『クソ親父』【完結】   作:キ鈴

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『ぷっぷくぷー』

 この鎮守府には音がない。

 

 提督である俺も総勢50名を超える艦娘達も全員、音を発する事ができない。誰かに向けられた言葉も、足音も、呼吸の音すらも揺るがない静寂の中に飲み込まれてしまう。

 

 ただ一人の例外を除いて。

 

プップクプ〜〜〜!!

 

 今まで物音ひとつなかった鎮守府にラッパの音が響き渡る。

 

 駆逐艦 卯月。彼女は音を無くしてしまったこの鎮守府で唯一音を発する事ができる。

 

 ラッパの音を聞いた睦月や龍田達が慌ただしく音のした方へ走って行く。もちろん彼女達の足音は響かない。

 

 今のラッパの音は卯月の犯行声明だ。イタズラが大好きな彼女はミッションを完了すると必ずおもちゃのラッパを鳴らす。『犯行内容をみんなに知らせる。それがプロフェッショナルとしての流儀ぴょん』とは本人の談だ。

 

 だが、きっとそれは嘘なのだ。イタズラのラッパを鳴らせば彼女を窘める為に多くの艦娘がやってくる。本当はそれが目的なのだろう、彼女はどうしようもないほどに寂しがり屋なのだから。

 

 それが分かっているから俺達は今日も卯月の元へ向かうのだ。

 

 

◇◆◇

 

「ぴょん…」

 

 ラッパの音のした食堂に入る。中は至る所が赤いペンキで塗りたくられていた。おいおい、今回は随分派手にやったな……こりゃ雷が落ちるぞ。

 

 辺りをぐるりと見渡すと中央で卯月が正座させられていた。卯月の前には般若の形相で仁王立ちする鳳翔、声が発せなくとも十分にその怒りが伝わってくる。

 

 流石に艦隊の母には弱いようだ、少ししょぼんとした表情を浮かべている。まったく、そんな顔をするならイタズラなんてしないでくれ。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜、自室の窓から外を眺めていると扉からノックの音がした。音が鳴ったという事は扉の向こうにいるのは卯月だろう。

 

「しれぇかん……一緒に寝ていい?」

 

 俺と卯月の会話に言葉は必要ない。それだけの永い時間を共に過ごしてきた。

 

またか、仕方ない奴だな。

 

「ぴょん♪」

 

 そう応えると卯月は満面の笑顔で俺のベッドに飛び込んだ。

 

 やれやれ、と頭を掻きつつ俺もベッドに入る。布団の中は今入ったばかりとは思えないほどに卯月の体温で満たされていた。

 

 ぽんぽんと卯月が寝付ける様にお腹を軽く叩いてやる。卯月はこれがお気に入りなのだ。

 

「ねぇ、さっきまで何してたぴょん?」

 

特に何も。ただ外を眺めていた。

 

「しれいかんいっつも外を見てるぴょん。なんで?」

 

……人を待っているんだ。

 

「人?それって誰ぴょん?」

 

さあな、誰でもいいんだ。

 

「意味わかんないぴょん」

 

いいんだよ分からなくて。さっさと寝ろ。

 

「はぁーいぴょん」

 

 

◇◆◇

 

 

プップクプーーー!!

 

 朝、鶏の鳴き声の代わりに鳴り響くラッパの音で目を覚ます。卯月が寝ているはずの隣を見るがもちろんそこに彼女はいなかった。

 

 急いで自室を出て音のした方へ向かうと資料室の前でまた卯月が正座させられていた。今回仁王立ちしているのは大淀だ。

 

何があった?

 

卯月さんが資料室の鍵を隠してしまったんです。

 

 そう身振り手振りで伝える大淀はやはり般若の形相だ。なるほど、資料室は大淀にとっては聖地に等しい場所、その部屋の鍵を隠されたとなればこうなるのも無理はない。

 

卯月、鍵を返してやれ

 

「もう海に捨てちゃったぴょん」

 

!!!!!

 

 おいおい、そりゃイタズラにしちゃやり過ぎだぞ……大淀が怒りの余りガニ股でどっか行っちゃったじゃねぇか。

 

「ぷっぷくぷ……」

 

まぁやっちまったもんはしょーがねぇよ。ほら、飯食いに行くぞ。

 

◇◆◇

 

 夜、今日も自室で外を眺めているとそろり、そろりと俺の背後に近づく足音が聞こえる。

 

 まったくバレバレなんだよ。この音のない鎮守府でお前が隠密行動なんざ取れるわけないだろうが。

 

 だが驚かされてやるのも大人の務め、このまま外を眺めていよう。足音は少しずつ近づいて来て俺の真後ろで歩みを止めた。

 

「わっ!!」

 

!っ

 

「あははは!引っかかったぴょん!びっくりしてるぴょん!」

 

驚いたじゃないか。

 

「あははは!だっせぇーぴょん!」

 

……悪い子とはもう一緒に寝ないからな。

 

「あっ……ごめんなさいぴょん……」

 

たくっ、ちゃんと反省しろよ?ほら寝るぞ。

 

「ぴょん♪」

 

 いつもの様に卯月とベッドに入りぽんぽんとお腹を叩いてやる。

 

大淀とは仲直りできたのか?

 

「……まだぴょん。うーちゃんの事無視してるぴょん」

 

あー、大淀にとって資料室は特別だからな。怒るのも仕方ないさ。

 

「大淀はもううーちゃんの事嫌いになったぴょん?」

 

いいや、それはないな。なんだかんだ大淀はお前の事が大好きだからな、もちろん俺も他の艦娘も。

 

「……」

 

明日もう一度謝ってみろ。きっと許してもらえるさ。

 

「ぴょん……」

 

 悲しそうな声で返事をする卯月。きっと彼女の中ではある葛藤があるのだろう。

 

……卯月、鍵を捨てたなんて嘘なんだろ?本当は今もお前のポケットに入ってる。違うか?

 

「……なんで知ってるぴょん?」

 

わかるさ、俺とお前の仲だ。そんなことより、もし大淀に悪いと思っているなら資料室の鍵を開けてやれ、それで解決だ。

 

「……それはできないぴょん」

 

 だろうな、お前のイタズラには理由があるもんな。本当にどうしようもなく不器用なやつだ。

 

「しれいかんは今日も外を見ていたぴょん?」

 

ああ。

 

「待ってる人は来た?」

 

いいや、まだだ。

 

「そっかー。早く来るといいぴょんね」

 

まったくだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 雪の降る日の夕方、俺はいつもの様に執務室から外を眺めていた。外ではふわりふわりとたんぽぽの綿毛のような淡い雪が空からゆっくりと舞い落ちていた。

 

 卯月が雪だるまを作って遊んでいる。静か過ぎるこの鎮守府では卯月の足音がこの執務室まで届いてくる。俺は目を瞑り卯月の奏でる音に集中する。彼女が一歩、また一歩と歩くたびにムギュ、ムギュと雪を踏みしめる音が何かの楽器なのではと錯覚する程に心地良く感じた。

 

 何時までもこの音を聞いていたい。待ち人なんて永遠に来なければいいのに。そんな自分勝手な事を考えてしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うーーーさっむいぴょん」

 

 鎮守府の中に戻るやいなやマフラーと手袋を脱ぎ捨て暖炉の前にしゃがみ込む卯月。長時間雪遊びをしていたからだろう耳や鼻が赤くなってしまっている。

 

 パチパチと音を立てながら燃える暖炉だけが卯月を助ける事ができる。今の俺は何もできないのだ。本当に何も。

 

 俺が無力になり、この鎮守府が音をなくしてもう数ヶ月が経つ。そろそろ待ち人には来てもらわなくてはならない。でないと取り返しのつかない事になってしまう。

 

 そんな風に願っていた時だった。鎮守府の外から微かだがボーッという汽笛の音が聞こえた。

 

 ……ようやく来たか。どれだけ人を待たせたと思っているんだ。だけど……間に合って良かった。

 

 暖炉の前に座る卯月には聞こえていないようだ。好都合だ。

 

卯月、俺はトイレに行ってくる。しばらく温まっておくんだぞ?

 

「ぷっぷくぷー」

 

 俺は部屋から出るふりをして卯月の死角に姿を隠す。段々と汽笛の音は近づいてくる。

 

 船は鎮守府に到着したようだ。沢山の足音が迫って来ている。

 

「ぴょん?」

 

 卯月も異変に気がついたようだ。だが俺の言いつけ通り暖炉の前を動こうとはしない。

 

バン!!

 

 ついに部屋の扉が開け放たれた。卯月は目を丸くさせている。

 

「提督!!生存者がいました!」

「なんだと!?早く保護しろ!」

 

待ち人達は卯月を見て直ぐさま腕を掴み何処かへ連れて行こうとする。

 

「お前ら急になんだぴょん!ここはうーちゃん達の鎮守府ぴょん!」

 

「相当、混乱しているようだな。可哀想にこんなにやせ細ってしまって……」

 

 提督と呼ばれた男の部下達に腕を掴まれ連れて行かれる卯月は弱々しくも抵抗している。

 

「やめろ!離せぴょん!しれいかん!睦月!たすけてぇーーーー!!!」

 

「落ち着きなさい、もうこの鎮守府に生存者は……」

 

 卯月は大声で俺達に助けを求める。ごめんな卯月、俺達は無力でもうお前を助けることはできないんだ。

 

「なんで……なんで来てくれないぴょん…そうだ!」

 

 首から下げていた玩具のラッパを取り出す。

 

プップクプーーーー!! プップクプーーー! プップクプーーー!!

 

 卯月は何度も何度もラッパを鳴らした。だけどいつもの様に俺や艦娘達が現れることはない。

 

「なんで……どうして…」

 

 それでも卯月はラッパを鳴らし続ける。

 

プップクプーーーー!! プップクプーーー! プップクプーーー!!

 

 なぁ卯月、本当は気づいていたんだろ?それどころか俺達に死んだことを気づかせない様に行動していたじゃないか。

 

 食堂を赤いペンキで塗りたくったのは俺達の血が目立たない様にするためだ。

 

 資料室に鍵をかけたのは俺達の遺体を隠すためだ。

 

 俺達が自分の死に気づけばきっと消えてしまう。そう思ったのだろう。本当に不器用で、だけどどうしようもないくらいに優し過ぎる。

 

「あっ!」

 

 卯月は強引に引っ張られるうちにラッパを落としてしまう。だがあきらめない、今度は自分の口で鳴き続ける。

 

「ぷっぷくぷーーー!!!ぷっぷくぷーーー!ぷっぷくぷーーー!!」

 

 段々と卯月の声が遠くなっていく。またこの鎮守府から音が失われていく。

 

「助けてよ!しれいかん!みんな!」

 

鳴き声は泣き声へと嗚咽交じりのものに変わっていく。

 

「ぶっぶぐぶーー!ぶっぶぐぶー!!」

 

 卯月、確かに仲間を失ったお前の周囲は寂しく、この鎮守府の様に静かになってしまうのだろう。

 

 

「ぶっぶぐぶーー!ぶっぷぐぶーー!ぶっぶぐぶーーー!」

 

 

 だけど明るく優しいお前の周りには直ぐに人が集まってくる。静かな時間なんてほとんどないさ。

 

 

             

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張れ!卯月!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは音のない鎮守府。かつてイタズラが大好きな少女とその仲間達の笑い声が響いていた場所。

 

 

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