『クソ親父』【完結】   作:キ鈴

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※この物語は第五話『私は青空が好き。青空に高く、高く昇る白い雲が好き』の後日談となります。


『輸送作戦はお任せ下さい』

 

 

 

 八月の朝、まだ日が昇ったばかりだと云うのに熊蝉がそこかしこで鳴いています。

 

 私は真っ赤な90ccのオートバイに乗りエンジンを唸らせているというのに、その鳴き声はエンジン音をかき消してしまうほどの轟音です。

 

 並木道を走る途中、信号が赤に変わったので一度バイクを停止させ片足を道路につけました。瞬間、私の頭とヘルメットの隙間から数滴の汗が滴り頬を伝います。

 

「今日も暑いですね…」

 

 こんな日は氷水を張った桶で足首を冷やしながらスイカバーを食べたくなります。まぁ、私のことを待っている人がいるのでそんなのんびりとした時間を過ごす訳には行きませんが。

 

 信号が青に変わり私は再びバイクのエンジンを起動しました。バイクは少し控えめなエンジン音を鳴らしながら進みます。信号を少し進んだ所にある小路へと左折すると住宅街へと景色は変貌しました。

 

「小池さんのお家は確かこの辺り……あっあそこですね」

 

 目的へと到着した私は再びエンジンを停止させバイクを道の隅へと駐車します。すると目の前の家の玄関が勢いよく開き六歳くらいの女の子が飛び出してきました。

 

「郵便屋さん!!」

 

「明乃ちゃん、おはようございます」

 

「おはよう!ね!私のお手紙ある!?」

 

「ありますよ、ちょっと待ってくださいね」

 

 私はバイクの後部に積んだボックスを開き中から一通の封筒を取り出し明乃ちゃんへ手渡します。

 

「はいどうぞ」

 

「やったーーー!!」

 

 明乃ちゃんはお手紙を大事そうに抱えると家へと走っていきます。きっと早く中身を読みたいのでしょう。

 

「あ!いけない、忘れてた」

 

 玄関に手をかけた瞬間思い出したように明乃ちゃんが私の方へと振り返りました。何か忘れ物でもあったのでしょうか?

 

「郵便屋さん!お手紙届けてくれてありがとう!」

 

 そう言うと明乃ちゃんは今度こそ家の中へと戻っていきました。

 

「はい、輸送作戦はお任せ下さい」

 

 私は夏の喧騒に紛れ誰にも聞こえないような小さな声で白露型駆逐艦:春雨の言葉を呟きました。

 

 

 

 

  □□□

 

 

 

 配達を終えた私が鎮守府……ではなく舞鶴郵便局へと帰投すると何故だか同僚の皆さんが机を囲み何かを話していました。気になった私は同僚の臼井さんに何事かと訪ねます。

 

「あっ、春ちゃん、ちょうどいいところに。ちょっと変わったお客さんが貴方を訪ねて来てるのよ」

 

「変わったお客さんですか?」

 

 取り敢えず見てみてよと臼井さんは自分のいた場所を私に譲ってくれました。はて、変わったお客さんとは誰のことでしょう?心あたりがありません。とりあえず私は臼井さんの開けてくれた隙間から件の人物の方へと顔を覗かせました。

 

 妖精さんでした。

 

 錯覚かと思い目をこすりもう一度机の上で胡座をかく白昼夢へと視線を向けます。けれどまだ居ます。お客さんが切手を貼ったり書物(かきもの)をするために用意された長机の上に確かに妖精さんが座っているのです。しかし普通の妖精さんとは様子が違い、何故かタバコを咥え、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべています。こんなふてぶてしい妖精さんは見たことがありません。

 

 なぜ、どうしてと私の脳内を疑問が覆い尽くします。どうして妖精さんがこんなところにいるのか。

 

 今から十年前、私達が原初の深海棲艦を倒すのと同時に妖精さんはそのほとんどが私達の前から姿を消しました。僅かに残った妖精さんもその二年後、深海棲艦の残党の殲滅と共に完全にこの世界から消滅してしまったのです。まるで始めからこの世界に存在していなかったかのように忽然といなくなりました。

 

 そのいなくなったはずの妖精さんが何故ここにいるのか。

 

 私が困惑しているとこちらに気づいた妖精さんがよっこらせとおじさんのような掛け声と共に立ち上がり歩み寄ってきます。

 

「待ってたぜ。お前、『戦争を終わらせた叢雲』の仲間だった春雨だろ?」

 

 『戦争を終わらせた叢雲』。あの日、あの鎮守府で私と別れ、そしてその後消息を絶ったかつての戦友の名です。

 

「そうですけど、貴方は一体……」

 

「頼みがある」

 

 頼み?妖精さんが私に頼み?そもそもどうしてこの妖精さんは当たり前のように言葉を口にしているのか、戦時中でも只の一度もそんなことはなかったというのに。

 

「春雨さん大丈夫かい?」

 

 私の動揺を見て先輩が心配してくれました。

 

「えっと、大丈夫……なはずです。妖精さんは私達艦娘の仲間ですから。戦時中は何時も助けられました」

 

 私は先輩から妖精さんへと向き直り再度尋ねます。

 

「頼みとはなんですか」

 

「……戦争が終わり、お前達が叢雲と別れた後、アイツがどこへ行ったか知っているか?」

 

「私達の司令官が亡くなるまでは司令官と一緒に生活していたはずです。司令官の死後はどこへ行ったのか……それは分かりません。お葬式にも来ませんでしたから……」

 

 あの日、鎮守府の門の前で私と叢雲は別々の道を歩み始めた。でも本当は彼女に言いたかったことがあった。

 

『私と一緒に郵便屋さんになりませんか?』

 

 どんなに綺麗で強固な友情も放っておけばいずれは錆び付き、風化し、砂となって散ってしまう。それが嫌なのなら錆びつかないよう手元に置き磨き続けなければならない。だから私は叢雲とずっと一緒にいたくてその言葉を口にしようとしていた。

 

 ……けれど結局私はその言葉を形にすることはできなかった。

 

 叢雲にとって私は一番ではないと分かっていたから。叢雲にとって磨き続けなくてはならないのは『春雨』との友情ではなく『司令官』との想い出だったから。

 

 だから私は叢雲に別れを告げ一人でこの街にやってきたのだ。

 

「違うな」

 

「?何が違うんですか」

 

「あの戦争の後、叢雲に別れを告げたのはお前達艦娘だけじゃない。あの馬鹿提督も叢雲を拒絶したんだ」

 

「うそ……」

 

 なんでどうしてそんな事になるのか。叢雲は司令官の最初の艦娘で、一番永い時間を共にし互を信じ合っていたはずなのに。そんな二人のことを思って私はあの日叢雲にお別れをしたというに。

 

「嘘じゃねえ。提督(アイツ)に別れを告げられ、涙を流しながら走り去っていくところを俺はこの目で見た」

 

「なら!なら叢雲は何処に行ったんですか!孤児院出身で居場所を求めて艤装を纏った彼女には居場所なんてないはずなのに!そんなの……そんなの酷過ぎます……」

 

 涙で視界がぼやけた。拭っても拭っても視界は晴れない。

 

 戦後間もなくして亡くなった司令官。死因はなんだったのか、それはかつての仲間も誰も知らなかった。けど、叢雲と一緒にいたのだから、その余生は互に穏やかで満ち足りたものだったのだろうと思っていたのに。

 

「叢雲を探して欲しい」

 

「……」

 

「戦後間もなくして姿を消した叢雲。きっとアイツはあの馬鹿との思い出を守っているんだ。風化し錆び付き、塵となって消えてしまわないよう、新しい記憶に上書きされてしまわないよう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)たった一人で記憶を磨き続けてるんだ」

 

 それはつまりあの日から叢雲は時を止めているということだ。

 

 私はこの郵便局に来て沢山の事を経験した。辛かったり苦しかったり嬉しかったり楽しかったりそれら全ての経験はあの時よりも私をはるかに成長させてくれた。

 

 けど叢雲は司令官に拒絶された時のまま、悲しみの底で時を止め涙を流し続けている。

 

 誰かが、彼女の時を再び動かさなくてはいけない。

 

「叢雲を見つけて……貴方に彼女を救い上げることができるんですか?」

 

「……それは分からない。けど俺は叢雲に届けなきゃならない物があるんだ。なあ、お前郵便屋なんだろ?俺を叢雲の元に届けてくれ」

 

 迷う余地はない。泣いている場合でもない。私はもう一度袖で涙と鼻水を拭ってかつて何度も口にした『春雨』の言葉を妖精さんに放つ。

 

「はい!輸送作戦はお任せください、です!」

 

 私の返事を受けた妖精さんはまたニヤリ、となんだか変わった笑みを浮かべていた。

 

 

□□□

 

 

 肩に妖精さんを乗せ、ヘルメットを被り再びオートバイに乗って海岸沿いの道路を進む。時速30kmで進む私達を夏の空気が優しく撫で、日本海から漂う潮風が鼻腔を擽ぐった。

 

「それで妖精さんは叢雲がどこにいるのか知っているんですか?」

 

「いや……それが全然分かんねえんだ。俺なりに調べながら探したんだが生憎俺は叢雲の事をよく知らない。困り果ててお前を頼ったってわけだ。もう時間も残ってないしな」

 

「時間ですか?」

 

「……口が滑った、忘れてくれ。それで春雨、お前は叢雲がどこにいるのか心当たりはあるか?」

 

 十年前、叢雲や鎮守府の皆と過ごした日々を思い返す。記憶の引出しは思いのほかに錆び付いておりなかなか引出しを開けることができない。その事実は私にとってあの日々が、叢雲との絆がどうしようもなく過去の物になっているという事を突きつけてくる。

 

「叢雲は孤児院の出だったはずです。まずはそこへ向かってみましょう。

 

 そう言って私はオートバイの速度を上げる。運転に集中し、錆び付き塵になってしまいそうな思い出から目をそらした。

 

 

□□■

 

 

 オートバイを一時間ほど走らせ辿りついた孤児院は施設と言うにはあまりに小さく古びた外観。建物というよりはプレハブ、失礼ながらそんな印象を覚える。

 

白粉(おしろい)ちゃん、貴方達の言う叢雲ちゃんは一度もここに戻ってきていないわ」

 

 施設の院長である齢六十になろうかと言う女性は叢雲の行方についてそう答えた。唇を尖らせ仏頂面を浮かべ不機嫌を隠そうともせずに言葉を続ける。

 

「可愛くない子だった。何が気に入らないのかいつもブスッとしていて私がどれだけ世話を焼いても笑みの一つも浮かべやしない。他の子供達にだって同じ、誰にも心を開かないでずっと一人で過ごしていたわ。本当に可愛くない子だった」

 

「そう……ですか」

 

 院長の話に耳を塞ぎたくなった。一体叢雲はこの場所でどのような幼少期を過ごしたのか。両親も友達もおらず味方なんて一人もいないこの場所で一人ぼっち。辛くて、苦しくて、泣き出しそうで、だから彼女は『叢雲』の艤装を纏ったのだ。ただこの場所から逃げる為に。

 

 叢雲はこの場所から逃げる為に艦娘になり、艦娘の仲間を得て、英雄となった。そしてあの日、原初の深海棲艦と対峙した叢雲は戦争を終わらせる為に魚雷を投げた。放たれた魚雷は確かに戦争を終わらせたけど同時に司令官や私達との関係性まで終わらせてしまった。終わった先に彼女には何も残らない。叢雲はあの時、何を思いながら魚雷を投げたのだろう。

 

「お話……ありがとうございました」

 

 これ以上、院長から叢雲の過去を聞きたくなくて背を向けた。けど、そんな私の背中に院長はまだ言葉を続ける。

 

「可愛くなかった……。だけど……だからこそ……心配だった」

 

 口調の変わった院長の言葉に驚き振り返ると彼女は大粒の涙を流しながら泣いていた。そこに先程までの仏頂面はなく、むしろ先程までの表情はこの涙を堪える為に浮かべていたのだと気がついた。

 

「あの子が此処に来る前、どんな経験をしたのか私は知らない。きっとそれが原因であの娘は心を閉ざしてしまってたんだと思う。だけど、それでも!!そんな子供の心を癒す為に私はこの院を開いたんだ!なのにあの娘の心を開かせる事はできず、あの子は逃げるように此処を出て行った」

 

 枯れることのない涙と共に院長の後悔と叢雲への想いが溢れ出す。叢雲が出てとても長い年月が過ぎているはずなのにその想いには微かな錆付きも感じさせない。

 

「此処を出てあの子がどうなるか心配だった。戦争が終わって『英雄』なんて持て囃されていると知っても心配だった。だけど……杞憂だったみたいだね」

 

 院長は涙を拭いそれでも溢れる雫と共に私に微笑みかけた。

 

「アンタみたいにこんな場所までやってきてあの子を探してくれる。そんな友人があの子にできて本当に良かった」

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

「叢雲はどうしてあの院に戻らなかったのでしょう……」

 

 孤児院を後にし、私達は次の目的地へと向かう。先程の海岸沿いとは異なり猿などの野生動物の姿も確認できるような山道を進む。郵便局を出たときはまだ昇ったばかりだった太陽もいつの間にか頭上の頂上で燦々と日光を放っていた。

 

「さあな。それは俺には分からない。そもそも俺は叢雲のことなんてなんにも知らないからな」

 

 私の肩に乗り襟を必死に掴みながら妖精さんはそう答える。

 

「ならどうして私達の為に動いて……そもそも貴方は一体何者なんですか?」

 

「俺が誰かなんてのはどうでも良いことだろう。ただお前が叢雲を助けたいかそうじゃないか、それだけだ。ほら、あれが次の目的地なんじゃないのか?早く行くぞ」

 

 

 

 

 □■■

 

 

 

 妖精さんと一緒に叢雲を探し続けた。かつて鎮守府の皆と観光に訪れた舟屋や、星が見えることで有名な丘。数々の思い出の場所を巡った。それはまるで叢雲との思い出を振り返る追憶の旅のようで私の錆び付いた記憶がだんだんと磨かれて行くのが分かった。

 だけど結局、叢雲はどこにもいない。

 

 最後に辿りついたこの場所、私が叢雲と出会った艦娘養成学校の跡地にもその姿はなかった。

 

「叢雲、見つかりませんでしたね………」

 

 養成学校のグラウンドで膝を抱え、空を見上げながらそう呟いた。先程まではどこまでも青く、どんぶらこと白い雲が流れていた空はいつの間にか赤みがかかり、夜が近い事を私達に知らせている。

 

「……本当にこれでいいのか?」

 

「仕方ないじゃないですか。私だって必死に探しました。だけどどこにもいない、もう当てだってありません」

 

「本当にこれでいいのか?」

 

「止めてください」

 

「俺が姿を保てるのは今夜一杯が限界だ。時間がくれば俺は跡形もなく消滅してしまう。そうなれば叢雲はこれから先、ずっと一人ぼっちだ」

 

 きっと妖精さんは本当は私が叢雲の居場所を知っていることも、どうして彼女の元に向かわないのかも分かっている。ただただ、私が臆病な卑怯者だと気づいている。

 

「怖いんです……叢雲に会うのが。きっと今の私はあの頃の春雨ではなくて、叢雲もあの時の叢雲ではないから……」

 

 十年前、私と叢雲の間には強くて、固く、ほつれなんてまるでない確かな友情があった。だけどそれは十年前の春雨と叢雲の話だ。十年と云う月日は良くも悪くも私を変えてしまった。今の私達が会えばきっと余所余所しさを感じてしまう、互の知らない誰かの影を感じてしまう。それが不安で、怖くて私は叢雲の元へ向かう事が出来なかった。

 

「バカ野郎」

 

 膝を抱え俯く私の脛を妖精さんが軽く小突いた。顔を上げると彼はどうしようもなく駄目な娘を見るような目を私に向けていた。

 

「お前はあの院長の話の何を聞いていたんだ。あの院長はずっとずっと、叢雲の事を想い続けていた。二十年以上経った今もその想いは無くならずああして涙していたんだろうが。だったら!たかだか十年でお前ら二人の友情が消えてなくなるわけがないだろが!」

 

「そんなの分かりません!!現に今日、貴方と叢雲を探していて分かりました!私はあれだけ大切に思っていた仲間達との記憶の大部分を忘れてしまってたんです!きっと今日、貴方と会わなければ一生思い出すこともなく完全に忘れてしまってました!」

 

 私はまた、頭を膝に押し付けて俯く。

 

「きっと叢雲と会えば、お互いが昔の友人(・・・・)なのだと気づいてしまいます。だったらこのまま綺麗な思い出として忘れ去る方がいいんです……」

 

「だったら何で泣いてんだ?」

 

「え?」

 

「お前に取って叢雲が過去の友人になっているのならどうしてお前はそうやって膝を抱え泣いているんだ?風化してしまった友情だと言うのならそんな風に泣く必要はないはずだ」

 

「それは……」

 

「お前といい、お前の司令官といい本当に世話が焼ける……。何で自分の気持ちすらもろくに理解できないくせに、相手の気持ちばかりを考え、暴走してしまうんだ」

 

「分かったような事を言わないでください!」

 

「分かるさ。だってお前は、自分の司令官と全く同じ過ちを繰り返そうとしてるんだからな。あの日、それが誤りだと知りながらアイツを止められなかった俺にはお前を止める義務がある」

 

「私と司令官がいっしょ……?どう言う意味ですか」

 

「特別だ、お前に見せてやるよ。あの日、あの馬鹿がどうして叢雲を拒絶したのか、その理由をな」

 

 

 

 

 

 

      □□□

 

 

 

 

 

 空を見上げ続けて分かった事がある。それは始めから私、叢雲はこの空が好きではなかったということだ。ただ司令官(あの人)が青空を好きだったから、私も好きなのだと錯覚した。本当はあの人の隣に座り時間を共有するのが好きなだけで、ただあの人が好きなだけだった。

 

「お久しぶりです、叢雲」

 

 波止場に座り水平線の向こうへと沈む太陽を眺めていると声が聞こえた。長らく人と会話をしていなかった私はそれが私へと向けられたものだと直ぐには認識できず固まってしまう。そんな私を知ってか知らずか声の主は私の隣へと腰を下ろし同じ様に夕日を眺めた。

 

「久しぶりね、春雨」

 

 隣に座ったのはかつての(・・・・)友である春雨だった。あの日この鎮守府で別れた春雨はあの時とは比べ物にならないほどに落ち着き、大人び、何より綺麗になっていた。

 

「・・・・・」「・・・・・」

 

 久しぶり、と一言だけ言葉を交わすと直ぐに静寂が場を飲み込んだ。きっと誰だってこんなものだ。子共の頃、どれだけの仲の良かった友人だって大人になって再会すればどこか余所余所しさを感じてしまう。子供の時のような関係には戻れずそのまま別れ二度と会うことはない。

 

 絆なんてそんなものなのだ。

 

「司令官は亡くなりましたよ」

 

 春雨のその言葉を私の心はずっしりと重く、だけど何の抵抗もなく受け入れた。悲しみよりも救われたような気持ちになった。

 

「そっか……。死んじゃってたんだ。なら、もうここで待ち続ける意味もないのね」

 

 ずっとずっと待っていた。あの日、あれだけこっぴどく振られ、拒絶されたというのに私はそれでもいつかここで待っていれば司令官(あの人)は私を迎えに来てくれる、その時はパンチの一発でもお見舞いして許してあげよう、なんて考えていた。

 

 でも結局あの人が迎えにくることはなかった。

 

「どこへ行くのですか」

 

 立ち上がり去ろうとすると春雨がそう言った。もう放って置いて欲しい、今はとにかく一人になりたかった。

 

「別に。ただもう此処にいる意味はなくなったから。また縁があったら会いましょ」

 

 今度こそ立ち去ろうとするが春雨は私の服を掴み離さない。一体何がしたいのか。

 

「叢雲、私と一緒に来ませんか?」

 

「……ありがとう、でもごめんなさい」

 

「またそうやって逃げるんですか」

 

「……、またってどういうことよ」

 

「そのままの意味です。あの日、司令官に拒絶された貴方は逃げ出すべきじゃなかった。どれだけ拒まれてもあの人の手を離さなければきっと貴方は真実に辿りついて今とは違う、後悔のない今にたどりついていた……!」

 

「勝手な事を言わないで!!!」

 

 私の服を掴む春雨の手を力づくで振り払おうとした。だけどどんなに強くその手を振ろうが叩こうが春雨は手を離さない。司令官の手を離してしまった私が間違いだったとその意思でもって思い知らせてくる。

 

「あの日の事を誰から聞いたか知らないけど、いい加減な事を言わないで!私はただ拒絶されたの!そこには理由も釈明も何もない!」

 

「あるんだよ」

 

 春雨の肩から彼女のものではない低い声が聞こえた。何かが春雨の肩に乗っている。目を凝らすととっくの昔に私達の前から姿を消したはずの妖精さんがそこにはいた。

 

「ようせい……さん?なんでここに……」

 

「そんなことはどうだっていい。ただ俺はアイツから預かった記憶をお前に届けに来ただけだ。この春雨の力を借りてな」 

 

 妖精さんは手の平を私に向けて差し出す。その手の上にはまるで青空のように澄んだ青の丸い球体が乗せられていた。

 

「これはアイツの記憶だ」

 

「きお……く?」

 

「そうだ。十年前のこの場所であの馬鹿は確かにお前を拒絶し二人は袂を分かった。きっとお前はアイツに捨てられたのだと思ったんだろう。だが違う。あの馬鹿は最後の最後までお前の幸せを願っていた。ただアイツはどうしようもなく不器用で甲斐性がなくて、人の心が分からなくて……だけど呆れる程に優し過ぎただけなんだ」

 

「あの日、アイツが何を思ってお前を拒絶したのか、その真実を見せてやる」

 

 その言葉と共に、妖精さんの手の上の球体が弾け飛び私達を『青』が包み込んだ

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「お別れです」

 

 数秒前まで叢雲さんの薬指で輝いていた指輪を私は思い切り空高く放り投げる。指輪はぐんぐんと青空に向かっていき、やがて雲に届くことなく失速し海へと落ちた。

 

「なんで……なんでこんなことするのよ……」

 

 その問いに私は答えない。ただ淡々と司令官である私と駆逐艦:叢雲の関係の終わりを、さよならを告げる。

 

「お別れです」

 

 その言葉がトドメとなって叢雲さんは私に背を向けて走り去っていく。

 

 ああ、良かった。きちんとお別れすることができた……。これでもう彼女が私に縛られることもない。

 

「本当にこれで良かったのか?」

 

 叢雲さんを見送る私の背に誰かが声を放った。振り返らずとも誰かは分かる。私と同じ『提督』で同期の男だ。

 

「こうするしかなかったんです」

 

 背を向けたままそう返すと彼が歯を噛み締める音が聞こえた気がした。昔からぶっきらぼうでがさつな男を演じていたが彼が誰より優しく、美しい心の持ち主だという事を私は知っている。

 

「あとどれくらい残っているんだ?」

 

「一年……いや、それすらも怪しいですね」

 

 提督。そう呼ばれる私達の間には暗黙のルールがあった。それは妖精さんに関しての秘密を決して艦娘達に知られてはならないということ。

 

 妖精さんは提督の命を代償に召喚されている(・・・・・・・・・・・・・・・)。そんな事実を心優しい彼女達が知ればどうなるかは想像に難くない。暁の水平線に勝利を刻み、世界が平和になった後も、その事実は艦娘達の心に傷跡として残り続けてしまう。

 

 だから提督達はその真実から目をそらし、口を閉ざし、そして私は叢雲さんを拒絶した。

 

 僅かばかりに残されたこの命に彼女を付き合わせる訳にはいかない。

 

「貴方は共に歩むことを選択したそうですね」

 

「ああ……。間違っていると思うか?」

 

「いいえ。貴方は私とは違う。きっと残された時間で沢山の物をその娘に送ってあげられると思います」

 

 その言葉は本心から出たものだった。彼は私とは違い、要領がよく、人の心を解している。その関係が一時のものだったとしても、やがて訪れる別れの悲しみ以上にその優しさを伝えられるでしょう。

 

「お前は何も分かっちゃいない!」

 

 背を向け続ける私の正面に男が周り込みそう怒鳴った。いつもニヤニヤと浮かべていた不敵な笑みはそこにはなく、ただどうしようもない歯がゆさだけをその顔に残している。

 

「お前は自分の死が叢雲を深く傷つけるのが怖くてアイツを拒絶した。気持ちは分かる!痛ぇ

くらいに分かる!!でもよ!!!走り去っていく叢雲の顔をお前も見ただろ!?」

 

 数分前の叢雲さんの表情がフラッシュバックする。彼の言うとおりだ、私は彼女に泣いてほしくなくて、傷ついて欲しくなく拒絶した。これでは本末転倒だ。けれどここでそれを認める訳にはいかない、もう……後戻りはできないのだから。

 

「今ここで拒絶するか、私の死に叢雲さんを付き合わせるか。どちらが彼女を傷つけないか選択したまでです」

 

「確かにお前が死ねば叢雲は悲しみ傷つくだろう……けどな!死ぬまでの間に少しでも時間があれば何かを残してやれんだろが……ここで拒絶したら……残るのは悲しみと傷だけじゃねえか……」

 

「その傷は致命傷たりえません。致命傷でなければ時間がその傷を錆びつかせてくれます」

 

「お前の言う通り時間は心の傷すらも錆びつかせその痛みを和らげてくれるかもしれない。でもな、傷は消えるわけじゃないんだよ。いつまでも叢雲の中に残り続け、アイツが自覚しないまま人生を狂わせる」

 

「……うるさい」

 

 私は襟を掴む男の手を払い彼を睨みつける。

 

「そこまで言うのならこれを貴方に託します」

 

 心臓に手を当て鼓動を鈍らす。命を削り未来を消して、代わりに産み落としたのは青空と同じ色をした球体(きおく)だった。

 

「それは……?」

 

『これは私の記憶です。もしも……もしも貴方の言う通り、私の選択が間違っていて叢雲さんの人生に狂いが生じたのなら彼女に渡してください』

 

「……」

 

 それ以上、男は何も言わなかった。ただ、無言で私から球体を受け取り逃げるようにして背を向けた。

 

 夕空に紛れてゆく男の背中を見つめ続けた。男の姿が完全に見えなくなったとき抑えていた涙が決壊しボロボロと溢れ出した。

 

 涙で青に染められた視界には、夕空であるはずの上空が昔叢雲さんと肩を並べて見上げた青空へと姿を変えていた。

 

 

 あの男の言う通り私は間違っていたのでしょうか?

 

 

 それはこれから死にゆく私には永遠に解けない謎だった。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「間違ってるに決まってるでしょ……!!」

 

 司令官(あの人)の記憶を見て怒りよりも、悲しみよりも、悔しさに涙と言葉を吐いた。

 

「なによ、妖精さんの正体は提督達の命の代償って……!!そんなの聞いてないわよ……知ってたら……!知ってたら私は!!!」

 

「戦わなかった……か?」

 

 春雨の手に乗る妖精がそう言った。

 

「お前達は優しいからな……。事実を知れば俺達の命を使うことを拒み、艦娘を辞める奴らだってでただろう。そうなることを恐れて俺達は事実を隠したんだ」

 

「でも!それでも……!」

 

 それ以上言葉は出なかった。全部、全部さっき見た真実と共に司令官(あの人)が何を思って私を拒絶したのか知ってしまったから。

 

 あの馬鹿で甲斐性がなくて優しいだけの男は最後まで私の幸せを願っていた。

 

「今更こんなの見せられてどうしろってのよ……。もう私には何も残っていないのに!こんなの見せられちゃもうここで膝を抱えて拗ねることだってできない!」

 

「何も残ってない?涙で視界が濁ってるなら擦って向き合え。俺を、アイツの記憶をここまで届けてくれたのはお前の友で、紛れもなくお前に残されたもんだろが」

 

 そう言って歩み寄ってきた妖精さんが私の涙を拭ってくれた。彼の言う通り、鮮明となった私の視線の先にいたのは春雨だった。

 

「叢雲、貴方にずっと、ずっと言いたかったことがあります」

 

 春雨は私に手を差し出した。その姿はまるで十年前、司令官に手を差し出しだけど拒まれた私の姿そのものだった。

 

「叢雲、私と一緒に郵便屋さんになりませんか?」

 

 その言葉にまた視界が濁った。もう私には何も残っていないと思っていたのに、大事なものは全部錆び付き風化してしまったと思っていたのに。春雨はこの言葉を十年前の別れからずっと大切に、錆びつかないように磨いてくれていた。

 

 司令官(あの人)の想いも知らず、捨てられたと思い、ずっとこの場所で空を見上げていた私なんかの為に。

 

 苦しくて、申し訳なくて、だけどやっぱり嬉しくて、私は春雨に抱きついてこれから先の人生、一生分の涙を流した。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

「どこへ行くんですか」

 

 抱き合う私達に踵を返し、去ろうとする妖精さんを春雨が引き止めた。

 

「消えるまでもう少しだけ時間がある。それまでのんびり俺達が守ったこの世界でも散歩しようと思ってな」

 

「……本当にそれで良いのですか?」

 

 春雨が放ったその言葉は先程の記憶の中で司令官(あの人)が男に言われたものと同じだった。

 

「何が言いたい」

 

 春雨は抱きつく私の頭を優しく撫で、「少しだけ、残業があります。待っていてください」そう言って妖精さんに向かい合った。

 

「貴方も私達の司令官と同じということです」

 

 妖精は提督が命を代償とし産み落とされる存在。それが本当なら目の前の妖精さんもその例には漏れない。

私も春雨も気づいていた。目の前の妖精の正体はあの記憶の中で司令官(あの人)を糾弾していた男に間違いないということを。

 

「記憶の中で司令官は言っていました。『貴方は共に歩むことを選択したそうですね』と。妖精さん、貴方にもその残された時間で会わなければならない人がいるのではないですか?幸い、貴方の目の前にいるのは人の気持ちを届ける事を生業とする郵便屋です。依頼(しじ)さえ貰えれば必ず送り届けます」

 

 春雨の言葉に妖精さんは唇を噛み締めた。何か葛藤があるのが見て取れる。だけど、直ぐに噛み締めた口を緩め、春雨へと届け物(おもい)を託す。

 

「一人……一人だけどうしても会いたい奴がいるんだ。口が悪くて生意気で……どうしようもなく素直じゃない奴だ。けど……俺の事をクソ親父って呼んでくれたんだ。俺は……消える前にもう一度だけアイツに会いたい!どうしてもアイツに会いたいんだっ!!頼む、俺をアイツの許まで送り届けてくれ!!」

 

 その言葉を受け、春雨は妖精さんを肩に運びオートバイに飛び乗った。そして昔、何度も、何度も聞いたあの頼もしい言葉を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい!輸送作戦はお任せ下さい、です!!』

 

 

 

 

 

 

 

 




ホントのホントにおしまい。
感想をいただけるととっても嬉しく思います。

下記のうち良かったと思う艦娘の物語を教えてください。

  • 卯月
  • 陽炎
  • 叢雲
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