やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。 作:焼き鮭
一月も終わりが見えてきた頃、八幡たち奉仕部のメンバーは放課後、部室でいつ来るかも分からない依頼者を待つという名目の下で、雑談に興じていた。
「いやー……こうしてゆったりするのも何か久しぶりな気がするね」
マグカップの紅茶をひと飲みしてから、結衣がほうと息を吐いてつぶやいた。それに雪乃が首肯する。
「そうね。ここのところは奉仕部としてもジード部としても、慌ただしいことの連続だったもの」
「出来ればこんな時間が長続きしてほしいけどね」
「まぁきっとそうはいかねぇんだろうな。全く嫌になるけどな」
「ですねー」
ペガと八幡も雪乃の後に続いて駄弁すると、いろはがうんうんとうなずいた。彼女が奉仕部に当たり前のようにいることは、もう誰もわざわざ突っ込んだりはしない。
そのいろはが、ふとペガとジードに尋ねかけた。
「でも、ペガくんとジード先輩はいつまでこっちにいるつもりなんですか?」
「『え?」』
突然のひと言で、皆の注目がいろはに集まる。
「ちょっと気の早い話かもしれませんけど、お二人には自分たちの帰る場所があるんでしょ? で、いつかは帰らないといけない訳でしょう」
『まぁ……そうだね』
「確かに、もう結構長いことこっちにいるよね。モアとか心配してないかな」
そのことを意識したジードとペガが相談する。
『うん。いつになるかはまだ分からないけど、全部の戦いに決着がついたら帰らなくちゃね。少し寂しくなるけど……』
「……そっか。ジードんたち、いつかはここからいなくなっちゃうんだよね」
二人の話を耳に入れた結衣が、少し伏し目がちになった。それを励ますように雪乃が説く。
「結衣さん、それは当然最初から分かってたことよ。出会いがあれば、別れがあるのは必然。その時が来たら、心残りがないように見送りましょう」
「うん……」
と言われても、結衣はそう容易くは気持ちの整理がつかないようであった。
更に八幡も、思いついたように言葉をつむぐ。
「俺たちだって三年になったら受験勉強で奉仕部やってられなくなるだろうし、卒業すりゃ嫌が応にもこの部室にはいられねぇ。俺たちが卒業した後で、奉仕部がどうなるのかも分からないしな」
「平塚先生、新しい子を入部させるつもりはあるのかしら」
八幡と結衣が部活の行く末を気にしている一方で、結衣はますます浮かない顔をする。
「だよね……もうあと一年もしたら、あたしたち卒業だもんね……」
「わたしはもう一年いますけどね」
誰も聞いていないが、いろはがそんなことを発した。
場の話題は流れで、将来に関してのこととなる。
「大学かぁ……。そっから先は俺、どうなるんだろうな。ちゃんと専業主夫になれるだろうかな」
「ちゃんとの前提がおかしい気がするのだけれど……」
雪乃が突っ込んだが、八幡としては相変わらずの発言である。
将来の話題で、ペガがふと思い出したように言った。
「そういえば材木座くん、最近はちゃんと自分の小説を執筆してるそうだよ。もう間もなく完成するとか」
「へ? あの典型的なワナビの材木座が、完成までこぎつけそう?」
「うん。ゼロが色々とアドバイスしたりとかで熱心につき合ってあげてるみたい。これなら、作家デビューもあり得る話なんじゃないかな」
「そうか、ゼロが……。なら納得だな」
うなずく八幡。口とノリは軽くとも、割と熱血系のゼロならば、あのどうしようもない材木座も上手く引っ張ることが出来るのだろう。
「にしても、まさか材木座が一番に明確な目標に向かって動き出してたとは……。ちょっと前までだったら思いもしなかったんだがな」
ぼやく八幡も一方で、結衣はじっと黙って何かを考え込んでいたままだった。
その日の下校時、結衣は一人で考えに耽ったまま帰路を歩いていた。
「……将来か……。もうそろそろ、ちゃんと考えなくちゃいけない時が来るんだよね」
と独白する結衣。高校入学時にはまだずっと先のことだと思っていたことが、時の流れは速いもので、もう間近に迫りつつある。
学生生活としてはそこまで真剣に考えて暮らしていないように見える結衣だが、いやむしろだからこそと言うべきか、将来への不安というものは、人並み以上には抱えている。中学の時代にも高校生になったら自分はどうなるのか、と思い悩んだこともあるが、今の不安はその時以上である。何故なら、今は奉仕部という大事に思っている場所と仲間たちがいるからだ。
大切なものというものは、自分を強く支えてくれる一方で、無くなってしまう時の喪失感やその時が来ることの恐れが同等に大きいもの。今の結衣はまさに、その恐れを内心に抱えている状態であった。
「ハッチーやゆきのんとは、別々の大学になるのかな。そうなっても、今みたいなつき合いが出来るのかな。ジードんたちはしょうがないとしても、二人とも気がつけば離ればなれなんてことになってるんじゃ……」
それが結衣の一番の不安であった。以前に葉山や姫菜が、グループが離散することをかなり恐れていたが、今ならばその気持ちがよく分かりそうだと結衣は感じた。
そんなことを思いながら、公園の前を通りかかった、その時、
「……あれ?」
公園の片隅で、見慣れない老人が古めかしいレコードプレーヤーを奏でている様子が目に飛び込んできた。
いつもならば珍しい光景とはいえ、そのまま気にせずに通り過ぎることなのだが、今は何故か心が引きつけられるものがあり、何となしにその老人の側に歩み寄っていった。
「……」
老人のレコードプレーヤーから流れている曲は、現代の女子高生である結衣には馴染みの薄いヴァイオリンのソロのクラシック音楽だ。それでも、結衣の気持ちはこの曲によって何だかほんのりと温かくなっていた。
少し聞き惚れていると、老人が結衣の存在に気づいたかのように振り向いた。
「こんにちは、お嬢さん。この曲に興味がおありですか」
老人はゆっくりとした、とても優しげな響きの声音で話しかけてきた。
「はい。とってもいい曲ですね」
結衣が思ったままの感想を口にすると、老人は殊の外喜んだ。
「ありがとうございます。これは昔、私が弾いたのを録音したものなんですよ」
「えっ、おじいさんの?」
「ええ。こう見えても、若い頃はプロのヴァイオリニストでした。と言っても、刷られたレコードはこの一枚だけの全くの無名でしたけどね」
レコードはもう、結衣はこの瞬間まで実物に目にかかったことがないほどの代物だ。この老人が現役だったのは一体何年前なのだろうか。
やがてレコードからの曲が終了すると、老人は結衣に身体ごと向き直って、懐から一枚のカードを取り出した。
「お近づきになった印です。よろしければ、これをどうぞ。つまらないものですが」
「これは……?」
表面に雪の結晶の模様が描かれた、特におかしなところはないように見えるカード。いや、よく見れば中央に縦の線が走っていて、まるで観音開きの扉のようにも見える。
「これは『雪の扉』というものです。この扉の奥には、『思い出の世界』があるのです。昔、とある少年に同じものをあげたこともありました」
老人は唐突に、不思議な話を始めた。
「思い出の世界?」
「聖獣グラルファンが住む、人にとって最も大切な思い出の時間をよみがえらせてくれる世界です。その世界はとても気温が低く、この扉が開き切った時には現世の時間は完全に停止してしまうほどです」
「……面白いお伽話ですね」
愛想笑いを浮かべる結衣。彼女は、老人が自分の興味を引くための作り話と思って本気には取らなかった。
「まぁ、ほとんどの人には何の価値もないものですよ。持っていても、ただの飾り程度にしかなりません」
と言いながら、老人はしかし、とつけ加えた。
「もしもあなたが、自分にとって一番大事な思い出を見たいのならば、私がその扉を開いて、あなたの思い出の世界をお見せしましょう」
「はぁ……ありがとうございます」
「それでは、私はこれで」
老人はペコリと会釈して、レコードプレーヤーを運んでどこかへ立ち去っていった。『雪の扉』なるカードを受け取った結衣は、少し唖然としながらその後ろ姿を見送った。
× × ×
晩になると、結衣は自室でベッドに腰掛けながら、老人からもらったカードを手に見つめていた。
「雪の扉……思い出の世界かぁ……。そんなのが本当にあるのかな? ……なんてね」
自分で言いながら、結衣は苦笑を浮かべる。
「いくら何でも、そんなお伽話みたいのがある訳ないし。あのおじいさんの冗談に決まってるよね」
そう決めつけてカードを机の上に置き、、明かりを消してベッドの上に寝転がる。
しかしふと、一番大事な思い出、というフレーズを思い返して、遠い目でボソリとつぶやいた。
「あたしの一番大事な思い出、かぁ……。それって何になるんだろ……。もしその世界に、行くことが出来たら……」
とぼやきながら、自然とまぶたが落ちてほどなく寝入る結衣。
――その傍らの机に置かれたカードの扉が、ゆっくりと開きつつあった。
× × ×
翌朝。
「おはよー……って、うわぁ!?」
寝ぼけ眼をこすりながらリビングに下りた結衣は、窓の外に見えた風景に度肝を抜かれ、眠気が完全に吹き飛んだ。
「すっごい雪積もってる! それに寒っ……!?」
関東地方にある千葉は、冬でもそうそう雪が降らないものだが、今の外は完全な雪景色であり、雪国と見紛うばかりに積雪が出来上がっていた。それを目の当たりにしたことで、一層の肌寒さを自覚して身震いする。生まれてからずっと千葉育ちの結衣が体感したことがないような気温である。
朝食の用意をしていた母親も、ほうと白い息を吐きながら首をひねった。
「不思議よねぇ。天気予報では、しばらく晴れって言ってたのに。しかも、たったひと晩でこんなに雪が積もるなんてねぇ。これも異常気象なのかしら」
「……!」
結衣は電流が走ったかのように、この肌寒さと雪景色から、昨日の出来事を思い出した。
公園で出会った不思議な老人から、もらった一枚のカード。その扉の向こうの世界は、気温が低いとか……。
「まさか……!」
そう思いながらも、結衣は慌てて自室に引き返していって、机に放置したままのカードを手に取った。
そしてぎょっと目を見開く。
「嘘……!?」
ただのカードのはずであったそれの扉は、昨日見た時には確かに閉ざされた状態だったのに、今はほんのわずかにではあるが、開かれているのだ。