『クソ親父』【完結】   作:キ鈴

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『私は青空が好き。青空に高く高く昇る白い雲が好き』

 司令官(あの人)は青空が好きだった。最近では忙しさからかあまり時間を作れていないようだけど、彼が新人提督で艦娘が初期艦である私『叢雲』だけだった時期は日がな一日空を見上げていることも珍しくなかった。

 

 着任したてで時間を持て余していた私は、波止場に座り込む彼の隣に立ち尋ねたことがある。

 

『いつも空ばかり見てて楽しいの?』

 

『うーん…、楽しいっていうのとは少し違いますね。心地良いって言えば良いんでしょうか』

 

 私の問いに司令官(あの人)は曖昧な応えを返した。なんのことはない、彼自身も何故自分が空を眺めているのか分かっていないのだ。私が呆れた表情を司令官に向けると彼は自分の座るコンクリートの横辺りをポンポンっと二回叩いた。

 

『叢雲さんも座ってみれば分かりますよ』

 

 どうやら私に隣へ座れと言っているらしい。私は彼の言葉には一言も返さずその場に膝を抱えて座った。

 

 座った途端に空が大きくなったような気がした。なぜだろう、立っていた時と視線の位置は1mも変わって居ないというのに。

 

 不思議に思っていると海風が私の髪をなびかせ、海猫(カモメ)の鳴き声が耳を撫でた。目を瞑ると暖かな春の日差しと磯の香りが私を包み込む。クアー、クアーっと一定のリズムで鳴く海猫の声と押しては引いていく波の音を聴いているとなんだか時間の感覚が狂うような気がした。

 

 ……悔しいが心地よかった。目、耳、鼻、肌の4つの感覚器官が癒されるようだ。これでおにぎりでもあれば完璧だ。

 

『どうです?気持ち良いでしょう?』

 

 隣からの声に瞼を開けるとやわらかな微笑みを浮かべる司令官が私を見つめていた。

 

『まあまあね』

 

 本当は凄く気持ちよかった。だけど、ここで私が正直に応えれば司令官は今まで以上にここで青空を眺める時間が増える気がした。だから私は捻た応えを返した。

 

 だって青空なんかよりも、もっと私を見てもらいたかったから。

 

 首を45°曲げて青空に視線をやる。空にはもくもくと浮かぶ入道雲がゆっくり、ゆっくりと風に流され移動を続けている。

 

『叢雲さんは青空、お好きですか?』

 

 雲を眺め、文字通りうわの空だった私は彼のその質問に何と応えたのか覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

 燃料は尽きた、砲弾も尽きた。艤装はボロボロで一歩前に進む体力すら残っていない。残っているのは不発により三連装魚雷発射管の中で燻っている酸素魚雷が一本だけ。

 

「ユルサナイ ゼッタイユルサナイ」

 

 夜の帳の中でアイツが唸った。暗くて姿は見えないけど唸り声から私との距離は約10mほどだと予測できる。

 

 人類が何十年、何百年と探し続けてた怨敵、『深海棲艦の母』が私の目と鼻の先にいる。私の魚雷が届く場所にいる。ーーー私がこの戦争を終わらせる事ができる。

 

 戦争終結、それは何百年もの間受け継いできた艦娘達の悲願で私が纏う『叢雲』の艤装にもその想いはしっかりと受け継がれていた。

 

「叢雲おぉぉぉぉ!やれぇぇぇ!」

 

 後ろから摩耶さんの叫び声が聞こえるのと同時に、まぶしすぎる程の閃光が私と『始まりの深海棲艦』を照らした。摩耶さんが探照灯で照らしてくれたのだろう。

 

 探照灯により姿を現した始まりの深海棲艦は海面に膝をつき、ダラダラと全身からおびただしいほどの血を流しながら私を睨んでいた。

 

「叢雲!!はやく!!」

 

 今度は春雨が叫び、それに続くように他のみんなも私の名を叫ぶ。

 

 みんな私以上にボロボロで海面に横たわり顔だけを私の方へ向け吠えるように叫びつづけた。みんな、みんなこの戦争を終わらせる事だけを考えている。

 

『原初の深海棲艦』。これまで数々の深海棲艦を生み出してきた深海棲艦の母とも呼ぶべき敵。こいつが沈めばもう新たな深海棲艦が生み出されることはなくなる、もちろん、残党はまだまだいるだろうが殲滅にはさして時間を要さないだろう。

 

 私たちの勝利だ。

 

 始まりの深海棲艦はここまでの戦いで轟沈寸前、あとは私のもつこの魚雷を命中させれば間違いなく沈む。それでこの戦争は終わる。

 

 だけど私は魚雷を撃てずにいた。

 

「叢雲!何やってるんだ!早くとどめを!」

 

 

 ずっと、ずっと、皆は戦争を終結させることだけを考えていた。私だってそうだった。深海棲艦を倒し、アイツ等のいない静かで平和な海を取り戻したいと考えていた。

 

 だけど、いつからだろう。いつの間にか私は『戦争を終わらせること』ではなく『戦争が終わった後のこと』を考えるようになっていた。それは私達艦娘が優勢になり、敵を追い詰めて行くほどに顕著になった。

 

 

 戦争が終われば私達はどうなるのだろう?

 

 

 私達艦娘は深海棲艦と戦う為に力を与えられ、集められた人間だ。当然、戦うべき敵がいなくなればその力を奪われ私達は元居た場所へ帰ることになるのだろう。

 

 幼い艦娘は両親の元へ、といっても艦娘に志願するような娘には大抵両親なんていない、そのほとんどが孤児院へ送られることになるのだ。比較的年齢の高い戦艦や空母はそれぞれにあった職業の斡旋といったところか。なんにしても私達は散り散りとなりそれぞれの生活を送ることになる。

 

 

卒業(お別れ)だ。

 

 

 そんなのはいやだ。私はもっと、もっとこの生活を続けたい。

 

本当の姉妹じゃなくたって姉妹艦のみんなと馬鹿なことをして遊びたい。

 

きつい演習でボロボロになりながらもみんなで笑いながら入渠したい。

 

しょうもないようなことでみんなと喧嘩して、そして仲直りしたい。

 

みんなでギャーギャー騒ぎながら料理を作りたい。

 

また司令官(あの人)の隣に座って一緒に青空を眺めたい。

 

 どれも、どれも終わらせたくない。

 

「むらくも!!!お前が終わらせるんだ!!」

 

 いやだ、いやだ、終わらせたくない。もっともっと私はこの日常を続けたい。

 

 

だけど 

 

 

 ……分かってる。こんなのは私の我が儘でしかないって。みんなはそんな覚悟はとっくに決めているんだって。

 

 私は魚雷発射管の中で燻っていた魚雷を掴み引き抜いた。

 

 ちゃんと撃つ、撃つわよ。それが私の役目だってことくらい分かってる。

 

 でも、もしも外しちゃったらごめんなさいね。涙で前、よく見えないの。

 

 

 

 

 私は涙でぐちゃぐちゃになった視界の中、始まりの深海棲艦に向かって魚雷を投げつけた

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 木々の隙間から太陽の日差しが漏れる中、私と春雨は2人、鎮守府の庭を歩いていた。

 

 隣を歩く春雨はこれから登山にでも行くのかというほど大きなリュックサックを背負っており、その重みの為か歩は遅い。門まで私が持とうかと提案したがすげなく断られてしまった。

 

「……静かな鎮守府というのはやっぱり変な感じですね」

 

 春雨が前を向いたままそう言った。その横顔はなんだか硬く、何かを堪えているように見える。

 

「そうね。私が着任したばかりの頃は司令官と私だけだったけど直ぐに貴方や皆が来たものね」

 

「みんな……行ってしまいました」

 

 この鎮守府には既に私と春雨、そして提督しか残っていない。あれだけいた仲間達はみんな艦娘を卒業していった。

 

 庭を走り回る時津風も、それを追いかける雪風もいない。

 

 ランニングをする島風の息遣いも、ぽいぽいはしゃぐ夕立の声も聞こえない。聞こえるのは私と春雨の足音、それに風に揺られる木々の音くらいだ。

 

 春雨の言う通り、みんないなくなってしまった。

 

 今隣を歩く春雨だってそう、あと数分後にはいなくなってしまう。

 

「……春雨は孤児院ではなく働きながら一人暮らしをするのよね」

 

「はい。郵便屋さんでお世話になることになっています。私がやりたかったお仕事です」

 

「そう……貴方にぴったりのお仕事ね」

 

「へへ、輸送任務はお任せ下さい。なんちゃって」

 

 そう言って春雨は背の荷物を負い直した。いつもドラム缶を背負って私達に燃料を届けてくれた彼女が今背負っているのはこの鎮守府から旅立つ為のリュックサックだ。私はそれが堪らなく辛かった。

 

 

「さて、お見送りはここまででいいですよ」

 

 急に春雨がくるりと回り私にそう告げた、いつの間にか鎮守府の門前に到着していたらしい。門の外では一台の車が待機している。春雨を迎えにきたのだ。

 

「そう……」

 

 言いたいことは沢山あった。だけど涙を堪えるのに必死な私は唇を噛み締め、そうすげなく返すことしかできなかった。春雨はそんな私を見てそっと私の右手を両手で包み込んだ。

 

「なんて顔しているんですか。叢雲、貴方はあの始まりの深海棲艦を倒した英雄なんですよ?しっかりしてください」

 

「……」

 

「そんな顔しないでくださいってば。死に別れる訳ではないんです。会おうと思えばいつでも会えます」

 

「分かってるわよ……」

 

「それに住む場所が少し離れるくらいで私達の友情は変わりません。そうでしょう?」

 

 春雨は卑怯だと思った。そんなことを言われてしまえば私はもう何も言えない。笑って彼女を送り出すしか出来なくなってしまう。

 

「では叢雲、お別れです」

 

 そう言って春雨は掴んでいた私の右手をゆっくりと離す。その瞬間に私の右手から春雨の体温が急速に失われていく。まるで今まで積み重ねた春雨と私の関係を示唆している様だった。

 

 春雨も私も涙を流していた。だけど唇を噛み締め泣き声だけは必死でこらえた。声を漏らしてしまうと言ってはいけないことまで言ってしまいそうだったから。

 

「今までありがとうございました」

 

 そう言い残し、春雨は迎えの車に乗り込んだ。直ぐに車はエンジンを始動させ発進してしまう。10m、20m、50m、やがて車が見えなくなる頃には私の右手から春雨の体温は完全に感じられなくなっていた。

 

「行っちゃった……」

 

 私は涙を止めるために首を90°曲げ空を見上げた。上空では真っ青な空に白い雲が高く、高く立ち昇っている。

 

「春雨の嘘つき」

 

 春雨は私たちの友情は変わらないと言った。だけどそれは嘘だ。

 

 これから春雨は私の知らない土地で私の知らない新たな仲間達と時を過ごすのだろう。そしてそれは春雨を変えてしまう、次に私が春雨と会う頃には彼女はもう全くの別人となっているはずだ。

 

 話していてもどこか余所余所しさを感じるだろう。私の知らない誰かの影を彼女に感じてしまうのだろう。それは彼女の目からみた私にしても同じことだ。

 

 きっと春雨もそんなことは理解している。だから最後に涙を流したんだ。

 

 これで、叢雲と春雨はお別れなんだ。

 

 どんなに綺麗で輝く記憶もいずれは錆び付き、風化し、砂となって散ってしまう。もしも本当に錆びつかせたくないのなら磨き続けるしかない。

 

 ずっとずっと傍にいるしかない。

 

 私は右腕で涙を拭き取り大切なあの人(記憶)の元へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

「やっぱりここにいたのね」

 

 探し回るまでもなく司令官は波止場にいた。いつものようにコンクリートの上で胡座をかき空を見上げている。

 

「叢雲さんですか、何か御用ですか?」

 

「御用ですか?じゃないわよ、どうして春雨の見送に来ないのよ」

 

「言うべき言葉は退任式(そつぎょうしき)の日に伝えましたから」

 

 司令官は私を一瞥することもなくただ空を見上げ続ける。その手には似合いもしないタバコが握られていた。彼の吐いたタバコの煙は空に向かってモクモクと立ち上る。だが決して雲になることはない。

 

「隣、いいかしら」

 

「どうぞ」

 

 私が隣に座ると司令官は咥えていたタバコをコンクリートに押し付け火を消した。やっぱり彼にタバコは似合わない。

 

「懐かしいわね、昔はよくこうして2人で空を見てた」

 

「はい、いつからかなくなってましたけどね」

 

「ここの艦娘が増えてからよ。忙しくなった貴方は空を見上げる余裕さえなくなった」

 

「……」

 

「でも私は時々ここに来ていたのよ?一人でこの空を見てた」

 

「そうでしたか」

 

「そうよ」

 

 会話が途切れ言葉がなくなる。代わりに聞こえるのは打ち寄せる波の音と海猫の鳴き声だけ。どんなに耳を澄ましても笑い声も、怒った声も泣き声も聞こえることはない。

 

 あの時と同じだった。

 

「叢雲さん、そろそろお迎えが門にやってきますよ」

 

 司令官は腕時計で時刻を確認すると私にそう告げた。だけどやっぱりこちらを見ることはない。

 

卒業(お別れ)です」

 

 記憶も想いも錆び付き風化する。どれだけ司令官を想う私のこの気持ちが強くたって時間の流れが想いを思い出へと変えてしまう。

 

 錆びつかせたくないのなら磨き続けるしかない。

 

 ずっとずっと一緒にいるしかない。

 

 

 だから私は

 

 

 

「行かないわよ、私」

 

「……何を言っているんですか」

 

 今日初めて司令官が私の方へ顔を向けた。その目には涙が溜まっているように見える。……だけど、私の言葉に笑みをこぼすことはなかった。

 

「当たり前じゃない、最初から今だって貴方は私がついていないとなんにもできないんだから」

 

 司令官が口を開こうとするのが分かった。私はその言葉を遮るようにまくし立てる。

 

「というか貴方の方からお願いしなさいよね!私が断るとでも思ったわけ?」

 

 司令官は開きかけた口を閉じジッと私を見つめた。私の言葉を待っているのだろう。

 

「なに?私に気を使っていたの?余計なお世話よ!私には家族なんていないんだから!」

 

「叢雲さん」

 

 あれだけ言いたかった言葉があったはずなのに直ぐになにも言えなくなってしまう。もう司令官の言葉を遮ることはできない。だから私は最後に一番伝えたかった想いを口にした。

 

「私は……私は貴方とずっとずっと一緒に居たい!お別れしたくない!私を連れて行って!」

 

 思いを口にし私は右手を司令官に突き出した。まるで男女逆のプロポーズの様だ。

 

 私は顔を伏せ、彼が手をとってくれるのを待った。

 

 少しして私の手を温かさが包み込んだ。直ぐに分かった、これは司令官の手だ。司令官が私の手を取ってくれた。

 

 

……でも

 

 

「顔を上げてください」

 

 どうしてなの?どうしてなの?私が差し出した手は右手なのにどうして貴方は私の左手を掴んでいるの?

 

 どうして私のカッコカリの指輪を取り外しているの?

 

「ごめんなさい、叢雲さん。僕は貴方と同じ時間を過ごすことはできません」

 

「なん……で」

 

「なんでもです」

 

「いやよ……いやよ……」

 

「叢雲さん」

 

 どれだけ私が拒否しても涙を流しても司令官は私の右手を掴んではくれない。ただ無慈悲に別れの言葉を告げる。

 

卒業(お別れ)です」

 

 そう言って司令官は私の薬指から取り外した指輪を青空に向かって投げた。指輪はまっすぐに空に向かい、やがて海に落ちてしまった。

 

「なんで……なんでこんなことするのよ……」

 

「もう一度言います」

 

「お別れです、叢雲さん」

 

 これ以上司令官の口から別れの言葉を告げられたくなくて私は逃げるように走った。

 

 でもどれだけ走っても、どれだけ逃げても司令官や皆との思い出が私を追いかけてくる。この鎮守府には皆との思い出が多すぎる。逃げるにはここから出るしかない。

 

 いつの間にか私は荷物も持たずに門の前に来ていた。30分ほど前に春雨と別れたこの場所に。門の外では真っ黒な車が私を待っている。

 

『お別れです、叢雲さん』

 

 外に出るのを拒んでいるとあの言葉がフラッシュバックした。

 

 仲間はいなくなり、司令官(想い人)からは別れを告げられてしまった。もう私がここに残る理由はない。

 

 最後に私は空を見上げる。どこまでも続く青い空に白い雲がプカプカと浮いていた。

 

「さようなら」

 

 私は空に別れを告げ、門の外へと足を進める。振り返ることはもうしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は青空が嫌い。青空に高く、高く昇る白い雲は私がどんなに背伸びをしても届くことはない。それは私が本当に求めていたものは絶対に手に入ることはないのだと再認識させる

 

 

 

          

だから

 

 

 

私は青空が嫌い。青空に高く高く昇る白い雲が

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







本作は次話で最終話となります。

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