やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。 作:焼き鮭
「それではパンさんのバンブーファイトの世界に、いってらっしゃーいっ!」
ここは千葉県にあるのに東京の名を冠するテーマパーク、東京ディスティニィーランドのアトラクション、『パンさんのバンブーファイト』。今日も従業員の女性が笑顔で客を乗せたライドを見送る。
『パンさんのバンブーファイト』は人気アトラクションなだけに、今日も多くの客で賑わっている。……のだが、今日に限っては施設内の一部分に、不自然に開けた箇所が出来ていた。
「……」
その原因は、黒い帽子と黒いマントで身を固めた、如何にも不審な黒ずくめの老人がいるからだ。他の客は彼を不気味がり、遠巻きにながめてヒソヒソと囁き合っているのである。
こんな怪しい人物を、従業員たちが目をつけないはずがない。
「何かしら、あの人……。いつの間にここに入ってきたの?」
「あんなどう見ても不審人物が、よく入園できたものね……。エントランスの人たちは何をやってたの?」
「あのままじゃ他のお客様の迷惑だわ。とりあえず、事務所まで連れていきましょう」
従業員たちは黒ずくめの老人をどうするか密かに相談し合い、その結果老人を誘導することが決まる。
そのために、バンブーファイトの従業員のチーフが老人に近づいていった。
「すみません、お客様。お連れの方はいらっしゃいませんか? よろしければアナウンスしますので、お連れ様が来られるまで案内センターの方へ……」
やんわりとした口調ながらも素早く老人を客たちの目につかない場所へ移動させようと考えながら、チーフは老人の対処をする。
だが、老人の行動は従業員たちの想像を超えた。
「ほ……」
「ひょ?」
「ほよよよよよよよ!」
突然不気味な笑い声を上げる老人。その場の客たちはますます不気味がり、従業員たちも冷や汗を垂らす。
「な、何なのあの人?」
「誰か、警備員呼んできて!」
力ずくでも引っ張っていこうとするチーフだが、それより早く老人が両腕を振り上げてマントを広げる。
「ほよよよ~!」
そしてその場で一回転すると!
「あぁっ!?」
一瞬の内に、アトラクション内のパンさんが全て、忽然と消滅してしまったのだ! 施設の壁はペイントが消え、彩りを失ってしまう。
「ぱ、パンさんが消えちゃった~!!」
「どうなってるの!?」
途端に沸き上がる混乱の悲鳴。その大騒動の中を、老人がすさまじい勢いで飛び出して逃げていく。
「ほよよ~!」
「あっ! 待ちなさいっ!」
何をしたかは分からないが、あの老人が何かをしたに違いない。従業員たちはすぐさま捕まえようと駆け出したが……。
「は、速い……!?」
「何てスピード!?」
老人は異常に足が速く、全く追いつけなかった。仰天している人の波の間をすり抜け逃亡していく老人の背中に向けて、チーフは精一杯の叫び声を上げることしか出来なかった。
「待ちなさーい! パンさん泥棒―――――っ!!」
早朝の比企谷家のリビングで、ニュースの内容がテレビから流れる。
『昨日昼頃、東京ディスティニィーランドで人気キャラクター、パンさんがグッズからオブジェに至るまで全て消失したことが分かりました。この怪奇現象にディスティニィーランドは操業を中断、警察当局は詳しい事情を伺うために……』
ニュースを流し見していた八幡は唖然として、トーストを口に運ぶ手が止まった。
「パンさんが消えたって? ……うわぁほんとだ。何があればあんなことになるんだろ」
小町も口をあんぐり開けてテレビの画面に食い入っていた。画面には現在の、パンさんが根こそぎ消えてしまったディスティニィーランド園内の様子が映し出されている。特にバンブーファイトとパンさんグッズの売店が、風が吹き抜けそうなほど寂しいありさまとなっていた。
「……なぁ、これって」
八幡はこっそりと、ジードとペガに尋ねかけた。ペガが密かに首を出し、テレビの映像を確認してから返答する。
「ほぼ間違いなく、宇宙人の仕業だろうね。地球人にはあんな大胆な泥棒は不可能だよ」
「まぁそうなんだろうが……」
パンさん泥棒? 意味分からん、と思っていると、八幡はふとあることを思い出した。
「そういやパンさんって、あいつの好きなキャラじゃ……」
そうつぶやいた矢先に、彼のケータイに着信が入る。
「お兄ちゃん電話」
「ああ」
ケータイに手を伸ばして画面に目を落とすと……表示されている名前は「星雲荘」となっていた。
「……もしもし?」
まさか、と思って電話に出たら、速攻で冷ややかな声音が耳に飛び込んできた。
『比企谷くん? 一応聞いておくけれど、今起きている人類史上類を見ない大犯罪を知らないなんて言わないでしょうね』
「……雪ノ下……」
雪乃の声であった。既に星雲荘にいるようで、しかも今しがたのニュースを知っていなければならないと決めつけている。
八幡は席を立って廊下に出てから雪乃に答える八幡。
「ああ、今ニュース見たとこだ」
『だったら話が早いわ。すぐに星雲荘へ来なさい。パンさんを盗んだなんて世界、いえ宇宙一愚かで罪深い犯人を捕まえるのよ。もたもたして逃げられたらどう責任を取ってくれるというの』
「……お前今日テンションおかしくね?」
思わず大きな冷や汗を垂らす八幡であった。
「っていうか今からか!? 学校どうすんだよ。今日月曜だぞ!」
『そんなもの、レムに身代わりを出してもらえばいいだけじゃない』
「いやいや、そんな単純な話じゃ……。一日授業サボる気かよ」
流石に気が引けていると、雪乃はきっぱりと言い放った。
『勉学なんて後から取り戻せるけど、パンさんは今でないと取り戻せないのよ』
「……んな名言っぽい迷言言ってくれちゃって……」
呆れる八幡だが、今の雪乃に逆らったら後が限りなく怖そうだ。仕方なしに、彼女に従うことにしたのであった。
× × ×
エレベーターを降りて星雲荘に入ると、雪乃の他に結衣がもう来ていた。彼女も雪乃に呼び出されたに違いない。
「や、やっはろー、ヒッキー……」
「おう……」
軽く困惑している様子の結衣。まぁ無理もない、と八幡は感じた。
「遅いわよ比企谷くん。それでもウルトラマンジードの自覚があるのかしら。あなたが宇宙人の引き起こした事件に一分一秒でも遅れるだけで、私……もとい世界中の人が苦しむことになるよ。パンさんを奪われたという心の傷によって」
こんな調子の雪乃が横にいたのなら。
二人の他にいるのはライハとレム。そしてもう二名、いつもはいない人物たちが星雲荘に来ていた。
「ひゃっはろー、比企谷くん。AIBの立場でこうして会うのは初めてだったっけ」
『朝倉リク、比企谷八幡。迷惑を掛けるな』
陽乃とゼナ。AIBの二人である。この両者について雪乃が言う。
「ゼナさんは私が協力を仰ぐためにお呼びしたの。……姉さんは呼んでないのだけれど」
「ふふーん、呼ばれなくたって事件があれば出動するよぉ? それがAIBの職員だもの! ねぇゼナ先輩」
『臨時だがな』
聞かれたゼナがため息を吐いた。相変わらずの無表情だが、呆れ返っているのが雰囲気で伝わる。
「そういや、陽乃さんAIBなんでしたっけ」
尋ねる八幡。彼はAIBとしての陽乃に会っていなかったので、後から雪乃たちにそのことを聞いてかなり驚いたのであった。
「そだよー。ま、今はわたしのことなんかよりパンさんだけど。そうでしょ雪乃ちゃん?」
「当然よ。早速、今回の事件についての話し合いを始めましょう」
雪乃の音頭により、八幡たちはテーブルを囲んでパンさん窃盗事件の対策会議を開始した。
まず質問をしたのは結衣だ。
「ディスティニィーランド中のパンさんを盗むなんて、正直意味分かんないです。一体どこの誰がそんなことするんですか?」
それについて答えたのはゼナ。
『一応、目星はついている』
「ついてるんですか!?」
『この宇宙人だ』
ゼナがテーブルの上に出した資料の写真には、黄色と黒の体色の、鉄仮面を被ったような肉体の怪人が写っていた。何故か両手の人差し指が肥大している。
『こいつはスチール星人。種族的特徴として、欲しいと思ったものを我慢できない自己中心的な性格だ。故にこれまで宇宙各地で大規模な窃盗事件を引き起こしている、AIBでも要注意リストに入っている厄介な宇宙人だ。宇宙広しといえども、こんな珍事を起こすのはこのスチール星人くらいのものだろう』
「昔もパンダを盗むっていう似た事件があったそうだし、まず間違いないみたいだねー」
陽乃がうんざりしたように息を吐いた。
「全く、こういうのほんと迷惑なんだよねー。表向きには宇宙人いないってことになってるのに、こーんな目立つことされたらどうごまかしたらいいのやら。人の苦労も考えてほしいよねー」
愚痴をこぼす陽乃。八幡たちはAIBとしての彼女を知らないが、色々と大変なようであることが窺える。
怪獣は巨躯で目立つ故、現れたらすぐに分かるが、宇宙人は人間社会に潜伏する分、人間に与える不安と恐怖は非常に大きい。地球人自身で宇宙人に対処する構造が出来ていない現在の社会では、宇宙人の存在を公認するには早いという判断の下に、AIBが不法な宇宙人の起こす事件に裏で対応してその存在を隠匿しているのであった。
「それはともかく、要はこのスチール星人というのを捕まえればいいんですね?」
ライハが話を先に進める。ゼナはうなずきながらも苦言を呈した。
『しかし手強い相手だ。走行速度は60キロ以上、変身も得意。逃げるという分野はスチール星人の専門と言える。追いつめるのは至難の業だぞ』
そのゼナの言葉に対して、八幡が口を開く。
「……けど、結局は行動を起こす以外にないでしょう? なぁジード」
『もちろん』
ジードが勇んで決め台詞を口にする。
『ジーッと』
「ジーッとしててもドーにもならないわ。まずはスチール星人の次の出現地点の予測から始めましょう」
……途中で雪乃に取られた。
『……今の僕の台詞……』
「リク、元気出して」
ズーン……と落胆するジードを、ペガが優しく励ました。
× × ×
その後八幡たちは、AIB専用車両に乗せてもらって東京BAYららぽーとへとやってきた。ここには東京ディスティニィーランドから近い地域で一番大きいディスティニィーショップがある。スチール星人が現れる確率が最も高いとレムに計算してもらったのだ。
『こちらライハ。今のところは、まだ異常は見られないわ』
ディスティニィーショップ前ではライハが見張りをしており、駐車場の車内ではゼナ、陽乃、八幡、雪乃、結衣が待機してスチール星人の出現を待ち構えている。
『了解。まだしばらくはそのまま見張っていてくれ』
ライハの報告にゼナが応答すると、結衣がふと陽乃に質問を投げかけた。
「そういえば、陽乃さんってどうしてAIBに入ったんですか?」
「というより、どういう経緯で秘密組織のAIBの存在を知ったのかしら。そこが気になっているんだけど」
雪乃のもっともな疑問。ペガもダークゾーンから顔を出して同意した。
「確かに、AIBの情報を一体どこで掴んだんですか? モアみたいに、宇宙人とばったり出会ったとか?」
「まぁ、ばったり出会ってはいるかな。出会ったのは宇宙人じゃなくて怪獣の方だったけど」
何気なく答えた陽乃は、八幡へチラと視線を送った。
「比企谷くんはそれ知ってるんじゃないかな?」
「え? 八幡が?」
眉間に皺を寄せていた八幡が、おもむろに口を開く。
「……やっぱり、あの時のハイヤーそうだったんですね。あの融合獣に掴まれてたの」
「そうそう! あの時のお礼がまだだったよね。ほんとありがと、比企谷くん♪ 君は命の恩人だよ!」
「え? え? どういうこと?」
事情が呑み込めていない結衣に、八幡が以前から薄々思っていて、今確信を得たことを説明した。
まだ八幡がジードと融合したばかりの頃……クラッシャーゴンに潰されそうだったハイヤーを間一髪助けたことがあった。そのハイヤーは雪ノ下家のものであり……あの時雪乃に見間違えた人影は、陽乃だったのだ。以前自分を轢いた車をそうとは知らずに救出するとは、数奇な巡り合わせである。
「姉さん、そんなことがあったのね。全然知らなかった……」
雪乃も知らないところで姉が命の危機に瀕していたと知り、流石に心配そうに目を伏した。対する陽乃はあっけらかんと手を振る。
「まぁ気にしなくていいよ。比企谷くんのお陰で、無事で済んだんだし」
一つの疑問が氷解したところで、陽乃が話を戻す。
「その後この世界に突然現れた怪獣やウルトラマンジードのことにすっごい興味を持って、独自に調べ始めたんだー。そしてAIBという組織に行き着いたの」
「えっ、自力で見つけ出したんですか!?」
驚愕する結衣やペガ。陽乃は何でもないことのようにうなずいた。
「まぁね♪」
「……雪乃のお姉さん、すごい人だね……」
唖然とつぶやくペガ。雪乃もまた呆気にとられている。
「何でもやってのける人だということは分かっていたけど……まさかそこまでの行動力だとは思ってなかったわ……」
「ふふーん、お姉ちゃんを見直したかい雪乃ちゃん? もっと褒めてくれてもいいんだよー?」
鼻を鳴らして得意げな陽乃。
「それで入局を希望して、晴れて臨時職員として雇ってもらえたという訳なの!」
「へ~、そんなことがあったんですかぁ。すごいなぁ……」
結衣は素直に感心しているが……八幡は、ゼナが何やら苦々しい雰囲気を醸し出していることに気がついた。
「でも、そこでどうして入ろうと思ったの? 危険な仕事だと分かってのことでしょう?」
「それは……どっかよそから来た宇宙人がわたしたちの周りでコソコソよからぬことしてるなんて考えたら、すっごい不安になるでしょ? そうなるんだったら、自分で自分のことを守らなきゃって考えてね」
雪乃の問いかけに、陽乃は一拍置いてから答えた。その直後にゼナの通信機からライハの声が飛ぶ。
『こちらライハ! スチール星人と思しき怪人物が現れたわ!』
『遂に来たか!』
車内の意識は一辺にライハの報告に向く。続けるライハ。
『黒いマントの老人が現れて、ショップのグッズを全て消していった! 今そっちに逃げていってる!』
「現れたわね、パンさん泥棒……!」
雪乃は瞬く間に怒りに燃え上がって、静かに濃密な怒気を放った。彼女の両脇の結衣と八幡はそれに当てられてヒヤヒヤする。
「ち、ちょっと落ち着けって雪ノ下……」
「ゆきのん、ここで怒ってもしょうがないからさ? ね?」
どうにかなだめようとする結衣の一方で、陽乃は愉快そうに肩をプルプル震わせていた。
それはともかく、フロントガラスの向こうにららぽーとから飛び出しどこかへと逃走していく黒ずくめの老人の姿が見えた。
『あれだ!』
「すぐに追いかけて!」
『もちろん』
身を乗り出して促す雪乃。ゼナは直ちに車を発進させて、逃亡する老人の追跡を開始した。