シリアス編とか柄じゃないから止めようぜ。
時雨
自分の過去語とか辛すぎて大破。
夏鮫ちゃん
過去に海峡のジンベイと七武海の座を争っていた。
何度も……何度も出撃を繰り返した。
僕達の鎮守府だけじゃない。数多の艦隊が攻略作戦に参加した。
だけど、どの艦隊も攻略を果たす事はできず多くの艦娘が沈んだ。
沈んだ艦娘の艤装が海底を覆う様な数になった時、その海域を人は鉄底海峡…アイアンボトムサウンドと呼ぶようになった。
僕の妹の春雨もそこに沈んでいる。
その難攻不落の海域がとうとう攻略されたらしい。聞けば攻略を果たした鎮守府の提督は着任からわずか半年で作戦を完遂したということだ。
馬鹿げている。僕達が永い年月をかけて仲間を失いながらも少しづつ情報を集め、それでも攻略できなかった海域をそんな簡単になんて。
貴方がもっと早く来ていれば皆は……春雨は…。
自分が理不尽に憤っているのは分かっている。だけど皆が沈まなかった『もしも』を考えずにはいられなかった。
◇ ◆ ◇
「僕が鉄底の英雄の鎮守府にですか?」
僕の所属する鎮守府の提督である大将直々に話されたのは僕……時雨の転属命令だった。
「ああ、時雨だけじゃない。各鎮守府に散らばっている白露型全員だ」
そう応えた後、大将提督はすこし顔を歪ませた。集まるのは自分が沈ませてしまった‘春雨’を除く白露型全員だからだろう。
「あそこは僕達が行かなくても戦力は充分なんじゃないかい?なんたって英雄の鎮守府な理由だし」
今のちょっと皮肉っぽかったかな……そんなつもりはないんだけど。
「戦力増強の為の移動って訳じゃないんだよ」
「?」
「あそこの提督……鉄底さんでいいか。元々は提督になるつもりなんてなかったらしいんだ」
「ああ…」
よく聞く話ではある。提督になるために必須の条件である妖精さん可視の才は本当に貴重なもので滅多にその才能を持つ者は現れない。だからその才が見つかれば無理やりにでも軍学校にいれられてしまうとか。
まあ、かなりの高待遇だから拒む人はそうそういないらしいけど。
「鉄底さんはそうとう軍に入るのが嫌だったんだろうね。断固として入軍を拒んだらしいよ」
「んで、大本営が彼に折衷案を出した。【アイアンボトムサウンドを攻略したら辞めてもいいよ】てね」
「まさか……」
「そう、彼は提督を早く辞めたいが為に着任から半年でアイアンボトムサウンドを攻略しちゃったんだよ」
「皆があれだけ涙をながしてきたあの海域をそんな理由で…」
「俺も悔しいよ」
「ということは鉄底の英雄さんは提督を辞めてしまうのかい?」
「そこで君達白露型の出番というわけだ」
「どういうことだい?」
「このままだと鉄底さんは脱走してでも提督を辞めてしまう。だけど彼の様な英雄を辞めさせるのは戦力的にもマイナスだし艦娘の士気にも関わる」
「彼には悪いけど提督適性持ちは本当に枯渇してるからね・・ここ数年、提督適性持ちは1人しか現れてないし」
「だから君たちは彼の監視役…いや、彼が脱走した時の捕獲班として着任してもらおうってわけだ」
「…それ向こうの艦娘にやらせればよくないかい?」
「向こうの艦娘は彼への忠誠心が強すぎて無理なんだって」
「はあ…まあ他にもいろいろ聞きたいけど僕が知ってどうなるってものでもないしね。了解しました!時雨、英雄の鎮守府に着任します!」
「よろしくね」
◇ ◆ ◇
面倒な手続きがあるかと思いきや、そんな事はいいからと急かすように英雄の鎮守府に向かわせられ1日かけて鎮守府に到着した。
ここにくるまでの道すがら英雄について考えた。
どんなに優秀でも真っ当な方法では、たった半年でアイアンボトムサウンドの攻略は無理だ。
つまりブラック鎮守府……艦娘に無理を強いているのだろう。もしそうであったならそんな英雄はいらない。僕が摘発してやろう。
そう意気込んで門をくぐると
【わああああああああああ!】
「でたよ雪風ちゃんの超ロング3ポイントシュート!」
「どうしてコートの端から打ってはいるの!?」
「人事を尽くしている雪風のシュートは落ちません!!」
……駆逐艦がバスケしてる。
もの凄い和気藹々と楽しそうにしてる・・・駆逐艦には甘いブラック鎮守府…かな?
◇ ◆ ◇
コンコン
大淀さんに案内され執務室の扉を叩く
「入れ」
「失礼します」
「本日付で着任しました。白露型2番艦時雨です」
「うむ。私も着任したてで若輩の身だがよろしく頼む」
若い……20歳前後かな。この提督があのアイアンボトムサウンドを…。
「君がこの鎮守府になれるまでは大井に君の世話をするよう頼んである。1ヶ月後には他の白露型も着任するようだからそちらは君に面倒を見てもらうことになると思う」
必要以上に僕とコミュにケーションをとる気はないらしい。用件だけ淡々と喋っていく。
「それと明後日から君には、先日攻略したアイアンボトムサウンドの残存敵の掃討作戦に参加してもらう。恐らく駆逐イ級程度しか居ないだろうがくれぐれも油断しないよう」
「了解しました!」
敬礼をして執務室をあとにした。
◇ ◆ ◇
大井さんに案内され共に食堂で昼食をとる事にした。
ワイワイガヤガヤ
食堂は僕が元々いた大将提督の鎮守府以上に賑わっていた。
大体の鎮守府ではその大食漢ぶりから肩身の狭い思いをしている正規空母もここでは堂々と嬉しそうに、楽しそうにしゃもじを片手にごはんを掻き込んでいる。
いや、しゃもじって……お箸を使おうよ。
しかしこの食堂と先程の駆逐艦達の様子だけでこの鎮守府がブラック等ではないことが分かってしまう。…自分の中で灰色と茶色を混ぜた様な薄汚い感情が渦巻いているのを感じる。
正直ブラックであって欲しいと思っていたのかもしれない。そうでないとあまりにも僕たちが報われないから。
「どうかしました?」
きっと僕が何とも言えない表情をしていたからだろう、大井さんが僕に尋ねる。
「着任して半年でアイアンボトムサウンドを攻略するような鎮守府はきっと艦娘に無理ばかりさせているんだろうな…て思ってたんだけど違うみたいだね」
「僕達の立場がないや……」
「ああ、そういうことですか」
大井さんは気持ちは分かりますよと枕言葉をつけしゃべり出す。
「身内贔屓に聞こえるかもですが実力ですよ、あれは。それにうちの提督は指揮以外もほぼ完璧です」
「ほぼ?」
「あの人、私達とまっっったくコミュニケーションとってくれないのよ」
「まったくかい?」
「そうなんですよ!ああ!思い出したら腹が立ってきた。この前なんて私がせっかくショッピングに誘ったのに『いや、その日はちょっと…』とか取ってつけたような理由で断ってきたんですよ!?私がどれだけ勇気を出したと思って……!」
提督の人柄が少し分かった気がする。
「次は無理やりにでも」
大井さん提督のこと好きなんだなー。
◇ ◆ ◇
掃討作戦参加1日目
暫くぶりのアイアンボトムサウンドは以前とは見違えていた。
あの酸化した血液の様な、どす黒い色をしていた海の面影はもうない。
今日はあいにくの雨模様だが、晴れた日には海面が太陽の光を反射させ美しいものになるんだろう。
今はざーざーと雨がふり海面に波紋を起こすだけだ。
僕は川内さんを中心とする隊に組み込まれこの作戦に参加していた。
「んじゃ、残存深海棲艦の索敵していくよー今日は海域の南西側ね」
これがあのアイアンボトムサウンド……綺麗な海だと思う。だけどどうしてか僕は『綺麗』であるという事を認めたくなくて、その理由を考えているとつい返事が遅れてしまった。
「了解」
慌てて返答して川内さんの後ろを追いかけた。
◇ ◆ ◇
掃討作戦に途中参加したがもう作戦は大詰めのようだった。
深海棲艦なんて1匹もいやしない。
川内さんが言うにはあと3回の出撃で全エリアの索敵が終わるらしい。
「南西の索敵異常ありませんでした。戦闘も0です」
提督から作戦報告に来るよう指示を受けていた僕は執務室に来ていた。なぜ旗艦の川内さんでなく僕なのだろう?
「ご苦労。掃討作戦も大詰めだ、あと少しよろしく頼む」
「はい!」
敬礼をし執務室をあとにする。
関わりはまだ少ないがここの提督は本当に真面目な人だと思う。仕事一筋、そんな印象だ。
彼が脱走を考える様な人間にはとても見えない。
(彼、かなり自分のキャラクターを作るのが上手いみたいだから騙されないようにね)
大将提督からそう聞いていなければ僕もここの艦娘と同じくあっさり騙されていたかもしれない。
大将が言うには掃討作戦終了までは脱走しないという話だったけど油断できない。
っと大井さんに入渠施設の案内して貰うんだった。
◇ ◆ ◇
掃討作戦参加2日目
夢を見ているんだとすぐに分かった。
だって、沈んだ筈の春雨が目の前にいたから。
夢の中で今見ているものが夢だと理解する…確か明晰夢って言うんだっけ。
「待って!春雨!」
人によっては明晰夢を自分の思う様にコントロールする事ができるらしいけど僕にはできないらしい。
春雨は僕に背を向け逃げて行ってしまう。
僕はその後を追いかける。
後ろから僕を呼び止める川内さん達戦隊の声が聞こえるけど行かせてもらう。
だってこれは夢なんだから。
ざーざーざー
そういえば夢の中で雨が降ってるシチュエーションなんてこれが初めてだな、なんてどうでもいい事を考えた。
□■□
「沈んだ仲間の白昼夢を追いかけて、隊列を崩した…と」
「…はい」
一人勝手な行動をとり隊列を崩した僕はまた提督に呼び出され執務室に来ていた。
「今までもあったのか?」
「夜、眠っている時に仲間の夢を見ることはあったよ。けど白昼夢は初めて…だから今回も夢だと思って…」
「そうか…」
「きっと君の中では、アイアンボトムサウンドの戦争は終わっていないんだろうな。いや、終わらせたくないのか」
「っ、そんなことは」
「いや、いい。そんな君だからこそ、頼みたいことがある」
そういって僕に1発の砲弾を差し出した。
◇ ◆ ◇
掃討作戦最終日
夕暮れ。最後の索敵を終えた僕達は鉄底海峡…アイアンボトムサウンドと呼ばれた海域の中央に集合していた。
日が沈み始めた海の風は冷たくて肌を張り付かせる。
ここに鎮守府のほぼ全ての艦娘、総勢100名あまりが集まっていた。
昨日提督から渡された1発の砲弾、どうやら作戦終了を告げる祝砲らしい。
英雄の鎮守府は作戦終了の度にこの祝砲を撃っているのだという。
「いいのかな…僕が撃っても」
この鎮守府で作戦攻略に関わらなかった僕が打っていいものではない…そう思う。
これはここで命をかけて戦った艦娘にこそ相応しい。
砲弾を持て余す僕の横に長門さんが立つ。
「良いんだよ。むしろ君以上の適任はこの鎮守府にはいない。文句を言う奴がいれば私が説き伏せてやるさ。そんな奴はいないがな」
「…僕が適任なはずないと思うけど……」
「まぁまぁ。さぁ日が暮れる前に撃ってくれ」
「…」
言われるまま砲口を上に向け、引き金に指をかける。
その瞬間、元いた鎮守府、演習相手だった鎮守府、春雨といったここで沈んでいった仲間の顔がフラッシュバックする。
ドン
砲弾はまっすぐに夕暮れの真っ赤に染まった空へと飛んでいき破裂した。
暫くすると。
ひらひらひら
と二種類の花弁が舞い落ちてくる。
春雨は花が好きだったから僕も知っている。
シオンとオダマキの花だ。
確か花言葉は…。
「……」
涙が止まらない。拭っても拭っても止まらない。
「提督が言っていた」
舞う花びらと慈しむように見ながら長門さんは僕に教えてくれる。
『鉄底海峡を終わらせるのは時雨だ』
『命を賭して戦い情報を集めてくれた、今は海の底に眠る者達の仲間であるべきだ』
『彼女達がいなければ沈んでいたのは私達なのだから』
嬉しかった。
初めからここの提督が指揮をとっていれば誰も沈まなかったのではないか、皆は無駄死にだと思われているのではないか。
そんな事を思っていた。
だけど提督は、そんなことはないと。僕達のおかげだという。
そして僕にこの戦争を終わらさせてくれた。
頬を伝っていた涙をもう一度拭う。
もう泣いていられない。だって僕が終わらせたんだから。
僕の涙が作っていた海面の波紋はもう現れない。
あっそういえば
今日、雨降ってないや。
◇ ◆ ◇
街を走る。走る。
「ガハハハハ!今頃時雨の奴は感動のあまり泣き崩れているだろう!」
急な、それも明らかに不自然な白露型の転属。恐らく俺を提督として縛り付けるための人員だろう。
「大本営め、あからさまな監視役を送りつけてきやがって。だが白露型が集合する前に逃亡してやったぞ!!」
「時雨のやつもまさか掃討作戦終了と同時に逃げるとは思うまいガハハハハ!っぐへっつ!?」
なんだ!?急に何かに引っ張られた!?あ?体に縄が巻きついているだと!?
「なんだこのロープどこから!?動けねぇ!」
「僕だよ」
物陰から誰かが歩いてくる。あいつは……
「はぁ!?時雨!?もう追って来たのかよ!」
「もう少し気持ちの整理をしたかったんだけどね。君を逃がすわけにはいかないから」
「くそ!縄解きやがれ!」
「ほんとにキャラ作ってたんだね…口調がぜんぜん違う」
たりめえだ!あんなキャラ素でできるか!
「なぁ逃がしてくれよ。こんなやる気のないやついても仕方ないだろ?」
「昨日までの僕ならそう考えたかもね。でもいまは君のこと素敵な提督だと思うよ。その口調と脱走癖は何とかして欲しいけどね」
◇ ◆ ◇
「降ろせ」
「だめ」
提督を執務室に連れ戻し、逃げない様に天井に吊るして置いた。ずっとギャーギャー騒いでいるけど降ろす気はない。
「なぁ時雨、賄賂があるんだが」
全くなにが賄賂だよ。僕はお金なんかいらないって言うのに。
「受け取らないよ」
「まぁそう言うな。後ろを見てみろ」
「後ろ?」
ふっと反射的に振り返る。
そこには薄ピンクの髪をした少女が立っていた。
────ああもう、絶対にこの提督を逃がす訳にはいかないや。
だって、返さなきゃいけない恩が大きすぎるもん。
僕は提督を縛る縄をより一層強く、締め直した。