辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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春雨ちゃん
最近、工廠で明石からアーク溶接と磁粉探傷検査のレクチャーを受ける春雨の姿がしばしば目撃されている。彼女が一体どこを目指しているのか、それは誰にも分からない。

村雨
白露型の中で唯一提督のことを敵対視している。表向きは。

夏鮫ちゃん
最近出番のない春雨ちゃんのペット。





海風と蝋燭と天津風

 フッ、と机の上に置かれた蝋燭が燃え尽き、夜の帳が室内を覆い尽くした。僕こと白露型二番艦、時雨は窓から差し込む微かな月日を頼りに替えの蝋燭とライターを手繰り寄せる。

 

「節電期間とはいっても流石にこんな短い蝋燭じゃ嫌になるね……」

 

 今、僕の所属する鉄底の鎮守府では大本営からの通達で節電強化週間というのが実施されている。その内容はというと単純なもので二一○○を過ぎると執務室及び食堂、入渠施設、通信室を除く鎮守府中のブレーカーが落ち、それ以降は支給された一本20分も持たないようなとても短い蝋燭を使用しろとのことだった。

 

 実際問題として、その時間帯は元々電力を多く消費するような時分ではないので大した節制は見込めない。では何故このような取り組みが行われるのかというとそれは対外的なアピールなのだろうと僕達艦娘は認識している。

 

 アイアンボトムサウンドを終わらせ鉄底の鎮守府の異名を持つこの鎮守府は世間でも何かと持て囃されているらしい。そんな注目度の高い鎮守府が節電強化週間等を実施すればどうなるか……恐らくはこの鎮守府の好感度はさらに上昇しそれは軍全体の支持率に繋がる。邪推ではあるけれどきっとそういうことなのだろう。

 

「しぐれぇ?何時まで起きてるつもり?」

 

 次の蝋燭に火を灯そうとした所で背後の3段ベッドの最上段で眠るはずの白露姉さんに声をかけられた。時刻を見ると既に〇〇四〇を過ぎている。どうやら調べ物に夢中になるあまり時間を忘れていたようだ。

 

「ごめんね姉さん。眩しかったよね」

 

「別に気になるほどじゃないけど。実際、村雨はぐっすりみたいだし」

 

 そう言って姉さんは隣のベッドで眠る村雨に視線をやった。その目は何だか自分の子供を見守るお母さんのようでこうしたふとした瞬間に見せる白露姉さんの姉としての顔にドキッとさせられる。

 

「あれ?二人はまだ起きてたっぽい?」

 

 つられて僕も村雨の寝顔を見ていると部屋の扉が開かれ夕立が戻ってきた。

 

「うん。でも今から寝るところだよ」

 

「夕立、あんた何処に行ってたのよ。随分遅かったじゃない」

 

 僕は調べ物をしていて気が付かなかったけどどうやら夕立が部屋から出てそれなりの時間が経過していたらしい。夜遊びはダメだかんね、と姉さんは夕立を窘める。

 

「ちょっとお腹の調子が悪かったぽい!」

 

「ふーん、まあいいけど。さっ、時雨も早く寝るわよ。二人とも明日は早いんでしょ」

 

「うん」「ぽーい」

 

 ベッドに入る途中、春雨の様子を見ようと顔を覗かせたが生憎不在のようだった。そういえば今日、彼女は提督の秘書艦だった。今頃二人きりの時間を楽しんでいるのだろう。春雨の下の段、五月雨のベッドも覗いてみるがそこにも人の姿はない。五月雨は涼風と一緒に遠征に行っているのを思い出した。

 

 妹の寝顔を見られず残念に思いながら、僕は毛布にくるまって先程まで調べていた『浦島太郎伝説』について振り返る。先日のおーちゃんとの戦闘後、彼女が残した言葉がどうにも気になるからだ。

 

『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありませんよ』

 

 あの時、アイアンボトムレインの向こう側でおーちゃんは確かにそう言った。

 玉手箱……有名な箱だ、恐らく日本で知らない人はいないくらいに。

 確かその箱は亀を助けた浦島太郎という人物が竜宮城に招待され、そこで乙姫様に貰ったという物のはずだ。伝説によると乙姫は浦島太郎に決してこの箱を開けるなと言って玉手箱を手渡した、けど浦島太郎はその約束を反故にして箱を開けてしまう。

 結果、中から発生した謎の煙を受け浦島太郎は老人となり物語は終わる。

老人となった浦島太郎がその後どうなったのか……それは伝説では語られていない。

 

 まさか提督が伝説の浦島太郎?いやありえない。提督は老人じゃないしそもそも伝説になっているような大昔の人が生きている訳がない。

 

 じゃああのおーちゃんの言葉は何を意味している?玉手箱と乙姫と言うのは何かの暗号で提督に何かを伝えようとした?だとすればいくら考えても僕に分かるものではないのかもしれない。

 

 やっぱり今の僕がいくら考えても意味がない。今日はもう寝て明日、浦島太郎伝説の由来についてもう少し調べてみよう。

 

 そう決めて寝返りをうったタイミングで部屋の外、廊下からドタドタと誰かの走る足音が聞こえてきた。どうしたんだろう?トイレにでも向かってるのかな?けれど足音はだんだん大きくなりやがて僕達の部屋の前で消え、直後に扉が開かれた。

 

「司令官が!!司令官が消えてしまいました!!!」

 

 扉を開け放ったのは今まで見たこともない程に慌てふためく僕の妹、春雨だった。

 

 

 

 

 ▫️▫️▫️

 

 

 

 

 息を切らせた白露姉さんに自分たちの部屋に来て欲しいと頼まれた私、海風は同室の山風、江風と共に姉さん達の部屋を訪れました。節電期間ということもあり部屋の明かりは小さな蝋燭一本で薄暗く、表情を窺うのも難しい状態でしたがその雰囲気から徒ならない空気を読み取ることができます。

 

「しれいかんが!!!しれいかんが消えてしまいました!!!」

 

 姉さん達の部屋でまず私達を迎えたのは春姉さんのそんな言葉です。あのいつもニコニコとその小さな身体には似つかわしくない貫禄を備えた姉さんが狼狽え、困惑していました。

 

 ただ事ではない──私だけでなく山風と江風も事態の異常性を認識したようです。

 

「春姉さん落ち着いてください!お兄さんが消えたって一体何があったのですか!?」

 

「だから消えてしまったんです!!ああ、また裏陽炎の事件の時のように攫われてしまったのかもしれません!はやく、はやく助けに行かないと!!」

 

 ダメです。事情を聴こうにも冷静さを失っている春姉さんからではまるで情報を得られません。

 

「海風、状況ならさっき僕が春雨から聴いたから説明するよ、みんなもよく聞いてね」

 

 暗闇の中、部屋の中心に置かれた1本の蝋燭を八人で取り囲み、私達は時雨姉さんの説明に耳を傾けました。

 

 

 

 

    □□■

 

 

 

「時雨姉貴の話を纏めるとつまり……春雨の姉貴は仕事の後、提督と二人で波止場へ散歩に出かけた。そこで姉貴が提督のプロポーズを受ける為に目を閉じ、次に目を開けた時には提督の姿はなかった──ってことでいいんだよな?」

 

「うん江風、どうやらそういうことみたいだ」

 

「なんっか嘘くさいというか……信じられないんだよなー……。いや春雨の姉貴が嘘をついてるとは思ってないんだけどさ、あの提督がプロポーズなんてすると思う?」

 

「いや、白露お姉ちゃん的にもそれはないと思う。つまり提督のプロポーズはフェイク……春雨の視線を自分から外すのが目的だったんじゃない?」

 

 白露姉さんと江風が事件を分析します。元々、司令官としての適性を持ち事実、一時期は提督候補生であった江風は今回のような頭を使う案件には向いています。

 

「プロポーズをしたのは春雨の目を閉じさせるのが目的だった……つまり今回の提督消失事件は『誘拐』ではなく『脱走』ということでいいのかい?」

 

「そうなりますね……」

 

 時雨姉さん言葉を私は渋々肯定します。本当に渋々……です。だってその事実はあまりにも残酷で無慈悲でどれだけ春姉さんの心を傷つけるのか……同じくお兄さんを慕う私にもその気持ちが痛いほど理解できたからです。まさかお兄さんがこんな手(・・・・)を使うとは想像もできませんでした。

 

「フェイク……?あの指輪も、あの言葉も全部……ですか?」

 

 案の定というかやはり春姉さんは俯き、震えていました。が、急に顔を私達の方へ向け目を開きました。誘拐、ではなく何時もの脱走である可能性が高いという事実に少し冷静さを取り戻したようです。

 

「ケジメ案件です。はい」

 

「ぇ?……春姉さん?今なんと?」

 

「ケジメ案件と言いました。フェイクだってなんだってプロポーズをした事実に変わりはありません。ならそのことに対してケジメはとってもらいます」

 

 そう言う春姉さんの目は血走り髪は白く変色していました。久しぶりに見ました、姉さんがここまで怒っているのは……。

 

「海風ねぇ……発信機……は?」

 

「あ、そうでした!山風、スマホで確認できる?」

 

「いえ、確認しても無駄です。司令官が消えて春雨も直ぐに発信機の位置情報を確認したのですが何故か表示されませんでした」

 

 山風のアイディアは敢え無く春姉さんに否定されてしまいました。けど発信機の電波が表示されない……?それは一体どういうことなのか。

お兄さんの腕に巻かれている発信機はお兄さんの生命エネルギーを動力源としています。つまり彼が生きている限り発信機は電波を発し続ける……

 

「海風?何か気になる事があるのかい?」

 

「はい、時雨姉さん。発信機の電波が途絶えたと言うのがどうにも気になりまして……。お兄さんに付けられた発信機は大本営でしか着脱することはできません、そしてその動力エネルギーは実質的に半永久です。だというにのどうしてその電波は途絶えたのか……考えられるとすれば提督は今、電波を完全に遮断する場所……それもここからそう遠くない場所に身を潜めているということになります。皆さん、心当たりのある場所はありませんか?」

 

「あそこ……は?ずっと前に提督が作った……秘密部屋」

 

「秘密部屋?……!確かにあの部屋は鎮守府の地下に作られていて部屋の壁はアルミ鉄板で作られていました!あの部屋にいるのなら電波は完全に遮断されます!」

 

 忘れていました。一年ほど前にどうやって作ったのか提督が私達に隠れて秘密の部屋を作りそこに身を隠していた事がありました。(※第2話提督と山風と濡れ衣)そこに隠れている可能性は十分にあります。

 

「あー、その部屋なら事件のあと私が埋め戻したわよ?また悪用されても面倒だし何より山風ちゃんを泣かした罰でね」

 

 流石は村雨姉さんです。普段は提督のことなんてどうでもいい、というようなことを言っていますが、何時も裏で動いてくれています。もしかしてこれがツンデレという物なのでしょうか?だとしたら村雨姉さんもライバルということになるのでしょうか……。

 

「そうですか……では他に電波を遮断できる場所は……」

 

「深海……ってのは?」

 

 次に江風はそう口にしました。しかし、江風自身、自分の言葉に自信がないようです。

 

「確かに深海でなら発信機の電波を遮断できるかも知れません。ですが司令官が底へ行くには深海棲艦の力を借りなくてはなりせん。もし、この鎮守府近海に深海棲艦が接近すれば私に夏鮫達からのエコーが届くはずですがそれもありません」

 

「だよなぁ……まあ、江風も本気で提督が深海に行ったとは思ってなかったんだけどさ、他の場所に心当たりがないもんで口にしちゃったよ。おーちゃんの一件もあったしさ」

 

 江風のその言葉とは裏腹に私には一つ心当たりがありました。いえ、きっと白露姉や時雨姉さんも気づいていて口に出来ていないのでしょう。その場所が意味するのは私達姉妹の中に裏切り者がいることを示唆するのですから……。

 

「いや……もうひとつだけ電波を遮断できる場所があります」

 

 白露姉さんと時雨姉さんが言えないのならと私がそれを口にすると春姉さんは必死の形相で私の肩を掴み揺らします。

 

「それは何処ですか!?」

 

「そもそも、もっと早くに気づくべきだったんです。私達は今までなんども提督に付けられた発信機の電波が途絶える瞬間を見てきているんですから」

 

「あ……」

 

「気づきましたか……そうです」 

 

 私はなるべく感情を押し殺しその言葉を口にします。

 

「春姉さんのドラム缶の中です」

 

「ちょっと待って」

 

「なんでしょう、村雨姉さん」

 

「提督が春ちゃんのドラム缶に隠れているかもしれない……それは可能性としては十分にあり得ると思うわ。けど……じゃあそのドラム缶は誰が開けたの」

 

「あっ……!」「……?」

 

どうやら江風もそれが何を意味するか気づいたようです、純粋な山風はまだ首を傾げています。

 

「そうです。問題はそこになります」

 

 春姉さんのドラム缶は通常の物とは一線を画す物です。それはそもそもの話、用途が異なるからです。通常、ドラム缶と言えば燃料やボーキサイト等の資材の輸送に使われます。ですが春姉さんはドラム缶の中に爆薬、油、中にはナフサや重油、硫酸等といった劇物までもを貯蔵し武器としているのです。

 ですので万が一にも内容物に外的要因が加わり、誤爆等しないよう彼女のドラム缶は外部からの干渉を一切受け付けない特注品として作られているのです。そして当然、外部からの干渉を受けないということは内部から外部……つまり発信機の電波も遮断されるということになります。

 

「春姉さんのドラム缶内には危険物が大量に貯蔵されており、開閉には危険物取扱者『特甲』のライセンスを要します。そしてこの鎮守府内でその資格を有しているのは白露型……私達姉妹だけです」

 

「海ねぇ……?何を言ってる……の?」

 

「分かりませんか山風。つまりは私達白露型の中にお兄さんの脱走を手助けした裏切り者がいるということです」

 

「うそ……!」

「まぁ春雨のドラム缶を開けられるのは私達しかいないんだからそうなるわよね」

 

 私の出した結論に山風は狼狽え、村雨姉さんは諦めたかのようにため息をつきます。実際、私だって皆にこんな事は言いたくはない。だけど状況が状況です、私的な感情は捨てて推理する必要がある……それは姉妹の皆さんも理解してくれると『信用』しての結論でした。

 

「白露姉さん……どうしますか?」

 

 私は長女にこの後の展開を委ねます。きっと白露姉さんなら全てを丸く収めてくれると、これも『信頼』のことでした。

 

「……認めたくはないけれど海風の推理を無視するには状況が整いすぎてる。お姉ちゃんとしては心が酷く痛むけど……ここはみんなの事を信用する為にそれぞれが犯人じゃないという証拠、つまりはアリバイを提示してもらう必要があるわ。春雨、提督がいなくなった時間は何時か分かる?」

 

 白露姉さんの決定に姉妹の誰も異議は唱えません。それはきっとこんな提案をしなくてはならない彼女こそが一番辛いのだと皆が理解しているからでしょう。

 

「司令官と外に出たのが二四○○でした。そこから20分ほど二人で波止場を歩いたと思います。ですので時刻は〇〇二○、誤差は10分くらいだと思います」

 

「ありがとう春雨。じゃあ皆には0時10分から0時40分までの30分間のアリバイを聴いていくわ。当然だけど先ずは私から」

 

 白露姉さんは時雨姉さんと村雨姉さんの方へ一瞬視線をやって自身のアリバイを語り始めました。

 

「提督が攫われた時間なら私はベッドの中で寝たフリをしてたわ」

 

「寝たフリ……ですか?」

 

「ええ。最近、時雨が夜遅くまで調べ物をしてるみたいだったからさ、お姉ちゃんとして今日も夜更かしするようなら注意してやろうと思って。結局今日も21時からついさっき、春雨がこの部屋に飛び込んでくるまで時雨は机に向かってたけどね」

 

「なるほど……では白露姉さんだけでなく時雨姉さんのアリバイも同時に証明されるわけですね」

 

「時雨だけじゃなくて村雨もね。村雨は二二○○にベッドに入ってそれからぐっすりだったわ。だから村雨についても私と時雨が証明できる」

 

「白露ちゃん……!ありがとう!」

 

村雨姉さんは自身のアリバイをどう証明するか悩んでいたようだが運良く白露姉さんからの助け舟に拾われたらしい。白露姉さんの話を聞くに白露、時雨、村雨姉さんのアリバイは完璧です。二人は容疑者から除外しても問題なさそうです。

 

「おいおい、夕立の姉貴のアリバイは証明してやんないの?同室なんだから姉貴だって自動的にアリバイは証明されると思うんだけど?」

 

「ぽいぃぃぃ……」

 

「夕立は二三四○くらいに一度部屋を出てるわ。残念だけど私には夕立のアリバイを証明してあげることはできないわね」

 

「ええ……夕立姉貴そんな時間に何やってんだよ……」

 

「トッ、トイレっぽい?」

 

「夕立が部屋に戻ってきたのはたしか僕が姉さんに夜更かしを怒られた直前だった。ただでさえせっかちな君が40分以上も御手洗に行っていたというのはちょっと信じられないかな」

 

「しぐれぇ……」

 

 こういう時、時雨姉さんは良くも悪くも公平です。夕立姉さんは捨てられた子犬のような目で時雨姉さんを見つめます。どうやら自身のアリバイを証明できない、若しくは話せない事情があるようです。しかし妙です。夕立姉さんは犯人では無いはずなのに何を隠しているのでしょうか……。

 

「僕に泣きついてもダメだよ。ほら、夕立がその時何をしていたのか、僕達に説明してよ」

 

「それは……ちょっと言えないっぽい……」

 

「言えない?夕立姉さんそれはどう言うことですか?まさか司令官を連れ去ったのは……!」

 

「ちがう!司令官本人を連れ去ったのは夕立じゃないっぽい!」

 

「なら司令官が消えた時どこで何をしていたのか言えますよね?」

 

 立ち上がり春姉さんから距離を取ろうとする夕立姉さんですが正座をしていて足が痺れたのかそのまま尻餅をついてしまいます。

 

「?これ……なに?」

 

「ぽい!?それだめ!」

 

 転倒した際に夕立姉さんのパジャマのポケットからはみ出た何かを山風が引き抜きました。それは真っ黒な布のような物で蝋燭と月明かりが頼りのこの部屋では何かを理解するのに少し時間を要しました。

 

「提督の下着……?あっ!こら夕立!あれほど提督の下着や衣類を脱衣所から持ち出したらダメだって注意したじゃないか!提督は服をあまり持たないからローテーションが崩れると大変なんだからね!!」

 

「ごめんなさいっぽい〜〜〜」

 

 どうやら夕立姉さんのポケットに入っていたのはお兄さんの下着だったようです。夕立姉さんは時雨姉さんに叱られ涙目になりながら謝罪しています。

 

「けどこれで夕立のアリバイも証明されたわね」

 

「?なん……で?」

 

「だってあれ、今日提督が着てた下着だもん。んで皆知ってると思うけど提督は夜遅くまで仕事をする時は夕食前に一度服を全部着替える……。夕立は二○○○まで私と演習があってずっと私と一緒に行動してた。その下着を盗むタイミングがあったとすれば提督が消えた時間帯しかない。春雨、ここから脱衣場までどれくらいかかる?」

 

「夕立姉さんの足でも往復30分はかかります」

 

「そっ、んで夕立が部屋から出ていたのも大体それぐらい。アリバイとしては十分でしょ」

 

「なるほど……では次に私のアリバイをお話し……する前に蝋燭を替えますね。燃え尽きてしまいそうです」

 

 私は残りわずかとなった蝋燭の火を消し、新たな蝋燭に火をつけ自身のアリバイについて語りました。

 

「私はお兄さんが消えたとされる時間、一度部屋から出ています。私も時雨姉さんと同じく調べ物をしていてついつい夜更かしをしてしまい、就寝する前に一度御手洗へと向かったからです」

 

「それは一人で行ったのかい?」

 

「はい、ですがアリバイはあります。トイレで天津風さんと遭遇したんです。元々同期で知らない仲ではなかった私達はそこで40分程昔話に花を咲かせました。天津風さんに電話をして貰えれば証言して貰えると思います」

 

「なるほど、アリバイとしてはバッチリね。じゃあ次は」

 

「次のアリバイを聴く必要はありません、はい」

 

 私のアリバイを聴き終え、次のアリバイを促そうとした白露姉さんを突如春姉さんが遮りました。次を聴く必要がない……?何故、私のアリバイにおかしな点はなかったはずなのに、何故そうなるのか……まさか……まさか……!

 

「海風、貴方が犯人です。いえ、違いますね……こんな質の悪い策を海風が考えつくとは思えません。天津風さんに吹き込まれましたか。あの子は昔からどうにも口が上手くて困ります」

 

「なっ、何を言って……!」

 

「海風、貴方は昔からこうと決めたら最後までやり通す芯の強い子でした。それは貴方の美徳ですが欠点でもあります。もう少し視野を広く、自分の行動がどういう意味を持つのか考えるべきです。でないと何時か取り返しのつかない事になります。……いえ、指導は後日しっかりとするとして今は司令官の居場所が先決ですね」

 

「春姉さん!だから何を言っているんですか!まるで私が犯人であるかのような口ぶりは止めてください!」

 

「言ったはずです、貴方が犯人だと」

 

「海風、貴方は言いましたよね。御手洗で天津風さんと会ったと。でもそれはおかしな話なんです」

 

「何がおかしいと言うんですか!」

 

「私達白露型の部屋があるのはこの駆逐宿舎の三階です。そして天津風さんの部屋は駆逐宿舎の一階……それぞれの階に御手洗はあるというのに何故二人が遭遇するのでしょう?」

 

「それは……!天津風さんはまだこの鎮守府に着任したばかりだから迷って三階まできてしまったのでしょう!」

 

「それにもう一つ。海風、貴方は先程こう言いました。『天津風さんとトイレで会って40分程談笑しました』と」

 

「同期ですから世間話程度はします!」

 

 私がそう反論した瞬間フッと、室内が暗闇に覆われました。どうやら蝋燭の灯が消えてしまったようです。

 

「……蝋燭、替えますね」

 

「替えないでください」

 

「え……?」

 

 私が蝋燭を替えようとすると春姉さんはそれを制しました。

 

「時雨姉さん、この状態で私の顔が見えますか?」

 

「難しいね。輪郭が分かるかどうかってところだよ……そうか!」

 

「そうです。今行われているこの節電期間中、私達はこの一本20分も持たないような蝋燭の灯りを頼りに夜の生活を送っています。なのに貴方は40分も談笑したと言いましたよね?」

 

「それは……!それは……!」

 

「こんな相手の顔もまともに見れないような状況でお話し、できますか……?」

 

「………………流石は春姉さんですね」

 

 私は観念して自身の犯行を認めます。犯行を認めても犯行を諦めた訳ではありませんが。

 

「諦めが良いのも貴方の良い所であり欠点でもあります。そこも後日ゆっくりと指導しましょう」

 

「ですが最後に一つ……春姉さんに解いて欲しい謎があります」

 

「解いて欲しい謎……?」

 

「春姉さんの言う通り、私が提督を隠した犯人です。けどおかしいとは思いませんか?提督を誘拐するのならわざわざ春姉さんが秘書艦の日を選ばずとも私自身が秘書艦の日に実行すればいい……だと言うのに私は春姉さんが秘書艦の日を選んだ。何故でしょう?」

 

「それは……」

 

「答え合わせです。それは……今日この夜がもっとも姉妹が鎮守府に集う日だったからです!!」

 

そういうやいなや、私はその場から真後ろへと飛び跳ね姉妹達から距離をとります。

 

「!!しまった!!」

 

 犯行を認めても犯行は諦めていない……それが意味するのはまだ私の犯行は完結していないということ、これからだと言うこと。

 いち早く察知した時雨姉さんと夕立姉さんが動きますが長時間正座していたせいか、足が痺れ立ち上がれないでいます。これも、私の犯行が見破られるのも含めて全てお兄さんと天津風さんの想定通り。

 

「もう手遅れです!!」

 

 私は姉妹から三歩分離れた所定の位置でポケットに忍ばせていたボタンを押します。瞬間、天井、と床から飛び出した鉄棒が鉄の牢屋を形成し私を除く姉妹を閉じ込めました。

 

 

 海風の勝利です。

 

 

 

 

  ■■■

 

 

 

 

 

「ここまでは本当に予定通り……後は海風しだいね」

 

 私は波止場に置いたドラム缶に腰掛け、秋に浮かぶ満月を見つめそう独りごちた。

 

「おう!?天津風、こんな所で一人なにしてるのー?」

 

 不意に背後から声をかけられた。振り返るとドラム缶を担ぎ上げた島風がわたしを不信そうな面持ちで見つめている。

 

「月を眺めてるだけよ。貴方は今から遠征?気をつけなさいよ」

 

「うん!提督に舞鶴までお使い頼まれてるんだー。提督の為に最速で届けです!天津風も風邪ひくから早く部屋に戻りなよー」

 

 そう言い終わらないうちに島風は走り出し直ぐに私の目の届かない場所へと行ってしまった。本当に速きこと島風の如し、ね。

 

「貴方の為ですって。随分慕われてるのね」

 

 そう言ってわたしはお尻の下にあるドラム缶を軽く蹴った。応答はない。代わりにカンッ、という音が虚しく辺りに響いた。

 

 そう、今私が椅子代わりに使っているドラム缶の中には春雨の想い人であるここの提督が入っている。数時間前に私と海風、そして本人の協力もあり春雨から奪取することに成功したのだ。

 

『人質がいないのなら、作ればいい。海風……貴方自身が人質になればいいのよ』

 

 数日前、ここの提督と春雨との仲を引き裂きたかったわたしは、偶然にも食堂で再会した海風にそう持ちかけた。しかし当然というべきかその場ではすげなく断られてしまう。

 わたしはどうにか海風を味方につけられないかと頭を傾けたけれどいい案は思いつかない、あの子は一度こうと決めたらなかなか自身の考えを曲げない、よく言えば芯の強い、悪くいえば頑固な子だった。

 

 そんな風に悩んでいたある日、廊下ですれ違った提督にそっとメモとカセットテープを渡された。提督と一緒に歩いていた時雨はどうやらその行動に気づいていないようだった。

 

 渡されたメモ用紙にはこう書かれていた。

『このカセットテープにはサブリミナルが仕込まれた海風の好きな曲が入っている。アイツに聴かせれば少しだけ海風の価値観を変えることが出来る』

 

 サブリミナルとはなんなのか?聞きなれない言葉だったのでネットで調べてみるとどうやら催眠術の一種らしかった。

 

 というより何故アイツはわたしの計画を知っているのか、そもそも何故わたしに協力するような真似をするのか。考えても分からなかったので元々提督は春雨やお姫様ではなく海風の方に気があったのだろうと都合よく自分を納得させた。

 

『海風、これ聴いてみてきっと気に入ると思うわ』

 

『これは?』

 

『1MYBの曲が入ったテープよ。貴方好きなんでしょ?』

 

『わぁ!ありがとうございます!』

 

 そう言って渡したサブリミナルの仕込まれたテープの効果は抜群だった。提督のメモにあった通り海風の価値観を狂わせるというのは正しかったらしく次の日もう一度、『海風人質作戦』を提案すると拍子抜けするほどあっさりと海風はそれを承諾した。

 

 海風を仲間に引き入れたことで、彼女が秘書艦の日に提督、わたし、海風の三人で作戦会議をすることができた。そうして作戦決行日の最低条件として春雨、時雨、夕立、江風が鎮守府にいて尚且つ白露型ができるだけ遠征に出ていない日ということになった。これは提督が脱走した際、どういう行動をとるか分からない春雨、夕立と頭の切れる時雨と江風を檻に閉じ込め大手を振って鎮守府から脱出しようと考えたから。そしてその条件が揃ったのが満月の今日だった。

 

 生憎、涼風と五月雨は遠征に出ていて檻に閉じ込めることは出来なかったけれどあの二人ならさしたる脅威にもならない、早期に閉じ込められた春雨達を発見されたとしてもあの檻を開けるにはそれなりの時間を要するだろうから解錠される時には既にわたし達の目的は達成されている。

 

完璧な作戦だった。

 

問題は今日の秘書艦の春雨の視線をどうやって掻い潜り提督を攫うのかという点だった。その点に関しては提督に考えがあるということだったから任せていたけれど……まさか偽のプロポーズをして目を瞑らせている間に100m離れた先にある海風が用意したドラム缶に身を潜ませるとは思いもしなかった。

 

きっと普段の春雨ならこんな手は通用しなかった。けれど春雨も女の子だ、想い人からのプロポーズに胸を高鳴らせ、その鼓音が邪魔をして自身から距離を取る提督の気配に気づかなかったのだろう。

 

 不意にカツっ、カツっ、カツっ、という足音が背後から聞こえた。どうやら春雨達を閉じ込めた海風が戻ってきたらしい。わたしは座っていたドラム缶から降りながら背後の海風に向かって声をかける。

 

「遅かったじゃない。さっ、早く島に行きましょうか。いくら閉じ込めたといってもどれだけ時間が稼げるかは分からないわよ」

 

「海風なら来ませんよ」

 

「!?」

 

 そこにいるはずのない人物の声に驚き体をそちらへと向ける。そこに居たのは言葉通り海風ではなく、牢に囚われているはずの春雨だった。

 

「はるさめ……なん……で」

 

「天津風さん、後でじっくりをお話をしましょう。そんなことよりも司令官は……その中ですか」

 

 春雨はわたしの傍らにあるドラム缶を見据えると近づき、その蓋を開け放った。こうなっては計画は失敗だ、わたしにはどうすることもできない。

 脱走する為の嘘だったとはいえ、ここの提督は一時間前に春雨にプロポーズをしている。当然、春雨もそれが嘘だったとは分かっているだろうが、そんなこと彼女が認めるはずがない。きっと春雨はこのまま提督と結ばれるのだろう。二人の仲を引き裂く為にわたしは今回の計画を実行したというのに……わたしはなんてことをしてしまったのか。

 わたしは提督と乳繰り合う春雨の姿を見たくなくて春雨に背を向けてその場を立ち去ろうとする。

 

「どういうことですか……」

 

 けれど春雨はそう言って去ろうとするわたしを引き止めた。春雨はどれだけ残酷なのだろう、わたしは涙を堪えながら再度彼女の方へと向き直った。

 

「なによ……もういいでしょ。春雨、しあわ……あれ?」

 

 振り返った先にわたしの想像していた景色はなかった。そこにはただただ空っぽのドラム缶に顔を突っ込む春雨の姿があるだけだ。

 

「中に司令官、入っていませんよ?」

 

 春雨のその言葉に冷や汗が頬を伝うのと同時に数分前に交わした島風との会話がわたしの脳内でフラッシュバックした。

 

『うん!提督に舞鶴までお使いを頼まれてるんだー。提督の為に最速で届けです!天津風も風邪ひくから早く部屋に戻りなよー』

 

何故気づかなかったのだろう。あの時、島風が運んでいたのは通常のドラム缶ではなく春雨のドラム缶だったではないか。

 

すり替えられた━━━

 

気づいた時にはもう遅い。とりあえずわたしは目の前で髪が真白く変色し始めている春雨に背を向け逃げ出した。

 

一歩、二歩、三歩目にコンクリートを蹴り上げることは叶わずに捕まってしまう。

 

ああ、やっぱりわたしはまだまだ遅いらしい。

 




次回から『提督京都真相編』スタートですって!
感想、評価を貰えると嬉しく思います。

本作において下記にお気に入りのキャラクターがいれば教えてください。

  • 時雨
  • 春雨ちゃん
  • 涼風
  • 海風
  • 提督
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