清廉なる槍と悪辣なる狂眼
〈Infinite Dendrogram〉を始めてゲーム内時間で三週間が経過した。アヴェスタ君も第三形態にまで進化し、様々な〈エンブリオ〉からスキルを学習した。といっても、まだ四つしか学習出来ていないが。
「おーいナナシくーん」
転職を済ましたクルルがこちらへと駆けてくる。装備は一新されており、《ダメージ軽減》Lv1と《MP増強》Lv1が付いた白のライトアーマー。また、亜竜級のボスモンスターを倒して手に入れたグローブを身に付けている。
《解析鏡》によれば、現在の彼女は【闘士】であることが分かる。これまで、【槍士】、【戦士】、【魔槍士】と就いてきた彼女の四つ目のジョブだ。
何故上級職にはならないのかと聞いてみたが、曖昧な返答しか返って来なかった。
因みに私は、二つ目に就いた【呪術師】に未だ留まっている。アヴェスタ君のスキルに経験値を奪われているため、本来の半分程度しか経験値を得られていないからだ。
「早かったですねクルルさん。それでは出発しますか」
「今日も沢山狩ろうねー」
「今日は何匹いけますかね」
「三、四匹はいきたいねー」
準備が済んだのを確認し、私達は先週からの日課である亜竜級ボスモンスター狩りを始めるべく街を出た。
「グゴオオオアアアッ!」
亜竜級ボスモンスターの中でも、極めて倒し易いと評判の熊がその自慢の腕を振り下ろす。しかしあまりに単調なその攻撃がクルルに当たることは無い。
余裕を持って後ろに避け、シムルグで突く。風の刃を纏った一閃は無防備だった左肩に命中し、そに肉を抉る。赤が散り、悲痛な叫びが響く。
何度か同じ攻防を繰り返し、確実に熊のHPを削っていく。
一方、詠唱を終えた私から放たれた火球が顔面を焼き、苦痛に悶える。
間髪入れずシムルグの風が吹く。以前私を助けたときにも使っていた、風の刃を飛ばすスキル《風翼閃》だ。僅かながら、熊の両腕に裂傷が刻まれる。威力自体はさほどでもないが、着実にダメージを蓄積させていく。
「ウラアアア」
苛立ちの咆哮を上げる熊はその両手に赤い光を纏いクルルを襲う。先程よりも明らかに速いその攻撃は、しかし一片たりともダメージに変じることはない。
大振りの攻撃を避けられ、不安定な体勢になっている所に私の放った火球が命中する。
「ウボオァァ」
防戦一方な戦いを強いられ、しかし最後まで抗う熊。
だが、その奮闘虚しく、光の粒となり消えていった。
「いやー《解析鏡》のおかげで楽に終わるねー」
彼私達がここまで楽に熊を倒せたのには、無論理由がある。《解析鏡》を使い予め対策を立て、連携を磨いた。だがそれ以上に熊の持っていた弱点による所が大きい。
物理攻撃に対する高い耐性と。弱点である魔法を封じる為のAGI。シンプルかつ強力に進化してきた熊であったが、魔法による斬撃が可能なシムルグと、もう一つの弱点である火を執拗に攻める私、そして私への攻撃を行わせないように何度も風で攻撃し注意を引き続けたクルル。
単純に相性が悪かった。ただ、その相性を知る為には《解析鏡》が役立ってくれた。やはりこのスキルは強力だ。
「ですね。この調子ならもう少し倒せるかもです」
「よーし、じゃあがんばろー」
この後めちゃくちゃ熊を狩った。
「お疲れさまです」
「おつかれー。じゃ私はこれでログアウトするから」
宿へと向かうクルルを見送った後、私達はすっかり暗くなった森へと向かった。今日の目的は、モンスターの持つスキルの学習である。
『そういえば〈マスター〉』
「なんだいアヴェスタ君」
『いつ寝てるんだ?昼はクルルとレベル上げ。夜は一人で学習。ログアウトしてる時間も殆ど無いだろう?』
「どうでもいいだろうそんな事。このゲームが抱える秘密に比べれば些細な問題。このゲームを始めるに当たって
『どうしてそんなに〈
「ああ野暮だ。野暮だとも。この世界をもっと知りたいと思った。それだけで理由は十分だしそれ以上でも以下でも無い。私はただこの知的好奇心を満たすという使命の為にこのゲームを遊んでいるのだ。君なら解るだろう?」
『・・・すまない。時間を取らせた』
「謝る必要など無いさ。それよりアヴェスタ君、あれを見たまえ。見たことのないモンスターだ」
『・・・そいつは是非調べないとな』
アヴェスタ君との語らいを終え、私は悠然と歩いて行く。その先には、【怨念恐装 レギオン】という名を持つモンスターが、《解析鏡》越しに見えている。ニヒルな笑みを浮かべながら私はソレに向かっていく。
桁違いなそのステータスを知りながらも、私の歩みは止まらない。むしろ興奮が抑えきれないという風にその足取りは早い。
力の差などどうでもいい。倒すつもりは毛頭無い。
〈
全ては未知を知る為に。
また、こんな“駄作ではない”本当のVRMMO創世の為に。
私の目指す頂は遥か先にある。
デスペナルティが空け、ログインした私はクルルと会い、〈UBM〉について話した。
一緒に討伐に行かないかと聞いたが、はっきりとした口調で嫌だ、と言われた。
何故だ、と理由を聞く。
それに対しクルルは、シムルグの風の如く、鋭く切り出した。
「・・・ナナシ君。私に隠し事してるでしょ」
「はい。していますね」
極めて冷静な口調で返答する。
「それを今ここで明かして欲しいんだけど」
「お断りします。きっと失望するでしょうから」
「アヴェスタ君は知ってるんでしょ?教えて」
『・・・断る』
「知ってることは隠さないんだねアヴェスタ君。何やってるのか知らないけど、悪いことしてるんじゃないんだよね?」
「ええしていませんよ。PK行為なども勿論やっていません」
「じゃあ何で隠すの。私、これでも仲間のつもりだったんだけど」
「私も仲間だと思っていますよ。ですがこの事は誰にも知られたくないので」
「けどアヴェスタ君は知ってるじゃない!」
「ええ、〈エンブリオ〉相手に隠し事はしたくてもできませんし」
段々高ぶっていく彼女の声音と変わること無い私の声音。如何にも人間的な彼女の声は、無機質な私の心の壁を未だ壊せずにいた。
「いいから教えてよ。私がログアウトした後、君はこの世界に残って何をしていたの?」
冷徹な声の波を幾度となく受けた彼女の瞳の奥には、弱まることを知らない決意の火が灯されている。
これは言いくるめられそうにありませんね。
「分かりました、話しましょう。私が何をしているのか。それによって何を得たか」
ただその前に知っておいて貰わなければならないだろう。もう一人を。
「驚かないでくださいね」
「そう言うのいいから。早く話して」
いい加減辛抱堪らない様子だ。躊躇などせず早く教えろとの怒りを、その眼光が示している。
「分かりました」
スイッチを入れる。
「この人格で会うのは初めてだねクルル君。よろしく頼むよ」
急に声色と口調を変えた私に彼女は疑問符を浮かべる。
「要するに、二重人格ってこと?まさかそれで失望すると思ったの?」
「まあそう急くな。無機質な私が心配していたのは、二重人格が露呈する事では無い。問題はその先、この私の人格は性格が非常に悪いのでね。それに失望されるのを怖れたのであろう」
「性格悪いって普通自分で言う?」
「ああ、私は他人を実験対象としてしか認識しておらぬからな。この世界に来てからの行動の大半は打算あってのことだと思って貰って構わない」
「はあ、それで具体的に何をしたのよ?」
「解剖だ」
「・・・本当に?」
「ああ、より詳しい情報があれば《本能、獣のみが秀でる》や《叡智、人のみが望む》の取得確率が向上するかと思ってね。【呪術師】の拘束魔法で動きを止め、解剖したのだ。無論モンスターにしか解剖はしていないがね。プレイヤーに対しても騙すように〈エンブリオ〉のスキル情報を取っていったから、相当なマナー違反だろうよ」
「そこまで客観的に自分の行動を見つめられるのに、改めようと思わなかったのは?」
「マナーなどどうでも良かったのだよ。私にとって彼らは
「そっか。そっかーー」
少しばかり残念な顔をしながら彼女は立ち上がる。
「思ったよりショックを受けないのだね。私は、自身が結構なクズであると自覚しているのだが」
「スキル情報を取ったり解剖したり、色々ぶっ飛んでるけど、その程度じゃあ驚かないよ」
その時、ようやく気付いた。彼女の瞳は私同様狂気に染まった物だと。興味深いな。
「ぶっ飛んでるのは、うちの兄で慣れてるし。ただ、もし君が更に道を外し、他のプレイヤーやティアンにまで解剖したりするようになったら・・・」
彼女がその指をこちらに突きつけ、力強く宣言する。
「私があんたをぶっ殺す」
「おお、それは怖い。怖いなぁ。ではこちらも宣言しよう。ーーー私は全てを解き明かす。誰にだって邪魔はさせない」
「ではお元気で」
『またな』
固い決意を胸に歩き出した少女の背中はどこか輝いて見えて、今の私には直視できない。ほんの僅かな期間しか接することの無かったはずなのに、私の心にはぽっかりと穴が開いてしまった。
「また使命が増えてしまいましたね・・・」
私は自身の使命である探求を止めるつもりは無い。だが、彼女が立ちはだかるのならその障害を跳ね退ける力がいる。
強くなって帰ってくるだろう彼女を、跳ね退ける程の力が。
『ああ、だが』
「ええ、ですが」
ーーこれで思う存分学習に取り組める。
清廉なる槍と悪辣なる狂眼が再び交わり、大きな騒動を起こす事になるのは、遥か先の話。
それまで、旅に出た清き少女と、無機質な男のパーティーは解散だ。
物語は次のステージへ向かう。