サメが好き。
マジギレ浜風さん
ワニが好き。
山風
カタツムリが好き。
提督
睦月型が好き。
「めんどくさい。めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさい。なんでなんだよ!!せっかく私がこんな場所まで迎えにきて上げてるのに……なんで兄さんは抵抗するのよ!!」
日が落ち始め、夕日に照らされる神社の境内で甲羅棲姫と名乗った女が感情のままに吠えた。怒りにより踏みつけられた大地は大きく抉れ、その度に地響きという名の悲鳴を上げる。
やばい───甲羅棲姫の異常な力を目の当たりにし冷や汗が頬を伝う。ここは陸だ、いくら奴が深海棲艦とは言っても海から遠く離れたこの場所では普通の人間より少し強い程度の力しか出せないはずだと高を括っていた。なのにあの馬鹿力はなんだ。地団駄で大地を震わせるとか冗談じゃない。
「もういい。もういい。やっぱり兄さんなんて嫌い。予定通り両手両足へし折って連れて帰るっ!!!死ねっ!!」
甲羅棲姫は叫びつつ飛び上がり5mはあったはずの俺との間合いを一気に詰める─────が、突如側部から飛び出た浜風の細く長い脚によるかかと落としによって地面に叩きつけられ小さな悲鳴を上げた。
「沈みなさい」
浜風の猛攻は止まらない。倒れた甲羅棲姫の背に馬乗りになると地面に落ちていた鋭く尖った木の枝を掴み、それを勢いよく敵の耳に突き刺した。
「浜風……お前それはやりすぎじゃ……」
「?、何故躊躇する必要が?」
浜風は馬乗りになったまま甲羅棲姫の鼓膜を木の枝で掻き回す。その表情は全くの無感情でやはりこいつは普通じゃなく、敵に回すべきではないと俺に再認識させる。
「というか先輩、早く逃げてください。足手まといです」
「そうはいくか。お前だって陸じゃあ普通の女と大して変わりはしねぇんだ。こんな危ない奴と二人にさせるわけないだろ」
「なんですかそれ。もしかしてプロポーズのつもりですか?回りくどいです。ちゃんとストレートな言葉で指輪を用意してからお願いします」
「言ってる場合かよ……」
浜風の戯言に付き合っているとまた地面が揺れた。足元を見ると甲羅棲姫が地面に腕を突き刺し、地中から何かを引っ張り上げている。
ズズズという地響きと共に地中から現れたのは木の根だった。甲羅棲姫は境内に生える大木の根を素手で引き摺りだしていた。根の主である大木が悲鳴を上げながらゆっくりと此方へと倒れてくる。潰されては敵わないと俺と浜風は慌ててその場から避難した。
大木が倒れ砂煙と木片が境内に舞い上がり視界を遮る。数秒後、その中から現れた甲羅棲姫は当然のように無傷で更に苛立ちを募らせているのが見て分かった。
「アンタ達本当にいい加減にしろよ……こっちが殺さないように手加減してるのに調子にのって……!耳に木の枝刺す普通!?」
耳に刺さったままだった木の枝を引き抜き、甲羅棲姫は此方へ歩いてくる。耳からは多量の血液が流れ出ているがさして気にした様子も見せない。
「やべぇなあれ……おい浜風、お前もう逃げろ。邪魔だ」
「は?馬鹿を言わないでください。私が先輩を置いて逃げる訳がないでしょう。シバきますよ」
「なんでシバかれにゃならんのじゃ……。目的は知らんがアイツの狙いは俺を生け捕りにすることらしい、だから骨を折られても俺が殺されることはない。でもお前は違う、普通に殺されるぞ」
「関係ありません。先輩も逃げるというのなら話は別ですが」
「いや、それは無理だな」
浜風の提案を受け俺は自身の右腕に視線を移す。そこには甲羅棲姫の蹴りによって折れ、ダランと力なくぶら下がる利き腕があった。こんな状態で逃げても直ぐに追いつかれ、奴の宣言通り他の四肢も折られてしまうことだろう。
「なら交渉は決裂です。私はあの化け物と戦います」
「ほんっとにお前は昔から俺の言うことを何一つ聞かないな……お前、俺の事が好きっての嘘なんじゃねぇか?」
「好きですよ。少なくとも命をかける程度には」
そう言うと浜風は俺の返事を待つことなく甲羅棲姫と相対した。握られた拳もその体も小さく頼りない。だがその目は真っ直ぐに迫り来る甲羅棲姫へと向けられ恐怖など微塵も感じさせない。
こいつは昔からこうだ。
取り繕うということを知らずいつも自分の本能のままに行動し周囲への影響や迷惑なんてまるで考慮しない。けど、一度こうと決めたら絶対に諦めない。俺を追いかけ艦娘になり、着任を拒否されても諦めず俺と敵対するという道を選び、最後にはその目的を達しこうして俺の横に立っている。
不器用で自分勝手で倫理なんて言葉すら知らなくて、だけど自分の意地だけは絶対に貫く。普段喧嘩ばかりしている俺と浜風だが、そんなこいつのことが俺は案外嫌いではない────本人には絶対に言わないけれど。
「沈み……なさいッ!!」
浜風の貫手が真っ直ぐに甲羅棲姫の左目へと放たれる。だが甲羅姫はそれを事も無げに躱すとお返しとばかりに浜風の左上半身へ蹴りを直撃させた。
ボキリという異音と共に浜風の体がまるでサッカーボールのように境内の外の竹林へと蹴り飛ばされた。地団駄だけで地を揺らす甲羅棲姫の異常な脚力。そんな奴の蹴りを浜風はモロに食らってしまった。
─────死んだかもしれない。
その可能性が脳裏を過ぎり頭が真っ白になった。
『ストーカー野郎』『また大将の所へ送り返してやる』『くたばれ』
何時もあれだけ浜風を口汚く罵り邪魔に思い消えて欲しいとすら思っていた。なのにいざ浜風がゴミのように吹き飛ばされるのを見て困惑し、酷く胸が傷んだ。俺にとって浜風はただの迷惑なストーカーでしかないはずなのにどうしてこうなるのか。考えても答えはでない。
「邪魔者はもういない。次は兄さんの番ね」
「…………いきなり現れて好き勝手ばっかしやがって。はまかぜ───違う、アイツはどうでもいい、関係ない。とにかくお前はシバく」
瞬きの間に甲羅棲姫が俺の目の前へ接近し上半身へ蹴りを放ってくる。俺はそれをしゃがみ込んで躱し、左腕を軸に遠心力を利用した蹴りを甲羅棲姫の片足へぶつけた。
「うざい!!」
バランスを崩させることすら出来ない。当然だ、木の枝を鼓膜に突き立てられて平気な奴に俺の蹴りなんかが効くはずがない。だがこれでいい、俺の狙いはダメージを与えることではなく別にある。
「はい、おしまい!!」
蹴りを放ちしゃがみ込んだままの俺の頭部へ甲羅棲姫の拳が降ってくる。その拳が直撃する寸前で俺は回転蹴りを放った際に掴んだ砂を甲羅棲姫の顔面へぶちまけた。
「ッ!?、なにこれ!?痛い!痛い!!」
「砂だダボ。ここは海上じゃない、陸には陸の闘い方があんだよ」
「くそっ!!弱い癖に!!なんでこんな抵抗ばっかするのよ!大人しく捕まればさっきの浜風とかいうのも兄さんも怪我なんてせずに済むのに!ほんとにめんどくさいめんどくさいめんどくさい!!」
目を擦り、涙を流す甲羅棲姫に背を向け俺は吹っ飛ばされた浜風の元へ走る。鳥居を潜り境内の外の竹林の中で浜風を探す。直ぐに見つかった。
浜風は直接蹴られた右腕だけでなく、左足も異様な方向へと曲がっている。恐らく蹴り飛ばされ、落下した際の打ちどころが悪かったのだろう。そんな状態でも彼女は地面を這いつくばって境内へと戻ろうとしていた。
「くぅ……!!あッ!良かった先輩無事だったのですね」
骨は折れ、砂にまみれ、目元には涙を浮かべ苦痛に表情を歪めていたというのに浜風は俺の姿をみるやそう言って安堵の笑みを浮かべた。自分の方がよほど重症だというのに……本当にこいつは壊れてる。
けど、だからこそこれ以上こいつを壊させる訳にはいかない。どれだけうざったい奴でも俺を慕ってくれた後輩だ。これ以上俺の事情に付き合わせる訳にはいかない。
「逃げ切れると思った?」
背後から奴の声が聞こえた。俺は甲羅棲姫に背を向けたまま言葉を返す。
「思ってねぇよ。もう諦めた、連れてけよ」
「先輩ッ!?何を言って!」
浜風は目を見開き折れていない方の手で俺の右足首を掴んだ。その力は凄まじく、痛みと共に絶対に離さないという強い意思までもが伝わってくる。
「遅っそい……もっと早くに判断してればその娘だって怪我をすることもなかったのに。まっ、私とやり合って生きてるんだから及第点か」
「お前は黙れ!!」
浜風が吠えた。足首を掴む力は一層強くなり、表情は絶望に染まっていく。俺は浜風を安心させる為今まででは考えられないような優しい声音で彼女を諭す。
「大丈夫だ浜風、俺に策がある。必ず逃げ帰って来るから安心しろ。こう見えて逃亡には自信があるんだ」
「信じません」
俺の言葉を浜風はバッサリと切って捨てた。どこまで信用がないのか。
「先輩は嘘つきですから。先輩は何時だって私に嘘をつく。今回も絶対に嘘です」
「俺がいつお前に嘘をついたよ」
「いくらでも言えます。中学時代、私の告白を他に好きな人がいるからと断った、そんな人いないくせに。先輩が提督になる前、もしも私が艦娘になれたら付き合ってくれると言った、けど今もその約束を守ってくれていない。初めてあった時もそう、自分の名前すらも私に偽った」
「分かってます。全部私を傷つけず拒絶する為の嘘だったなんてことは。実際、普通の女の子だったなら仕方がないと諦め次の恋を探し始めるのでしょう。ただ私は普通じゃなくて、先輩の気遣いを全て無にした。貴方をただの嘘つきにしたのは他でもない私だという事も分かっています」
「けど……それでも諦めたくなかった。 どれだけ邪険にされても私は貴方が好きで、傍に居たかった。あの日、先輩がついたあの優しい嘘が忘れられなかったから」
「だから行かせません!!一度は置いていかれ、追いつく為に艦娘になった。着任拒否という形で拒絶され、それでも諦めきれず血の滲む修練を経て春雨さんを倒しようやく……ようやく貴方の傍に立てた。なのに───なのに何処の馬の骨ともしれない奴に先輩を連れて行かせるものか……!!」
「うん浜風、君はそれでいいと思う。それでこそ浜風だ」
浜風の絶叫に何処からか応える声があった。夕日の沈みゆく方角からアイツらが歩いてくる。
「時雨さん……!それに春雨さんに江風さん、山風さんに村雨さんも!!」
「間に合って良かったです、はい」
そう言って現れた春雨ちゃん達は俺と浜風の前に立ち甲羅棲姫と対峙した。まるで俺達を守る為に自身を盾にしているかのようだ。ただ一人、村雨だけは「後で〆ますね」と俺に耳打ちし浜風を背負った。
「司令官は後でお仕置きですからね?」
「そうだな……こいつを倒せたら暫くは脱走はお休みだ。腕も折れてるし治るまでは大人しくしてるよ」
「そうしてください。式の段取りもありますから余りうろちょろされると困ります」
「式……?なんの?」
「……結婚式に決まってます、はい。一応言っておきますが有耶無耶にはさせませんよ。本心はどうあれ、司令官は私にプロポーズをしたんです。もう脱走も言い逃れも出来るとは思わないことです」
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