やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。 作:焼き鮭
「……」
八幡は自宅のソファに寝転がって、卓上カレンダーの日数を数えていた。
「いちにぃ~ち、ふつかぁ~……」
表に出ている八月のページには、日にちのマス毎にバツ印が記されている。バツが入っていないマスは最後の五個だけ。つまり八月――夏休みもあと五日で終わりということである。
その事実を確認した八幡は、ゴロゴロしながらぼやいた。
「二か月足りなぁ~い……」
「八幡、あんまり情けないこと言わないでよ」
ペガがにゅっとダークゾーンから顔を出して突っ込んだ。
「もう、ほんとに君って奴は自堕落だなぁ。いつも働きたくないって言ってる上に、今度は学校行きたくないだなんて」
「そんなの普通普通、日本中のほとんど全員の学生が本心で思ってることだろ。早く学校始まらないかなーなんてこと抜かす奴は、自分をごまかしてるか親か教師に洗脳されてるかのどっちかだ」
『そんなことないでしょ。学校に行けば毎日友達に会えるじゃないか!』
ジードの爽やかな発言に、八幡は逆に顔をしかめた。
「ダチなら休みの時にだって会えるし、そもそも俺ぼっちだし」
『雪乃や結衣たちがいるじゃん』
「いやぁあいつら別に友達って間柄じゃねーよ。特に雪ノ下」
「材木座君は?」
「材木座って誰だっけ」
『戸塚君は?』
「ああ早く学校始まらねぇかな最後に戸塚の顔を見たのはいつだったか今すぐ会いたいぜ戸塚ぁ!」
華麗なほどの手の平返しっぷりに、ジードもペガも大きなため息を吐いた。
「……それはともかく、ペガは雪乃と会いたいな。千葉村から帰ってきてから、一度も顔を見てないよ」
『そうだね……。実家に帰省してるみたいだけど、今頃何やってるんだろう……』
ジードたちが雪乃に思いを馳せ、八幡もまた最後に見た、去り際の雪乃の顔を思い返した。
「……」
八幡たちは千葉村からの帰り、陽乃に連れ戻されてからずっと、雪乃と会っていなかった。怪獣が出ても、星雲荘にも顔を出すことがない。ジード部は強制ではないので、そのことで非難するつもりなどはないのだが……。
「ちょっと心配しちゃうな……。雪乃、元気にしてるかなぁ……」
雪乃を案じて目を伏したペガに、ばっと飛びつく小さな影。
「ひゃんひゃん!」
「わッ! あはは、くすぐったいよサブレ」
ぺろぺろとペガの顔をなめ回すのは、結衣の飼い犬サブレだ。彼女が家族旅行に行っている間、この比企谷家で預かっているのである。
ペガに遊んで遊んでとじゃれついていたサブレだが、小町の足音が近づいてきたので慌てて影の中に頭を引っ込ませた。
「お兄ちゃ~ん、何か騒がしいけどどうかしたの?」
リビングに顔を覗かせた小町に、八幡は身を起こしてごまかしに掛かった。
「何でもねぇ。サブレがじゃれついてただけだよ。こいつ飼い主に似てかやたらとはしゃぐからな」
「そぉ? お兄ちゃん、最近何か独り言が多いような気がするんだよね~。その辺自分で注意しないとダメだよ? 元々変な目で見られてるだろうけどさ、ますます不審者扱いされちゃうよ?」
と小町が言うので、八幡はジトッと影をにらんだ。ダークゾーンが申し訳なさそうにもぞもぞ蠢いた。
とその時に呼び鈴が鳴る。
「あ、やっはろー。いやぁありがと! サブレが迷惑掛けてなかった?」
八幡と小町が迎え入れたのは、旅行からの帰り、サブレを引き取りに来た結衣であった。
その日の夕方、八幡は駅の柱に寄りかかっていた。ケータイをいじって時間を潰していると、ころころと下駄を鳴らしながら浴衣の女の子が駆け寄っていく。
「あ、ヒッキー。ちょっと、ばたばたしちゃって……遅れちゃった……」
結衣である。恥じらうようなはにかみ笑いを向けてくる彼女に、八幡は思わず目を泳がせる。
「いや、それは別にいいんだけどさ……」
八幡はここで結衣と待ち合わせをしていた。これから二人で――まぁ正確にはあと二人が一緒にいる訳だが――千葉市民花火大会へと出掛けるのだ。
結衣がサブレを引き取りに来た際に、先日に平塚が花火大会は自治体主導なので、良家の娘である雪乃が参加しているかもしれないと八幡が口にしたら、結衣が食いついてきて八幡を誘ったのだ。八幡は小町も連れていくつもりであったが、ある思惑を抱える小町のお膳立てにより、二人で出掛けることになったのである。
八幡と結衣は、普段とは打って変わって、お互いを変に意識して目を右に左に泳がせながら沈黙している。これが祭りと浴衣の成す、特別感のある空気か。
「……とりあえず、行くか」
「……うん」
もどかしい沈黙を破って、八幡が結衣を先導。電車に乗って、花火大会会場の最寄り駅へと向かっていった。
× × ×
駅前から花火大会会場までに広がる公園は、祭りだけあって普段は閑散としている広間が現在はいくつもの出店と大勢の客でごった返していた。八幡と結衣はその間をかき進みながら、小町から頼まれた品を買いそろえていく。
「しっかし、この最後のは実にうぜぇな……」
しかめ面で小町からのメールを見返す八幡。メールは焼きそばやわたあめなど買ってきてほしいもののリストとなっているのだが、その最後の項目が「花火を見た思い出 プライスレス」となっているのだ。
「これをドヤ顔で打ったかと思うと……ああ兄として恥ずかしい」
嘆かわしいと頭を振る八幡に、結衣もついつい苦笑いを浮かべた。
「まぁ、とりあえずこれ順に買ってくか……」
「うん」
八幡はふー、と息を吐いて気分を入れ替え、結衣とともに出店を回って買い物を始めるが、結衣は軒並み連ねる店の数々に目移りしてはしゃぎまくる。
「ね、ね、何から食べる? りんご飴? りんご飴かな?」
「それリストにねぇだろ……。てか食べることが目的になってんじゃねーか」
その買い物の合間に、ペガがダークゾーンからこっそりと八幡に囁きかけた。
『結衣、楽しそうだね。八幡ももうちょっと楽しそうにしたら?』
「余計なお世話だよ。つぅか別に買い物なんか楽しかねぇし。俺男だからな」
『えー? 女の子と二人でデートが楽しくないの?』
「デートとか言うな。由比ヶ浜とはそんなんじゃねーって知ってるだろ」
『もう……鈍感なんだから』
ペガは独りごちたつもりだろうが、八幡はしっかりと聞き留めていた。
(全く、ペガも小町も余計な世話ばかり焼きやがって……。俺だって、この状況を何とも思わない訳じゃねぇんだよ)
心の内で独白する八幡。彼とて、小町のお膳立ての意図も、結衣の自分に向ける感情の意味も分かっていない訳ではない。
しかし八幡は、だからと言って安易に行動することはいけないと己を戒めている。これまでのそう長くもない人生で、数え切れないほどの失敗の経験から学んだ教訓だ。軽々しい行動は恥と後悔を招く。結衣だって、サブレを助けられた恩義を好意と間違えているだけだ。ヒーローの比企谷八幡も、あくまで借り物の姿だ。その想いが偽りで、いつか消えてしまうものではないと誰が証明できるのか。
だから、調子に乗ってはいけない。自分を過大評価してはならない。軽はずみな決断は、自分だけでなく結衣にも不快な思いをさせてしまうことだろう――。
「あ、ゆいちゃんだー」
考えに耽っていた時、前方からどこかで見覚えのあるような女子が結衣に小さく手を振って近づいてきた。
「お、さがみーん」
結衣の知り合いのようで、結衣も手を振り返して返事する。そして八幡と女子に互いのことを紹介した。
「同じクラスの比企谷くん。こちら、同じクラスの相模南ちゃん」
八幡と相模という女子の目が合い――相模は一瞬、ふっ、とかすかな笑みを浮かべた。
「あ、そうなんだー! 一緒に来てるんだねー。あたしなんて女だらけの花火大会だよー。いいなー、青春したいなー」
「……。あはは! 何その水泳大会みたいな言い方! こっちだって全然そういうんじゃないよ~」
結衣は一瞬言葉に詰まりながらも相模に合わせて笑うが、八幡は真顔のまま、そっと踵を返した。
「焼きそば、並んでるみたいだから先行くわ」
「あ、うん。すぐ行く」
八幡はそれを口実に結衣から離れた。これ以上、相模に彼女を笑わせたくないから。
結衣が気づいたように、八幡も悟っていた。先ほどの相模の笑みが、嘲笑だということに。彼女は八幡、“由比ヶ浜結衣の連れている男”を値踏みして、結衣のことも内心で侮蔑したのだ。結衣が“価値の低い男”といるとして、優越感に浸っていた。
軽はずみな行動がいけない実例が、早速現れた。結衣が自分と、祭りというイベント時にいては、彼女までクラス内でのカーストを下げられ、他の女子から舐められてしまうかもしれない。――自分が笑われるだけなら耐えられるが、結衣まで巻き込むのは、心が痛むのが抑えられない。
『……ペガ、ああいうの好きじゃないな』
ペガがボソリと、そうつぶやいた。
『八幡が何をしたっていうのさ。それなのに、ひと目見ただけで馬鹿にして……。結衣のことまで蔑んでた。誰が誰といたっていいじゃない。人を見下して、一体何になるってのさ……』
「……ま、人ってのはレッテルを貼りたがるもんだ。自分を守るためにな」
『……』
努めてそっけなくペガに返す八幡。ジードは、意味ありげに沈黙を貫いていた。
× × ×
日が東京湾に沈んで空が完全に夜の闇に染まった頃、八幡は結衣と合流して買い物を済ませていた。そして花火のメイン会場へと移ってきたのだが……。
「いやー、混んでるねぇ」
たははと笑う結衣。会場は辺り一面数え切れない人たちがビニールシートを敷いたりして占領しており、座れるようなところが見当たらない。八幡だけなら立ちっぱなしでもいいが、流石に結衣までそうさせる訳にはいかないだろう。
「こんなに混むって知ってたら小さなビニールシートくらいは準備してきたんだけどな」
「む、むー。何かあたしが悪いみたい……。ごめん、言っとけばよかったね……」
「……ちげーよ。こういうのに慣れてないんだ。そこまで頭が回らなかった。悪い」
八幡が謝ると、結衣がぽかんと口を開いて八幡の顔を見上げた。
「何だよ……」
「……ヒッキーって、気、使えるんだ」
「はぁ? ばっかお前めちゃくちゃ使えるよ。気ぃ使ってるから誰にも迷惑掛けないように静かに隅っこいるんだろうが」
「あはは、そういうことじゃなくてさ……。その、何というか、優しい? というか」
「ほう、よく気づいたな。そうそう俺は優しいんだよ。今まで色々あったが誰一人何一つ俺は復讐せず見逃してやってきてるからな。俺が並の人間だったらジードがそいつら握り潰してるわ。八幡様を大切にしない奴は死ぬべきなんだ! って具合にな」
『流石にそんなことはさせられないなぁ……』
八幡の冗談にジード本人が突っ込んだ。
「まぁ何でもいいよ。それよかあっち空いてるっぽいから行ってみようぜ」
ともかく、二人は座れそうな場所を探して、人の少ない方まで移動していった。
がしかし、そこはトラロープで区切られた有料エリアであった。当然、八幡たちには場違いのところだ。
「もうちょっと探してみるか……」
別の場所に移動していこうとしたその時、有料エリアから八幡を呼ぶ声が起こる。
「あれー? 比企谷くんじゃん」
振り返ると、そこにいたのは――大百合と秋草模様が涼しげな浴衣を纏った、雪ノ下陽乃であった。
そして八幡と結衣は陽乃に招かれ、彼女とともに花火を観覧することとなった。三人がいる場所は打ち上げ場所の正面であり、障害物もない、まさに格別のスペースであった。
「父親の名代でね、ご挨拶ばっかりで退屈してたんだ。比企谷君が来てくれてよかったー」
「はぁ。名代、すごいっすね」
「ふふっ、貴賓席っていうのかな。普通は入れないんだから」
八幡は陽乃と見た目上は気さくに話しながらも、内心ではかなり恐々と彼女に接していた。彼はその完璧な外面の下に、底の知れない何かが渦巻いているのを薄々感じ取っているので、彼女がどんなことを考えているのかと思うと気が気でないのだ。
そんな八幡に陽乃はぼそっとつぶやく。
「それはそうと……浮気は感心しませんなー」
「いや、浮気じゃないし……」
「じゃあ、本気か……。なおさら許せませんなー」
「いたたた! 本気でもないですよ……」
ギュッと耳をつねられ、慌てて逃げる八幡。そうしていると、花火の一発目が夜空に打ち上がる。盛大な炸裂音と黒い空を彩る暖色の光輪が、八幡たちの目を引きつける。
「ほぉ……」
陽乃がリラックスするように椅子に深く座り直すと、それまでタイミングを窺っていた結衣が意を決して陽乃に話しかけた。
「あ、あのっ!」
「えーっと……なにヶ浜ちゃんだったっけ?」
「ゆ、由比ヶ浜ですっ」
「あ、そうだ。ごめんごめん」
軽く謝る陽乃だが、名前を忘れたのがわざとだと八幡は悟って、ますます戦々恐々とした。
「今日ってゆきのんは一緒じゃないんですか?」
「雪乃ちゃんなら家にいるんじゃないかな。こういう外向きのことはわたしのやることだし。言ったでしょ、父の名代。こういう場に出るのは長女であるわたし。昔から母の方針なの」
もっともらしい理由を口にした陽乃だが、結衣は尋ね返す。
「それって、ゆきのんは来ちゃいけないものなんですか?」
そう聞くと、陽乃は少し困ったように微笑んだ。
「んー。まぁ、母の意志だし……。うちって母が強くて怖いんだよー」
「え、それって雪ノ下より?」
「雪乃ちゃんが? 怖い? あんな可愛い子をそんな風に思ってたのー?」
八幡の率直な言葉に陽乃はひとしきり笑ってから、八幡に耳打ちした。
「母はわたしより怖いよ」
「……それ人間ですか」
「母が何でも決めて従わせようとする人だから、こっちが折り合いをつけるしかないんだけど……雪乃ちゃん、そういうのへたっぴだから」
どこか含みのある苦笑を浮かべた陽乃は、今度は自分から結衣に問いかける。
「で、今日はデートだったのかな? だったら邪魔しちゃってごめんね」
「い、いえ。べ、別にそういう訳では……」
「ふぅん……。その照れ方は怪しいなー。けど、もしデートだったんなら……」
結衣の様子を観察した陽乃は、次の花火が破裂するのと同時に、ぼそりとつぶやいた。
「……雪乃ちゃんは、また選ばれないんだね」
「……あの、今のって……」
聞き返す結衣だが、陽乃はそれまで花火に夢中だったとでも言いたげな様子でにっこり笑った。
「ん? なぁに?」
「あ、いえ、その……何でもないです」
結衣が言葉を引っ込めて、会話がそこで途切れた。
その間にも、夜空には断続的に花火が打ち上がっていく。
× × ×
花火が次々に空に打ち上がる中――花火を見るには適さない鬱蒼とした雑木林の中で、ルドレイが花火会場の様子をざっと観察した。
『これ以上は人間は集まりそうにありません、殿下』
「そうか。頃合いだな」
毒々しい紫の浴衣姿に、頭に怪獣のお面を斜めにつけているレイデュエスがうなずいて応じる。
「お面は顔につけるものだろうに、顔に被ったらいけないとは世知辛い世の中だ。……まぁそれはともかく、今回の襲撃を始めるとしよう」
『これだけの数の人間を襲うのも久しぶりですな』
「最近は本来の目的を忘れがちだったからな……。このまま宇宙警備隊がしゃしゃり出てこないとも限らんし、少しでも早く『あのカプセル』を再起動させんとな……」
ほくそ笑みながら怪獣カプセルを起動しようとするレイデュエス。……だが、そこにオガレスが呼び掛ける。
『ええ? 花火が終わるまでまだ少し時間ありますし、もうちょっと食い物を調達してからでもいいのではありませんか? ほらこのかき氷なんて宇宙になかなか見られない文化……おごご!?』
オガレスは手に持っていたかき氷を口の中に無理矢理流し込まれた。
『あががぁ――――! 頭がキーンとッ! キーンってッ!』
「馬鹿はほっといて行くぞッ! 宇宙指令Q01!」
頭を抱えてのたうち回るオガレスを尻目に、レイデュエスが怪獣カプセルを起動。
「イッツ!」『ギャアアオウ!』
「マイ!」『アアオオウ! アアオオウ! シャウシャ――――――!』
「ショウタイム!!」
[フュージョンライズ! アーストロン! ゴメス・S!]
[レイデュエス! マグマゴメス!!]
レイデュエス魔人態が角のある二体の怪獣のビジョンを吸い込み、融合獣マグマゴメスへと姿を変えて巨大化していった!