駄犬。
夏鮫ちゃん
以前春雨ちゃんから間違えて「フカヒレちゃん」と呼ばれたことにより生命の危機を感じている。
「次で今日中に目を通さないといけない書類は最後だよ」
「ようやくか、疲れたわ」
一四○○、今朝まで大量に重ねられていた書類の整理をなんとか終えた。なんだかんだ執務スピードが上がってきているのは時雨との息が合ってきているからなのだと思うと少し癇に障る。
「はいこれ、この鎮守府に着任希望を出してる艦娘のリスト」
「おう」
リストをパラパラとめくる。げっ、まだこいつここに希望だしてんのかよ。いい加減執拗いな。
「秋月、矢矧は承認。あとは他に回せ」
「了解。……いつも思ってたんだけどどうしてこの浜風を承認してあげないんだい?成績はかなり優秀だし何よりずっとうちに希望出してる」
「色々あんだよ」
その浜風はな……やべーんだよ。
「ふーん」
「んだよ、その目やめろ」
「別にー。春雨みたいに何処でいつの間に誑かしたのかなー、なんて思ってないよ」
ちっ、ここであまりツッコまれるとろくな事にならない気がする。
「そんなんじゃねぇよ。それより飯行こうぜ飯」
「あからさまに話を変えられて引っかかるけどまぁいいや。従順な時雨ちゃんは提督のお誘いに尻尾を振ってついて行くよ」
「おう、んじゃ行くぞ」
ガチャ
扉を開けて廊下に出る…と
「ぽぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃぃ」
20mほど先から時雨と同じ黒の制服を着た肌色の髪をした少女が突っ込んでくる。
…四足歩行でだ。
「出やがったな駄犬がぁぁ!!」
「あっ夕立」
俺が戦闘態勢をとる間に駄犬は既に俺の眼前に迫ってきている。
「俺がいつまでもてめぇの好きにされると思うなよごらぁ!」
俺は関節技を決めようと夕立の腕に手を伸ばす。
タイムアルター…ダブルアクセル!
(捉えた!!)
が夕立は急激な加速をし俺の腕を置き去りにする。
(これは…ロデオドライブ!?何故こいつがこんな高等テクを!?)
「ぽいぃぃぃ」
俺の背にしがみつき勝ち誇った夕立の声が聞こえる。
「くそ!くそ!離せ!」
「んーいい匂い」
背に張り付いた夕立は首筋に顔を埋めふんふんと匂いを嗅ぐ。
「やめろ、ごらぁ!!」
暴れても暴れても引きはがす事ができない。それどころか最初は点と点で重なっていた身体が段々と面と面へと密着の範囲を広げていく。
「くちゃくちゃ」
「襟をしゃぶるなぁ!!!」
くそっくそっ何時も鍛錬を欠かさず鍛えているというのにこんな駄犬にいいようにされるのか。
「こら!暴れないで!服が脱がしづらいっぽい!」
夕立の手が俺のレベルB地区に手をかけた辺りで覚悟を決める。
「いつまでもてめぇのレ〇プ紛いのスキンシップに付き合えるかぁ!!」
ガッシャーン
俺は夕立を背負ったまま窓をぶち破る。
ここは3階だ落下すればてめぇも只ではすまねぇだろ。一泡吹かせてやったぜ…
夕立の顔を見ようと後ろを振り返ると、
…いねぇし
俺は1人落下していくのだった。
◇ ◆ ◇
「あ、れ…?」
西日の刺す部屋のベッドの上で目を覚ます。
「気がついた!僕、君が死んじゃうかと…うっうっ」
「良かった……よがったでずぅぅぅ」
「心配かけないでくださいよ、貴方だけの身体じゃないんですから…グスッ」
「そうだよ……提督さんがいないと私達なにもできないんだから」
「えっ…?」
目を開けると時雨、榛名、大井、瑞鶴の泣き腫らした顔があった。
あっそうか…俺3階から飛び降りて…
「ごめんね提督、僕が夕立止めてれば良かったんだけど。夕立は向こうで春雨がシバい…絞ってるから」
「…」
「どこか痛むのかい?何か様子が変だけど」
「えっと」
「君達…だれ?」
□■□
ぶぁぁぁぁか共めがぁ!!
簡単に俺が記憶喪失だと信じ込みやがった!そんな簡単に記憶が消えるわけねえだろ!
しかしこの状況…脱走に最適じゃねぇか。
□■□
「提督、まだ記憶は戻らないのかい?」
「ああ…すまない」
記憶喪失(嘘)になった次の日の朝、時雨が俺を起こしにきた。
「謝らないでよ。提督は悪くないんだから」
おおう。時雨が俺に優しいとか気持ちわりいな。
「それにしても……なんか落ち着かないな。可愛い女の子ばかりだから」
「そう……だね。ところでなんだけど提督の好みの子はいたかい?」
「いたが名前がわからないんだよな」
「……ふーん。ちなみに僕の名前は時雨だよ」
「えっ?」
「時雨だよ」
こっっっわ!!!なんだよこいつ何が言いたいんだよ。
◇ ◆ ◇
着替えて自室を出るとうーちゃんが待ち構えていた。うーちゃんはスカートを皺ができるほど握り締め俯いていた。
「しれいかん、うーちゃんはしれいかんに忘れられたくないぴょん。うーちゃんはしれいかんとサッカーしたり御飯食べたりした時間が宝物ぴょん。だから忘れて欲しくないぴょん」
「うーちゃん……」
うおおおおん、泣かないでくれようーちゃんんんんん!ごめんよ、ごめんようーちゃん。俺だってうーちゃんを泣かしたいわけじゃないんだよおおおおお!
ぽんっ。うーちゃんの頭に手を置いて俺は言う。
「ごめんなうーちゃん。俺絶対うーちゃんとの思い出思い出すから、ちょっとだけまっててくれないか?」
覚えてるよおおおおお!忘れるわけないよおおおお!
「ぐすっ、絶対ぴょん?」
「ああ、絶対だ」
「ならうーちゃんちょっとだけ待つぴょん」
「ありがとな」
「ぐすっ、うーちゃんお花の水やりがあるからもういくぴょん。約束、絶対ぴょんよ!」
そう言ってうーちゃんは行ってしまった。
こ こ ろ が い た い。
「提督、かっこよかったよ」
後ろから時雨にそう褒められた。ほんとこいつに優しくされると調子狂うな。
◇ ◆ ◇
俺が一番よくいた場所である執務室の机に座っていれば記憶が戻るのではないかと言う事で現在は執務室にいる。
「春雨ちゃん?俺はいつも君を膝に乗せて仕事をしていたのかい?」
「そうですよ?」
さも当たり前のようにそう応える。いや、元々君が勝手に乗ってきてたんだけどね?降ろすと怒るし。
「いやー、流石に女の子が男の膝に乗るのはどうかと思うよ?」
「気にしなくていいです。はい。だって私と司令官は結婚していますから」
前々から春雨ちゃんのことはちょっとやべぇ奴だなとは思っていたが認識が甘かったらしい。めっちゃやべぇ奴だ。記憶捏造しておられる。
「司令官から告白してくれたんですよ?私の事が好きだって、私も司令官の事が大好きで両思いでしたからね。直ぐ結婚しました」
こわいこわいこわい。俺の知らない過去を語らないでくれ。
「でも……いまの司令官は覚えてないんですよね。春雨悲しいです」
そう言うと俺の膝の上の春雨ちゃんはぐるん!と俺の方を振り返り
「そうだ!覚えてないならもう一度すればいいんです!司令官、春雨にもう一度プロポーズしてください!」
「いや、それは……」
がっしゃーん。
言葉を濁そうとした瞬間春雨ちゃんの急な重心移動によって椅子もろとも俺と春雨ちゃんは倒れる。がそのまま春雨ちゃんは俺の腹の上に馬乗りになる。
「早く言ってください。早く結婚をやり直しましょう。早く。早く。早く」
春雨ちゃんの目は獣のそれだった。ケッコン(狩)そんなしょうもない事を考えた。
◇ ◆ ◇
記憶喪失(嘘)になって二週間がたった。そろそろ仕掛けるか……。
艦娘を食堂に集める。
「皆、今日集まってもらったのは俺の今後についてだ」
ざわざわと艦娘が動揺する。ククッああそうだよ。お前らが今想像した通りの事がおこるんだよ。
「俺が記憶を失って二週間……この鎮守府で過ごせば回復すると思ったが未だに何も思い出せない」
「だから俺は一旦故郷に帰ろうと思う。俺が長年過ごした街で生活すれば何か思い出せる気がするんだ」
ざわっざわっ
「安心してくれ!もちろん代理の提督を呼ぶ。回復したら俺も復帰するつもりだ」
「何よりこんな状態では君達の命を預かることはできない……」
「嫌ぴょん!しれいかんは直ぐに思い出すってうーちゃんと約束してくれたぴょん!今すぐ思い出すぴょん!うっうっうわあああああああん!」
ごめんよおおおおお!うーちゃあああああん!うーちゃんだけでも連れて行きたいよぉぉぉ!
「すまない、卯月」
「そうですよ、ここの指令は貴方だけなんです。不知火達を置いて行かないでください」
不知火までそんな顔を……。
「榛名は……大丈夫じゃないです」
「僕はついていくよ。護衛としてね」
「だめだ」
「なんでさ!!」
「何時戻るかも分からない俺の為に貴重な戦力である君達の時間を奪う訳にはいかない」
「安心してくれ、必ず戻る。約束だ」
その夜、鎮守府の全ての艦娘が泣いた。
◇ ◆ ◇
うーーーーーーーーーーーついたあああ!!!
数年ぶりの故郷は何も変わっていなかった。岡山県。都会なのか田舎なのか分からないこの街が俺は大好きだった。
「ようやく……ようやく開放されたんだな」
胸が熱くなる。春雨ちゃんも時雨も五月雨くんの監視もない。夕立の過剰なスキンシップを警戒する必要もない。なんという開!放!感!
俺は携帯を撮りだし旧友へと連絡する。
『よお!久しぶり!突然で悪いんだけどさ、今日飲みいかね?えっ?提督?そんなもん辞めたよ!はっはっはっww』
□■□
久しぶりに会う友人達との宴会は本当に楽しかった。艦娘とはできなかった下世話なトークがこいつらとなら遠慮なくできる。下ネタ万歳!
一通り飲んだあとはスナックやキャバクラを梯子した。
「うーーーーい!あそこに新しいキャバクラができてるぜ!」
「突撃だ!」
店内は薄暗く冷房がよく聞いていた。ちょっと寒いくらいだ。席について数分で俺の横に2人の女の子がついた。
「好きなお酒開けてくれ!今日は俺のおごりだ!」
そういいながら右の女の子のお尻を触る。さらに左の女の子の膝にのったハンカチをとる。キャバクラの女性が膝に乗っけるハンカチはスカートが短すぎるため座った時に見えてしまうパンツを隠す為のものらしい。
「ずいぶん羽振りがいいんですね。社長さんですか?」
「違う違うw海軍で提督っていうまあまあ偉いポジションにいただけw鎮守府にいるとお金の使い道なくてさーw」
「えーー提督さんなんですかー?すごーい。提督さんて艦娘を指揮するんですよね?」
「そうそう!でもあいつら個性強すぎてさー。手に余るのよ」
「俺が提督辞めようとしても無理やり続けさせるしさー。今日ようやく提督やめてきたのよw」
ピシっ
空気が、いや空間が凍りついたのかと思った。それほどに部屋の空気が張り詰めた。
俺がお尻を触っていた娘が俺の右腕を締め上げる。
「いたい!いたい!何すんだよ!」
ようやく暗い店内に目が慣れた俺は初めて女の子の顔を認識した。その女の子は
時雨だった。
「へーやっぱりそういう事だったんだ」
「ひっ!おっおい!助けてくれ友人!」
あたりを見渡すもそこに友人の姿はない。いたのは
「いかがわしい店に行ってたんですか?司令官……」
「はっ春雨ちゃん…」
「あたしずっと心配してたっぽい……」
夕立まで…
「まあまあ、皆とりあえず鎮守府に帰ろうよ」
「そこでじっくりと話をしようじゃないか」
くそ……こんな終わり方ありかよ……。