『クソ親父』【完結】   作:キ鈴

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この最終話は第1話『クソ親父』の後日談になります。


最後のお客さん

 耳が凍って取れてしまうのではないかと思えるような12月も半ばの朝、買い出しを終えた私は車に乗って(いえ)に向かっていた。

 

 元々クソ親父の愛車だったオレンジ色のハスラーは今では塗装も剥げ、エンジンもブルンブルンと喧しくなり動いているのが不思議なほど年季の入った風貌になっていた。まあ、もともとクソ親父は車のメンテナンスをするようなマメな人ではなかったので今のハスラーの現状は仕方がないと諦めている。

 

 ただ、エアコン機能まで壊れているのには参った。暖房が効かないせいで車内は真冬の外と変わらない気温になっている。私は真っ白な息を吐きながら買い出しに行かなくてはならない。新しい車に買い換えようと思ったこともあったがそれは止めた。クソ親父の匂いが残るこの車とは最後まで付き合っていきたいと思ったから。

 

 (いえ)に到着すると車庫に車を入れ材料を持って店に入った。

 

 開店まであまり時間がない、急いで支度をしないと。

 

 私は厨房に行くとエプロンを着て戸棚から薄力粉・重曹・牛乳・砂糖・塩を取り出し、たい焼きの生地作りを始める。

 

 薄力粉と重曹をを混ぜ合わせ泡立てる、そこへ砂糖、塩を加えて混ぜたら最後に牛乳と水を投入。昔、私がここへきたばかりの日にクソ親父から教わった通りに混ぜ合わせる。あの時のあの味を忘れないよう、無くさないようにレシピは一切変えていない。

 

 1時間ほどかけて大量の生地を作り終え時計を確認すると針は午前10時を指していた。

 

「やばっ!ちょっと遅れた!」

 

 私は急いで店を出て外のシャッターを上げた。アルミで出来たシャッターが完全にあがりきり『和菓子屋 風鈴』の看板が現れたのを確認すると私は急いで店内へと戻りレジと厨房が一緒になったカウンターに待機する。数分もするとお客さん第一号が入店してきた、高校生くらいの女の子だ。

 

「いらっしゃい」

 

「秋刀魚焼き2つください。粒餡とこし餡一つずつ」

 

「まいどあり!」

 

 クソ親父が亡くなって2年、私はあの人の残したこの店を継ぐことにした。相変わらず客足はまばらで繁盛しているとはいえないけど別に構わない。私はクソ親父と過ごしたこの店を続けたいだけだから。

 

 

 今日も『和菓子屋 風鈴』は元気に営業中です。

 

 

 

 □

 

 

 

 とはいえ、やっぱりお客さんが少ないと暇だ。昔はちょっかいをかけてくるクソ親父をあしらうのに夢中で暇を感じるようなことはなかったけど今はそうはいかない。くあ~と欠伸をしながら窓から外を眺めるしかなかった。

 

 しばらくするとチリンチリンと鈴の音が店内に響いた。お客さんが店に入ってきた合図だ。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「ぷっぷくぷー」

 

 入店してきたのは小学生高学年か中学生くらいの赤い髪の女の子だった。何故か女の子は首から玩具の黄色いラッパを下げている。最近の流行なのだろうか?そういうのに疎い私にはよく分からない。

 

 女の子は興味深そうに店内を一周するとレジへ来てパーの形にした右手を私に突き出した。

 

「秋刀魚焼き50個くださいぴょん!」

 

「50!?5尾の間違いじゃなくて?」

 

「50ぴょん!」

 

「分かりました……でも重たいわよ?持って帰れるの?」

 

 見たところ女の子は手ぶらだ、リュックサックを背負っているわけでもない。その小さな体で50尾ものたい焼きを持って帰れるようにはとても見えなかった。

 

「だいじょうぶっぴょん!榛名さんもいるから……あっちょうど来たっぴょん!」

 

 女の子はそういうとガラス張りの店の外へ向かって手をブンブンと振る。外にいた大人の女性の一人はそれに気がつくと息を切らしながら店内へ入ってきた。

 

「うーちゃん!榛名を置いて行かないでください!探したじゃないですか」

 

「ごめんぴょん」

 

 中学生くらいの女の子に20半ばくらいの女性……どういう関係なのだろう?姉妹には見えないしまさか親子ってこともないだろう。

 

「それで、みなさんへのお供えものどれにするか決まりましたか?」

 

「うん!このたい焼き(秋刀魚)っていうのにするぴょん!」

 

「秋刀魚……?へえ、秋刀魚の形をしたたい焼きですか、面白いですね」

 

「でしょ?それに美味しそう!これなら皆も喜んでくれそうぴょん!」

 

「ですね、ではこれにしましょう。すみません、このたい焼き(秋刀魚)を50尾いただけますか?」

 

「はい、ちょっと作るのに時間がかかるのでそこのベンチに座って待っていてください。あっ、粒餡、こし餡、カスタードとありますけどどれにしますか?」

 

「粒とこし半分ずつぴょん!」

 

「はい、では少々お待ちくださいね」

 

 私は秋刀魚の形をした鉄板に油を塗り火を点ける。鉄板が温まってきたところで尻尾の方から準備していた生地を流し込みあんこを乗せる。

 

 今では慣れたものだけど初めは生地が少なすぎたり多すぎたりで中々上手くいかなくてクソ親父に八つ当たりしたこともあったっけ。懐かしい。

 

 秋刀魚焼きを作っている最中、チラリと女の子を見てみた。女の子はベンチに腰掛け首から下げたラッパを大事そうに抱えている。よく見るとラッパはかなり年季の入ったものらしくところどころ黄色い塗装が禿げ、黒く変色してしまっていた。初めはネックレスの類かなにかかと思ったがどうやらそうではないらしい、彼女にとって大切な思い出の品なのだろうと予想できた。

 

「おまちどうさま、秋刀魚焼き50尾です」

 

「きたぴょん!」

 

 30分ほどかけて50尾ものさんま焼きを作り終え女の子に手渡す。会計を済ませると女の子と女性は二人して大量の秋刀魚焼きを抱えて店を出て行った。

 

 

 □

 

 

 女の子と女性の次のお客さんは女子大生っぽい女の子だった。女子大生はワンピースタイプの紺色のコートを羽織り、頭には帽子を乗せていた。帽子から外にある真っ白で長い髪がとても印象的な女性だ。

 

女子大生はうー、寒い寒いと両手をすりあわせながらカウンターまでやって来て注文する。

 

「秋刀魚焼き一つ、出来立てでね」

 

「まいどあり、味はどうしますか?」

 

「カスタードで」

 

「少々お時間いただきます。ベンチに座ってお待ちください」

 

 秋刀魚焼きを作る間、女子大生の様子を窺ってみた。女子大生はただジッと窓の外に目をやり空を見上げていた。このくらいの歳の女の子なら時間さえあればスマホを弄ってそうなものなのに彼女は何をするでもなくただ静かに空を見上げていた。

 

 不思議に思い、私も窓から空を見上げて見るが特におかしなことはなかった。ただどこまでも広がる青空に一機の飛行機が空をかき分け飛行機雲を描いているだけだ。

 

「秋刀魚焼きカスタードおまちどうさま」

 

 そういうと女子大生はハッと気づいたようにこちらに視線を向けた。気のせいかその目元は少し潤んでいるように見えた。

 

「ありがとう、これ会計」

 

「はい、120円ちょうどですね。ありがとうございました」

 

 会計を済ませ女子大生は店の外へでた。何となく気になってガラス張りの窓から彼女の後ろ姿を目線だけで追いかけた。青空の下で揺れる女子大生の真っ白な髪はなんだか空に浮かぶ入道雲のように見えた。

 

 

□□□

 

 

 それからもいつも通りお客さんはまばらで1時間に5~7人やってくる程度だった。日が落ち時刻を確認すると18時前、そろそろ店を閉めようというところで常連のお客さんがやってきた。

 

「いらっしゃい不知火、遅かったのね。今日はこないのかと思ったわ」

 

「少々立て込んでまして。間に合ったのなら良かったです」

 

 そう言うと不知火は注文をすることもなく黙ってベンチへと座った。私は私で鉄板に2尾分の生地を流し込み秋刀魚焼きを作り始める。

 

 彼女はここの唯一の常連客で毎日のようにここで秋刀魚焼きを2尾買っていく。もう詳しくは覚えていないが確か私が店を継いだ頃くらいから来てくれるようになったのだ。

 

「今日もお見舞い?」

 

「はい」

 

「お姉さん、早く目を覚ますと良いわね」

 

「ええ……陽炎は本当に寝坊助(ねぼすけ)で困ります」

 

 作り終えた秋刀魚焼きを紙袋に入れる、もちろん、お手拭きも忘れないように2人分。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言い、本日最後のお客さんは赤く焼けた夕日の中に消えていった。

 

 あっ、間違えた。不知火は最後のお客さんじゃない。もう一人だけお客さんが待っているんだった。

 

 どうしようもなく困ったお客さんが。

 

 □□□

 

 不知火が帰った後、私は店のシャッターを下ろし最後のお客さんの為にもう一度鉄板の前に立った。

 

 鉄板に生地を流し込み餡子を乗せ蓋をする。あとは数分待つだけだ。

 

 秋刀魚焼きが出来上がるまでの数分私は少し目を閉じることにした。目を閉じると部屋中に充満した甘い香りが昔の記憶を掘り起こした。

 

 この(みせ)に初めて連れて来られた日は驚きの連続だった。まさかあのクソ親父が元和菓子屋さんだったなんて思いもしなかった。けどエプロンをつけたその姿に案外さまになってるなんて思ったのも覚えてる。どら焼きの中に牛タンを入れようとするのを止めたこともあったっけ。

 

 この家でクソ親父は私に色んな料理を作ってくれた。蒟蒻ハンバーグだったりおでんだったり、おうどんだったり。お世辞にも料理が上手だったとは言えないけどそれでも私は嬉しかった。クソ親父が私の為に作ってくれた料理は温かくて、いつも私のお腹も心も満腹にしてくれた。

 

 全部、全部なつかしい。

 

 秋刀魚焼きが焼きあがる頃に目を開けると涙が頬を伝った。いつもこうだ、昔を思い出すと私は泣いてばかり。

 

 鉄板の秋刀魚焼きをお皿に移すと私はそれを持って仏壇のある和室へと向かった。仏壇の中央にはクソ親父がニヤリ笑った写真が飾られている。

 

 私は先ほど作った秋刀魚焼きを仏壇(最後のお客さん)に供えチンチンと鐘を2回鳴らし手を合わせ目を閉じた。

 

 アンタが死んで私がこの店を継いで2年。初めはアンタとの思い出が詰まったこの家にいるのも辛かった。たい焼きを作ろうものなら悲しさで声を上げて泣いた。けどやっぱりこの家を出て行くなんてことはできなかったしこの店を閉める何てことも出来なかった。

 

 だから私頑張ったのよ?心配性のアンタはきっと天国だかどこからか私のことをずっと見守ってると思ったから、だからこれ以上心配かけないように頑張った。

 

 ねぇ、アンタから見て今の私はどう見える?そりゃあまだアンタのことを思い出してさっきみたいに泣いちゃうこともある。それでもなんとか一人でアンタの残した店を切り盛りしてるのよ?

 

 ……だめね。やっぱり、涙なんて流してるうちはアンタは私をずっと子供扱いするでしょうね。だからもう涙は流さない。

 

 代わりにこれからはアンタと同じ様にいやらしく笑うことにするわ。

 

 

 私は目を開け目元に溜まった涙を拭う。そして仏壇に飾ったクソ親父の写真に向かって、ニヤリとあの時と全く同じ笑みを浮かべてやった。

 

 

 

 

 

     

【挿絵表示】

 

 

 

 




温かくて、少し切ない艦娘達の物語はこれでおしまい。
曙、卯月、陽炎、叢雲、どれか一つでも皆さんに気に入っていただけた物語があれば嬉しく思います。

それでは、またいつか他の作品で皆さんとお会いできる日を楽しみにしています。
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