辞めたい提督と辞めさせない白露型   作:キ鈴

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提督と時雨と丙

 アレはいつのことだったか、私がまだ幼く、母である乙姫にまだ理性が残っていた頃に尋ねたことがある。

 

「ねぇかあ様、とう様とにぃ様ってどんな人?」

 

「そうね……太郎さんは口の悪い人だったわ。ガサツで不器用で目つきの悪い人だった」

 

「……悪い子なの?」

 

「いいえ」

 母はゆっくりとかぶりを振った。薄く涙を溜めたその目が何を見ていたのか、当時の私は知る由もない。

 

「確かに見た目は少し怖いけど本当はとっても優しい人だった。自分の事を蔑ろにしても他の生き物を助けるようなそんな人……。お兄ちゃんはまだ赤ん坊だったから分からないけど…きっと太郎さんに似て良い子になってると思うわ」

 

「二人は今どこにいるの?」

 

「……。いい甲ちゃん?貴方の父さんとお兄ちゃんは今陸にいるの」

 

「りく?」

 

「そう。そこで『人間』っていうとっても怖くて悪い生き物に捕まっているの」

 

「とう様達……大丈夫なの?」

 

「……わからない。でも生きているのは間違いないの。だから……きっといつか、私と甲ちゃんの二人で迎えに行きましょうね」

 

「うん!」

 

 実を言うと会ったこともない父と兄のことなんてどうだって良かった。ただ、父と兄の話をする母はとても生き生きとしてて、そんな母をずっと見ていたいと思った。だから私は母とそんな約束をしたのだ。

 

 

 

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 

 

 

「くたばれ!!」

 

「だまれクソ兄貴!!死ね!死ね!!」

 

 にぃさんの拳が躊躇なく私の眉間に迫ってくる。私はそれをすんでの所で躱してにぃさんの左足を蹴った。ボキリ、とまるで水分の抜けきった小枝のようにそれは簡単に折れる。

 

「いっっっっってぇなぁ!!」

 

「痛いなら倒れなさいよ!なんで片手片足折られて立ってられんのよ!?頭おかしいの!?」

 

 なんでこの人は倒れないんだ。既に痛みで気を失っていてもおかしくないのに。このままでは本当に殺してしまいかねない。

 

「僕の提督をまた傷つけたね?」

 

「くっ!!」

 

 にぃさんに気を取られ過ぎて背後に回り込まれた。慌てて裏拳を放つが黒髪の艦娘は既にしゃがみ込んでおり、拳は空を切った。

 

「残念……だったね!!」

 

 黒髪の持つ二本の傘が私の腹部を殴打する。殴られた箇所から鈍い痛みが伝わってきた。

 

「うっざい!!」

 

「!!僕の傘が!」

 

 二本の傘に手刀を叩きつけてへし折った。次に黒髪本体を気絶させようと脚に力を入れるが、目の前が急に真っ暗になった。まだ夕方だと言うのに星まで見えた気がした。頭部からガンガンと痛みも走る。

 

「痛い、痛い、痛い」

 

 頭を押さえながら振り返るとピンク髪をした艦娘が二本の消火器を構えている。アレで私の頭を殴ったのか……こっちが殺さないように加減してるというのに向こうはまるで容赦がない。

 

「時雨姉さん、司令官を連れて私の後ろに下がってください」

 

「うん!」

 

「逃がすか!!」

 

「貴方の相手は私です!」

 

 にぃさんを追おうとする私の前に尚もピンク髪が立ち塞がる。なんなんだコイツは、雰囲気が他の奴らと違う。深海に近いものを感じる。

 

「こういうのって深海棲艦の姫に効きますか?」

 

 ピンク髪は首を傾げながら私に消火器のホースの先端を向ける。何か発射している?けどおかしい、消化器の中身って確か火を消すための泡だったはずじゃ……。

 

「って、臭っ!!何この匂い!?」

 

 直ぐに異変に気づいた。なんというか卵の腐ったような匂いがするのだ。たまらずその場から離れようとするが何故か動けない、段々と呼吸まで苦しくなってきてその場に崩れ落ちてしまう。

 

「なに……よ、これ」

 

「硫化水素ですよ。そちらは風下ですから好都合でした、はい」

 

 硫化水素……?そうか、あの消火器から発射していたのは毒ガスだったのか。油断した。

 

「なるほど、姫級にも毒ガスは有効なんですね。参考になりました、はい。司令官、運よく無力化に成功したのですがどうしますか?」

 

「艤装も無しに姫を生け捕りとか……流石春雨ちゃん。(やっぱこえーわ)」

 

「何か言いましたか?」

 

「いえ、何も言ってないです……」

 

 なんなんだこれは。

 

 なんなんだこれは。

 

 兄に殴られ、傘で殴られ、消火器で殴られ、挙句に毒を吸わされ……なんで私がこんな目に遭わなくては行けないんだ。

 

 私はただにぃさんを迎えに来ただけなのに……なんでそのにぃさんに目の敵にされているのか。

 

「巫山戯るな」

 

「春雨!この姫まだ動いてるよ!」

 

「そんな……もう効果がきれて!?ずっとガスは噴射し続けているんですよ!?」

 

 黒髪とピンク髪が再び構えをとる。いや、この二人だけじゃない。後ろにまだ赤いのや緑色のまで控えているのが見える。私は一人で戦っているのにぃさんは寄って集って私を虐める。

 

 母様は嘘吐きだ。

 

 にぃさんは優しい子に育っている筈だなんて言っていたのに、そんな事は全くない。兄を心配して迎えに来た妹を殴って追い返すイジメっ子になっている。

 

「ねぇ兄さん、どうして人間に味方するの?」

 

「……。時雨、春雨ちゃんトドメを」

 

 にぃさんは答えない。ただ私の言葉を無視して艦娘に指示を出す。私を殺せと命令している。

 

 ああ、もういいや。もういいや。

 

 全部終わらせよう。

 

 

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 

 見誤った。見誤った。見誤った。

 

 確かに、甲羅棲姫の常軌を逸した身体能力は目の当たりにしていた。脅威であると理解していた。だが、浜風や時雨達の攻撃で少なからずダメージを受けているのも確認できた。だからこそ、勝てる戦いだと判断していた。

 

 だというのに……まさかまだ手加減されていたなんて!!

 

「提督、早く逃げて。邪魔だから!早く!!」

 

 ただ一人甲羅棲姫の前に立つ時雨が吠えるようにそう怒鳴った。彼女の周りには甲羅棲姫の一撃の下に沈んだ春雨ちゃん、村雨、山風、江風、浜風が倒れている。

 

「逃げるなよ」

 

 恐ろしく低い声で甲羅棲姫が俺を制止した。先程までとはまるで様子が違う。数分前までのただ感情に任せて拳を振り回していた奴とはうって変わり、冷静に、冷酷に、ただ目的を達成しようとしている。

 

「……逃げねぇよ。つーか手足折られた状態で逃げれるか」

 

 そう強がってみたが、状況は最悪だ。春雨ちゃんもやられた今、時雨だけでは太刀打ちできない。ヲーちゃんを倒したアイアンボトムレインを使おうにもアレは相手の艤装を破壊する技だ、素の身体能力だけで戦っている甲羅棲姫にはまるで意味をなさない。

 

 奥の手を、飛行場姫を使おうかとも考えたがダメだ。アイツをこんな舞鶴の御膝元に呼び出せばその後どうなるかは想像に難くない。そもそも飛行場姫でもコイツを倒せるとは思えない。

 

 詰み……だな。

 

「いいぜ甲羅棲姫、深海でも宇宙でも好きな所へ連れて行けよ」

 

「提督!?」

 

「ようやく諦めた……」

 

 俺は片足を引き摺りながらゆっくりと甲羅棲姫へと歩みを進める。だがそんな俺の前に時雨が立ちはだかった。

 

「退け、時雨」

 

「行かせない」

 

 時雨は退かない。手を大の字に広げ、その真っ直ぐな目でもって俺を行かせる気がないことを伝えてくる。

 

「なら、この状況お前に何とかできるのか?」

 

「……」

 

「二つに一つだ。このまま俺を行かせて死者0でこの場を乗り切るか。俺を行かせず妹達をアイツに殺させるか」

 

「ッ……!そもそも!!提督が!!提督が脱走なんてするからこんなことになってるんじゃないか!君のせいなんだから何とかしてよ!!提督なら出来るんでしょ!?」

 

「無理だ」

 

「無理じゃないッ!!!」

 

 時雨はそう怒鳴ってそのまま下を向いてしまった。何とかしてくれ、甲羅棲姫へと視線を向けるも奴は何が面白いのか興味深そうにただこちらを見ていた。話が付くまで待つつもりらしい。

 

「時雨安心しろ、直ぐに帰ってくる。忘れたのか?俺は脱走のスペシャリストなんだぜ?何度お前達の妨害の中、あの鎮守府を抜け出したと思ってるんだ」

 

「最後には捕まってばかりじゃないか……」

 

 下を向く時雨の頭に手を乗せた。直ぐにその手は弾かれてしまうが何度も、何度も諭すように手を乗せ続けた。

 

「今回の件は俺のせいだと言ったな。その通りだ。だから俺に責任を取らせてくれ」

 

 頭に乗せた手はもう弾かれない。変わりに時雨の両腕が強く、強く俺の腕を掴んでいる。

 

「ごめん……」

 

 腕を掴んだまま時雨が謝った。何故謝ったのか、下を向いたままの時雨の表情を窺うことは出来ないが、ポタポタと彼女の足元に滴る雫から泣いているということは理解できた。

 

「なんで謝る」

 

「本当は提督のせいだなんて思ってない。だって提督は提督でいたくなくて……僕達の都合で無理矢理縛られてるだけで……。僕は提督を守る為にこれは仕方がない事なんだって自分に言い聞かせてたのに……結局最後はまた君に守られることになって……」

 

 時雨の声は涙と鼻水でぐじゅぐじゅで、更に言葉が纏まらないのか要領も得ない。そんな彼女にかける言葉がなくて、俺はただ一言

 

「行ってきます」

 

とそう言った。

 

 行ってきます。ただいまとセットの言葉。それは帰ってくることを約束する言葉でもある。そう言えば提督になって以来一度も口にしたことはなかった。

 

「行って……らっしゃい」

 

 涙を堪えそう送ってくれた時雨の横を通り過ぎる。

 

「待たせたな甲羅棲姫。さぁ何処へでも好きな所……はぁ!?」

 

 時雨の立つ先へ進んだ先で甲羅棲姫が倒れ、地に伏している。変わりにその傍らには小さく薄緑色の髪をした少女がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら立っていた。

 

「やぁやぁ初めまして、ワタシの名前は丙棲姫(ひのえせいき)。君達の敵だよ」

 

 (ひのえ)棲姫────何処かで聞いた名だ。確かおーちゃんがその名を口にしていたか。

 

「提督、下がって」

 

 再び時雨が俺の前に立ち丙棲姫を牽制した。しかし丙は「おー、怖い怖い」と言いケラケラと笑っている。

 

 状況が理解出来ない。丙棲姫、その名からして深海棲艦なのは間違いないのだろう。しかし何故甲羅の方は倒れているのか?状況からしてやったのは丙で間違いない、だとしたら何故同士討ちを?ダメだ思考が追いつかない。

 

「安心しなよ。君達の敵とは言ったけどワタシはこの甲羅棲姫と乙姫の敵でもあるんだ。敵の敵は味方────つまり今この場に限りワタシは君達の味方だ」

 

「だったらそいつは────殺すのか?」

 

「そいつ?ああ甲羅ちゃん?嫌だなぁ殺すわけないじゃん。敵とはいってもそれは裏の話。表向きはワタシも乙姫の忠実な下僕だからね、まだ殺せないよ」

 

 またケラケラと笑いながら丙は甲羅を背におぶった。時雨は折られた傘を構え尚も丙を威嚇している。

 

「だからさ、話を合わせて欲しいんだ。ワタシが甲羅ちゃんを気絶させて君達を逃がしたなんてバレると殺されちゃうからね。ほら、君の所にいる黒いの、なんて言ったっけなー。あの子だよあの子、アイアンボトムサウンドでうちの飛行場姫を沈めてくれたあのヤバいの」

 

「あきつ丸────か?」

 

「そうそう!!あの子がさ不意打ちで甲羅ちゃんを倒した。んで気を失った甲羅ちゃんを助けたのがこのワタシだったってことにしといてよ」

 

「……わかった」

 

 断る余地などなかった。今はただ、目の前の得体のしれない奴を刺激せずなんとかこの場を切り抜けなくてはならない。

 

「さんきゅーーー!。んじゃま今回はこの辺で。また会おうね、浦島(・・)

 

「まて!最後に一つ、なんで俺を助けたかだけ答えていけ!」

 

 ぐるん、と背を向けたまま首だけでこちらを向いた丙の表情に先程までの不気味な笑みはない。無表情で瞳孔の開いた瞳でじっと此方を見据え

 

「戦争を終わらせたくないから」

 

 そう言い残し海に沈み行く夕日に溶け込むようにして、丙棲姫は甲羅棲姫と共にその姿を消した。






次回のタイトルは『提督と春雨と人生の墓場』です。
春雨ちゃんへ偽プロポーズをしてしまった提督がどうケジメをつけるのか、そんなお話です。既に書きあがっているので近日投稿します。
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