古雪椿は勇者である   作:メレク

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ゆゆゆ本編に触発されて書き出しました。よろしくお願いいたします。


一話 椿と銀

今日も今日とて、今はもういない一つ年下だった幼なじみの家へ向かう。

 

『ふと思ったんだが、和風の家なのにピンポンなんだよなうち』

「知るかよ」

 

貰っている合鍵で中に入ると、既にご両親は起きていた。

 

「おぉ椿君。いつも悪いね」

「いえ、もう日課になってるので来ないと逆に違和感あるんですよね」

 

てきぱきと料理を作る。卵は未だに両手で割るが、速度は上がった自信がある。

 

「どうぞ」

「ありがとう...本当にいいの?」

「遠慮されるとこっちが困りますから。弟さん達起こしてきますね」

 

共働きのご両親に、やっと保育園にも入れるようになった子供と、小学生の少年の四人家族。夕飯は家政婦さんが作ってくれるらしいが、朝はずっと俺の仕事だ。

 

「そーらガキども!起きろ!!」

「にぃーちゃんうっさい...」

「にーにー...うるさい...」

「夕飯は肉抜きにするようメモ書きしとくぞ」

「おはようございます!」

「おはよぉー...」

「...現金なやつらだなぁ」

 

これが俺の日課。

 

『じゃあほら』

「いつも悪いねぇ...そぉら!」

「わぷ!にぃーちゃんまた?」

「苦しぃ...」

「いいからいいから...大きくなりやがって」

 

そして、これが彼女の日課だ。

 

『満足したよ。ありがとう』

「...さぁ!顔洗って飯食って歯磨きしてこい!」

「「はーい」」

 

そのあとは皆を送り出して、自分も家を出る。

 

訪れた家の家名は三ノ輪。幼なじみの名前は銀。

 

「んじゃ、俺らも行くか」

『そだな。椿、飯の時変われ』

「じゃあ勉強もうけるか?」

『アタシ一眠りしてるわ!』

「...はぁ」

 

亡くなった筈の彼女が文字通り俺と共に過ごすようになってから、一年と少し経とうとしている。

 

 

 

 

 

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三ノ輪家の隣の家にすむ俺こと古雪椿は、三ノ輪銀とよく遊んでいた。

 

家が隣だったのもあるし、銀がやんちゃで男ばかりの遊びにも付き合っていたからだろう。外で遊ぶこともあれば、ゲームで互いの家に入り浸ったこともある。

 

銀はお金持ちが通う神樹館という学校、俺は普通の小学校に通っていたが、小学生になってからも仲は良かった。

 

小学生も六年になるというとき、銀は、自分が神樹様に選ばれ、重要なお役目を果たすことになったと話してくれた。

 

この世界は未知のウイルスによって、四国以外が消されている。そのウイルスから守ってくれた神樹様は崇拝の対象で、お役目は名誉なことだ。

 

『だから遊ぶ時間減るかも...』と申し訳なさそうにしていた銀に対し、俺は寧ろ喜んだ。よく知る友達が英雄の様な存在になったのだから無理もないが、このときの俺はなんて浅はかだったのだろう。

 

それから銀は突然傷だらけになったり、消えたりするようになった。家庭の事情も知っていた俺は三ノ輪家の手伝いをするようになった。

 

本当はお役目のことを聞きたいし、傷だらけで帰ってくる銀に「お役目なんてやめちまえ」と言いたくなったこともある。でも、お役目のことは詳しく話しちゃいけないらしいし、辛いのは彼女自身だろうと思い、何も言わずに過ごした。

 

お役目が始まってからしばらくして、銀は同じお役目を果たす友達と仲良くなったんだと嬉しそうに話して来た。俺はそれを純粋に喜んで、今度紹介してくれと頼んだが『それは...まぁいいか。遠足から帰ってきたらな』と言われ、それが叶うことはなかった。

 

遠足の最中、彼女はお役目とやらで命を落とした。

 

 

 

 

 

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通っている讃州中学の特徴はこれといってない。道徳の授業が昔より多いというのは、俺達の年代が生まれる前からなので分からない。

 

「ん、チャイムか。ではここまでにする」

 

先生の一声で授業は終了し、皆がお昼を食べるべく騒ぎ出す。

 

「椿、あんたまたそんなの食べて!」

「風か...別にいいだろ?俺の勝手なんだし」

 

目の前の席にどかっと座り込んだのは、自称女子力王の犬吠埼風。『犬吠埼』という名字が噛むため風と呼んでいる。

 

ぷんぷんと怒る風が注目しているのは俺の昼飯。コンビニで買ったパンに野菜ジュースだが、それが気に入らないらしい。

 

(三ノ輪一家のは作るけどさぁ...)

 

「自分のはめんどくさいんだよ」

「とかいって、ホントは作れないんじゃないの~?」

「......作れないからこうして食べてるんです。これでいいか?」

「いーやよくない!アタシの目が黒いうちは健康的な生活してもらうからね!」

 

本人と同じようにどさっと鎮座するのは、何の代わり映えもしない弁当。

 

「...ついに弁当二つ持ちか」

「なー!そんなんじゃないわよ!これはあんたのぶん!」

「俺の?」

「どうせ作らないだろうから持ってきたのだ!...まぁ昨日の残りなんだけど」

 

ぶつぶつと呟きながら開かれた弁当は、余り物で出来たとは思えないほどバランスが整っているように見えた。

 

「くれるのか?」

「それ以外あるの?」

「...朝メールしてくれればパン買わなかったのに」

「あ、あんた人の親切をなんだと思って!」

「ありがとな。風」

「っ...部員の体調に気を使うのは部長の務めよ!」

「ツンデレみたいなセリフだな」

「っっ...っー!」

 

弁当をわざわざ用意してくれた風に感謝しながら掻きこむ。

 

(愛されてますなぁ...)

(よかったな。飯余ったからおやつは変わってやるよ)

(風先輩アタシも愛してる!)

 

 

 

 

 

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三ノ輪銀が死んで、開かれた式。俺はそこに招待された。

「銀ちゃんはねぇ。英雄になられたんだよ」

 

どこからかそんな声がする。

 

「三ノ輪家は大赦の援助が約束されている。銀も親孝行が出来て嬉しいだろう」

 

そんな声がする。

 

「お役目を立派に果たしたのよ...」

 

そんな声が_______

 

(ふざけんな)

 

そんな声を心の中で一蹴した。

 

(英雄?親孝行?なんだそれは)

 

安らかに眠る銀に花を添えた時にその言葉を聞いたら、今より冷静ではいられなかっただろう。

 

(もう銀はいない。いないんだ)

 

大赦を、神樹を恨んだ。お役目さえなければ、銀はまだ生きていた。一緒に中学に入学して、高校で青春して、大人になっても一緒に__________

 

「っ...うぁぁぁぁ」

 

すすり泣く声を抑えながら外まで出る。一家でもない部外者がこんなところで騒いでいい筈がない。

 

「ふっざけんな!!お役目やらせてる奴を殺すんじゃねぇよ!!神樹がぁぁぁ!!!」

 

だから、外で泣いた。この思いが天国にいる彼女に届いて欲しいと叫んだ。

 

雨の中、倒れるまで、俺は叫び続けた。

 

しかし、時の流れは残酷なまでに過ぎていく。次第に俺は悲しみから逃れ、それなりに生活を取り戻した。

 

そんなある日。

 

「......はぁ」

 

その日はなんとなくだるくてうどん屋で麺をすすってた時。

 

「...帰るか」

『いーや、帰る前にイネスに行くぞ!』

「...はぁ」

 

(最近はなかったんだけどなぁ...銀がまた見えるようになってきた)

(いや、心の中にいるんだから見えてはないだろ?)

(...は?)

 

自分以外の誰かが自分の中にいる。変な感覚に動揺しているうちに、もう一人の存在が声高に主張した。

 

(それより辛気臭く食ってんじゃねぇよ。変われよ)

(え、いや、え?)

 

「よおっし、頂きまーす!」

『は、なんで、銀!?!?』

 

体が乗っ取られた様に自分の意思とは関係なくうどんをすすっていく俺の体。

 

『え、なんで、死んで、え』

「...帰ってきたんだよ。ただいま」

『!?俺の意識はここまで不安定だったのか!?好きだった人の幻覚に体を乗っ取られるほど!?』

「え、好きって...照れるなぁ」

 

俺の体は女の子の様に体をくねらせた。

 

 

 

 

 

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「さぁ椿!部活行くわよ!」

「ん...寝てたのか」

「そりゃもうぐっすりよ。授業も帰りの連絡も掃除も全部終わったわ」

「俺の周りちゃんと掃除してんの?」

「風紀委員長に感謝するのね」

 

風紀委員長の方を見ると、ぐっと親指をたててくれた。とりあえず立て返しておく。

 

「朝早いから午後は眠くなるんだよなぁ...」

「お手伝いだっけ?」

「そうそう。やめるつもりはないけどな」

「ならしっかり勉強なさい」

「残念。風より成績は上なんだこれが」

「え...嘘でしょ。午後の授業ほとんど寝てるやつに負けてるの」

「予習復習しとけば中学の内容くらいは平気だよ」

 

駄弁っているとすぐに目的地には着く。

 

「お、今日は三番手かー」

「こんにちは、先輩方」

「こんにちはー!」

 

礼儀正しく挨拶してきたのは東郷美森、元気よく挨拶してきたのは結城友奈、どちらも一つ下の後輩だ。

 

(......)

 

約一名、未だに納得していない奴がいるが。

 

「あとは樹だけ...」

「お、遅れましたー!」

「噂をすればかな」

「大丈夫よ樹。全然遅れてないから」

 

慌てた様子で入ってくるのは犬吠埼樹、風の妹であり二つ下の中学一年生。

 

この五人が、この部室で活動する『勇者部』の部員である。

 

人のためになることを勇んで実施する。平たく言うならボランティア活動をする俺達は、先週末行った幼稚園での人形劇の話に花を咲かせていた。

 

「勇者も魔王もアドリブ多すぎて焦ったけど、上手くいってよかったな」

 

勇者役だった結城と、魔王役だった風は本番舞台を倒したりセリフを勝手に変えたりとてんやわんやだったが、ナレーションの東郷の機転等で幼稚園児には喜ばれていた。ちなみに樹はBGM、俺はライト等の裏方だ。

 

「はいはい。今日の依頼は猫の里親探し!張り切っていくわよ!」

『おー!』

 

 

 

 

 

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『んー...』

「まだいってんのか?」

 

今やもう一人の俺とも言える銀は、家への帰り道にまた唸っていた。

 

「どう考えても須美なんだけどなぁ...園子のリボンだし」

 

鷲尾須美と乃木園子。銀が死ぬ直前まで共にお役目を務めていた二人の親友と、東郷は酷似しているらしい。姿は鷲尾須美に、つけているリボンは乃木園子に。

 

初めて会った時は銀の方が体を掌握し、東郷を抱き締めて殺されかけた(逃げて謝ったのは俺)。

 

「でも、その鷲尾さんは車椅子でもなければ乃木さんもいないんだろ?」

『うん...あの二人が別れるわけないし』

 

恐らく、銀の予想は正しい。

 

以前、銀の意識が眠っている時に、東郷は小学生高学年の記憶が抜けていると話してくれたことがある。

 

そして、俺は心の中にいる銀から、彼女達の務めていたお役目がバーテックスと呼ばれる敵と戦い神樹様を守る『勇者』だと聞いている。

 

これを合わせるなら、バーテックスとの戦いで東郷の『鷲尾須美』としての記憶は消され、足が動かなくなり、乃木は__________

 

だが、銀はまだこの考えに至っていない。東郷本人が鷲尾であることを否定しているからだろう。

 

出来れば、気づいて欲しくない。銀が命を燃やして守った二人がそんな残酷な運命を辿ったなんてそんなことがあって欲しくない。

 

「...今度神樹館の近く行ってみるか?何か分かるかもしれないし」

『マジで!?』

「中三にもなったんだ。部活帰りに寄って遅くなっても怒られないだろう」

『サンキュー!』

「はいはい」

 

ふと見た夕焼けは、余計なことを忘れさせるくらいには綺麗だった。

 




というわけで、銀と一緒に暮らす椿が主人公の、原作に沿ったキャラ崩壊がない作品(のつもり)です。

感想なんかありましたら是非よろしくお願いいたします。

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