「ねえ、海風。提督に脱走を止めさせる方法、教えてあげましょうか?」

 

「そんな方法があるんですか!?」

 

 私の言葉に海風は机から身を乗り出し今までにない反応を見せる。

 

「簡単よ。人質を取ればいいの。彼に取って一番大事な人をこの鎮守府に閉じ込めちゃえば彼は脱走なんて出来なくなる。例えばそうね……彼に奥さんや子供なんかがいれば最適ね」

 

「悪魔のような事を言いますね……。ダメですよ、提督にはご子息はおろか学生時代から恋人だっていません。それくらい調べてあります」

 

「いないのなら作ればいいじゃない」

 

「えっ?」

 

「奥さんも子供もいないのなら作ればいい……それだけのことよ」

 

「何を言って……」

 

「子供の作り方くらい知っているでしょ?。私達艦娘は男より力が強い、押し倒すくらいわけないわ。そうやって子供を作ればそのままなし崩し的にケッコン(ガチ)」

 

 海風は信じられないものを見るような目でわたしを見る。けどわたしの眼から目をそらさない、悪魔と称したわたしの言葉を決して遮らない。イケる────そう確信したわたしはトドメの言葉を口にする。

 

「人質がいないのなら、作ればいい。海風……貴方自身が人質になればいいのよ」

 

 

 

 

 

 


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