やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。 作:焼き鮭
――太陽系第三惑星、地球。太陽系銀河で唯一知的生命体が存在、生活している、水と緑の星である。
「ショアッ!」
その惑星を背景に、今、宇宙空間に黄金色の人型生物がマントを翻しながら舞っていた。
通常、地球人類は生身で宇宙空間に存在することは不可能。瞬く間に破裂して死亡する。しかしこの人型生物は、何の防護もしていないのに生存している。また、身体的特徴も地球人には全く以てあり得ない部分ばかりだ。身長も、せいぜい二メートルが限度の地球人の何十倍もある。要するに、明らかに地球人ではない。
そして、右手には豪奢な杖と剣が一体化したような物が握り締められている。
「ハァッ!」
超人は青く吊り上がった双眸を、戦っている相手に一直線に向けている。
相手は漆黒の煙か靄のようなものに覆われていて、姿は確認できない。ただし、黒い煙――もしくは『闇』――の間から、黄色く光る何かだけがはっきりと覗いていた。
超人は黒い煙に隠れた何かに何度も斬りかかるのだが、どうにも有効打が与えられていないようであった。やがてその胸の中央にある、丸みを帯びた長方形型の発光体が、青から赤に変色して点滅を始めた。
超人はこれにより焦りを見せ、動きに変化を起こした。杖を前に突き出すと、杖の上部分が開くように変形し、更に平手にした左手を杖に添えて十字を形成した。
『ロイヤルエンド!』
すると杖から金色の粒子が放出され、それが光線となって戦闘相手へと飛ばされた。
これに対し闇の中に隠れているものは、莫大な黒い炎を放出して対抗。光線と火焔が宇宙空間で衝突し、一瞬宇宙空間を照らすほどの壮絶な爆発を巻き起こした。
この爆発の中から、赤い球体と紫の球体が飛び出し――いや、転落した。地球の地表へと向かって。
大気圏に突入し、摩擦熱で炎上しながら落ちていく二つの球体の先にあるのは、太平洋とユーラシア大陸に挟まれた弓状列島――日本の国土であった。
『――先日未明に観測された、宇宙での謎の爆発現象。その詳細と原因に関して、世界中の天文学者が様々な仮説を立てていますが、未だ有力な説は出ていません。果たして真実は何なのか。また、これの直後に関東一帯で起こるようになった、建物の不自然な倒壊や道路の陥没と関連があるのか。謎は深まるばかりです』
千葉市内の住宅地の中に建つ「比企谷」の表札の一軒家、そのリビングのテレビ画面に、最近発生している怪現象を特集した朝のワイドショーが流れている。その番組を、この家に暮らす男子高校生と女子中学生が朝食のトーストをかじりながらぼんやりながめていた。
テレビ画面の中では、コメンテーターとして出演している中年の学者が、建物の倒壊に関して言及する。
『私の見解としましては、これらの倒壊や陥没の原因は、未確認の巨大生物であると思われます』
『それは何故でしょうか?』
『こちらをご覧下さい』
学者は二枚のフリップを取り出した。一枚は道路の陥没を撮った航空写真で、もう一枚は倒壊の現場を書き記した関東地方の地図だ。
『この陥没なのですが、明らかに動物の足跡らしき形状をしてます。しかもサイズから類推するに、恐竜をも優に凌ぐほどの巨体です。また倒壊と陥没の発生現場は、この図を見て分かる通り、南へ向かってほぼ一直線に移動してます。とても局所地震などの自然現象とは思えません』
『ですが先生、そんな大きな生物がいるのなら、目撃情報があって然るべきなのでは?』
『恐らく目には見えない、あるいは見えにくいのでしょう。いわば不可視の生物なのですな』
『そんな生物が存在するのでしょうか……?』
『ステルス技術というのは現実に軍隊等で研究、開発されてますし、既存の知識では解明することの出来ない事態なのですから、常識で推し量るのは間違いというものでしょう』
アナウンサーの質問に答えていった学者は、最後に結論を口にする。
『もっとも、現状確実に言えることは、この倒壊現象はこれまでのパターンから推測するに、次は千葉市で発生する可能性が高いということです。千葉市に暮らす方々には、十分な注意と警戒をお願いします』
それを最後に、女子中学生がリモコンのボタンを押してテレビを消した。そして男子高校生に話しかける。
「見えない巨大生物かぁ……。見えないんじゃ注意しろだなんて無理だと思わない? ねぇお兄ちゃん」
男子高校生は大仰に肩をすくめて、呆れているというポーズを取った。
「あんな与太話信じるのかよ。月刊ムー並みの眉唾もんだったぞ」
「えー? でも、他に原因があるとも思えないよ。それに巨大生物なんてのがほんとにいるのなら、ロマンがあるって小町は思うよ!」
「何がロマンだよ。怪我人がもう大勢出てるって話だぜ? 夢もへったくれもあるもんかよ」
などと話しているのは、比企谷八幡と小町の兄妹。八幡の方はひねくれた性格でコミュニティ能力に難があり、友人と呼べるような相手がかなり少ないいわゆる“ぼっち”だが、小町の方は明るく社交的で友人も数多いと、何かと対照的な兄妹なのである。
八幡はトーストを食べ終え、コーヒーを飲み干すと、口を拭って椅子から立ち上がった。
「ともかく、最近物騒だってことには間違いない。お前も何かちょっとでも変だな、って思うことがあったら、すぐにその場から逃げるようにしとけよ。何より優先するべきなのは、自分の命だ」
この八幡の言葉に、小町は眉を寄せた。
「うーん……お兄ちゃんが言うとあんまり説得力ないかなぁ。通りすがりのワンちゃんを身を挺して助けて、三週間も入院しちゃったお兄ちゃんがさ」
小町のひと言に、八幡もまた顔をしかめた。
「それを言うなよ……。もうあんなこと、二度としねぇから」
傍から聞けば美談かもしれないが、八幡自身にとってはいい思い出とは言えなかった。車に轢かれて骨折した時は、それはもう苦しかったし、事故に遭った日はちょうど高校の入学式の日だったので、八幡は高校の友人作りに一番大事な時期を逃してしまったからである。
× × ×
八幡は通っている総武高校において、ある特殊な部活に在籍している。というより在籍させられている。その名は「奉仕部」。
八幡は二年に進級してからの『高校生活を振り返って』という題の作文の課題で、青春を謳歌している者たちへの(逆)恨みつらみを書き綴るという暴挙を行い、その人間性を案じた生活指導の平塚静にこの奉仕部に入部するよう強制されたのであった。部活動の内容は、その名の通りに持ち込まれた相談や問題を解決するように奉仕活動をするというもの。
しかし奉仕部への依頼というのはそうそうあるものではなく、ほとんどの時間は宛がわれた部室で暇を持て余している。今日もまた、奉仕部の部員仲間と一緒に部室にいるだけの時間を過ごしている。と言っても、同じ空間にいるというだけで、これと言って特別なことがある訳ではないのだが。
奉仕部の八幡以外の部員は、たった二人のみ。一人は雪ノ下雪乃という女生徒。眉目秀麗にして才色兼備、成績は常に学年一位という優等生だが、歯に衣着せぬ言動が災いして他人から敬遠されている、八幡とは違うタイプの“ぼっち”である。そしてもう一人は由比ヶ浜結衣。雪乃とは対照的に、成績は今一つだが社交性に富んでいる、本来なら奉仕部に在籍する必要のない人間である。八幡と雪乃は生活指導を担当している静の命令による入部だが、結衣だけは本人の志願なのであった。
八幡と雪乃は自らしゃべり出すことはほとんどなく、部室にいる時は大抵の場合文庫本などを読んで時間を潰している。会話を切り出すのはもっぱら、結衣の役目だ。
「ねぇねぇゆきのん、ヒッキー、知ってる? 見えない怪物のこと!」
結衣がそう二人に尋ねかけると、雪乃は文庫本から顔を上げて聞き返した。
「見えない怪物と言うと……最近関東域で連続して発生してる、原因不明の建築物倒壊のこと? 確か、学者か誰かがそんな仮説を立てたとか」
「そうそうそれ! ゆきのんのクラスでも話題に上がってた? こっちでもその話で持ち切りだったんだよ」
「ああ、戸部の奴がそんなようなこと頻りに騒いでたな」
適当に相槌を打つ八幡。結衣は若干興奮した様子で話を続ける。
「ゆきのんとヒッキーは、見えない怪物なんてホントにいると思う? あたしは、いてほしいなーって思ってるんだけど」
「そりゃまた何でだ」
「もちろん、その方が面白いからに決まってるじゃん! 見えない大怪物なんて、アニメか映画みたいな話が現実にあったら、それだけでサイコーだよぉ!」
お気楽に口走る結衣に、八幡は呆れ顔になっていた。一方で雪乃は、結衣の語ることをばっさり切り捨てる。
「ナンセンスね。怪物なんて、フィクションの中だけの存在に決まってるわ。あり得ないわよ」
「えー何でー? お偉い学者さんがそう言ったんだよ?」
「権威があるからその発言は正しいなんて、思考停止の典型よ。そもそも由比ヶ浜さん、少なくない負傷者が出てるというのに面白がるだなんて不謹慎よ」
「そっかぁ~……ごめんねゆきのん。気をつけるよ」
たしなめられて、てへっと舌を出す結衣。とてもじゃないが本心で謝っているようには見えねぇ、と八幡は思った。
しかし、由比ヶ浜が面白がってるのは、結局彼女自身も本気で怪物の存在なんて信じちゃいないからだろうな、とも八幡は考える。何故なら、由比ヶ浜の態度には恐れの色が見られないからだ。だから平然と茶化してみせる。
見えない怪物なんて、この部室には信じている人間なんて一人もいやしない。由比ヶ浜もそうだし、雪ノ下ももちろんそうだ。そして自分だって――八幡は微塵も信用してはいなかった。
今、この時には。
× × ×
下校時刻になった。奉仕部はあくまで学校の部活という体裁なので、何もしていなくともその時点で一日の活動は終了となり、八幡たちは帰宅していく。
八幡は学校から自宅までの道を、自転車で走っている。当然のように、彼には一緒に学校から帰る相手はいない。雪乃たちは別方向だし、たとえ同じだったとしても八幡と一緒に帰るなんてことはしないに違いない。特に雪乃。
(しっかし、原因の分からない建物の倒壊かぁ……。ホント、世の中おかしなことになったもんだ)
自転車を漕ぎながら、朝にも昼にも話題に上がった内容を思い返していた――その時。
八幡の行く先のにある住宅の屋根が――いきなり弾け飛んだのだ。
「えッ……!?」
流石の八幡も目を見張って、反射的にブレーキを掛けて停止した。
そんな彼の視界の中で――次は隣家の外壁が砕け散った。電信柱がへし折れて電線が千切れ、道路のガードレールがひしゃげてアスファルトが妙な形に陥没した。周囲の至るところから、混乱と恐怖による悲鳴、怒号が沸き上がっていく。
間違いない――ちょうど今考えていた事態が、目の前で発生しているのだ。
(♪大怪獣出現(B-1))
「ひッ……!」
八幡も周囲の人間と同じように恐怖に駆られ、自転車をその場に乗り捨てて逃走し出した。その彼の背後から、立ち並ぶ家屋が次々に砕けていく轟音が連続して発生する。
しかしその轟音に混じって、何か別の音が起こる。
「キイイイイイイイイ! ゲエエゴオオオオオオウ!」
八幡は一瞬冷静になり、今のが何かの獣の鳴き声のようであったと感じた。それも、二種類のものが混ざり合っているかのような……。
しかし思案している間に、足跡のような陥没が自分に向かって近づいてきた。
(のんきに考えてる場合じゃねぇッ!)
我に返った八幡は懸命に走って逃げる。この奇怪な現象の原因は、直に見てもさっぱり分からないが、立ち止まっていたら命が危ないということだけは確かであった。
そうして必死に自らの命を守り続けていた八幡だったが――途中でその足が、急停止した。
「ッ!?」
どこへ行けばいいかも分からずに逃げ惑う群衆の中に――雪乃と結衣の姿を発見したからだ。
自分がいつの間にか彼女たちの帰宅していった方向に来てしまったのか、二人が混乱する人の波に流されて自分の方に来たのか。多分両方だろう。
そんなことはどうでもいい。重要なのは、たった今結衣が走る男にぶつかられて転倒し、雪乃がそんな結衣に急いで手を貸している――その現場に、建物の瓦礫が飛んできていることだ。
「――!」
八幡は、考える前にもう走り出していた。
「おおおおおおおおおおッ!!」
「比企谷くん!?」
「ヒッキー!?」
走ってくる自分に気がついた雪乃たちが驚く。その二人を、八幡は勢いのままに突き飛ばした。それにより、二人は瓦礫の落下地点から外れた。
その代わりに、八幡が――。
ドズゥンッ!
「――っ」
雪乃と結衣は、途端に色を失った。
八幡が、自分たちの身代わりに、瓦礫の下敷きになったからだ。
倒れた八幡から、赤い水たまりが広がっていく。
「――いっ、いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫を上げたのは結衣だ。目の前で起こったことが受け入れられないというように首を振り回し、八幡へと駆け寄って大声で呼びかける。
「ひ、ヒッキー! しっかりして! ヒッキー! ヒッキー!!」
雪乃は、脂汗まみれになりながら、呆然とその場に立ち尽くして、彼女以上に動かない八幡を見下ろすばかりであった。
そして件の元凶である住宅の連続破砕なのだが――それまでは場所を移動しながら断続的に起こっていたのに、急に一箇所に集中するようになり、気がつけばそのまま収まっていた。
だが、雪乃と結衣にとっては、それは最早重要なことではなくなっていた。
× × ×
救急隊員によって瓦礫の下敷き状態から助け出された八幡であったが――搬送先の病院で、その口元に酸素マスクが被せられていた。
意識は一向に戻る気配がない。それどころか、医者は付き添ってきた雪乃と結衣に宣告した。
「残念ですが……助かる見込みは、もう……」
「家族には連絡した? 早くしないと!」
口ごもる医者の後ろでは、看護師たちが余裕のない様子で八幡の家の電話番号を調べていた。
「そ、そんな……」
「……」
結衣は口を覆って目尻からポロポロ涙の大粒をこぼし、雪乃は依然として何も言葉を発せずに立ち尽くすばかりだった。
「嫌だよぉ、こんなの……。ヒッキーにはあのことのお礼も、ちゃんと言えてなかったのに……こんなお別れだなんて……」
溢れる涙を指で拭いながらも、嗚咽を上げ続ける結衣。
――そんな中で、誰の目からも見えていないのだが……ある『者』が意識の戻らない八幡を見下ろしていた。
『――少年よ……』
それは、赤と黒の人型の何かであった。『彼』は、当の八幡には聞こえていないことも構わずに話を続ける。
『すまなかった……。僕は、間に合わなかった。そのせいで、君はこんなことになってしまった……』
八幡に語りかける人型は、人間の目には映らない姿で、住宅を破壊していた『もの』と戦い、追い払ったのだ。だから破壊は途中で止まったのである。
そして見えない何かと戦った人型は、八幡に告げる。
『このままだと、君は確実に死ぬ。だけど、君は勇敢な人間だ。自らの命も省みず、女の子二人を救った。そんな君を、僕が死なせない!』
人型は八幡の足元に立つ。
『君に、僕の命をあげよう! 僕も、今のこの傷ついた状態では満足に戦えない。僕の命を与えるから、どうか僕に君の力を貸してほしい……』
そして残像を残しながら倒れ込むように、八幡の身体と重なった――。
その瞬間、八幡は飛び起きた。
「――ここは?」
マスクを取り外しての第一声がそれだった。そんな八幡に振り返り、医者たちはこっちが死にそうなくらいに驚愕した。
しかし結衣は、信じられないものを見たような目でありながらヨロヨロと八幡に近寄っていく。
「ひ、ヒッキー……ヒッキーなの……?」
「え、いや……それ以外の誰だと?」
キョトンとしている八幡に、結衣は感情のほとばしるままにガバッと抱きついた。
「ヒッキぃぃぃ―――――っ!! うわぁぁぁぁんよかったあああぁぁぁぁぁぁぁ! ヒッキー生き返ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おわああぁぁぁッ!? お、おい何だよ由比ヶ浜! 何がどうなってんだ!? 教えてくれよおいッ!」
八幡は自分の置かれている状況が理解できずに、結衣に抱きつかれたまま混乱し切っていた。雪乃はそんな二人を見つめながら、あんぐりと口が開きっぱなしになっていた。
「し、信じられない……。奇跡だわ……」
普段は語彙豊かに八幡をなじったりけなしたりする雪乃も、今はそれだけ言うのが精一杯であった。
八幡は瓦礫に押し潰されたのが嘘だったかのように、身体は何ともないほどに回復していた。医者たちも全く信じられない様子であったが、それが現実であった。
ともかく立って歩けるということなので、八幡たちはそのまま病院を後にして帰宅することにした。
× × ×
「うわぁ……すっかりあちこちボロボロだね……」
病院からの帰路、町の様子を見渡した結衣が呆然とつぶやいた。町は至るところの家屋が全壊、もしくは半壊しており、ほんの数時間前までは何の変哲もない普通の穏やかな市街だったのが半ば信じられないくらいの惨状であった。
一瞬顔を曇らせた結衣だったが、八幡に振り返ると思わずはにかんだ。
「でも、ヒッキーが何ともなくてよかった。けれどそれが逆に信じられないかな。あんなに血を流してたのに、もう何ともないなんて」
結衣のぼやきに相槌を打ったのは雪乃だ。
「本当ね。比企谷くんって、目は死んだ魚のようなのに反して生命力はあり余ってるのね。長生きしたところで友人もいないんだから虚しいだけでしょうに」
「おい……それが仮にも死にかけた人間に向ける言葉かよ」
ジトーと八幡がにらみ返したのだが、雪乃は肩をすくめるだけだった。
しかし、雪乃が平然と毒を吐くのは、彼女もまた安堵していることの表れでもあった。
「それじゃヒッキー、今日は念のために家でゆっくり休んでるんだよ。何かあったら大変だからね」
「家に引きこもってるのは得意でしょう? どうせいつものことでしょうし」
「雪ノ下、お前はいちいちひと言余計なんだっての」
最後にそう言葉を交わして、八幡は二人と別れた。……しかしその後、ふと立ち止まる。
「……何か、さっきから変な違和感があるな」
懐の辺りに妙な感触があるので、服の下をまさぐってみる。――すると、指が変なものに当たった。
「あ……? 何だこれ」
懐から出てきたのは、赤黒い握力計みたいな、おかしな道具であった。更に腰のベルトには、二つの穴が並んだケースのようなものと、変な絵が描かれているカプセルが収まったケースが左右に取りつけられている。
「何かの玩具か……? 何でこんなもんが……」
当然、こんなものに覚えなどあるはずがない。そんなのを、どうして自分は持っているのか。
薄気味悪くなって、一瞬どこかに捨ててしまおうかとも考えたが、近くにゴミ捨て場はなかった。それにもしかしたら誰かの所有物かもしれないし、勝手に捨てるのはまずいかもしれないと判断して、とりあえず手元に置いておくことにした。
八幡は、根は結構なお人好しなのであった。
× × ×
その日の夜――比企谷家を、暗がりからじっと見上げている一人の女性がいた。肩には竹刀袋を掛けている。
「……どうやらここみたいね」
独白する女性の傍らには、金属製の小さな球体が、糸に吊られている訳でもないのに浮遊していた。
そして女性の足元の影から、別人の声が発せられた。
『ホントにここにリクがいるの?』
それに答えたのは女性ではない。金属の球体であった。
[この家の中から、リクの生体反応がします。リクは95%の確率で、この家の住人と同化しているものと思われます]
「同化ねぇ……。また面倒なことになってるのかしら」
女性は腕を組んで嘆息する。彼女の影もまたため息を吐いた。
『あれだけ激しい戦いだったからね……。リクもひどく傷ついてるのかもしれない。心配だなぁ……』
「でも、今日はもう遅いわ。接触は明日にしましょう。星雲荘に戻るわよ」
[了解しました]
女性の言葉に球体が返事をすると――何もない地面から、いきなりエレベーターらしきものが生えてきた。しかし女性はそれが当然であるかのようにエレベーターの中に入り、エレベーターは女性を収めたまま消えていったのであった。