辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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春雨ちゃん
主武装はドラム缶。その中身はナフサ、ノルマルパラフィン、アスファルトなど多彩。ナフサを利用した硫化水素による毒攻撃など個人としての戦力は絶大だが、仲間を巻き込むため艦隊を組んでの戦闘は苦手。

海風
割と手段を選ばない。

提督
普通に手段を選ばない。



提督と春雨とプロポーズ

「ぐぅぅぅぅぅがぁぁぁぁぁぁ、、、、やっと終わったぁぁぁ……」

 

「お疲れ様です、はい」

 

 日中はどこからともなく聞こていた艦娘達の笑い声もすっかり身を潜め、代わりに鈴虫と波の音が鎮守府を覆い尽くす真夜中の執務室。私、白露型五番艦の春雨は司令官と共にようやくお仕事を終え、二人でホットミルクを飲みながら一息ついていました。

 

「春雨ちゃん、付き合わせてごめんね。俺はデスクの整理をしてるから先に風呂に入ってきなよ」

 

 司令官は壁にかけられたアナログ時計を見ながら私にそう指示します。時刻は既に二四○○(フタヨンマルマル)を回っていました。

 

「ダメですよ。そういってまた脱走するつもりなのは分かってますから」

 

「チッ、流石に春雨ちゃんは山風みたいにはチョロくはないか」

 

「当然です、はい。さぁ明日も早いんです、早く飲んでお風呂に入って寝てしまいましょう」

 

 私はそう言って司令官を急かしました。ですが私の本心としてはもう少しこの時間を過ごしたい……そう惜しく思っています。

 

 私達が司令官と二人きりの時間を過ごせる機会というのは実はあまり多くありません。

 

 そもそも、司令官が『脱走提督』であると知っているのは私達白露型を除けばあきつ丸さん、吹雪さんしかこの鎮守府にはいません。鉄底英雄と呼ばれる司令官を慕う艦娘はとても多く、そんな彼が鎮守府を去ろうとしていると知れば鎮守府、いえ海軍全体の指揮に影響が出る為、ひた隠しにされているのです。とはいえ、司令官本人が声高にそれを宣言したなら隠し通すことはできないのですが何故か彼はその様な行動をとったことはありません。

 

 それどころか私達や浜風さん以外の前では『鉄底英雄』に相応しい態度を示しています。

 

……話を戻します。

 

 そんな風に表向きはアイアンボトムサウンドを終わらせた英雄としての体裁を保っているものですから艦娘からの信頼はとても高いです、中には私や時雨姉さんと同じような感情を司令官に向ける方も少なくはありません。

ですから彼の周りはいつも誰かしらが付き従っています。隻腕でありながらもなんとか司令官の役にたとうとする赤城さん、ただ単純にかまって欲しくて彼の四肢にしがみつく睦月型の皆さん、口は悪いですがやはり彼の事が大好きな浜風さん、他にも沢山です。

 

 そんな彼と二人きりの時間を過ごせる数少ない機会がまさに今、夜の秘書艦(かんし)なんです。……エッチな意味ではないですよ?

 

 私はこの時間がとても好きです。

 

 夜の鎮守府はとても静かです。特にこの執務室で窓を締め切っていれば互いの呼吸音が聞こえてくるほどです。この呼吸音が司令官の存在を強く認識させ私を安心させてくれます。日中なんて少し目を離すともうそこからいなくなっていて、二度と会えないのでは……なんて不安で押しつぶされそうですから。

 

 でもそんな時間ももうお終い。私の我儘で司令官の睡眠時間を奪うにはいきません、はい。

 

 もう寝ましょう、手元の書類を整理しながら司令官にそう進言しようとすると急に執務室に冷たい空気が侵入してきました。どうやら司令官が窓を開けたようです。

 

「うお、まだ秋になったばっかだと思ってたけど夜風はなかなか冷たいな。今の火照った頭には気持ちいいけど」

 

「ダメですよ司令官、寝る前に身体を冷やしては風邪を引いてしまいます。さあ、お風呂に入って今日はもう寝ましょう」

 

 私がそう言っても彼は窓の前から動こうとはしません。こちらに顔を向けることもなく空に浮かぶ満月を指さしながら、私に驚くべき提案をしてきます。

 

「ねぇ春雨ちゃん……今から俺とデートしない?」

 

 

  □□□

 

 

 秋は情緒の季節です。

 特に秋の夜というのはなんとも透き通り、漂う冷気が冬の足音を聞かせるとともにツクツクボウシが夏に別れを告げる時間を私達に与えてくれます。

と言っても今の私にはそんな風情を味わう余裕はまるでないのですが、ええまったく。

 

「はぁー。今まで気に止めたこともなかったけど結構星見えるんだな。春雨ちゃんは知ってた?」

 

 なんでしょう?なんでしょう?なんでしょう?この状況は一体なんでしょう???どうして私は司令官と手を繋いでこんな夜更けに波止場を歩いているのでしょう。いえ覚えているのですが、ええ。司令官がデートに行こうと春雨を誘ってくれたからです。デートといっても既に真夜中、何処かに遊びにいく訳にもいかず鎮守府近くの波止場をお散歩しているわけなのですが……ダメです、頭が熱くて考えがまとまりません。

 

「春雨ちゃん……?聞いてる?」

 

「あっ、はい。私達は遠征に行くので空はよく見上げますね。まさか司令官と見れる日がくるとは思いませんでしたけど」

 

「まぁ、俺はこういう風情みたいなのはあんま解さないからね」

 

 不思議な感覚でした。いつもあれだけ私がアプローチしても暖簾に腕押しだった司令官からこうして誘われ手を繋いで歩いているなんて、実感が湧きません。しかも何だか雰囲気もいい感じです、はい。

 

「月……綺麗だね」

 

「……何かあったのですか?」

 

「どういうこと?」

 

「今の司令官は少し変です。いつも春雨がどれだけアプローチしてもはぐらかすだけなのに急にデートなんて、さっきの月が綺麗っていうのも普段の司令官なら絶対に言いません」

 

 私の言葉に司令官は頭をぼりぼりと痒いてバツが悪そうな表情を浮かべます。

 

「分かりました。何か春雨に怒られるような事をしたんですね?だからそれがバレる前に少しでも私の機嫌をとっておこうと……違いますか?」

 

「違うよ」

 

 私の言葉に司令官は少し悲しそうにそう答えました。彼のこんな表情は今まで見たことがなくて私はさらに困惑してしまいます。

 

「じゃあどうしたんですか?何故急にデートなんて……」

 

「春雨ちゃんはさ、覚えてないだろうけど俺と君が出会って実は今日でちょうど3年なんだ」

 

「……初耳です、はい。一度沈んだ私をどうやって引き揚げてくれたのか、司令官は絶対に教えてくれませんでしたから」

 

 私はこの鎮守府に来た日のことを知りません。天津風さんを庇い、一度沈んだはずの私は気づけばこの鎮守府のベッドの上に横になっていました。私が眠っている間に何があったのか……なんど聞いても司令官がそれを口にすることはありませんでした。

 

「色々な事があった。記憶喪失を偽装したりケッコン(狩)騒動なんかもあった。他にも怒り狂った浜風や悪磨の襲撃、サブリミナル効果を利用した催眠術騒動なんかもあったっけ。なんか怒られた思い出ばっかり出てくるな……」

 

「もっといい思い出もありますよ……一緒にサメ映画を観たり、バレンタインにはチョコプレゼントもしました。司令官の実家に挨拶にも行きました」

 

「そういやそんなことあったな……」

 

「はい、ありました」

 

 気の所為でしょうか司令官の右手から伝わる体温が高くなったような気がします。とても熱くて熱くて、私の体温まで火にかけられたヤカンのように沸騰している気さえします。

 

「渡したい物がある」

 

 不意にそう言って司令官は握っていた私の手を離しました。急速に私の左手から司令官の温もりが失われ私は不安に押しつぶされそうになりました。けれど次の瞬間に私の体は火山が噴火したかの如くこれまでの人生での最大瞬間体温を記録します。

 

 先程まで私の手を握っていた司令官の右手には小さな箱が載せられていました。見覚えのある箱です、そうそれはいつの日か姉妹や浜風さんと取り合ったあの箱……指輪の入った箱でした。

 

「もしも受け取ってくれるなら目を瞑って」

 

 その箱を見た瞬間にもう目を瞑る必要のないくらい涙でぐちゃぐちゃになっていましたがそれでも私は目を瞑りました。固く固く、力を込めて。司令官に向けて左手を差し出すことも忘れません。

 

 この日をどれだけ焦がれたことでしょう。時雨姉さんや浜風さんの登場に焦りを押さえられない時もありました。ですがこれで……これでようやく……!

 

「…………司令官?」

 

 目を瞑ってどれだけの時間が経ったのでしょうか?未だに私の薬指に重みがかかる気配はありません。司令官も柄にもなく緊張しているのでしょうか?そう思い声を掛けましたが返答はありません。

 

 心配になった私はそっと右目だけを薄く開きました。私の視界に映ったのは月夜に照らされた美しい海とどこまでも続く美しい星空だけ。

 

 司令官の姿は何処にもありませんでした。まるで彼という存在は初めから存在せず、これまで過ごしてきた時間は全て私の夢だったのではと錯覚する程に司令官の姿は忽然と、なんの脈絡もなく消滅していたのです。

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