傷の治りは俺の方がユウより早かったらしく、もう退院となった。
ただもう夕方のため、学校である丸亀城ではなく寮へ向かう。
(前も、あったっけか...放課後登校とか)
電気をつけると、えらく久々に見た自分の部屋となっている場所は、ホコリがたまっているように見えた。
「...」
いつの間にか景色が反転して、床が凄く近く見える。
(...倒れたのかな)
頭に響く音は、鳴り止まない。
「ん...」
「目が覚めたか!?」
起きると、寒い布団の中だった。目の前には乃木がいる。
「乃...木?」
「古雪!!大丈夫なんだろうな!?退院したと聞いて部屋に来てみれば、電気もつけずに床で倒れてるなんて!」
「...うるせぇな......」
「あ、すまない...だがこれは」
「ん...ちょっと床が気持ちよくて寝転がってたら、そのまま寝ちゃっただけだ」
「普通にベッドで寝ろ。食事は?」
「食べたい気分じゃない...なんも用意してないし」
まるで介護されてるみたいだった。
(なんで俺は、こんな扱いを...)
「さっき作っておいたおかゆがあるが...」
「寝ときゃ治るから気にするな。もう夜も遅いだろ?自分の部屋に帰れ」
「いやダメだ!私の目が黒いうちはそんなことさせん!」
「けふっ...」
結局飯を食わされた。病院で渡されていた頭痛薬と睡眠薬も飲む。
「何故こんな薬を...」
「よく眠れないんだよ。最近」
「...古雪。私に相談できることがあるなら、何でもいってほしい」
「......随分、変わったな」
「皆のお陰だ」
よく見れば、乃木の顔はどこか決意に満ちているような気もする。
「...良い仲間に恵まれたな」
「古雪もその一人だ」
「......そうか」
良いことを言ってくれる。とても俺にはそう思えないが。
(俺は、お前たちに生き残って貰わないと困るから戦ってるだけで...ただ、利用してるだけで)
「病み上がりを無理させるわけにもいかないな。今日はゆっくり休んでくれ...いや、明日も休んでおくといい」
「いいのか?生真面目なお前がそんなこと言って」
「古雪はずる休みするような人間ではないだろう?そのくらい私にも分かる。おやすみ」
「...おやすみ」
次の日。気づいたら放課後だった。
(眠い...)
眠気は全く取れず、寧ろ悪化してる気もする。
「古雪ー!元気か!」
ドアを蹴破らん勢いで入ってきたのはら土居だった。
「...静かにしてくれないか?頭に響く」
「おぉ、すまない...大丈夫か?」
「大丈夫だろ」
無駄に心配させるわけにもいかない。折角士気が向上してるようなのに__________
「これお土産だ。骨付鳥。さっき若葉と食べてきてな。タマおすすめの『ひな』だ」
まだ暖かさの残る肉を渡され、お腹も空いていたので食べる。あまり味はしなかった。
「美味しいだろ?」
「...まぁ」
「微妙な反応だな...古雪も『おや』派か?」
「その、ひなとかおやとかってのは?」
「若鶏の肉で作った『ひな』と、親鶏の肉で作った『おや』だ!」
「へー...」
もう一度咀嚼する。
「美味しいだろ?」
「...まぁ」
「ダメだこりゃ...プラシーベン効果だぞ!思い込みが大切なんだ!それは滅茶苦茶旨い!」
「それを言うならプラシーボ効果な」
「むー...なぁ古雪」
土居が元気なさげに呟いてくる。
「この前言ったよな。前に突撃して戦ってるのは、大切な仲間のためだって。でも、そんなに辛いなら無理にでないでくれ」
「無理してない。俺がやらなきゃならないんだ」
俺が前に出て、一体でも多くの敵を消して、お前たち勇者を生き残らせる。未来を変える。そうすれば、俺はまた帰れる。その為だけに戦う。
「だがな...んー!まどろっこしいのは合わん!古雪!タマは古雪が心配だ!!おまけに、今度はもっと大きな戦いになるらしい!前に出るなとは言わんから出過ぎないでくれよ!?」
「...なんで、そんなに言うんだよ」
「心配だからって言ってるだろう!!」
「......お前は、俺から存在意義を奪うのか」
戦わなければ、この世界にいる意味がない。未来を変えなきゃ、元の世界に戻れない。
(もう、誰が生き残ろうとどうでもいい。帰らせてくれ...)
「違う!タマ達と一緒に戦おうって言ってるんだ!」
「...なら、俺を越えるくらい強くなってくれよ」
「あ!言ったな!?絶対タマが強くなっておっタマげさせてやる!」
騒がしい彼女は、それを言うとすぐに消えた。
(...うるさいのが消えた...静かな方がいいな)
そう思っている筈なのに、心のどこかはざわついていた。
「...入るわよ」
「......意外だな。お見舞いってタイプじゃないと思ってた」
土居がいなくなってからしばらく、入ってきたのは郡だった。
「...私だって自分らしくないと思うわ。でも...あなたがあまりにも酷い顔だって、土居さんが言うものだから」
腕組みして、決して近寄りはせず。
「確かに酷い顔ね...目の下の隈とか。しっかり休んでるの?」
だが、投げ掛けてくる言葉は幾分か柔らかかった。
「...なんだよ。急に」
「え?」
「いきなりそんな、話しかけてくるなんて...変だぞ。本当に」
「...乃木さんが、ゲームで協力しようと私を誘ってきたのよ」
「?」
「彼女は本当に変わった...私も、少し変わりたいと思っただけ」
「それが、俺に話すことだと?」
「違うわ...苦手である話すことを、しようと思っただけ。あなたはその実験台よ......あなたも、なにか挑戦してみたら?」
彼女の言うことは、よくわからなかった。
(というか、さっきから俺は何故こんなことに...)
「古雪さん、大丈夫ですか?」
また時間が経ってから来たのは、伊予島だった。
「...なんなんだ。さっきから別々で皆来て」
「え?そうなんですか?」
「お前は何の用だよ」
「......あの、次の戦いについて、話があって」
いつの間にか大社に行っていたひなたの神託で、次はより多くの敵が総攻撃を仕掛けてくる。というのがわかったらしい。
「で?」
「...若葉さんと話して、今度の戦いは陣形を取りたいんです。しっかり意思疏通をして、力を合わせて戦えば...友奈さんや貴方のように、誰かだけ傷つく。なんてことはないと思います」
「...」
心も浮わついていて、おぼろげな今の状態では、なにも考えられない。無言を否定と捉えたのか、伊予島が続かせる。
「古雪さんはいつも突出します。なので、こうして直接お願いしに来ました。私達と一緒に戦ってくれませんか?」
(ダメなんだよ。それじゃ)
「...お前たちに危険が増える」
「それでも古雪さんの危険が減ります」
「なんで...そこまで」
自分の命が安全な方が、嬉しいんじゃないのだろうか。
『最初に武器を握った時は、復讐のため。自分の心を満たすためだった。今は彼女のため、彼女達のために、この力を使い尽くそう』
こいつは、誰だ。こんな、自分の命を無下にしてるバカは。
「私達は皆で勇者ですよ...あなたも、もっと自分の体を大切に、周りを頼ってください」
「......わかった。だが一つだけ条件がある」
「はい?」
「進化体が出たら、俺に戦わせろ」
適当に口からでたのは、そんな言葉だった。現勇者でも星屑の相手はもうできる。これなら犠牲を出すことはきっとない。
「...わかりました」
「ありがと」
「椿さん、いらっしゃいますか?」
「...空いてるぞ」
意識が切れる直前、扉を開けてきたのはひなただった。
「退院おめでとうございます」
「...あぁ」
「......久々に皆さんと話して、どうでしたか?」
「お前の差し金か」
今俺はなにを考えて話しているのだろう。
「...私、大社に行ってたんです。神託を受けて帰ってきて...それから、椿さんの容態が悪いと聞いて、皆にお願いしました」
「......どうしてそんなことを。俺はそんな心配されるようなことしてないぞ...」
そもそも、そんなに仲良くなってない。仲良くというのはもっと、あいつらのような_________
「前に出てることは十分心配されるようなことですよ?それに...皆には伝えきれていませんが、私は知ることが出来ましたから」
「...!」
近づいてきたひなたを反射的に弾き飛ばす。彼女はそれを気にすることなく何度も近づいてきて、抱きしめられた。
「ぁ...」
「貴方が本来の貴方じゃないということ。一人で、『誰かのため』に戦ってくれていたこと」
頭を、優しく、撫でられて__________
(...温かい)
『お前も、敵か?』
『死ねよ』
『よしよし』
『帰るために』
『絶対諦めない』
『悩んだら相談』
「_____」
濁流のように押し寄せる記憶。思い出すにつれ、震えていなかった体がガタガタしだす。
(あ、れ?俺は、なにを...彼女になんてことを...)
「...ごめん、なさい」
「え?」
「...酷いこと言って、ごめんなさい。手を出して、ごめんなさい。何も考えられなくて、ごめんなさい。俺は...なんてことを...!!」
「...いいんですよ」
「!!!」
「今日は、ゆっくり休んでください」
「...ぁぁぁぁぁぁ......」
----------------
「...すー...すー」
涙で顔を濡らした椿さんが、子供のように寝ていた。
(先輩というだけで、まだ中学生。子供ですもんね)
神託の内容は、敵の総攻撃があるということ。それから、この人の本当のこと_______本当の人柄。
どうして神樹様からこれが伝えられたのかは分からないけれど、お陰で私は今のおかしな椿さんを元に近くできたと思う。
『優しく抱きしめて、頭を撫でてやればいいんだよ』
知らない人の声。
(ありがとうございます)