辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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※今回の話を読む前に第八話『キャラクターデータベース』に目を通しておくことを推奨致します。




提督と浦島太郎伝説

「おい良太郎!考え直せ!お前が居なくなってきっと白露の嬢ちゃん達は泣いてんぞ!特にあのピンクの嬢ちゃんは自沈しかねん!」

 

 海風と天津風を利用し鎮守府からの脱走に成功した俺は現在、舞鶴から少し離れた場所である京都府の伊根町を走っていた。俺は少し息を切らせながら、肩の上で騒ぐ相棒の深海妖精さんに言葉を返す。

 

「アイツ等がそんなタマかよ……。つーか既にこっちに向かって来てるはずだ。俺がドラム缶の外に出た以上、居場所はアイツ等に筒抜けだからな」

 

「だったら尚の事鎮守府に戻るべきじゃろ。ピンクの嬢ちゃんの折檻は免れんじゃろうが自首するのとしないのとじゃ心証が大きく変わってくる。どうせ捕まるのなら少しでも機嫌を取っておくべきじゃ」

 

「自首するくらいなら始めから脱走なんてしやしないさ。というか相棒はどうして俺を鎮守府に戻らせたいんだ?何時もは俺のやることに口を挟んだりしないのによ」

 

 相棒と口論をしながら伊根の町を全速力で走り抜ける。正確な時刻は分からないが太陽がちょうど頭上辺りにあることから正午近くだという事が推測できた。真上の太陽が眩しかったこともありふと辺りを見渡す。俺が走る直ぐ右手には日本海が広がり、その海の上に浮かぶかのように何軒もの家屋が立ち並んでいた。建築様式こそ日本の木造式ではあるがその海上に浮かぶあり方はイタリアに於いて‘“水の都“と称されるヴェネツィアを思い起こさせる。行ったことはないがテレビかなんかで見た。

 

「なあ良太郎?オレはお前の為を思って言ってんだ。いいか?お前は深海の連中に狙われてんだ。なのに護衛も付けずノコノコとこんな場所に来て……。な?悪いことは言わねえ、今すぐに帰ろう。オレの言うことが間違っていた事があったか?」

 

「言っている事が間違ってたことはない……そこは信用してるさ。けど、知ってて俺に隠している事はまだまだ沢山あるよな?相棒がそれを教えてくれないから俺はこうして自分の足で調べるしかねえんだ」

 

「オレが何を隠してるってんだよ」

 

「色々あるぜ?そうだな……まずは玉手箱とか。オーちゃんが探していたあの箱は俺が5歳の時に開けたものだ。どうして相棒はあの箱の中で眠っていたんだ?」

 

「……」

 

 痛いとこををつかれたのか相棒は黙り込んでしまう。いつもこうだ、都合が悪くなると相棒は途端に口をつぐんでしまう。

 

「別に答えたくないなら無理にとは言わないけどな。相棒には相棒の事情ってもんがあるんだろうし……。おっ、見えてきたぜ。今回の目的地、『浦嶋神社(うらしまじんじゃ)』だ」

 

 俺は浦嶋神社(目的地)の入口前で一度立ち止まり呼吸を整える。足を止めたとたんにこれまで気づいていないフリをしていた疲労が一気に俺の全身に絡みついてくる。舞鶴から何度かヒッチハイクで車に乗せてもらったとはいえ、そのほとんどを自身の足で進んできたのだから無理もない。普段から島風や不知火とランニングをしていなければここまでたどり着くことは出来なかっただろう。

 

 しっかり五分ほど休息をとり神社の中へと足を踏み入れた。まず目に飛び込んで来たのは二体の銅像だった。実物大かと思われる男と女の銅像が互いに向き合いながら立っているのだ。そして何故かその二体の銅像の間には直径2mほどの巨大なリングが二人の間を遮るかのように置かれている。

 

「なんだ?この銅像は」

 

 俺の探しものに何か関係があるのかもしれない。そう思い銅像へと近づくが何もない。ただ、男の銅像の側に『悠々時空』と彫られた石が置かれているのみだ。

 

「悠々時空?相棒、どう言う意味か分かるか?」

 

 肩に乗る相棒へと疑問を投げかけるが返答はない。どうしたのかと視線を移すとと相棒は女の像へとじっと視線をやり固まっていた。いつもニヤニヤと何かを企んでいるかのような相棒からはイメージできない、何とも複雑な表情を浮かべている。

 

「相棒?」

 

「ッ……!わりぃ、ボーっとしてた。ほら、オレのことなんて気にせず早く用を済ませちまえよ」

 

「ああ……」

 

 相棒の変化は少し気になるがあまり時間も残されていない。こうしている間にも奴ら(白露達)はここへ迫って来ていることだろう。早く見つけ出さなくては。

 

 二体の像の先にある本殿へと足をすすめる。が、これといっておかしなところはない。本殿があり、その周囲に手水舎や売店、池があるだけの至って普通の神社だ。強いておかしな点を挙げるとすれば参拝客が他に誰もいないことくらいか。

 

「おかしいな……ここに来ればヒントがある、そうカメ型の深海棲艦が言っていたのに……」

 

「騙されたんだよ良太郎。所詮はアイツも深海棲艦ってこった」

 

「けどカメから教わった『艦娘が沈めばその艤装は深海棲艦に、深海棲艦が沈めばその艤装は艦娘艤装になる』ってのは本当だった」

 

「木を隠すなら森の中、嘘をつくなら真実の中。嘘つきの常套手段じゃろ、信じるに値しねぇ」

 

「ぐうう……」

 

 どうやら相棒はどうしてもカメ型の深海棲艦が信用ならないらしい。俺としてはなんとかしてもう一度アイツと会い情報を引き出したいのだが……。

 

「ご参拝ですか!?!?」

 

 不意に背後からやたらと大きな声で話しかけられた。いつの間に後ろを取られたのか、先程確認した時は境内に人影はなかったはずだ。俺は慌てて声のする方へと視線を向ける。しかしてそこに立っていたのは俺のよく知る人物だった。何故か巫女装束に身を包んではいるものの、そのピンクの髪に赤を基調とした瞳を俺が見間違うはずもない。

 

「はるさめちゃん!?!?」

 

 驚きのあまり俺は横っ飛びで彼女から距離を取る。何故だ、いくら何でも早すぎる。いや、違う、今はもうそんなことを考えている場合ではない、どうやってこの場をやり過ごすのかだ。

 

 今回はプロポーズ紛いのことをして彼女を騙し、脱走しているのだ、ここで捕まれば何をされるか分かったものじゃない。せめて目的を達しなければ割に合わない!どうすれば!どうすれば!!!

 

「落ち着け良太郎。似てはいるがあの娘、ピンク髪の嬢ちゃんとはまた別人じゃぞ」

 

「え?」

 

 言われて再度、巫女装束の方へと視線をやる。なるほど、言われて見れば確かに春雨ちゃんより身長が高く、スラリとメリハリの付いた女性的な体付きをしている。もしも春雨ちゃんが艦娘にならず、普通の女の子として成長していたならこの人のようになっていたのかもしれない。

 

「失礼しました。貴方が知人に似ていたもので驚いてしまいました」

 

 俺は巫女装束に頭をさげた。巫女は手をブンブンと左右に振りながら「気にしないでください!」と俺に頭を上げるよう促す。

 

「間違いではありませんしね……」

 

「へ?」

 

 間違いではない?どう言う意味なのだろうか。もしかして今は引退した先代の『春雨』という意味だろうか?それならそれで聞きたいことはある。だが、何をどうやって聞くべきか悩んでいるうちに巫女は本題だとばかりに話を切り出してくる。

 

「そんなことより!ご参拝の方なんですよね!?」

 

「え?まあ……そんなところです。ちょっと浦島太郎の伝説について調べてまして。この神社は浦島太郎伝説と縁のある場所と聞いて訪れた次第です」

 

 俺のその言葉を聞いた巫女は長年待ち続けて居た恋人を見つけた乙女のように上気した表情を浮かべながら俺の右腕を掴んだ。

 

「こっちです!ついてきてください!!」

 

「え!?ちょっと!?」

 

 巫女に連れていかれたのは神社の裏手にある一軒の古い平屋だった。玄関の表札付近には『資料館』の文字がかけられている。巫女は俺の手を引きながらこの神社について語り始めた。

 

「貴方が先程仰った通り、この神社は『浦島太郎』という人物を祀っています。それなりに古く、由緒のある神社なのですが何分場所が悪く、参拝に訪れる方はほとんどいません。ですから貴方が参拝に来てくれて、しかも浦島太郎について調べてると聞き嬉しくなってしまいました。驚かせてしまってすみません」

 

「いえ、それは構わないんすけど……ここは一体……」

 

「資料館です。浦島太郎に興味のある方にはここの一室で伝説についての説明を行ってるんです。あっ、この部屋です。用意しますので中の椅子に座ってお待ちください」

 

 言われるがままに中へと入る。中は畳部屋となっており、ストーブや食器、お茶菓子などが有り、何だかおばあちゃんの部屋を思い起こさせるような雰囲気だ。しかしただ一つ、部屋の側面にかけられた巨大な絵が部屋の統一感を崩し、厳かな雰囲気を醸し出している。

 

「その絵は『浦嶋明神絵起(うらしまめいじんえおこし)』と呼ばれる巻物です。浦嶋子(うらのしまこ)が亀と出会い、蓬莱山の国(とこよのくに)……今で言う竜宮城へ招かれ老人になるまでをこの一枚の絵に表しているのです」

 

 いつの間にか戻っていた巫女が手に持った棒をペシペシと叩きながら絵巻の隣に立つ。あの棒は学校で教師がよく持っている指し棒だろうか。

 

浦嶋子(うらのしまこ)?浦島太郎とは違うんですか?」

 

「太郎とは元々人の名前ではなく、身分の高い豪族達の総称だったんです。ですので専門家の間では『うらのしまこ』又は『うらしまこ』と呼ばれています。さらに言えば浦嶋子は弥生文化前期の主力を担った海人族(かいじんぞく)の末裔であるともされているようです」

 

 なんだか難しい話になってきたな……。どちらかと言えば理数系の俺はこういう歴史の話は苦手だ。

 

「では浦嶋明神絵起の説明をさせてもらいますね。右端をみてください。一人の男性が船に乗ろうとしていますね」

 

 そう言って巫女は絵の端を指し棒で示した。彼女の言う通りそこには釣竿を担いだ男が今まさに船に乗ろうとしている様子が描かれている。

 

「これが物語の始まり、浦島太郎が漁をしに海へ出るところから始まります」

 

「漁に出るところからスタート?虐められている亀を助けるところからではないんですか?」

 

「それは現代向けに脚色されたストーリーですね。浦島太郎が亀と出会うのはここです」

 

 次に巫女は絵の右端少し上部を指した。そこには船に乗った男が両手で亀を空に掲げている様子が描かれている。

 

「浦島太郎は一匹の亀を釣り上げるのです。亀はたいそう美しく、その甲羅は五色に輝いていたそうです」

 

「なるほど、その亀が竜宮城へと案内し乙姫と会わせてくれるわけですか」

 

「少し違います。そもそも伝説ではこの釣り上げた亀そのものが乙姫の化身、彼女本人であったとされています。ですので乙姫は別名として亀姫と呼ばれることもあるのです」

 

「えっ!?マジですか!?」

 

「マジです」

 

 そんな馬鹿な、亀が乙姫本人?ありえない、だとしたらあの日取引したカメそのものが乙姫だったという事になる。そんなはずはない、だって乙姫本人が『乙姫を終わらせてください。その為の協力なら惜しみません』等と言うことを俺に頼むはずがないのだから。もしも、仮に本当にそうなのだとしたら俺はアイツにいいように踊らされていたと言うことになる。

 

 そんなのは認めない。

 

「次にこちら、絵の一番上を見てください。竜宮城へと案内された浦島太郎は『不老不死』の薬を与えられ、そこで乙姫と永遠の時を過ごすことを誓います。けれど数年後、故郷が恋しくなった浦島太郎は一度だけ陸の上に帰らせてくれと乙姫に懇願します。故郷に帰るに際し、乙姫から彼に出された条件は一つ、『玉櫛笥(たまくしげ)の箱を持っていくこと、そしてそれを絶対に開けないこと』でした。ここから先はもうご存知ですね?」

 

「陸に戻った浦島太郎は玉手箱を開けておじいさんになる。そこで物語は御終いです」

 

「その通りです。ですが不可解な点が二つあります」

 

「不可解……ですか?」

 

 その物言い自体に俺は不自然さを覚えた。そもそも、これは伝説上の話なのだ。不可解とするならばこの物語そのものという事になる、だが巫女は不可解なのは二つだけという……どうにも釈然としない。

 

「まず一つ目、なぜ浦島太郎は老人になったのか」

 

「なぜって……玉手箱を開けたからですよね?」

 

「そうです。ですが浦島太郎は竜宮城で『不老不死』の薬を与えられ、飲んでいたはずです。不老です。不老というのは時の輪廻から外れた存在、そんな彼がどうして老人となってしまったのか……司令官(・・・)は分かりますか?」

 

「……浦島太郎は老人になどなっていない……ですか?」

 

「私と同じ考えです」

 

「けど、それじゃあ浦島太郎はどうなったんですか?老人になっていないならその後の物語があってもおかしくないはずだ」

 

「消えたんですよ。玉手箱を開けた浦島太郎は始めからそこにはいなかったかの如く綺麗さっぱり消滅してしまった。まるで未来や過去にタイムリープしたかのように……」

 

「タイムリープ……ですか」

 

「私の勝手な考察ですけどね。けど面白いじゃないですか、伝説に出てくる玉手箱は実は現代の人間が欲してやまない『タイムマシン』だった!なんていうのは」

 

 玉手箱がタイムマシン……考えたこともなかった。だが仮にそうなのだとすれば、色々と仮定のようなものは生まれてくる。オーちゃんの言っていた『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありませんよ』という言葉の意味も見当がつくというものだ。なぜアレを俺に言ったのかはさっぱり分からないが……。

 

「もう一つの不可解です」

 

 突如巫女は俺の目の前に立ち、ぐぐぐっと俺の顔を下から覗き込むかのように接近してきた。近くで見るとやはり春雨ちゃんにそっくりだ。もしかしてこの人は未来から来た春雨ちゃんなのではなかろうか、とそんな突拍子もないことを考えてしまう程だ。

 

「そもそもなぜ乙姫は浦島太郎を陸に帰してしまったのか、です」

 

「どう言う意味です?」

 

「だってそうでしょう?浦島太郎のことを愛していたのなら乙姫は彼が泣いて叫ぼうが陸へと帰す必要はなかった。そうすれば彼は永遠に乙姫だけのものになるのですから。……けど乙姫は帰した」

 

 巫女は俺から距離を取り、俺に背を向けてゆっくりと絵巻の方へと歩いて行く。

 

「なぜ乙姫は浦島太郎を帰してしまったのか……ねえ、貴方はどう思いますか?」

 

 こちらに背を向けた巫女の表情を窺うことはできない。けれど何故だか、彼女がどういう表情を浮かべているのか俺には容易に想像することができてしまった。

 

 

 

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  • 時雨
  • 春雨ちゃん
  • 涼風
  • 海風
  • 提督

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