安易に過去編をやるんじゃねぇ!
海風(リリイ)
パワー系。パワー系と言われると怒る。
パコン パコン パコン
私は一人、川原にあるコンクリートの壁に向かってテニスボールを打ち続けます。
パコン パコン パコン
数週間前までは一人ではありませんでした。3人の妹が何時も一緒でした。……6人の義姉さん達もですね。
姉妹は全員『艤装適性』が認められて軍学校へと行きました。私にも海風の適性がありましたが艦娘になるかは保留にしてもらいました。お恥ずかしい話ですが怖いんですよね、戦うの。山風ですら泣き言を言わずに巣立って言ったのに……情けないです。
パコン パコン ブチっ
あっ、ガットが切れてしまいました……まあフレームで打てばいいですね。
パコン パコン パコン
「いやいやいや、何でガット切れてるのに壁打ち続行してんだよ」
「?」
私に茶色いダッフルコートを着た20歳前後くらいの男性が話かけてきました。……誰でしょう?
「ああ、悪いな急に話しかけて。ほい」
そう言って彼は私にラケットを渡してきました。
「一人だろ?テニス付き合ってくれよ」
当然ガットは張ってあります。
◇ ◆ ◇
パコン パコン パコン
愛しのコンクリート壁に別れを告げて男性とテニスコートに移動しました。この川原はテニスコートがあったりサッカーフィールドがあったりと田舎の有り余る土地を有効活用しています。
「お兄さん、見かけない顔ですが地元の方ですか?」
こんな田舎にこのお兄さんみたいな若い人が居れば目立つはずですが。
「いんや違うよ。ただ爺さんの家がこっちにあってな。ちょくちょく遊びに来てんだよ」
パコン シャッ パコン シャッ
「そうですか。それでどうして私に声を?」
「お前がここのところ寂しそうに壁打ちしてるのが目に入ってな。いつも姉妹一緒にいたのにどうしたんだろうなって気になった。それにお前は俺と人種が似てる気がしてな……仲良くできるかもなんてガラにもなく思っちまった。」
「……ストーカーですか?」
パコン シャッ パコン シャッ
「ちげぇよ……お前ら見たいなカラフルな姉妹がいたら嫌でも目につくわ」
「ですか」
「「……」」
パコン シャッ パコン シャッ
「さっきから変な回転ばかりかけるの止めてもらえません!?やりづらくて仕方ないんですけど!」
「馬鹿、お前これが大人のテニスだぞ。何の為にゴムボール持ってきたと思ってんだ。まともにやったら勝てねぇし」
「小狡い真似を……」
「ヘカトンケイルの門番……お前のボールもうネットを越えないぜ」
パン!
「普通に越えますけど……」
「クソっこれだからパワー系はよぉ!!」
Prrrrrrrr
ラリーを続けていたところでお兄さんのスマートホンが鳴りました。
「っと。ちょっとすまん。げっ、鹿島の奴だ・・・悪い!今日はここまでだ!えーと、名前なんて言うんだ?」
名前……。知らない人にあまり本名を教えるものではありませんね。
「海風です」
「じゃあ海風、もしここに変に余裕ぶった白髪の姉ちゃんが来ても俺の事は知らないって言っといてくれ」
「え?ちょっと!」
「じゃあな!明日また来るから遊ぼうぜ!」
行ってしまいました……。ラケット返してないのに。明日返しますかね、今日はわりと楽しかったですし。
ちなみにお兄さんが去った数分後に白髪の綺麗なお姉さんがやってきました。とても怒っていました。
◇ ◆ ◇
「アメフトやろうぜ!!」
次の日お兄さんは縦長の変な形をしたボールを持ってきました。あっ今日も川原です。
「アメフトってどうやるんですか」
「二人だからな。キャッチボールしたりボールを遠くまで蹴ったりくらいかな」
「はあ、意外とアウトドア派なんですね」
「んーどうだろうな。基本一人が好きな引きこもりだけどスポーツも好きなんだよな」
「難儀な性格ですね」
「自分でも面倒くさいやつだとは思う。よっと、ほらこうやって投げるんだ」
お兄さんは手本をかねて私にボールを投げました。
「やってみ?」
「わかりました……ハッ!!」
シュウウウウウウウウ 私が全力で回転をかけたボールはキャッチしたお兄さんの手を摩擦で焦がします。
「あっつ!あっつ!どんな回転かけてんだよ!?」
「私はパワー系ではありませんので回転くらいかけられます」
「昨日の根にもってたのかよ!?悪かったよ」
パワー系って女の子に言うセリフではありませんよね。
「ほい!」「はい!」「ほい!」「はい!」
慣れるとこの変なボールでやるキャッチボールも楽しいものです。
「あー、これ聞いていいのか分かんないんだけどさ」
バツが悪そうにお兄さんは喋ります。
「何で最近一人なん?姉妹は?」
なるほど。そういえばそれを気にかけて私に話かけてくれたんでしたね。
「他の姉妹は全員艦娘になりましたよ。白露型です」
「なるほど……ん?お前の名前って確か」
凄いですね。気づいちゃうんですか。
「はい、私も海風の適性でちゃいました」
「おめでとう……じゃないんだよな?」
「そうですね。私は嬉しくないです」
普通、艦娘になるというのは喜ばしい事です。艤装適性は貴重な才能として認知されていますからね。祖国の為に戦えば家にもたらされる名誉も相当なものです。
「だろうな、表情見れば大体わかる。というか喜々として軍に行くやつらの感性の方がどうかしてると俺は思うぜ。あまり大きい声では言えないけどな」
「……へー」
「なんだその呆けた顔」
シュッ ちょっと強めに変な形のボールが飛んできます。
「いえ、そんな事言う人いませんでしたから」
シュドン! 私もちょっと強めにお返しです。
「何で艦娘になりたくないんだ?」
なんで……ですか。
「単純に怖いっていうのもありますが……どうして私が戦わないといけないのかっていう気持ちが強いですかね」
「わかる!わかるぞ!ほんと今の世の雰囲気腐ってるよな!?艤装適性者は艦娘に妖精視の才があれば提督になれ、そういう空気が完全にできてしまってる。俺はどうかと思うね!徴兵令とさして変わらねえよ!」
「ふふっ、ほんとに過激な発言をする人ですね」
「俺に近い思考のやつとは滅多に会えないからな。熱くなっちまった」
そう言いながらお兄さんは持っていたボールを軽く地面に突き刺しました。
「そろそろ手が痛いからキャッチボールは止めだ。次はこのボールを蹴ってみ?飛べば飛ぶだけいいんだ」
「わかりました」
ドガン!!!
私は助走をつけて思いきりボールを蹴飛ばします。蹴られたボールはひゅるるるると回転しながら青空に向かって飛んでいきました。
「お前っ……!まさか伝説の60ヤードマグナムの武蔵!?」
「武蔵さんではありません、海風です」
お兄さんが訳の分からない事を言っている間に勢いをなくしたボールは落下していきます。
「あーあ、ボールどこいったかわかんねぇな。探してくるから今日はお開きだ」
「いえ、私も探しますよ」
「いいってそういうの。茂みの方にいったから怪我とかされると困るし」
「私は気にしませんよ?」
「俺が気にするって話だよ」
ちょっとかっこいい事いいますね。
「そうですか・・・申し訳ないです」
「気にすんな、じゃあな」
お兄さんは手をひらひらと降って去ろう
「あの!明日も……遊んでもらえますか?」
お兄さんはちょっと驚いた後ニコっと笑い。
「ああ、明日までこっちにいる予定だ。明日は釣りでもしような」
明日までですか……なんてちょっと悲しくなっている自分に不思議な気持ちになりました。
◇ ◆ ◇
「ねえ、お兄さん」
「あん?」
太陽が一番高いところで私たちを照らしてる時間、私達は約束どおりいつもの川原で釣りをしています。
私の釣り針にミミズのような餌をつけてくれるお兄さんを見ながら私は胸の引っ掛かりを相談することにしました。
「私、お姉さんなんですよ」
「知ってる。カラフル姉妹のだろ。」
「私にも姉さんはいるんですけど血のつながりはないんですよね」
「急に反応に困る話を……じゃああれか?黒いのとかは義姉?」
「そうですね。義姉を除けば私が一番のお姉さんです。ちなみに妹は緑と赤と青です」
どっちの青いのだ……とお兄さんはつぶやいていました。
「それでですね。私、艦娘になるのはあまり乗り気ではないんですが、妹達とは一緒に居たいわけですよ」
「昨日は私が戦う理由がない、見たいなこと言いましたけど妹の世話をする理由はあるんですよね。お姉さんですから」
「そんなもんかね。長女だからって背負い込みすぎだと思うが」
「お姉さんてそんなものなんですよ。やっぱり艦娘になるのは不安ですけど」
「そっか。ほら餌つけたぞ」
「ありがとうございます」
竿を受け取り糸を川に垂らします。
「まっそう言う考えなら俺は艦娘になるのを勧めるぜ」
「なぜですか?」
「妹が沈んだらお前相当後悔するだろ?その後の人生がどうでもよくなるくらいにな」
「それに……よっと」
下流に向かって放たれたお兄さんの糸は信じられないくらい遠くまで飛んで行きました。
ぽちゃん と川に重りが落ちた途端にお兄さんは全力でリールを巻戻します。
「こんな感じにお前が沈んでも俺が直ぐに引き戻してやるよ」
カッコイイこと言いますね……もしかして口説かれてるのでしょうか。
「ふふっお気持ちだけ受け取っておきますね」
「信じてないな?」
「さあ、どうですかね?でも冗談でも勇気になりました。そういう約束をしたっていう事実が安心感というか保険になるというか……上手く言えませんが良かったですよ」
「そうか。なら良いんだ」
お兄さんはそろそろ時間だなと言って立ち上がります。
「じゃあそろそろ行くわ。門限守らないと鹿島教官がうるさいんだわ」
「また……会いに来てくださいね」
どうして会って3日の人にこんな事を言っているのでしょう?と思いましたが答は直ぐに分かりました。
ずっと妹達のお姉さんであろうとしていた私は余り人に甘えるという事ができませんでした、悩みを相談するなんてもっての他です。特に義姉ができてから顕著にその考えをもっていました。
ですからこの3日間、お姉さんではなく女の子としてお兄さんと過ごした時間は私にとってとても心地よいものだったのです。
「爺さん家には時間を見つけて行くつもりけど……お前の選択次第では直ぐに会うことになるかもな」
「?それってどういう……」
「こういうことだ」
お兄さんはリュックから取り出した帽子をかぶりニヤリと笑います。
「軍の人だったんですか」
「ああ、一応提督候補生って事にされちまってる」
妖精可視の才は艤装適性よりも数段希少です。きっと拒否権はなかったのでしょう。そうでないと戦線を維持できないそうです。
「な?さっき言った引き戻すってのもあながち冗談じゃないだろ?」
「ええ……とても、とても心強いです」
「だったら後悔しないようにだけしとけな」
そう言ってお兄さんは走って行ってしまいました。本当は時間がなかったのかもしれません。
ポチャン
1人になりましたが川に糸を垂らし釣りを続けているとふと自分の心境の変化に気づきました。昨日まで感じていた不安が本当に薄くなっています。
……もしかしたらお兄さんとのあの約束を私は想像以上に頼もしく感じているのかも知れません。
……そうですね。あのお兄さんの言葉を信じて海風になるのもいいかもしれません。何よりまた構って貰いたいですしね。
構ってもらいたい。これが妹の気持ちなんですかね?
◇ ◆ ◇
それから数年後、海風となった私の耳にお兄さんの輝かしい功績がどんどん届きます。その中の一つに一度沈んだ艦娘を蘇らせたという物があります。
そうです。きっとお兄さんはあの時の約束が冗談ではないという事を私に実績で示してくれたのです。しかも助けてもらったのは春雨姉さんです。
お兄さん凄い人だったんですね。私もお兄さんの鎮守府に行けたらどんなにいいか…また沢山おしゃべりしたいです。
そんな私に新たな任務が言い渡されました。詳細は現地の時雨姉さんから聞けとのことなので何もわからないままこの鎮守府にやってきました。
コンコン 執務室の扉をノックします。
「はいれ」
懐かしい声です。ゆっくりと扉を開けて中に入ります。
「久しぶりだな海風」
お兄さん、これから海風に沢山構ってくださいね?