やはり俺がウルトラマンジードなのはまちがっている。 作:焼き鮭
奉仕部の部室で、八幡が顔をしかめながら自分の腹部をゆっくりさすっていた。
「いっててて……まだ痛む。全くあの人、いくらこっちがおちょくったとは言え生徒を本気で殴るかね。いつの時代の熱血を履き違えた教師だよ。PTAに訴え出てやりたいね」
などと愚痴っていると、影の中から顔を出したペガが、呆れ顔で突っ込んだ。
「あれは八幡が悪いよ。職場見学希望で、希望場所に自宅だなんてふざけたこと書いて提出したら、そりゃあ先生怒るよ」
『だからやめておけって言ったじゃないか』
総武高校二年生の八幡たちには、先週末に職場見学の希望調査票が配られた。それに八幡は、希望する職業に「専業主夫」と、希望する職場に「自宅」と書いたことで、平塚静にこってりと絞られて再提出を申し渡されたのであった。ついでに年齢のことを茶化したら殴られた。
ペガとジードの二人に諌められて、八幡は憮然となった。
「うるせー。俺は真面目に将来専業主夫になることを考えてんだ。決してふざけてた訳じゃない」
八幡の言い訳に、結衣と雪乃も呆れ返る。
「何て言うか……そういうこと本気で思っちゃうのが、ヒッキーのすごいところだよね」
「すごい、ではなくて駄目なところね。性根が腐っているでもいいわ。日本語は正しい意味で用いるべきよ、由比ヶ浜さん」
「お前はオブラートに包まないだけだろ雪ノ下」
雪乃に言い返した八幡は、手を握って力説し出す。
「男が主夫を目指して何が悪い。女の子が将来の夢をお嫁さんって言ったらかわいくて、男が主夫って言ったらヒモ扱い? 性差別だろうが。それにヒーローやるんだったら、専業主夫って選択は間違いじゃねぇはずだ」
「まともな理屈が返ってきそうにないけれど、その心は?」
聞き返す雪乃。
「ヒーローってのは事件が起こったら何を置いても出動しなきゃ駄目だろ? けど事件ってのはこっちの都合お構いなしだ。ここでたとえば普通の職場で働いてたら、仕事ほっぽり出してかなきゃいけなくなる。それはそいつにとっても職場にとってもまずいことだろ」
「あー、レイトさんもその辺でよく困らされてたね」
ペガがうんうんと同意した。
「だろ? レイトさんってのは知らないが。その点自由に使える時間が多い主夫だったら無問題だ。せいぜいタイムセールに事件発生が被らないのを祈るだけで済む。つー訳で、ヒーローに最適な職業は専業主夫。そしてジードに変身する俺が主夫を希望するのは正しいことなんだ。QED」
『そ、そうだったのか……。ヒーローに適した職業が主夫だったなんて、思いもよらなかったよ……』
「ヒッキー色々考えてるんだね……!」
感心してしまうジードと結衣に、ペガと雪乃が突っ込む。
「いやいや……流されちゃ駄目だよ二人とも」
「百歩、いえ千歩ほど譲ってそれを認めたとしても、比企谷くんはいつまでウルトラマンをやるつもりでいるのかしら。あなたイコールジードではないのだから、その論法はあなたが想定している未来にまで通用しないでしょう」
「あぁそうだった……。くそぅ、あっけなく論破されちまった……」
悔しがっている八幡の一方で、結衣はふと悲しげに目を伏せた。
「そうだよね……。いつかその内、ジードんたちとはお別れしなきゃいけないんだよね……。せっかく一緒にジード部立ち上げたのに……」
『ジードん……? それって僕のこと?』
急に妙な呼び名を使われて、ジードが尋ね返した。
「そだよ。あだ名考えてきたの。シートンみたいでかわいいでしょ?」
「シートンにかわいい要素あるかぁ? 「動物記」のイメージだけで語ってねぇか?」
突っ込む八幡。それに構わずに結衣はペガの方に振り向く。
「ペガくんはペガっち! レムちゃんはれむれむがいいかな?」
「ライハさんはどうなるのかしら?」
雪乃が聞くと、結衣は少しばかり首をひねった。
「ライハさんはー……ライハさんのままで。年上だし、ちゃんと敬わないとね」
『あれ……僕も年上……』
ジードのつぶやきは、虚空に消えていった。
「あだ名かぁ……友達からあだ名なんてつけてもらうの初めてだなぁ。ありがとう、結衣!」
「どういたしましてー! それにしてもペガっちってかわいいよねぇ。あたしたちとは顔全然違うけど、愛嬌があって!」
結衣はペガに抱きついて身体をくすぐるように撫でる。
「うりうり~。これで男の子だっていうんだから、地球人にしたらさいちゃんみたいな感じなのかな~」
「や、やめてよ結衣~。くすぐったいよ~」
ペガと戯れる結衣の様子を、八幡は半目になりながらながめた。
「友達っていうより、犬猫みたいな扱いじゃねぇか」
とぼやいていると、雪乃が何やらペガを撫で回す結衣に食い入って、手をわきわきさせているのに気がついた。
「もしもし、雪ノ下さん? あんた何やってんだ」
呼びかけると雪乃はハッ! と我に返って手を引っ込めた。
「何でもないわ。少し手のストレッチをしていただけよ。ただそれだけなのに、比企谷くんは私がペガくんを撫で回す由比ヶ浜さんを羨ましがって、自分も同じことしたいと思っているなんて浅はかな妄想でもしていたのではないかしら。そういうのやめてちょうだい。同じ空間にいるのをますます苦痛に感じてしまうから」
「お、おう……」
雪乃は普段の五割増しくらい冷淡な長台詞で八幡の言葉を封殺し、射抜くような視線で威圧した。
知らない内に後ずさっていた八幡だったが、そんな時に部室の外の廊下からコツコツと足音が近づいてきたので、我に返ってペガに振り向く。
「誰か来た! ペガ、隠れろ」
「あッ、うん!」
ペガをダークゾーンの中に隠したところで、部室の扉が開かれて、一人の男子が中に入ってきた。
「こんな時間に悪い。ちょっとお願いがあってさ」
入ってきたのは、人付き合いがほとんどない八幡でも知っているほどの、総武高校の有名人の一人、葉山隼人であった。
「へぇ……そんなことがあったんだ」
奉仕部の終了後、八幡たちは星雲荘に立ち寄って、葉山からもたらされた依頼の内容をライハに話していた。
そのライハは、結衣から借りたケータイで、最近の2年F組の生徒の間に回っているメールの文面に目を走らせて、顔をしかめた。
「確かに……このメールを打った人は、いい趣味してるとは言えないわね」
ライハの見ている画面には、『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西高狩りをしていた』、『大和は三股かけている最低の屑野郎』、『大岡は練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーをした』という、特定の個人を誹謗中傷する文章が並んでいた。
あからさまに嫌がらせ目的のチェーンメールである。これがF組の間に出回るようになってから、クラスの雰囲気が悪くなっている。そのため、チェーンメールを止めてクラスの仲を回復してほしいというのが葉山からの依頼であった。
ちなみに、八幡にだけは来ていない。ごく最近まで、アドレスをクラスの誰とも交換していなかったので。
「でも、メールの発信者の特定は依頼されなかったんでしょ? それでも犯人を捜し当てるつもりなの?」
顔を上げたライハが問いかけると、雪乃が真剣な顔つきで首肯した。
「ええ。いくらクラスの雰囲気なんて表面上のところを取り繕ったところで、チェーンメールを送った犯人が野放しのままでは、多分同じようなことがまた起こります。根本的な解決には、やはり犯人を見つけ出す以外に手はないと思います」
「まぁ、雪乃の言う通りね。それで、肝心の犯人にはもう目星をつけてるの?」
ライハの続けての質問に、今度は結衣が答えた。
「それが実は……メールに名前が出てきてる、三人の誰かって結論になったんですよ」
「中傷されてる三人の中に、犯人が……? それはどうして?」
意外そうに尋ね返したライハ。その結論に至った経緯を、八幡が語る。
「まず、メールが最初に出回ったのが先週末だったんです。その先週末には職場見学のグループ分けの話があって。メールに名前のある奴らは、普段葉山と四人の男子グループを作ってるんですけど、見学のグループは三人だけなんすよね。そこまでで由比ヶ浜が、職場見学でハブになりたくない奴が他の奴の心証を悪くしようとしてるって気がついたんです」
わざわざ解決を依頼しに来た葉山が犯人のはずがないから、容疑者は葉山グループの他の三人になるという訳である。三人全員が中傷されているのは、一人だけ露骨に何もないと怪しまれるからの偽装工作だ。
「なるほどね……」
「由比ヶ浜さん、相当早い段階で真実に気づいたわよね。勉強は遅れ気味なのに、対人関係についてはよく頭が回るみたいだわ」
「そうだな。その世渡りの才能が勉強の分野にも向いてたら良かったんだけどな」
「ち、ちょっとー!? 褒めてるのか馬鹿にしてるのか、どっちかにしてよー!」
雪乃と八幡の余計なひと言に結衣が喚いた。
その他方で、ジードとペガは明らかになっているチェーンメール事件の真相についてため息を漏らした。
『犯人の子、何でそんな馬鹿なことしちゃうのかなぁ……。たかだが見学のグループに入れなかった程度のことを怖がるなんて。一時のイベントなんて気にしないで、その後もみんなと仲良くやってくようにすればいいだけのことじゃないか』
「だよねぇ。こんなメール送ったところで、むしろ関係がギスギスしちゃって逆効果なだけだって分からないのかな?」
「いやー……一時のイベントでも、案外その後の関係性に関わるものだよ。それが怖いって気持ち、あたしは分からなくもないし……」
人の心情を察しようとするばかりに、人間関係に神経を使ってきていた結衣は取り繕うように言ったが、雪乃の方はバッサリと切り捨てる。
「単に、犯人がどうしようもないほどの臆病でなおかつちょっと先のことも想像できない愚か者だというだけのことでしょう。何一つ同情の余地がないわ」
「ゆきのん……ほんと容赦ないよね……」
雪乃の温情というものが欠片もない物の捉え方には、結衣も閉口するばかりであった。
八幡が話を戻す。
「まぁそういうことで容疑者を三人に絞るところまで行ったんですけど、まだ一人に特定する段階には進めてないんです。決定打になる材料がまだなくって」
「あたしも、とべっちたちのことを詳しく知ってる訳じゃないから……」
捜査には情報が必要だが、八幡たちは容疑者の三人のパーソナリティに明るくはない。葉山も、他人に対して好意的すぎて彼の見解は役に立たない。八幡たちには情報が欠けているのだった。
「一応、明日俺と由比ヶ浜で探りを入れることになってるんですけど、他に何かいい手はないですかね?」
八幡が問いかけると、それまでは黙っていたレムが申し出た。
[私ならば、発端のメールの発信元を特定することが出来ますが]
「えッ、マジでか!?」
[一般のネットワークを逆探知する程度は、造作もないことです]
レムの言葉に八幡は大喜びであった。
「そいつはありがたいや。事件があっという間に解決だ。じゃあ早速……」
「待ちなさい」
頼む、という八幡の台詞を、雪乃がさえぎった。
「レム、悪いけれどここから先は私たちで依頼を遂行するわ」
「おい雪ノ下、何で断るんだよ。この方が断然手っ取り早いじゃんか」
反論する八幡を雪乃がたしなめる。
「これはあくまで奉仕部の仕事、つまり私と比企谷くんと由比ヶ浜さんの三人で行うべき事柄よ。平塚先生も、依頼を通して生徒の成長を図るのが目的で奉仕部を設置した。レムに依存するのは、平塚先生の意図に反してしまうわ」
「そっかー……。ゆきのんって、ほんと賢いなぁ」
はぁ~と感心する結衣。八幡は呆れ半分で雪乃に返した。
「雪ノ下、お前ってほんと真面目というか何と言うか……。お前だって望んで奉仕部に入った訳じゃないだろうに、よくそんな熱心になれるよな」
「前に言ったでしょう。頼まれた以上、責任は果たすと。私はどんな形であろうと、請け負った責任を途中で投げ出すようなろくでなしにはなりたくないの」
そんなことをサラリと言ってのける雪乃に、八幡は呆れ半分だが、もう半分は尊敬の念を覚えていた。
「そう……。なら私たちに出来ることはないわね。八幡、結衣、大変かもしれないけど頑張ってね」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
「うす」
ライハの激励に結衣が反射的に敬礼し、八幡はペコリと頭を垂れた。
奉仕部の依頼の話題はそこで区切りをつけて、結衣はふとあることを口にした。
「そういえば、授業中とかに怪獣が現れたらどうするか、それってもう決まったの?」
学生がウルトラマンに変身する上で一番の問題となる点。それは授業等で拘束されている時間に如何に変身するかである。いつもウルトラマンが現れている間にどこかへ行って、ウルトラマンが帰ってから戻ってきたら、怪しむ者が出てくることだろう。
「存在感が限りなく希薄な比企谷くんがどこへ行こうとも気にする人なんていないでしょうけど、私や由比ヶ浜さんが何度も授業を抜け出そうものなら悪目立ちしてしまうでしょうしね。対策は急務だわ」
「おい……確かに事実だがわざわざ言わなくたっていいだろ」
雪乃の毒舌はともかく、そのことについてレムが報告する。
[既に用意はあります]
そのひと言とともに、レムの正面にどこからか現れたのは――。
「えっ! これってあたしたち!?」
八幡、雪乃、結衣の三人とそっくりそのままの人形のようなものであった。
[プロテ星人の分身技術を応用した、質量のある立体ビジョンです。ハチマンたちがジードに変身している間は、これらを身代わりとして動かします]
『なるほど、影武者って訳だ。これなら怪しまれる心配はないね。流石レムだ!』
[ありがとうございます]
称賛するジード。ペガたちは立体ビジョンの出来栄えに感心している。
「すごいね、そっくり同じだ! これならばれる心配はいらないね」
「こういうの、レイトさんにも用意してあげたらよかったのに……」
[学校の授業のような受動的行為ならばともかく、仕事のような能動的行為に使用するには無理があります]
「比企谷くんの目の腐り具合を再現するのは大変だったでしょう」
「お前、俺を罵倒するのを誰から義務にされてんの?」
一番の問題点が解消されて安心した結衣がパンと手を叩く。
「これでいつ怪獣が出てきても大丈夫だね! それじゃ明日からも奉仕部とジード部の両方の活動、頑張っていこー!」
「怪獣なんか出てこないのが一番なんだけどな」
ため息を吐く八幡。雪乃は結衣に向かって忠告する。
「念のため言っておくけれど、授業を抜け出した分は後から取り返さないといけないわよ、由比ヶ浜さん。特に中間試験が近い今はなおさら」
「うっ!? やっぱそうだよね……。ウルトラマンって大変なんだ~……」
途端に結衣が嫌そうに肩を落としたので、周りは思わず噴き出していた。
× × ×
翌日の正午前後、東京都心。ほとんどの会社は昼休憩の時間であり、大勢の社会人たちが一時の憩いの時間にくつろいだり、あちこちの料理店に繰り出したりしている。
そんな日常の一部を、一棟のビルの屋上に侵入していたレイデュエスの一味が見下ろしていた。
『今日はこの街に襲撃を掛けるのですね、殿下』
ルドレイが尋ねると、レイデュエスは眼下に行き交う人間たちに嘲りの視線を向けながら肯定した。
「今までは片田舎が中心だったが、本来の目的のためにはこういう人間が集まる場所の方が効率的だからな」
『ですが派手に暴れますと、あの邪魔者のウルトラマンジードにすぐに気取られますぞ』
オガレスが忠告したが、レイデュエスはむしろ愉悦を浮かべる。
「奴が出てきたのなら、また遊んでやるだけのことさ。さぁ行くぞ!」
言いながらレイデュエスが、鼻先がドリルになっている四肢を持った魚型の怪獣のカプセルと全身茶色で蛇腹状の肉体の怪獣を取り出した。
「宇宙指令U31!」
ひと言叫び、二つのカプセルのスイッチを入れていく。
「イッツ!」『グビャ――――――――!』
「マイ!」『ギャアオオオオオオウ! オオオオウ!』
「ショウタイム!!」
装填ナックルにねじ込んだカプセルを、ライザーでスキャンする。
[フュージョンライズ! グビラ! テレスドン!]
[レイデュエス! テレスグビラ!!]
レイデュエスが変じた黒い影が、もがいて抵抗するグビラとテレスドンのビジョンを吸い込み、フランス人形とレコードプレイヤーを踏み潰して融合獣へと姿を変えた!
いつも通りの街の中心から、いきなり石畳の舗装を突き破って巨大なドリルの先端が突き出てきた。近くに居合わせた人たちは、日常を突然突き破った存在に当然仰天し、本能的にドリルから逃げていく。
ドリルは穴を拡大しながらせり上がってきて、その本体である巨大怪獣が地上に出現する!
「ギャアオオオオオオウ! グビャ――――――――!」
地底怪獣テレスドンのボディに、深海怪獣グビラのドリルと模様を備え、胸部に七つの紫の発光体が並ぶ。新たなるレイデュエス融合獣テレスグビラ!
「ギャアオオオオオオウ! グビャ――――――――!」
テレスグビラはドリルを横薙ぎに振るって高層ビルに叩きつけ、真っ二つにへし折った。それを皮切りにして、何千何万もの人間が集まる都会の破壊と蹂躙を開始した!