好奇心に突き動かされた狂人   作:ナナシ名無し

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ある男達の語らい。そして彼も旅に出る。

 繁華街の喧騒の奥。三番目の路地を抜けたところにある古い酒場で、エールを飲みながら情報交換を行っている三人の男。

 彼らはいずれも左手に紋章を備えた〈マスター〉であり、旧友であった。

 彼らは同窓会の帰り道、ドライヤーを買い替えようと寄った小さな電気屋で、〈Infinite Dendrogram〉が三つ売れ残っていたのを見つけた。

 これは運が良いと三人で始めることになったのは当然の成り行きと言えよう。

 何せ当時は、〈Infinite Dendrogram〉が発売されて以来続いていた品切れがようやく少なくなって来ていた時期だ。三人は、中華料理が好きだった事もあり一緒に黄河の地へと降り立った。

 

 彼らはそれぞれ特徴的な〈エンブリオ〉を持ち、ログイン開始からの半年で手に入れた高価な装備品を身に付けた、そこそこの猛者であった。そんな彼らは、とあるルーキーの〈マスター〉から依頼され一体の〈UBM〉、【怨念恐装 レギオン】を討伐した。周囲の怨念を取り込み、自身の武装へと変える力を持ち、さらに【恐慌】状態を与える強力なデバフを備えていたレギオンは実に強敵であった。

 だが、依頼者から得た詳細なスキル情報(・・・・・・・・)各種弱点(・・・・)を元に対策を行い挑んだ彼らは、誰一人デスペナルティに陥る事も無くレギオンを討伐せしめた。

 

 

 そして、彼らは疑問に思った。

 ーールーキーにこれほど詳細な情報を得る力が備わっているものだろうかと。

 例え〈エンブリオ〉が解析に特化していたとしても、下級のそれでは、ここまで詳細に知ることは出来ない。ならばどうして?

 

 これではまるで、

 ーー彼が後一歩の所まで(・・・・・・・)レギオンを追い詰めていたかのようではないか、と。

 

 故に彼らは酒場に集まり、会議を開いた。議題は件のルーキーを自分たちの所属クラン〈シーカーキャンプ〉に入れるか否か、そしてそのルーキーはどんな方法でレギオンの力を暴いたかだ。

「受けてくれるかは別にして誘いはかけるべきだろう。重要なのは、どうやってあそこまで詳細な情報を手に入れたかだ」

 三人のリーダー格であるナスターが話を切り出す。その右手には【怨念恐輪 レギオン】という銘の指輪が嵌められている。

「やっぱり〈エンブリオ〉が解析に特化していて、遠巻きに長時間観察していただけじゃないか?」

 次いで口を開いたのは三人のうち、唯一の魔法職である男。名をエルキス。〈エンブリオ〉のスキルも相まって、上級職の身でありながら、魔法の威力だけは超級職並みだ。

「でもなー、やっぱりこの情報は正確過ぎるって。絶対おかしい」

 最後に口を開いたのは、バルケン。盗賊などのジョブに就き、このパーティーにおける遊撃役だ。

 それから数十分、ああでもないこうでもないと議論を交わしていると、彼は来た。

 新品の白衣を羽織り、安物のナイフを腰に下げている。〈エンブリオ〉によるものだろうか?その瞳は暗い光を纏っている。そこそこに整った顔付きと艶のある髪、そして深く付いた目の隈。

 紛れも無く、彼らに【怨念恐装 レギオン】の討伐を依頼した〈マスター〉、ナナシである。

 報酬を貰う為、そして彼をクランに勧誘する為、テレパシーカフスで呼んでおいたのだ。

 彼が席に着き、エールを注文すると、レギオン討伐祝いの宴が幕を開けた。

 

 

「今回の報酬なのですが、最初に話した通りモンスターの情報でよろしいのですよね?」

 これまで私が調べてきたモンスターの情報の数々。

 生態・スキル・弱点・相関図・内部構造など、今まで私が調べてきた物の多くをまとめた紙束を渡す。

「君の持つデータは実に興味深い。ティアン達ですら持っていないような情報をここまで集められるとはね。〈DIN〉に聞けばある程度手に入るだろうが、あそこの要求額は多すぎるし。どうだろう、うちのクランでその力を役立ててはくれないか?君にとっても多額の金銭を得る良いチャンスだろう?」

 猛禽類の如き狩人の目でナナシを捉え、ナスターは聞く。

「入るのは遠慮しておきます。ただ、専任の情報屋として懇意にして頂ければ幸いです」

 だが、こちらにも事情がある。いつか旅に出たいと考えている私にはクランに入るつもりが一切ない。それに、無駄に人との関わりを深めても学習に割く時間が減ってしまうだけだ。

 ーー互いに利用しあうだけの関係で済ましていた方が、あなたも都合がいいでしょう?

 そう目で訴える。

「それで十分さ。いい返事が聞けて良かったよ。これからよろしく、ナナシ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「まあ飲めや。今日はナスターの奢りだ」

「ありがとうございます。この餃子おいしいですね」

「俺のオススメさ!狭くて薄暗いがいい店だろー」

『狭くて薄暗くて悪かったな!」

 厨房の奥から、店主の声が響く。それに対し軽口で返すバルケン。普段から通っているのか、随分と親しそうだ。

「ああそうだ、一人紹介を忘れていました」

 私が心の中で合図を送ると、私の目を覆っていた暗い光が消失し、代わりにアポストル体のアヴェスタ君が現れる。

「ほう珍しい。アポストルか」

「かなりレアなカテゴリーじゃねーか」

「それに随分とイケメンだな」

『こいつのエンブリオのアヴェスタだ。よろしく頼む』

 それから二時間、団欒と情報交換を行っていると、話はアヴェスタ君のスキルへと移った。

「それで?レギオンの情報をどうやってここまで入手できたんだ」

「アヴェスタ君の持つ《解析鏡》というスキルを使いました。お察しの通り相手のスキル・弱点などを解析するスキルです」

「けどそれだけじゃねーんだろ?どんな手品を使った?」

 ずけずけと踏み込んで来るバルケン。まあ話しても大丈夫でしょう。ただ、ガードナーからも学習できることは伏せましょうかね。

「アヴェスタ君は、相手を解析することに特化した〈エンブリオ〉ですが、同時にラーニングに特化した〈エンブリオ〉でもあるんですよ。遠くから《解析鏡》で観察し、さらに実際に戦って、より詳細な情報を手に入れたんです」

「具体的に何のスキルを使ったんだ。いくらラーニングって言っても下級の出力じゃ大したスキル手に入らんだろ」

「他プレイヤーから入手した各種聖・火属性の魔法スキルと、モンスターから手に入れたステータス増強系スキルを主に使いましたが、他にも地形を利用したり、槍とかの武器を使ったりと色々です」

「そして最終的にデスペナと」

「そういうわけです。ちなみにレギオンの弱点は、戦いながら《解析鏡》を使い続けて何とか見つけ出しました」

「本当に独力でそこまでやれたのか?まだルーキーなのに」

「・・・お陰で手持ちのアイテムの殆どを失いましたが」

「すげーよお前。やっぱうちのギルド入れって!」

「すみません。クランにはこれから先も入らず、ソロでやって行きたいんです。その方が気が楽ですし」

 他のプレイヤーにアレを知られる訳にはいきませんし。そういえば、あの時は何であんなに話してしまったんでしょうか。クルルさんにそこまで思い入れは無いと思ったんですが。

 まあいいでしょう。

 それから二時間に渡って宴は続き、大いに楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 クルルとのパーティーを解散してから地球時間で一ヶ月(〈Infinite Dendrogram〉時間で三カ月)が経った。モンスターや他プレイヤーから様々なスキルを学習し、アヴェスタも第五形態へと至った。

 また、〈シーカーキャンプ〉というクランとのコネを作り、モンスターの持つ詳細なスキル情報・弱点を売り金銭を得た。

 その金銭の多くは装備品へと還元され、他の上級職の〈マスター〉と比べ幾分か上等な物になっている。

 さらには、アヴェスタが第五形態に至り、必殺スキルを覚えたお陰でレベル上げの速度は飛躍的に上昇した。

 現在のメインジョブは上級職の【剛槍士】。そのレベルは52まで来ている。合計レベルは402で、【剛槍士】をカンストしたら、後は天地で【結界師】に就けばビルドは完成だ。

 だが、あれ以来〈UBM〉に遭遇する機会は無く、しばし刺激の薄い日々が続いていた。

「そろそろ旅に出ましょうか。天地に行くのは相当大変と聞きますが、今の私達なら行ける筈ですし」

『ああ、丁度昨日創った(・・・)やつか』

「ええ、MPが最後まで保つか分かりませんし、ポーションは多めに買っておきましょう」

『天地で目標を達成したらどうするつもりだ?』

「そうですねぇ・・・全国家を巡るのは当然ですが、折角ですし各地の猛者と戦ってみたいですね。私達はそういう経験がありませんし」

『ああ、是非とも学ばせて貰いたいな。色々と』

「天地を出る頃にはアヴェスタ君も第六形態に至っていればいいのですが」

 幾らかの期待と不安を抱えながらも、私はようやく黄河の地を離れ、修羅の国との呼び声高い天地へと向かい飛び立った。

 

 

 

 道中、黄河近海の上空にて。

 《炎魔鳥》という魔法で創った火の鳥に乗り天地へと向かっていた私達の目の前に、立ちはだかる障害あり。

 数百の眷属を従え、天上に君臨する鳥獣の王。

 伝説級に位置するこの一帯の空域の支配者。

 【王鳥獣 グリュプス】。

 

 対するは、未だレベルカンストに至らぬ一人の〈マスター〉。特典武具も持っておらず、王と相対するには些か役不足であるのは否めない。

 しかし、彼は“狂眼”の名を持ち、黄河の討伐ランキングに名を連ねる猛者の一人である。

 これより始まるのは互いの全てを尽くした死闘であり、一方的な蹂躙ではない。

 

 

 彼らの戦いを邪魔する者もまた、いない。

 


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