やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。 作:焼き鮭
一月三日、冬休み明けの三学期最初の日。と同時に、この日は雪乃の誕生日であった。そのため奉仕部では初めにささやかな雪乃のお祝いがあったのだが、呼んでもいないのに何故かその席に参加していたいろはが、雪乃にこんな話を振った。
「そういえば雪ノ下先輩、最近クラスで変な噂流れてるんですけど」
「変な噂? 私に関してかしら?」
「はい。何でも、雪ノ下先輩が葉山先輩とつき合ってるって」
そういろはが言った途端――雪乃から絶対零度の空気が発せられたので、八幡たちは思わず喉を引きつらせた。
「一色さん……そんなことあるわけないでしょう?」
「で、ですよねー! もちろんわたしは分かってましたよ!? 当然じゃないですか! ただ、そんなことを話してる人たちが今いるんですよ!」
雪乃から鋭い眼光を向けられ、いろはは慌てて言い繕った。雪乃が八幡と結衣に目を向けると、二人もうなずく。
「まぁ、何かそんなこと話してる奴はちらほらいたな……」
「こないだ出かけた時あるじゃん? それを誰かが見て、誤解してるみたい」
八幡たちは年始に買い物に行ったのだが、その際に紆余曲折あって雪乃と葉山が席をともにする場面があった。そこに総武高校の生徒が偶然通りかかって、二人の関係をあらぬ方向に勘繰ったようである。雪乃と葉山は総武高校の有名人同士なので、ゴシップ好きの高校生の間にあっという間に噂が広がったようだ。
これだけならよくある高校生たちの他愛ない噂話で済むものだが、いろはには心配していることがあった。
「この噂、結構女子みんな気にしてるっぽいんですよねー。葉山先輩ってこういう具体的な噂ってなかったですし。だからこれを機に、葉山先輩にちょっかい掛けようとするのが増えるんじゃないかって」
いろはの言葉で八幡は、葉山グループの人間関係でひと悶着が起こったことが、二度もあったことを思い返した。チェーンメール騒動の時と、修学旅行の時と。あのグループは仲良しに見えて、その実かなり繊細な関係性で成り立っているのだ。
折しも今は二年生の三学期であり、進路を本格的に意識し始めなければならない時期。もしいろはの言う通りのことになったら、確かに三度問題が発生しそうではある。
「でも、気にしなければその内消えると思うよ! 人の噂も四十九日って言うじゃん!」
「七十五日な」
結衣の間違いを八幡が訂正した。
「とにかく、下手に否定したら逆効果だと思うし。気にしないようにしようよ」
「……そうね」
結衣の提案を、当事者たる雪乃は受け入れて行動を起こさないこととなった。
が、しかし、そうも言っていられない事態に話は進んでいった。
「……今いい? ちょっと話あるんだけど」
後日、葉山との関係を最も気にする人物、三浦優美子が、奉仕部を訪ねてきたのである。
三浦からの依頼内容は、やはりと言うか葉山に関わることであった。いろはの懸念は的中し、上述の噂で女子たちが葉山にアタックするという状況が続いているのだ。三浦はそのことをきっかけに、これから三年に進級する内に葉山と疎遠になってしまうことを恐れ、せめて葉山の進路を知りたいと依頼してきたのであった。それを受けて行動を開始した八幡であったが、やはり葉山は手強い。あれこれ手を尽くして調べても、葉山が文系理系どちらの進路を選択するのかということもさっぱりヒントを得られないありさまであった。
それでもどうにか情報を得ようと、色々な人から話を聞いているが、その一人が……。
「や……ヒキタニくん」
部室の外で、八幡は海老名と二人きりの状態になっていた。葉山と三浦、この両者に最も近しい人物として結衣が連れてきたのだが、残念ながら彼女からも有力な情報は得られなかった。
しかし八幡は、彼女の口にした「はやはちが丸っきり冗談ではない」という小さなつぶやきが気に掛かって、帰宅しようとする海老名を追いかけたのであったが……。
「……もう少し距離取った方がいいか?」
八幡は海老名を気遣って、二、三歩ほど後ろに下がろうとした。海老名は修学旅行の際に戦いに巻き込まれ、ジード=人智を超えた超人に変身する八幡に恐怖心を抱いてしまったのである。
そのことを気に病む八幡だったが、海老名はゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫。あの時よりも気分は落ち着いてるし、ヒキタニくんがそんな人じゃないってのは頭では分かってるからね。……ごめんね」
「いや……」
二人の間に微妙な空気が流れるが、それを破るように海老名の方が口を開いた。
「あのさ、あんまり意味ないと思うよ」
「何が」
「こうやって探るの。隼人くん、簡単にボロ出したりしないから」
「……だろうな。でも、三浦にでかい口きいちゃった以上やらん訳にもいかんのよ」
「ふーん……」
そこで会話が途切れるが、今度は八幡の方が海老名へと言った。
「それは別としても、さっき小さく言ったこと……」
「何? はやはちの可能性についてわたしと熱く語りたいの!」
「いやそうじゃねぇから……」
急に食いついてくる海老名に辟易する八幡だが、海老名は苦笑すると、真面目なトーンとなってつぶやいた。
「それはまぁ冗談だよ。隼人くんがヒキタニくんに感じてるのは、そんな単純なものじゃないだろうしね」
「? それって……」
聞き返そうとした八幡を海老名が制する。
「これ以上はわたしから言うことはないよ。わたしが何か言ったって、正しいことは結局隼人くんしか知らないことなんだからね」
じゃ、と言い残して、海老名は本当に帰っていった。残された八幡は、ジードとペガに向けて問いかけた。
「……あの葉山が俺に何を感じてるってんだろうな? そりゃあ奉仕部に入ってから何度か葉山と絡むことがあったが、あいつみたいなリア充には俺なんか些細なんてもんじゃない存在だろうに」
すると二人は、半ば呆れたような感じで返答した。
『八幡は何よりも、自己評価が低すぎるのが一番の問題だと思うんだよね』
『だよねぇ。もう少し、人からどう見られてるのかを正しく理解できるようになった方がいいと思うよ』
「え……何その答え。どういう意味かはっきり言ってくれ」
『自分でよく考えてみたら?』
ペガとジードはそれきり、八幡に何も言ってくれなかったのであった。
× × ×
――レイデュエス一味の円盤では、レイディエスがモニター上に散乱させた八幡に対する資料映像に眼を飛ばしながらイライラと宇宙食のストローを噛み潰していた。
「くそッ……! こいつ一人ぶっ殺すのに何度も何度も失敗し続けてる……! 何かいい手立てはねぇのか!?」
レイデュエスは目元に隈が出来、髪もボサボサに乱れていた。そんな彼のことを案ずるオガレスとルドレイ。
『で、殿下……少し休息を取られてはいかがですか? 最近あまりお休みになられていないでしょう……』
『あまり根を詰めると、身体に毒ですよ……。いくら再生能力があるとはいえ……』
しかしレイデュエスは射抜きそうな目つきで振り向くと、二人に怒鳴り散らす。
「うるさい黙れッ! この野郎をどうにかしなきゃ俺の心は休まらねぇんだよッ! そんなこと言ってる暇あるんだったら、お前らも作戦の一つぐらい出してみろッ!!」
『す、すみません……!』
ダンッ! とテーブルを激しく叩くレイデュエスに怯えて縮こまるオガレスたち。レイデュエスが背を向けてモニターに目を戻すと、コソッと疲れ切ったため息を吐き出した。
レイデュエスは日に日に、ジード=八幡に敗れる毎に精神を乱していた。それは彼の体調や口調の荒れ具合を見れば分かる。このまま行けば、従っている自分たちも一体どうなってしまうことやら……。
「……んん?」
オガレスたちが内心不安がっていたら、盗撮した八幡の周囲の人間の写真をねめ回していたレイデュエスが、その内の一枚に目をつけた。
『殿下、いかがなされましたか?』
「見ろ、こいつを」
ルドレイが尋ねかけると、レイデュエスは写真の中の人物を指差した。
葉山が八幡に目を向けている構図の写真だ。が、ただそれだけの写真である。
『はぁ……この地球人がどうかしたのでしょうか……』
『別段、変わったところは見られませんが……』
レイデュエスが何を言いたいのかさっぱり分からないオガレスたちは首を傾げるも、レイデュエスは葉山に着目しながらほくそ笑んだ。
「こいつは比企谷八幡に黒い感情を抱いてる」
『え……? こんな写真から、そんなことがお分かりに?』
『特にそんな風には見えませんが……』
呆気にとられるオガレスとルドレイ。確かに八幡を見る葉山の目はどこか険しいように見えるが、そこまで読み取れるほどのものではない。
しかし、レイデュエスは確信を交えてつぶやいた。
「いいや絶対にそうだ。こいつの目には、共感できるものがあるからな……。こいつは使えるな……」
レイデュエスは口元の笑みに、悪辣さをふんだんに含ませた。
× × ×
進路希望調査票提出期限が目前に迫ったが、葉山の進路はやはり特定できなかった。期限を過ぎてしまえば、三浦からの依頼はどうやっても解決できなくなる。そのため八幡は、強引な手を使ってでも行動を起こすことを決意した。
提出期限の前日には、総武高校のマラソン大会がある。そこで八幡は材木座や戸塚に協力してもらい、他の生徒を遠ざけてマラソン中に葉山と二人きりになる状況を作り上げたのだった。そこで八幡は、葉山に告げた。
「……三浦は女避けには都合が良かったか?」
挑発的な物言いをすることで葉山を感情的にさせ、今まで隠されてきた本音を吐き出しさせるように仕立てながら、進路を理系の選択、葉山を煩わせるような人間関係をリセットする選択を取るように指図する。そこまで言えば、葉山とて進路をどうするのかの引っ掛かりでも零すはず。
そう計算しての行動であったが、葉山からの返事は八幡の予想を超えたものであった。
「俺は君が嫌いだ」
「お、おう……」
誰にでも良い顔をする普段の葉山しか知らない者だったら到底信じられないような、ストレートな言動に流石の八幡も一瞬面食らった。だが葉山は八幡のことなど気にせずに淡々と続けた。
「君に劣っていると感じる、そのことがたまらなく嫌だ。だから……」
しかし言葉の途中で――八幡の視界がぐにゃりと曲がり、たった今まで目の前にいたはずの葉山の姿が忽然となくなってしまった。
「んなッ!?」
目を見張る八幡。だがすぐに、今の奇妙な感覚に覚えがあることに気づいた。
それは京都の竹林で、罠に掛けられ空間を歪められた時のことだ。
「ちっくしょおッ! あいつまたかッ!」
『八幡! すぐに葉山君を捜すんだッ!』
「言われるまでも!」
即座に状況を理解して焦り出した八幡が、ジードに促されるままに駆け出した。
× × ×
マラソン大会中に空間が歪曲させられたことは、陰ながら警護していたAIBはもちろんすぐに気がついた。
『ゼナさん、レイデュエスが仕掛けてきました! 前と同じ現象です!』
ゼナと陽乃とともに控えていたペダン星人が報告した。ゼナたちは表情を険しくさせる。
『きっとまた人質を捕まえる姑息な手段に出るつもりですよ! すぐ民間人を保護しましょう!』
「ちょっと待って」
今すぐにでも飛び出していきそうなペダン星人を、陽乃が制止した。
「これは注意した方がいいと思いますよ。あの男はもっと厄介なことを狙ってると思います」
『え?』
『陽乃の言う通りだろう』
陽乃の忠告に同意するゼナ。
『執念深いレイデュエスが、以前と全く同じ手で来るとは思えない。読まれてしまうからな。だから一切の油断はならないぞ』
『わ、分かりました』
十二分の警戒を促しながら、AIBは総武高校の生徒たちの保護に動き始めた。
× × ×
「何……?」
葉山の居場所は、八幡と話をしていた橋の上のままであったが、八幡とは逆に彼の前から八幡が消え去ってしまったかのような状態に置かれていた。空間歪曲によって、彼だけ位相のずれた空間に連れ込まれてしまったのだ。
「どうなってるんだ? 白昼夢か……?」
「ふふッ……」
流石に現状が受け入れきれずに困惑する葉山の背後から、怪しい笑い声が起こった。
すぐに振り向く葉山。自分の背後には、左半面を包帯で覆った謎の男――レイデュエスが直立してこちらを観察していた。
「あいつが嫌い。劣っているのがたまらなく嫌、か。やはり俺のにらんだ通りだな」
「……誰だ、あなたは……? 比企谷のことを知ってるのか?」
傷は隠しているとはいえ、顔の半分を包帯で隠している如何にも不審な男に、葉山も警戒心を抱いた。しかしレイデュエスは葉山の問いかけが聞こえなかったかのように、次のように言い放った。
「だが現実として、お前は比企谷八幡に確実に劣っている」
「……!?」
突然指摘されて、葉山の顔色が変わった。それを見て取って、レイデュエスがますます目を細める。
「奴はお前など、文字通り足元にも及ばない存在になってるのさ。奴はそれを隠して、お前と同格の存在であるかのように振る舞っている。――尊厳が傷つかないか? お前は奴から、情けを掛けられてる。『下に見られている』」
「何を訳の分からないこと……!」
煽るような発言を繰り返すレイデュエスに葉山もいら立ち出す。が、レイデュエスは葉山の心に楔を打ち込むかのようにはっきりと告げた。
「勝ちたいだろう。比企谷八幡に、決定的に」
「――ッ!」
勝ちたい、というひと言に、葉山の顔に一瞬動揺が走った。
レイデュエスはその瞬間を見逃さず、流れるような動作でカプセルを装填ナックルに押し込んでライザーでスキャンした。
[ダークメフィスト!]
「ショウタイムだッ!」
ライザーからカプセルの力が放たれ、葉山に浴びせられた。
「うわああああッ!?」
「ハハッ……!」
悲鳴を発する葉山。レイデュエスはビリッと顔の包帯を引き千切りながら、邪悪さに満ちた嗤いを湛えた。