やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。   作:焼き鮭

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その男を呼び表すならば、怪獣殿下だろうか。(A)

 

 ここは町外れの天文台の地下にある秘密基地、星雲荘。

 

「あ、あの、ライハさん……俺は何で正座させられてるんでしょうか?」

 

 たった今、八幡はライハの前で床に正座を強制されていた。それを見下ろす険しい表情のライハに、八幡はびくびくしている。

 怖気づいている八幡に、ライハは言い放った。

 

「ペガから聞いた。結衣がもう一週間も顔を見せなくなったのは、八幡が原因だって」

「そ、そのことですか……」

 

 職場見学の日より一週間。この間、結衣は奉仕部にも星雲荘にも来なくなってしまっていた。しかし学校を休んでいるという訳ではなく、同じクラスの八幡は毎日顔を見ている。だが、向こうは八幡に話しかけようともしなくなった。

 八幡を避けているのは明白であった。

 

「八幡、結衣を突き放すようなこと言ったって? だから結衣は、八幡と顔を合わせづらくてここに来ないのよ。結衣に謝って、発言を撤回しなさい」

 

 ジードにも言われたことをもう一度言いつけられ、八幡は反論した。

 

「確かにあの時は、ちょっと言い方がきつかったかもしれません。でも、撤回する気はありませんよ。俺は、入学初日にあいつの飼い犬をかばって入院した。由比ヶ浜はそれを気に病んで俺に優しくしてた。俺はそれに、もう気にしなくていいと言った。それだけのことなんですから」

 

 八幡は、入学式のその日に車道に飛び出た犬をかばって車に轢かれ、しばらく入院する羽目に陥った。その犬の飼い主が結衣だということを、八幡は小町から聞いたのである。それで結衣にそのようなことを告げたのだ。

 そう説明すると、ペガもライハもはぁー……と大きなため息を吐いた。

 

「全く八幡は……察しがいいようでいて、人の気持ちが分からないんだね」

「な、何だよその言い方……」

「いい? 女の子が負い目なんてもので、いつまでも男の子に優しくするなんてことはないの」

『えッ、そうなの?』

 

 八幡ではなくジードが聞き返した。

 

「リクは黙ってなさい」

『は、はい……』

 

 ライハに凄まれて、タジタジになりながら引っ込んだ。

 

「初めの内ならともかく、結衣が奉仕部に入ってからもう二か月くらいは経つんでしょ? それなら結衣はあなたに、感謝の念だけじゃなく、仲良くしたい、友達になりたいという気持ちがあるはず。それを汲んであげないなんて……」

 

 そう諭すライハであったが、八幡は受け入れなかった。

 

「そんなの分からないじゃないですか。由比ヶ浜は誰にでも優しいし、進んで損を引き受けちまうようなタイプですからね。俺みたいな奴に構うなんて普通は嫌がることも、ズルズル続けちまうのかも」

 

 と言うと、ライハとペガはすっかり呆れ返って顔を見合わせた。

 

「こりゃ駄目ね……。鈍感というか、何というか……」

「リクも鈍い方だけど……八幡は自己評価が低すぎるよ」

 

 そんな二人を見つめて、八幡はやや憮然となる。

 

「何か、失礼なことを言われてるような気がする……」

 

 この様子をそれまで黙って見ていた雪乃が立ち上がった。

 

「由比ヶ浜さんがどう思っているかはともかく、一つだけ確かなのは、今の状態が続くのは良くないということよ。平塚先生からも、これ以上奉仕部に来ないのなら由比ヶ浜さんを除名すると言っていたじゃない」

「まぁ、そうだな……」

 

 うなずく八幡。平塚静は奉仕部を生徒の自己変革の場としており、そこに幽霊部員がいる必要はないとしているのだ。

 

「それに、あまり打算的なことを言うのは好かないけれど……由比ヶ浜さんがいないと、ウルトラマンジードの力は半減したようなものだわ」

「そうだね……。少なくとも、アクロスマッシャーが使えないんだものね」

 

 ペガが相槌を打った。アクロスマッシャーの能力は独特であり有用なので、このまま変身できないとなると後々困る場面が多々出ることだろう。

 

「新しく協力者を見つけるのも難しいでしょうし、やはり由比ヶ浜さんがここに戻ってくるのが一番理想的な形よ」

「戸塚は駄目なのか?」

「今はあなたに意見を求めていないの」

 

 八幡のひと言を雪乃はピシャリとはねのけた。

 

「俺が一番の当事者なのに、発言権がないってどういうことなんだ……」

「そうなると、八幡に結衣と仲直りさせるべきね」

 

 肩を落とす八幡を置いて、ライハが話を進める。

 

「でも普通に二人を対面させるだけじゃ、結衣も話しづらいと思うよ。肝心の八幡はコレだし」

「挙句にはコレ呼ばわりだよ……」

 

 ペガたちが喧々諤々と話し合っていると、雪乃がよく通る声で発言した。

 

「私に、少し考えがあるわ」

 

 

 

『その男を呼び表すならば、怪獣殿下だろうか。』

 

 

 

 六月十七日、日曜日。八幡と雪乃は、東京BAYららぽーとにまで来ていた。

 

「雪乃さん、こんにちは!」

 

 雪乃に元気良く挨拶をしたのは、八幡とともにここへ来た小町である。雪乃は一番に彼女に対して謝りを入れた。

 

「ごめんなさいね。休日なのにつき合わせてしまって」

「いえいえ。小町も結衣さんの誕生日プレゼント買いたいですし、雪乃さんとお出かけ楽しみですし」

 

 雪乃が考えた案。それは、結衣の誕生日が六月十八日と近くに来ているので――もっとも、彼女のアドレスに0618と入っていたことからの推測なのだが――誕生日プレゼントを贈るとともに関係を修復しようというものであった。そのために当然プレゼントの品を用意する運びになったのだが、八幡たちでは結衣の好みに当たりそうなものを探すのは難しそうなので、小町に協力してもらうことになったのだ。そして今、一緒に買い物に来ているという訳である。

 今回の買い物には、ライハは同行していない。軽挙そうでいて意外と敏い小町に対して八幡たちとどんな関係かごまかすのが困難そうだという判断からである。彼女は別にプレゼントを探している。

 そんな訳で、八幡たちは早速プレゼント探しを開始した。

 

「ここのショッピングモールはかなり広いから、効率重視で行こう。俺はこっち回るから」

「ストップです♪」

 

 しかし小町には別の思惑もあるようで、八幡の個別行動の提案を人差し指とともに折った。

 

「指超痛ぇ……!」

「せっかくなのでみんなで回りませんか? その方がアドバイスし合えるし、お得です」

「けれど、それだと回り切れないんじゃないかしら……」

「大丈夫です! 小町の見立てだと結衣さんの趣味的にここを押さえておけば問題ないと思います」

 

 こうして積極的に舵取りをして八幡と雪乃を、十代の女子向けのショップが立ち並ぶコーナーに誘導していった小町だったが……。

 

「小町、この辺りでいいんだったな? ……あ、あれ?」

 

 到着した頃には、いつの間にか小町の姿がなくなっていた。

 

「あいつどこ行ったんだ? ひと言も声掛けないで……」

 

 八幡が小町のケータイに電話をすると、小町は次の通りに答えた。

 

『小町買いたいもの色々あるからすっかり忘れてたよ』

「みんなで回ろうと言ったのはお前だろ……。妹の頭がここまで残念になっていたとは、お兄ちゃんちょっとショックだよ」

 

 と八幡が言うと、電話越しに小町の思い切り馬鹿にしたようなため息が聞こえた。

 

『お兄ちゃんに分かれっていう方が無理か。まぁ、いいや。小町あと五時間くらい掛かりそうだし、何なら一人で帰るから、後は二人で頑張って!』

「ちょ、おい!」

 

 一方的に告げて電話を切る小町。八幡が掛け直しても、あえて無視しているのかもう出なかった。

 

「物買うのに頑張れも何もねぇだろ……。何を考えてんだあいつ」

 

 と八幡がぼやいたら、足元の影からペガもため息を吐いた。

 

『そこが分かんないから、結衣がああなるんだなぁ……』

「おい、今のどういう意味だ?」

『自分でよく考えたら?』

 

 結衣が来なくなってから、八幡に冷たいペガであった。

 

「何なんだよみんな……ジードは何か分かんねぇか?」

『さぁ……』

 

 ジードも大体八幡と同じ体たらくであった。

 

「まぁ、わざわざ休日につき合ってもらっていた訳だし、文句を言える義理ではないわね。由比ヶ浜さんが好みそうなジャンルは分かったのだし、後は私たちで何とかしましょう」

「はぁ……。こうなるんだったら、ライハさんも一緒でよかったかもな」

 

 こんな流れで小町が早々に抜け、八幡と雪乃は近くの店を回りながらプレゼント探しを再開した。

 

 

 × × ×

 

 

 八幡も雪乃も感性が大分結衣からは遠いので、適切なプレゼントを選ぶだけでも悪戦苦闘していたが、それでも時には相談し、時にはペガから助言をもらい、ジードは役立たずなので放っておかれながら、プレゼントを選考していった。

 しかしその道中で――雪乃が誰かから声を掛けられた。

 

「あれー? 雪乃ちゃん? あ、やっぱり雪乃ちゃんだ!」

 

 八幡が振り返り、そして目を見開いた。

 雪乃の名前を呼んだのは、それこそ目が覚めるほどの美人。容姿の端整さもさることながら、人懐っこい笑みと雰囲気が華やかさを添えていて、その魅力を数段引き上げていた。フォーマルなスーツも、彼女が身に着けていると高級ドレスに見えてくる。

 八幡はその美貌にも一瞬面食らったが、彼女と雪乃を見比べて更に驚いた。顔立ちがよく似ているのだ。

 

「姉さん……」

「は? 姉さん? は?」

 

 雪乃はこの美女を、姉と呼んだ。女性が八幡に対して名乗る。

 

「雪乃ちゃんの姉、陽乃です。あなたお名前は?」

「はぁ。比企谷です」

「比企谷……。へぇ……」

 

 八幡をまるで品定めするように観察する陽乃に対して、八幡はささやかな違和感を抱いていた。

 

(……この人、前にどっかで会ったことなかったっけ? いやまさかなぁ……)

 

 どこかで陽乃を見たような気がしたのだが……こんな美人を見かけて忘れるはずがない。既視感という奴だろう、と八幡は自己解決した。

 

「比企谷くんね。うん、よろしくね♪」

 

 やがて何かを得心したように陽乃は八幡をながめ回すのをやめ、にっこりと微笑んだ。

 彼女は八幡を、雪乃の彼氏と勘違いしたらしい。雪乃を人差し指でツンツンしてからかい出す。

 

「二人はいつからつき合ってるんですかー? ほれほれ言っちゃえよー!」

「ただの同級生よ」

「またまたぁ照れちゃって~。君はどうなのかなー? ホントのとこ言ってごらん?」

「ちょ、やめて下さい……! 彼氏じゃないすから……!」

 

 陽乃の人差し指攻撃が八幡にも向けられ、その様子に雪乃が苛立ったように髪をかき上げた。

 

「姉さん、いい加減にしてちょうだい。そもそもその格好は何? 就職活動にはまだ早いんじゃないかしら」

 

 スーツ姿に触れると、陽乃は自分の格好を見下ろしながら答えた。

 

「ああこれ? いやぁ実はね、お姉ちゃんちょっとしたお仕事始めたんだ」

「え? お仕事……?」

 

 話についていけていない八幡を置いて、雪乃は呆気にとられる。

 

「大学はどうしたの? まさか中退なんて、母さんが許すはずないわ」

「大丈夫大丈夫。こんなカッコだけどバイトみたいなものだから、大学とは両立してるから」

「だからって……そもそも何の仕事を……」

 

 と聞きかける雪乃だが、途端に陽乃はポンと手の平を合わせてさえぎるように言った。

 

「そーだ! わたし人を待たせてるんだった。早く行かないと怒られちゃう! それじゃ雪乃ちゃん、またね!」

「あっ、ちょっと……!」

 

 一方的に話を打ち切って雪乃から離れる陽乃。その途中で八幡に振り返って手を振る。

 

「比企谷くん。雪乃ちゃんの彼氏になったらお茶行こうね!」

 

 そうとだけ告げて、陽乃は呆気にとられる雪乃たちを置いて、たったかと走り去っていった。

 

 

 雪乃と八幡と別れた陽乃は、ショッピングモールの別のフロアに向かった。その人気の少ない場所で、彼女と同じ黒いスーツ姿ながら、対照的に仏頂面の男性が陽乃を待っていた。

 

「すみませーん先輩、少し遅れちゃいました」

『別に構わん。時間自体は守っているからな』

 

 男性はどういう訳か、口を全く動かさずに声を発して陽乃に応じた。

 

『しかしいつも正確に、五分前には行動するお前には珍しいことだ。何かあったか?』

「いや大したことじゃないんですよ。途中で妹がデート中なのを見つけて、ちょっと話し込んでただけです」

『そうか。何事もないのならそれでいい』

 

 男性は陽乃の家庭事情には興味を示さず、淡々と自分たちの仕事の話を始める。

 

『問題の奴が、この近隣で目撃されたという情報を入手した。我々はそいつの素性も目的も、まだ何も掴めていない。私たちで捜索して、本人から情報を吐かせる。何か人命に危害を及ぼす行為の兆候が見られたら武力行使を用いても阻止するのだ。いいな』

「……了解です」

 

 指示をされた陽乃は、その瞬間に、それまでの朗らかで華やぐ雰囲気が消え去り、芯まで冷え切ったような表情のない顔で応答した。

 

 

 × × ×

 

 

 八幡たちが陽乃と鉢合わせていた頃、偶然にも結衣が同じショッピングモールを訪れていた。愛犬サブレをトリミングに連れてきていたのだ。

 彼女はすぐ横の店のショーウィンドウに映る自分の顔をぼんやり見つめながら独りごつ。

 

「このままじゃ駄目だよね……。やっぱりちゃんと話し、しなきゃね……」

 

 自分に言い聞かせながら歩き出そうとした時、後ろから誰かに呼びかけられる。

 

「おや、そこの君……。少しいいかな?」

「はい?」

 

 結衣が振り向くと、背後にどこかで見たような顔の男性が立っていた。誰だったかな、と結衣が思い出す前に、相手が答えを口にした。

 

「ああ、やっぱり。君はこの前、怪物に襲われてた子だ。元気だったかい?」

「あっ! あの時の!」

 

 思い出して驚く結衣。その男性は、ツルク星人襲撃の際に助けに入った人物であった。

 

「あの時はどうもありがとうございました! 何かお礼を、と思ってたんですけど、急にいなくなるから……」

「ははは、いいよお礼なんて。たまたま通りがかっただけだから」

 

 ペコペコと頭を下げる結衣に、男は爽やかな笑みで遠慮した。それからふむ、と結衣の顔を見つめてつぶやく。

 

「ところで何だか元気がないみたいだけど……あの時一緒にいた男の子と何かあったのかい?」

「えぇっ!? な、何で分かったんですか!?」

 

 一発で言い当てられ、仰天する結衣。男は苦笑しながら答える。

 

「実はこう見えても占いをやっててね。君みたいな年頃の女の子からよく相談を受ける。だから何となく分かるんだ」

「そうなんですか……。占い師ってすごいんだぁ……」

「そうだ。これも何かの縁だし、君のことを占ってあげようか。何か助言の一つでもあげられるかもしれない。ちょっと行ったところにお店があるんだ」

「えぇ? そんな、いいですよ。お金もそんなないし、きっとご迷惑です」

「まぁまぁいいから。遠慮することはないよ」

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」

 

 男の厚意に預かる結衣であったが……ふとサブレの様子がおかしいことに気づく。

 

「ウゥ~……! ワンワンワンッ!」

 

 男に対して歯を剥き出しにして威嚇し、激しく吠え始めたのだ。

 

「ど、どうしたのサブレ!? ご、ごめんなさい、いつもは人に吠える子じゃないのに……!」

「いやいいよ。動物のすることなんで気まぐれなものだ」

 

 結衣は慌ててサブレを落ち着かせようとする。

 

「やめなさいサブレ! 初対面の人に失礼でしょ。ほら行こう?」

「ウゥゥ~……キャンキャンキャンッ!」

 

 サブレを連れていこうとする結衣だったが、サブレは抵抗。リードを引っ張った際に首輪が壊れ、リードから外れて逃げ出し、ショッピングモールの雑踏に紛れてしまった。

 

「サブレ!? どこ行くの!? 待ってぇ!」

 

 すぐに追いかけようとする結衣だったが、男に手を掴まれて止められた。

 

「女の子一人で追いかけるのは大変だろう。特徴は覚えたし、ウチの者を使いに出して探させるよ」

「で、でも……」

「いいからいいから。さぁ早く行こう。こっちだよ」

 

 男は多少強引に結衣を連れていく。結衣は後ろ髪を引かれながらも、引っ張られるように男についていった。

 結衣を誘導する男は、だんだんと人目のないところに足を向けていく。

 

「な、何だか寂しいところにあるんですね……」

「まぁね。それより、君はあの男の子と随分親しいみたいだね。あんなに寄り添い合って」

「えぇぇ!? よ、寄り添ってはなかったですよ!」

 

 男のひと言に思わず赤面して首を振る結衣。しかし男は重ねて告げる。

 

「いいや、ちゃんと見てたよ――融合獣の中からしっかりとな」

「えっ――」

 

 気がつけば結衣は人の気配が全くないところにまで連れ込まれ、物陰からバド星人とゴドラ星人が飛び出てきた!

 

「!? きゃ――!」

 

 悲鳴を上げかけた結衣だが、男に額に指を当てられると、ショックを与えられて急激に意識が遠のいた。

 どさり、と崩れ落ちた結衣を、バド星人オガレスとゴドラ星人ルドレイがニヤニヤと見下ろす。

 

「全くちょろいもんだ。それじゃあこいつを廃工場まで運べ。こいつを餌に、ジードどもを誘き出すぞ」

 

 男――レイデュエスも嘲笑を浮かべながら、結衣のバッグからケータイを抜き取った。

 

 

 × × ×

 

 

 陽乃が去っていった後、八幡と雪乃は彼女のことについて少しばかり話をしていた。

 

「それにさ、お前と顔が似てるのに、笑った顔が全然違うだろ」

「……馬鹿な理由ね」

 

 しかしそこに、二人の方向へとミニチュアダックスフントが猛然と駆けてくる。

 

「い、犬……」

 

 途端に犬が苦手な雪乃は身をすくませるが、ダックスフントは八幡の方に飛びついて、八幡は咄嗟に抱き止めた。

 

「おい、飼い主どうした。放し飼いかよ」

「ク~ンク~ン」

 

 ダックスフントは急に八幡の頬をベロベロと舐め回し、驚いた八幡は思わず手放す。

 

「うわッ!?」

 

 フロアの床に落ちたダックスフントはそのまま寝転がって、無防備に腹を見せる。

 

「懐きすぎじゃねぇの? ……ん? この犬……」

 

 八幡はやたらと懐くダックスフントに見覚えがあることに気がついた。首に嵌めている壊れた首輪は、間近で見た記憶がある。

 

「まさか由比ヶ浜の犬か? じゃ、あいつここに来てるのか……?」

 

 そうなら本人はどこに? と周囲を見回した時、ケータイがメールの受信を報せた。画面を見ると、その結衣からであった。

 

「ちょうどいいタイミングで。……いや、あいつ俺たちが来てるの知ってんのか?」

 

 訝しみながらもメールを開き――その瞬間に八幡は凍りついた。

 

「どうしたの? 由比ヶ浜さんから何て……」

 

 様子を気にした雪乃が覗き込んで、彼女も急激に息を呑んだ。

 メールには可愛げの欠片もない文章が綴られていたのだ。

 

『今すぐに指定する場所に来い。来なかったらお前の女の命はない』

 

 明らかに結衣が打ったものではない……誰かが結衣をかどわかしたのだ!

 

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