『クソ親父』【完結】   作:キ鈴

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※この物語は前話『ぷっぷくぷー』の後日談となります。








『しれいかんにけいれい』

 

 カシャンカシャンと食器のぶつかり合う音が食堂全体から鳴り響く。それはわたしの食器も例外ではなく歩くたびに手に持ったトレーに載るカレーとサラダの食器がぶつかりあった。

 

「……うっせーぴょん」

 

 食堂の窓際にある長机の隅に座る。ここなら右側は壁だから少しは静かだろう、何て浅はかに考えたから。

 

 本当にこの鎮守府はうるさ過ぎる。いや、違う。わたしが静か過ぎるんだ。ずっとずっとあの静かな……音の無い鎮守府にいたから。

 

 食堂の喧騒に意識を向けてみる。ガヤガヤ、ワーワーと言葉がごちゃまぜになっており聞き取る事ができない。多分、意識のチャンネルをどこか一箇所に合わせれば聞き取ることもできるのだろうけど、そんな事は意味も興味もないのでやらない。さっさと食べてこの部屋から出て行こう。そう思いスプーンを持ったところで隣に誰かが腰掛けた。

 

「卯月さん、お隣いいですか?」

 

「勝手にするぴょん」

 

 金剛型三番艦 榛名。わたしがこの鎮守府に来てからというもの何かと構ってくるうっとーしい奴。わたしがどれだけ無視をしても無理矢理にチャンネルを合わせ話し掛けてくる、勘弁して。

 

「卯月さんは今日はカレーなんですね。榛名はカツ丼です、ひと切れ食べますか?」

 

 そう言ってカツをひと切れわたしに差し出してくる。

 

 ほんとうに鬱陶しい、うるさい、うるさい、うるさい。───うるさい!どっかにいけ!───そう怒鳴ってしまいそうになるのをグッと堪える。そんな事をすれば余計に人が集まってきてしまう。

 

「うーちゃんは潔癖症ぴょん。人が口をつけたモノ何て食べないぴょん」

 

 ……うっそぴょん。よくしれいかんの食べかけのトンカツを奪って怒られてた。

 

「それなら大丈夫です!榛名はまだ口をつけてません!」

 

「…榛名さん、うーちゃんは前の鎮守府で食事は静かに摂るものだと教わったぴょん」

 

……うっそぴょん。わたしはあの鎮守府でしれいかんや皆とワイワイ食事をする時間がなにより好きだった。

 

「あ……そうですよね…。ごめんなさい」

 

 しょぼんと俯きカツ丼を食べ始める榛名さん。その表情は垂れた髪の毛に隠されてよく見えない。まあ静かになったから良かった。……良かったはずなのに胸のあたりがざわざわ騒ぎ始めチクチクと刺す様な痛みが走る。

 

 喋っても喋らなくてもわたしの周りをうるさくしていく。本当に面倒な人だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ここの提督は本当に意地が悪いと思う。わたしの提案した一人部屋にしてくれというお願いを断るのは分かる、ただの我が儘だから。だけどせめて響やら望月やらといった静かな艦娘達と相部屋にしてほしかった。……どうしてよりにもよって榛名さんと同部屋なんだ。わたしが榛名さんを嫌っているのは周知の事実だろうに。

 

「卯月さん、明日の演習は同じ隊ですね。頑張りましょう!」

 

「演習なんて今更なんの意味があるぴょん…」

 

 原初の深海棲艦が倒され世界から深海棲艦は消えた。ただ、敵がいなくなったから艦娘も不要という話にはならなかった。いつ又あいつらが現れるか分からない以上一定の戦力は必要らしい。艦娘達は軍に残るか一般人になるかを選択する事になった。今、この鎮守府にいるのは前者を選んだ人達。

 

 わたしもここの司令官に呼び出されどちらかを選ぶ様に言われた。わたしはこの鎮守府に全く未練はないので解体を受け入れるつもりだった。

 

 ……だけど解体直前になって怖くなった。このまま解体され艤装を失い一般人になればもう二度としれいかん達に会えなくなる気がしたから。逆に駆逐艦 卯月であり続ければいつかまた皆に会える。そんな事を思ってしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 

 気がつくとあの場所にいた。あの音のない鎮守府の門の前に。

 

 わたしは急いで鎮守府の中に入り皆を探した。だけど誰もいない。

 

 そうだ!ラッパだ!

 

 ラッパを吹けばいつも皆が集まって来た。今だってきっと。

 

 ラッパを取り出す為、首に下げていたストラップを引っ張る。だけどストラップの先についているはずのラッパはどこにもなかった。

 

 どこ?どこ?うーちゃんのラッパはどこ?しれいかんにもらった大切なラッパぴょん。

 

 辺りを見渡してもどこにもラッパは落ちていない。これじゃあ皆に会えない。仕方がないので自分の声で皆を呼ぶ。

 

 ぷっぷくぷ!ぷっぷくぷ!ぷっぷくぷ!

 

 しれいかん達は現れない。あの時と同じだ。それでも呼び続けると鎮守府の外から声が聞こえた。

 

 

───卯月さん!

 

 

 身体が声のする方に引っ張られる。どんどん身体が鎮守府の外へと連れて行かれる。

 

 いやぴょん!いやぴょん!うーちゃんはここに居たい!ずっとずっと!

 

 だけどわたしを引っ張る力はもの凄く強く、抵抗することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「おはようございます。卯月さん」

 

「……おはようぴょん」

 

 やっぱりラッパはどこにもなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「卯月さん!朝食を食べに行きましょう!」

 

「卯月さん!一緒にお茶しませんか?」

 

「卯月さん!お風呂に行きましょう!」

 

「お休みなさい、卯月さん」

 

 

 どんなに邪険に扱っても榛名さんはわたしに話しかけてきた。わたしは一人が好き、静かなのが好きだと伝えても一向に対応は変わらない。もしかしたら嫌がらせ?そう思い怒りが膨らんだけど榛名さんの純粋な笑顔を見せられ萎んだ。

 

「卯月さんたまに夜になると姿が見えなくなりますよね。どこへ行ってるのですか?」

 

「教えないぴょん」

 

「今日も行くんですか?榛名もご一緒していいですか?」

 

「ついて来たら絶対に許さないぴょん」

 

 

 わたしはパーカーを羽織って鎮守府の外にある波止場まで来ていた。今日はいつもより冷え込んでおりパーカーでは寒さを遮断し切れず少し震えてしまう。一度部屋まで戻ってコートに着替えようか…いや、今日はもうこの場所から動きたくない。

 

 この波止場は私にとって少し特別な場所。

 

 真夜中になるとほぼ全ての音が消え、聞こえるのはわたしの呼吸と波の音だけ。まるであの鎮守府の様な場所。

 

 わたしは波の音を聴きながら体育座りをして目を瞑る。

 

 

 

 

 

ただいま、皆。

 

 

 

 

 

 

 

「卯月さんが首から下げているストラップ、何もついていませんね。元は何か付いていたんですか?」

 

 入渠をすませ服を着ていると急に榛名さんがそんな事を言った。

 

「……おもちゃのラッパが付いてたぴょん」

 

「ラッパ?……!」

 

 どうやら思い出したらしい。

 

 そう、お前らが音のない鎮守府に来たあの日。抵抗するわたしを無理矢理この場所に連れてきたあの日に落としてしまったのだ。

 

「先に部屋に戻るぴょん」

 

 脱衣所から出て扉を閉めるとピシャン!と大きな音がなった。どうやら扉を閉める時に力を入れすぎてしまったらしい。

 

 榛名さんは悪くないと分かっている。誰も悪くないと分かっている。だけど、どうしてかわたしの中でぐるんぐるんと理由の分からない感情が渦巻いていて気持ち悪い。その感情を怒りに変換して何かにぶつける以外に身体から追い出す方法がなかった。だから榛名さんにあんな態度をとってしまった。

 

 

 

 

 その日榛名さんは部屋に戻ってこなかった。

 

 次の日もその次の日も戻ってこなかった。

 

 3日経ってようやく理解した。とうとうわたしと同じ部屋というのに耐えられなくなったんだ。きっと今頃は他の艦娘達の部屋でワイワイ楽しく過ごしているのだろう。

 

 清々する。ようやく静かで平穏な時間を手に入れたんだ。

 

 ぼふっ

 

 ベッドにダイブして目を瞑る。わたし一人だけの部屋では呼吸の音が聞こえるだけで他に何も聞こえない。波の音がある波止場以上に静かだった。

 

「……」

 

 おかしい、ちっとも落ち着かない。なぜだろう、この静寂をずっと焦がれていたのに。

 

 トントン

 

 不意に部屋をノックの音が包み込んだ。榛名さんが帰ってきたのかもしれない。わたしはゆっくりとした動きで移動し扉を開けた。

 

「卯月!榛名が行方不明なんだ、何か知らないか!」

 

 扉を開けた先にいたのは榛名さんではなくここの司令官だった。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 真夜中の波止場は変わらず静かで緩やかな波の音が聞こえるだけだった。わたしは波止場の際、海全体が見渡せる場所に膝を抱えて座った。

 

「寒いぴょん」

 

 息を吐く度に目の前が真っ白になる。せっかく海と星が一望出来る場所に陣取ったというのにこれでは意味がない。仕方がないので耳を澄ませる事にした。

 

ざざーん ざざーん

 

 聞こえてくるのはやっぱり波とわたしの呼吸の音だけ。だけどこれで良い、これが良い。あの鎮守府と同じだから。段々としれいかんや皆の温かさが蘇ってくる。温かさが少しずつ胸から顔にこみ上げて来て眼から溢れ出た。

 

 ハラハラ

 

 目の前を何かが通過した。眼から溢れ出たモノを拭って目を凝らす。

 

 雪だった。最初に通過した一粒を追いかける様に沢山の雪がゆっくりと舞っていた。

 

「1年……」

 

 あの鎮守府からこの場所に連れてこられて1年が経った。それが信じられなくて、でも確かに皆と過ごしたあの大切な時間に霞がかかり始めているのを感じた。嫌だよ……嫌だよ……皆の事忘れたくないぴょん。早く迎えに来てぴょん!うーちゃんはここに居るぴょん!

 

 皆にわたしの居場所を伝える為のラッパはもうない。全部……わたしの大切なモノは全部、あの場所に置いてきてしまったのだから。

 

 やりきれなくて、辛くて、悲しくてわたしは顔を膝に埋めて泣くことしか出来なかった。

 

 

 

 どのくらいの時間顔を埋めていたのか分からない。だけど不意にわたしの横から温かさを感じた。顔を上げると太陽が昇り掛けているのが見えた。そして温かさを感じた左隣には榛名さんがわたしと同じ様に膝を抱えて座っていた。服や髪は海水で濡れ、艤装もところどころ破損したボロボロの格好で。

 

「今までどこ行ってたぴょん」

 

「卯月さんこそこんなところで何をしていたんですか?」

 

「うーちゃんは静かな場所が好きだって知ってるはずぴょん」

 

「知ってますよ。けど榛名が居ない間あの部屋は卯月さん一人だったはずですよ?」

 

「……」

 

「榛名が帰ってくるのを待っていてくれたんですよね?だからこんな見晴らしのいい場所に」

 

 違う。違う。

 

「やっぱり卯月さんの提督の言う通りですね。不器用で、だけどどうしようもなく優しい……」

 

 うーちゃんのしれいかん……?何を言っているんだ。

 

「どうぞ、これを取りに行っていたんです」

 

 榛名さんの手にあるのは見覚えのある黄色い玩具のラッパ。

 

「どうして……、何で……」

 

「卯月さんにとってとても大切な物だからです」

 

「そうじゃないぴょん!何でうーちゃんの為にそこまで……!そんなにボロボロになって、危ないことして!きっとここの司令官にだって怒られるぴょん!」

 

 わたしにはここからあの場所までどのくらいの距離があるのか分からない。だけど、深海棲艦がいなくなったとはいえ一人で行ける様な距離では絶対にない。

 

 榛名さんはラッパを優しく撫でながら私の方を見た。

 

「実はあの日……卯月さんをあの場所で発見した後、私は貴方の提督に会っているんです」

 

「うそ……」

 

 あの時わたしがどんなにラッパを吹いても、泣き叫んでも来てくれなかったしれいかん。なんで……どうして。

 

「最初は榛名も驚きました、幽霊と会ったのは初めてでしたから。でも私より偉い男の人が必死に涙を堪えながら言うんです『卯月の事をよろしく頼む』って。そんなの断れないですよ」

 

 しれいかん……わたしそんなの頼んでないよ。わたしはしれいかんや皆とずっと、ずっと一緒にいたい、それだけだったのに。

 

「貴方の提督に頼まれたから優しくしてあげよう、最初はそう思っていただけでした。だけど1年経っても仲間達の事を思って一人涙を流す貴方を見ているうちに本当に優しい子なんだなと思う様になりました」

 

 榛名さんはずいっとわたしにラッパを押し付ける。

 

「貴方の提督は言っていました。卯月の笑顔は最高だって。それを見たくてこれを取りに行ったんです」

 

「……」

 

 ラッパを受け取る。1年ぶりのラッパは相変わらずの重さと手触りで、だけど少し黒ずんでいた。

 

 

 

 

 ねえしれいかん、どうしてあの時うーちゃんの前から消えてしまったの?

 

 うーちゃんは何度も何度も呼んだんだよ?

 

 今このラッパを吹けば来てくれるの?

 

 ……分かってる。しれいかんはもういない。だけど、このラッパを吹けばわたしが望んでいるモノが手に入る。そんな気がする。

 

「すううううう」

 

 大きく、大きく息を吸い込む。まだダメ、まだ足りない。こんなんじゃあの場所までラッパの音は届かない。

 

 限界まで息を吸い込んだ。さあ行くぴょん。

 

 

届け

 

 

 

 

プップクプ〜〜〜〜〜

 

 

 

 あの時と何も変わらないラッパの音。懐かしさに涙が止まらない、だけど私の望んでいるモノは手にはいらない。

 

 皆に会いたい。ただそれだけ。皆に会いたくてひたすらにラッパを吹き続ける。しれいかん!来てよ!迎えにきてよ!うーちゃんはここだよ!

 

 もちろんしれいかんは来てくれない。だけど

 

 

 

 

 

 

頑張れ!卯月!

 

 

 

 

 

 幻聴だったのかもしれない。だけど確かにその言葉は私に届いていた。

 

 

「ねえ……榛名さん」

 

「なんですか?」

 

「うーちゃんは……頑張れてるのかな……」

 

「頑張れてますよ。この1年、たった一人で誰にも頼らず弱音一つ吐きませんでした」

 

「…」

 

「ですがそれは貴方の提督が卯月さんに願った努力とは違う。榛名はそう思います」

 

「……うーちゃんも……そう思う」

 

 きっとしれいかんの頑張れって言うのは今のうーちゃんの頑張りとは違う。

 

 仲間を失って悲しいけどそれを乗り越えて今まで通りのうーちゃんでいろってことだ。

 

 しれいかんはそれがどんなに残酷で悲しいことなのかきっと分かってない。乗り越えるということは皆を過去の存在にするってことなのに。

 

いい加減にするぴょん!って文句の一つも言ってやりたい。だけどそれがしれいかんの最後のお願いだから。

 

「榛名さん……うーちゃん、これから頑張ってみようと思う」

 

「───ッ!、はい、榛名も応援します!」

 

 しれいかん、これでいいんだよね?うーちゃんが笑ってるほうが嬉しいんだよね?だったらうーちゃんはしれいかんの為に頑張るぴょん。

 

バタバタバタ

 

 もう一度ラッパを吹こうと息を吸い込んでいると沢山の足音が近づいていることに気づいた。

 

『あーーー!榛名さんずるい!見かけないと思ったら卯月ちゃんと友達になってる!』

『ラッパの音が聴こえたから来てみたら!ずるいです!雪風も卯月さんとお友達になりたいです!』

 

 10名はいるだろうか、沢山の艦娘達が一斉に押し寄せてきた。

 

「ふふ、卯月さんの提督が皆さんを呼んでくれたみたいですね」

 

 わたしの持つラッパを見ながら笑う榛名さん。

 

 わたしは大きく息を吸い直してラッパを鳴らした。

 

プップクプーーーー

 

 本当に不器用で、だけどどうしようもなく優しすぎるしれいかん。

 

「さあ卯月さん、皆さんとお友達になりましょう」

 

 私に手を差し出して笑顔でそういう榛名さん。

 

「……うーちゃん」

 

「え?」

 

「うーちゃんって呼んで欲しいぴょん」

 

「っ───!はい!」

 

 ねえしれいかん。うーちゃんは泣き虫だから、また皆の事を思い出して泣いちゃうことが有ると思う。だけどその時はまたラッパを吹くぴょん、そうすればきっとまた頑張れるから。

 

 

 もうしれいかんに心配はかけないぴょん。

 

 

 じゃあ皆が待ってるからもう行くぴょん……あっ、危ない危ない忘れるところだったぴょん。

 

 足を揃え背筋を伸ばして右手を額に添える。これはしれいかんに教わったぴょん。久しぶりだけどうーちゃんがちゃんとできるか見ててね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きなしれいかんと皆にけいれい!ぴょん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはラッパの鳴る鎮守府。イタズラが大好きな少女とその仲間達の笑い声が響く場所。

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