古雪椿は勇者である   作:メレク

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勇者の章最終話、明日...ですと!?


十話 揺れる心

「ふっ!...ふっ!」

 

最近夏至が近くなり、朝日が早々と昇る。明るくなるのは嬉しいが、暑くなるのは勘弁だ。

 

「みかんっ!ジュースがっ!飲みたいっ!!」

『なんだそれ』

 

誕生日を祝ってから夏凜は赤くなったカレンダー通り毎日部活を訪れ、本格的に六人体制となってきている。とはいえバーテックスがいつ現れるかわからない以上、トレーニングも必須。

 

夏凜(そういえば、三好より夏凜と呼んでほしいと言われたため変わっている)は大赦の勇者な上、以前部屋を訪れた時はトレーニング器具が多かったので、どんなトレーニングが効果的か聞いてみた。

 

サプリとかにぼしとかは置いといて役にたちそうなのは、筋トレ数種類と、この木刀による素振り練習だ。

 

最も、こなしてる数からして夏凜には遠く及ばないが。

 

(あいつは凄い努力している。俺だって先輩として少しはやらないとな!)

 

『椿、今日は弁当多目に作るんじゃなかったのか?』

「それ早く言ってくれよ!」

 

 

 

 

 

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「ギリギリセーフだと思ったんだがなぁ...」

「余裕でアウトよ」

 

椿は朝のショートホームルームを遅刻し、一時間目から出席している。授業はいつもより真面目に受けているように見えたけど。

 

「はぁ...あ、はい。遅刻ギリギリまで作ってたんだから美味しいに決まってる。食べてみてくれ」

 

置かれたのは普通の弁当箱。でも、あたしには違って見えた。

 

「これが、椿作の弁当...」

「いつも飯作ってる所の親御さんが許可くれてな。材料費はいらん」

 

子供の朝ごはんを作っているのは元から知っていたけど、勇者になってからはトレーニングをしているらしい。朝何時からなのかは分からないが相当早いのだろう。今もあくびを噛み締めている。

 

普段はあたしが椿と樹の分の弁当を作っているけれど、『流石に悪いだろ』といって今日は逆に作られる立場だった。樹のもさっき届けていた。

 

「じゃあ遠慮なく...頂きます」

「召し上がれ。俺も食べるか...頂きます」

 

早速料理に箸を伸ばす。

 

「...ん!美味しいじゃない」

「だろ?俺だってちゃんと料理出来るのだ」

 

想像してたより美味しかった弁当の中身はあっという間に空になる。

 

「ごちそうさま」

「お粗末様でした。どうだった?」

「...正直予想以上よ。あたしより上手いんじゃないの?」

「それはないだろ。女子力王にはまだまださ」

「おい古雪、また愛妻弁当か?」

「羨ましいな~」

 

椿の後ろからからかうように言ってくるのはクラスメイト。

 

「残念。今日は愛夫弁当だ」

「ちょっと椿!?別に夫でも妻でもないでしょ!?」

「からかわれてるだけなんだから気にするなよ」

 

確かに、あたしもクラスメイトで弁当を渡し合う男女がいたら恋人なんじゃないかと疑うだろう。

 

「......」

「ん?」

「...なんでもないわよ!」

「なんで怒ってるんだ...」

 

心のもやもやは晴れないままだった。

 

 

 

 

 

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「今日の議題は樹の歌のテストをどうやって合格させるかよ!」

 

得意な占いで四枚目の死神のカードを出して落ち込む樹の隣で、過保護な姉の風が声を張り上げた。

 

「別に樹の歌は綺麗じゃないか?」

「え!?古雪先輩いつ聞いたんですか!?」

「この間風との電話で」

「ーっ!?」

「あれ、風言ってなかったのか?」

「忘れてたわ☆」

「は、恥ずかしい...」

 

聞かれてなかったと思っていたらしい樹が顔を赤くして更に暗い雰囲気を纏う。

 

「人前で緊張するだけじゃないでしょうか?」

「だったら習うより慣れろ!だよね!」

 

樹は堂々としている(適当とも言う)風と違って大人しく、引っ込み思案なところがある。

 

時々見せる芯の強い部分が、今回のことに関してはわざわざ議題にする必要ないんじゃないかと思わせるが。

 

(ていうか今日眠い。午後の授業も起きてたからかな...銀、カラオケ遊んできていいぞ)

(マジ!?やった!)

 

そうして俺は、意識を落とした。

 

 

 

 

 

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「~♪よし、これでいいわね」

 

お姉ちゃんの歌が終わって皆が拍手する。

 

(うまいんだよね、お姉ちゃん)

 

カラオケ採点機が出した点数は92。一言コメントには「プロレベル」と書いてあった。

 

「夏凜ちゃん、一緒に歌おう?」

「馴れ合うために来たわけじゃないのよ」

「そうよねー...私の後じゃあねー?」

「友奈、マイク貸しなさい!」

 

(簡単に扱われてる...)

 

煽られた夏凜さんと友奈さんのデュエットも、見事92を叩き出した。

 

『おー!』

「どう、これが私の...私達の実力よ!」

「夏凜ちゃーん!」

「やめなさい、私は二人で歌ったから言っただけで!」

「お、次ア...俺の番か」

 

古雪先輩が選んだのはポップな女性ボーカル曲。

 

「椿珍しいの歌うわね」

「たまにはいいだろ?俺だってこういうの歌いたくなったんだよ」

 

音程は全体的に低くなってしまったけど、楽しげに歌っていた。

 

「ふぅ...次はロックな曲歌うかな」

「次はいよいよ樹よ!頑張って!!」

「う、うん...」

 

お姉ちゃんに言われて立ち上がる。マイクを持つ手は震えていた。

 

(み、皆が見てる...)

 

「...~、♪」

 

やっぱりというか、歌声は普段より掠れて歪に聞こえた。

 

「...やっぱり硬いかしら」

「ううっ...」

「樹大丈夫、まだまだ今日は歌えるから慣れていけばいいさ」

「そうだよ樹ちゃん!」

 

古雪先輩と友奈先輩に言われ、再び選曲する。

 

(頑張らないと...!)

 

 

 

 

 

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「大赦から連絡?」

「...最悪の事態を想定しろってさ」

 

女子トイレで、風は呻くように伝えてきた。

 

(私には何の連絡もないのに...)

 

既に勇者としてはひとくくりにされている証拠だが、それはどちらでもよかった。

 

「貴女は統率には向いてない。私の方が上手くやるわ」

 

仲間の死を考える風は、長所であり短所だと思う。別に皆が死んでもいいとは思わないけれど、私はそれ以上にバーテックスを倒したという証拠が欲しい。

 

(でなければ、私の努力は報われない)

 

「これはあたしの役目で、私の理由なの。後輩は先輩の背中を見てなさい」

「......」

 

その後は特に何もなくカラオケが終わる。

 

「樹はもっと練習が必要かな」

 

そう結論付けて解散になった。

 

「...それで、あんたがなんでいるのよ」

「え、俺も帰り道同じなんだよ」

 

隣を歩くのは椿。歩調を合わせているのか普段より少し遅い気がする。

 

「それで、どうかしたか?俺でよければ話してみ?」

「...何の話よ」

「風せ...いや風とお手洗いに行ったときからかな?少し思い詰めてるみたいだったからさ」

「...よく見てるじゃない」

 

正直、気持ち悪いくらいに周りを見ている。普通気づくだろうか。

 

(それに...)

 

普段とは少し違う感じがする。どちらかと言えば、友奈に近くなったというか__________

 

「それで話してみろよ。ちゃんと聞くからさ」

「...嫌よ」

「そう言わずに。話したら新しい気づきがあるかもよ?」

「...」

「勇者部五箇条、悩んだら相談!」

「......」

「言わないなら言うまで待たなきゃならないから、夏凜の家に泊まりかなぁ」

「はぁ!?」

「ほれ、いやなら話してみ」

「...今日の椿、なんか変よ」

 

その言葉に、わざわざ「ぎくっ」と声に出す必要はどこにあるのだろうか。

 

「い、いやー...なんのことだか...俺のことはいいんだよ!夏凜!」

「わひゃっ!?」

「俺に夏凜のこと、教えてくれ!」

 

肩を捕まれ、目を合わせられる。

 

「...しょうがないわねぇ」

 

その目は拒否することに罪悪感を感じさせるようだった。

 

「...聞くなら、全部ちゃんと聞きなさいよ」

「わかってる」

「...私はバーテックスを殲滅したい。それで思い悩んでたのよ」

「世界を平和にするのはいいことだろ?」

「違うわ。確かに世界を救いたい...でも、私は手柄を立てたいの」

「...うん」

「私には兄貴がいるの。成績優秀、スポーツ万能、品行方正の完璧超人で、今は大赦の中枢で働いている」

「大赦ってあの?」

「他にどの大赦があるのよ...そんな兄貴は親からも誉められて...兄貴の絵は廊下に飾るけど、私のは一つもないの」

「うん」

「そりゃ、兄貴に比べたら私は劣るわ。でも一つくらい飾ってくれてもいいじゃない?」

「普通ならそうだな」

「...それが、悔しかった」

「そっか...」

 

私の愚痴一つ一つに、椿はしっかり返事を返してくれる。「うん」や「そうだね」だけでも、心から聞いているのがなんとなく伝わった。

 

「そんなときにチャンスが来た。私には勇者の適性があるってね。そこから私は鍛え続けた。才能で敵わないなら努力するしかないから」

「夏凜は強いんだな」

「...結果、私は調整され援軍として送られる勇者の枠に入ることができたの。ここまでやったらあとは結果を出すだけ。バーテックスを殲滅して、兄貴に並ぶ...」

「......それで思い詰めてたのか」

「...熱くなっちゃったわね。だからなんだって話なんだけどさ」

「それはバーテックス来ないとなんとも言えない問題だなー...楽に倒せる相手でも手柄を譲るため呑気にやってたら一気に劣性に!なんてのもあるだろうから」

「...そうよね」

 

ごもっともな話だ。人類の敵に妥協は許されない。死んだら元も子ないのもわかっている。

 

「...俺の幼なじみだった奴は弟が二人いたんだけどさ、特に親に区別されることなく育てられててるみたいで、将来は舎弟としてこきつかってやる!って思ってた...らしい」

「へぇ。いくつよ?」

「今小学校と保育園通い。でも年齢なんて関係なく、家族それぞれの兄弟の形ってあると思う」

「......」

「でもさ...きちんと家族がいるからそうやって比べられるんだ。うん」

「?」

 

言っている意味がよくわからず椿の方を向くと、出始めた星空を眺めていた。

 

「バーテックスを倒して手柄を得るのはいい。でもそれで無理をして...もし死んでしまったら。どんな家族でも悲しむと思うんだ」

「椿...」

「死んだ方はもう会えないことに悲しむし、死なれた家族はもう戻ってこないことに悲しむ。夏凜にそんな思いは絶対してほしくない」

 

「あぁだからってもっとトレーニング詰めろとかじゃなくて!ちゃんと勇者部も参加して欲しいんだけど!!」とあたふたしながら手を動かす椿に、思わず笑ってしまった。

 

「大丈夫よ。わかってる」

「ならいいけど...命大事に。だぜ」

「うん」

「...もし、バーテックスを全部倒して、お兄さんに並ばなかったとしても...勇者部の皆がいる」

「え?」

「もう皆、夏凜をかけがえのない仲間だと思ってるからさ。家族とはちょっと違うけど」

「っ!!」

 

その言葉で、私は顔を背けなければならなかった。

 

「俺こっちだから...大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ!早く行きなさい!」

「そっか」

椿は交差点をささっと渡る。

 

「またね夏凜!」

「...また、明日」

 

 

 

 

 

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夜になって意識を銀と交代し、緊張を解す方法を調べていると個人メールが来た。

 

「夏凜から...?」

 

内容は『今日はありがとう』だけ。

 

「銀、夏凜となに話したんだ?」

『あー...言わなきゃダメだよなー』

「会話の齟齬があると困るだろ」

 

その後、カラオケの帰り道で銀と夏凜が話していたことをかいつまんで説明され、俺は震えた。

 

「それは古雪椿じゃない。漫画やアニメのイケメン主人公だろ」

『それってアタシがイケメンな性格してるってことか?』

「...はぁ」

 

ひとまず、『思い詰めてたのが少しでも取れたならよかった。これからは俺だけじゃなく勇者部皆を頼ってくれよな』と返信する。

 

『齟齬がどうこうって言うわりには長文だな』

「俺だって心配なんだよ」

『ツンデレー?』

「デレてはいてもツンはしてねぇし、ツンデレは夏凜だろ」

 

話をしていると、あっという間に夜は更けていく。

 


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